副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
朝6時。目覚ましが鳴る前に目を覚ましました。
身だしなみを整え、自室の扉を開けます。
ちょうど目の前を、元気に通り過ぎていくのは朝潮さん。
鎮守府の秘書官さんです。
「おはようござ――」
挨拶をしようと一歩踏み出した瞬間、頭に鈍い衝撃が走ります。
「あ痛っ……」
―――鴨居に頭をぶつけてしまいました。
もう何度目でしょうか。
自分の背丈に、私の感覚はまだ追いついておりません。
朝潮さんは驚いた様子でこちらを振り返っています。
「大丈夫ですか、大和さん!?」
「………はい。問題ありません」
「ですが、今の音はかなり大きかったような……」
「本当に大丈夫ですから」
心配をかけまいと平静を装いましたものの、慣れたくはない痛みです。
私は小さく頭を撫でながら、苦笑交じりに溜息をつきました。
朝七時。食堂で朝食をいただきます。
お食事はとても美味しいのですが、私にはどうにも量が少なく感じられてしまいました。
思わず、「あのお食事は、これだけでしょうか……?」と、配膳をしてくださっていた如月さんにお尋ねしたところ、彼女は目を丸くして驚かれてしまいました。
如月さんは、私と空になったお膳を交互に見つめています。
「もしかして、足りませんでしたか?」
「はい……申し訳ありません」
「どうして大和さんが謝るんですか?」
そう言って、如月さんはふわりと微笑まれました。
「少し待っていてくださいね。大和さんのおかわり、用意しますから」
そう言うと、厨房へと戻っていかれました。
しばらくすると、先ほどよりも明らかに大きなお膳が運ばれてきます。
どうやら、これがこの鎮守府での普通の朝食のようです。
……私には、少しばかり足りないようですが。
自分の食欲の規格外さに気づき、少し俯いてしまいました。
朝八時。本来であれば執務の時間ですが、まだ私には具体的な割り当てがございません。
手持ち無沙汰に執務室の片隅で待機しておりますと、周りの皆様がお忙しそうにお仕事をなさっている姿が目に入ります。
何かお手伝いできることはないかと、そわそわと視線を巡らせてみましても、この体躯では書類整理の邪魔になってしまうのではないかと躊躇してしまいました。
こうして何もすることがない時間というのは、どうにも落ち着かないものです。
しばらくして、朝潮さんが書類の束を抱えて戻ってきました。
「朝潮さん。何かお手伝いできることはございませんか?」
朝潮さんは私の姿を見上げ、それから手元の書類へと視線を落とします。
「この書類は、私一人で大丈夫です!」
「……そうですか」
「はい!」
元気よく返事をして、朝潮さんはそのまま仕事へ戻っていかれました。
……どうやら、本当にすることがないようです。
正午。待ちに待った昼食の時間でございます。
食堂で席についておりますと、私の隣に龍驤さんがやってきて腰を下ろされました。
「隣、ええ?」
「もちろんです。どうぞ、龍驤さん」
そうお答えしたものの、彼女のトレーの上に載せられたお料理の量を見て、私は思わず目を丸くしてしまいました。朝食の時に私が物足りなく感じていた量よりも、はるかにしっかりとした量が盛られていたのです。
小柄な龍驤さんがこれを全て食べるのでしょうか?
私が料理を見つめていることに気づいた龍驤さんは、楽しそうに笑いました。
「はい、これ大和ちゃんの分。如月ちゃんが特盛りにしてくれたんやで!」
「まあ……! 如月さんが……?」
龍驤さんの明るい声と、配膳口からこちらを暖かく見守ってくださっている如月さんの姿に、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
皆様の優しい心遣いに感謝しながら箸を進めると、今度はしっかりとお腹が満たされていきます。
心も満たされるような、幸福な昼食でございました。
昼二時。私は初めて訓練に参加することとなりました。
訓練海域へと踏み出し、広がる海原の上を駆け抜けます。
高台からは司令官や副提督が、じっとこちらを見守っていらっしゃるのが視界に入りました。
皆様のご期待に応えねばと気持ちを引き締め、私は主砲の照準を的に合わせます。
「第一、第二主砲。斉射、始め!」
46cm三連装砲を撃ち放ちますと、海面が大きく揺れ動き、目標は一瞬にして巨大な水柱とともに消し飛びました。
なぜか周囲の仲間たちはこちらを向いて固まっております。
「……あの」
私は恐る恐る皆様へ声をかけました。
「何か、問題がございましたでしょうか?」
誰も答えてくださいません。
困って高台を見上げますと、司令官と副提督も完全に固まっていらっしゃいました。
私はどこか申し訳ないような心地で、砲身を収めたのでございます。
夕四時。艤装の整備を行っております。
規格外に大きな私の艤装は、私一人の手には到底負えず、夕張さんも手伝ってくださっていました。
「主砲の駆動系、油圧のチェックよし! 大和さんの艤装はどこを見ても規格外で、触っているだけでワクワクしちゃうわ!」
目を爛々と輝かせながら、工具を手に器用に動き回る夕張さん。
その姿に申し訳なさを感じつつも、私は感謝を伝えます。
「夕張さん、お忙しいのに手伝っていただいて……本当にありがとうございます。」
「何言ってるの! この巨大なシステムを整備できるなんて、技術者冥利に尽きるわよ!」
そう言って笑う夕張さんの言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなります。
こんなにも手のかかる私を、面倒がるどころか笑顔で支えてくれる仲間がいる。
私は自分の艤装を愛おしく思いながら、夕張さんとともに丁寧に磨き上げていくのでございました。
夜六時半。入浴の時間となりました。
体を洗っておりますと、隣で体を洗っていた川内さんが、目を輝かせながらこちらを覗き込んできます。
「ねえねえ、大和! 大和は夜戦、好き?」
「夜戦……ですか?」
唐突な問いかけに少し首をかしげつつも、私は真っ直ぐに彼女を見つめ返してお答えいたしました。
「必要であれば、夜間であっても全力で戦います」
「えっ……あ、うん……そ、そうなんだ……」
ぽかんとしたお顔で固まってしまわれました。
少々の気まずさを感じつつ体を流し、広い湯船へと足を踏み入れます。
ゆっくりと腰を下ろし、肩までお湯に浸かった……その瞬間でした。
ザバァァァッ!
「うわー」
「ちょ、ちょっと大和!」
湯船から大量のお湯が一気に溢れ出てしまったのです。
北上さんは無防備に流され、体を洗っていた川内さんは石鹸を慌てて捕まえる始末。
「ご、ごめんなさい! すぐにお湯を足します……!」
私は顔を真っ赤にしながらお湯の蛇口を勢いよくひねるのでございました。
夜八時。自由時間となりました。
この時間帯、私はできるだけ積極的に皆様へお声をかけるよう心懸けております。
廊下を巡っておりますと、訓練室の明かりがついていることに気づきました。
そっと中を覗けば、入渠を終えられたばかりだという霞さんと不知火さんが、懸命に復調へと取り組んでいらっしゃいました。
「霞さん、不知火さん……」
お邪魔になってはとためらいつつも声をかけますと、お二人は同時にこちらを振り返られました。
「何よ、見物なら他所でやってちょうだい」
つれないお言葉ではございますが、一刻も早く前線へ復帰したいという、意地と責任感が伝わってまいります。
「……あまりご無理をなさらないでくださいね。何かお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください」
そう言って深々とお辞儀をしますと、二人は顔を見合わせ、わずかに毒気を抜かれたような表情を浮かべられました。
「……はぁ。手伝いなんて要らないわよ。でも……ありがと」
「……お気遣いなく。大和さんも、ご自分の訓練に専念なさってください」
私もまた、鎮守府の一員として全力を尽くさねばと新たにする、夜のひとときでございました。
夜九時四十五分。巡検の時間となりました。
静まり返った夜の鎮守府を巡ります。
これは今日一日の終わりを告げ、安全を確認するための大切な業務です。
廊下を進む足音が響く中、昼間は賑やかだった工廠や執務室を一つひとつ確認してまいります。訓練室も、今は綺麗に整頓され、明かりが落とされていました。
霞さんも不知火さんも、しっかりと休息につかれたようです。
巡検の途中、窓の外に目を向けると、海が、今は月光を受けて揺れておりました。
再び、海へ――
私はほんの少しだけ、緊張で胸を強張らせます。
ですが、私を迎えてくれた仲間たちの存在が、その不安を温かく溶かしていきました。
夜十時。消灯の時間となりました。
暗闇に包まれた部屋で、ベッドに身を横たえます。
今日出会ったすべてが、私の中で温もりとなって広がっていきます。
これから立ち向かうべき敵の影――。
私に課せられた責任の重さを思うと、胸の奥が引き締まります。
「……皆様の盾となり、力となってみせます」
そう誓い、私はそっと瞼を閉じます。
明日も、皆様とご一緒できるのでしょうか。