ケロロ軍曹:地球(ペコポン)に咲く桜の絆』 作:Right M
「自分が本気で観てみたい理想の劇場版」をテーマに、原作への愛と解釈をたくさん詰め込んだIFストーリーです✨
ずっと謎だった夏美ちゃんと冬樹くんのお父さん(日向春)をキーパーソンにした、家族の絆と宇宙規模のファンタジー&アクションになっています。
あらすじ
4月だというのに地球を襲う猛吹雪と大寒波。
寒さで倒れてしまった夏美ちゃんの異変と、日向家に隠された日向春、日向家父の秘密——。
奪われた地球の「春」と夏美ちゃんと冬樹くんを取り戻すため、ケロロ小隊と仲間たちが絶望の暗黒領域へ立ち向かいます!
ギロロや623、小雪ちゃん、ケロロ小隊そして日向家のあたたかい記憶……あの頃夢中になった“本気のケロロ”の世界観が好きな方に、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
解説文(あらすじや前書き用)
【N326星人(原作単行本24巻等に登場)】
9歳の孤児だった睦実(623)をN326星に引き取り、宇宙の叡智を授けて育んだ「623の育ての親」。
本作では、かつて日向春(お父さん)と交わした約束のもと、地球に迫る「暗黒人」の脅威から世界を守るため、ケロロ小隊を日向家に集結させた陰の立役者として登場します。
【Sh2-86(実在する星雲)】
宇宙に実在する「新しい星々が生まれる星雲(ゆりかご)」。
万物に命を芽吹かせる「究極の春のエネルギー」を持つ星域。本作では日向春の故郷であり、地球古来の「原種の桜」と共鳴して世界に命を取り戻す神聖な力の源として描かれています。
中学生時代の日向秋は、
満開の桜の木の下でスケッチブックを抱えて立っていた。
そこに、風とともに現れた綺麗な桜色の髪をした男の子が、ふと秋の方を振り返り、優しく微笑んだ。
「桜って不思議だよね。散ってもまた、もっと綺麗な春を連れ帰ってくるんだから」
春が差し出した手には、ピンク色に光る不思議な桜の花びらが握られている。
「きれい……」
秋がそれに手を伸ばそうとした瞬間——
風が吹き荒れ、桜の花びらが冷たい「雪」へと変わっていくとともに、日向春の姿も闇へと消えていった。
「嫌、いかないで……ハッ! パパ……!?」
秋がベッドから跳ね起きる。
窓の外を見ると、季節外れの激しい猛吹雪が窓を荒々しく叩いていた。
部屋の温度は氷点近くまで下がり、
カレンダーは「4月(春)」を指しているのに、
外は完全な極寒の世界。
一階に降りると、こたつの中で震えるケロロ小隊と、
寒さで顔色を悪くして倒れかけている夏美の姿が見えた。冬樹が心配そうに夏美に付き添っている。
(あんな夢を見たのは、中学生の時にパパと出会って以来ううん、パパはあの頃からずっと『春』そのものだった。
この異常な寒さまさか夏美の身体に何か起きているの!?)
空では怪しげな光を吸い込む黒洞(ブラックホール)と、凍てつく影の怪獣。
そして小さな黒い異星人が、その様子を遠くから観察していた。
『チキュウノ……ハル……ハ……スベテウバウ』
『ワレワレニハ……ソレシカナイ』
降り続いていた雪が激しさを増し、
日向家の窓を激しく叩く。
カレンダーは4月を指しているというのに、
世界はまるで氷の底に沈んだかのように冷え切っていた。
日向家のリビングでは、いつものようにこたつに潜り込んだケロロ軍曹が、湯気立つお茶をすすりながら怪しげな作戦書を広げていた。
「ゲロゲロゲロ……! ペコポン人は寒さに弱い! この大寒波に乗じて『全ペコポン暖房占拠・ぬくぬく作戦』を決行すれば、地球侵略は勝ったも同然であります!」
「ちょっと、ボケガエル……!
あんたまた悪巧みしてー!! 絶対許さないんだから!!」
「ゲロッ、我が宿敵・夏美殿!」
二階から降りてきた夏美が、いつものように拳を握りしめてケロロに歩み寄る。
「くらいなさい! 必殺ー……あれ?」
(めまいが止まらない……!?)
しかし、その足取りはどこかおぼつかない。
普段なら一撃でケロロを吹き飛ばすはずの夏美だったが、振り上げた右拳がケロロの頭をかすめた瞬間、フッと全身から力が抜けた。
「……え?」
ガラガラ……と音を立ててその場に膝をつく夏美。
「な、夏美殿……?」
ケロロが拍子抜けした顔で見上げると、背後から猛烈な勢いでギロロ伍長が飛び出してきた。
「夏美!! どうした、しっかりしろ!!」
顔色を蒼白にし、夏美の肩を抱き起こすギロロ。
夏美の肌は氷のように冷たく、息は荒い。
「何事、夏美ちゃん!?」
噂を聞きつけたのか、忍びの足取りで窓から滑り込んできたのは東谷小雪だった。
大好きな夏美の異変を察知し、なりふり構わず駆けつけた小雪は、震える夏美の手を両手で包み込む。
「夏美ちゃん、顔色が……! 私の忍法で温めますから!」
「……あはは、みんな大げさだよ。
ちょっと、風邪引いちゃっただけみたい……」
夏美は力なく微笑むと、ギロロと小雪の手をそっとほどき、ふらつく足取りで自分の部屋へと階段を上っていった。
「いつもの夏美ちゃんらしくないね、心配……」
その背中を、リビングの隅からメガネの奥の目を光らせて見つめる者がいた。
「クックック……こりゃあ何かあるな」
クルル曹長だ。クルルは夏美が去った床に一筋落ちていた「髪の毛」を目ざとく見つけると、指先で拾い上げた。
(クックック……なんだぁ? この髪、根元から少しずつ『黒く』変色してやがる……)
クルルは誰も気づかないうちに、その1本の髪の毛を分析用の特殊カプセルへと収めた。
「はぁ……はぁ……」
二階の自室でベッドに横たわった夏美は、
すぐに高い熱にうなされはじめた。
意識が遠のく暗闇の中で、
夏美の心は「忘れていたはずの幼い頃の記憶」へと落ちていく。
幼い夏美の目の前に立つのは、大きなトランクを手に持ち、綺麗な桜色の髪を揺らす父・日向春の後ろ姿だった。
(冬樹が生まれてすぐにお父さんは行っちゃったんだ)
『ごめんね、夏美。パパはまた旅に出なくちゃいけないんだ』
『いや! 行かないで、お父さん!』
幼い夏美は叫び、去っていく父の背中に向かって必死に手を伸ばす。
『行かないで……! どうしてまた遠くに行っちゃうの!? 一緒にいてよ、お父さん!!』
涙で視界が歪む。
どれだけ叫んでも、父の姿は桜吹雪と冷たい雪の混ざり合う光の中へと消えていく。
夏美の胸を刺すのは、圧倒的な寂しさと、父が去ってしまう悲しみだった。
「夏美……大丈夫よ、お母さんはここにいるわ……」
ベッドの脇に座る日向秋は、汗で濡れた夏美のおでこを濡れタオルで優しく拭った。
氷のように冷たい夏美の手を、自身の両手でぎゅっと握りしめる。
(パパ……)
秋の脳裏に浮かぶのは、中学生の時に出会った、あの桜色の髪をした不思議な少年の笑顔。
そして、家族を残して旅に出てしまった愛しい夫の面影。
ふと、秋は夏美の髪の毛に違和感を覚えた。
鮮やかだったはずのピンク色の髪が、薄暗い部屋の中でどこか黒ずんで見えたのだ。
秋が愛おしそうにその髪を撫でると、秋の手から伝わる温もりと想いに応えるかのように、黒ずんでいた髪が一瞬だけほんのりと桜色を取り戻した。
「夏美……寒かったわね。ごめんね……」
吹雪はさらに勢いを増し、街全体を白い静寂の中に閉じ込めていた。
そんな荒天の中でも、723(夏美)が毎週楽しみに聴いているラジオ番組『623のオレラジオ』の特別公開生放送は、都内の特設スタジオで決行されていた。
ガラス越しの客席には寒さを押して集まった熱心なリスナーたちが溢れている。
いつものようにマイクの前に座り、軽快で心地よいトークを繰り広げる睦実(623)。
しかし、彼の視線は何度も客席の「ある特定の場所」へと向かっていた。
(……おかしいな。夏美ちゃんがいない)
どんなに天気が悪くても、
どんなに仕事や学校が忙しくても、公開放送の時には必ず最前列の隅っこで恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに自分を見つめていた少女の姿が、今日に限ってどこにも見当たらないのだ。
胸に拭いきれない胸騒ぎを覚えた睦実は、
CMに入った一瞬の隙を突いて耳元のインカムから特定の周波数へとアクセスした。
「……ねぇ、クルル。そっち、何かあった?」
ノイズの向こうからいつもの不敵で嫌な笑い声が返ってくる。
『クックック……なんだぁ623。
あの女が来ないからって電波を私物化してサボりかぁ?』
「別にサボりじゃないよ。
ただ……ちょっと虫の知らせってやつかな。
あの子、いつもなら絶対に来るのにさ」
『クックック……そんなに心配なら、いつもの『実体化ペン』でチャッチャと直接見に来たらどうだぁ?
こっちは今、面白いことになってるぜぇ』
「面白いこと、ね。行ってみるよ」
番組のエンディングをいつもの飄々としたトークで締めくくるやいなや、睦実スタジオの裏手へと身を引いた。
胸ポケットから愛用の「実体化ペン」を取り出すと、
壁に向かって淀みない手つきで一枚の「扉」を描き出す。
描かれた扉が実体化し、ギシッと音を立てて開く。
その先は、日向家の地下に広がるクルル特設ラボへと直接繋がっていた。
扉をくぐり抜けた睦実の鼻を突いたのは、焦げ付いた回路の匂いと、冷気混じりの不穏な空気だった。
「やあ、クルル。……って、なんだか賑やかだね」
睦実が声をかけると、研究所の中には異様な光景が広がっていた。
巨大なモニターの前で頭を抱えるケロロ軍曹、何かを祈るドロロ、苛立ちを隠せずに壁を叩くタママ、そしてコーナーの隅で重厚な兵器を手入れしながら殺気立ったオーラを隠そうともしないギロロ。
それだけではない。日向冬樹が不安げな表情でモニターを見つめ、その隣には普段の明るさを完全に消し去った小雪が、祈るように両手を固く握りしめて立ち尽くしていた。
「あっ、623さん……!」
冬樹が振り返り、痛々しい声を漏らす。
「冬樹くん……それに小雪ちゃんまで。
夏美ちゃん、本当にそんなに具合が悪いの?」
睦実が問いかけると小雪は唇を噛み締め涙で濡れた目をあげた。
「夏美ちゃん……熱が高くて、うなされてて……。私、手を握ってあげたのに、夏美ちゃんの手、すごく冷たくて……っ! 私の忍術でも、ちっとも温かくならないんです……!」
「……小雪ちゃん」
睦実の表情から、いつもの飄々とした笑みが消えた。
「クルル、何が起きているの?
ただの風邪じゃないんでしょう?」
モニターの前でキーボードを高速で叩いていたクルルが、ゆっくりとメガネの位置を直しながら不気味に振り返った。
「クックック、察しが良いねぇ。
さっきなあの女の髪の毛から採取したデータを解析してみたんだよ。
……そうしたら、面白いことが分かった」
クルルが巨大モニターにデータを表示させる。
そこには、夏美の細胞データと、地球を取り巻く大気状態のグラフが複雑に交差していた。
「あの女の身体はな、ただの地球人のスペックじゃ説明がつかねぇ強大なエネルギーで満ち満ちてたんだ。
だが…今、このペコポン全体から『春』の生命波長が完全に消え去っている。その影響で、あの女の体内のエネルギーが逆流し、根底から枯渇し始めてやがる」
「エネルギーが……枯渇?」
冬樹が息をのむ。
「簡単に言えばな、あの女は『地球の春』とリンクして生きてたってわけだ。このまま地球に春が訪れず、冬が続けば……あの女の髪は完全に黒く染まり、体内の生命力はゼロになる。つまり……永久にお目覚めにならねぇってことだぁ」
「どういうこと? 春とリンク……?」
「そんな……! お姉ちゃんが……!?」
冬樹の声が震え研究所全体に重苦しい絶望が立ち込める。
ギロロがドカッと足音を立てて前へと出た。
「クルル! 理由はどうでもいい!
夏美を元に戻す方法はあるのか! その大寒波を起こしている元凶を討ち払えば、夏美は助かるんだな!?」
「クックック……まあ、理論上はそうだがねぇ。
だが元凶の宇宙船と異星人はこの猛吹雪に紛れて超高次元空間に潜んでいる。
並の兵器じゃ近づくことすら出来ねぇよ」
「だったら俺が行く!!
地球がどうなろうと知ったことか!
夏美を取り戻すためなら、俺はどんな悪魔にでもなってやる!!」
叫ぶギロロの横顔には、二度と夏美を失いたくないという必死な決意が滲んでいた。
その時、静かに事態を見つめていた睦実が、実体化ペンを指先でクルリと回転させた。
「……なるほどね」
睦実の瞳に決して揺らぐことのない光が宿る。
「723ちゃんが笑ってくれないと、僕のラジオも形無しだからね。……クルル、その高次元空間へのルート、僕のペンで描いて繋ぐことはできる?」
「クックック……無茶を言いなさる。だが、その顔……嫌いじゃねぇぜぇ」
「夏美殿……」
地球の四季を奪い、夏美の命を蝕む謎の侵略者。
そして、彼女を救うために立ち上がるケロロ小隊と仲間たち。吹雪はさらに勢いを増し、街全体を白い静寂の中に閉じ込めていた。
クルルがモニターに映し出した夏美のDNA解析データ。色鮮やかに回転する二重螺旋のホログラムを、睦実(623)は静かに見つめていた。
「……待ってくれ、クルル。このデータのここ……遺伝子配列の第86塩基対の構造、少し拡大できるかい?」
「クックック……なんだぁ623。
素人が遺伝子情報に口出す気かぁ?」
軽口を叩きながらも、クルルがキーボードを叩いて該当箇所をクローズアップする。そこに浮かび上がったのは、通常のペコポン人(地球人)の遺伝子構造には存在し得ない、光を帯びて複雑に交差する異常な三重螺旋(トリプルヘリックス)の形態だった。
それを見た瞬間、睦実の瞳がわずかに見開かれる。
(この配列……どこかで見たことがある。僕の記憶の根底にある、あの冷たくも温かい星の記憶……。N326のデータベースで目にした、古代の宇宙コードの並びに似ている……)
睦実の頭の中で、幼い頃に自分を育ててくれた父であり恩師である「N326星人」の教えと、いま目の前にある夏美のDNAデータが重なり合おうとしていた。
(あと少し…あと少しで繋がる!
夏美ちゃん、君は一体_____、)
睦実が思考を巡らせ、核心に手を伸ばしかけたその時だった。
「うわっ!?」
研究所の最前列でモニターを見つめていた冬樹が突然叫んだ。
「冬樹くん!?」
「冬樹殿!? どうされたでありますか!?」
ケロロが慌てて駆け寄り、小雪も息をのんで冬樹の肩を支えようとする。しかし、冬樹の身体はピクリとも動かず、その瞳からは光が消え、まるで遠い深淵を見つめているかのように焦点が定まらなくなっていた。
「冬樹……くん……?」
小雪が恐る恐る声をかけた次の瞬間冬樹の唇が緩やかに開いた。だが、そこから漏れ出たのは、中学生の少年の声ではなく落ち着いた低音の声だった。
『……やあ。静かに聴いておくれ。
冬樹の身体を少し借りているよ』
「ゲゲゲゲゲゲロォォォーーーっ!?
冬樹殿の声が変であります!!
誰でありますか!?
冬樹殿の中に誰かがいるのでありますかーーーっ!?」
ケロロが頭を抱えてパニックを起こし、ギロロが即座にデビルバズーカを構える。
「誰だ、冬樹の精神を乗っ取った奴は! 出てこい!」
しかし冬樹(の身体を借りた何者か)は静かに首を振るだけだった。
『落ち着きなさい、伍長さん。僕は……日向春だ。
夏美の……そして冬樹の父親だよ』
「「「お父さんーっ!?」」」
研究所内に衝撃が走る。
冬樹と夏美の父親・日向春。
世界中を旅しているはずの彼がなぜ冬樹の精神と同調して声を届けているのか。
その混乱に拍車をかけるように、
研究所の中央空間が突如としてぐにゃりと歪んだ。
「今度は何奴でござる!?」
ドロロが短剣をかざすと、空間が歪み、青白い次元の亀裂が弾ける。次の瞬間、そこに一人の異星人がテレポートによって姿を現した。
「地球の空気、以前よりも重いな」
全身を高度な知的オーラで包み、かつて孤児だった睦実を引き取り、宇宙の叡智を授けて育て上げた存在——N326星人その人であった。
「父さん……!?」
睦実の口から、驚きを隠せない声が漏れる。
「N326星人……!?
なぜこんなところに現れるでありますか!?」
ケロロたちが腰を抜かさんばかりに驚愕する中、N326星人はケロロたちには目もくれず、静かに冬樹(日向春)の方へと歩み寄った。
N326星人は、懐かしい友に会ったかのような眼差しで冬樹を見つめ、静かに口を開いた。
「……86。久しいな」
その呼び名に、冬樹の姿をした日向春は、穏やかに目を細めて微笑んだ。
『やあ、326。
……君の予測通り、地球(ペコポン)にとうとうあの転機が来てしまったみたいだね』
春(86)の声が静かに地下研究所の空気に溶け込んでいく
『地球の「春」を、四季を……全宇宙の生命を喰らい尽くそうとする最強の暗黒物質(ダークマター)生命体、暗黒人、奴らの魔の手からこの美しい星を守るために、君はあえて「侵略」という名目で一年前、秋に近づいたんだろ?でも予定よりも早く来ちゃったみたいだ。
本当にケロン星人や宇宙の力をこの地球に集め、秋や子供たちの近くに配置した事は正解だったね。』
春のその言葉に、N326星人は否定も肯定もせず、ただ静かに目を伏せた。
「……フッ。相変わらず、お前の洞察力には敵わんな86。そうだ。この地球の四季のエネルギーは、奴ら『暗黒人』にとって最高の餌となる。奴らが狙いを定めたと知った時、私一人の力では守りきれんと判断した。
だからこそ…ケロン軍という巨大な軍隊の目を地球に向けさせ、最強の戦力(ケロロ小隊)と、地球上の強者たち西澤家、東谷家、そして息子(623)をこの日向家に集結させる必要があったのだ」
「ゲロォッ……!?」
ケロロは目が点になり、口をぽかんと開けた。
「わ、我が輩たちが地球を侵略しに来たのは……最初からN326星人と日向殿のお父さん(86)の仕組んだシナリオだったという事でありますかーーー!?」
「黙って聞け!!」
ギロロがケロロの口を封じ、鋭い眼光でN326と春を見据える。
「……では、夏美の身体に起きている異変も、
その『暗黒人』と関係があるのか!?」
ギロロの問いに冬樹の身体を借りた春(86)は悲しげに瞳を伏せた。
『ああ。暗黒人たちは、地球から「春」の波動を奪い去った。地球の四季が失われれば……夏美の生命力は根底から枯渇してしまう。夏美は地球の「春」そのものと命を共有しているんだ』
N326星人は静かに春(86)を見つめ低い声で問いかけた
「……86、もうすぐSh2-86(*)からの『遣い』がこちらへ到着するはずだな?」
【解説*実在する散開星域(星々が誕生する宇宙のゆりかご)
この物語では日向春(お父さん)の故郷であり地球の「原種の桜」と共鳴して世界に命と春をもたらす、神聖な星のエネルギーの源として登場】
『……ああ、察しがいいね、326。
そうなんだ。夏美の命を繋ぎ止めるためには、一度彼女をあちらの星雲のゆりかごへ連れ帰り、純正エネルギーを補充しなければならないかもしれない。
ほんの暫くの間だがね。ただ、娘の頑張り次第だけど』
「父さん……!?」
睦実(623)が息をのむ。
「それじゃあ、夏美ちゃんは……僕たちの前から消えてしまうってことかい?」
『安心して。それも娘と息子の頑張り次第だよ。
だから、そろそろ起きようか、冬樹』
「はっ!」
その時、冬樹の身体からすーっと淡い桜色の光が抜け出していった。
光は空気中で緩やかに結像し、実体に近い温かな光芒を纏ったホログラムのような半透明の「日向春」の姿となって冬樹の目の前に立ち現れた。
ハッと意識を取り戻し、目の前の光景に目を見張る冬樹。
「父……さん……!? 父さんなの!?」
冬樹は叫ぶなり、目の前の父親へと突っ込んでいく。
半透明の身体に必死にしがみつき、涙で顔をくしゃくしゃにしながら訴えかけた。
「父さん!!
姉ちゃんが……姉ちゃんが大変なんだ!!
お願いだからどこにも行かないで家に帰ってきてよ!!
父さんがいれば姉ちゃんを助けられるんでしょ!?
一緒にいてよ!!」
しがみつく息子の頭を、春(86)は切なさの混じった苦笑いを浮かべながら、半透明の手で優しく大切に撫でた。
『ごめんね、冬樹……。
僕は今奴ら(暗黒人)のせいで肉体を持たない遠い宇宙の概念に近い存在なんだ。
すぐには帰ってあげられない……本当にごめんよ。』
「そんな……嫌だよ父さん……っ!!」
『でもね、冬樹。
君たちには……僕が残した最強の仲間たちがいるだろう?』
春は温かい眼差しでケロロたち、そして睦実や小雪を見渡した。自分たちが何者であるかという真実を子供たちがまだ知らずとも、互いを信じあう絆さえあれば必ず乗り越えられると信じて。
その頃、二階の自室で熱にうなされていた夏美は、
深い、深い悪夢の底へと落ちていた。
視界を埋め尽くすのは、冷たく降り荒れる黒い雪の世界。
その吹雪の渦の中で、夏美は耳を疑うような痛切な悲鳴を聞いた。
『——うあああっ!! 寒い……! 寒いよぉぉぉっ!!』
ふと声の方を見ると、激しい雪原の真ん中に見たこともない酷く小さく冷たく真っ黒な姿をした宇宙人の子供が身を縮めて泣き叫んでいた。
その身体からは禍々しい暗黒物質が漏れ出ていたが、その叫び声は助けを求める傷ついた生命そのものだった。
「……待って! 今行くから!!」
うなされながらも、夏美の根底にある放っておけない気持ちが突き動かされる。
夏美は裸足のまま、冷たい夢の中の雪原をその小さな影に向かって必死に駆け出した。
刹那——
バリンッ!!!
突然、静まり返っていた日向家の二階から、
窓ガラスが粉々に砕け散る激しい衝撃音が響き渡った
「な、なんだぁ!? 二階で何が起きたのでありますか!?」
地下研究所から一斉に跳び出したケロロたち。
リビングを通り抜け、階段を駆け上がって夏美の部屋のドアを蹴り開けるとそこには絶望的な光景が広がっていた。
割れた窓から吹き込む黒い吹雪。
そして、意識を失った夏美の身体を、影のような漆黒の触手で固く絡め取り、夜空へと連れ去ろうとする巨悪の存在——「暗黒人」の尖兵が空中へ浮遊していたのだ。
「夏美殿ーーーーっ!!!」
「夏美ーーーーっ!!!」
「夏美ちゃん!!!」
小雪が即座に苦無を構え、ギロロが狂気すら孕んだ表情でデビルバズーカの安全装置を解除する。
秋ママも包丁を握り締め、
鋭い母の目で窓の外を睨みつけた。
「夏美ィィィィィッ!!!」
理性を吹き飛ばしたギロロの咆哮が響き渡る。
デビルバズーカの安全装置を叩き割り、至近距離から連続砲撃を放つ。赤く滾るプラズマの弾道が暗黒人の巨体を捉えた——はずだった。
だが放たれた高熱エネルギーは敵の黒い皮膚に接触した瞬間、まるで吸い込まれるように黒い渦の中へ消え去り、
かえって暗黒人の体躯をひと回り巨大化させる結果となった。
「な……なに!? 攻撃が……エネルギーが吸い取られているだと!?」
「夏美を……私の大切な娘を返しなさいっ!!」
包丁を握り締めた秋が暗黒人の触手へと飛びかかる。包丁の刃が影の触手に喰い込むが、触手から溢れ出す絶対零度の冷気が刃を瞬時に凍てつかせ、パリィンと甲高き音を立てて砕け散らせた。
「秋さん下がって!!」
睦実(623)が実体化ペンを猛烈な速度で走らせる。
空中へ描き出されたのは、超高密度のエネルギー粒子を放つ巨大な光の檻。
「閉じ込めろ……! 『光の聖檻(サンクチュアリ)』!!」
だが、光の境界線が暗黒人を包み込んだ瞬間、暗黒人の刺すような紫の光の亀裂が不気味に歪んだ。
「キ……キサマラ……ノ……ヒカリ……、ツメタサ……タリン。……ウバウ……スベテ……」
カタコトの掠れた声が精神を直接削るような悪寒となって響く。
実体化ペンが放つ光のエネルギーすらも、暗黒人の「終わりのない飢餓」によって一瞬で喰らい尽くされ、黒い影へと染め上げられてしまった。
「くっ……実体化ペンのエネルギーすら無効化するっていうのか……!?」
「忍法・影縫い、そして……火遁の術!!」
小雪が闇を突いて跳躍し、無数の苦無を暗黒人の影へ打ち込む。
同時に放った炎が暗黒人を包もうとするが、その火炎すらも一瞬で黒い氷へと凍りつき、地面へと崩れ落ちた。
「ダメであります! このままじゃ夏美殿が連れ去られてしまうであります!! クルル、アレを出すであります! ケロンボールを!!」
ケロロが頭を抱えてクルルに詰め寄るが、クルルは苦々しい顔でバイザーを光らせるだけだった。
「クックック……無茶言うなよ、隊長。ケロンボールは今、本部で年に一度の定期メンテナンスとOSアップデートの真っ最中だぁ。手元にねぇよ」
「ゲゲ〜〜〜っ!? なんでこんな時に限ってメンテナンスに出してるのでありますかーーーっ!!」
「ペコポン(地球)の崩壊……これ即ち、ハルマゲドン!?」
日向家の庭へ舞い降りたアンゴル=モアが、その擬態を解き、破壊神としての真の姿を露わにする。手にしたルシファーズ・スピアを天高く掲げ、星をも砕く破壊エネルギーを凝縮させる。
「おじさま!
私も夏美さんを助けるため……全開で行きます!
『ハルマゲドン』……千分の五(5/1000)!!」
空を穿つ黄金の光撃が暗黒人の胸元を直撃した。
しかし、地球すら砕きかねないその絶対的な破壊の光すらも、暗黒人の体内に存在するブラックホールのような闇へと吸い込まれ、霧散してしまう。
「……ムダ……ダ。……コノ……ホシノ……チカラ……スベテ……ワタシタチノ……エサ……」
暗黒人の触手が夏美の身体をより強く締め上げる。夏
美の唇が、うわごとのように小さく動いた。
「……パ……パ……」
「姉ちゃん!」
(助けて……助けてよ、父さん——!!!)
その刹那——。
夏美の呟きと冬樹の祈りに呼応するように、絶望に打ちひしがれかけていた冬樹の胸の奥から、淡くも圧倒的な存在感を放つ桜色の光芒が脈打ち始めた。
「……え……? 僕の……胸が……?」
冬樹自身も意図せぬ覚醒。
冬樹の瞳が、一瞬だけ神聖な桜色へと染まる。
その瞬間、暗黒人の顔面に走る紫と赤の亀裂が狂喜に満ちた歪みを見せた。
「……光……!? ……オナジ……チ……! ……ソウカ……『フタリ』……デ……ヒトツ……! ……ヒカリノ……タネ……ト……ヒカリノ……ウツワ……! ……『ツガイ(対)』……ダ……!!」
暗黒人はカタコトの声を歓喜に震わせると、夏美を掴んでいた触手とは別の漆黒の触手を解き放ち、凄まじい速度で冬樹の胸元へと突き伸ばした!
「冬樹君!!」
その時、日向家の庭へ巨大な武装ヘリが滑り込み、同時に空間の影から漆黒の小艇が浮上した。
「冬樹君に手を出すなーーーーっ!!」
西澤桃華が西澤グループの誇る最先端パワードスーツ『グランド・モモカ』を纏い、超高出力のプラズマキャノンを連射しながら突入する。
「闇の気配……だが、この冷たさは通常の『闇の狩人』の手に余る……! だが、冬樹を奪わせはしない!」
続いてアリサ=サザンクロスがネブラを漆黒の大鎌へと変化させ、空間ごと暗黒人の触手を切り裂こうと跳びかかる。
桃華のプラズマと、アリサの闇の切り裂き。
地球の科学と異界の力の極致が同時に暗黒人を襲うが
「……チリ……ダ。……ペコポンノ……チカラ……スベテ……ツメタイ……」
暗黒人が一振りの影の衝撃波を放つだけで、桃華のパワードスーツは全システムが凍結して沈黙し、アリサのネブラも激しい悲鳴を上げて影の霧へと霧散させられてしまった。
ペコポン最強の陣営が、ことごとく叩きのめされ、無力化される。
触手が冬樹の首元へと絡みつき、夏美のもとへと引きずり寄せようとしたその時だった。
「そうはさせないっ!!」
ゴオオオオオオオオオッ!!!
夜空の暗雲を切り裂き、神聖なる桜色の巨大な光の柱が天から日向家の庭へと直撃した。
「不届き者め……! 我が主・86様が愛したこの地球で、Sh2-86の至宝たる『プリンセス(夏美)』と『プリンス(冬樹)』を……その汚らわしい手で触れるなど万死に値する!!」
吹雪が吹き荒れていた空間が一瞬にして熱を帯び、
美しくも苛烈な星芒の粒子が舞い散る。
その光の渦の中心から、白銀と桜色の甲冑を纏い、
光の翼を広げた神聖なる騎士—Sh2-86の遣いが降臨した。
遣いは手にした星芒の長剣を一閃させ、冬樹と夏美を絡め取っていた漆黒の触手を一気に切り払った。
「……グアアアアッ!? ……ヒカリ……Sh2-86ノ……ウシロメタキ……ヒカリ……!!」
暗黒人が初めて苦悶の悲鳴を上げ、
黒い影をのたうち回らせる。
Sh2-86(散開星域、星々が誕生する宇宙のゆりかご)の遣いは、その荘厳な瞳で暗黒人を睨みつけ、全天を揺るがすような威厳に満ちた咆哮を轟かせた。
遣いの光の剣が放つ桜色のオーラが、凍てついていた日向家の空間を一時的に押し戻していく。
しかし、暗黒人もまた「Sh2-86の光」を目の前にして、狂乱の如き飢餓感を暴走させ始めていた。
Sh2-86の遣いが解き放った圧倒的な桜色の光芒は、日向家の庭を覆い尽くしていた氷点下の絶対零度を強引に押し戻し、一時的な熱気をもたらしていた。
白銀と桜色の重厚な甲冑、背中に広がる眩い光の翼、手にした星芒の長剣。その姿はまさに、全宇宙の神話に語り継がれる伝説の星の騎士そのものであった。
「な……ななな何でありますか?!
あのキラキラしたド派手な騎士はーっ!?」
フライングソーサーの上でケロロが目を丸くし、お腹のお星様を明滅させながら悲鳴を上げる。
「あの圧倒的なエネルギー波長……ペコポン(地球)の技術でも、ケロン軍の標準スペックでもねぇぞ。……ありゃあ、宇宙の深淵にある星形成領域の固有波動だぁ」
クルルがバイザーの奥の目を細め、急速に上昇するエネルギー数値を凝視しながら低く唸る。
「Sh2-86!(散開星域星々が誕生する宇宙のゆりかご)
父さんが言っていた、あの星雲の……!?」
冬樹が胸の光を抑えながら空を見上げる。
その傍らで、砕けた包丁の柄を握り締め、膝をつきそうになっていた日向秋が、悔しさに唇を噛み締めながら遣いの背中へ向かって叫んだ。
「ごめんなさい……っ!
私……私一人じゃ、夏美も冬樹も……家族を庇いきれなかったわ…!」
母親としての無力感に震える秋の言葉を聞いた瞬間、Sh2-86の遣いは手にした長剣を地面に突き立て、深々と片膝をついて秋へと頭を下げた。その立ち振る舞いには、全宇宙の法を超える絶対的な礼節と敬意が込められていた。
「滅相もございません、王女様! 謝罪など……我ら使徒にとっては勿体なきお言葉にございます!!」
遣いの朗々とした声が、極寒の夜空に澄み渡る。
「我が主君・86様が深く愛し、Sh2-86の絆を分かち合われた『王女(秋様)』……! そしてその血を正しく受け継がれし『プリンセス(夏美様)』と『プリンス(冬樹様)』を守り抜くことこそ、我ら星の使徒に課せられた永遠の使命! たとえこの魂が砕け散ろうとも、お命に変えてお護りいたします! ここはどうぞ、我らにお任せくださいませ!!」
騎士の力強い宣言に、ケロロ小隊も、桃華も、アリサも、そして623も息をのんだ。
秋は呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がり、混乱するケロロたちを見回した。その瞳には、かつて見たこともないほど深く、そして覚悟に満ちた母の光が宿っていた。
「……ケロちゃん。みんな。驚かせてごめんなさいね。……ずっと黙っていたわけじゃないの。私自身も、今の今まで全ての真実を知っていたわけじゃなかったから……」
秋の声が、静かに、けれど力強く庭全体へと広がっていく。
「私が出会ったあの人——『日向春』はね、ただの世界を旅するカメラマンじゃなかったの。彼は、あの果てしない宇宙の彼方にある『Sh2-86星雲』……新しい星々が次々と産声を上げる宇宙の大きな『ゆりかご』からやってきた存在だったのよ」
「ええぇぇぇーーーっ!? お、お父さんが宇宙人でありますかーーーっ!?」
ケロロがひっくり返り、ギロロや皆も絶句して言葉を失う。
「あの人はね、地球の自然……特に古来からこの星に自生する『原種の桜』に宿る生命力に惹かれて、この地に降り立ったの。Sh2-86が持つ『星を生み出すゆりかごの波長』と、地球の過酷な四季を生き抜いて咲く山桜や江戸彼岸(クローン桜ではない樹齢数千年以上を超える桜)一本桜(巨木)の野生の桜の生命力はまったく同じ波長で響き合っていた。そしてあの人は、この地球という星と、私を愛してくれたの。」
秋は捕らわれている夏美と、胸を光らせる冬樹を見つめた。
「だから……夏美と冬樹は、宇宙のゆりかご(Sh2-86)と、地球の生命(桜)の力を両方受け継いだ『特別な子供たち』なの。夏美の中に眠っているのは、一度壊れた世界や命すらも芽吹かせて元通りにする『浄化と再生の種』……。そして冬樹の中に眠っているのは、どんなに固く閉ざされた心とも響き合える『対話と共鳴の波長』……」
「……つまり、夏美殿と冬樹殿はペコポンと宇宙を結ぶ超重要な『ハイブリッド』だったということでありますか……!?」
「そうよ。……でも、その強大すぎる『春のエネルギー』は、寒さと飢えに苦しむあの『暗黒人』たちにとっては、何としても喰らい尽くしたい最高の標的になってしまったの。あの人が家を空けがちだったのも……自分の発する強い波長から、私や子供たちを遠ざけ、陰から守るためだった……」
秋の口から語られる真実に623(睦実)は握りしめた実体化ペンにさらに力を込めた。
(やっぱりそうだったんだ……。
父さん(N326)と、夏美ちゃんのお父さん(86)が交わした約束……。そして、なぜケロロたちがこの日向家に集まったのか……全ては最初から繋がっていたんだ)
「……フ……フハハハハ……!!」
その時、遣いの剣の光によって一瞬怯んでいた暗黒人が、黒い濁流のような影を膨らませ、狂気の嘲笑を響かせた。顔面に走る紫と赤の亀裂が、猛烈な飢餓感で発光する。
「……オオオオ……! Sh2-86……ノ……イノチ……! ペコポンノ……『ハル』……! ……イタダク……イタダクゾ……! スベテ……ワタシタチノ……ツメタサノ……ナカヘ……!!」
暗黒人は傷口から溢れ出す黒い触手を幾重にも絡み合わせ、巨大な黒い槍の束へと変化させ、立ち塞がるSh2-86の遣い、そして地上に残された仲間たち全員を丸ごと飲み込もうと死の暴風とともに襲いかかってきた
「来ます!! 全員、構えてください!!」
その絶対零度の暴風の只中で、漆黒の触手に固く囚われた夏美は依然として深い意識の底—「悪夢」の領域にいた。
そこは、音も光も遮断された、見渡す限り黒い雪が降り荒れる虚無の空間。
激しい吹雪が肌を刺すような極寒の中、夏美は裸足のまま佇んでいた。その視線の先には、見たこともないほど小さく、冷たく、凍りついて真っ黒に変色した宇宙人の子供が身を縮めて泣いていた。
「うあああっ……! 寒い……! 寒いよぉぉぉっ……! だれか……温めて……!」
その泣き声は、外の世界で猛威を振るう暴虐な怪物「暗黒人」の恐怖とは程遠い、ただ孤独と痛みに打ちひしがれた哀しい生命の悲鳴だった。
「待って……! 今行くから……っ!」
夏美は吹雪を突いて走り出す。足元の黒い氷が割れ、冷気が身体を蝕もうとするが、彼女の歩みは止まらない。
(この子……ずっと一人だったんだ。もしかして自分を温める方法を知らないんじゃ……お父さんに見捨てられた私と同じ……)
「っ、もう大丈夫だよ……! もう一人じゃないから……!」
夏美は小さな影の前に膝をつくと、冷たく凍え切った宇宙人の子供を、その胸の中にぎゅっと強く抱きしめた。
「……え……? 温かい……? なに……これ……?」
暗黒人の幼いコアが、驚きに目を見開く。
夏美の抱擁から溢れ出すのは、父・日向春から受け継いだSh2-86の「星を生み出す生命のゆりかご」のピンク色の光、そして地球の「原種の桜」が秘める温かい芽吹きの波動だった。
「寒かったよね……寂しかったよね。
でもね、もう1人じゃないでしょ?」
ドクン、ドクン。
夏美の胸の奥で、眠っていた「原種の桜の種」が静かに、けれど力強く鼓動を打ち始める。
(大丈夫、大丈夫だよ。
寒くてたまらなかったんだよね)
ドクン、ドクン。
(お父さん、私この子を——)
ドクン、ドクン。
(ちゃんとみんなで温めてあげたいよ)
刹那、夏美の髪がより濃い桃色に染め上がり、冬樹と同じように胸にピンク色の光が灯る。さらに、彼女の心臓の近くに眠る桜の種が力強く脈を打ち始めた。
場面は変わり、夢の深層での心温まる対話とは裏腹に、外の世界(現世)での現実は、まさに絶望の極みに達しようとしていた。
「……オオオオ……! 邪魔ダ……退ケぇぇぇっ!!」
暗黒人の本体が狂乱の叫びを上げ、
漆黒の触手を無数の槍へと変えて突き出す。
「させるかーーーっ!!」
Sh2-86の遣いが星芒の長剣を振るい、桜色のオーラを纏った斬撃で触手の群れを次々と叩き切る。
しかし、切断された触手は即座に周囲の熱量を吸い上げて再生し、さらに巨大化して遣いに群がり跳ね飛ばした。
「グハッ……! 万物の熱を喰らう暗黒の病芽……これほどまでに育っていたとは……!」
白銀の甲冑に亀裂が入り遣いが大地の庭へと激しく落とし込まれる。
「使者さん!!」
秋が叫ぶ。
ギロロは残された弾薬を全て放ち、623は実体化ペンで何重もの防壁を描くが、暗黒人の放つ「熱量吸収の波動」の前にはことごとく無力化され、次々と砕かれ消えていく。
「クッ……! だめだ、あらゆる兵器も超能力も、あいつの『飢餓』の前に熱量を奪われて機能しねぇ……!」
クルルが焦燥の混じった声を上げ、ケロロもソーサーの上で歯を食いしばる。
「そんな……我が輩たちの全戦力が……まったく通用しないなんて……!」
「……ク……クック……。無駄ダ……。ペコポンノ……『ハル』ハ……ワタシタチガ……喰ライ尽クス……!」
暗黒人は勝利を確信したようにカタコトの嘲笑を響かせると、夏美を捉えた触手を強く引き寄せ、さらに地上で胸を桜色に光らせている冬樹に向けて死の影を撃ち出した。
「冬樹殿ーーーっ!!」
キィィィンッ——!!!
冬樹の胸の光が最高潮に達する。
冬樹の瞳には、覚醒の兆しとともに、夢の中で暗黒人を抱きしめている姉・夏美の意志が「共鳴」となって直接流れ込み、死の影の動きはピクリと止まった。
(フユキ、ダメだよ。争いはやめて)
「っ!? 姉ちゃん!?」
「冬樹君!?」
駆け寄ろうとする小雪や桃華を、冬樹は静かに手で制した。
<寒い、寒いよ。みんな僕や仲間を貶すんだ。>
(...この子、こんなに怯えてるの。
だから、みんなで温めよう?
私もお父さんも宇宙もそれを望むはずだから)
その瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく、どこまでも深く温かい「理解」と「決意」の光だった。
(そうか。そうだったんだね。ありがとう、姉ちゃん)
「……みんな……分かったよ。
姉ちゃんが今、あの子の心の中にいるんだ」
「夏美殿が……暗黒人の中に!?」
「うん……。あいつらは僕たちを滅ぼしたいんじゃない……ただ、ずっと寒くて、誰にも救ってもらえなくて、泣いていただけなんだ。……だから争っちゃダメなんだ。僕たちが歩み寄らなきゃ……本当の『春』は来ないんだ!」
冬樹は逃げることなく、迫り来る暗黒人の影に向かって、自ら一歩を踏み出している。
「冬樹……!」
秋が息をのむ。
冬樹の胸から解き放たれる広域精神感応の波長が、暗黒人の巨大な体躯全体を優しく包み込み、その奥底で泣いている小さな異星人の心へと、まっすぐに届き始めていた—。
絶望的な極寒の夜空の下、漆黒の触手に固く囚われていた夏美の身体が、ふと静かな光を帯び始めた。
ピキッ、ピキキキッ!!
彼女の身体を縛り上げていた黒い氷が微かな音を立てて亀裂を生み出していく。
「……なっ!?」
デビルバズーカを構え直そうとしていたギロロが息をのんだ。
「夏美殿……!?」
ケロロもソーサーの上で目を見開く。
夏美のまぶたが、ゆっくりと、けれど確かに開いた。
パチリと目が覚めた瞬間、その瞳から放たれたのは、人間のそれではない——深遠なる宇宙のゆりかご『Sh2-86』の輝きそのものである、眩い桜色の星芒(せいぼう)の光だった。
彼女の黒髪の毛先は幻想的なピンク色へと変色し、肌からは万物を芽吹かせる温かなオーラが波寄せるように溢れ出している。
実体化ペンを握りしめていた睦実(623)も、忍びの鋭い気配を纏っていた小雪も、そしてSh2-86の遣いすらも、その圧倒的な神聖さに息を殺した。
「プリンセス……! 覚醒されたのですか……!?」
遣いが驚愕の声を上げる。
だが、覚醒した夏美の表情には、いつもの元気で怒りっぽい「日向夏美」の面影はなかった。
どこか浮世離れした、けれど深く切ない慈愛に満ちた瞳で、彼女は地上で胸を光らせている弟を見つめた。
夢の中で抱きしめた、あの冷たくて小さく泣いていた暗黒人の子供の温もりが、まだ彼女の手のひらに残っていた。
夏美は空中で漆黒の触手を自らの光で静かに解くと、ゆっくりと地上へ向かって手を差し伸べた。
「……フユくん、行こう」
その声は、全宇宙の風と春の訪れを乗せたかのように、深く静かに響き渡った。
「あの人たち……ずっと寒くて、一人で泣いてたの。
壊すためじゃなく、包み込むために……あたしたちの『春』を届けに行こう。……きっと救えるはずだから」
冬樹は手元に舞い落ちる桜色の光粒子を見つめ、静かに頷いた。
「……姉ちゃん。うん。僕も、同じ声を聞いたよ」
冬樹がゆっくりと歩み寄り、差し出された夏美の手にそっと触れる。
キュゥィィン_____ッ!!!
二人の手が重なった瞬間、日向家全体的を幻想的なピンク色の巨大な光柱が貫いた。
冬樹の中に眠っていたSh2-86の「超広域共鳴波長」と、夏美の中に眠る「原種の桜の種(浄化と再生)」が完全にリンクし、二人の背中に無数の桜の花びらで形作られた光の翼が大きく広がる。
「……ッ!? ……オオオオオオッ!! 『ツガイ』ガ……覚醒シタ……! 『ハル』ノ……スベテガ……ココニ……!!」
暗黒人の本体が狂乱の歓喜を上げ、二人が放つ眩い光芒ごと包み込むように、漆黒の極大影を膨れ上がらせた。
「冬樹!! 夏美!!」
「夏美殿ーーーーっ! 冬樹殿ーーーーっ!」
秋やケロロたちの叫びも虚しく、完全な「対」として覚醒した二人は、自らその温かな光を纏ったまま、暗黒人の巨大な影の渦の中へと自重で引き込まれていく。
暗黒人は二人を確実に体内で消化・吸収し、全宇宙の四季を喰らい尽くす完全体となるため、瞬時に時空間を歪め、全宇宙の果てにある絶対零度の領域『暗黒星雲』へとワープを開始した。
ゴオオオオッ……
空間が黒い渦を巻いて閉じ、巨大な暗黒人の姿も、夏美と冬樹の気配も、夜空から綺麗さっぱりと消え去ってしまう。
残されたのは、粉々に砕けた窓ガラス、そして舞い散るかすかな桜色の光の残り香だけだった。
「夏美ィィィィィッ!! 冬樹ーーーーっ!!」
ギロロが夜空に向かって絶叫し、拳を地面に叩きつけた。
「そんな……二人とも……暗黒領域に連れ去られちゃったっていうの!?」
桃華が膝をつき、アリサも唇を噛み締めて影の鎌を握り直す。
だが、暗黒人が消え去った次元の歪みを見つめていたN326星人が、静かに一歩前へ出た。その隣には、半透明の光芒を纏った日向春(86)の幻影が、穏やかな眼差しで空を見上げている。
「……諦めるのはまだ早い。奴らは二人を体内で完全に消化・吸収するために、宇宙の最も深い闇へと移動したに過ぎん」
N326星人が空間に手をかざすと、青白い次元の亀裂が激しく開き、そこから見たこともない超大型の漆黒の星間渡航用宇宙船——『N326アーク号』が凄まじい威容を現した。
「乗り込め! 全宇宙の仲間たちよ!」
N326の声が庭全体に響き渡る。
「あの二人は……冬樹と夏美は、暗黒人を滅ぼしに行ったのではない。己の『春』をもって、闇を救いに行ったのだ。……ならば我ら大人の、そして仲間の役目はただ一つ。二人が無事に笑顔で帰れる場所を守り、追いつくことだ」
「父さん……」
睦実(623)が実体化ペンを強く握り締め、真っ先に船体へと躍り出た。
「行くよ、クルル! 夏美ちゃんと冬樹君を……僕たちの『春』を取り戻しにね」
「クックック……言われなくても、最高のナビゲートをしてやるぜぇ!」
クルルが怪しく笑いながら船のメインコンソールへと飛び乗り、キーボードを爆速で叩き始める。
「全軍に通達であります!!」
ケロロが胸のケロンスターを強く光らせ、ソーサーから飛び降りて宇宙船の艦橋へと駆け上がった。
「ケロロ小隊、桃華殿、623殿! 小雪殿!、アリサ殿、そしてSh2-86の使者殿! これより『日向夏美・冬樹救出作戦』を発動するであります!! 暗黒の果てまで……あの二人を追いかけるでありますよーーーっ!!」
「「「了解っ!!!」」」
Sh2-86の遣いが桜色の翼を広げて艦頭に立ち、秋が固い決意を瞳に宿して艦長席の隣に立つ。
ゴオオオオオオオオオッ……!!!
超長距離渡航宇宙船は、地球の大気圏を突き破り、舞い散る桜色の光粒子を尾を引くように残しながら、夏美と冬樹が連れ去られた果てしない全宇宙の闇へと向かって、爆音とともに超光速で飛び立っていった。
超長距離渡航宇宙船『N326アーク号』は、時空間の歪みを切り裂きながら、漆黒の宇宙空間を圧倒的な速度で爆進していた。
だが、洗練された流線型のメインブリッジ(艦橋)内部の空気は、超光速航行の振動とは全く別のベクトルで、息が詰まるほど重く沈み込んでいた。
——ゴゴゴゴゴ……
目に見えるほどの黒赤いオーラが、艦橋のあちこちから立ち上っている。
「ぬおおおおおっ……! 夏美ィィィッ! 今すぐ助けに行ってやるからな! あの不倶戴天の暗黒物質どもめ、全弾頭をもって原子レベルで灰にしてやる……っ!!」
ギロロは全身の毛を逆立て、狂気すら孕んだ眼光で無数の大型重火器を磨き上げている。
弾倉を装填するカチャリという機械音はまるで処刑場のカウントダウンのように響いた。
そのすぐ隣では、東谷小雪がいつもの笑顔を跡形もなく消し去り、鋭い殺気を全身から発していた。手に握られたクナイが、小雪の放つ忍術の霊力によって青白く鳴動している。
「夏美ちゃんを連れ去り、傷つけようとする者は……たとえ宇宙の終わりであっても逃しません。……絶対に、許さない……!」
さらに、普段はどんな危機でも飄々としたポーカーフェイスを崩さない睦実(623)すらも、この時ばかりは異質の圧を放っていた。実体化ペンを握る手に凄まじい力が込められ、そのペン先からは白銀の激しい花火のようなスパークが散っている。青い瞳の奥に灯っているのは、氷のように冷たく、けれど燃えさかるような「本気」の炎だ。
「夏美ちゃんや冬樹君を……あの暗い闇の中に閉じ込めておいて、無事でいられると思わないでほしいな」
そして、艦橋の反対側からも、負けず劣らずの狂気的な殺気が噴き出していた。
「冬樹君……! あたしの冬樹君を連れ去るなんて……許さない……絶対に許さない!! 西澤グループの全戦力を投じても、あの黒い奴らを宇宙の塵に変えてやるわーーーっ!!」
最先端のパワードスーツを起動させた西澤桃華は、裏桃華の顔を覗かせながらスクリーンを殴りつけんばかりの勢いで咆哮し、その影からは、アリサ=サザンクロスが巨大な漆黒の大鎌を静かに引き摺りながら、底知れぬ闇の瞳を輝かせていた。
「冬樹を奪う者は……私の鎌の餌食。……すべて、喰らう」
ギロロ、小雪、623、桃華、アリサ。
地球と宇宙の規格外の猛者たちが放つ、愛と執着が入り混じった激しい殺気(エネルギー)の渦。艦橋の空気は歪み、アラートの赤色灯すらその威圧感に気圧されているかのようだった。
その光景を、艦頭に立っていたSh2-86の遣いは、白銀の甲冑をカタカタと震わせながら呆然と見つめていた。
「な……なんという禍々しくも圧倒的な執念……!
ペコポン人……ケロン人……いや、この星の生命体とは
これほどまでに激しい感情の波動を秘めているというのか……!? 我が主の愛した星とはいえ、恐ろしい……!」
そんな怒号と殺気が渦巻く艦橋の真ん中で、日向秋はふぅっと深く温かいため息をついた。
その視線の先には、空気中で淡い桜色の光芒を纏って結像している半透明のホログラム——夫であり、旅人であった「日向春(86)」の姿があった。
「はぁ……。あの子たちったら、本当に手がかかるんだから」
秋はパイプ椅子を引き寄せて腰掛け、愛おしさと少しの呆れを含んだ目で夫の幻影を見つめた。
『ふふっ……ごめんね、秋。僕の血のせいで、子供たちに苦労をかけちゃって』
春(86)の幻影は、申し訳なさそうに、けれど深く優しい苦笑いを浮かべながら頭をかいた。
「謝らないでよ、春さん。……でもね、夏美も冬樹も、ふたりとも覚醒しちゃったじゃない。私はね、もう少しあの子たちが大きくなって……ちゃんと大人になるまで、こういう大きな運命からは守ってあげたかったのにな」
『秋の気持ちはよく分かるよ。でもね……あの子たちは、僕たちが思っている以上にたくましく育ってくれた。僕の残した『Sh2-86の波長』も『原種の桜の種』も、あの子たちが自分たちの意思で……誰かを救うために咲かせたんだ』
「そうね……。あの子たちのあのまっすぐな目は、私とあなたの子供そのものだもの」
秋はそう言って微かにおかしく微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、殺気を撒き散らしていたギロロたち、そして茫然としていたケロロたちに向き直った。
「みんな、少し静かにして聴いてちょうだい。……あの子たちを追いかける前に、私から……春さんと、N326さん、そしてこの戦いの本当の始まりについて、ちゃんと話しておかなくちゃいけないことがあるの」
秋の言葉に、ギロロたちの凄まじい殺気がふっと和らぎ、艦橋全体が静まり返った。
「さっき、春さんから聞いたかもしれないけど、春さんとN326さんはね……遥か昔、この地球に暗黒人の脅威が迫っていることを察知した時から、ずっと裏で動いていたのよ」
秋はN326星人を見つめ、静かに言葉を続けた。
「全宇宙の生命と『春(四季)』を食い荒らす暗黒人……。奴らがこの地球の豊かな四季のエネルギーを狙っていると知った時、N326さんは自分の知略と宇宙のネットワークを使って、ケロン軍の目をこの地球に向けさせたの。覚えているでしょう、ケロちゃん? あなたたちが『地球侵略』という名目でこの星に派遣された日のことを」
ケロロがハッと息をのんだ。
「ケロン軍最強の精鋭部隊であるケロロ小隊を日向家に配置し、西澤家や東谷家といった地球上の強い力を持つ仲間たちを自然と日向家の周りに結集させる……。それが、N326さんと春さんが仕掛けた、地球を守るための大いなる『仕込み』だったのよ」
N326星人は静かに目を伏せ、低い声で言った。
「……暗黒人の狙う『春の磁力』は、日向家の血脈に集約されていた。私一人の力では防ぎきれん。だからこそ、お前たちという『絆』と『戦力』をこの日向家に集める必要があったのだ。……ケロロ軍曹、お前たちのくだらん侵略ごっこすらも、計算のうちだったということだな」
秋は春を見つめ、優しい声で締めくくった。
「春さんは、自分の強い波長が私や子供たちに負担をかけるのを知っていたから、あえて世界や宇宙を旅し続けていた。でも一度だって私たちのことを見捨てたりしなかった。夏美の中に『地球の桜の種』を託し、冬樹に『対話の波長』を託し……そして、あなたたちという最高の仲間を日向家に導いてくれた」
『僕にはそれぐらいの事しか出来なかったからね。』
秋の言葉が、激怒していた仲間たちの胸に深く、温かく染み込んでいく。
ギロロは磨いていたバズーカをそっと下ろし、空を見上げた。
623は実体化ペンをポケットに収め、優しく微笑んだ。
「ゲロゲロ……! そうと決まれば、我が輩たちが暗黒人なんぞに負けるわけにはいかないであります! 日向家の居候として、そしてケロロ小隊の隊長として……冬樹殿と夏美殿を、絶対に連れて帰るでありますよ!!」
ケロロの力強い宣言に、艦橋の空気は「殺気」から「絶対の絆と決意」へと塗り替えられた。
『N326アーク号』は、舞い散る桜色の光の航跡を引きながら、夏美と冬樹が待つ全宇宙の果て——暗黒の深淵へと、さらに速度を上げて突き進んでいくのだった。
全宇宙の果て、光すら届かぬ絶対零度の死界——『暗黒星雲』。
その中央に蠢く暗黒人の本拠地は、巨大な漆黒の結晶体が幾重にも重なり合った、命の温もりを一切拒絶する黒い宮殿であった。
「……オオオオオオオッ……! 喰ラウ……! 喰ライ尽クスぞ……っ!!」
「……『ツガイ』ノ……生命力……! Sh2-86ノ……ゆりかご……! ペコポンノ……『ハル』……!!」
暗黒領域の内部では、暗黒人の巨大な本体だけでなく、無数の黒い影で形成された暗黒兵士の部隊が蠢いていた。彼らは飢えた狼のように目を光らせ、捕らえた夏美と冬樹を漆黒の結晶の祭壇へと押し込め、その強大なエネルギーを根こそぎ奪い取ろうと襲いかかる。絶対零度の黒い触手と槍が、雨あられのように二人に群がる。
ズシャアアアンッ!!!
無数の影の槍が届く直前、夏美の身体から解き放たれた純白と桜色の光芒が、全方位に向けて圧倒的な円状の衝撃波となって弾けた。
触れようとした暗黒の部隊は、その眩い光芒に触れた瞬間、悲鳴を上げることすらできずに光の粒子となって吹き飛ばされていく。
「……ッ!? ……ナ……ナニ……!? 光ガ……ツヨスギル……っ! 喰ラエナイ……熱イ……熱スギル……!!」
暗黒人の部隊が恐怖にのたうち回り、じりじりと後退する。
覚醒した夏美は、背中に眩い桜色の光芒を纏い、神聖な静寂を漂わせながら降り立った。その手は、しっかりと冬樹の手を握り締めている。
夏美は弟の前へと一歩踏み出し、凛とした瞳で蠢く闇の軍勢を見据えた。
「触らせない……。フユくんは、あたしが守るからね」
「姉ちゃん……」
冬樹は握り返された夏美の手の温もりに息をのむ。
かつて自分を守ってくれた大好きな姉の強さと、父・春から受け継いだSh2-86の「星を生み出す生命のゆりかご」、そして地球の「原種の桜の種」の芽吹き。美しくも絶対的な姿がそこにあった。
「……キサマ……! ワタシタチノ……飢餓ヲ……拒ムカ……!? ウバワセロ……! 温もりヲ……『ハル』ヲ……アタエロぉぉぉっ!!」
暗黒人の本体が狂乱し、全暗黒領域の冷気を集めて巨大な黒い影の爪を振り下ろそうとした。
しかし、夏美はその攻撃を見つめようとはしなかった。
彼女の宇宙規模にまで拡張された鋭い感応力は、暗黒人が放つ攻撃の裏側——この巨大な闇の構造体のいちばん深層で、震えている「本当の核(コア)」を捉えていた。
「……ダメだよ。暴れても、奪っても、君の寒さは消えない」
夏美は静かに首を振ると、冬樹へ向かって優しく微笑んだ。
(コワイ、コワイ。サムイ、サムイ)
「フユくん。あの子……あたしが夢で抱きしめた小さな宇宙人の子は、あたしたちの光に驚いて、自分の深層心理のいちばん深い場所……暗黒領域の最深部まで逃げ込んじゃった」
「……うん。僕にも感じるよ、姉ちゃん」
冬樹は目を閉じ、胸の光を優しく明滅させた。Sh2-86の「超広域共鳴波長」が、漆黒の迷宮の底で怯える小さな心の悲鳴を、正確に受信していた。
「あの子はね、光が怖くて、でも温かくなりたくて……暗闇の奥で丸まって泣いてるんだ。……追いかけよう、フユくん。あたしたちの『春』を届けるために」
「うん! 行こう、姉ちゃん!!」
二人が強く頷き合い、高く手を掲げた——
ゴオオオオオオオオオッ!!!
夏美の「原種の桜の種」が爆発的に芽吹き、暗黒領域の壁や床を突き破り、古来の生命力に満ちたヤマザクラやクマノザクラの巨木が無数に開花・生長を始めた
黒い氷の宮殿に、一瞬にして満開の桜並木が咲き乱れる。
暗黒部隊の激しい猛攻を、芽吹いた桜の木々が温かな光のバリアとなって全て受け止め、無効化していく。
「……ナ……ナンダ……コノ……植物ハ……!? コオリガ……溶ケル……闇ガ……咲イテイク……!?」
群がり跳びかかる暗黒部隊を、夏美の咲かせる満開の桜吹雪が優しく包み込み、そのまま浄化させていく。
「フユくん、あっちだ!」
「うん、ここからは僕が案内するよ!
こっちの闇の隙間から、あの子の泣き声が聞こえる!」
冬樹が共鳴の波動で指し示した最深部への道——暗黒人の頑なな心が作り出した重厚な闇の迷宮の底へ向かって、二人は手を取り合い、舞い散る花びらとともに疾走し始めた。
攻撃してくる影の軍勢を夏美の圧倒的な「浄化の光」で押し払い、冬樹の「対話の羅針盤」で迷宮の深層へと突き進んでいく。
「待っててね……! 今度こそ、君に本当の『春』を届けてあげるから……!!」
暗黒人の歪んだ意図が、精神世界の果てに張り巡らされた。
暗黒領域の最深部へと足を踏み入れたその瞬間、漆黒の壁からにじみ出た禍々しい黒い泥のような波動が、突如として二人の足をすくい、その身体を底なしの闇へと引きずり込んだ。
「……ク……クックック……! 愚カ……ナ……『ツガイ』ヨ……!」
空間全体に響き渡る、嘲笑を孕んだカタコトの濁声。
それは、孤独に震える幼い異星人の核(コア)が見せた「狂言の罠」であった。光への恐怖と、過去に拒絶され続けた怨念の防衛本能が、暗黒人の闇の領域を巨大な「精神の檻」へと変貌させていたのだ。
黒い泥が二人の手首と足首を縛り上げ、互いに繋いでいた手の指先を、冷酷にも引き剥がしていく。
「あ……あっ……! フユ……くん……!?」
パチィィィン……!!
二人の精神波長の同期が強制的に切断された瞬間、
夏美を包み込んでいた神聖な桜色の光芒と、背中の翼が嘘のように瞬時に霧散した。
髪の色もピンク色から深い黒へと戻り、体内に秘められていた「Sh2-86」の巨大なゆりかごの波動が闇の檻によって固く封印されていく。
覚醒の解けた夏美はその場に力なく膝をつき、怯えた瞳で暗黒の虚無を見回した。
「……ここ……どこ……? あたし……なんでこんなところに……? 寒い……寒いよ……!」
宇宙規模の「桜の精」としての神々しさは消え去り、そこにはただの、暗闇と極寒に震える一人の少女——「日向夏美」が残されていた。
暗黒人の巨大な影が、虚無の空間からぬめりと姿を現す。顔面に走る紫と赤の亀裂が、狂喜の歪みを描いていた。
「……ウバッタ……! 『ヒカリノ……タネ』ハ……ネムッタ……! ……無力……ナ……ペコポン人ノ……ムスメ……! ……ココハ……スベテヲ……喰ライ尽クス……ワタシタチノ……ニワ……ダ……!」
暗黒人は不敵に笑い、絶望に震える夏美へ向けて、黒い触手をじわじわと伸ばしていく。
「嫌……! 来ないで……! 誰か……誰か助けて……っ!!」
「姉ちゃんーーーーっ!!!」
その隣で、冬樹が喉を押し潰さんばかりの叫びを上げた。
冬樹の身体もまた、漆黒の結晶によって壁へと拘束されていた。しかし、冬樹の瞳だけは絶望に染まっていなかった。
胸の奥に眠る「Sh2-86の共鳴波長」が必死に抗い、父の面影を求めて全宇宙の次元の狭間へと精神波を打ち上げていた。
「届いて……っ! お願いだ、届いてくれぇぇぇっ!!」
冬樹は全身の血を噴き出すような想いを込め、全天を揺るがすように父親の名を叫んだ。
「父さんーーーーーっ!!!!!」
その叫びは、物理的な距離も、暗黒領域の厚い断絶も跳び越え、超光速で爆進する宇宙船『N326アーク号』の艦橋へとダイレクトに突き刺さった。
ビィィィィィンッ!!!
『……ッ! 冬樹の声だ……!!』
N326星人の隣で、淡い光芒を纏っていた日向春(86)の半透明のホログラムが、激しく明滅を始めた。
「春さん……!?」
秋が立ち上がる。
春(86)のホログラムの瞳に、眩い星の輝きが宿る。
『……聴こえたよ、冬樹。君の叫びが……僕たちの「絆」を呼ぶ声が……!』
N326星人が即座に胸元の宇宙コンソールを操作し、春の波動を全開に同調させる。
「86! 私のN326アーク号のメインエンジンのエネルギーを、お前の波動と同調させて送り込む! 冬樹に送るのだ……お前たちの『旅』の全記憶と、生命のゆりかごの真の波動を!!」
『頼むよ326……!
冬樹、受け取っておくれ……!
僕が地球で……君たちの母さんと出会い、君たちという宝物を見つけた、世界で一番あたたかい「春」の力を!!』
春のホログラムが眩い桜色の純光となって弾け、N326アーク号の次元穿孔レーザーの光軸に乗って、遥か彼方の暗黒領域の最深部へと、一直線に射出された。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!!
暗黒領域の天井が叩き割られ、極彩色の桜色の光の奔流が、拘束されていた冬樹の胸元へとダイレクトに降り注いだ。
「うあぁぁぁぁぁっ……!?
こ……これは……父さん……の……!?」
冬樹の脳裏に、怒涛のように流れ込んでくる父親の記憶と想い。
父・春が世界中を旅しながらファインダー越しに見ていた、地球の美しい四季。母・秋と笑い合った温かい日々。そして、幼い夏美と冬樹を抱きしめた時の、胸を締め付けるほどの愛おしさ。
それらはすべて、Sh2-86の「星を生み出すゆりかごの熱」となって、冬樹の身体を満たしていく。
その温かさに冬樹は身体が震えた。
「……分かった……分かったよ、父さん……!
僕たちが……僕と姉ちゃんが、この地球に生まれてきた意味が……!!」
冬樹の瞳が、完璧な桜色の星芒へと覚醒する。
冬樹を拘束していた黒い結晶が、一瞬にして爆散し、温かなピンク色の光の粒子となって飛び散った。
「……ナ……ナニっ!? 『ウツワ』ノ……コドモガ……!? カミノ……ヒカリヲ……放ツダト……!?」
暗黒人が激しく狼狽しのたうち回る。
覚醒した冬樹は、恐れに震える夏美のもとへと力強く歩み寄り、怯える彼女の冷たい手を、もう一度しっかりと抱きかかえるように握り締め直した。
「大丈夫だよ、姉ちゃん。僕が……今度は僕が、姉ちゃんを護るから。僕たちの『春』を……父さんからもらった本当の温もりを、見せてあげよう!」
冬樹の手を力強く握り返した瞬間、絶望の冷気を吹き飛ばすように、温かく胸を締め付ける旋風が夏美の全身を駆け巡った。
耳元で風がそよぐ。
ずっと聞き恋しかった、あの低く優しく、どこか浮世離れした大人の男性の声——父・日向春の声だった。
『……夏美』
「……っ!?」
夏美の瞳が大きく見開かれ、ポロポロと涙が頬を伝う。
『ここまでよく頑張ったね、夏美。……いつも冬樹と秋を、そして地球を守ってくれて……本当にありがとう』
「お父さん……! お父さんっ……!!」
夏美の涙の粒は桜の花びらへと姿を変えて宙に舞う。
「行こう、姉ちゃん! あの子を……助けに!」
「うん……! うんっ!!」
夏美は泣きながら、しっかりと冬樹の手を握り締め、真っ暗な空間の奥深くへ逃げ込んでいく暗黒人の影に向かって力強く駆け出した。
二人が光の帯となって暗黒領域の最深部へ向けて疾走する中、暗黒人の絶望の記憶、そして父・春(86)の記憶が、濁流となって二人の意識へと怒涛のように流れ込んでくる。
それは、気が遠くなるほど遥か昔、広大で孤独な宇宙の記憶。
《……カミハ……ワレワレヲステタノダ……》
光の届かぬ極寒の深淵で、暗黒人たちは生まれた。
どの星に行ってもその異形と冷気を気味悪がられ、恐れられ、追い払われ、広大な宇宙をただ彷徨い続けるだけの虚しい生命。
《……イタイ……ツメタイ……》
《……ダレモ……ワタシタチヲ……ミナイ……》
《……ヒカリハ……ワタシタチヲ……ヤク……》
《……ウバウ……シカナカッタ……。
イキル……タメニ……ウバウ……シカナカッタ……!!》
彼らには最初から誰かを傷つける悪意などなかった。
ただ寒くて、寂しくて、生きたくて……他者から温もりとエネルギーを奪うことでしか生存する術を知らなかった。
そして、その痛ましい存在を誰よりも早く察知していたのが幼い86(春)だ。
「ねえ、326。あの暗黒の人たち、ずっと泣いてるよ。
どうして誰も手を差し伸べないんだろう?」
「あれは元々救えない者たちだ。
お前、そんなことはとうに習って知っているだろう?」
「うーん、でも何か解決法はあると思うんだけどな。
そうだ! いっそのこと僕、宇宙で探しに行ってくるよ」
「はぁ!? 何言い出すんだお前!?」
幼いN326と、宇宙への底知れぬ好奇心に瞳を輝かせる幼い86は、今まさにSh2-86の城から抜け出そうとしていた。
「おやめください!
あのお方たちは万物の熱量を食い荒らす悪夢です!
王子が関わってはなりません!」
「悪夢だからこそ、覚まして救わなきゃじゃない?」
Sh2-86の遣いたちは必死になって彼を止めようとしたが、86の探求心と溢れる優しさは誰にも止められなかった。
「86ー!! お前本当に、バカ野郎!!」
「馬鹿で結構だよ♪」
そして宇宙を旅した86は、やがて美しく青く輝く地球(ペコポン)へと降り立った。
人間の中学生の姿へと肉体を擬態させた86が最初に目にしたのは、日向秋の実家のすぐ近くに、雄大にそびえ立つ一本の巨大なヤマザクラだった。
「……すごい。宇宙のゆりかご(母星)と同じ、
生命の脈動が聞こえる……」
86がその巨大な桜に一目惚れし
時間を忘れて見とれていたその時だった。
「ちょっと! あなた、ウチの敷地の桜をそんな熱い目で見つめて、一体何者なのよ!? って、えぇ!?」
ガバッと草むらから勢いよく飛び出してきたのは、当時中学生だった日向秋だ。
(な、なにこれなにこれ!? めちゃくちゃ格好いいんだけど!? 髪型も顔も雰囲気も声も、私の理想を全部煮詰めて濃縮還元したみたいな男じゃない!! 運命!? 少女漫画的なやつ!? これが噂に聞く『雷が落ちるような恋』ってヤツなのーーーっ!? 絶対に逃がさないわよ!!)
「あぁ、ごめんなさい。つい綺麗で(桜に)見惚れてました。すぐに行きますので」
「わわわ、わたしに見惚れて!? ねぇ、あなたの名前は?」
「え、えーっと、あっ、朱咲春です」
86の放つどこか神秘的でミステリアスな雰囲気、見たこともないほど深遠な瞳……中学生の秋の心臓は、出会った瞬間に早鐘のように鳴り響いていた。
恋に落ちた秋は、86がふらりと姿を消そうとすると、持ち前の超絶的な身体能力と行動力でどこまでも大追跡を開始した。
「待ちなさい春さん!私を置いてどこへ行くのよーっ!」
「あ、いや……僕は遠い場所へ行かなきゃならないんだ。
君に追いかけられる筋合いは……」
「遠い場所ってどこよ!? 火星!? 冥王星!? どこだってついて行ってあげるわよ!逃がさないんだからーっ!」
宇宙の超知能を持つ86ですら、恋に猪突猛進な地球の女子中学生・秋の猛アタックと力技の前には形無しだった。
「ったく、アイツいつになったら帰ってくるんだか……」
逃げようとしては退路を塞がれ、捕まり、タジタジになって苦笑いするしかない86。それはまさに、宇宙規模の逃亡劇にして甘酸っぱいドタバタコントそのものだった。
走りながらその父と母の若き日の出会いと、追い追われの情けないが愛おしすぎる思いでを見せられた夏美と冬樹は、涙を浮かべながらも思わず「くすっ」と顔を見合わせ、温かい苦笑いを漏らした。
「ふふ……お母さんってば、
昔からあんなに押しかけてたんだね……」
「あはは……父さん、全然逃げ切れてないや。
昔からお母さんには敵わなかったんだね」
二人がそんな風に微笑み合いながら走るなか、
記憶は二人が大学生になったある春の日へと続いていく。
あの思い出の巨大な桜の下で、満開の花びらが舞い散る中、秋は意を決して叫んだ。
「春さん! 私、あなたが好き! ずっとずっと前から好きだった! 私と付き合って!!」
あまりに真っ直ぐで強い告白に、86は哀しげに瞳を伏せた。
「……ダメだよ、秋。
僕は……君が思っているような『人間』じゃないんだ。
君を幸せにはできない」
自分の正体と運命を思い、彼女を守るために拒絶しようとした86。だが日向秋という女性がそこで引き下がるはずがなかった。
「関係ないわよそんなの!
人間じゃなかろうが宇宙人だろうが関係ない!
私が好きなのは『春さん』なの!
理由になってないわよバカね!!」
「……はは、参ったな……わかったよ」
秋のあまりに力強く逃げ場を完全に塞ぐ愛の言葉に、
86はついに観念した。
強い風が吹き荒れ、狂乱のように億千の桜の花びらが二人の周りを渦巻いて舞い上がる。
その渦の中で、86はふっと穏やかに微笑むと、
ついにその仮初めの姿を解いた。
光り輝くピンク色の星雲光芒を纏い、
背中に幾重もの光の翼を広げた、宇宙の生命のゆりかご——「Sh2-86」としての真の神聖なる姿を、彼女の目の前にさらけ出したのだ。
「え.....?」
「...やっぱり怖いよね?」
「...........や。」
(……やややだ、なにこれ…奇跡のアイドル?!
…綺麗過ぎて意識が……! 違う耐えなきゃ、はぁそれにしても本当の姿もめちゃくちゃ神秘的でカッコいいじゃない!! 益々好きになっちゃったわよーーーっ!!)
普通なら恐怖で悲鳴を上げるようなその人間離れした光景に、秋は瞳を爛々と輝かせ、胸をときめかせて叫んだ。
「すすすき」
「え、」
「好きよ春さん! 宇宙一好きーーーっ!!!」
「え、うわっ!?」
秋はガバッと86に抱きつき、そのまま舞い散る強烈な桜吹雪の中で、二人は深く結ばれたのだった。
時は流れ、二人の間に第一子である夏美が生まれた。
赤ん坊の夏美を抱き上げた瞬間、86はその命の輝きを前にして悟った。
(この子は、自分の「Sh2-86」の強大な熱量と、地球の「原種の桜」の生命力を色濃く継承した、宇宙と地球の架け橋となる存在になる)
86は秋に静かに承諾を得ると、すやすやと眠る赤ん坊の夏美の胸元にそっと手を当てた。
「夏美……君に、この星と、君自身を守る『お守り(桜の種)』をあげるね」
86の手から放たれた光が体内に溶け込んだ瞬間、誕生時には黒かった赤ん坊の夏美の髪が、ポッと鮮やかな原種のヤマザクラのピンク色へと染まり上がった。
そして、第二子である冬樹が生まれた日。
幼い夏美は、ベビーベッドで寝ている生まれたばかりの冬樹の手をそっと握りしめ、溢れる笑顔で言った。
「パパ、ママ……あたし、お姉ちゃんだから。
この子を……冬樹を、ずっとずっと守ってあげるね!」
そして幼き日の「約束」——。
『ごめんね、夏美。パパはまた旅に出なくちゃいけないんだ』
『いや! 行かないで、お父さん!』
幼い夏美は叫び、去っていく父の背中に向かって必死に手を伸ばす。
『行かないで……! どうしてまた遠くに行っちゃうの!? 一緒にいてよ、お父さん!!』
涙で視界が歪む。
『夏美。僕は夏美が大好きだよ』
『じゃあなんで行っちゃうの?』
『僕がここにいると皆が危険だからさ』
『じゃあいつ帰ってくるの?』
『夏美が強くなった春の日かな?』
『春?』
『そう。
夏美、知ってるかい?
地球の『春』っていうのはね、ただ暖かいだけじゃないんだ。冷たい雪の下でじっと耐えてきた命たちが、一斉に抱きしめ合って芽吹く季節なんだよ』
『抱きしめ合ってるの? 今のパパと私みたいに?』
『そう。僕は宇宙のいろんな星を見てきたけれど、こんなに優しくて温かい力を持つ星は他にない。……もし君が大人になって、冷たい冬に凍えそうになった時は思い出してほしい』
そして春は夏美の小さな頭を優しく撫でながら語る。
『君の名前に込めた『太陽のような温もりの力』を。
君自身が、誰かの春になれるんだよ』
『私が春になるの?』
『そう。冬樹とママと、そしてこの地球のね。』
『わかった!私が守る。
じゃあお父さんは見守ってくれる? 私の事、ずっと』
『約束するよ、ずっと夏美を空から見てるよ』
父・春が去り、母・秋が仕事で忙しく働く中で、自分が「日向家の春」となって冬樹を守り、家を守り抜いてきたすべての思い出が、走馬灯のように夏美の脳裏で鮮やかに繋がった。
「うっ!うう、あたし……思い出……した……っ!
あたしはずっと……守りたかったんだ……っ!!」
夏美の涙の栓が完全に壊れ、溢れ出る涙が決壊した。
涙をぬぐい、心の底から笑顔を取り戻した夏美の身体から、再び圧倒的な、身体の奥底から込み上げる感情が弾け
刹那、「Sh2-86×原種の桜の覚醒の光」(春の光)が爆発的に解き放たれた。
(お父さん、私やっとわかったよ)
「....姉ちゃん、あっ!いたよあの子だ!」
《……ウワ!!》
暗黒領域の最深部——絶対零度の虚無が渦巻く闇の果て。
暗黒人の幼きコア(赤子)は、夏美と冬樹が放つ神聖な「春の光」を前にして、激しい恐れと混乱から絶叫を上げた。
《……コナイデ……! ヒカリハ……コワイ……! ニクい……! ワタシタチヲ……ヤク……!!》
闇の赤子が叫ぶと同時に、暗黒領域の壁という壁から、漆黒の泥のような極大の暗黒兵士部隊が無数に這い出してきた。今までとは比べものにならない、真の「全滅行動」としての殺気が空間を埋め尽くす。
《……『ツガイ』ノ……生命ヲ……奪エ……!》
《……喰ラエ……! スベテ……ワタシタチノ……ツメタサノ……ナカヘ……!!》
本気になった暗黒人たちの部隊が、命の芽吹きを根絶やしにしようと、絶対零度の触手と影の槍の雨を二人へ向けて一斉に解き放つ。
だが——父・春の記憶と温かい言葉を胸に受け止めた夏美と冬樹の瞳には、もはや迷いも恐れも微塵もなかった。
「……大丈夫だよ。もう、絶対に離さないから」
意を決した夏美と冬樹が強く手を取り合い、二人の意志が完全にひとつに重なった、その瞬間だった。
ドガァァァァァァァンッ!!!!!
暗黒領域の重厚な闇の天井が、巨大な光の穿孔爆発によって激しく叩き割られた。
「——遅くなってすまない、夏美! 冬樹!」
闇を切り裂いて突入してきたのは、全宇宙の追跡を終えた超長距離渡航宇宙船『N326アーク号』であった。
アーク号は瞬時に形態を変化させ、幾重もの高出力プラズマ砲陣地と次元防壁を展開した超巨大戦闘戦艦へと擬態を完了する。さらに、その戦艦の周囲には、天を覆うほどの桜色の光芒を纏ったSh2-86の遣い率いる使徒艦隊が堂々と陣を張り、宙域全体を光の陣形へと塗り替えていった。
「プリンセスーッ!! プリンスーーッ!!
無事で何よりにございます!!」
使徒艦隊の旗艦の先頭に立つSh2-86の遣いが、星芒の長剣を掲げて全宙域へ轟く大音声で叫んだ。
「ここは我ら使徒艦隊と、ペコポン(地球)の勇敢なる戦士たちが引き受けます! どうぞ何のお憂いもなく、その暗黒の迷い子を…救ってくださいませーーーっ!!」
「みんな……っ!?」
夏美が叫ぶ。
その声に応えるように、戦艦から地上最強の陣営が飛び出してきた。
「夏美ィィィィィッ!! 無事だったか、夏美ーーーーっ!!」
ギロロ伍長は両目に大量の涙を溢れさせながら、デビルバズーカと重火器を両手に乱射して暗黒部隊の頭上へ躍り出た。涙でくしゃくしゃになった顔で叫びながら、夏美へ迫る影の槍を全弾頭で粉砕していく。
「夏美ちゃん! 冬樹君! 今行きます!!」
小雪が忍法で宙を駆け、幾重もの光の苦無で暗黒兵士の足止めを破る。
「夏美ちゃん! 無事で本当によかった……!」
睦実(623)は実体化ペンで白銀の巨大な光の翼と防壁を描き、夏美たちに寄ってくる冷気を完璧に遮断した。
「冬樹君!! 無事なのね冬樹君!! あたしの冬樹君に手を出した奴らは、西澤グループの誇りを賭けて全員叩き潰すわーーーっ!!」
最先端パワードスーツを全身全霊で駆動させた西澤桃華が、裏桃華の圧倒的な咆哮とともに超高出力プラズマキャノンを全弾撃ち尽くす。
「冬樹……無事で……よかった。……闇の者ども、切り刻む」
アリサ=サザンクロスがネブラの大鎌を振るい、暗黒部隊の影の根元を次々と刈り取っていく。
夏美と冬樹の無事を確認した仲間たちの放つ絆のパワーは、もはや暗黒人の「熱量吸収」すら追いつかないほどの圧倒的な情熱となって、迫り来る暗黒部隊をことごとく薙ぎ払っていった。
さらに、戦艦のブリッジと艦外デッキでは、後方支援の猛者たちが一歩も退かぬ防衛戦を展開していた。
「ペコポン(地球)を……我が輩たちの日向家を滅ぼそうとする暗黒人どもめ! ケロロ小隊と……地球の絆の底力を見せてやるでありますよーーーっ!!」
ケロロ軍曹が艦長席で指揮を執り、アンゴル=モアがルシファーズ・スピアで「ハルマゲドン・全開照射」を解き放つ。
「クックック……俺様のナビゲートを越えてこられると思うなよぉ!」
クルルが怪しく笑いながら暗黒部隊の全システムと波長をハッキングで麻痺させ、N326星人は至高の知恵で全艦隊の砲撃照準を一括制御する。
そして、艦首に立つ日向秋の隣には日向春(86)のホログラムが優しく佇み
「私の……子供たちに手を出すのは万死に値するわよっ!!」
秋が握りしめたエネルギー砲のトリガーを引き、春(86)がその背中から強大なSh2-86のゆりかごの光波を重ね合わせる。夫妻の愛が織りなす極大の光線が、宇宙船へ迫ろうとしていた暗黒部隊の大群を一網打尽にして薙ぎ払った。
全宇宙の仲間たちの想いが、光となって暗黒領域を埋め尽くしていく。
「みんな……ありがとう……!」
夏美と冬樹は互いに深く頷き合った。
「行こう、冬樹! みんなが作ってくれたこの道で……あの子を抱きしめに!」
「うん! 僕たちの……本当の『春』を届けよう!!」
仲間たちの圧倒的な応戦に守られながら、覚醒した夏美と冬樹は恐怖で身をすくませる暗黒人の赤子へ向かって、桜色の光の矢となってまっすぐに駆け出していった。
仲間たちが切り開いた圧倒的な光の道の中を、夏美と冬樹は手を取り合い、暗黒領域の真ん中で震える幼きコア(赤子)へと一直線に疾走していた。
あと一歩で、その冷たく凍てついた小さな手に手が届く、その刹那だった。
《……コワイ……! ニクい……! コナイデえええええっ!!!》
追いつめられた幼きコアの瞳が、血のような凶暴な赤黒さに染まり上がった。絶望と拒絶の感情が暴走し、暗黒領域全体の全熱量と漆黒の物質を一点に凝縮させた、死の極大照射——「暗黒物質の最大ビーム」が、至近距離から冬樹の真正面へと向かって放たれた。
「冬樹君!!!」
「冬樹殿ーーーっ!!」
仲間たちの悲鳴が響き渡る。
直撃すれば、存在そのものが消滅する絶対零度の漆黒の濁流。
だが、その死の光線が冬樹を穿つ刹那——。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!!
夏美が躊躇うことなく冬樹の前に身を躍らせ、その全身で極大ビームを真っ向から受け止めた。
「あぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「姉ちゃんーーーーーーっ!!!!」
「夏美ィィィィィッ!!!」
「「夏美ちゃーーんっっ!!!」」
冬樹、ギロロ、623、小雪の絶叫が宙を切り裂く。
漆黒の衝撃が夏美の身体を苛み、Sh2-86の桜色のオーラがバチバチと激しい音を立てて削り取られていく。
皮膚が凍りつき、凄まじい劇痛が彼女の華奢な身体を襲う。
「うぅぐっ!! 痛い、っ!!でも!!
絶対に、絶対に負けないんだから!」
夏美は身体を斜めに踏み込み、歯を食いしばり、血の滲む唇で痛みに耐えながら、一歩、また一歩と、ビームを放ち続ける赤子に向かって歩みを進めた。
「な……夏美ちゃん……! もうやめて……っ!」
「夏美ちゃん!!」
小雪が涙を流し、623が実体化ペンを握りしめたまま呆然と立ち尽くす。
夏美は全身を蝕む激痛に耐えながら、掠れた、けれど世界で一番優しい声で微笑みかけた。
「……大丈夫……だから……っ。
……もう……寒くないから……ね」
夏美はビームの激流を押し切り、その冷たく小さな影を、胸の中へと力強く抱きしめた。
その包容から伝わる圧倒的な温もりに、赤子は息をのみ、放たれていた黒いビームがピタリと途絶えた。
「姉ちゃん……! 僕も……!」
追いついた冬樹もまた、涙を流しながら夏美ごと幼きコアを力いっぱい抱きしめた。
Sh2-86の「共鳴の波長」が、二人の抱擁を通じて赤子の心へとなだれ込んでいく。
《温かい……温かいよ……。でも……でもね……っ》
(忘れるな、一族や仲間たちの悲劇を。お前だけは
だからお前が全てを喰らい、壊すのだ!!!)
二人の温もりに包まれながらも、何億年もの間積み重なった絶望の記憶が呪いのように赤子の心を苛み続ける。
赤子の瞳から黒い涙が零れ落ちた。
《……ダメ……。ダメなんだよ。
ボクらは……最初からどこにも受け入れられない……いらない存在なんだ……!!》
赤子は最後の絶望に狂い、己の存在そのものを暗黒領域ごと全消滅させる自爆のカウントダウンを起動した。
『自爆シークエンス発動。
カウントダウン……10……9……8……』
「え、そんな……!? カウントダウンが!?」
冬樹と夏美が必死に叫び、共鳴を試みるが、暴走した自爆プログラムは二人の力をもってしても停止させることができない。
さらに周りを取り囲んでいた暗黒部隊の残党が捨て身の猛攻を開始し、N326アーク号の防壁が破られ、ギロロも、小雪も、桃華も、アリサも、圧倒的な数の暴力の前に次々と漆黒の泥に押し潰され、制圧されていった。
「ぐわぁぁぁぁっ! くそっ……夏美……冬樹……っ!」
「冬樹君……っ!!」
全戦力が力尽き、カウントダウンの数字が無情にも刻まれていく。
『7……6……5……』
絶望が宙域を支配しようとした。
刹那——。
半透明のホログラムとして艦橋に佇んでいた日向春(86)の瞳が、一点を鋭く射抜いた。
ケロロ軍曹だ。
ケロロのお腹のケロンスターが、まるで命運に呼応するかのように、黄金と緑色の光を眩いばかりに燦然と輝かせていたのだ。
春(86)は穏やかに微笑み、静かに呟いた。
『…やっぱり君が……最後の切り札だったんだね』
春はホログラムの波動を強化しケロロの首根っこを掴み、そのまま暗黒領域の最中心、夏美と冬樹の頭上へ向かって力任せに投げ飛ばした。
「ゲロォォォォォォーっ!?」
空中に放り出されたケロロ。
酸欠で意識が遠のく中、彼の視界に飛び込んできたのは漆黒の泥に圧殺されながらも自分を信じて戦うギロロやクルル、タママ、ドロロ、小雪、623、桃華、アリサたちの傷ついた姿。
そして目の前で自爆の恐怖に怯え、涙を流しながらパニックになる夏美と冬樹の姿だった。
「軍曹ーーーっ!! 助けて軍曹ーーーーっ!!」
「ふ.....冬樹..どの」
冬樹の魂の叫びがケロロの耳膜を貫いた瞬間、
ケロロの脳内で何かが弾けた。
いつもの表情が剥がれ落ち、お腹のケロンスターが太陽のごとく眩い緑の光芒を全天に解き放つ。
「……我が輩の……我が輩の大切な家族に……
手を出してんじゃねえでありますよーーーっ!!!!」
覚醒_______!!!
「ケロン軍最高完全絶対権限——発動!! 『止め』!!!」
ゴオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
ケロロ軍曹の全身から、ケロン軍総司令部すら平伏する絶対不可侵の神聖なる威圧感が溢れ、ケロロは全宇宙の法則を書き換える真の威厳をもってその絶対権限を振るった。
ケロロの放った緑の波動が全宙域を包み込んだ瞬間、全世界の時空が停止した。
仲間たちを圧殺していた暗黒部隊の動きが完全に凍りつき、赤子の体内で鳴り響いていた自爆のカウントダウンが『3』の数字でピタリと停止した。
「な……なに……!? カウントダウンが……止まった……!?」
「軍曹……!?」
呆然とする全員に向かって、ケロロが胸を張り、大音量で叫んだ。
「今であります! 冬樹殿! 夏美殿ーーーっ!!
我が輩の緑の星の力(ケロンスター)と共に
本当の『春』を解き放つであります!!」
「「了解っ!!!!」」
夏美の胸の中で眠っていた「地球の原種の桜の種」が完全に芽吹き、超巨大なヤマザクラとクマノザクラの光の樹木が暗黒領域の全土を覆い尽くすように咲き誇った。
冬樹もまたSh2-86の「全域共鳴波動」を最大展開。
二人が解き放つSh2-86の「星を生み出すゆりかごの熱」と「原種の桜の満開の光」、そしてケロロが放つ大自然の生気である「緑色のケロンスターの光」が完璧に融合し、三位一体の絶対浄化の光芒となって全暗黒宙域を包み込んだ。
ズバアアアアアアアアアンッ!!!!!
光が闇を溶かす。
冷たく死んでいた暗黒物質が、温かな桜色の光粒子と新緑の芽吹きへと還元されていく。
「……あたたかい、なんだろう、すごく軽い。」
纏わりついていた憎しみが浄化されていく
「....そうか、...ボク……ここにいて……いいんだね……!」
抱きしめられていた暗黒人の子(核)の身体から漆黒の泥が剥がれ落ち、中から現れたのは、淡いピンク色の光を纏った、小さくて可愛らしい光の精霊の姿だった。
「ありがとう、ママ、パパ」
精霊が涙を拭い、夏美と冬樹の胸の中で嬉しそうに微笑む。
暗黒領域全体が、見渡す限りの満開の桜並木と青空が広がる「温かな春の星空間」へと生まれ変わっていったのだった。
絶対浄化の余韻が残る、新緑と桜の花びらに満たされた幻想的な星空が彼らを見守っていた。
黒い泥が綺麗さっぱり削ぎ落とされ、淡いピンク色の光を纏った可愛らしい姿へと変貌を遂げた暗黒人の赤子は、満面の笑みを浮かべると「ママ!」と叫び、夏美の胸元へと一直線に飛びついた。
「わっ……!?」
「な……夏美ィィィィィッ!?
離れろその宇宙人!! 夏美に馴々しく抱きつくんじゃない!!」
「夏美ちゃん! 大丈夫ですか!?
その子、変なことしませんか!?」
「やれやれ……助けた途端に夏美ちゃんの第一優先ポジションを奪われるとは、嫉妬しちゃうな♪」
両目に激しい血走りを見せるギロロ、苦無を握り直す小雪、そして実体化ペンをクルクルと回しながらも目元に微かな対抗心を覗かせる623。
三人の強烈すぎる視線を受けながらも、
夏美は飛びついてきた小さな光の精霊を愛おしそうに抱き抱え、優しく微笑んだ。
「ふふ、大丈夫だよ、みんな。
この子、もう誰も傷つけたりしないわ。
……ずっと寂しくて、寒かっただけだもんね?」
一方、冬樹のもとには西澤桃華とアリサ=サザンクロスが駆け寄っていた。
「冬樹君! 無事なのね!? 傷はない!? どこも痛くない!?」
「冬樹……無事で……よかった。闇の冷気は……もう、消えた」
「西澤さん、アリサちゃんも……ありがとう。僕も、姉ちゃんも……もう大丈夫だよ」
冬樹が温かく微笑むと、桃華は安堵のあまりへたり込み、アリサも静かに大鎌を引いて息をついた。
その時——N326アーク号の艦橋から、眩い桜色の光芒を全身に纏ったひとりの男性がゆっくりと姿を現した。
ホログラムの揺らぎが完全に消え去り、実体に近い圧倒的な神聖さを放つその姿——日向春(86)その人であった。彼を迎えたのは、デッキに佇むN326星人、そして腕を組んで微笑む日向秋だった。
「ただいま、苦労かけたね秋。本当にごめんね。」
「なんて事はないわよ春さん。ずっとあなたを信じてたもの。」
「…86。計画通り……いや、それ以上の結末だったな?」
「そうだね、326。君と秋、そして子供たちや最高の仲間たちのおかげだよ」
「春さん。……格好良いところ子供たちに見せられたじゃない」
「はは、秋には敵わないよ」
そしてケロロたちや夏美たちが宇宙船に戻り、父親の真の姿を目にした夏美と冬樹は、弾かれたように走り出し、そのまま春(86)の胸元へと飛び込んだ。
「父さん!!」
「お父さん……っ!」
春は両腕を広げ、愛おしい我が子ふたりを力強く抱きしめた。
その温かな手でふたりの頭を撫でながら、心からの愛を込めて呟く。
「二人とも……よく頑張ったね。本当に誇りに思うよ。最高の『春』を届けてくれて、ありがとう」
日向家の4人がいま、幾重もの時空を超えてひとつに揃う。
春(86)は優しく目を細め、故郷である地球(ペコポン)の方向を指し示した。
「さあ、帰ろうか。僕たちの愛する故郷へ。……まだ地球に、本当の『春』を届けなきゃね」
その言葉に応えるように、冬樹の胸の共鳴波長が微かに震えた。
「……父さん。聞こえるよ……地球が、まだ冷たい雪の下で寒さに震えている声が……」
夏美もまた、自身の胸元で神々しく脈打つ「原種の桜の開花光」にそっと手を当て、力強く頷いた。日向家の4人が互いに顔を見合わせ、深く頷き合う。
地球に帰還した一同は氷点下の極寒と深い雪に覆われていた地球をケロロ小隊が前代未聞の地球防衛作戦を繰り広げていた。
「ゲロゲロゲロ〜〜〜ッ! ペコポン全土の雪を溶かすには、これしかないであります! 超巨大・地球保温用コタツ『超ペコポンぬくぬく作戦』発動であります!!」
ケロロたちが作戦で作り上げたのは、東京タワーをも軽く上回る超巨大なコタツであった。膨大な熱線を放つコタツの温熱により、地球の分厚い雪がガラガラと音を立てて溶け始めていく。
「お父さん、見ててね?」
「大丈夫。見守ってるよ、夏美」
Sh2-86の真の力を覚醒させた夏美が、父・春から注ぎ込まれた純正の生命力を受け取り、背中に大きく広がった桜色の光の翼を空中で可憐に羽ばたかせながら、どこまでも高く跳躍した。
そして地球の上空へと舞い降りると、
全天へ向かって祈りを捧げるように両手を広げた。
「咲き誇れ……! あたしたちの……『春』っ!!!」
ズバアアアアアアアアアンッ!!!!!!
地球全体に無限の桜のが大地から出現し、光の粒子とともに花びらが宙を舞い散った。
氷で閉じ込められた世界からクローンでも人工の物でもない、地球古来のヤマザクラやクマノザクラ、
そして宇宙のゆりかごの光を宿した生命の花びらが、
全世界の空を、宇宙さえも美しく桃色へと染め上げられていく。
北極から南極、都市から大自然に至るまで、凍てついていた大地を一瞬にして眩い「春」へと塗り替えていく絶対の奇跡がおきた。
「な、なんだこれは……!?
桜……!? 空から桜が降ってくる……!?」
「ふわふわで綺麗な花びら……!
心の奥まであったかい光が満ちてくる……!」
見上げる世界中の人々。
舞い散る桜吹雪に触れた瞬間、人々の凍えた心と身体は解き明かされ、街中に温かな笑顔と歓声が広がっていった。
空中を浮遊する冬樹は地球全体が発する歓喜の声を受信していた。
そして、その遙か彼方——浄化され、遠い遠い宇宙の果てへと旅立っていったあの幼き暗黒人の子の声をも捉えていた。
《よかった!地球も綺麗になったね!
今度また2人に会いに行くね!》
冬樹は青空を見上げ、優しく呟いた。
「うん、待ってるよ」
刹那、宇宙と地球を包み込むほどの規格外の力を使い果たした夏美と冬樹の身体に、急激な反作用が押し寄せた。
「ふにゃ……?」
「う……あ……?」
二人の身体が眩い光に包まれたかと思うと、ポンッと縮み、可愛らしい「赤ん坊」の姿へと若返ってしまった。
「ゲゲ〜〜〜っ!?
夏美殿と冬樹殿が赤ん坊になっちゃったでありますーっ!?」
「クックック、sh2-86の力の副作用か、
……まぁ心配すんなぁ、こういう時のためのアイテムだぁ」
クルルが怪しく笑いながら『新・夢成長促進銃』を取り出し、二人に照射し光を浴びた二人は、瞬時にすくすくと元の等身、元の中学生の姿へと戻っていった。
元の年齢に戻った夏美は、再び宙へ舞い上がり、羽を伸ばして風に乗ろうとするがバランスを崩してしまう。
「うわっ?!どどどうしよう!!」
刹那、623は実体化ペンでジャケットに描き出した白銀の翼を羽織り、背にはためかせ、真っ直ぐに夏美の元へと飛翔し、彼女を腕の中に受け止めた。
「やあ、夏美ちゃん♪」
「む、623さん!?」
桜よりも真っ赤になる夏美を見て、
彼は悪戯っぽく、けれど最高に甘い微笑みを浮かべた。
「その……お、重いから下ろしてください……?」
「大丈夫大丈夫♪ それよりついにやり遂げたね」
「へ?」
「君は……地球だけじゃなくて、
全宇宙まで侵略(魅了)しちゃったみたいだね?
……流石、僕の夏美ちゃん♡」
「〜〜〜〜〜僕のぉっ!?」
直球すぎる言葉と同時に623は夏美のおでこに自分のおでこをすり合わせ夏美はキャウ!と叫び、顔は更に
真っ赤に染まった。
「む、623さんッ!? なに言ってるんですかーーーっ!!」
「なっ……何をやっているんだ623ーーーっ!!
夏美に顔を近づけるなアアアアッ!!」
後ろから猛スピードで飛んできたギロロが、狂気じみた叫びを上げながら二人の間に割って入ろうとする。
だが勢い余ってバランスを崩し、空中で盛大に脱線してしまい、夏美の頭の上へ一直線に落下しようとしていた。
「ぬわーーーーっ!? 落ちる! でも夏美ィィっ!!!」
「全く、世話のやける」
見かねたN326星人が息子を思い、気を利かせて空間を微修正し、絶妙な位置に移動させ、そんなギロロを623が実体化ペンで描いた光の縄でシュッと縛りギロロは空中で情けなく足の甲で宙吊り状態となった。
「はいはい、ギロロ。暴れないでね」
「な……夏美ィィィィィッ!
助け……いや、623離せぇぇぇっ!」
そしてジタバタするギロロの横をすり抜け、
夏美の前に東谷小雪が飛来した。
「夏美ちゃんっ! お帰りなさい!」
「きゃっ!? 小雪ちゃん!?」
小雪は思い切り夏美にぎゅっと抱きついた。
戸惑う夏美だったが、宙吊りのギロロ、苦笑いする623、そして抱きついてくる小雪の温もりに包まれ、胸の奥に宿るピンク色の光を優しく明滅させた。
「……ふふ。みんな……ただいま!」
最高の笑顔で応える夏美。
空からは、ピンク色に彩られた満開の桜の花びらが、どこまでもどこまでも舞い散っていた。
上空に浮かぶN326アーク号のデッキ。
舞い散る桜を見つめながら、
日向春とN326星人が静かに言葉を交わしていた。
「……フッ。見事なものだな、86。
お前の残した『種』と『絆』が、全宇宙の闇を救った」
「いいや、326。
僕が作ったんじゃない。
あの子たちが……地球という素晴らしい星で仲間たちと出会い、自分たちの力で選び取った未来だよ」
「……違いない。
これからも、あの青い星を見守るとしよう。」
「いや、もう暗黒人の件は済んだし、僕も実体も戻ったからそろそろ我が家に帰るよ」
「そうか、勝手にしろ」
「ははは本当に昔から素直じゃないね、326は」
「ふん」
二人の知者は温かな微笑みを交わし合い桜吹雪の宙空を見つめ続けた。
そして地上では、ピンク色に染まる公園のベンチで、ケロロ軍曹が冬樹の隣にひょっこりと姿を現していた。
「ゲロゲロ……いや〜、でもまさか日向家の冬樹殿と夏美殿が、Sh2-86とペコポンのハイブリッドだったとは……
我が輩、本当にびっくりでありますなぁ!」
ケロロが頭の後ろで手を組みながら、呆れ顔で笑う。
冬樹は舞い散る桜の花びらを手のひらで受け止め、優しく目を細めた。
「僕も……自分たちの血の秘密なんて全然知らなかったよ」
冬樹は、父・春から胸に送り込まれたあの温かい記憶と力を思い出していた。
(でも……今回の件で、よく分かったんだ。
父さん……僕らはみんな、外から見ればお互いに『宇宙人』で、最初は何も分からない存在なんだよね。
だからこそ……言葉を交わして、
お互いに少しずつ歩み寄って、惹かれ合っていくんだね)
冬樹は静かに隣のケロロを見つめ、心を込めて問いかけた。
「軍曹……僕たちの友情はこれからもずっと変わらないものだよね?」
ケロロは空を見上げ、満開の桜と青空を目に映しながら、ケロっと胸を張って答えた。
「当然であります!
言うまでもなく……『ずっとも』でありますよ、冬樹殿!!」
その言葉に冬樹は桃色の光を瞳の中に輝かせ
「だね!」と笑顔の花をさかせた。
「ゲロ♪」
そして二人の温かな笑い声が、ピンク色に彩られた春の風に乗って、どこまでも高く響き渡っていった。
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