副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
「邪魔するでー」
軽快な声とともに、龍驤が白波を散らして浜風のすぐ隣へと滑り込んできた。
「えっ……龍驤さん!? 危険です、ここはまだ敵の射程内——」
「守って」
浜風の制止を短く制し、龍驤はそれだけを端的に告げた。
直後、彼女はふっと深く息を吐き、両目を閉じる。
次の瞬間、龍驤の纏う雰囲気がガラリと変わった。
身の回りの警戒も、足元を揺らす着水衝撃すらも完全に無視し、全神経を空へと解き放つ。
意識は、上空を舞う艦載機たちの微細な振動へと同調し始めていた。
(……全機、聞こえるか。これより敵戦艦級の頭上を取る。一機も落とさせん、全機ついてきぃ!)
一切の雑念を捨て、コントロールへと集中する龍驤。
浜風は息を呑み、その覚悟を理解した。
無防備となった龍驤の前に自身の艤装を割り込ませ、主砲を固く構え直す。
「……了解いたしました。龍驤さんの身は、この浜風が命に代えてもお護りします!」
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「……おい! 離せってんだよ、北上!」
摩耶は自分を力任せに引く北上の腕を振り払おうと暴れた。
大破した艤装からは黒煙が噴き出し、残された体力も僅か。
強気な言葉を口にするには、あまりにも痛々しい姿だった。
「はいはい、暴れないの。装甲がボロボロ零れ落ちてんじゃん」
北上は一切気にした風もなく、摩耶の腕をがっちりと抱え込んで海上を滑る。
その進行方向は、敵の砲撃が激しく交錯する最前線ではない。
防衛線から僅かに後方――龍驤と浜風が陣取る位置とも距離を保った、比較的波の緩やかな海域だった。
「おい……下がる気かよ!? あたしはまだ砲が……ッ!」
「大破した重巡が前線でうろついてたら、周りが庇おうとして余計に弾に当たりやすくなるの。足手まといになりたいわけ?」
「くっ……!」
摩耶は悔しそうに歯を食いしばり、ぐっと言葉を呑み込む。
北上は摩耶をそっと放すと、魚雷発射管を敵艦隊の方向へ向けた。
「……さてと。ここで待つよ」
北上は海の風に髪をなびかせながら、火花を散らす戦場を視界に収める。
「アタシの仕事は、魚雷叩き込んでやることくらいでしょ」
この位置なら、砲撃の邪魔をすることなく、かつ味方の撤収ルートも確保できる。
焦燥感の強まる中、二人は静かに反撃のタイミングを待ち構えていた。
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「各艦、不知火の指示に従い、目標を固定! 攻撃を開始してください!」
不知火の号令が海上に響き渡り、高雄の20.3cm連装砲が一斉に火を噴いた。
敵艦隊の前衛に残された軽巡1隻が、損傷し足の鈍った飛鷹を狙おうと標的を切り替えた瞬間――その射線を遮るように高雄が割り込む。巨砲から放たれた数発の艦砲射撃が波柱を突き破り、連続して着弾、その進路を強引に削り取っていく。
「ふん、重巡のくせに出しゃばるんじゃないわよ! ……でも、ナイスタイミングじゃない!」
霞が主砲を構え直し、高雄が強烈な牽制砲撃で足止めした敵艦へ向けて追撃弾を叩き込む。
不知火の戦況分析通り、敵の隙を的確に突いた連携だった。
そして、上空――。
大空を切るように、高高度から激しいエンジン音が降り注ぐ。
「飛鷹さんの52型が上空警戒を維持! 龍驤さんの21型、敵戦艦の対空砲火を縫って急降下に入ります!」
飛鷹が解き放った零戦52型が制空権維持し、敵の対空反撃の芽を摘み取る。
その隙を突くように、龍驤が全神経を研ぎ澄まして操縦する零戦21型と艦爆隊の混成群が、雲を割って戦艦棲姫の頭上へと垂直に近い角度で突き刺さっていく。
「今です、叩き潰し―――――」
――――その時、戦艦棲姫から唸り声のような音が上がる。
仲間を沈めた砲撃が来る。神通は指示を飛ばした。
「——全艦、衝撃に備えなさい!!」
神通の切羽詰まった叫びが、海面を覆う轟音を切り裂いた。
敵戦艦級の船体中央、大口径主砲の砲身が唸り声を上げ始める。
——再装填を終えた破滅の砲身が、こちらを捉えていた。
「龍驤さんの爆撃着弾まで、あと数秒……! 避ける時間はありません、各自、最少被弾体勢! 倒れることだけは許しません!」
神通は中破した身体を押して前に出ると、自らの探照灯を全開にして光を敵戦艦へと照射した。
少しでも照準を狂わせ、被害を減らすための命がけの目くらまし。
【ナキサケンデ…シズンデイケ!】
ドォォォォンッ――!
直後、腹に響く凄まじい放電音とともに、主砲が火を噴いた。
海が割れ、空気が爆砕する。
巨砲から放たれた大質量と破砕エネルギーの塊が、神通たち護衛部隊の真っ只中へと襲いかかった。
水面を激しく叩きつけた爆炎と、山のような波柱が周囲一帯を呑み込む。
「くっ……龍驤さん、しっかり!」
龍驤のすぐ側で盾となって控えていた浜風は、間一髪でその身を割り込ませた。襲い来る凄まじい爆風と叩きつける飛沫を自らの全身で受け止め、集中を維持する龍驤の身を必死で護り抜く。
しかし、至近弾がもたらした巨大な引き波は、海面を乱雑に歪ませた。
「きゃああっ!?」
「くっ……!?」
直前まで攻撃を展開していた霞と不知火は、足元をすくわれるような激しい揺れに耐えきれず、波の中で姿勢を大きく崩して転倒しかける。
視界が激しく上下し、身体が海面へと傾く。
それでも不知火は崩れかけた体勢のまま即座に無線機へ手を伸ばした。
「全艦……体勢を直ちに直して……っ」
味方へ次なる指示を飛ばそうとした、その瞬間。
水柱の死角を突いて急速接近していた敵軽巡から砲弾が放たれた。
ズダァンッ!
通信を試みようとした不知火に、砲弾が直撃する。
凄まじい衝撃と黒煙が彼女の華奢な身体を包み込み、海原へと吹き飛ばした。
「……不知火ッ!?」
黒煙の中へ吹き飛ばされた不知火の元へ駆け寄ろうとする霞。
だが、目の前を遮る敵軽巡の主砲が、追撃と言わんばかりに狙いを定める。
高雄も即座に砲身を向けるが、戦線を保たねばならず、動きを牽制されていた。
「くっ……手出しをさせないつもりですわね……!」
踏み込ませない絶妙な距離を保ち続ける敵軽巡。一瞬の膠着状態が現場を包む。
その時――――耳を突く爆音とともに、敵軽巡の背後で巨大な炎と水柱が同時に上がった。
艤装が大きく歪み、装甲を内側から食い破られた敵軽巡がぐらりと体勢を崩す。
突如として背後から叩き込まれた一撃。
爆煙と水飛沫が引いていく海上に現れたのは――
「……待たせた! 夜戦じゃなくたって、まだまだ暴れ足りないんだからねっ!」
新開発された大型の試作艤装をその身に構え、鋭い笑みを浮かべた川内だった。
砲撃戦に気を取られていた隙を突き、死角である背後へと回り込んでいたのだ。
「霞、高雄、不知火のことお願い!あたしはこっちの相手してくるから!さあて、どれだけ楽しませてくれるのかな?」
勢いよく言い放つと、立て直そうとする敵軽巡へと肉弾戦さながらの距離まで一気に肉薄していった。
◆◆◆◆◆
「あはははっ! どうしたの、追いつけないの!?」
―――高笑いが海上に響き渡る。
敵軽巡級が放つ猛烈な牽制砲火。
だが、川内は波間を滑るように駆け、砲撃を身体に掠らせながらもすり抜けていく。
パンッ! パンッ!
すれ違いざま、川内は砲身から至近砲撃を敵へと叩き込んだ。
水柱とともに敵軽巡の装甲が砕け散り、黒煙が吹き上がる。
「ふふっ、そんなにムキになっちゃってさ! そんなんじゃ、あたしの動きについてこれないよ!」
絶え間ない連続攻撃で敵の装甲を剥ぎ取り、余裕を削ぎ落としていく。追う立場だったはずの敵軽巡は、いつの間にか川内が敷いた誘導路を、言われるがままに走らされていた。
ニヤリと笑うと、限界までエンジンをふかし、敵軽巡の進行方向を遮るように大きく外側へと円を描いた。執拗な攻撃を受けていた敵軽巡は、そちらへの急速旋回を余儀なくされる。
――バシャァァァンッ!
激しい白波を立てて横滑りするように旋回した敵軽巡。
その代償として、無防備な船側が、がら空きの状態で海上に晒された。
敵軽巡の旋回軸、その真正面の海上に静かに佇んでいたのは――
「――そこです」
傷つき、煙を上げながらも、微動だにせず正面へ砲門を構える神通だった。
破損した探照灯から放たれる光線が、敵艦の側面を照らす。
――――逃げ場のない側面攻撃。
「……放て!」
無慈悲に構えられた主砲が火を噴く。
―――――――――ドォォォォンッ!!
至近斉射を真横から食らった敵軽巡が、巨大な炎とともに海上へ崩れ落ちていった。
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「不知火……っ! しっかりしなさいよ!」
浸水し、黒く焦げた不知火の艤装はすでに沈黙し、火花を散らしていた。
到底、これ以上の戦闘には耐えられない状態だ。
「……くっ……無駄に騒がないでください。意識くらい……あります……」
激痛に唇を噛み締めながら、不知火は掠れた声で霞の首元を引き寄せた。
自らの身体の状態など一顧だにせず、霧の向こうに佇む敵の残存勢力を指し示す。
「……聞いてください。残敵は……戦艦が1、その横に重巡が1……そして駆逐が3……」
不知火の呼吸は荒いが、その分析は冷静だった。
「戦艦の主砲は…再装填に時間がかかります……。重巡は旗艦の護衛を優先し……軽々しくそこを離れられないはず……。……狙うべきは、動きの軽い駆逐」
敵の大型艦が動けない隙を突き、足回りを奪って完全孤立させる――死中に活を求める不知火の作戦を聞き、霞は強く歯を食いしばる。
「……分かったわよ! あんたは大人しく引っ込んでなさい!」
霞は不知火を背にし、敵駆逐艦たちに進んで行った。