副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。   作:リター

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摩耗する戦い

「――浜風! 敵の駆逐三隻がそっちへ向かっとる! ウチは操縦で手一杯や、近寄られたらひとたまりもない……気ぃつけや!」

 

上空の艦載機制御に全精力を注ぎ込んでいる龍驤には、接近する敵を自力で払いのける余裕はない。

至近距離まで詰められれば、軽空母の装甲など一瞬で破られる。

 

「……了解いたしました。龍驤さんはそのまま上空の警戒を」

 

―――敵駆逐艦三隻が、龍驤を仕留めるべく突っ込んでくる。

本来なら駆逐艦一隻で受け止められる数ではない。

 

だが、浜風の足に一切の躊躇はなかった。

 

波を押し分け、敵の突進コースへと躍り出た。

龍驤と敵群の間に自らの身を強引に滑り込ませ、立ち塞がる。

 

「ここは……通しません」

 

仲間を守るため、浜風は四連装魚雷発射管を敵群へと向け、主砲を構えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

浜風と三隻の敵駆逐艦の間で、高密度の至近砲火が飛び交う。

 

多勢に無勢。

 

浜風は回避運動で直撃こそ免れていたものの、至近弾の爆風と破片を全身に浴び続けていた。

さっきまで小破程度にとどまっていた彼女の艤装は黒煙を噴き上げ、装甲の破片が飛び散る。

 

膝ががくりと波間に折れかけた。

 

「……くっ……ここまで、ですか……!」

 

なおも押し寄せる敵三隻の砲門が、満身創痍の浜風へと一斉に向けられる。

 

その絶対絶命の瞬間――

 

「――させないわよッ!!」

 

水煙を盛大に立てて、横合いから霞が猛スピードで滑り込んできた。

そのまま浜風の前に立ちふさがるように割り込むと、至近距離の敵群へ向けて主砲を乱射した。

 

二隻の駆逐艦が背中を合わせ、敵駆逐隊をその場に足止めする。

3対2。それも、浜風を庇いながらの戦いだ。

 

「くっ……弾幕が濃すぎる……!」

 

霞は必死に主砲を打ち返し、押し寄せる敵駆逐三隻の牽制を図る。

しかし、立ち回りの自由を奪われた状況では、敵の放つ砲弾をすべて回避することなど到底できない。

 

至近弾が次々と水柱を上げ、爆風が装甲を削り取っていく。

 

「霞さん、私を置いて移動を……! これでは二人とも立ち往生です!」

 

「馬鹿言わないで! あんたを見捨てたら不知火に何言われるか分からないじゃない!」

 

霞は叫びながら浜風の前に立ち続け、身を挺して砲弾の軌道を遮る。

しかし、被弾の衝撃を受けるたびに、足取りにも明らかな鈍さが生まれ始めていた。

 

ジリ、ジリと後退を余儀なくされる。

敵の駆逐隊は限界を察したかのように、包囲網をさらに狭め、決定打となる雷撃体勢へと移行し始める。

 

追い詰めたと言わんばかりに横一列に並ぶ敵の砲火。

その照準はもちろん一つ。

 

(——至近弾が全部、浜風に向かってる……!)

 

満身創痍で踏みとどまる浜風は、格好の獲物だ。

叩き込めば、確実に一隻を仕留められる。きわめて合理的で、戦術として何の間違いもない。

 

――――その隙を突いて自分だけが離脱すれば、体力を温存したまま反撃の機会を伺える。

霞の頭の中では、理性が、冷たい計算を弾き出していた。

 

合理的に考えれば、それが正解だ。

引き下がるべきだ。

浜風を見切るべきだ。

 

——だが。

 

『——なにしてるのよ、霞っ!!』

 

「……ッ、この、大バカ!!」

 

思考よりも早く、霞の身体は跳ねるように動いていた。

 

理屈も計算もすべてを吹き飛ばし、艤装は全速力で波を穿つ。

浜風の目前、黒煙と砲火が交錯中へと、霞は自らその身を滑り込ませた。

 

ズドォォォンッ!!

 

浜風を覆い隠すように割り込んだ霞の背中に、敵の放った砲弾の爆風と水柱が叩きつけられる。

水沫が、視界を激しく濡らした。

 

「霞……さん……っ!?」

 

目を見開く浜風の目前で、霞は衝撃に歯を喰いしばり、痛みに顔を歪めながらも踏みとどまる。

 

「勘違い……しないでよね……っ!」

 

激しい被弾の煙の中から、霞の眼光が敵駆逐隊を射抜く。

 

「朝潮型が……仲間を見捨てて逃げたなんて……そんな無様な記録、見てらんないったら……!!」

 

敵の駆逐艦が迫る絶体絶命の状況。

 

でも――――折れない。

ボロボロの二隻が再び砲門を構えようとした――――その時。

 

ドッドッドッドンッ――ッ!!

 

霞と浜風を挟み込もうとしていた敵駆逐隊へと、砲撃が炸裂した。

突如として浴びせられた火力に、敵駆逐隊の足が止まる。

 

「あははっ! その意気、その意気! 仲間を守って突撃なんて、なかなかいい度胸じゃない!」

 

軽快な高笑いとともに、水煙を切り裂いて躍り出たのは川内だ。

主砲の残煙を吐き出す彼女が、いたずらっぽく霞の肩を叩く。

 

「姉さん、軽口が過ぎますよ。――浜風。見事な連携と踏みとどまりでした。よく耐えてくれましたね」

 

そのすぐ脇に滑り込んできたのは、凛とした佇まいの神通。

彼女は傷つきながらも庇い合う二人へ向けて静かにうなずいた。

 

川内と神通――二隻の軽巡洋艦が参戦したことで、戦況は一変する。

 

満身創痍の浜風と霞、そして助けに駆けつけた川内、神通。

対するは、突然の重砲撃で足並みを乱した敵駆逐三隻。

 

4対3。数も火力も、優劣は逆転した。

 

「…… 遅いのよ」

 

霞は毒づきながらも、その唇の端を歪めて不敵に笑う。

浜風もまた、膝の震えを押さえ込み、二隻の背中に並ぶように主砲を再び構え直した。

 

 

 

◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆

 

 

 

飛鷹は愛機の上空視界から、めまぐるしく塗り替えられていく海上を見下ろしていた。

 

たしかに救援に駆けつけた艦隊とて、無傷のままでいられたわけではない。

浜風を死守した霞の被弾は重く中破へ拡大、戦線を離脱した不知火は大破、そして猛スピードで最前線を駆け回る川内すらも、擦り傷のような小破の煙を噴き上げている。

 

ダメージを並べ立てれば、決して楽観できるような状況ではない。

 

——しかし。飛鷹は手を固く握り締める。

 

いま海上に漂っているのは、消耗による焦りではない。

仲間を庇い、死線を潜り抜け、劣勢を覆してみせたという昂揚の波。

 

対する敵の駆逐隊は、突如として差し込まれた川内と神通の攻撃と、破綻したはずの戦列がより強固に再構築された勢いに呑まれ、後退の気配を見せ始めている。

 

飛鷹は、残る全機へ向けて次なる攻撃行動の合図を送るため、飛行甲板へと素早く指を走らせた。

 

「……捕まえたわよ」

 

上空で機首を深々と傾けた飛鷹の零式艦上戦闘機五二型が、沈黙を守っていた敵重巡の頭上へ向けて急降下を開始した。

 

それに続くように、空を埋め尽くすエンジン音が海域へ響き渡る。

 

「ウチの航空隊も負けてられへんで! 畳みかけろ!」

 

龍驤の発艦指示とともに、九九式艦上爆撃機と九七式艦上攻撃機の混成隊が雲を切り裂き、飛鷹機を追うように急降下ラインを描く。上空からの絶え間ない連続急襲――航空戦力の総力が、一気に目標へと集束していく。

 

それまで不動を保っていた深海棲艦の重巡級が、初めて明確な反応を示した。

 

不気味に明滅する異形の眼が上空の影を捉え、高射砲が一斉に上空へと向けられる。

巨躯を激しく震わせ、対空砲火の弾幕が空へと吐き出された。

 

空と海が火花と煙で塗り返される中、爆撃隊が敵重巡の頭上に降り注ぐ。

重巡級の旋回性能では、その影を捉えきることはできない。

 

一撃で仕留められずとも構わない。

まとわりつき、装甲を削り、火器を潰し、確実にダメージを蓄積させていけばそれで十分だ。

 

——しかし、その摩耗戦を破るように、海域の空気が重く跳ね上がった。

 

ゴォォォォ……ッ。

 

地鳴りのような低い装填音が、水平線の彼方から響き渡る。

 

戦艦棲姫——その巨大な主砲が、ゆっくりと角度を変えていく。

 

狙いは、空中の艦載機ではない。

その指揮を執る龍驤。

 

「——ウチを狙っとんのか……!?」

 

直感的に危機を察知した龍驤の顔から、余裕が消え去る。

 

放たれるまで、残された時間はわずか数秒。

巨砲が、海を切り裂こうとしていた。

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