副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
「――今だ」
北上の短い呟き。
標的は、まさに龍驤へ向けて巨砲を放とうとしていた戦艦棲姫。
この距離、この角度。当たれば、巨躯のバランスを崩して砲撃を阻止できる。
外れれば、龍驤が直撃を受け―――残った戦力で戦線を支え切れるとも思えない。
いつもなら軽口を叩いて流すはずの北上の額から、冷や汗が一筋、頬をつたって流れ落ちた。
それを見る者は既に傍にはいない。
全神経をその一本の魚雷に注ぎ込み、息を止めて海面を見つめる。
そして――――白い筋は、戦艦棲姫の巨大な腕へと一直線に吸い込まれていった。
——ドォォォォンッ!!
海面を突き破る強烈な衝撃波とともに、激しい水柱と爆炎が巻き起こった。
北上の放った酸素魚雷により、腕を大きく砕かれた戦艦棲姫は、その巨躯をぐらりと傾かせる。
発射直前だった主砲の装填音は途切れ、砲撃は空転を余儀なくされた。
「――――……やった!」
北上が息を呑む。
上空では飛鷹と龍驤の航空隊が執拗にまとわりつき、重巡級の旋回と対空射撃を妨害している。
空の艦載機に追われて身動きの取れない重巡級。
そして、腕を砕かれ体勢を大きく崩した戦艦棲姫。
深海棲艦の強固な陣形に、一瞬だけ生まれた決定的な隙。
「全主砲、固定——てぇっ!!」
その決定的な瞬間に文字通り滑り込んできたのは、高雄。
寸分の狂いもなく向けられた大型20.3cm連装砲が一斉に火を吹く。
硝煙の向こうから放たれた連続砲撃は、バランスを失った戦艦級の弱点へと吸い込まれていった。
ドガァァァンッ!!
高雄の放った全主砲が戦艦棲姫の装甲を砕き、激しい黒煙を巻き上げる。
しかし、さすがは深海棲艦の戦艦級と言うべきか。中破レベルの損害を受け、体を大きく歪ませながらも、なおも異形の眼光を消すことはなく、海上に踏みとどまっていた。
——だが、その生き残りの道筋すらも塞がれていた。
「お前――――あたしを怒らせちまったなぁ!!!」
側面に空いた穴——高雄の砲撃によって露出した、弱点。
そこへ滑り込むように肉薄してきたのは、摩耶だった。
摩耶の腕から解き放たれた渾身の一撃は、吸い込まれるようにその大穴へと直撃した。
——ドォォォォォンッ!!
内部から突き破るような爆発音が海域全体を揺らす。
【ヒカリ…アフレル…ミナモニ…ワタシモ……】
異音が響き渡り、やがて力を失った戦艦棲姫は、大きく傾きながらゆっくりと海底へと沈んでいった。
◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆
――――硝煙と潮風が混じり合う海。
無事に生き残った輸送船の上で、艦娘たちが甲板や壁にもたれ、荒い息を整えながら身体を休めている。
駆けつけた救援船の船員たちから手渡された冷えたペットボトル。
乾ききった喉へと流し込む水が、生き残ったことを強く実感させていた。
「……はぁー、死ぬかと思ったわホント。」
損害は決して軽微ではなかった。
前線で激しい砲火を浴びた摩耶、浜風、霞、不知火が大破。
敵の反撃を耐え抜いた神通、そして空を支え続けた飛鷹が中破。
先陣を切った高雄と川内も小破の傷を負っている。
そして——顔も見ることなく沈んで行った二隻の仲間。
「……まあ、生きて戻れたんだから上出来でしょ。ね」
北上がペットボトルを掲げ、少し崩れた体勢のまま笑みを浮かべる。
大破した不知火も、肩を借りて座り込みながら、天へと視線を送っていた。
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◆◆◆◆◆
数時間後、汽笛の音とともに無事保護された輸送船団が母港へとたどり着いた。
波間に揺れていた緊張が解けた桟橋には、待機していた艦娘たちが慌ただしく行き交う。
「霞! しっかりして……! すぐに入渠室に運ぶからね!」
「……っ、うるさいわね……このくらい、平気よ……っ」
大破した霞は、駆けつけた朝潮と満潮の手によって手早く担架に乗せられた。
顔をしかめながらも強がりを吐く霞を、二人は慎重に入渠施設へと運んでいく。
そのすぐ後ろでは、同じく大破を負った不知火が、曙と如月に抱え出されていた。
「まったく、無茶ばっかり……!」
「ふふ、でも無事に戻ってきてくれて良かったわ……さあ不知火ちゃん、ゆっくり身体を預けてね」
曙が文句を言いながらも優しく肩を支え、如月が温かな笑みを浮かべながら寄り添う。
不知火は疲弊した身体を彼女たちに預けながら、かすかに瞳を揺らした。
「……申し訳ありません。ですが、副提督の与えられた役割は……果たしました……」
あわただしくドックへと運び込まれていく仲間たちの背中を見送りながら、港に残された全員が、今回の勝利とその過酷さを胸に刻んでいた。
運ばれていく霞や不知火たちの背中を、龍驤、高雄、川内、北上の4隻が見送っていた。
それぞれに傷を負い、疲労の色は隠せない。
そこへ、櫻子がゆっくりと歩み寄ってきた。
彼女は傷ついた仲間たちを一人ひとり見つめ、その健闘を称える。
「みんな、本当によくやってくれた。……心から誇りに思う」
櫻子の言葉に、龍驤が胸を張り、高雄はほっとしたように胸に手を当てて微笑んだ。
北上はペットボトルで手遊びをしている。
「夜戦に持ち込むまでもなかったけどね! でも、最高の戦いだったよ!」
川内が腕を軽く振り上げて見せる。
櫻子が肩を優しく叩くと、4隻は晴れやかな顔で頷き、それぞれの足を浴場やドックへと向けた。
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――――入渠施設。
その一角で、霞は膝を抱えるようにして盛大に不機嫌なオーラを放っていた。
擦り傷程度だった川内と高雄は、入渠も早々に施設から姿を消している。
残されたのは、霞と、すぐ隣の槽で静かに目を閉じている不知火だけだ。
「……不知火。あんた、よくそんなに澄ました顔でいられるわね」
湯面を叩いて悪態を吐くが、不知火は閉じていた目を薄く開け、僅かに息を吐くだけだった。
「修復作業中ですので。……それに、間もなく『あの時間』ですよ、霞」
「…… 言わなくていいわよ」
不知火の言葉を証明するかのように、勢いよく入渠室のドアが開け放たれた。
「霞! 不知火! お見舞いに来ました!」
「ちょっと朝潮、声が大きいってば……。霞、具合はどう? 差し入れのお菓子、置いておくわね」
朝潮と満潮は戦闘が終わってからというもの、二人は毎日のように業務の合間を縫っては、こうして大荷物を抱えて入渠施設へと押しかけてくるのだ。
「また来たの? 毎日毎日、暇人じゃないんだから少しは自分の用事をしなさいよ」
霞が湯舟から乗り出さんばかりの勢いで怒鳴り散らす。しかし、朝潮はまったく堪えた様子もなく、むしろ「元気が戻ってきたようで何よりです!」と満足そうに頷くだけだった。
「秘書官としての業務は、午前中に終わらせてあります」
「だから、鬱陶しいって言ってるの。このくらい一人で平気だし、もう少しすれば出られるわよ」
捲し立てる霞の横で、満潮がくすりと小さく笑い、温かいお茶の入った湯呑みを桶に浮かべた。
「無事に入渠が終わるまで、私たちが毎日来るのは確定事項だから。諦めなさい」
「なっ……満潮……!」
だが、湯舟の底でぎゅっと握られた手には、怒りとは違う力が込められていた。
その様子を横目で眺めながら、不知火は差し出されたお茶に手を伸ばし、小さな声で呟くのだった。
「……うらやましいですね、霞」
「うるさいわね!お茶飲んで黙ってなさい!」