副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
近海で深海棲艦の発生が確認され、直ちに出撃部隊が編制された。
旗艦を務めるのは龍驤。その脇を固めるのは高雄、川内、北上、朝潮、満潮だ。
主砲の最終点検を進める艦娘たちの表情は真剣そのもの。
霞や不知火を欠いた中での出撃だが、目の前の海を脅かす敵を放置するわけにはいかない。
水面に次々と波紋が広がる。
六隻の艦娘が、一斉に出撃準備を整えた。
言葉はなくとも、全員の視線が指示を待つようにこちらへ向けられる。
それに応えると、6隻は力強く波を押し分け、海原へと滑り出していった。
――――出撃を見送り作戦室へ足を踏み入れる。
すでに不知火が海域地図が示されたモニターをじっと眺めている。
地図上には、出撃した龍驤たちを示す6つの緑の光点が沖合に向かって動いている。
こちらの気配に気づいた不知火は、視線を地図に向けたまま口を開く。
「……部隊は順調に航行中。現在のところ、計画通りの針路をとっています」
彼女の指先が滑り、敵影の予測位置を示すインジケーターを指し示した。
「規模こそ大きくありませんが、近海への侵入を許せば鎮守府が危険に晒されます。」
6つの光点と、それを迎え撃つ赤い点。双方の距離は刻一刻と縮まっていた。
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――――1時間後、作戦室の通信機からノイズとともに朝潮の声が響いた。
『こちら朝潮!敵艦隊と接敵しました!』
『敵勢力は計5隻! 軽空母1、重巡1、軽巡1、駆逐2を確認!……繰り返します、敵数は5です!』
敵の構成はこちらとほぼ同じ、数ではこちらが有利。
だが、それだけで勝敗が決まるわけではない。
――――川内により敵重巡を攪乱。
――――北上による敵軽空母への雷撃。
――――敵軽空母の防御に敵軽巡を引きずり出す。
――――高雄の後方待機、龍驤の護衛。
指示は即座に通信を介して各艦へと伝達された。
画面上の緑の光点たちが、敵影に向かって陣形を拡散させ始める。
川内を示す光点が単身で加速し、敵重巡へ肉薄していく。
「陣形再編、完了。これより各個撃破に入ります」
不知火が淡々と告げる中、戦況はこちらの描いたシナリオ通りに動き出していた。
―――その直後。
――――ウゥゥゥゥ――――ン!! ウゥゥゥゥ――――ン!!
作戦室に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
赤い警告灯が明滅し、室内を不穏な光で照らし出す。
「―――別の近海方向より、当鎮守府へ直進する深海棲艦の反応を検知。急速に接近中。」
地図上に示されたのは、この鎮守府の目と鼻の先へと直線的に伸びる新たな赤い影だった。
――――主戦力は出撃中であり、こちらの手札は極めて限られている。
不知火が画面から視線を外し、こちらを仰ぐ。
「挟撃、あるいは陽動……。副提督、残存戦力での迎撃か、それとも主戦力が戻るまでの防衛か。ご指示を」
モニターの赤く明滅する光が、作戦室内を不穏に照らし出していた。
――――不知火、前線の指揮を任せる。
言うと同時に、通信機を不知火の手に押し付けた。
通信が途絶えれば現場の判断に遅れが生じ、一瞬で戦況が引っ繰り返る危険がある。
彼女に前線を任せるのが、今取り得る最高の判断だった。
「っ……副提督!?」
驚きに目を見開く不知火の声を背に、作戦室の扉を勢いよく開けて廊下へ走り出していく。
――今、この鎮守府で動かせる最大の「切り札」を、予定より早く起こすしかない。
まだ調整も完全ではない。初陣の準備も整っていない状態だ。
しかし、この鎮守府の目と鼻の先に迫る脅威を払いのけられるのは、もう彼女しか残されていない。
◆◆◆◆◆
大和は部屋の窓辺に立ち、海を眺めていた。
作戦会議が始まり、艦隊が編制されていく気配は自室にいても伝わっていた。
あるいは自分に出撃の命令が下るのではないか――そんな予感が胸をかすめたのは確かだ。
着任した以上、この鎮守府を護るために立ち上がらねばならないという自負もあった。
しかし、選ばれたのは龍驤をはじめとした出撃部隊。
自らの出番が見送られたことを悟り、小さく息を吐いた。
――――戦艦大和、それは。
世界最大の戦艦として生まれながら、その力を存分に振るう機会に恵まれなかった艦。
大きすぎるがゆえに。
強すぎるがゆえに。
その力を振るうことなく、海の上で待ち続けた。
「……私の力は、まだ使う時ではない……ということですね」
静かに海を見つめ直した―――その直後。
――――ウゥゥゥゥ――――ン!! ウゥゥゥゥ――――ン!!
鎮守府内に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「警報……!?」
先ほどまで静かだった鎮守府が、にわかに慌ただしくなっていく。
廊下を駆ける足音が近づいてきている。
「いったい、何が……」
そう呟いた瞬間、扉が勢いよく開かれる。
――――息を切らして立っていたのは副提督だった。
「副提督……!?」
肩を大きく上下させ、荒い息を吐くその姿に、大和は思わず息をのむ。
作戦室で指示を出しているはずの彼が、ここまで走ってきたという事実。
それだけで、事態がどれほど切迫しているかを物語っていた。
「……はぁ……はぁ……貴官も来ていたか……!」
すぐ後ろから、少し遅れて司令官がやって来る。
彼女もまた、普段の落ち着きをやや欠き、息を乱していたが、その表情は真剣そのものだった。
「……大和」
司令官が息を整え、まっすぐに大和の目を見つめる。
「戦況は最悪だ。……お前の力を貸してくれ」
その短い一言が、大和の胸の奥で燻っていた熱を一気に燃え上がらせる。
自分を必要としてくれた人々のために。
この鎮守府を護るために。
大和は胸の前で右手を固く握りしめ、力強く頷いた。
「……了解いたしました。戦艦大和、出撃いたします!」
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◆◆◆◆◆
海水が白く弾ける。
大和は、両脚でしっかりと海面を踏みしめた。
柔らかだった瞳はなく、口は固く結ばれる。
この鎮守府を護るという強い覚悟が、彼女の全身から溢れ出していた。
「――主砲開け!」
ギィィィィ……
彼女の動きに呼応するように、巨大な艤装が声を上げた。
重厚な金属音が海に響き渡り、威容を誇る46cm三連装主砲が、重々しく旋回を始める。
水平線の先から、深海棲艦が押し寄せてくる。
群れは牙を剥き、鎮守府の海域へと侵入を開始していた。
「全砲門、照準固定――」
大和は敵影を視界の中央へと捉える。
「敵艦捕捉―――全主砲薙ぎ払え!!」
――――閃光が放たれた。
海を切り裂き、迫り来る深海棲艦の群れを呑み込んでいく。
重なり合う砲声、そして直後に水平線上で弾け飛ぶ巨大な水柱。
閃光は、海水ごと敵影を爆砕してみせた。
「……命中」
敵艦隊へと追随していた艦載機がバラバラになって飛んでいく。
大和は、ただ煙の立ち込める海を見つめていた。
◆◆◆◆◆
「…………」
誰もが、思わず言葉を失った。
モニターに映る赤い光点が、一瞬にして消えていく。
自分も、櫻子も、何も言おうとしなかった。
「……敵影、消失」
不知火のその一言だけが、部屋に響いた。