副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
目の前で重い音を立てて稼働を待つ大型ドック。
今回下りた建造許可で対応可能な枠組は、駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、そして軽空母の四種だ。
「制空権の補強なら、龍驤の負担を減らすためにも軽空母をもう一隻増やすのが順当だろう。だが……」
櫻子が腕を組み、ドックの巨大な設備を見上げながら冷静に口を開く。
「我が鎮守府の現状の火力を考えれば、重巡級を一隻投入して艦隊の軸にするのも捨てがたい。次の作戦が夜戦だけで済む保証はないからな」
「うーん、それも分かるけど……あたしとしては軽巡か駆逐艦を推したいなぁ」
夕張が手元の記録端末をタップしながら、二人の間に割り込んで持論を展開する。
「軽巡か駆逐なら試作艤装の組み込みも柔軟に試せるし、即戦力として回転率を上げられるわ!」
「……確かに一理あるな」
櫻子は深く頷き、夕張の提示した資材データを覗き込んだ。
軍人としての戦力分析から前線の砲撃力を重視する櫻子と、整備士・開発者としてのリソース管理や拡張性を重視する夕張。二人はそれぞれ異なる視点から真剣に議論を重ね、やがて同時にこちらへと視線を向けた。
◆◆◆◆◆
指示のもと、選択された資材が急速に大型ドックへと流し込まれていく。
激しい機械音とともに扉が閉じ、注水とともに緑色の建造光がドック内部を包み込んだ。
「始動したな……」
櫻子が真剣な眼差しでメーターの数値を睨みつけ、夕張も手元の端末でバイタルサインの計測に全神経を注ぐ。立ち込める濃密な蒸気の中、三人は息をのんでその瞬間を待った。
やがて、減圧音が鳴り響き、重厚なドックの扉がゆっくりと左右へ開かれていく。
蒸気の霧が晴れていくその奥から、ぬっと姿を現したのは――頭の後ろで雑に結ばれた黒い三つ編みと、緑色の制服をだらしなく着崩した一人の少女だった。
「ん~……なんか急に呼び出されたと思ったら、ここどこー? ……あー、北上ですー。よろしくー」
緊張感の欠片もない、どこか眠たげで気の抜けた声が工廠内に響き渡る。
「軽巡……北上か」
櫻子は一瞬だけ拍子抜けしたように目を瞬かせたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「北上型の潜在火力と魚雷兵装の拡張性は折り紙付きだ。この局面で引き当てたのは大きな成果だぞ、副提督」
「北上さん……! すごい、北上さんの艤装ならあたしの試作魚雷のデータ採取がはかどりそう……!」
目を輝かせる夕張を余所に、北上はふぁぁと欠伸を噛み殺しながら、億劫そうに頭を掻いた。
「えー、なんか怖そうな人がいるし、あっちの人は目ぇギラギラさせてて怖ぁい……ねぇそこの男の人。 アタシ、基本めんどくさいことは嫌いなんだけど、とりあえずどこで寝ればいいのー?」
マイペースすぎる新戦力の着任に、工廠の空気は一気に脱力感へと包み込まれていった。
◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆
アタシは三つ編みを指先でいじりながら、ぼんやりと周囲を見回していた。
……なんか、知ってる顔が全然いない。
球磨姉さんや多摩、木曾の姿もないし、うるさい阿武隈もいない。何より、いつも「北上さん北上さん」ってまとわりついてくる大井っちの姿が見当たらないのは、ちょっとね。
「ま、別にいいんだけどねー」
居心地自体は、別に悪くはなかった。部屋は静かだし、ご飯もまあまあ美味い。
だけど……なんていうか、この鎮守府は変な子が多い印象だった。
さっき工廠にいた夕張は、アタシの魚雷発射管を見るなり目をギラギラさせて「試作兵装がどうの」って絡んでくるし。廊下を歩けば、松葉杖をついた川内が「今夜も夜戦だー!」とか叫んで暴れてる。
「……みんなテンション高くて疲れるわぁ」
廊下をのろのろと歩いていると、曲がり角から「あ!」という声が聞こえた。
「ちょっと待ったぁ! あんたが新しく着任した北上ちゃんか!?」
現れたのは、平たい体を躍動させながら走ってきた、ちっこいのだった。
アタシの目の前に勢いよく躍り出ると、腰に手を当ててまじまじと見上げてくる。
「ウチは軽空母の龍驤や! ……って、なんか……ごっつ眠そうやし、脱力感すごない?」
「あー……龍驤さん? よろしくー……。いやぁ、アタシ基本いつもこんな感じなんでぇ……」
ねむけ交じりにそう返すと、龍驤はガシガシと自分の頭を掻きむしった。
「うわ、また強烈なのが増えたわ……!今度は超マイペースかーい!」
一人で勝手にノリツッコミをして頭を抱えている。
「まあまあ、そんなカリカリしなさんなー。肩の力抜きなよー」
「誰のせいで力入っとると思ってんねん! ……はぁ。まあええわ、しっかり頼むで、北上ちゃん!」
バシバシと力任せに背中を叩かれ、アタシは「へーい……」と気のない返事をした。
なんだか騒がしいのがまた増えたけど、悪い奴ではなさそうだ。
アタシはちっこい先輩の背中を見送りながら、自室に帰っていった。
あてがわれた部屋で畳の上にゴロンと横になり、天井の木目をぼーっと眺める。
大井っちがいたら「北上さん、あんな変な奴ら気にしちゃダメです!」なんてキーキー騒いでたかもしれない。そう思うと、ちょっとだけ可笑しかった。
「まあ、大井っちがいないのは寂しいっちゃ寂しいけど……追っかけ回されない分、静かでいっか」
アタシはため息を吐いて、目を閉じた。
あの司令官も、アタシに何を期待してるのかは知らない。
けど、面倒くさいことにならない程度に、適当にやるかー。
そう思いながら、まどろみの中へと落ちていった。
◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆
軽巡三隻に駆逐艦六隻、そして軽空母が一隻。
手元にある戦力の駒を脳内で並べ上げ、思考を巡らせる。
寄せ集めと揶揄されかねない規模ではあるが、これでようやく、艦隊として最低限の陣形を組むだけの戦力は整った。
不測の事態への対処と戦力補強に追われていたが、そろそろ次の手が打てるだろう。
他の鎮守府や周囲の艦隊に対して、この鎮守府が速水櫻子という司令官のもとで着実に再起を果たし、実戦に耐えうる牙を磨き上げていることを見せつける必要がある。
本庁の書類上の評価だけでなく、現場の目にもその実力を決定的なものとして知らしめること。それが、この鎮守府の立場をより確固たるものにし、今後の作戦行動における主導権を握るための布石となる。
――――――準備は整った。
執務室のドアを押し開け、速水櫻子の前へと進み出る。
手にしていた演習計画書を静かに机の上へ置く。そこには、他鎮守府との合同演習に関する緻密な構成と、得られる政治的・実戦的メリットが端的に記されていた。
櫻子は差し出された書類に一度目を通したが、その表情は晴れない。
それどころか、渋いものを噛み潰したような苦い顔を浮かべ、深く背もたれに体を預ける。
「……他の現場にもうちの実力を見せつけるのは今後の主導権を握る上で不可欠だ。だがな」
櫻子は溜息をひとつ吐き出し、人差し指で机の上の書類を軽く叩いた。
「そもそも、この演習提案を受けてくれるような鎮守府が、存在しない」
「――――関わり合いになって巻き込まれるのを恐れているんだ」
理想的な計画を描くこちらに対し、櫻子は司令官として突きつけられている泥臭い現実を示してみせた。
「……さて。相手が引き受けてくれない以上、この計画は絵に描いた餅だ。」
悲観する彼女に、もう一枚の書類を取り出す。
櫻子は怪しむような視線を向けつつも、それを受け取った。
『中央本省主催「実戦評価・査定演習」参加申請書』
その表題を目にした瞬間、櫻子の眉が大きく跳ね上がる。
「これは……査定演習の申請書か?しかしだな、この演習は『旗艦または随伴に正規空母ないし軽空母を一隻以上組み込むこと』が出場必須条件のはず――――」
そこまで一気に捲し立てて、息を呑む。
ほんの数日前、古巣の鎮守府から名指しで引き抜いた軽空母――龍驤。
「端から参加資格すらないものとすっかり失念していたが……この査定演習に乗り込み、公式な場で他所の鎮守府を叩きのめすつもりだったのか?」
手に持った申請書と、こちらの顔を交互に見比べると、くすりと笑う。
「……まったく、いい意味で嫌らしい計画を描く男だ」
すぐさま机の上のペンを手に取ると、豪快なサインと司令官印を申請書の末尾に叩きつけた。
「乗ったぞ、副提督。本省の鼻を明かしてやろうじゃないか」