副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
―――マルロクマルマル。朝潮、起床しました。
この鎮守府には朝を告げる起床ラッパがありません。
ですが、司令官や仲間たちをお護りする身として、朝の遅れは一切許されません。
静かにベッドを抜け出し、制服を着替えます。
襟元を正し、鏡の前で身だしなみを完璧に整えました。
「……うん、乱れはありません!」
身だしなみを整えることは、心の準備を整えることと同じです。
―――マルナナマルマル。朝潮、食堂にて朝食の時間です。
この鎮守府の食事は当番制となっており、本日の朝食当番は如月さんです。
如月さんの作る料理は、とても美味しいです。
炊きたての温かいご飯に、出汁のよく染みたお味噌汁、そして香ばしい焼き魚。
一口運ぶたびに、すっと染み渡るような優しい味です。
「ふふ、朝潮ちゃん、たくさん食べてね? おかわりもあるからね?」
微笑みながらそう声をかけてくださる如月さんに、この朝潮、頭を下げました。
―――マルハチマルマル。朝潮、執務室にて始業の時間です。
秘書官として、この朝潮、司令官――櫻子さんの傍らに姿勢を正して控えます。
「おはよう、朝潮。今日もよろしく頼む」
「はい! 本日も秘書官としての務め、全力を尽くして果たしてまいります、司令官!」
一礼を捧げ、書類整理のお手伝いをします。
……ふと司令官の横顔を拝見して、胸の奥が温かくなるのを感じました。
副提督がこの鎮守府に着任されてからというもの、司令官の笑顔が増えています。
以前は、どこか気を張っておられました。
ですが、共に作戦を練るようになってからは、その表情に余裕が見られるようになりました。
「どうした、朝潮? 私の顔に何か付いているか?」
書類から顔を上げた司令官に問いかけられ、慌てて背筋を伸ばします。
「いえ! 何でもありません! この朝潮、粉骨砕身でお手伝いいたします!」
司令官は驚いたように目を丸くされました。
―――ヒトフタマルマル。朝潮、昼休憩の時間です。
午前の業務をひと段落させ、食堂にて霞、そして満潮と共に昼食のテーブルを囲みます。
本日の昼食を盛り付けたお盆を置き、椅子に腰を下ろすと、霞がこちらを睨んできました。
「ちょっと朝潮、何よ、司令官に褒められでもしたわけ?」
霞は呆れたように息を吐きつつも、少し口元を緩めて箸を動かし始めます。
隣に座る満潮も、お味噌汁を一口飲みながらこくりと頷きました。
「……はあ、相変わらずバカ正直なんだから。別に……悪いことじゃないけど」
満潮の視線の先では、龍驤さんが賑やかに身振り手振りを交えて話し、それを曙が「はいはい、わかったから少し落ち着いて」と諫めつつ、受け流しながらお弁当をつついています。
午後からの務めにも、この朝潮、全力全霊で挑む所存です!
―――ヒトヨンマルマル。朝潮、午後の訓練の時間です。
以前は司令官が業務の合間を縫って、短時間だけ訓練を見にきてくださるのが常でした。
ですが、最近の訓練には、必ず副提督のお姿があります。
私たちも心おきなく訓練に打ち込むことができます。
「―――はい!ただちに舵角を微調整します!」
指令に応えて艦隊の陣形を整えながら、ふと視線を演習場脇の指揮所に向けました。
そこには、副提督のすぐ隣、真剣な面持ちで言葉を交わす不知火の姿があります。
演習で補佐官に抜擢されて以来、不知火は訓練以上に、副提督と戦術について議論を交わしている時間が増えました。
副提督もまた、彼女の言葉に耳を傾け、時には頷き、時には海図を示して応えています。
秘書官として、そして一人の艦娘として、私も期待を裏切るわけにはいきません。
「朝潮型一番艦、朝潮!これより雷撃訓練に突入します!」
声を張り上げ、私は白波を蹴って、加速しました。
―――ヒトロクマルマル。朝潮、夕方の整備の時間です。
本日も一日を共にした艤装を丁寧に拭き上げ、機関や砲身に異常がないか念入りに点検を行います。
工廠の中から、ひときわ弾んだ声が聞こえてきました。
「軽量化成功じゃない!?これなら岩礁地帯の急な旋回にも対応できるわ!」
声の主は、目を輝かせながら工具を握りしめる夕張でした。
上層部から新規艤装の開発予算と権限が正式に認められて以来、夕張の張り切りようは目を見張るものがあります。以前は壊れたパーツを修理する毎日でしたが……今では連日のように新しいアイデアや改良案を形にしています。
「楽しくて眠気なんて吹き飛んじゃうわ!みんなを驚かせてあげないとね!」
その生き生きとした表情を見ていると、こちらまで胸の奥から元気が湧いてくるようです。
我が艦隊の戦力は着実に、強く生まれ変わりつつあります!
―――ヒトハチサンマル。朝潮、入浴の時間です。
一日の訓練と整備で付着した煤や潮をしっかりと落とすため、艦娘専用の大浴場へと向かいます。
脱衣所で丁寧に制服を畳み、手ぬぐいを手に浴場へ一歩踏み入れると、湯気が立ち込める空間に心地よい檜と石鹸の香りが漂っていました。
「はぁ〜……生き返るわねぇ。やっぱり一日の終わりはこれに限るわ」
「本当それ〜……今日の演習、地味に疲れたしね〜」
すでに湯船に浸かっていた川内さんが、湯気に顔をほころばせています。
その隣では、湯船の縁に頭をのせた北上さんがと脱力しきった声を漏らしていました。
温かいお湯を体にかけ、しっかりと頭や体を洗って一日の汚れを綺麗に洗い流します。
湯船に肩まで浸かると、身体の芯から緊張がほぐれ、思わず深く大きな息が漏れ出しました。
「……司令官や副提督も、本日のお仕事を終えられてゆっくり休まれていると良いのですが」
「はぁ………私は真面目過ぎるあんたのほうが心配になるわよ」
隣に腰掛けた霞が、少し呆れつつも湯気を浴びて柔らかくなった表情で小さく笑います。
温かい湯の中で、明日への英気をしっかりと養いました。
―――フタマルマルマル。朝潮、夜の自由時間です。
湯上がり後、自室に戻って身なりを整えた私は、机に向かって灯りをつけました。
……この朝潮、ただ漫然と時間を過ごすつもりはありません。
机の上に広げたのは、夕張から借り受けた最新の「敵艦載機識別図鑑」と、自作の「操艦ノート」です。
昼間の訓練で指摘された内容を思い返しつつ、赤ペンで修正点と対策を書き込んでいきます。
ふと窓の外に目をやると、海には満天の星々が映えていました。
大切な仲間たち、作戦の要である副提督、そして全幅の信頼を寄せてくださる司令官。
明日も期待に応えられるよう、筆を握る手に力を込め、集中を深めていきました。
―――フタヒトヨンゴー。朝潮、巡検の時間です。
鎮守府の各所を見回り、火の元や戸締りに異常がないか点検を行います。
最後に司令官と副提督へ「異常なし」の報告を捧げ、私の本日の任務はすべて完了となります。
―――フタフタマルマル。朝潮、就寝の時間です。
机の上をきれいに整頓し、電気を消すと、部屋は心地よい暗闇に包まれました。
制服から衣替えを済ませ、早めにベッドへと潜り込みます。
ゆっくりと深呼吸を一つ。毛布をあごの下まで引き上げ、目を閉じました。
耳を澄ませば、遠くから波の音だけが聞こえてきます。
その中で、深い眠りへと落ちていきました。
◆◆◆◆◆
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―――――演習から数日が過ぎ、櫻子の元へ一通の辞令が届いた。
内容は、重巡・高雄の転属。
「高雄、ねぇ……」
櫻子が机の上の辞令を指で弾く。
重巡洋艦一隻の補強は、戦力不足の当鎮守府にとってありがたい話だ。
――――だが、タイミングが良すぎる。
間違いなく上層部の差し金だろう。
こちらの動きを探るための監視役――そう考えるのが自然だった。
「受けるか、断るか……どう思う、副提督?」
受け入れるべきだろう。
そもそも、自分自身がもとはと言えば上層部の都合で送り込まれたようなものだ。
監視役が増えたところで今更どうということもない。
その決断を汲み取ったのか、櫻子は「まあ、そうか」と肩をすくめた。
「………また賑やかになりそうだな」
櫻子は辞令を受理の書類へと分類し、ペンで小さくサインを走らせた。
上層部の思惑がどうあれ、高雄自身に罪はない。それに手札が増えること自体は悪くない。
あとは、彼女をどうこの鎮守府に馴染ませ、使いこなすか、それだけだった。