ダイの大冒険 やはり俺がアバンの使徒なのは間違っている。   作:tomozow

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バランハドラー激突編 20

陣営へと戻り、意気揚々とダイたちのもとへ駆けつけたポップ。しかし、合流して開口一番に明かされたあまりの事実に、彼はその場にガタガタと腰を抜かしてしまった。

「ひ、ひぇえええっ!? ちょ、ちょっと待て!! どういうことだバカ野郎ッ!?」

地べたに尻餅をついたまま、ポップは八幡を指さして叫んだ。

「八幡が……ロトの『子孫』じゃなくて、八幡自身が『真のロト』になったぁ!? しかも竜王と友達だった!? 神様になっちまった!? 意味がわかんねえよ!! 俺がマトリフの師匠のもとで命がけで修行してる間に、一体お前らに何があったんだよ!!」

混乱して泡を吹きそうなポップに対し、ラーハルトが静かに歩み寄り、腕を組んで解説した。

「言葉通りの意味だ、ポップ。八幡殿は神の試練を乗り越え、精霊ルビスの加護を受け……真のアレフガルドの勇者『ロト』の称号を得たのだ」

「ぬう……言葉にするのは容易いが、竜王殿との死闘はまさに壮絶であった。八幡は間違いなく、世界に認められた勇者よ」

クロコダインも重々しく頷く。

「「「……っ!?」」」

その真実を聞かされたダイ、ヒュンケル、そしてバランまでもが絶句し、目を見開いた。

「八幡さんが……伝説の勇者、ロト……!?」

「……あの竜王から直接認められたというのか……」

「……竜の騎士である私ですら、今の八幡から放たれる気配には慄然たるものを感じる……。真の勇者か……」

百戦錬磨の戦士たちが言葉を失い、メルルやレオナ、マアムたちも息を飲んで八幡を見つめる。陣営全体に驚愕と静寂が広がる中、当の八幡はといえば、気まずそうに後頭部をポリポリと掻いていた。

「いや……なんか分からんが、そういうことらしい」

八幡は死んだ魚のような目を少しだけ泳がせながら、ため息混じりにポツリと呟いた。

「正直……自分でも全然実感が湧かないんだよな。俺、ただの人間だぞ……?」

 

「とりあえずさ……」

八幡は面倒くさそうに首をポリポリと掻きながら、どこか他人事のように言い放った。

「バーンのジジイの面いくらかでも歪ませて、一撃くらいはかませられる……んじゃないかなー、くらいにはなったぜ」

そのあまりにも気負いのない、だが確信に満ちた言葉に一同が息を呑む。

(……フッ)

バランは腕を組み、鋭い眼光を八幡へと向けながら静かに心の中で驚愕していた。

(今の奴から発せられる闘気は……人間形態の私と同等か、それ以上。ただの異世界の男ではないとは思っていたが、まさかここまで高みへ登り詰めるとはな……)

竜の騎士であるバランをも唸らせるほどの変貌ぶり。

そこに、静かに一歩踏み出した男がいた。

「おい、八幡」

漆黒の鎧を纏ったヒュンケルが、手にした剣を構えながら冷徹に、しかしどこか熱を帯びた瞳で告げる。

「手合わせを願おう。……そろそろ、この破邪の剣も俺の手に馴染んだ頃だ」

ヒュンケルの手にある剣――オリハルコンの刀身は、かつての冷たい輝きではなく、持ち主の確固たる意志に呼応するように神々しい眩い光を放っている。剣とヒュンケルの魂が完璧に融合し、その全身からは周囲の魔物を震え上がらせるほどの純粋な『聖なる闘気』が立ち昇っていた。

 

 

「…いや、また今度にしてくれよ。…あ、そういえば」

八幡は面倒くさそうに懐から取り出し、ラーハルトから受け取っていた例の塊をぽんと放り投げるように差し出した。

「これ、竜王から持っていけって言われたんだけど」

ブルーメタルの塊を台に置く八幡。それを一目見た瞬間――近くで腕を組んでいたロン・ベルクの全身が、ビクンと激しく硬直した。

「な……っ!?」

名匠ロン・ベルクの瞳が限界まで見開かれる。彼は慌ててしゃがみ込み、震える手でその金属に触れた。

「こ、これは……!! オリハルコンに勝るとも劣らない、幻の超金属……ブルーメタルではないかッ!! なぜお前がこれを持っている!? いや、それ以上に……フッ、ははは! すばらしいッ!! これほどの素材があれば、神にも対抗できる最高の防具が打てるぞ……!」

職人の血を刺激されたロン・ベルクが興奮気味に声を張り上げる横で、八幡は首を傾げた。

「そうか。……なんか、これに触ってると不思議な感じがするんだよ。懐かしいというか……」

八幡がブルーメタルにそっと手のひらを重ねた瞬間、奇妙な現象が起きた。

ピカァッ……!!

鈍い蒼光を放っていたはずのブルーメタルが、突如として眩い神々しい光を纏い始めたのだ。

それに呼応するように、八幡の視界が歪み、脳内にまったく見知らぬ、しかしどこか懐かしい「記憶の情景」が激しく流れ込んできた。

荒涼とした大地。朽ち果てた城壁。そして、風に吹き晒されながらもただ一途に立ち続ける、意思を持った「岩の塊」の姿――。

『――八幡。名を呼んでくれ』

脳内に、どこか哀切を帯びた、だが凛とした音がイメージとなり響く。

『あの日のように。朽ち果てた国の門番でしかなかった私に、お前が名付けてくれた……誇り高き名をッ!!』

「っ……!」

頭を駆け巡る奔流のような情景と声に気圧されながらも、八幡の口は勝手に、自然に紡ぎ出されていた。

迷いなく、まるで相棒の名前を呼ぶように、八幡はぽつりと呟く。

「……イージス……」

その名前が告げられた瞬間、手の中のブルーメタルは激しい光の粒子へと変わり、八幡の纏う聖なる闘気と完璧に溶け合っていった。

 

 

光の粒子が収束していくと、そこに現れたのは、誰の目にも神々しく、それでいて圧倒的な重厚感を宿す――一式のエメラルドブルーに輝く美しい鎧であった。

それは八幡の体に吸い込まれるように完璧にフィットし、身に纏う者の魂と完全に同化する。

「そうか……お前だったのか」

八幡は自らの腕を包み込む青い鎧の感触を確かめながら、どこか優しく、そして誇らしく笑った。

「これからもよろしく頼むぜ、イージス」

その名前を呼んだ瞬間、鎧の奥底から温かい鼓動のような共鳴が響き渡った。

かつて、別の時代の「八幡」と共に世界の命運を賭けて竜王と戦い抜いた、誇り高きゴーレム――。その強靭な魂と忠誠心の結晶こそが、このブルーメタル、すなわち「イージス」のコアだったのだ。

かつての相棒が、時を超えて再び八幡の盾となり、大魔王バーンに立ち向かうための最強の防具として覚醒した瞬間だった。

 

ブルーメタルがまばゆい光を放ち、八幡の体に吸い込まれるようにして完璧な青い鎧――「イージス」へと変化したその光景。

あまりにも神々しく、そして時空を超えた奇跡的な出来事に、その場にいた者たちは言葉を失っていた。

「なっ……!?」

バランはその鋭い瞳を限界まで見開き、全身の血が逆立つような衝撃に震えていた。竜の騎士として数々の神話や伝説を見てきた彼ですら、魂の絆が金属と融合し、新たな防具へと昇華する瞬間など目の当たりにしたことがない。

少し離れた場所で、合流したばかりのポップもまた、あんぐりと口を開けたまま硬直していた。

「……う、嘘だろ……」

ポップは自分の目をこすり、震える声でぽつりと呟いた。

「俺は……生まれて初めて、奇跡を見たぜ……」

そのポップの言葉に、八幡は自らの腕を包む青い鎧の感触を確かめながら、どこか穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「……ああ、俺もだよ」

かつての相棒が形を変えて再び自分を守ってくれるという事実に、八幡の胸の奥も静かな熱で満たされていた。

バランはあまりの神業と、かつての戦友を思わせるイージスの気配の前に、もはや驚愕を超えて言葉を発することもできなかった。ただ圧倒的な威容を放つ八幡の姿を、じっと見つめることしかできない。

(……そうだ……)

ダイは、光を纏う八幡の背中をまっすぐに見つめながら、胸の内で強く確信していた。

幼い頃から絵本や伝承の中で思い描き、ずっと憧れ続けてきた「勇者」の姿。その漠然とした憧憬が、今、目の前にいる八幡という男のイメージと――ピタリと、寸分の狂いもなく重なり合っていた。

 

「まあ、勇者と言っても中身はただの人間だからな。ぶっちゃけ、一番欲しかったのはこういう物理的な防御力だったんだよ」

八幡は青く輝くイージスを軽く叩きながら、どこか現実的な、相変わらず気の抜けた調子で肩をすくめた。

「いや、それ多分! 世界中どころか歴史上探しても、それ以上の防具なんてどこにもねえからな!?」

ポップはツッコミながらも、あきれたように額を押さえた。伝説の鎧を纏っているというのに、相変わらずの「八幡節」である。

そのやり取りを聞きながら、名匠ロン・ベルクは腹を抱えて豪快に笑い声を上げた。

「ガハハハッ! 面白い男だ! 神と友達になり、かつての相棒が姿を変えた防具をまとうか……!」

ロン・ベルクは満面の笑みを浮かべ、興奮を隠しきれない様子で八幡を真っ直ぐに見据えた。

「俺は神の友人に、そして真の『ロトの勇者』に、自らの手で剣を打った……! 職人として、これ以上の誉れがどこにある! 最高だ、最高すぎるぞ!!」

さらにロン・ベルクは目を爛々と輝かせ、熱っぽく言い放った。

「おい八幡! もし今後、さらなるオリハルコンを手に入れることがあったら、迷わず俺のところへ持ってきな! 今の俺の技の全てを叩き込み、このイージスに一歩も引かぬ……いや、宇宙すら両断する今以上の極上の剣を打ってやるぞ!」

 

「宇宙は言い過ぎだろ。……山くらいにしとこうぜ、山くらいに」

八幡は盛大に呆れたような顔をして、片手をヒラヒラと振った。

ロン・ベルクの壮大すぎる職人魂のスケールに、相変わらずのドライなツッコミでブレーキをかける。

「ハハハッ、山を両断か! それもまた一興だな!」

ロン・ベルクは楽しそうに髭を揺らして笑い飛ばす。

伝説の職人と、異世界のシニカルな少年。その軽妙なやり取りを聞きながら、少し離れた場所で――メルルは胸に手を当て、トクトクと激しく高鳴る鼓動を感じていた。

(宇宙は言い過ぎって……そんな冗談を言える余裕があるなんて……)

目の前にいるのは、竜王に認められ、奇跡の鎧「イージス」を纏い、世界を救う真のロトとなった男。あまりにも遠く、神話の住人のような存在になってしまったはずなのに、彼のその態度や言葉の端々は、変わらずあの「八幡さん」のままだった。

(強くて、優しくて、でもどこか気だるげで……。……私、とんでもない男に惚れてしまったみたい……)

胸の奥からこみ上げてくる熱い想いを隠しきれず、メルルはほんのりと頬を染めながら、誇らしく微笑む八幡の背中をいつまでもじっと見つめていた。

 

「山か……。まあ、山くらいならな」

静かに腕を組んでいたラーハルトが、至極当然のように、まるで「今日の夕飯は魚か肉か」を選ぶような気軽さでそう呟いた。

その言葉に、周囲の誰一人として反論する者はいなかった。

バラン、ダイ、ヒュンケル、そしてクロコダインや、ついさっき大魔導士への道を駆け上がったポップに至るまで――ここに集う男たちは、全員本気を出せば文字通り「山を消滅させる、あるいは両断する」ことが可能な領域に達している。

「……」

その場に漂う、圧倒的な規格外の戦闘力と、それを「普通」とする共通認識。

レオナは額に手を当て、頭を抱えたように小さく天を仰いだ。

(山くらいなら、って……何をサラッと言ってるのよ……。というか、誰もツッコミもしないし……。ちょっと待って、この人たち全員、本気でそれができちゃう集団じゃない……?)

世界を揺るがす大魔王バーンとの決戦を控えているとはいえ、集まった戦力があまりにも常軌を逸しすぎていた。あまりのスケールのデカさに、一国の姫であるレオナすらも、もはや自分の思考回路が追いついていくのを諦めかけていたのだった。

 

一方その頃――

大魔王バーンの本拠地・バーンパレスの奥深くでは、地獄のような闘気の渦が巻き荒れていた。

「ハアッ……ハアッ……!! 来いッ! まだまだ足りんッ!!」

凄絶な咆哮を轟かせるのは、不退転の魔王・ハドラー。

彼が対峙しているのは、禁呪法によって生み出されたオリハルコンの親衛騎団――ヒム、フェンブレン、ブロック、アルビナス、シグマの猛者たち全員であった。

ドカァァァンッ……!!

五人がかりの苛烈な攻勢を、ハドラーは全身から噴き出す黒く揺らめく武人の闘気(オーラ)だけで弾き返し、正面からねじ伏せていく。オリハルコンの強靭な身体を持つ親衛騎団をして、一歩も前に進めぬほどの圧倒的な圧。

「……ハッ、ガハッ……!」

激しい衝撃に吹き飛ばされ、地面に膝をついたヒムは、荒い息を吐きながら全身に走る激しい身震いを隠せずにいた。

(……これが……これが俺たちの主君様か……っ!! たまげたぜ……! なんて男だ……!!)

 

肉体を魔改造に頼ることなく、純粋な武人としての意地と闘気だけでオリハルコンの硬度に打ち勝とうとするその姿。ヒムの胸に湧き上がったのは恐怖ではなく、身震いするほどの歓喜と熱狂だった。

 

(……へっ、あぶねえあぶねえ。男の俺でも、うっかり心底惚れちまいそうだぜ……!!)

ヒムだけではない。鋭い刃を輝かせるフェンブレンも、巨躯を誇るブロックも、そして智謀に長けたアルビナスもまた、膝を折りながらもその瞳には熱い崇拝の光を宿していた。

かつての保身と地位に執着していた魔軍司令の影は、もうどこにもない。

自らの命を削り、武人としての誇りのみで死線を超えるこの男――ハドラーこそが、自分たちが命もろとも忠誠を捧げるに相応しい、真の我が主(あるじ)。

親衛騎団の魂は今、完全にひとつとなり、来るべき戦いとと激突に向けて、その絆と牙を研ぎ澄ましていた。

 

バランは、あえて一行から離れ、単身でハドラーのもとへと向かっていた。

大魔王バーンの真の脅威を削ぎ落とすため、そして自らの過去と決着をつけるために――。

立ち塞がったのは、ハドラーを護る親衛騎団の面々であった。最前線に躍り出たヒムが、ガチガチとオリハルコンの拳を鳴らしながら鼻で笑う。

「へっ……たった一人で俺たち親衛騎団とハドラー様を相手にするつもりかよ。随分と舐められたもんだぜ……!」

だが、その言葉を遮るように、静かに一歩前に出たのはハドラーだった。

「――舐めているのは貴様の方だ、ヒム」

「……っ!? ハドラー様!?」

驚愕するヒムを制し、ハドラーは生身の全身から熱い魔炎気を滾らせ、バランをまっすぐに見据えた。その瞳には、かつての浅はかな陰謀など微塵もなく、純粋な武人の光が宿っている。

「……あれぞ伝説の竜の騎士、バラン。アバン亡き今、俺がこの命を賭けるに値する真の宿敵よ。ダイではない……このバラン以外にはいないのだ!!」

超魔生物の肉体を拒み、己の命と武の誇りのみを懸けて自分に挑もうとするハドラー。その決意を感じ取り、バランは漆黒の外套を静かに翻した。

『真魔剛竜剣』の柄に手をかけ、引き抜くと同時に発せられるのは、空間すら歪める圧倒的な圧。

「……来い、ハドラー」

バランの静謐な声が、荒野に重々しく響き渡る。

「格の違いというものを、竜の騎士の真の強さというものを――貴様のその魂に刻み込んでやる」

真のロトとして覚醒した八幡たちの待つ未来のため、そして己の誇りのため。

竜の騎士バランと、生身で死線を越えた魔王ハドラーによる、文字通りの命を懸けた死闘の火蓋が切って落とされた。

 

超魔生物の肉体を拒み、純粋な魔族としての己を極限まで鍛え上げたハドラー。その拳から繰り出される武の気魄と魔炎気は、過去に幾度となく刃を交えた「かつてのハドラー」を遥かに凌駕していた。

(……見事だ、ハドラー。ダイたちとの特訓で更なる高みを目指していなければ……危うかったかもしれん)

真魔剛竜剣でハドラーの熾烈な斬撃を受け止めながら、バランは胸中で敵の成長を真摯に認めていた。

だが――次の瞬間、バランの眼光が冷徹な神威の光を宿す。

(……しかし、所詮は魔族。真の竜の騎士の領域……『竜の神』『魔の神』『人の神』が創り出しし究極の戦闘形態には、神々でなければ届かぬ!!)

「ぬああああああああっッ―――!!!」

バランの咆哮とともに、天が割れ、地が裂けた。

その全身を凄絶な漆黒と黄金の閃光が包み込み、皮膚が竜の鱗へと変化していく。

竜魔人化――。

ドガアアアアンッッ……!!!

発せられた衝撃波だけで、周囲の巨岩が一瞬で粉塵へと姿を変える。大気がミリ単位で激しく震え、気圧の変動で空気が重く押し潰される。

「な……なん……なんだありゃああっ!?」

先ほどまで「一人で乗り込んで舐められた」と息巻いていたヒムが、その圧倒的な存在感を前にしてガタガタと歯の根を鳴らした。オリハルコンの皮膚が、凄まじい闘気圧によって悲鳴を上げている。

「ハドラー様が……ハドラー様がおっしゃっていたのは、このことだったのか……ッ!」

アルビナスも、フェンブレンも、シグマも、ブロックも――親衛騎団の全員がその場に縫い付けられたように動けなくなっていた。

「くそっ……! 巻き込まれるぞ! 退がれッ! あの二人の戦いに少しでもかすれば、俺たちのこのオリハルコンの身体でさえ……一瞬で粉々に砕け散るぞッ!!」

ヒムの叫び通り、眼前で繰り広げられようとしているのは、もはや地上の一兵卒が踏み込める戦闘ではなかった。

究極の戦闘魔獣と化した竜魔人バラン。

そして、魔族としての身一つで神の領域に挑む魔王ハドラー。

二人の武人が交錯した瞬間、神話のページすら塗り替えるほどの次元を超えた死闘が、静かに、そして苛烈に開戦した。

 

竜魔人と化したバランの破壊力は、まさに神の領域だった。

ハドラーは生身の限界を超えた超絶的な魔炎気と技で喰らいつき、バランの皮膚を切り裂いてダメージを与えはしたものの――竜魔人の圧倒的な闘気と地力の前には、ジリジリと追い詰められていく。

ドンッ……!!

真魔剛竜剣の一撃がハドラーの胸腔を打ち砕き、血反吐とともにハドラーは膝をついた。

「ハッ……ハッ……。ふっ……届かぬか……」

血に染まった顔で、ハドラーは自嘲気味に、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべた。

「だが……悔いはない。超魔生物などという歪んだ肉体に頼らず……俺は……魔族のハドラーとして、竜の騎士と全力で戦い抜いたのだからな……」

武人としての全身全霊をぶつけ尽くし、静かに目を閉じようとしたその時――。

ドクンッ……!!

ハドラーの胸の奥深くから、禍々しく重苦しい鼓動が脈打ち始めた。大魔王バーンがハドラーの体内に仕掛けていた最終兵器――『黒の核晶(くろのコア)』が、ハドラーの死期を察知して起動し始めたのだ。

「なに……っ!? これは……ッ!?」

胸を爆発的な熱が襲い、驚愕するハドラー。

だが、その異変を瞬時に見抜いたのはバランだった。

「ぬううっ!! これが大魔王の仕掛けた黒の核晶かッ!!」

バランは一切の躊躇なく、爪を鋭く尖らせた竜魔人の手でハドラーの胸部へと一直線に手を突っ込んだ。肉を裂き、骨を砕き、命を落としかねない激痛にハドラーが絶叫する中、バランはその奥に埋め込まれていた禍々しい黒の核晶を力任せに引きずり出した!

「ガハッ……! ば……バラン……貴様……!?」

呼吸を荒らげるハドラー。バランは引き抜いた核晶を強く握りしめ、冷徹な眼光をハドラーへと向けた。

「ハドラー。貴様の武人としての意地、見事であった。……大魔王の捨て駒として爆発して消えるには惜しい男だ」

バランは素早く呪文の印を結ぶ。

「バシルーラッ!!」

強烈な放逐呪文の光がハドラーと、遠くで見守っていた親衛騎団の面々を包み込む。

「どこへなりと飛んでいけ……! 大魔王の呪縛を逃れ、いずこかの地で静かに果てるがよい……!」

閃光とともに、ハドラーたちは空の彼方へと吹き飛ばされて消えた。

手の中で怪しく脈打つ『黒の核晶』を再びバシルーラで飛ばし、ドルオーラで爆発させるバラン。ハドラーとの激闘で傷つきながらも静かに佇む竜魔人バランの姿がそこにあった。

 

ドカァァァァァァァァァァンッ―――!!!!!

空が、世界が、白銀の閃光に染まった。

「デカい花火か、それとも世界の終末か――?」

あるいは「太陽が爆発したのか」と全人類が錯覚するほどの地響きと衝撃波が、地球のあらゆる大陸を揺るがした。はるか上空の破邪の空域すら貫き、夜空を真昼のように照らし出したその凄まじい爆炎を、全世界の人々が息を呑んで見上げていた。

バランの手によって天空高くへと解き放たれた『黒の核晶(くろのコア)』が、大空の彼方で爆散したのだ。

――バーンパレス、玉座の間。

「ふん……。どうやら向こうにも、なかなかの策士がおるようじゃの」

大魔王バーンは盃を傾けながら、薄く冷酷な笑みを浮かべて呟いた。

「そのようですね……。ハドラーの胸の『核晶』だけを取り出し、空高くで爆発させるとは。なかなかに粋な真似をしてくれますよ」

キルバーンが仮面の奥から不気味な笑い声を漏らし、その横でミストバーンが無言のまま静かに頷く。

そして、その背後に這いつくばるように控えていたのは、魔界の名利貪る妖魔司教ザボエラであった。

「……ザボエラよ」

バーンの冷ややかな視線が落ちる。

「ハドラーも消え、軍団長も軒並み倒れた。……そろそろ、お前にも後がなくなってきたのではないか?」

「ひ、ひえぇっ……! は、ははーっ! 大魔王様っ! このザボエラ、何としても奴らを……奴らを粉砕してみせますゆえ、どうか……どうかお許しをぉっ!」

額を床に擦り付け、全身をガタガタと震わせながら冷や汗を流すザボエラ。

――だが。

(……くくく……ふははっ)

平伏するその顔の裏側で、ザボエラは陰惨な嘲笑を浮かべていた。

この恐怖と動揺の演技すらも、彼にとってはただの「保身のパフォーマンス」であり、どこか他人事に過ぎなかったのだ。

大魔王の威光? 世界の征服? ハドラーの忠誠?

そんなもの、この男にとっては欠片ほどの価値も、興味も湧かない。

ザボエラという生き物を駆り立てる唯一の衝動――それは、知識、実験、そして生命の根源と構造を解き明かす『真理』への渇望のみ。

(大魔王バーン……竜の騎士バラン……そして異世界の勇者八幡とやら……。誰もかもが、力と誇りに酔いしれる愚か者どもよ……)

伏せた瞳の奥で、異様な知識の狂気が鈍く光る。

(力を集め、肉体を弄び、魂を弄くる……。その研究の結実さえ手に入れば、大魔王すらもわしの壮大な実験の『手駒』の一つに過ぎん……。見ておれ……最後の最後に笑うのは、このわしだ……!)

無意識のうちに大魔王すらをも利用すべき研究対象と見下しながら、妖魔司教は闇の中で次なる狂気の実験へと思考を巡らせていた。

 

爆炎と『バシルーラ』の光が放った衝撃の果て――。

ハドラーが流れ着いたのは、地図にも載っていないような世界の片隅に漂う、緑豊かな名もなき小さな島であった。

波が静かに打ち寄せる砂浜に倒れ込んでいたハドラーは、ゆっくりと体を起こし、自らの胸元を見つめた。

バランによって『黒の核晶』を力任せに引きずり出された痕は痛々しく傷ついていたが、大魔王の呪縛からは完全に解き放たれていた。

自身が信じ、捧げてきた忠誠の裏にあったのは、単なる爆弾としての利用価値――。

本来ならば激しい絶望と憤怒に狂ってもおかしくない事実であった。しかし、ハドラーの胸中に広がる風は、どこまでも静かで澄み切っていた。

(……ふっ。存外……絶望も失望もしておらんものだな、俺は)

ハドラーは自嘲気味に、だが晴れやかな吐息を漏らした。

バーンは大魔王としての己の欲望と野望に従い、ハドラーという駒を利用した。

そしてハドラー自身もまた、アバンを倒し、バランに挑み、武の頂点へと至るための力を得るために大魔王の権威を利用した。

ただ、それだけの関係だったのだ。利害が一致し、互いに利用し合っただけの薄氷の契り。

(……だが、バーンよ。一度はこの命を拾い上げ、世に繋ぎ止めてくれたこと……その一点のみは、感謝してやるとしよう)

そう己の人生に決着をつけかけた、その時であった。

「――ハドラー様ぁぁぁッ!!!!」

空を切り裂いて舞い降りてきたのは、傷だらけになりながらもハドラーを探し求めて飛んできた、親衛騎団の面々であった。

着地するやいなや、ヒムは砂浜に膝をつき、オリハルコンの強い顔を歪ませてボロボロと大粒の涙を流した。

「ハドラー様……! ご無事でしたか……! ああ……よかった……本当に、よかったぁっ……!!」

フェンブレンも、シグマも、ブロックも、アルビナスも――全員がハドラーの生還に歓喜し、その身を案じて涙を拭っていた。

オリハルコンの身体を持ちながら、人間以上に熱く、純粋な魂をもって己を慕ってくれる臣下たち。

ハドラーは涙を流し続けるヒムたちの姿をじっと見つめ、思わず目元を緩めた。

(……撤回しよう、バーン)

胸の奥から湧き上がる温かい熱を感じながら、ハドラーはどこか誇らしげに空を見上げた。

(命を与えられたことだけではない……。こんなにも熱く、愛おしい『最高の部下たち』を俺に与えてくれたこと……それも、心から感謝してやるぞ……!)

大魔王の呪縛も、魔王軍の立場もすべて捨て去った一人の武人・ハドラー。

彼は今、真の絆で結ばれた親衛騎団とともに、自らの意志で歩むための新たな命を得たのだった。

 

「さて。……これからどうするか」

ハドラーは穏やかな海風に髪をなびかせながら、ぽつりと呟いた。

その背中に、かつて世界を恐怖で陥れた魔軍司令の威圧感はない。今の彼は、大魔王の呪縛を断ち切り、ただ己の誇りと絆のために立つ――一人の孤高の武人、ハドラーであった。

「ハドラー様……。俺たちは、どこへでも貴方様についていきます」

涙を拭ったヒムが、まっすぐな瞳でハドラーを見上げる。アルビナスやシグマたちもまた、固い静寂の中で深く頷いていた。

「……ふっ。このまま世界の末路を傍観しても良いが……それではあまりにも退屈だ」

ハドラーは自らの胸にそっと手を当てた。そこには、竜魔人バランとの死闘を経て、いっそう激しく燃え上がる武節の熱が溢れていた。

「この熱き血潮……どこかにぶつけねば、俺の魂が収まらん」

ハドラーの脳裏に浮かんだのは、ただ一人の存在。

漆黒の玉座に鎮座し、すべてを見下ろす絶対者――大魔王バーン。

「バランと同等、あるいはそれ以上の闘いを望むならば……もはや、あの男以外におるまい」

ハドラーの眼光が、かつてないほど鋭く、そしてどこまでも澄んだ光を宿して天を射抜いた。

「バーンを……殺しに行くぞ」

「――っ!?」

その一言に、ヒムをはじめとする親衛騎団の全員がぞくつと背筋を凍らせ、歓喜と衝撃に身震いした。

大魔王への反逆。それはかつてなら恐怖でしかなかったはずの言葉。だが今のハドラーが口にすると、それは世界で最も高潔で、不可避な決断のように響いた。

異形の肉体に頼ることなく、純粋な生身の魔族として己の命と武を磨き上げ、ただ一人の武人となったハドラー。

しかし、大魔王にすら怯まず、己の意志と誇りのためだけに立ち上がるその姿は――皮肉にも、かつてのどんな魔王時代よりも遥かに大きく、眩いほどの「真の王の器」を誇示していた。

「……ハッ!! 行きましょう、ハドラー様!! 俺たちの命、どこまでもあんたに預けたぜっ!!」

ヒムの叫びとともに、親衛騎団の決意が一つに重なる。

魔王軍の残党ではなく、真の武人ハドラー率いる「最高の軍団」が今、大魔王バーンを討ち果たすべく、静かに歩みを進め始めたのだった。

 

(ああ……。なんと王の器たるハドラー様に仕えることができ、私は幸せなのだろう……)

ハドラーの背中を見つめながら、女王(クイーン)の駒たるアルビナスは胸の奥で深い感慨に浸っていた。

――だが、同時に胸を締め付けるような歯痒さが彼女を襲う。

(……しかし、なぜ私の身体は硬質な金属なのか。なぜ……この身体には血が通っていないのか……)

目の前で傷つき、それでも誇り高く立つハドラーの姿。傷口をそっと抱きしめ、温もりを与えたい。しかし自分はチェスの駒から生み出されたオリハルコンの存在。触れ合えば冷たい金属の感触しか与えられない。ハドラー様に温もりを与えたいのに……と、アルビナスは自分の身体の不甲斐なさに冷たい葛藤を抱いていた。

その微かな視線と気配の揺らぎに、ハドラーが気づいた。

ハドラーは静かに振り向くと、アルビナスを真っ直ぐに見据え、一切の迷いもない声で言い放った。

「アルビナスよ。どこまでも俺に着いてこい」

「……ッ、ハドラー様……」

「お前が死ぬ時は――俺が死ぬ時よ」

「――――」

その瞬間、アルビナスの思考が完全に停止した。

血が通っていない? 温もりを与えられない?

……なんと浅はかな思い違いをしていたのだろうか。

冷たいはずのオリハルコンの全身に、まるで熱い血液が駆け巡るかのような、怒涛の幸福感が溢れ出していく。今、自分は身体中で、魂の底から幸せを感じていた。

ぽろぽろと、彼女の目から透明な雫が零れ落ちる。

「……泣いているのか、アルビナス?」

ハドラーがどこか不思議そうに問いかけると、アルビナスは慌てて顔を背け、声が震えぬよう必死に整えて答えた。

「いいえ……。朝露が、目に当たっただけにございます……」

「そうか。朝露か」

ハドラーは追及することなく、再び前を向いた。

……そのやり取りを、ヒムたちはすぐ後ろで静かに見守っていた。

朝露など降るはずもないこの状況、アルビナスが流したものが何なのか、ヒムもフェンブレンもブロックもシグマも、全員が完全に理解していた。

だが――それを口に出してからかうほど、この男たちは野暮ではなかった。

ヒムは口元を歪めてニヤリと笑い、フェンブレンは刃をそっと収め、シグマは静かに首を振り、ブロックも重厚な体を揺らしてハドラーの背中を追う。

ただ一人の武人ハドラーと、命も魂もすべてを預けた五人の親衛騎団。

固い絆で結ばれた「最高の軍団」は、大魔王バーンの待つ決戦の地へと、確固たる一歩を踏み出したのだった。

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