副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。 作:リター
執務室の扉を開け、龍驤は片手を上げながらひょっこりと顔を出した。
「失礼するでー。副提督、急に呼び出してどないしたん?」
龍驤は不思議そうに首をかしげながら、執務机の前まで歩み寄ってきた。
机の上の書類から目を離し、龍驤へと視線を向ける。
そして、無駄な前置きを省き、彼女が現在運用している「装備」の状況について尋ねた。
「装備? ああ、機体のことか」
龍驤は腰の飛行甲板をポンポンと軽く叩き、どこかわびしげに苦笑いを浮かべる。
「古巣を去るときにな、みんなが餞別として持たせてくれたんよ。ずっと使い慣れたやつらやから、手放さずにそのまま持ってきてるで」
龍驤は指を折りながら、自分の愛機たちの名前を口にする。
「零式艦戦21型に、九七式艦攻、それに九九式艦爆や。……まあ、見ての通りの旧式ばかりやけどな。いまどきの最新鋭機と比べたら見劣りするかもしれんけど、ウチの手足みたいなもんやから、手入れだけはバッチリ届いてるで」
自嘲気味に言いつつも、龍驤の目には長年ともに修羅場をくぐり抜けてきた愛機への誇りとでもいうのだろうか、そう言うものが見え隠れしている。
彼女の返答を聞きながら頷いた。これから挑む査定演習、そしてその先にある戦いを見据え、龍驤の習熟度を頭の中で計算し始めるのだった。
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数日後、ブリーフィングルームのドアが開くと、室内には話し声が広がっていた。
集められたのは、朝潮、如月、霞、満潮、不知火、龍驤、北上の計7隻。
夕張はドックで北上用の試作装備の最終調整に追われている。
足の痛みが残る川内は、副提督の命令で強制的に休養中。
曙も早朝から沿岸の哨戒任務に出ているため、この場にはいなかった。
「……集合がかかったってことは、いよいよ演習の話かしら?」
霞が腕を組み、不機嫌そうに眉をひそめながら壇上の副提督を睨みつける。その隣では満潮が警戒するように唇を結び、不知火はいつも通り感情を読ませない無表情で佇んでいた。
「みんな、静かにね。副提督さんのお話が始まるわ」
如月が穏やかな声でなだめると、最前列に陣取った朝潮が背筋をピンと伸ばす。
後方では、龍驤が興味深そうに身を乗り出し、北上は欠伸を噛み殺しながら壁に寄りかかっていた。
やがて部屋の灯りが少し落ち、前方の大画面に一枚の書類が投影される。
『中央本省主催「実戦評価・査定演習」』
その文字が映し出された瞬間、室内のかすかなざわめきがすっと消えていく。
全員の視線が、壇上に立つこちらへと一斉に集まった。
――――淡々と査定演習の事務的な概要を説明する。
本省が主導するこの査定演習は、各鎮守府の戦力維持状況および指揮官の指揮能力を公正に評価するため、近隣の鎮守府と合同で行われる模擬戦であること。
龍驤は―――古巣でも経験がある。
特に驚く様子もなく落ち着いた表情だった。
最前列の朝潮は律儀にメモまで取っているが、正直言ってそこまで重要な内容ではない。
一方で、霞は腕を組んだまま、満潮はつまらなさそうな顔を隠そうともせず、北上は爪をいじっている。
事務的な説明を一通り終える。すると、櫻子がすっと立ち上がり、皆の前へ出た。
「―――――だが、本題はここからだ。」
「今回の演習は、単に本省への報告や評価を得るためだけの場ではない。これまで他所の鎮守府から見下されてきたこの鎮守府の力を――対外的に存分に知らしめるための絶好の舞台なのだ。」
その言葉を聞いた瞬間、室内を満たしていた空気が一変する。
新参である龍驤と、他人事のように鼻を鳴らす北上の二人だけは、それまでと変わらぬ様子だったが。
「対外的に……力を、見せつける……」
満潮が息を呑み、小さく呟く。その瞳から不機嫌そうな陰りが消える。
ただの査定ではない。バカにされ、遠巻きにされてきた自分たちの力を、外部に知らしめるための戦い。
空気が変わったのを確認すると、次に作戦配置の説明へと移った。
スクリーンを切り替え、出撃編成の欄を表示させる。
手元の端末から一番上の枠に名前を打ち込んだ。
――【旗艦:軽空母 龍驤】
「……なるほどな。ウチを呼んだんは、そういう理由か」
先ほどまで引き締まった表情を浮かべていた駆逐艦たちも、わずかに緊張をほぐしつつ、次に選ばれるのは誰なのか、期待と緊張の入り混じった視線をスクリーンへ向ける。
視線を手元に戻すと、次の枠へとカーソルを移動させ、二番目の艦名を決定した。
――【随伴:軽巡洋艦 北上】
川内は療養中、夕張は整備中。必然的に、この枠を埋められるのは北上しかいなかった。
「あー、やっぱりアタシも入る感じー? ……まあ、適当に後ろの方でついていきますわー」
手をヒラヒラと振る北上に一度だけ頷き、間髪を入れずに三番目の枠へと文字を打ち込んでいく。
――【随伴:駆逐艦 朝潮】
「……! 指名、感謝いたします!」
名前を呼ばれた朝潮は、ハッと目を丸くした直後、勢いよく立ち上がって胸を張った。
「この朝潮、司令官と副提督のご期待に沿えるよう、死力を尽くして本演習に臨む所存です! 旗艦・龍驤さんをお護りし、我が鎮守府の威信をかけて全力で戦います!」
最前列で弾けた誇らしげな声が、ブリーフィングルーム内に響き渡る。
力強く宣言した朝潮へ一度目を向ける。
続いて画面に表示されたのは――
――【随伴:駆逐艦 霞】
――【随伴:駆逐艦 満潮】
朝潮、霞、満潮。朝潮型三隻が揃ったことで、水雷戦隊としての連携にも期待が持てる。
「……ふん。分かってるじゃない」
霞は腕を組んだままフンと鼻を鳴らした。口元には厳しさが残るものの、朝潮と満潮へ視線を送り、二人との連携を確かめるように目を細めた。
「……あたしたち三人を並べる以上、ヘマなんて絶対に許さないんだからね」
満潮もツンケンとした態度を崩さないものの、やる気なのが見てとれる。
「霞、満潮! 私たちの絆と訓練の成果、副提督や他の鎮守府に存分に見せつけましょう!」
朝潮が嬉しそうに二人を振り返り、力強く拳を握りしめた。
霞は「分かってるわよ、騒がないの」と冷たくあしらいつつも、どこか口角を和らげている。
そして、最後に残された編成枠――六番目の枠へとカーソルを合わせた。
――【随伴:駆逐艦 如月】
「あらあら……私を選んでくれるの? 嬉しいわ、副提督さん」
如月は驚いたようにそっと両手を頬に当て、それから穏やかな笑みを浮かべた。
―――これで出撃枠の六隻はすべて埋まった。
部屋の中に集まった七隻のうち、唯一名前を挙げられなかったのは不知火のみ。
「副提督。不知火を除外された意図について、ご教示願えますか」
静かな問いかけ。
感情的な訴えではない。
戦術上の合理的な判断として、なぜ自分が外されたのか――不知火はそれを問うていた。
——今回の演習において、不知火には自分の補佐官を務めてもらう。
告げられた言葉に、不知火は珍しくパチリと大きく瞬きをした。
彼女を戦闘要員から除外した理由。それは決して戦力外とみなしたからではない。
冷静な判断力。微細な変化を見逃さない洞察力。
そして、作戦の意図を正確に理解し、即座に行動へ移す能力。
そのすべてを兼ね備えた不知火は、戦場を俯瞰する補佐役として最適だった。
今回の演習は、ただ敵を撃破すればいいというものではない。
対外的に自分たちの実力を示し、本省からの評価を決定づけるための、重要な一戦だ。
「……なるほど。不知火の能力を評価しての起用、ということですね」
深々と一礼する。
「了解いたしました。作戦の遂行を補佐してみせます。」
不知火が六隻へ視線を巡らせると、朝潮たちは背筋を伸ばして力強く頷いた。
その様子を見届け、櫻子は司令官として最後に言葉を紡ぐ。
「この演習は、私たちがこの鎮守府で何を成せるのかを示す最初の機会だ。」
「そして私は、この鎮守府の司令官として、その結果を背負おう。」
「――――副提督。艦隊の指揮を任せる。」