星野ルビーは、兄より先に復讐を終わらせる 作:M1tarash1
星野ルビーは、笑顔を作るのが得意だった。
正確には、得意になった。
生まれつき明るい性格だったことは否定しない。楽しいことがあれば笑ったし、嬉しいことがあれば大騒ぎした。
けれど、今は違う。
楽しくなくても笑える。
嬉しくなくても喜べる。
心の中で別のことを考えていても、相手の目を見て、まるでその瞬間が世界で一番幸せであるかのように振る舞える。
それは、アイドルとして必要な才能だった。
そして今のルビーにとっては、もっと別の意味を持つ能力でもあった。
「ルビー、次の振り、半拍遅れてる!」
「はーい!」
スタジオに、有馬かなの声が響く。
鏡張りの壁。
床に置かれたペットボトル。
何度も繰り返される音楽。
いつも通りのレッスン風景だった。
「そこ、返事だけ元気でも意味ないからね」
「わかってるってば、先輩!」
「本当にわかってんの?」
「もちろん!」
「その顔が一番信用ならないのよ……」
かなが呆れたようにため息をつく。
その横で、MEMちょが笑った。
「まあまあ。ルビー、今日かなり頑張ってるじゃん」
「でしょー?」
「でも頑張りすぎじゃない? さっきから休憩も取ってないし」
「平気平気! 今めっちゃやる気あるから!」
ルビーは両手を上げて笑った。
MEMちょは少しだけ首を傾げる。
「……そっか」
それ以上は何も言わなかった。
けれど、かなは違った。
「ちょっと」
「ん?」
「こっち来なさい」
腕を引かれ、ルビーはスタジオの隅へ連れていかれた。
「なになに? 愛の告白?」
「違うわよ!」
即答だった。
いつもなら、ここで軽口の応酬になる。
けれど、かなは笑わなかった。
「……あんた、何かあった?」
ルビーの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「え?」
「最近、変よ」
「そう?」
「そうよ。前よりレッスンに熱心なのはいいけど……なんか、焦ってるみたい」
「えー? そんなことないって!」
「……ならいいけど」
かなは納得していない顔だった。
ルビーは笑った。
いつもより少しだけ、大きく。
「大丈夫! 私、早く売れたいだけだから!」
嘘ではなかった。
売れたい。
もっと有名になりたい。
誰もが星野ルビーという名前を知っているくらいに。
ただ、その理由が変わっただけだ。
以前は、先生に見つけてもらうためだった。
今は。
先生を奪った人間を、見つけるため。
◇
「……ルビー、ちょっといい?」
レッスンが終わったあと、斉藤ミヤコに呼び止められた。
「はーい!」
事務所の小さな会議室。
机の上には、いくつかの資料が並んでいた。
ミヤコはそのうちの一枚を手に取る。
「この前話してた仕事なんだけど、正式に話が来たわ」
「ほんと!?」
「ええ。配信番組のゲスト出演。若手のアイドルやタレントを何人か呼んで、芸能界の仕事について話す企画らしいの」
「へえー!」
ルビーは資料を受け取った。
番組名。
収録日。
出演予定者。
制作会社。
いつもなら、最初に気になるのは共演者だった。
有名な人がいるか。
面白そうな人がいるか。
自分が目立てそうな企画か。
けれど今回は、違った。
ルビーの視線は、資料の一番下で止まった。
制作協力。
そこには、いくつかの会社名が並んでいる。
「……ねえ、ミヤコさん」
「なに?」
「こういう番組って、誰が作ってるの?」
「誰って……制作会社のスタッフよ」
「そうじゃなくて。企画とか、出演者とか、誰が決めるのかなって」
ミヤコは少し驚いたようにルビーを見た。
「珍しいこと聞くわね」
「えへへ。私も芸能界のこと、もっと勉強しようかなって!」
「いい心がけね」
ミヤコは資料を指さした。
「企画を立てる人、出演者を決める人、スポンサーと調整する人。番組によって違うけど、いろんな人が関わってるわ」
「ふーん……」
「どうしたの?」
「ううん! なんでもない!」
ルビーは資料に目を落とした。
芸能界。
ママがいた世界。
ママを殺した犯人が、どこかで関わっていたかもしれない世界。
考えてみれば、今まで自分は何も知らなかった。
アイドルがどうやってテレビに出るのか。
誰が仕事を持ってくるのか。
誰と誰がつながっているのか。
ただステージに立って、歌って、踊って。
それだけで満足していた。
でも、今は違う。
知りたい。
もっと。
もっと、深く。
「ミヤコさん」
「今度はなに?」
「私、これ出たい」
「もちろん、そのつもりだけど……」
「あとさ、もしできたら、収録が終わったあとにスタッフさんにも挨拶したい!」
ミヤコは目を瞬かせた。
「……本当にどうしたの、急に」
「だって、せっかくのお仕事だもん! いろんな人と仲良くなりたいじゃん!」
ルビーは笑った。
ミヤコも、つられるように微笑んだ。
「まあ、悪いことじゃないわね」
そう言って、資料をまとめる。
ルビーは小さく頭を下げ、会議室を出た。
扉が閉まる。
廊下には誰もいなかった。
そこで初めて、ルビーは笑顔を消した。
「……まずは、知ることから」
誰が何を知っているのか。
どこに行けば、昔の話を聞けるのか。
何を尋ねれば、不審に思われないのか。
わからないことだらけだった。
でも。
何もしないまま、待っているつもりはなかった。
◇
一方、その頃。
星野アクアもまた、別の場所で一枚の資料を見つめていた。
映画の企画書。
まだ正式に動き出していない、一本の作品。
その制作に関わる人物の名前を、アクアは指でなぞった。
五反田泰志。
そして、鏑木勝也。
母親の過去を知る可能性のある人間たち。
アクアはスマートフォンを手に取った。
『以前の件で、もう少し確認したいことがあります』
短い文章を打ち、送信する。
それから椅子に深く座り直した。
父親は生きている。
そう考えるだけの理由が、今のアクアにはあった。
一度は終わったと思った復讐。
しかし、その前提は崩れている。
自分が追っていた相手は、まだどこかにいる。
ならば、探すしかない。
どれだけ時間がかかっても。
「……今度こそ」
アクアは小さく呟いた。
その表情に、迷いはなかった。
彼は知らない。
同じ家に暮らす妹もまた、別の場所で同じ決意を固めていることを。
◇
収録当日。
「おはようございまーす! B小町の星野ルビーです!」
ルビーは元気よく頭を下げた。
スタッフたちが笑顔で挨拶を返す。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
収録スタジオは、思っていたより広かった。
照明。
カメラ。
音声機材。
慌ただしく動くスタッフたち。
ルビーはその様子を、興味深そうに眺めた。
以前なら、ただ「すごいなあ」と思っていただろう。
けれど今は、違う。
誰が指示を出しているのか。
誰が出演者と話しているのか。
誰が制作側の中心にいるのか。
そんなことばかりが気になった。
「ルビーちゃん、こっちでメイクお願いしまーす!」
「はーい!」
控室へ向かう途中、廊下の向こうから男性の声が聞こえた。
「いやあ、昔はもっと無茶な企画も通ったんですけどね」
「今じゃ考えられませんよね」
「そうそう。特に十五、六年前なんて、今とは全然違いましたから」
ルビーの足が止まった。
十五、六年前。
それは、ママが生きていた頃だ。
もちろん、それだけで何かがわかるわけじゃない。
けれど。
ルビーは振り返った。
廊下の先では、年配の男性と若いスタッフが話していた。
男性は首から関係者用のパスを下げている。
ルビーは少しだけ迷った。
知らない人に、いきなり昔の話を聞くのは変だろうか。
でも。
聞かなければ、何も始まらない。
「あのー!」
二人が振り向いた。
「すみません! ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの?」
ルビーは、いつもの笑顔を浮かべた。
「さっき、昔の芸能界のお話してましたよね!」
「ああ、聞こえてた?」
「はい! 私、そういうのめっちゃ興味あって!」
男性が笑う。
「若いのに珍しいねえ」
「えへへ!」
「君、B小町の子だよね?」
「そうです! 星野ルビーです!」
「星野……」
男性が、少しだけ考えるような顔をした。
「……ああ、そうか」
「?」
「いや、なんでもないよ」
ルビーは笑顔を保ったまま、相手の顔を見た。
今。
何か、引っかかったように見えた。
気のせいかもしれない。
でも。
「昔のアイドルって、今と全然違ったんですか?」
「そりゃあ、違うよ。ネットも今ほど発達してなかったしね」
「へえー!」
「事務所の力も今より大きかったし、裏方の人間が表に出ることも少なかった」
「裏方?」
「プロデューサーとか、制作会社の人間とかね」
ルビーは頷いた。
「そういう人って、昔からずっと同じ仕事してるんですか?」
「人によるね。独立した人もいれば、業界からいなくなった人もいる」
「そっかあ……」
会話は、何気ないものだった。
けれど、ルビーは一つひとつの言葉を覚えようとしていた。
十五、六年前。
裏方。
制作会社。
独立した人間。
その中に、何かがあるかもしれない。
「……あ、そういえば」
男性が言った。
「君のお母さんって、もしかして……」
ルビーの心臓が、大きく跳ねた。
「……え?」
「いや、違ったらごめんね。昔、知ってた子に少し似てる気がして」
ルビーは息を止めた。
母親のことを知っている?
この人が?
でも、今ここで慌てたら。
何かを疑われるかもしれない。
ルビーは笑った。
「えー! そうなんですか?」
「ああ。もうずいぶん昔の話だけどね」
「その人、どんな人だったんですか?」
男性は少し考えた。
「……よく笑う子だったよ」
その言葉に、ルビーの胸が痛んだ。
ママ。
もしかして。
「名前、聞いてもいいですか?」
男性が口を開きかけた、そのとき。
「ルビーちゃーん! メイクお願いしまーす!」
廊下の向こうから声が飛んできた。
「あっ、はーい!」
ルビーは反射的に返事をした。
男性が笑う。
「仕事だね。頑張って」
「あ、あの!」
「ん?」
「また、お話聞いてもいいですか?」
「もちろん。今日は収録が終わるまでいるから」
「ありがとうございます!」
ルビーは深く頭を下げた。
そして、控室へ向かって歩き出す。
早足で。
けれど、走らない。
スタッフに不審がられないように。
控室に入る直前、ルビーは一度だけ振り返った。
男性は、もう別のスタッフと話していた。
名前も知らない。
どんな仕事をしているのかも、わからない。
でも。
あの人は、ママのことを知っているかもしれない。
そして。
ママの過去を知る人間なら、何か手がかりを持っているかもしれない。
「……見つけた」
ルビーは小さく呟いた。
まだ、何もわかっていない。
それでも。
昨日までとは違う。
ただ闇雲に探すのではなく、初めて自分の足で一歩を踏み出した。
ルビーは控室の扉を開けた。
「お待たせしましたー!」
明るい声が響く。
笑顔を浮かべる。
誰にも、心の内を悟らせないように。
そして、胸の奥で誓った。
――絶対に、聞き出してみせる。
母親の過去を。
先生の死につながる、何かを。
そのためなら。
星野ルビーは、何度だって笑う。
推しの子
有馬かな2周目「10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない」完結52話
https://syosetu.org/novel/425828/
星野アイの施設時代「星野アイに嘘をつかなくていい日を」2026/10/19 連載開始
https://syosetu.org/novel/430687/
星野ルビー闇堕ち「星野ルビーは、兄より先に復讐を終わらせる」2026/11/1 連載開始
https://syosetu.org/novel/430886/
葬送のフリーレン短編「勇者ヒンメルは、嘘をついた」 自信作です!
https://syosetu.org/novel/431039/