ダイの大冒険 やはり俺がアバンの使徒なのは間違っている。   作:tomozow

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氷炎将軍フレイザード決着編 10

氷炎将軍フレイザードは、自らの本拠地へと帰還していた。自らがダイやポップ、そして八幡たちの圧倒的な気迫と成長の前に「このままでは勝負にならない」という事実を、冷徹に悟りつつあった。

――人間ごときが、この俺を追い詰めるだと?

怒りが沸き起こるはずの状況だった。しかし、フレイザードの歪んだ口元は、なぜか愉悦に満ちたようにニヤリと裂けていた。瞳には狂気と戦闘欲の炎がぎらぎらと燃え盛っている。

「ちっ……面白れぇじゃねえか。クソったれな人間どもが……!」

フレイザードは吐き捨てるように、しかし心の底から楽しそうに呟いた。

「俺様は別に、『勝ちたい』わけじゃねえんだよ……! ただ、テキトーな雑魚どもに『負ける』のが、死ぬほど我慢ならねえだけだ……っ!」

その背後、不気味な魔力の気配とともに足音が響いた。

「どうした、フレイザード。いつになく楽しそうじゃないか。人間風情に苦戦しているように見えるがね」

振り返れば、冷徹な笑みを浮かべた魔軍司令部・ザムザが、不気味な実験道具を従えて姿を現していた。

フレイザードは血走った目を細め、ニヤリとさらに笑みを深くする。

「……ひゃはっ、ちょうどいいところにきやがった。ザムザ、お前のおもしろいオモチャ、今すぐここで試してみねえか。俺様によ……!」

 

 

 

ザムザは怪しげなフラスコを片手に、ジロリとフレイザードの異様なまでの闘志を値踏みするように見つめた。

「……本当にいいのか、フレイザード。その力づくの賭けに出れば、お前のその半身のバランスは完全に崩れるぞ。後悔しても知らんがね」

その警告めいた問いかけに、フレイザードは冷笑を浮かべ、熔岩と氷の入り混じった片腕を乱暴に鳴らした。

「良いも悪いもねえよ。ハドラー様も理屈も知ったこっちゃない……これが俺の生き様だ。これが、俺よ!」

その剥き出しの狂気と泥臭いまでの執念を目の当たりにして、ザムザはふっと息を呑み、それから皮肉げに、しかしどこか納得したような笑みを浮かべた。

「……そうか。お前らしいといえば、全くその通りだな」

ザムザは夜の闇に紛れるようにぽつりと呟いた。

「お互い、生まれる場所というのは……選べぬものだな」

その言葉の裏にある、それぞれの出自や抱える歪み。それをあえて深く詮索することなく、フレイザードはフッっと鼻を鳴らし、ザムザの肩を荒々しく叩いた。

「へっ、違えねえな。……くだらねえ理屈をこねるだけの連中より、お前みたいな変態野郎のほうがよっぽどマシだぜ」

冷酷非道で知られる氷炎将軍と、狂気の魔道科学者。

誰からも理解されず、あるいは互いに損得勘定だけで動いているはずの者同士の間に、奇妙なまでの連帯感と、歪で確かな「友情」がそこにあった。

 

荒野の風が吹き抜ける中、ダイ、ポップ、ヒュンケル、そして八幡のパーティは、万全のコンディションで戦闘態勢を整えていた。長旅と過酷な特訓を経て、それぞれの気迫は研ぎ澄まされている。

その前に、不意に空間の歪みとともに、圧倒的な熱と冷気が立ち込めた。

「……っ!」

警戒を強める一同の視線の先、不気味な笑みを浮かべて現れたのは、氷炎将軍フレイザードその人だった。周囲に魔物の手下の姿はない。完全な単独行動だ。

ポップが冷や汗を拭いながら身構え、八幡はジト目で相手を観察しながら声を飛ばした。

「手下を引き連れてないとはな。いったいどういう風の吹き回しだ、フレイザード」

その問いに、フレイザードは片腕を軽く振り上げ、どこか吹っ切れたような不敵な笑みを返す。

「いや、ほんの気まぐれよ。……別に、お前ら全員まとめて相手にしてやってもいいんだがな」

フレイザードはギラギラと戦闘欲に満ちた目を据えると、あえてフッと鼻で笑ってみせた。

「だが、こっちは一人だ。そっちはどんだけいんだよ?いくら俺様でも、ガキどもから総出でタコ殴りにされるのは絵面が悪いだろ。仮にも勇者御一行なんだからよ。……いいぜ、俺に一発かましたい欲張りな奴は、そこから3人出てきな」

その挑発に乗るように、まずヒュンケルが静かに一歩前へ出た。続いて、ポップも気合を入れ直して杖を構え、ダイも負けじと前に出ようとする。

しかし、ダイの肩をポンと軽く叩き、さらにその前へと歩み出たのは八幡だった。腰のポーチから薬草を取り出しながら、八幡は振り返りもせずに言う。

「ダイ、お前は今度な。……たまには、兄弟子のカッコいい姿ってやつを見とけっての」

「えっ……?」とダイが目を丸くする。八幡のその言葉の意図を汲み取ったヒュンケルは、静かに目を細め、決定的な因縁で結ばれたかつての同胞――フレイザードを見据えた。

かつてアバンの使徒として、そして魔軍の将として激突した因縁の相手。ヒュンケルの纏う闘気が一段と鋭さを増す。

「……そうか。なら、俺が最初にその面を叩き割ってやる、フレイザード」

ヒュンケルの低い声に、フレイザードは全身の炎と氷をバチバチとスパークさせ、狂気に満ちた笑みを深くした。

「ひゃはっ……! アバンのバカ弟子共が! 来なっ!」

 

戦闘が開始されるやいなや、ポップがすかさず杖を掲げ、変幻自在の呪文で戦場を切り裂いた。

「もたつくなよ、いくぞ! 『イオラ』!」

連続して放たれた爆発の光がフレイザードの周囲を囲み、激しい砂塵と衝撃波で視界と動きを完全に撹乱する。

しかし、その猛攻の中でフレイザードは不敵に笑い声を上げた。

「ほう……いい選択だ、ガキ! ここに来てメラ系やヒャド系を撃つ奴は二流よ……!」

爆風と閃光の網を、フレイザードは圧倒的な反射神経と肉体で軽々とくぐり抜けていく。その隙を逃さず、爆風の向こうから鋭い気迫を纏った刃が閃いた。

「フレイザード!」

ヒュンケルが踏み込み、習得したばかりの闘気技――「空烈斬」を一直線に叩き込む。風を切り裂く真空の刃が、フレイザードの胴体中央を正確無比に捉え、凄まじい衝撃音が響き渡った。

直撃――しかし、砂塵が晴れたそこに立っていたフレイザードは、涼しい顔で腕を組み、かすり傷一つ負っていない様子だった。

「……っ! なんだと……?」と、ポップが息を呑む。

フレイザードは冷ややかな笑みを浮かべ、ヒュンケルをあざ笑うように首を振った。

「甘いぜ、ヒュンケル。お前が俺の身体のどこかに眠る『コア』を狙ってその小手先の技を撃ってるのはお見通しだ。だがな……俺のコアがいつまでも同じ『一定の位置』にあると思うなよ?」

フレイザードの肉体は常に高熱のマグマと冷気のブリザードが流動し、その心臓部であるコアもまた体内を自在に移動している。

「そんな慣れない剣技の軌道で、この俺を捉えられるかよ!」

フレイザードが豪快に腕を振るい、凄まじい熱波のカウンターを放とうとしたその瞬間――彼の視線は、一瞬だけ別の場所を捉えていた。

(……で、もう一人の曲者、あのひねくれた不気味な野郎は……?)

戦闘の主導権を握りながらも、フレイザードの冷徹な目は、あえて前線に出ず、冷静に次の手を計る八幡の動向を鋭く観察し続けていた。

 

 

 

フレイザードがヒュンケルを挑発し、周囲を牽制しながら隙を探るその一方で、一歩引いた位置に陣取る八幡もまた、冷ややかな目でフレイザードの動きを克明に観察していた。

ただの戦闘力や魔力の出どころではない。八幡が見ているのは、その「心理」だった。

(こないだ戦った時と、明らかに雰囲気が違う……。切羽詰まった焦燥感ってわけでもなさそうだし、かといって余裕綽々で舐めてるだけでもない。……なんだ、この妙に吹っ切れたような、悪趣味なまでの高揚感は)

フレイザードの纏う異様な空気の正体を脳内で精査していたその瞬間、八幡は迷うことなく懐から魔弾銃を抜いた。

「おい、ヒュンケル。ちょっと的になってくれ」

乾いた銃声とともに、八幡が放った魔法の弾丸がヒュンケルの背中を正確に捉える。着弾の瞬間に展開されたのは、見えない障壁だった。

「――『フバーハ』!」

続けて、すぐ隣で態勢を立て直そうとしていたポップの足元へ向け、もう一発撃ち込む。

「ポップ、お前は防御を固めとけ。『スクルト』」

味方の耐性と守備力を一瞬で底上げするその弾丸に、前線にいたヒュンケルとポップがわずかに目を見開く。それらはすべて、かつてパプニカの王女やエイミたち仲間が、戦う彼らのために祈りを込めて託してくれた魔法の数々だった。

「なっ……!? 今の魔法は……!」とポップが驚きの声を上げる。

離れた位置でその光景を目撃したフレイザードは、思わず動きを止め、不気味に歪んだ顔を険しくさせた。

「……んだと? 詠唱もなしに、あんな遠くから一瞬で防御呪文を重ねがけしただぁ……!? 魔導士でもねえあのひねくれ野郎が、一体どうやって……!」

他人の魔法を使う。魔弾銃を見たことがないフレイザード。そんな変則的で泥臭い支援戦術の裏にある意図を計りかね、フレイザードの眉間に深いシワが刻まれるのだった。

 

ポップが杖を突き出し、巨大な魔力の塊を凝縮させる。

「くらえっ! 『メラゾーマ』!!」

放たれた灼熱の業火が、圧倒的な熱量を伴ってフレイザードの正面へと直撃コースで突き進む。そして、その猛火のに乗せる形で、ヒュンケルが凄まじい気迫を纏って脇から踏み込んだ。

「オレのすべてをこの剣に乗せる……! 『業火炎大地斬』!!」

ポップの炎の魔法と、ヒュンケル自身の闘気が生み出す灼熱の斬撃。正面と側面の挟み撃ちに、フレイザードは鼻を鳴らして両腕をクロスさせ、全身を硬質な氷と岩の装甲で固めた。

「アホが! どんな大技を重ねようが、今の俺の防御を突破できるか……!」

真正面からの猛攻を防ぎきろうと、フレイザードが全神経をそちらに集中させたその瞬間――。

死角となる真横の空間がゆらりと歪み、冷ややかな目を向けた八幡の姿が滑り込むように現れた。手に握られた剣が、鋭い軌道を描いてフレイザードの「今の防御の隙間」を正確に抉り抜く。

「っ……! なんだと……!?」

直撃した衝撃に、フレイザードの巨体がわずかによろめき、その表面に亀裂が走ってマグマの飛沫が飛び散った。

「ぐっ……ぁ……!」

わずかにダメージを受けたフレイザードは、苦悶の表情を浮かべるどころか、かえって狂気に満ちた笑みを一層深くして八幡を睨みつけた。

「……ひゃはっ! やるじゃねえか、おい。正面の派手な攻撃で見せかけの注意を引きつつ、本命の隙をピンポイントで突くその泥臭い一撃……。お前、中々性格悪いな!」

痛みを堪えながらも、フレイザードはどこか嬉しそうに歯をむき出しにして笑う。

「……気に入ったぜ、その悪党めいた立ち回り!」

その言葉に、八幡は冷ややかに剣を構え直しながら、まったく動じずに肩をすくめてみせた。

「褒めるなよ…照れるだろ」

その飄々とした返答に、フレイザードは「面白えぜ…!」と再び炎と氷の闘気を爆発させ、戦闘の熱をさらに最高潮へと引き上げていくのだった。

 

「くらえっ、『イオラ』!」

ポップがすかさず放った連続の爆破呪文が、再び戦場を激しい閃光と砂塵で包み込む。

その猛攻に対し、フレイザードは鼻を鳴らして吐き捨てた。

「ワンパターン野郎が……それしか芸がねえのかよ!」

爆煙を掻い潜り、強烈なカウンターを叩き込もうと身構えるフレイザード。しかし、その視界を塞ぐ濃い煙幕の中こそが、彼らの本当の狙いだった。

「――そこだ!」

視界の効かない死角から、ヒュンケルが研ぎ澄ませた闘気を一点に集中させ、真空の刃を放つ。

「『空烈斬』!!」

目に見えないほどの超高速の斬撃が、フレイザードの予測をわずかに外れた軌道から突き刺さる。直撃こそ免れたものの、移動したはずの体内のコアをかすめ、フレイザードの巨体が大きく揺らいだ。

「っ……!? なんだと……!」

動揺が走ったその瞬間、煙幕の裂け目から、さらに鋭い気配が滑り込む。

「――終わりだ、フレイザード」

そこにいたのは八幡だった。構えた剣の切先から圧倒的な闘気が迸る。アバンの使徒たちだけに許されたはずの究極の奥義が、ひねくれた社会人の手によって冷徹に紡ぎ出される。

「『アバンストラッシュ』!!!」

閃光のごとき一撃が、直撃コースでフレイザードの懐へと突き進む。

しかし、百戦錬磨の氷炎将軍は、その土壇場で不敵な笑みを浮かべていた。

「――読んでらあ、そんな大技!」

フレイザードは回避と反撃を同時に兼ねた得意の秘技――「氷炎爆花散」を全解放する。周囲に飛び散る氷と炎の爆風を盾にしながら、八幡の放ったアバンストラッシュの軌道をギリギリで躱し、そのまま鋭い冷気と熱波のカウンターを八幡へと叩き込んだ。

 

 

氷炎爆花散の強烈な反撃を受け、八幡はわずかに体勢を崩しながらも、素早く懐から薬草を取り出して口に放り込む。その傍らで、ヒュンケルやポップもあらかじめ配られていた薬草を使い、荒い息を整えながらすぐに態勢を立て直した。

一瞬の隙も許されない緊迫した戦場。その空気が、さらに凍り付くような重圧へと変わる。

不気味な黒い闇の衣を纏った人物が、音もなく空間の裂け目から現れた。――魔影参謀ミストバーンだ。

ミストバーンは無機質な眼差しで戦場を見渡し、低く抑えた声でフレイザードに告げる。

「……遊びは終わりだ、フレイザード。苦戦しているようだな。……この『暗黒の闘気』の鎧を使え」

そう言って、ミストバーンは闇に包まれた禍々しい鎧――「鎧の魔装」を地面に放り置いた。それを身に纏えば、圧倒的な防御力と闇の力を得られるはずだった。

しかし、フレイザードはその鎧を一瞥すらもせず、冷めた笑みを浮かべる。

「アホが。そんなもん要らねえよ」

ミストバーンは仮面の下の瞳を細め、無言のまま冷たい圧力を放つ。だが、フレイザードは臆することなく、むしろ吐き捨てるように言い放った。

「お前にはわからねえだろうよ、ミスト。……身体一つでこいつらとやり合う面白さ、ヒリつきがよ」

ミストバーンの忠告を完全に無視し、フレイザードはふっと鼻で笑う。

「そもそも、こんなデカブツの鎧を着こんだところで、今のこいつらの連携に通用するかよ、……下手に着込んだら、かえって的がデカくなるだけよ」

フレイザードはガキ共を値踏みするように睨み据え、ミストバーンに向かって低く、しかしハッキリと言い放った。

「――手ェ出すな、ミスト。これは俺の楽しみなんだよ」

 

冷徹な分析を貫いてきたフレイザードの表情に、初めて決定的な影が落ちる。

「とは言え……もう長くねえな。どうあがいても、今の俺じゃこいつらには勝てねえよ。……限界までパワーを引き上げたがな」

自嘲気味に、しかしどこか晴れやかな狂気を孕んだ笑みを浮かべ、フレイザードは自らの胸元へと手をかけた。

「なら……もっと限界、越えるか」

ガキ共の連携を打ち破るためではなく、自らの限界そのものを焼き尽くすかのように、フレイザードはその胸に埋め込まれていた「暴魔のメダル」を引き抜いた。

「もう……いらねえよ、こんなもんは」

その瞬間、戦場に居合わせた者たちは一様に息を呑み、絶句した。

ヒュンケル、クロコダイン、そして事態を見守っていたミストバーンまでもが、あまりの常軌を逸した行動に目を見開く。あのメダルはフレイザードの誇りそのもの。存在を証明する勲章。それを捨てた。

暴魔のメダルを外したフレイザード。凄まじい魔力を暴走させ、全身がまばゆい光を放ち始める。

(――来る……!)

ただの自暴自棄ではない、命を削り切った最後の一撃を直感した八幡は、迷うことなく仲間たちの前へと一歩踏み出した。

 

「フレイザード……っ!」

ヒュンケルの絶叫に重なるように、クロコダイン、駆けつけたマアムやレオナの声が荒野の風にかき消されていく。

だが、暴走する魔力の光に包まれたフレイザードは、ただ歪んだ笑みを張り付かせたまま突進の構えをとる。

ポップとダイは、その圧倒的な破滅の気配を前に息を呑み、静かに、しかし逃げずにその光景を見据えていた。

そんな中、八幡は一歩も引かず、自らの全闘気を一点に集中させる。

(……あの光は.....)

構えた剣の切先を、フレイザードではなく、あえて足元の地面へと鋭く突き立てる。

全身全霊を込めた、フルパワーの「アバンストラッシュ」――そのエネルギーの矛先を、前方への大地へ叩き込んだ。

「――ッ!!」

轟音とともに、足元から凄まじい爆風と土煙がフレイザードへと吹き荒れる。

大地が割れ、暴走した魔力の余波と激しい衝撃波が衝突したその瞬間、フレイザードの周囲を取り囲んでいた無数の岩や砂埃、すべてが爆風の渦に巻き込まれて跡形もなく消し飛んだ。

「なっ……!?」

視界を覆っていたすべての障害物が一瞬にして消失し、周囲が嘘のようにクリアに切り替わる。

その圧倒的な状況変化に、戸惑うヒュンケルたち。突進していたフレイザードは視界が遮られるが止まらない。しかし爆風の中、視界と感覚が鈍る――その隙を、八幡は見逃さない。

爆風の吹き抜ける白煙の中、八幡はフレイザードの懐へと思い切り飛び込み接触する直前、

「……じゃあな、フレイザード」

フレイザードを包む光を八幡が弾き返す。

光はフレイザードの身体の中心の大部分を貫き、消滅させた。フレイザードの全身を駆け巡っていたマグマと冷気が、その瞬間、ぴたりと動きを止める。

彼の身体の中心――すべての源であった「コア」もまた、完全に消滅した。

「……っ、が……あ……」

フレイザードの口元から零れ落ちたのは、言葉ではなく、ただの消えゆく魔力の粒子だった。

 

八幡の全身は、あらかじめ密かに展開していた強力な呪文――「マホカンタ」の透明なヴェールに包まれていた。

暴走したフレイザードが纏っていた光のエネルギーは、その反射障壁に触れた瞬間、カウンターの光線となってフレイザード自身の巨体にそのまま跳ね返る。

 

フレイザードの硬質な肉体は内側から耐えがたい高熱と冷気に侵され、まるで蝋のようにドロドロと溶け出していく。

その崩れゆく巨体を前に、八幡は冷ややかに剣を下ろした。

フレイザードは苦悶の表情を浮かべるどころか、むしろ笑みを浮かべ、溶けかける視線を八幡へと向ける。

「……はっ、はは……。お前、……悪魔かよ……?」

その称賛とも呪いともつかない言葉に、八幡は小さく息を吐き捨てる。

「お前ほどじゃないさ。……そのめちゃくちゃな力を手に入れるために、ずいぶんと無茶をしたんだろ?」

痛いところを突かれたように、フレイザードはわずかに表情を歪め、そしてフッと自嘲気味に息を漏らした。

「……ふん。……おい、ひねくれ野郎」

「んだよ」

「今度生まれ変わる時は……魔族にでもなりやがれ」

消えゆく意識の中で、フレイザードは不敵に言い放つ。

それに対し、八幡は一切の迷いなく即答した。

「……お前こそ、次は人間にでも生まれ変わるんだな」

その言葉を聞いたフレイザードは、最後にふっと満足げな、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。

「……ゴメンだね…」

 

自らのコアを砕かれ、身体が溶け行く中で、氷炎将軍は不敵に、しかしどこか奇妙な興味を宿した目を向けてきたのだ。

『お前の名は?』

崩れ落ちていくフレイザードに、八幡は冷ややかに、しかしはっきりと名乗った。

「――比企谷、八幡だ」

その名を噛り締めるように、フレイザードの口元がわずかに歪む。

『……ハチマンか。忘れようがねえ、ふざけた名前だな』

 

その言葉を最後に、氷炎将軍フレイザードの身体は完全に光の粒子へと変わり、風の中に跡形もなく消え去っていった。

 

「……よく言われるよ」

 

――静寂が戻った荒野。

何が起きたのか瞬時に理解できず、ヒュンケル、ポップ、ダイ、そして駆けつけた仲間たちは、ただ呆然と立ち尽くしたまま、フレイザードが消えた空間を見つめ続けるのだった。

 

静まり返った荒野に、ヒュンケルの掠れた声がぽつりと落とされる。

「……いったい、あれはなんだったんだ……?」

誰もがフレイザードの最期の不可解な消え方に言葉を失う中、八幡は納刀した剣に手をかけたまま、淡々と呟いた。

「あれは消滅呪文だ。触れるものみな塵も残さず消え去る……それを身体に纏っていた。本来なら、今のフレイザードがコントロールできる呪文じゃない。使った時から崩壊が始まっていたはずだ」

「自滅……ってことなのか……?」

クロコダインが険しい顔で腕組みをして唸る。

それに対し、八幡は首を横に振った。

「いや、違うな。あいつは……いつの間にか、誰かに作り出されて、この世に放り出された。……自分の寿命も限界も、勝てないってことも、最初から分かってやがったんだよ」

八幡はフレイザードが消え去った虚空を見つめ、どこか皮肉な、けれどかすかな敬意を帯びた目を細める。

「……勝ちたかったわけじゃねえ。ただ、何がなんでも『負けたくなかった』んだろうよ、あいつは」

誰かに仕組まれた運命の中で生まれ、散っていった不条理な怪物。

しかし、その最期まで自分の意地とプライドを貫き通した。

「……あいつは作られただけの存在だったが、それでも最後に『生き抜いた』。……やれやれ、ほんと厄介な野郎だぜ」

どこか寂しげで、しかしどこかすっきりとした声音で、八幡は小さく呟いた。

「……まったく、嫌いになれねえな、あんな生き様は」

 

静まり返った戦場の中で、ポップはまだ整理し切れていない脳みそをフル回転させながら、目の前のひねくれた男へとよたよた歩み寄った。

「な、なあ……八幡!」

ポップは信じられないものを見る目で声を荒らげる。

「お前、さっきのあの土壇場で……一体どうやってあんな完璧なカウンターを狙えたんだよ!? そもそも、なんで最初から『マホカンタ』を自分に身にまとってたんだ!?」

その問いに、八幡は面倒くさそうに片手で首筋を掻きながら、フッと息を吐いた。

「――こないだ、マトリフの爺さんからな。消滅呪文について、嫌ってほど聞かされたのさ。『あんなもん直撃したら跡形も残らねえから気をつけろ』ってな。……当然、その防ぎ方も合わせて仕込まれたってわけだ」

「マトリフの師匠から……!?」と、ポップは目を見開いて絶句する。

「あいつが本気で行き詰まった時、何をするかなんて想像に難くねえよ。万が一、あの野郎が自暴自棄になってそれを使えたら、ここにいる全員まとめて消し飛んでゲームオーバーだ。だから、保険として直前に、な」

「直前にって……お前、そこまで先の展開を全部読んでやがったのかよ……っ!」

ポップが冷や汗を流しながら仰天すると、八幡は肩をすくめていつものジロリとした目を向けた。

「バカ言え。そんな先の未来が完璧に予測できるかよ。ただの最悪のシナリオを想定した『予防線』に決まってんだろ。……まあ、見事に当たりすぎてこっちが一番ビビったけどな」

八幡のその飄々とした返答に、ポップは「お前なあ……」と脱力したように大きく息を吐き出すしかなかった。しかしその表情には、恐るべき洞察力と冷徹な判断力で仲間を救った男への、確かな安堵と信頼が浮かんでいた。

ふと、八幡はふっと視線を落とし、かつて強敵が立っていた空間を見つめ直した。

荒涼とした風が吹き抜ける中、八幡は静かに、しかしどこか重みのある声でぽつりと呟いた。

「……ま、なんだかんだ言ってさ。強い男だったよ、あいつは」

その八幡の言葉を遮る者は、誰一人いなかった。

ヒュンケルも、ポップも、ダイも、そして駆けつけた仲間たちも皆、黙ったままそれぞれの胸の中で、あの狂気と意地を貫いた氷炎の将軍の背中に思いを馳せていた。

 

 

一息ついた戦場の空気の中で、マアムはふと腰のあたりに違和感を覚え、思わず自分のポーチや装備を確認した。そして、目を見開いて声を上げる。

「ちょっ……! ちょっと待って八幡!? 私の魔弾銃、いつの間に持ってたのよ……っ!」

マアムの腰から華麗に(そして勝手に)抜き取られていた魔弾銃を、八幡はまるで自分の物のようにクルクルと手元で回しながら、悪びれる様子もなくしれっと差し出した。

「ん、あぁ。ちょっと前線の火力が足りなそうだったからな。一時的に拝借した。すまんな」

「すまんで済む話!? 勝手に人の武器を持ち出さないでよ!」

「まあ、結果的に助かったんだから良いだろ」

マアムはあきれ果てたように頬を膨らませ、やれやれと肩を落とした。

「……まあ、結果オーライだから良いけどさぁ……」

そのやり取りをそばで見ていたポップは、乾いた笑いを浮かべながら頭を抱えた。

「おいおい……こいつ、マジで勝つためなら手段を選ばねえな……。敵の意表を突くだけじゃなくて、味方の装備まで勝手に徴発するとか、もうどっちが魔王軍だか分かんねえぞ」

「今更だろ。死なねえためなら何でもするぞ、俺は」

八幡は面倒くさそうに片手をヒラヒラと振ってみせた。

しかし、その場であの激闘の全一部始終をじっと見つめていたダイは、八幡の戦い方を思い返して、小さく身震いをしていた。

力任せの正面突破ではなく、心理を読み、事前の罠を張り、味方の配置を整え、さらには味方の装備や呪文すらも戦術のピースとして完璧に組み込んで勝利をもぎ取る。かつてのダイには思いもよらなかった、泥臭くも圧倒的に合理的で、かつ優しさすら内包された戦闘の組み立て方。

(八幡は……ただ強いだけじゃない。戦いの全体の流れを、何手も先まで支配してるんだ……!)

ダイの胸の中で、これまで凝り固まっていた「戦いとはこうあるべきだ」という枠組みが、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

力と正面からのぶつかり合いだけではない、戦術と心理の駆け引き。その深淵を目の当たりにしたことで、ダイの中で急速に闘いの幅が広がり、世界を見る視野がパッと鮮やかに開けていくのだった。

 

激闘の余韻が冷めやらぬ中、張り詰めていた空気がふっと緩み、戦場の一角にはいつの間にか陽気な焚き火と賑やかな宴の気配が立ち込めていた。

「まあ、堅い話はここまでだ。無事に生き残ったことだし、盛大な祝杯といこうぜ!」

クロコダインの豪快な掛け声に合わせ、遅れて合流したバダックさんが手際よく酒や料理の準備を進めていく。乾いた荒野に、仲間たちの笑い声とグラスがぶつかる軽快な音が響き渡った。

火の囲みの中で、ヒュンケルは静かに酒杯を傾けながら、隣に座る八幡に目を向けた。

「……今回の戦い、お前の立ち回りからは学ぶところが多かった。力任せではなく、戦況全体を支配するあの視野の広さ……俺にはまだ足りない部分だ」

その言葉に、八幡は缶詰の肉を箸でつつきながら、やれやれといった風に首を振った。

「やめてくれよ、買いかぶりすぎだ。俺はお前みたいに一撃で大地を両断するような強力なパワーなんて持ってないんだからさ。頭使わなきゃ、一瞬で消し飛ぶのはこっちの方だろ」

そのやり取りを聞いていたクロコダインは、腕を組んで豪快に笑い声を上げた。

「ガハハ! おいおい八幡、謙遜するな。そういえば、さっきの戦いで見せたあの絶妙なタイミングのカウンターの前、アバンストストラッシュでの爆風……。もしや、以前俺と戦った時に受けた『獣王痛恨撃』の使い方をそのままマネてみせたのか?」

クロコダインの鋭い指摘に、八幡はわずかに頬をポリポリと掻き、隠そうともせずにニヤリと笑った。

「おっ、バレたか。いやあ、一度食らった技の仕組みってのは、意外と身体が覚えてるもんでな」

「味方の技どころか、かつての敵の必殺技まで平然と盗んで自分の手札にしやがる……お前、本当に底が知れねえな!」

ポップが呆れたように声を上げ、周囲の仲間たちからもクスクスと笑いが漏れる。

知略を巡らせ、他人の技やアイテムすらも柔軟に戦術へと昇華させる――どこまでもひねくれていて、けれど誰よりも確実に仲間を守り抜く男を囲み、宴の灯火は夜更けまでいつまでも終わることはなかった。

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