副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
ブリーフィングルームの中には重苦しい雰囲気が漂っていた。
座っているのは六隻。龍驤、川内、北上、霞、不知火、そして高雄。
演習での実績、修羅場を潜り抜けてきた経験、そして個の火力。
今のこの鎮守府が保有する現有戦力の中核だ。
「……全員、揃ったな」
櫻子が席に着くと、空気が一段と張り詰めた。
龍驤は真剣な面持ちで甲板に手を置き、川内は指を交差させている。
北上も目だけは冷たく光らせ、霞と不知火は微動だにせず次の言葉を待っていた。
―――そして高雄もまた、凛とした姿で見つめている。
「急な召集で済まない。……だが、遊んでいる時間はなさそうだ」
スクリーンへ作戦海域を映した。
海に浮かび上がる、深海棲艦の大規模な赤点群。
「当鎮守府より南東55海里――輸送船団が、深海棲艦による急襲を受けている」
スクリーンの赤い点が明滅した。それに取り囲まれるように点滅する青いシグナル。
船団が限界を迎えているのは一目瞭然だった。
「本省からの要請だ。……いや、事実上の命令と言っていい」
櫻子が資料を円卓へ放り投げると、乾いた音が室内に響く。
「近隣の各鎮守府は、すでに別海域の大型作戦へ動員されている。この緊急事態に即時介入し、船団を救援できる戦力は――」
視線を巡らせると、6組の双眸が静かに熱を帯びていくのが分かった。
「――この鎮守府、ここにいるお前たちだけだ」
―――最初に動いたのは北上だった。
椅子の背もたれからゆっくりと体を起こし、首を鳴らす。
「へぇ……うちにお鉢が回ってきたんだ」
「ふん、他所が頼りにできないのなんて、いつもの事じゃないの」
霞が腕を組み、視線を赤点へと向ける。
その隣で、川内が淡々と言葉を継いだ。
「夜戦に持ち込めば、私の独壇場……と言いたいところだけど、一筋縄じゃいかないわね」
「……時間との勝負となれば、重巡の火力と駆逐隊の機動力を噛み合わせる必要がありますわ」
最後に、龍驤がバンと威勢よく机を叩いて立ち上がる。
「副提督、作戦案はもう頭ん中に出来上がっとるんやろ? ……さっさと命じてえな!」
そんな重苦しい緊張感を突如破るように、ブリーフィングルームのドアが勢いよく開いた。
「待った待ったー! ギリギリセーフ! 完成したわよ!!」
姿を現したのは、目の下に濃いクマを作りながらも、達成感に満ちた笑顔を浮かべた夕張だった。
その両腕には、滑り込みで調整を終えたばかりの新兵器が抱えられている。
「留守番の間に仕込んでおいた『とっておき』の最終調整が終わったわ!」
夕張がまず提示したのは、巨大な一本の魚雷だった。
それを北上の前へと押し出しながら、誇らしげに胸を張る。
「北上さん、これを使って。……試作品じゃないわ。金属疲労も排気ラインの目詰まりも完全に解決した、完全調整済みの『61cm四連装酸素魚雷』よ!」
「へぇ……」
北上の目が、艦娘としてのそれに変わる。
さらに夕張は川内の前へ、鈍色の金属光沢を放つ新型の砲身を置いた。
「そして川内ちゃんにはこれ!連撃を想定して口径と放熱機構をチューニングした、『15.2cm連装砲改』!」
「なにこれ、最高じゃない……!」
川内は爛々と目を輝かせながら新型砲塔を撫でまわす。
「――――すぐに工廠に来て!いつでも換装可能よ!」
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太陽の元、大海原を6隻の影が白波を立てて走っていく。
その陣頭に立つのは、全快した体からあふれんばかりの闘志を撒き散らす川内だった。
「―――早く撃ちたくて身体が痺れちゃう!」
弾むような川内の声に引っ張られるように、部隊全体の速度がぐんぐんと上がっていく。
「ハァ……さすがに速すぎますわ……」
大型の主砲を揺らしながら並走する高雄は、深々と溜息をついた。
(着任してからというもの、無茶な演習に追われ、息をつく暇もなく緊急救援だなんて……本当にこの鎮守府、トラブル続きで頭が痛くなってきます……)
その少し後方、波を切り裂く不知火は、耳元の通信機に指を添えていた。
「……こちら不知火。副提督、聞こえますか。……ええ、部隊の足並みは概ね良好です。ただ、川内が想定より1.5ノット速く突出しつつあります。是正の指示を願います」
無線越しに届く副提督の指示を、不知火は記憶していく。
そのやり取りを横目で見ていた龍驤が、下世話な笑みを浮かべて声を掛けた。
「ヒューヒュー! 不知火ぃ、相変わらず副提督とラブラブやんか!イチャイチャ通信しとらんで、ウチらにもちゃんとお裾分けしてぇな!」
「……不謹慎です、龍驤。これは公務であり、軍事通信です。……それと、イチャイチャなどという事実はありません。報告を再開します」
不知火は一切表情を変えずに淡々と返したが、通信機の角度を直す指先には、緊張が見て取れる。
先走る川内。
一言も喋らない霞。
ため息の多い高雄。
必要以上の軽口が止まらない龍驤。
「大丈夫かねぇ……」
それらを最後尾から眺める北上。
――――55海里沖合の戦場は、もう目と鼻の先だ。
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日が天頂に登る頃。
青空を引き裂くように、重苦しい砲撃音が水平線の彼方から響き渡っていた。
黒煙を上げる輸送船団。
その胴体は激しい衝撃によって無惨に歪み、浸水により刻一刻と傾斜を増している。
その船壁を背に庇うようにして、船団護衛の艦娘たちがボロボロになりながら陣を敷いていた。
「くっ……! まだ……まだ沈みません……!打ち方用意……!」
探照灯のレンズが叩き割られ、制服を黒く焦がした神通が、前傾姿勢のまま主砲を敵群へと向ける。
血と硝煙に塗れながらも、その瞳は死んでいない。
「ちくしょうが! しつっこいんだよ、このバカヤローどもがっ!!」
摩耶の重厚な対空艤装は半分が歪み、火花を散らしている。
それでも歯を剥き出しにし、迫り来る深海棲艦の砲弾を意地だけで迎撃し続けていた。
「飛行甲板が……これ以上は……。ですが、護衛空母としての務め、最後まで……っ!」
飛鷹の甲板は爆煙に包まれ、艦載機の連続発射すらままならない中破状態。
絶望的な状況下で、彼女は必死に直掩機を飛ばし、護衛の空を支えていた。
「神通さん、左舷から敵駆逐艦が接近! ……救援は、救援はまだ来ないのですか……!?」
浜風は小刻みに肩を揺らしながらも、傷ついた体で神通の側を離れず、魚雷発射管を敵へと向け直す。
広大な海の上、通信の途絶えた無線機からは、ただノイズだけが虚しく響いている。
船身を削られる激しい砲撃の嵐の中、防衛線はいよいよ限界を迎えようとしていた。
「くっ……!」
立ち昇る巨大な水柱が、神通の傷ついた体を容赦なく濡らす。
波に足を掬われそうになりながらも、彼女は歯を食いしばり、必死に踏みとどまった。
出撃したときは6隻いた部隊も、残るは4隻。
――――次は誰が沈む。
全員の頭をよぎる死の予感を、全員が意地だけで叩き消していた。
「あたしの目の前で……仲間をこれ以上やらせるかよぁっ!!」
近づく敵軽巡級に対し、摩耶の咆哮とともに主砲が火を噴く。
砲身が焼き切れんばかりの連続射撃が敵の装甲を砕き、黒煙を吹き出させた。
その下を、浜風が傷ついた身体で全力疾走する。身を挺して輸送船を守る盾となり、迫り来る敵駆逐級へ向けて魚雷と小口径砲をがむしゃらに叩き込み続けた。
「来ないで……これ以上、船には指一本触れさせない……!」
海域の奥深くには鎮座する禍々しい戦艦級――――戦艦棲姫の姿。
仲間の命を奪い去った黒い砲口は、未だに彼女たちへと照準を合わせ続けている。
戦況を覆すにはあまりにも絶望的。
バシュゥゥゥゥ――――!
その時、4隻の頭上――突如として白煙の尾を引くエンジン音が空を切り裂いた。
空へと舞い上がっていた飛鷹の零戦52型が捉えたのは、群がる敵影ではなく、飛来する爆撃機隊――九九式艦上爆撃機のシルエットだった。
「あれは…………!?」
狙いは、先ほど摩耶の必死の砲爆撃によって装甲を打ち砕かれ、黒煙を上げていた敵軽巡級。
空を突ん裂くような風切り音とともに、九九艦爆は急降下に入った。
ドォォォォンッ!!
遅れて響き渡る破滅の重低音。装甲を正確に穿った爆撃が大爆発を起こし、巨体が大きく跳ね上がった。炎と瓦礫を空高く吹き上げ、敵軽巡級は瞬く間に火に包まれて沈没していく。
「やった……命中!!」
浜風が歓声を上げる。
突如現れた艦載機の強襲に、敵部隊の意識が一斉に上空へと引きつけられる。
戦艦級の怪しく光る巨砲の砲門が、わずかに照準を揺らした――まさにその瞬間だった。
「――全艦、主砲放てッ!!」
水平線の彼方から、弾丸のような速度で白波を蹴立てて迫る6影。
先頭を切るのは、目を爛々と輝かせた川内だ。
「遅くなったわ! ここからはウチが引き受けるから!」
「作戦通り、敵艦の照準を分散させますわ! 摩耶、神通、持ちこたえて!」
大口径砲の重低音を響かせながら支援砲撃を打ち込む高雄、その横で龍驤の甲板から次々と艦載機が舞い上がり、艦隊の陣形を再編していく。
「川内姉さん……! 救援に来てくれたのね……!」
「ハッ、遅ぇんだよ…!」
摩耶が荒い息を吐きながらも、ニッと口角を上げる。
救援隊の6隻は、崩壊寸前だった防衛線へと割り込むことが出来たのだった。
―――戦火の渦巻く海上で、不知火は通信機を片手に、副提督へと現状を報告する。
「――――副提督、救援対象の部隊状況、および敵戦力を報告します。」
「輸送船の一隻は側舷に深刻な破口、浸水により自力航行能力を喪失。護衛の艦娘は4隻。軽巡『神通』、中破。重巡『摩耶』、大破。軽空母『飛鷹』、中破。駆逐『浜風』、小破。」
―――視界の先、傷つきながらも必死に陣を維持する4隻の姿。
「続いて敵戦力。敵前衛に残存の軽巡1。遊撃部隊に駆逐3。後衛に重巡1、戦艦1。……戦艦級は照準をこちらへと切り替えつつあります」
報告を終えた不知火は、その鋭い視線を敵へと向けた。
「……不知火への指示を」