ダイの大冒険 やはり俺がアバンの使徒なのは間違っている。   作:tomozow

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竜王篇 ロト誕生編 19

運ばれてきた湯気の立つお茶を啜りながら、竜王はどこか遠くを見るような目で語り始めた。

「100年ほど前のことだ。お前と瓜二つの男と王女、それに黄色いスライムとゴーレムのパーティーが、この城に乗り込んできてな……」

八幡は出されたお茶をゴクリと喉に流し込みながら、心の中でツッコミを入れた。

(……黄色いスライムとゴーレム? それ、完全にゲームのドラクエ1の仲間……いや、なんなら『ちいかわ』とかの珍道中みたいな妙なメンツじゃねえか。てか王女まで引き連れて何やってんだよその八幡は)

「奴らは私に『願いを叶えてほしい』と言ってきたのだ。だから条件を出した。『私に一太刀浴びせることが出来たら、願いを聞いてやろう』とな。そしてそのまま一戦交えたというわけだ」

(……昔から根っからのバトルジャンキーかよ、この竜王様は。力こそパワーみたいな価値観、魔王軍の奴らと変わらねえな……)

八幡が呆れ顔で湯呑みを置くと、隣で話を聞いていたラーハルトが真剣な表情で身を乗り出した。

「……それで。その、八幡殿と名乗る男は……貴方に勝ったのですか?」

竜王は静かに目を閉じると、ゆっくりと一度だけ深く頷いた。

「「「……ッ!?」」」

その場の全員に激震が走った。

あの圧倒的な力を誇り、自分たち三人を瞬殺した伝説の竜王に対し、かつての「八幡」は勝利したというのだ。クロコダインは目を見開き、ラーハルトも絶句して八幡の顔を二度見する。

八幡自身も「いやいやいや、マじでかよ……」と冷や汗を流すしかなかった。

「そう……思い返せば、奴もそこのスライムと非常によく似た、妙な黄色いスライムを連れていたな」

竜王は長い指先で、八幡の肩のあたりでパタパタと翼を揺らしていたゴメちゃんをスッと指差し、懐かしむように目を細めたのだった。

 

「羽は生えていなかったがな。……だが、八幡の使っていた剣は、思えば実に貧相ななまくらだった」

竜王は静かに茶杯を傾け、100年前の遠い記憶を手繰り寄せるように言葉を紡ぐ。

「私の放った魔法の直撃を受け、八幡は死の淵に立った。その時だ。連れていた黄色いスライムが、主を救おうと必死に回復呪文を唱えたのだ。……だが、分不相応な高度な回復呪文に、その小さな身が耐えきれなかったのだろう。スライムは己の体を維持できず、その場でドロドロに溶けてしまってな」

「……っ!?」

ゴメちゃんが怯えたように八幡の首元に擦り寄ってくる。八幡はゴメちゃんを優しく撫でながら、竜王の奇妙な昔話に耳を傾けた。

「命と引き換えに放たれた回復の光と、溶け落ちたスライムの聖なる液体……それが、八幡の手にしていた貧相な剣の刀身にねっとりと纏わりついたのだ。するとどうだ。なまくらだった鉄くずがまばゆい光を放ち、私の竜鱗をも容易く切り裂く『凄まじい切れ味の名刀』へと変貌を遂げた」

竜王は己の手に残る古傷を慈しむように見つめ、小さく首を横に振った。

「……思えば不可思議な現象であった。愛玩の魔物が起こした奇跡か、それとも奴の執念が呼び寄せた魔導の変異か……」

「……スライムが溶けて、剣に纏わりついて名刀になった……?」

八幡は自らの腰にある『ロン・ベルク』の柄に手を置き、ゴックンと息を呑んだ。

(……待て待て待て。それってまるで『ダイの剣』におけるオリハルコンやゴメちゃんの奇跡みたいな、極限状態での武器の進化じゃねえか……。100年前の俺(仮)も、相当無茶な修羅場を潜り抜けてたってことかよ……)

「ぬうう……愛する魔物の命を賭した祈りが、剣に宿ったというのか……」

クロコダインが感極まったように太い腕で涙を拭い、ラーハルトも重々しく深く頷いている。

「で……その『願い』ってのは、一体何だったんですか?」

八幡が一番の核心を尋ねると、竜王は深紅の瞳を怪しく光らせ、意味深な笑みを浮かべたのだった。

 

「……当時の私には、その願いの意味がまったく分からなかった」

竜王は静かに茶杯を置き、遠い目をして続けた。

「奴の願いはこうだ。『俺とたまに戦って互いを高め合おう。そして――100年ほど経った時に【バラモス】、【シドー】という名を聞くことがあったら、人間を守ってやってくれないか?』とな」

「……ッ!?」

八幡の背中に、ゾクリと冷たいものが走った。

バラモス、そしてシドー。

それらはドラクエの歴史において、アレフガルドやその上の世界を絶望に陥れた大魔王や破壊神の名だ。

「……実際に、近年になってその名を聞くことがあるとはな。奴は未来を知っていたのか……? 実に不可思議な男であった」

竜王は深紅の瞳を八幡に向け、静かに腕を組んだ。

(……おいおいおい、待て待て待て! 100年前の八幡(仮)のやつ、完全にドラクエのストーリー展開を知った上で、竜王を『人類側の味方(あるいは抑止力)』としてスカウトしにきてたのかよ……!?)

八幡は冷や汗を拭いながら、自分の頭の中で歴史の歪みが繋がっていくのを感じていた。

もし100年前の男が自分と同じ現代の知識を持っていたとしたら――そいつは自分がここに来ることまで計算に入れて、竜王という破格の保険をこの世界に残していったことになる。

「ぬうう……! 将来現れるであろう未知の脅威を見越し、あらかじめ竜王殿と同盟を結んでおくとは……! なんという先見の明、なんという深謀遠慮だ……!」

クロコダインが感極まったように太い拳を握り締め、ラーハルトも重々しく頷く。

「……八幡殿。お前という男の真価、俺はまだ何も理解していなかったのかもしれんな」

「いやいやいや! 違うから! 俺じゃないから! 100年前のプレイヤ――じゃなくて、過去の八幡が勝手にやったことだから!」

八幡は全力で手を振って否定したが、二人の熱い尊敬の視線はもはや収まりそうにない。

「まあよい」

竜王はふっと口元を緩め、静かに立ち上がった。

「奴との約束だ。もし世界を揺るがす危機が訪れるならば、私も黙って見過ごすつもりはない。……八幡よ、お前があの男の生まれ変わりであろうとなかろうと、その剣と意志、見せてもらったぞ」

お茶会という名の異様な対話が終わりを告げようとしていた。

過去の自分(?)が残した規格外すぎる置き土産に呆れつつも、八幡は腰の『ロン・ベルク』を力強く握り直すのだった。

 

 

「……まあ、奴は願いを言った後、ろくに間もおかずに煙のように消えてしまったがな」

龍神――いや、元・竜王は懐かしむように、どこか呆れたような息を吐いた。

「だが、奴の願いの半分は既に聞き届けたぞ。私はこの100年余りの間、己をどこまでも鍛え上げた。……結果、件の【バラモス】だの【シドー】だのが現れた折には、片手で捻り潰してやったわ」

「「「……片手で!?」」」

あまりにもあっけらかんと語られた衝撃の事実に、八幡たちの顎が外れそうになる。

あのドラクエ世界の絶望の象徴たる魔王や破壊神を、まるで蚊でも叩き落とすかのように片手で処理していたというのだ。

「奴のあの一太刀と願いが無ければ、私はそこまでの高みに至ることは出来なかっただろう。フッ……結果として、人間どもを守る羽目になってしまったがな」

玉座の間を圧迫するような、どこまでも底が知れない圧倒的な存在感。

八幡はゴクリと生唾を飲み込み、冷や汗をだらだらと流しながら心の中で叫んだ。

(……おいおいおい! 強さの次元が狂ってんだろ! バラモスやシドーを片手って……もしかしてこの人、魔界のトップの【大魔王バーン】より強いんじゃないのか……!?)

ラーハルトもクロコダインも、完全に絶句して身動き一つ取れなくなっていた。陸戦騎と獣戦魔という魔王軍屈指の猛者たちが、ただの借りてきた猫のように怯んでいる。

さらに、龍神は出されたお茶を一口啜ると、思い出したようにサラリと言い放った。

「ちなみにだ……私は最近、称号が変わりやすくてな。もはや『竜王』ではなく、『竜の神』……『龍神』となった。……その代償か知らんが、元々あった長い寿命すら無くなってしまい、永劫を生きることになってしまったよ」

まるで「今日のご飯はカレーだった」くらいの軽いトーンで、不老不死の神へと昇格したことを呟く龍神。

(……ここにも神様が爆誕してんのかよ!! ドラゴンボールかドラクエ11の裏ボスか何かかよ!!)

もはや八幡のツッコミすら追いつかない。

クロコダインとラーハルトに至っては、驚きのあまり目が点になり、口を半開きにしたまま完全にフリーズしていた。

「……さて、八幡よ。100年前の奴が未来の脅威として言っていたのは、バラモスやシドーだけではない。……今、お前たちが対峙している【大魔王バーン】なる者も、その範疇だろう?」

龍神の深紅の瞳が、静かに八幡を射抜いた。

 

 

「……まあ、私とて表の世界の争いにそこまで干渉するつもりはない。奴らがこの地下世界(アレフガルド)に攻め込んでくるというなら話は別だがな」

龍神はそう言ってふっと息を吐くと、お茶の入った杯を静かにテーブルへと置いた。そして、深紅の瞳をじっと八幡に向ける。

「……だが、八幡よ。お前は私がかつて出会ったあの男に比べて、あまりにも弱すぎる」

「……うぐっ」

痛いところを突かれ、八幡は思わず言葉を詰まらせた。

「せっかく100年ぶりに再会(?)できたのだ。少し私が鍛えてやろう。なに、昔のよしみに似たお前だ……絶対に死なせはせん。万が一死んだとしても、ザオリクで何度でも生き返らせてやる」

「……っ!? ザオリクで生き返らせる前提で修行組もうとしてんじゃねえよ! このバトルジャンキーが! 単なる暇つぶしだろそれ!!」

八幡が即座に大声でツッコミを入れる。

死んだらザオリクで蘇生すればOKという、あまりにも理不尽かつスパルタすぎる神の特別指導。完全に死線(というか死そのもの)を何度もくぐり抜ける地獄のトレーニングが開幕しようとしていた。

すると、八幡の背後にいたクロコダインとラーハルトが、一歩前に踏み出した。

「……八幡。俺たちも付き合うぞ」

「うむ! 龍神殿ほどの御方から直接指南を受けられる機会など、一生に一度あるかないかだ。死んだら生き返らせてもらえるなら、何も恐れることはない!」

「ピィーッ! ピピィッ!」

八幡の肩の上で、ゴメちゃんまで羽をパタパタと羽ばたかせ、なぜかやる気満々でいる。

「いやいやいや……お前ら、言ってることの威勢はいいけどさ……」

八幡は呆れたように首を振り、三人の足元を指さした。

「……全員、足がガクガク震えてんぞ」

クロコダインの巨体も、ラーハルトの鋭い膝も、武者震いと恐怖が入り混じった激しい揺れを抑えきれていなかった。神の領域に至った龍神の圧倒的な威圧感を前にして、体が本能的な恐怖を訴えているのだ。

「フッ……威勢が良いのは結構なことだ。では――いくぞ」

龍神が立ち上がると同時に、応接室の空間が歪み、一瞬にして広大な闘技場のような異空間へと景色が切り替わる。

「……マジかよ。逃げ場すら用意してくれてねえのかよ……!」

八幡は苦笑いを浮かべながらも、腰の『ロン・ベルク』の柄に手をかけた。

こうして、大魔王バーンとの決戦を前に、竜の神・龍神による「死と再生の超スパルタ特訓」が幕を開けるのだった。

 

ドカァァァン……!!

爆風と衝撃波が異空間の闘技場を激しく揺らす。

「ハァ……ハァ……っ、クソがっ……! まだ一太刀も掠りもしねえのかよ……!」

八幡は膝をつき、肩で激しい息を吐きながら、血と汗にまみれた『ロン・ベルク』を地面に突き立てて体を支えていた。

実際のところ、龍神の手加減のおかげで『ザオリク』のお世話にまでなることはなかった。しかし、もし龍神が寸前で拳を止めたり、倒れ伏すたびに極大回復呪文『ベホマ』を叩き込んでくれなかったとしたら――一体どれだけ命があっても足りなかったか分からない。

特に八幡に対する攻撃のキレと圧力は、傍で見ているクロコダイルやラーハルトが青ざめるほど過激を極めていた。

「ぬうう……っ! 頼む……ベホマを……八幡にも頼む、龍神殿……!」

「……ハァ……ハァ……。八幡殿、大丈夫か……!?」

クロコダインとラーハルトも全身創痍で転がっているが、八幡への極限のしごきに驚愕しきっている。

だが――龍神は、静かに八幡を見つめながら、胸の奥でかつてない高鳴りを感じていた。

(……間違いない。拳を交え、限界を超えさせるたびに……この男の身のこなし、視線、戦術の組み立て方が、あの100年前の八幡へと急速に近づいていく……)

最初は不器用さや戸惑いが見え隠れしていた。だが、死線を何度も強制的にくぐり抜けさせられる中で、八幡の中に眠っていた「何か」が目を覚ましつつあった。ひねくれた思考回路をそのまま戦闘の予測と狡猾な罠に変換し、最小限の動きで相手の隙を突く、あの泥臭くも鋭利な戦闘スタイル。

(やはり、ただの他人の空似などではない。こいつもまた、私の知るあの『八幡』と、時空を超えた何処かで深く繋がっている……!)

その確信を得た瞬間、龍神の口元に、100年ぶりとなる心からの愉悦を帯びた笑みが浮かんだ。強くなりすぎたが故に退屈し切っていた神の領域で、かつて己に土をつけ、未来を託してきた「友」の面影が、いま目の前で完璧に蘇ろうとしているのだ。嬉しくならざるを得ない。

「どうした八幡! 100年前の貴様は、その程度でへばりいはしなかったぞ!!」

「無茶言うなっつの!! こっちはまだ特訓始まってどんだけ経ってると思ってんだ……ッ!」

文句を叩きつけながらも、八幡の立ち上がり方は最初とはまるで違っていた。

『ロン・ベルク』の柄を握る指先には一切の迷いがなく、死んだ魚のようだった瞳は、相手の絶命の隙を逃さぬ死神のごとく研ぎ澄まされている。

そして、それは八幡だけではなかった。

神の闘気に晒され、命がけで喰らいつき続けたクロコダインとラーハルトの佇まいもまた、次元の違う領域へと引き上げられていた。

「行くぞ……龍神殿ッ!!」

「八幡殿にばかり、いい格好はさせん……!!」

研ぎ澄まされた三人の気迫が、異空間の空気をバリバリと震わせる。

大魔王バーンとの最終決戦を目前に控え、一行は「神の試練」によって、極限の進化を遂げようとしていた。

 

 

「……そこまでか。八幡の偽物よ」

異空間の地に降り立つ龍神の声は、氷のように冷たかった。

戦いの中で研ぎ澄まされ、極限まで引き上げられた八幡の力。だが、その数値はRPGでいう限界値――【レベルマックス】へと到達し、頭打ちを迎えていた。これ以上、いくら傷を負おうが、どれほど剣を振るおうが、肉体的な強さが跳ね上がることはない。

「やはり、お前は私の知る八幡とは違う。レベルの壁ひとつ越えられぬその程度では……誰も守れん。お前を待ち受ける愛する女一人さえもな」

煽るような、しかし絶対的な事実として突きつけられる龍神の言葉。

血と汗にまみれ、膝をつきかけた八幡の胸の奥で、カチリと何かが外れた。

(……誰も守れない? 愛する女一人さえ……?)

脳裏に、あの鮮明な光景が駆け巡る。

夕闇の街角、車内で零れ落ちた熱い吐息と、震える肩を抱き寄せた陽乃の唇の感触。

鋭く自分を射抜きながらも、寂しさと恋情を隠しきれずにいた雪ノ下の瞳。

唇を噛み締め、涙目になりながら自分を見つめていた結衣の顔。

――俺は本気で考えると決めたんだ。

お前たち一人ひとりと、正面から向き合うって。逃げずに受け止めるって、あの夜誓ったはずだろうが……!!

「……ふざけんな」

八幡の口から、掠れた、だが地獄の底から響くような声が漏れた。

「俺が……誰一人守れないだと……? 」

「死ね」

龍神が感情を一切削ぎ落とした手刀を繰り出した。それはベホマによる再生すら許さぬ、真の意図を持った【明確な殺意】の一撃。

「八幡殿――ッ!?」

「八幡――――ッ!!」

クロコダインとラーハルトの悲鳴のような叫びが響く。

その瞬間、八幡の全神経が収束した。

頭の中に浮かぶのは、あの凛とした、けれど自分だけに弱さを見せてくれた少女の顔――雪ノ下雪乃。

(手加減なしの限界? レベルの上限? 知ったことかよ……! 俺の『本物』は、こんなところで終わってたまるかッ!!)

レベルという概念の枠組みを、限界突破した感情の爆発が粉々に打ち砕く。

八幡は腰の【ロン・ベルク】を両手で力強く握り締め、全身の全魔力、全闘気、そして命の奔流そのものを刀身へと注ぎ込んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

研ぎ澄まされた銀の刃が、眩いばかりの神聖な黄金の光を放つ。

閃光は天を衝き、異空間の天空すらも切り裂いていく。

「な……ッ! 黄金の雷光……!? まさか、あの技は――!?」

ラーハルトが目を見開き、驚愕の声を上げる。

龍神の殺意の手刀が八幡の喉元へ届くまさにその刹那、八幡は渾身の力で剣を振り下ろした。

「喰らい……やがれぇぇぇぇぇッッ!!!!」

『ギ ガ ス ラ ッ シ ュ !!』

極大の電光と破壊の波動が凝縮された、伝説の勇者のみが至る究極の剣技。

黄金の嵐が異空間全体を飲み込み、龍神の圧倒的な暗黒の闘気と激突した。

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン……ッ!!!!

激しい衝撃波が空間を崩壊させ、光と闇が渦巻く中、八幡の咆哮がどこまでも響き渡っていた。

 

 

閃光と爆風が収まり、静寂が異空間を包み込む。

龍神はゆっくりと自分の腹部に目を落とした。深紅の衣がわずかに裂け、そこから薄く鮮血が滲み出ていた。

「……フッ」

龍神の口元に、100年ぶりとなる満面の笑みが浮かぶ。

「……とうとう認められたらしいな。精霊ルビスに……そして、この世界にな」

八幡の手から『ロン・ベルク』がこぼれ落ちる。極限の思考と限界突破の代償により、八幡はその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。

龍神は静かに手を差し伸べ、渾身の『ベホマ』を注ぎ込む。八幡の傷は一瞬で癒えたが、固く閉ざされた瞼が開く気配はない。

「八幡殿……! 八幡殿っ! ……どういうことだ、傷は塞がっているのに、なぜ起き上がらん!?」

駆け寄ったクロコダインが焦燥の声を上げ、ラーハルトも鋭い眼差しで龍神を見つめた。

「気を失っているだけだ。……肉体の限界を超え、世界の理そのものを書き換えるほどの力を絞り出したのだからな」

「世界の理……だと?」

疑問を口にするラーハルトに対し、龍神は愛おしそうに倒れる八幡を見下ろしながら語り始めた。

「この世界を守るに足る実力、この世界の最強の者を倒しうる力、そして折れぬ精神を持つ者――そいつに加護を与えるのが精霊ルビスの役目であり、この世界の理なのだ」

龍神は己の腹部の血を指先で拭い、誇らしげに胸を張る。

「そして……この『世界最強たる私』に真の意味で立ち向かい、傷を負わせるほどの意志を示した者。それこそが、『ロト』の称号に相応しいと認められた証なのだよ」

「「なっ……!?」」

クロコダインとラーハルトは息を呑み、言葉を失った。

単なる伝説の再現でも、血筋の継承でもない。

比企谷八幡という一人の男が、己の意思と執念で最高峰の神に立ち向かい、真の勇者『ロト』として世界に刻まれたのだ。

「フフ……ここまで鍛え上げれば、あの大魔王バーンとやらにも易々とはやられんだろう」

龍神は満足そうに頷くと、背を向けて玉座の奥へと歩みを進めた。

「八幡が起きたら、そう伝えよ。『100年余りの願いを、確かに守った』とな」

神の領域に至ったかつての竜王は、どこか晴れやかで誇らしげな笑みを浮かべていた。

 

倒れ伏した八幡を、クロコダインはその大きな背中にそっと背負い上げた。限界を超えた反動で完全に意識を失っている八幡は、規則正しい寝息を立てている。

「……大切に担ぐのだぞ、クロコダイン。今の八幡殿は、この世界に認められた真の勇者なのだからな」

ラーハルトが槍を収めながらそう声をかけると、クロコダインは「ふん、言われずとも分かっている」と力強く、しかし八幡に響かないよう優しく背中を揺らした。

立ち去ろうとする三人の背中に、龍神の声が低く響く。

「……待て。これを持っていけ」

振り返ったラーハルトに向かって、龍神の手から静かに差し出されたのは――怪しいまでに美しく、底知れぬ魔力を秘めて鈍い光を放つ青い金属塊であった。

「……ッ!? これは……ブルーメタルか……!?」

ラーハルトが息を呑む。かつて神々が創り出したと言われる、この世で最も希少かつ強靭な幻の超金属。

「そうだ。今の八幡こそ、これを持つに最も相応しい」

「……ありがたく頂戴する、龍神殿。八幡殿が目覚めたら、真っ先に手渡そう」

ラーハルトは重々しく頷き、その神秘的な青い金属を両手でしっかりと受け取った。

「フッ……行け、勇者たちよ。大魔王との決戦、吉報を待っているぞ」

龍神の誇らしげな見送りの声を背に受けながら、一行は竜王城を後にした。

港に停泊していた船へと乗り込む、クロコダイン、ラーハルト、ゴメちゃん、そして背中で静かに眠る八幡。

波をかき分けて進む船の甲板で、ラーハルトは手の中のブルーメタルを見つめ、クロコダインは背中の八幡の温もりを感じていた。アレフガルドの冷たい風が吹き抜ける中、船は一歩ずつ、彼らが果たすべき使命が待つ「決戦の地」へと向かって進んでいくのだった。

 

波の揺れと風の音で、八幡は静かに目を覚ました。

船の甲板に横たえられていた体をゆっくりと起こすと、隣にいたラーハルトが察して差し出してきたものがあった。手に渡されたのは、鈍く蒼い光を放つ不思議な金属――ブルーメタル。

「……そうか。竜王がこれを……」

それを両手で包み込むように握りしめた瞬間、八幡の胸の奥から、理由のわからない感情がこみ上げてきた。

ポロポロと、目から涙が溢れ出していく。

「……な、なんだこれ……? なんで涙が出てんだよ……」

袖で何度も拭うが、溢れ出る涙は止まらない。100年前の「八幡」の記憶なのか、それとも旅の終わりを感じ取った魂の震えなのか、自分でも皆目見当がつかなかった。

「……何故だろうな。……自分でも、よくわからないが……」

ポツリと呟く八幡の背中を、クロコダインとラーハルト、そしてゴメちゃんは何も言わず、ただ静かに見守っていた。

 

アレフガルドから戻った八幡たちは、決戦を控えるダイたちの陣営へと合流を果たした。

八幡が一歩足を踏み出した瞬間、その場にいた者たちの肌が一斉に粟立った。八幡の全身から静かに、だが密度高く溢れ出る圧倒的な闘気。

「なっ……!?」

バランの鋭い瞳が激しく見開かれる。クロコダインやラーハルトの成長もさることながら、八幡の纏う気配は完全に異次元の領域へと到達していた。かつてレベルの上限に達していた男の強さとは、確実に、根本から違っている。

八幡は腰の『ロン・ベルク』の柄に手を置き、死んだ魚の目……ではない、どこかどこまでも澄み切った鋭い瞳でバランやダイたちを見据えた。

「……前にさ。俺ができるのはここまで、みたいなこと言ったよな?」

八幡は自嘲気味に口元を緩め、ポツリと呟いた。

「……あれ、取り消すわ」

その一言に込められた確固たる覚悟と真の強さ。

ダイ、ヒュンケル、そしてバランの三人は、言葉を交わすことなく力強く頷いた。かつてどこか諦めを孕んでいた男が、今や自分たちと肩を並べ、背中を預けられる真の戦士として目の前に立っているのだ。

「八幡さん……」

少し離れた場所からその姿を見つめていたメルルは、頬を深く染め、一回りも二回りも逞しくなった八幡の横顔に見惚れていた。

レオナも「……ふん、見直したわ、八幡くん」と胸の前で腕を組みながら感心したように微笑み、マアムも「うん……今の八幡なら、本当に頼りになるよ!」と目を輝かせて頷いた。

仲間たちが八幡の劇的な覚醒と復帰に頼もしさを覚えている、ちょうどその頃――

大魔王との決戦に向け、ポップはマトリフのもとで、己の全てを賭けた過酷極まる修行に挑んでいたのだった。

 

「……もうお前に教えることは何にもねえな」

煙草の煙をくゆらせながら、マトリフはどこか呆れたように、そして誇らしげに呟いた。

「いや……あるんだろ、とっておきが」

ポップは口元にニッと強気な笑みを浮かべ、師の顔を直視する。

「……ケッ、知ってやがったか」

マトリフは苦笑し、くわえていた煙草を吐き捨てると、一転して鋭い眼光をポップに向けた。

「だがなポップ、これから教える呪文は……真に呪文のセンスがねえ奴には口で説明したって一生扱えねえ。……それに、ヘタすりゃお前、マジで死ぬかもしれんぞ?」

場を支配する、緊迫した空気。

ポップはゆっくりと深く息を吸い込み、吐き出した。そして、迷いのないまっすぐな瞳で目を見開く。

「……覚悟は決まってる。俺は……大魔導士の弟子だぜ?」

恐怖を押し殺し、不敵に笑ってみせる弟子。その成長と覚悟に、マトリフは一瞬目を見張り――すぐにフッと鼻で笑った。

「ヘッ……バカ野郎」

こうして、極大消滅呪文――『メドローア』の修得に向けた、命がけの過酷な修行が始まった。

 

マトリフは両手にそれぞれ『メラ』と『ヒャド』の火球と氷塊を出現させ、完璧なバランスで構えた。

「これを……完璧に同じ威力、同じ出力で同時にぶつけ合わせるんだ。できるか?」

マトリフの問いかけに、ポップはフッと口元を緩めた。

「へっ……それ、八幡のやつに『手持ち無沙汰なら両手でメラとヒャドの出力を寸分狂わず合わせる練習でもしとけ』って、前にたまに言われてたんだよな。……できるぜ」

言い終わるや否や、ポップは左右の手の平に『メラ』と『ヒャド』を素早く発生させた。その魔力の波長、密度、出力は、寸分の狂いもなく完全に同等。マトリフの目の前で、見事に完璧な同出力を維持してみせた。

「な……ッ!?」

マトリフは思わず目を見張り、絶句した。

(あいつ……八幡とかいう異世界の野郎、なんでポップにこんな練習をさせてやがったんだ……!? まさか、最初からメドローアの原理を見抜いてやがったのか……!?)

驚愕を隠しきれないマトリフだったが、すぐに口元をニヤリと歪めた。

「けっ……理由は知らねえが、手塩にかけた甲斐があったってもんだ。これなら期待できそうだぜ……! 行くぞ、ポップ!!」

マトリフは激しい魔力の反動に耐え兼ね、口から血を吐き出しながらも、全力で相反する二つの魔力を融合させ――消滅の光線『メドローア』の構えをとった。

目の前に迫る、全てを消滅させる圧倒的な死の波動。

だが、ポップの瞳に恐怖の影は一切なかった。

(八幡も、ダイも、みんな命がけで強くなってるはずだ……! 俺だけが足踏みしてられるかよッ!!)

迷いは微塵もない。運命という巨大な壁に正面から立ち向かうポップの全身には、真の勇者たちに負けない『勇気』がみなぎっていた。

 

マトリフの放った極大消滅呪文――『メドローア』が、圧倒的な死の光線となって迫り来る。

ポップは両手で錬成した直前のメドローアを前方に突き出し、真っ正面から師のメドローアを受け止めた。

ドガァァァァァッ……!!

二つの光線が激しくぶつかり合い、触れ合った空間が次々と削り取られ、周囲の物質が消滅していく。一歩間違えれば、己の存在ごと蒸発して影すら残らない極限の渦中。

だが――ギリギリの緊張感に包まれながらも、ポップの思考は驚くほど静かに、どこまでも澄み切っていた。

(……なるほど……! メラとヒャドの威力をただ均等にするだけじゃねえ……! 魔力の『回転』と『相殺の支点』を一点に収束させなきゃ、消滅のエネルギーが自分に逆流しやがる……!!)

八幡から課されていた地道な同出力練習の下地が、ここで爆発的な威力を発揮していた。ポップの天才的なセンスが、師の決死の一撃を通してメドローアの理(ことわり)を瞬時に解析し、自らの魔力へと還元していく。

(確かに……これは口で言われて理解できるような甘いもんじゃねえ……! ありがとよ、師匠……!! 俺のために命懸けで撃ってくれて……!!)

湧き上がる感謝と激しい闘志。

(俺も……命懸けで応えるぜッ!!!!)

バチバチと火花を散らす光線の中で、ポップはさらに魔力の収束精度を引き上げた。完全に構造を理解し、自分の『メドローア』の位相をマトリフのそれと寸分違わず同調させる。

瞬間――

シュアァァァァン……ッ!!

互いのメドローアが完全に相殺され、恐ろしいほどの静寂と共に、空間を削り取っていた絶対の光線が消え去った。

後に残されたのは、ただ風が吹き抜ける無音の荒野と、肩で息を吐きながら立ち尽くすポップの姿。

「ハァ……ハァ……っ……!!」

口から血を流しながらその光景を目撃したマトリフは、眼前の弟子を見つめ、震える手で煙草を取り出した。

(打ち消しやがった……あの一瞬で構造を理解して、完璧に相殺しやがった……!!)

恐怖を乗り越えた青年の瞳には、もうかつての逃げ腰だった小僧の面影など微塵も存在しない。

かつて世界を救った伝説の大魔導士マトリフ。

その意志と力を受け継ぎ、今ここに――師に続く世界最強の大魔導士が誕生したのだった。

 

「……へっ。お前は自慢の一番弟子だよ」

マトリフは不器用に顔をそむけながら、ポツリと呟いた。

「なに言ってんだよ。弟子ったって、ダイと俺と八幡しかいねえじゃねえか」

ポップは気恥ずかしそうに頭を掻きながら、ヘラヘラと笑ってみせる。

(……分かってねえな、この大馬鹿野郎が)

マトリフは紫煙を深く吐き出しながら、心の中で呆れ、そして誇らしく呟いた。

(弟子が三人だろうが百人いようが関係ねえ。世界中をいくら探したって……お前以上のセンスを持った魔法使いなんざ、いるわけねえんだよ)

数ある弟子の中でも、ポップの魔法に対するひらめきと土壇場での勝負強さは群を抜いている。だが、それを直接口にして調子に乗らせるのも尺なので、マトリフは固く口を閉ざしたまま、ただ力強くニヤリと笑うのだった。

 

「これからは、堂々とこう名乗って良いぞ」

マトリフは煙草を指に挟み、フッと煙を吐き出しながらポップを見据えた。

「――世界最強の大魔導士、マトリフの跡を継ぐ者。大魔導士ポップ、とな」

「……っ~! な、なんだよ急に! 照れるだろ……っ!」

面と向かって『大魔導士』と認められ、ポップは真っ赤になって鼻の頭を擦った。

「ヘッ、浮かれてる場合じゃねえぞ。最強ったって、所詮は人間だけの話だ。……お前の相手は大魔王バーンなんだからな。あのジジイの底は、マジで知れねえ……」

マトリフの表情が引き締まり、底知れぬ凄みを帯びる。

「……安心しろよ、師匠」

ポップは一歩前に踏み出すと、ニッと不敵で頼もしい笑みを浮かべた。

「人間も魔族も……神様だって関係ねえ。俺にとって最強は、アンタだ。……まあ、歳で腰痛めてちゃ戦えねえからさ。俺がそれを、代わりに証明してきてやるよ!」

そう言い残すと、ポップはマトリフに背を向け、迷いのない足取りでダイや八幡たちの待つ陣営へと走り出した。

「……ヘッ。『最強』ねぇ……」

遠ざかっていく一番弟子の力強い背中を見送りながら、マトリフは愛おしそうに呟いた。

「行ってこい、ポップ。……あのクソ大魔王に、一泡ふかしてやんな」

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