副提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります。   作:リター

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査定演習開始

2週間後、演習当日の海域には、独特の緊張感が漂っていた。

 

観戦用に特別に設置された貴賓席には、上層部の老人たちが居並んでいる。

彼らの視線は、どこか冷ややかさを帯びていた。

 

櫻子は口を固く結んだまま、その貴賓席を一心に睨みつけている。

だが、取り乱して暴言を吐くような真似はしない。

 

そして、一度大きく深呼吸すると、横目にこちらへと視線を送った。

 

「……まるで、最初から我々が醜態を晒すのを楽しみに来ているような顔だな?」

 

「――――だが、これでいい。……この海で、特大の冷や水を浴びせてやろうじゃないか」

 

海上では、出撃位置に着いた龍驤を始めとする六隻の艦娘たちが、開戦の合図を待っている。

自分の隣で、手帳を抱えた不知火が海原を見つめていた。

 

そうしているとラッパの音が響き渡り、両陣営の指揮官による対面と挨拶の時間が訪れた。

 

貴賓席の真下に設けられた観閲台で、相手側鎮守府の提督と櫻子が向かい合う。

櫻子が海軍式の敬礼を捧げると、対する男も形式通りの敬礼を返す。

 

――だが、その直後。

 

敬礼を下ろした男の目に、露骨な侮蔑の色が浮かんだ。

落ち目と噂される鎮守府の女司令官を鼻で笑うかのように、男は露骨に口角を吊り上げた。

 

「……まあ、それなりに形だけは整えてきたようですな。安心しなさい、こちらで『手加減』はしてあげますから。せいぜい恥をかかない程度に頑張ってくださいよ」

 

嫌味を残すと、返答すら待たずに踵を返し、自陣の指揮所へと戻っていった。

握手をするために伸ばされていた櫻子の手が、強く握りしめられる。

 

「……聞いたか、副提督。手加減、だそうだ」

 

怒りで声を少しだけ震わせながら、ゆっくりと振り返った。

 

 

 

◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆

 

 

 

開戦の合図となる信号弾が、空高くへと打ち上げられた。

大型モニターに両陣営の演習用編成が次々と表示されていく。

 

今回の査定演習では、規定により戦艦や潜水艦の投入は禁止されていた。

だからこそ、中小規模の艦娘による指揮能力と連携が問われるはずだった。

しかし――モニターに映し出された敵方のリストは―――

 

——【演習編成】

・旗艦:軽空母【祥鳳】

・随伴:重巡洋艦【衣笠】

・随伴:軽巡洋艦【多摩】

・随伴:駆逐艦【文月】

・随伴:駆逐艦【長月】

・随伴:駆逐艦【菊月】

 

重巡一、軽巡一、軽空母一、駆逐三。

 

重巡洋艦を組み込み、砲戦の火力を盤石にしつつ、あえて駆逐艦を三隻も選出している。

 

「主力級を出すまでもない、そう判断しているのでしょう。」

 

―――まさに「手加減している」と言わんばかりの布陣。

 

無言で海原へ視線を向ける。

無線機の向こうでは、旗艦の龍驤が「舐められたもんやな」と笑う。

 

最初の作戦指示を通信機へと吹き込んだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆

 

 

 

「了解や、副提督。任せとき」

 

無線機から響く声に短く答えると、龍驤の口元にニッと笑みが浮かんだ。

言葉こそ軽やかだったが、その瞳の奥には冷たさが宿っている。

 

甲板に並べた式神へと息を吹きかけ、次々と大空へ解き放つ。

式神は瞬く間に零式艦戦21型の姿を取り、甲高いエンジン音を響かせて舞い上がった。

続いて九九式艦爆と九七式艦攻が整然と編隊を組んで雲を突っ切っていく。

 

――――すっと、龍驤は目を閉じる。

 

視界が切り替わる。

上空を飛翔する艦載機を通して、俯瞰で敵艦隊の陣形が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。

 

(……重巡の衣笠を中央に据えて、睦月型の文月、長月、菊月が前に出てくる気か。多摩と祥鳳は後方……甘すぎるわ)

 

見え透いた一列の陣形。相手は旧式機など端から警戒しておらず、制空権も容易に取れると高をくくっているのが丸わかりだった。

 

龍驤は通信機を開き、先頭を切る朝潮型三隻に割り込んだ。

 

「朝潮、霞、満潮! 聞こえるか! 敵の駆逐三隻、完全に単縦陣で油断しとるで! ウチの艦爆で文月と長月の足を鈍らせたる。朝潮型三隻は速力を上げて斜め前から突っ込み、駆逐隊の二番艦、長月に砲撃を集中させ!」

 

「ついでに霞!――――任せたで!」

 

鋭く具体的な指示が飛ぶ。

 

「了解です! 旗艦・龍驤さんの爆撃に合わせ、全速で突撃します!」

 

「言われなくても分かってるわよ! 誰に向かって言ってるのよ!」

 

「……ふん、あんなノロノロした旧式駆逐艦、一瞬で通り過ぎてやるんだから!」

 

朝潮たちの勇ましい声が無線越しに返ってくる。

龍驤は薄く目を開けると、胸の前で印を結び、上空の艦載機群へ攻撃を命じた。

 

「いくで……軽空母の本当の戦い方教えたるわ!」

 

上空で鋭いエンジン音が炸裂し、祥鳳の放った艦載機と龍驤の編隊が激しく交錯した。

銃撃音が連続して響き、無数の機体が雲間を縫うように飛び交う。

 

「祥鳳機か……! 舐めた編成の割に、空の護りは手堅いことしてくれるやんか!」

 

本来なら、発艦した艦載機は自律的に戦闘を行う。だが今、龍驤は違った。

意思を直接機体へ送り込み、視覚と感覚を完全に同期させる。

その代償として、極度の精神集中を要求されるが――旧式機で祥鳳の制空網を喰い破るには、それしかなかった。

 

自身の防御を、すべて如月へと預ける。

 

「如月ちゃん、頼むで! 敵の駆逐から変な砲火飛んできても、避ける余裕ないからな!」

 

「ええ、分かっているわ。安心して、あなたには指一本触れさせはしないから……」

 

如月は主砲と対空機銃を構えて龍驤の斜め前へと滑り込んだ。

如月に背中を預けたことで、龍驤の意識は完全に大空へと解き放たれた。

 

「……機体の性能はそっちが上でも、ウチと機体との『付き合いの長さ』を舐めんといてよ!」

 

龍驤の指先が鋭く閃くと、空中を旋回していた零式艦戦21型が旧式とは思えぬ急旋回を描く。祥鳳機の背後へと一瞬で回り込むと、後続の艦爆・艦攻が敵陣へ突入するための道を、強引にこじ開け始めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

上空ではまだ、龍驤と祥鳳の艦載機が制空権を争っている。

その直下、海上では急激に緊張が高まっていた。

 

朝潮、霞、満潮の三隻は、海面を滑るように加速し、敵駆逐艦隊の斜め前方から一気に肉薄していた。

 

「この距離なら十分です! 敵先鋒を捕捉、砲撃戦に入ります!」

 

朝潮の凛とした声が響き渡る。

 

「ちっ、手間取らせてくれるじゃないの……! 睦月型三隻、射程内に入ったわ!」

 

霞が主砲の照準を駆逐隊の二番艦、長月へと合わせ言い放つ。

 

「まだ単縦陣を崩してない!……叩き潰してやるんだから!」

 

満潮も速力を緩めることなく主砲を構えた。

一方の敵駆逐艦隊も、こちらへ砲門を向けてくる。

 

ドォン! ドォン! と海面に模擬弾の水柱が立ち上る。

 

「全艦、目標を長月に集中! ――撃ち方、始め!」

 

朝潮の掛け声とともに、朝潮型三隻の主砲が一斉に火を噴いた。

支援なし、駆逐艦同士の距離を詰めた撃ち合いが幕を開ける。

 

朝潮たちの集中砲火を感じ取ったかのように、長月は全速で面舵を切り、射線を外れるように必死の回避運動へと入った。長月が回避に徹したことで、後続の文月と菊月との間隔が開き、敵の単縦陣はあっけなく崩れた。

 

しかし、陣形が崩れたのは相手も織り込み済みだった。

 

「チッ、逃げ足だけは速いじゃない……!」

 

「霞、来ます! 文月と菊月の砲門が、あなたに向いています!」

 

朝潮の叫びと同時に、崩れた陣形の間から躍り出た文月と菊月が、12cm単装砲の火を一斉に噴かせた。

 

狙いは明らかだった。朝潮隊の中でもっとも鋭く指示を飛ばしていた霞――そこを潰すつもりなのだ。

水柱が霞の至近で連続して弾け飛び、激しい水しぶきが視界を奪う。

 

「あたしを真っ先に狙うなんて、少しは知恵が回るじゃない!」

 

霞は水沫を振り払いながら、不敵に口角を上げた。恐怖の色など微塵もない。

 

「満潮! 菊月の射線を遮るように右へ割り込みなさい! 朝潮はそのまま文月の側面に火力を叩き込む! あたしの回避行動に合わせて、挟み撃ちにするわよ!」

 

「言われなくても分かってるわよ! あたしの前で……やらせるわけないでしょ!」

 

霞が回避し、満潮が射線を遮る。その隙を逃さず、朝潮が文月の側面へ砲弾を叩き込む。

三隻は動きに無駄を作らず、敵の集中攻撃をいなし始めていた。

しかし――――

 

ズドォォン――ッ!

 

激しい砲撃戦の真っただ中、腹に響くような重砲音が海原を揺らした。

 

「――くっ、来ちゃったじゃない!」

 

霞が舌打ちすると同時に、朝潮たちの至近に巨大な水柱が何本もそびえ立った。駆逐艦の12cm砲とは明らかに規模の違う破壊力。大量の水飛沫と衝撃波が吹き荒れ、朝潮たちの視界を真っ白に染め上げる。

 

突き進んできたのは、敵艦隊の砲戦の要――重巡洋艦【衣笠】だった。

 

「撃ち合いはそこまでよ。……これ以上うちの駆逐をイジめさせるわけにはいかないからね!」

 

衣笠は20.3cm連装砲の砲門を次々と朝潮たちへ向け叩き込んでくる。

 

「朝潮、満潮! 距離を取りなさい! 重巡の砲撃に正面から付き合う必要はないわ!」

 

「……わかってるわよ! でも、このままじゃあっちの駆逐を取り逃がすことになるじゃない!」

 

満潮が水柱の合間から悔しそうに歯を噛み鳴らす。

 

衣笠の強引な割り込みによって、一気に戦場の主導権が敵側へ傾いた。

重厚な砲火の壁を形成し、回避に徹していた長月たち睦月型を庇うように立ち塞がった。

 

だが――。

 

少し離れた海域で、これまでほとんど動きを見せなかった北上が、ゆっくりと砲塔を旋回させる。

 

「あはっ、主力がのこのこ前に出てきてくれたじゃなーい?」

 

北上が、冷めた笑みを浮かべて主砲の狙いを衣笠へと定めていた。

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