副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。   作:リター

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簡単に認めてあげるつもりはないんだから

岩礁地帯での激闘から数日後。

 

ボロボロになりながらも勝利をもたらした川内は、未だに入渠ドックで修復されている最中だった。

そんな中で、自身に与えられた執務室の机に向かい、ペンを走らせる。

 

差し出し先は、以前所属していた古巣の鎮守府。

そこに記されているのは、ある艦娘を指定した「転属要請書」だった。

古巣にも角が立たず、戦力を補強し、次なる作戦を見据えるための大事な一手。

 

書類を封筒へ収めようとした、まさにその時だった。

 

コン、コン、コン。

 

木製の扉が叩かれる。

 

「入るわよ」

 

返事をする間もなく扉が開き、姿を現したのは霞だった。

すぐ後ろから、刺々しい視線を隠そうともせずについてくる少女がいる。

 

朝潮型の駆逐艦――満潮だ。

 

彼女は哨戒任務に出ており、この鎮守府に着任してから直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。

霞は机の前まで歩み寄ると、顎で隣の満潮を示した。

 

「一応連れてきてあげたわ。この鎮守府の新しい副提督さん?」

 

「聞いたわ、川内さんたちを無茶な作戦に突っ込ませて、ボロボロにさせて勝ったって……」

 

その言葉には、不信感と、仲間を危険に晒されたことへの強い反発の色が滲んでいた。

 

「朝潮たちは持ち上げてるけど……私は騙されないんだから。」

 

――――この鎮守府の司令官は、速水提督だ。

 

こちらが一切の迷いもなくそう言い切った瞬間、執務室の空気が凍りついた。

満潮の瞳から熱が引き、失望の陰が差す。

 

「そう……あなたもそういう人なのね」

 

満潮は一度も振り返ることなく扉を閉ざして去っていった。

だが、霞は去っていった扉を一瞥したあと、腕を組んでこちらへと視線を戻す。

 

「……で? あんた、何を企んでるのよ」

 

――言葉の裏にある意図を、霞は見抜こうとしていた。

 

机の上の「転属要請書」へ視線を落とすと、霞もまたその封筒に目をとめる。

 

「……それ、古巣の鎮守府に出すやつでしょ。一体、誰を呼び寄せるつもりなの?」

 

これは軍務に関わる事案であり、軽々しく口にできる内容ではない。

それに、すべては古巣の鎮守府がこの要請を呑むかどうか次第だ。

 

そう伝えると、霞は呆れたように肩をすくめた。

 

「ふん……これ以上は聞いても無駄ってわけね」

 

チラリと満潮が去っていった閉ざされた扉へ視線を向ける。

 

「まあいいわ。あんたが何を企んでいようと、私は私の仕事をこなすだけだから。……だけど」

 

霞は去り際、扉のノブに手をかけると、振り返ってこちらをジロリと睨みつけた。

 

「……満潮のこと、なんとかしときなさいよ。あいつも口は悪いけど、この鎮守府と仲間のことを本気で心配してるだけなんだから」

 

そう言い残すと、霞はバタンと扉を閉めて出て行った。

 

机の上の転属要請書に視線を落とす。

ペンを執ると、封筒に差出人の署名を記し、静かに封を閉じた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆

 

 

 

廊下に、カツン、カツンと自分の足音が響く。

胸の奥を激しい苛立ちと、孤独感が渦巻いていた。

 

――どうして皆、あんな風になれるの?

 

この鎮守府に来てからずっと、私だけが浮いている。

 

周りの仲間たちは口を揃えて速水櫻子を『頼れる司令官』だと信頼し、挙げ句の果てには、どこからか流れてきた正体不明の『副提督』まで持ち上げている。

 

無茶な作戦で川内さんたちをボロボロに傷つけて勝ち取った勝利。

それを「凄腕だ」と称える朝潮たちの神経が、私には理解できなかった。

 

「……バカみたい」

 

握りしめた拳が、かすかに震える。

 

思考の隙間を縫うように、あの忌まわしい記憶が脳裏をよぎった。

 

暗闇の中、赤く染まる海。迫り来る砲火、炸裂する轟音、そして次々と炎に包まれていった仲間たちの姿――スリガオ海峡の激闘。

 

誰かの言葉を信じて、命令に従った先に待っていた惨劇。

 

「私だけは騙されない……絶対に」

 

甘い言葉に流されて、また仲間を失うなんて、絶対に許されないから。

 

冷たい壁に背をあずけ、沈んでいた満潮の視界の先――工廠の扉が、音を立ててゆっくりと開いた。

その奥から姿を現したのは、数日間の入渠を終えた川内。

 

「……あ、痛たた……やっぱりまだ、ちょっと響くね……」

 

目立った外傷こそ綺麗に修復されているものの、その足取りはおぼつかない。

二本の松葉杖を脇に抱え、一歩を踏み出すたびに顔をしかめながら、よたよたと体を揺らして歩いている。

 

損傷は修復できても、精神や、身体に残る痛みの記憶までは、すぐには拭いきれないのだ。

歯を食いしばっていた、川内は立ち尽くす満潮の姿に気づくと、ハッと目を見開いた。

 

「満潮じゃん。もう戻ってたんだ……あ!あたしのこの格好悪い姿でも笑いに来たの?」

 

松葉杖に体重を預け、ハァと荒い息を吐き出しながらも、彼女らしい軽口を飛ばす。

その姿を前に、満潮は言葉を失い、喉の奥を詰まらせたまま動くことができずにいた。

 

「……なにその顔。怖いんだけど」

 

満潮は目を見開き、込み上げる感情を抑えきれずに叫んでいた。

 

「なんで笑ってられるのよ!囮にされたのよ!? 死んでたかもしれないのに!なのに、どうして………」

 

叫びを受け止めた川内は、反論するでもなく、ただポカンと少し呆気にとられた顔で彼女を見つめた。

 

「ん…………まあ、そんなに廊下で叫ばないの。……ちょっと、あたしの部屋まで付き合いなよ。足がこんなだからさ、肩くらい貸してくれたっていいでしょ?」

 

「私は本気で聞いてるのよ!?」

 

「分かってるって。だから、部屋でゆっくり話そうって言ってるんだよ。ほら、来て」

 

満潮は差し出された川内の体を拒みきれず、渋々その肩を支えるように並んで歩き出した。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

部屋の中、松葉杖を壁に立てかけると、深いため息をつきながらベッドの端へ腰を下ろす。

 

「はぁ~~……ほら、そこに座りなよ」

 

顎で促され、満潮は不機嫌さを隠そうともせず、卓の傍らにある椅子へと腰掛けた。

膝の上で軽く手を開閉させ、痛みの具合を確かめながら、笑みを浮かべる。

 

「『なんで笑ってられるのか』だったけ? ……単純に楽しかったからよ。罠にハメて、狙い通り夜戦で叩きのめす……あたしのやりたい『夜戦』ができた、ただそれだけ」

 

思わず満潮が身を乗り出すが、川内はそれをひらひらと手で制した。

 

「まあでも……あたしが楽しかったって話と、あんたが悩んでる話は別。……櫻子さんや、副提督のこと、信用したくないなら、別に信用しなくたっていいんじゃない?」

 

「……え?」

 

拍子抜けするほど軽く言い放たれた言葉に、満潮は唖然とする。

川内はベッドの上で少し体を倒し、天井を見上げながら静かに言葉を続ける。

 

「無理に信じる必要なんてないでしょ。疑って、警戒して、自分の目で確かめればいい。ただね……」

 

「副提督は勝たせるために動いたし、櫻子さんも納得した。あたしも、自分の意志でその作戦に乗ったの。捨て駒にされたなんて思ってないよ。」

 

そして、真っ直ぐに満潮の瞳を見つめ返した。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

部屋のドアを静かに閉め、一人廊下を歩きながら、満潮は小さく溜息をついた。

胸の中に渦巻いていた怒りは、どこか肩すかしを食らい、妙な感覚だけが残っている。

 

「……信じなくていい、か」

 

――――確かに、自分はこの鎮守府の中で浮いている。

 

過去のトラウマに囚われ、周りに対して常に警戒心を剥き出しにし、誰も彼もを疑ってばかりだ。

だが――この鎮守府での日常がいくつも思い浮かぶ。

 

浮いているからといって、誰かに爪弾きにされたり、邪険に扱われたりしたことは一度もなかった。

霞は口うるさく小言を言いながらも面倒を見てくれるし、如月はいつも優しく微笑みかけてくる。

 

そして、何より――

 

『満潮!何か困ったことがあれば、この朝潮に何でも言ってください!』

 

思い出すだけで頭が痛くなるような、あの真っ直ぐすぎる顔。

 

ことあるごとに、必要以上に姉らしく振舞おうとしてくる。

押し付けがましくて、暑苦しくて、正直言って鬱陶しい。

 

けれど……そこに嘘がないことくらい、嫌というほど分かっていた。

 

「バカみたい。みんなして……」

 

満潮はぎゅっと自分の腕を抱きしめた。

 

「……あんな副提督のこと、簡単に認めてあげるつもりはないんだから」

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