副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
――――櫻子からの突然の呼び出し。
戦闘に関する報告を求められているのかと、資料を持って指令室へと向かう。
ノックをすると、「入れ」と中から声が聞こえた。
木製の扉を押し開き、中へと足を踏み入れる。
いつもならデスク越しに鋭い視線を投げかけてくる櫻子。
しかし、今日は扉が開いた瞬間に歩み寄ってくるなり、力強い抱擁を交わしてきた。
ふわりと漂う香水―――どこか呼吸も乱れている。
明らかにいつもの様子ではない。
身を放した彼女の頬は朱に染まり、瞳には見たこともないほどの喜色が輝いていた。
「副提督。ついに……ついに我々が掴み取ったんだ。……『大型艦建造』の正式な実施権利が下りた!」
櫻子は声を抑え込もうともせず、執務机の上に置かれた一枚の仰々しい書類——『大型艦建造』の認可書を指し示す。
傍らに控えていた朝潮へ視線をやると、いつもは表情を引き締めている彼女もまた、顔を輝かせ、嬉しそうに頷いてみせたのだ。
侮られ続けてきたこの鎮守府。
無茶な出撃を乗り越えて勝ち取った、あまりにも大きい勝利の証だった。
彼女は大きく息を吐き出すと、満足気な笑みを浮かべたままでこちらをじっと見つめてきた。
「さあ……副提督、貴官の意見もじっくり聞かせてもらおう」
「――――誰を建造するかをな」
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長テーブルを挟み、櫻子、夕張、高雄、そして自分の4名が着席していた。
――――先日勝ち取った「大型艦建造」の作戦会議だ。
落ち着かない様子で口を開いたのは高雄。
視線を泳がせ、手元の資料と周りの顔を交互に見つめている。
「なぜ、この会議に私が呼ばれているのでしょうか……?鎮守府の根幹に関わる場に同席するのは場違いでは……」
その言葉に櫻子は簡潔に返した。
「お前は本省からの転属だろう。ならば、外から見た我々の不足を言ってみろ」
隣の夕張は我関せずと言った風に設計図を広げる準備を進めている。
自分は高雄の視線を受け止めながら、資料を開いた。
「いいから座れ、高雄。さて、開発案を見ながら始めようじゃないか」
そして、会議が始まった。
現状、足りないのは航空打撃力か、正面から敵を受け止める重装甲艦。
軽空母や重巡でもその役割は果たせるだろうが、大型艦建造に求める部分ではない。
死蔵されている大量の資材を使い――――狙うべきは正規空母か戦艦の二択。
真っ先に声を上げたのは夕張だった。
「私は正規空母をお勧めします!龍驤さんと同時投入すれば戦術の幅は広がるわ!」
対する櫻子は腕を組み、考える。
「しかし、夕張。今後正面作戦を完遂するには、装甲と火力が要る。当鎮守府には『壁』が不足している」
「でも、大口径砲弾は運用コストがかかるわ。 空母のアウトレンジ戦術ならそこは―――」
「戦局をひっくり返す威力と、敵艦隊の牽制の為にも――――」
意見を交わす二人。正規空母か、戦艦か。
「あの……」
二人に挟まれた高雄がおそるおそる手を挙げた。
「どちらを建造するにしても、これほどの資材を一度に投入すれば監査部局が黙っておりません……! 配分を誤れば資源の浪費とみなされて……」
「大型艦建造に着手、膨大な資材を消費中などと、いったい誰が上層部に報告する。建造が終了すればこちらのものだろう」
高雄は絶句し、頭を抱えた。
「じゃあ、具体的に誰を引っ張り出すか……そこが決め手になるね」
櫻子が巨艦の写真を置いた。
「私は長門を押す。牽制としても、前線の盾としてもこれ以上の艦はない。この鎮守府の象徴として長門型戦艦を座乗させるべきだ」
「私は瑞鶴です!」
夕張が別の設計案を突き出す。
「艦載機搭載量と航行性能………安定感と生存性を取るなら瑞鶴さん一択です!」
「ど、どちらも連合艦隊の要ではないですか……! 本当にそんな大物を……!?」
高雄は額を押さえた。本省の幹部がどれほど狼狽するか想像がつくからだ。
「貴官に案はあるか?」
視線がこちらへと注がれる―――が、すぐに答えは出なかった。
長門、金剛、武蔵。
大鳳、加賀、瑞鶴。
頭の中で、いくつもの名前が浮かんでは消える。
みな、この鎮守府に不足している戦力を埋めるには申し分ない。
だが――。
ふと、視線を落とす。
この鎮守府に今、必要なのは単なる一隻の戦力なのだろうか。
誰もがその存在を無視できないほどの、明確な旗印が必要なのではないか。
そして、頭に浮かんだ名を、ゆっくりと口にした。
―――――大和。
ぽつりと漏らした一言で、室内の空気が一変した。
その名が口から出たのは、戦力として最適だからではない。
この鎮守府が、もう「落ち目の鎮守府」ではないと示すために必要な艦だと思ったからだ。
「……大和、か」
櫻子が声を途切れさせ、夕張も固まる。
大和型戦艦一番艦。
建造に必要な資材量は膨大だが、余剰資材を全投入すれば理論上不可能ではない。
「工廠の限界を試すプロジェクト……! 行けます! 絶対にやりましょう!」
夕張が身を乗り出し、今まで以上に張り切り始めた。
その時、高雄が立ち上がった。
「お待ちください!!!」
高雄の顔は蒼白になり、こちらを見つめている。
己の立場も忘れ、声を上げた。
「正気ですか……!? 大和型の建造など、上層部への挑発以外の何物でもありません!」
冷や汗が、高雄の背筋を伝った。
その危惧は、まるで自分がこの鎮守府の行く末を案じているかのようだった。
監視役として送り込まれた自分が、なぜこの鎮守府を守ろうとしているのか。
「建造計画を立てているなどと公になれば、本省が黙っているはずが……」」
「―――だから、どうやって本省が知る?」
(……あ)
そして――何より決定的な過ち。
「っ……!? あ、私、は……っ!」
「上層部へ情報を流すルートがある」という前提を自ら暴露してしまったのだ。
高雄の顔から血の気が引いていく。咎められ、追及され、処分されるのか。
最悪の思考が頭を駆け巡り、両目を瞑ったその時――夕張が笑って肩を叩いた。
「……私たちが信用できない?」
「そ、それは……」
「だったら、そんな顔しないで。今ここにいるあなたを、私たちは頼りにしてるんだから」
黙り込む高雄を見つめ、櫻子はほんの僅かに目を細める。
「……今さら、何を言っている」
その一言に、高雄がゆっくりと顔を上げる。
しかし、櫻子はそれ以上何も言わなかった。
「さて、腹は決まった」
そしてゆっくりと立ち上がり、机上の認可書へと視線を落とした。
「――――大和型戦艦一番艦、『大和』の建造を始める」
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工廠の熱気が肌を刺す。目の前には、巨大な建造ドックと膨大な資材の山。
「う〜ん……資材の量は十分だけど、配分比率の調整が難しすぎるわね……」
私、夕張は設計図と計測器を交互に見つめた。
副提督と司令官が決断した「大和型」の建造。
実現すればこれ以上ない戦力になるけれど、その工廠にかかる負荷と技術的ハードルは桁違いだ。
ほんの僅かでも、ボーキサイトや鋼材の比率が狂うだけで、この膨大な資材が無に帰してしまう。
「でも……私に任されたんだもの。絶対に成功させてみせるわ!」
配管の圧力数値を再計算し、炉の出力を調整する。
熱気と大型建造炉の駆動音が重く響く中、計器類と端末の画面を交互に注視していた。
「やっぱり……単に資材の投入量を増やすだけじゃダメね」
「ボーキサイトを、う~ん……。これじゃ、ドック内の温度構造が根本から狂っちゃうわ」
ドックのバルブを操作し、圧力ゲージの針が限界値の直前を指すのを見届ける。
汗が目に入りそうになるのを作業服の袖ででぬぐった。
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工廠の影から、夕張の背中を見つめる。
ドックの熱気と機械音が響く中、彼女は一心不乱に計器類と格闘していた。
……聞いたこともないような専門用語をブツブツと呟きながら、端末へ必死に数値を打ち込んでいる。
(本当に……始まってしまったのね……)
あの三人は本気だ。
本当にこの鎮守府のすべてを賭けて、あの最強の戦艦を引きずり出そうとしている。
そして何より……私だ。
監視役として送り込まれた私が、上層部への報告を止めている。
報告すればこんな計画は一瞬で潰されるはずなのに、本部に情報が送られることはない。
(私……一体どうしてしまったのかしら……)
熱気の中で、夢を追う彼女の姿から、どうしても目を背けることができなかった。
――――足音が近づいてくる。
反射的に身を潜めると、現れたのはお盆を持った駆逐艦の曙だった。
お盆の上には、湯気を立てる握り飯と茶碗が載っている。
「……はぁ、やっぱり。また夢中になって昼食も忘れてるじゃない」
あきれ顔の曙は、ドックの真ん中で端末と格闘する夕張を見つけると、大きなため息をついた。
「いくら集中してるからって、ご飯抜きで倒れられたら迷惑なのよ!少しは気をつかいなさいよね……まったく」
文句を言いながらも、甲斐甲斐しくパイプ椅子の上の資料を片付け、お盆を置く曙。
気づけば、工廠の外はすっかり昼の光に包まれていた。
「あ……曙ちゃん! ごめんなさい、もうそんな時間……? ありがとう、助かるわ!」
夕張が申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにおにぎりを掴もうとする、が。
当然手は油まみれだった。
「もう!私が食べさせてあげるから」
あきれたような声を出しながらも、曙はおにぎりを一口大にして夕張の口元へと運ぶ。
「あ、ありがとう、曙ちゃん……! んぐ……ふふ、美味しいわ!」
「ちょっと、喋りながら食べないでよ! 全く……副提督も夕張さんに無理させすぎなのよ」
文句を言いつつも世話を焼く曙と、口いっぱいに頬張りながら笑う夕張。
ドックの真ん中繰り広げられるその微笑ましい光景を、私は物陰から見つめていた。
(……ああ、そうか)
ここには、上層部が監視対象として見るような『敵』の姿はない。
あるのは、互いを思い合いながら生きる人間だった。
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――――数週間後、夕張に呼ばれ、工廠へと足を運んでいた。
ドックの前に立つと、目の前には入念に調整された巨大な建造炉が駆動音を放っている。
これより、いよいよ「大和」の建造を開始するらしい。
「ドックの環境調整、資材の流入経路の確保、すべて完了しました! いつでも大型艦建造をスタートできます!」
隣に立つ櫻子は腕を組み、ドックの全景を見つめていた。
その表情に雑念はなく、指揮官としての凛々しさが宿っている。
「ご苦労、夕張。これほどの規模のシステムを短期間で組み上げるとは、見事な手腕だ」
櫻子はそう口にすると、こちらへと視線を向けた。
「――――ここに、目覚めさせよう」
工廠内に緊張が広がる。
櫻子は大型ドックの始動レバーへ手を伸ばした。
――――重い機械音が工廠全体に響く。
建造炉が蒼白く発光を始め、高圧パイプを駆け抜ける資材の音が唸りを上げる。
表示パネルの数値が激しく明滅し、やがて一定のカウントダウンへと収束していった。
【 080 : 00 : 00 】
「……80時間、ですか……」
画面を見つめていた夕張が、息をのむように呟いた。
「間違いないわ。この数値……大和型建造の理論値に近い」
80時間——日数にして丸三日と八時間。
一般的な戦艦をも遥かに凌駕する建造時間だ。
櫻子は背筋を伸ばし、眩い光を放ち始めたドックを見つめている。
「長いようだが、この艦の持つ意味を考えれば一瞬のようなものだな」
高熱を発する建造炉を前に、確かな手応えを感じていた。
この鎮守府の命運を賭けた戦いは、いま確実に動き出したのだ。