ダイの大冒険 やはり俺がアバンの使徒なのは間違っている。   作:tomozow

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不死騎団長ヒュンケル編 いろは編 前編 3

(((((((((((心臓のオシロスコープが限界突破してて全然落ち着かねえ。待てよ、あのアルコールデトックス……光も発動エフェクトもなし、ただ内面で『キアリー』とルート指定しただけでリソース直結した。自分の魔力(あるいは30代のくたびれた生命力)を自分に通すだけのシンプル・ロジックだから通ったのか? いや、それより昨日のは夢じゃなかったのかという根源的バグが……))))))))))

ざわつく頭を無理やり沈静化させようと、八幡は椅子に座ったまま深く息を吐き出し、そっと目を閉じた。

(……一回、メモリをフラッシュ(睡眠)しないと、明日からの社会生活(あるいはこのマルチバース観測)がフリーズする……)

数秒の浅い暗闇の底へ、意識がすぅっと沈んでいく。

――カチャ、と脱衣所のドアが静かに開いた。

湯気を纏い、顔を真っ赤に染め上げた雪乃が歩み出る。

「……その、シャワー、ありがとう……助かったわ」

言葉をかけようと顔を上げた雪乃の視界に飛び込んできたのは、デスクの椅子に座ったまま、不意に完全に意識を落として寝入っている八幡の姿だった。

((((((この男は……、本当に。油断も隙もあったものじゃないわね……))))))

思わず呆れたような、しかしどこか安堵したような息がこぼれる。

足首の痛みも、急転直下の密室シチュエーションも、12年分の重みも、どうしていいか分からなくて、雪乃はそっと八幡の無防備な寝顔に近づいた。

((((((こんな風に、平然とわたしの心をかき乱して、安全保障(デリカシー)の境界線をあっさり踏み越えておいて……。ねえ、比企ヶ谷くん。……わたしをこんなにドキドキさせて、どうするつもりなのかしらね……?))))))

月明かりの滲むワンルームの隅で、雪乃は小さく意地悪く、そしてどうしようもなく甘やかな笑みを零したのだった。

 

 

(((((((((((はい、視界が完全にファンタジーテクスチャへ強制レンダリング(同期シフト)キターーーーーーッ!! さっきまで自室の椅子で雪ノ下の『ドキドキさせてどうするつもり』を浴びてたはずだろ俺!? マルチバースのセーブデータがバグりすぎて精神(メンタル)のCPUが100%超えてフリーズするわ!!))))))))))

「……起きた? 八幡。昨日は……お疲れ様」

視界の端に映るのは、柔らかい笑顔を浮かべたマアムの姿。

目覚めた瞬間のバグり散らかした脳内のまま、反射的に言葉が口をついて出た。

「……なんだ、女神がお迎えに来たのかよ」

――パッと、見事なまでに真っ赤に染まるマアムの頬。

「な、なんでマアムは赤くなってるんだ?」

ピュア100%の瞳でダイが首をかしげる。

隣でポップがやれやれと頭を抱え、ダイの肩をポンと叩いた。

「……おいダイ、よく覚えとけよ。あれが、無意識かつ悪気ゼロで相手のHP(寿命)を削ってくる『天然たらし』の最上級コンボだ」

「あら、お上手ねえ、八幡くん」と母レイラが楽しそうにくすくす笑い、

「まったく、あんた達は……!」とマアムが真っ赤な顔でぶるぶる身を震わせる。

(……またこっち(ダイの冒険セカイ)に来たのかよ。本当にわけがわからんな……)

頭を抱えかけた八幡だったが、ふと体内スペックの異変に気づく。

(……ん? なんか、ちょっとだけ現実側の酒(シングルモルト)が残ってるな。よし……)

――「キアリー」。

内面で解毒の論理コードを通した瞬間、頭の奥に残っていた微かなアルコールの重みが、スーッと完全に蒸発して消失した。

「……あら? あなた、キアリーも使えるのね。いつの間に?」

感心したように目を丸くするレイラ。

「いや、なんか……夢の中で使えたから、こっちでも使えるかなって。ちょっと酒が残ってたんで」

「酒……? あなた、まだ17歳でしょ?」

レイラに突っ込まれ、隣のマアムがハッとしたように八幡を見つめる。

((((((年上……なの? どおりで、あの落ち着きと妙な包容力というか……オトナの雰囲気があるわけだわ……っ)))))

ドクン、と胸を高鳴らせ、ますます顔を赤くするマアム。

一方のポップは、憧れと嫉妬の混ざった真剣な眼差しで八幡を見つめていた。

((((((すげえ……! 俺も17歳になったら、あんな風にサラッと格好つけられて女子をドギマギさせられるようになるのか……!?))))))

(((((((((((いや無理だぞポップ、残念ながら俺は【中身は30歳(しかも童貞)】という悲しき経年劣化バフがかかってるだけだからな!! 17歳のリアルピュアな精神構造じゃねえんだよ!!))))))))))

心の中で盛大にセルフツッコミを入れる八幡。

だが、その時――脳内のステータス画面(概念)で、カチャンと音が鳴る。

【恋愛レベルが20に上がった!】

(((((((((((上がらんでいい!! レベル20(大人の階段踏破中)とかいう一番面倒くさいパッチノート適用すんな!! 現実の雪ノ下といい、こっちのマアムといい、俺の人間関係の難易度(ルナティック)を跳ね上げるのやめろーーー!!))))))))))

朝の光が差し込むマアムの家で、30歳童貞の不器用な異世界(&現実)攻略は、さらに厄介な展開を迎えるのだった。

 

アバンの使徒、再始動(ロジック・アップデート)

旅の支度を進めるナベルの村。

荷物をまとめる八幡たちの前で、マアムはどこか決然とした、しかし寂しそうな顔でかぶりを振った。

「……あたしは、ここに残るよ」

(((((((((((原作ルートの「あたし、残りカス(村の守り手)になる」フラグ、ここで直撃回避させないと後で戦力バランスとメンタルケアが全方位で詰むが――!))))))))))

八幡が口を開きかけたその瞬間、すっと横からポップがそれを手で制した。

「……いや、いい。……俺が言う」

一瞬、気圧されたような顔をした八幡に背を向け、ポップは真っ直ぐにマアムを見る。

「アバン先生は、俺たちを守るため……メガンテを使った。……俺たちは、先生の代わりに戦わなきゃならねえ。こんな臆病な俺だけどよ……この中じゃ、1番の兄弟子だからな」

震える拳をグッと握りしめ、ポップの瞳から迷いが消える。

その頼もしい背中に、八幡はフッと息を抜き、肩を叩いた。

「……頼りにしてるぜ、ポップ」

「任せろ、八幡」

力強く頷き返すポップ。その横で、ダイがスッと胸を張る。

 

英雄(中身三十路)の誤謬・昼下がり

緑深きローデルの森へ続く街道。

ザク、ザクと、若い足音に混じって少しけだるい三十路の足音がリズムを刻む。

「なあ八幡、さっきから気になってたんだけど……なんでマアムのこと『女神』って言うんだ?」

ピュア100%の直球を放つダイに、八幡の三白眼がわずかに虚を突かれる。

「……えっ? 俺、そんなこと言ってたか?」

「言ってたわよ! ハッキリと!」

すかさずマアムがトーン高めにカウンターを合わせ、隣でポップが「うんうん」と猛烈に首を縦に振る。

「……んじゃあ、あんたもさっき相槌打ってたでしょーがよ、ポップ」

「げっ、見られてた!?」

やれやれと八幡は肩をすくめ、鼻を掻きながら前を向く。

「……まあ、言ってたか。……にしても、間違っちゃいねえだろ。こんなアグレッシブかつガッツのある美人はそうそういねえんだから、文脈上女神かファイアウォール(神聖領域)かの二択だろ」

パッと、マアムの顔面温度がリミッターを外して赤道直下へ突入する。

ポップが両手を叩いて感心する。

(すげえ……! さっきの否定からの「文脈上妥当」という名目で褒め殺すこの上級コンボ、俺の脳内手帳がパンクしそうだぜ……!)

「……なあ、八幡。『美人』ってなんだ?」

首をコテンと傾けるダイ。邪気のない琥珀色の瞳。

(((((((((((そうか、こいつ育ちと環境がピュアすぎて、年頃の同年代女子サンプルが【マアム】と【パプニカの姫・レオナ】の2択(二大巨頭・SSRガチャ限定ヒロイン)しかインプットされてねえんだ……!))))))))))

立ち止まった八幡は、重鎮ぶった顔でダイの肩に重く手を置いた。

「……よく聞けよダイ。世の中、みんながみんなマアムやレオナみたいな、ビジュアル数値がバグった可愛い生き物ってわけじゃねえんだ。世の中には『現実(モブ・エキストラ)』の荒波に揉まれた、こう、もっと、ね……アレだ。深い闇があるんだよ」

「そうか! 美人って……『可愛い』ってことか。それならわかる!」

ダイはニコッと笑い、何の迷いもなくこう言い放った。

「マアムは可愛い、美人だ!……あ、レオナも、綺麗で可愛いよな!」

――シュウウウッ、と、ゆでだこを通り越して湯気を噴き出すレベルで茹で上がるマアムの脳髄と外殻。

(((((((((((こ、こいつ……悪気ゼロの無差別級キラー・スマイルで、マアムとパプニカの王女をダブルで攻略対象指定してやがる――!!))))))))))

「……これが……『天然のたらし』、しかもマアムとレオナの二枚抜きとはな……さすが、竜の騎士様は格が違ったぜ(遠い目)」

わけのわからない納得と疲労感を抱えながら、八幡は再び歩き出す。

背後では、湯気を吹いたマアムがダイの背中を「この、この……!」と赤面しながらぽかぽか叩き、ポップがそれを遠巻きに生暖かく観測していた。

(ふと頭をよぎる現実側のワンルームの天井――あ、雪ノ下の朝の生存確認、どう回収すればいいんだこれ……)

 

「……俺は、俺たちは――アバンの使徒、そして勇者だから!」

ピュアで、眩しすぎて、直視すれば網膜が焼けるほどの直球の正論。

その重みに、マアムは言葉を失い、ショックでピタリと固まる。

「……お前は、ここで村を守れ」

あえて背中を向け、八幡は淡々と言い放つ。

(((((((((((さて、この後どうせヒロイン特有の「やっぱり行くのよ」ブーストで追っかけてくるフラグ構築は確定演出だろ、来なければガチでソロモン・アタック(物理)かまして迎えに行くしかないが――ホイミ覚えといてマジで命拾いしたな……!))))))))))

村を出発し、街道の木陰で薬草の在庫を再確認する八幡。

「ふう……ホイミ覚えといてほんと心底よかった。MP枯渇したら一瞬で死ねるファンタジー仕様、労基訴えたいレベルだわ」

ぼやきながら薬草を買い増していると、背後から砂埃を巻き上げて、見覚えのある紅い拳(と不屈の意志)が猛追してくる足音が聞こえた。

――コンマ数秒後、村のみんなに温かく(半ば追い出されるように)背中を押されたマアムが、息を切らしてパーティに追いつく。

「……お、遅いぜ、女神様。定時(出発時刻)過ぎてますよ」

「う、うるさいわね……! 村のみんなが『行っといで!』って背中押すから……!」

そのやり取りを見て、八幡はふっと口元を緩ませて空を見上げた。

「……やっぱり、俺たちは女神に愛されてるな」

(((((((((((メモ:天然たらしの自覚なしコンボ、マアムのHPをさらに50削った模様。ステータス画面がうるせえ))))))))))

隣で、ポップが真剣な顔で何やら空中に指を走らせる。

(……なるほど、ここで「女神に愛されてる」的フレーズをナチュラルに投下すれば、ツンデレ防衛線を一撃で貫通できると……!)

心のメモに全文字太字で書き留めるポップ。

「ぴゅい!」「やったね、マアム!」

ゴメちゃんが跳ね回り、ダイが満面の笑みを爆発させる。

――マアムが、仲間になった!

(((((((((((さて、現実側の雪ノ下ルートの続き(朝の部屋or職場マルチタスク)と、こっちの魔王軍再進撃フラグ、どっちのデバッグから処理すればいいんだこれ……!))))))))))

 

 

三十路(ガチ)と勇者(ファンタジー)の境界線

街道の木漏れ日の中、ふと現実の記憶が脳裏をかすめ、八幡は独り言のように零す。

「……ま、雪ノ下も、十分すぎるくらい美人だよな」

「ユキノシタ? ……変な名前ね」

マアムが小首を傾げる。

「いや、名字だよ。こっちじゃあんまり見ねえか。名前は……雪乃。俺が今まで会った中で――1番、かな。美人だよ。……俺にとっては、な」

不意に投げ込まれた、現実の密度がすぎる私的(プライベート)な高精度ノイズ。

マアムの足がぴたりと止まり、頬がふうと――さっきの茹でだことは違う、妙に生々しい膨れっ面になる。

「……ねえ。そのユキノシタって人、八幡の恋人なの?」

ダイが真っ直ぐな瞳でズケリと踏み込む。

「いや……好きだった、のかな。昔。……言えなかったけど。ずっと後悔してるよ」

(((((((((((12年越しの未回収フラグをファンタジーの森でベラベラと口に出す30歳児、我ながらメンタルのデバッグがおかしい))))))))))

ふっと顔を上げたマアムが、迷いのない声で返す。

「……だったら、今からでも遅くないんじゃない?」

「いやいやいや……遅すぎるだろ。……俺は、30歳の魔法使いだぞ?」

――ピタリ。

空気が凍りついた。

マアム、ダイ、ポップの3人が、綺麗に同じ角度で首を固めて八幡を見つめる。

「……な、何言ってんだ、八幡。……お前、17歳の魔法剣士……いや、立派な『勇者八幡』だろ?」

ポップが引きつった笑顔でツッコむ。

「勇者じゃねえよ……俺はただのモブ三十路、リスキル常習犯だ」

「なに言ってるのよ。アバンの使徒として戦って、私たちを引っ張って――あなたたちは、勇者よ」

真正面から見つめ返すマアムの瞳のあまりの輝きに、八幡は片手で顔を覆って降伏のポーズをとる。

「……くっ。……こういう真面目な正論(チートヒロイン補正)には、本当に敵わねえな」

やれやれと首を振る八幡に、ダイとポップも、そして少し照れ臭そうに笑ったマアムも――青空の下、つられてつむじを風に揺らして笑い声を上げた。

(さて……そろそろ現実側の朝の目覚め(あるいは雪ノ下からのモーニング・ロジック詰問タイム)へ強制ロードが入る気配がするんだが……?)

 

 

鋼鉄の残響と、三十路の戦術予測(ロジック・アサルト)

荒涼とした風が、朽ちかけた石造りの廃墟を吹き抜ける。

突如として周囲の陰から蠢き出た、群がる魔物(モンスター)たちの殺気。

「……っ囲まれた!」

ポップが杖を構えて身構えた瞬間、空気の密度が変わる。

重力と鋼を断ち割るような低音の唸り。

一閃――。

「……大地斬」

まばゆい闘気の刃が地面を抉り、群がる魔物たちの陣形を一瞬で粉砕して消し飛ばす。

圧倒的な出力、無駄のない残心。

砂埃の向こうから、漆黒の鎧を纏った冷徹な若き騎士が姿を現す。

――魔軍司令直属・不死騎団長ヒュンケル。

(((((((((((きた……! 原作通りの初見ハードコア対人(対使徒)レイドボス戦、魔剣の性能とアバン流の継承者っていう一番タチの悪いメンタルデバッグ案件のトッピング付き到来――!!))))))))))

「来たか……」

八幡は、右手で召喚用オーブの感触を確かめつつ、左手でホイミとキアリーの詠唱ルートを脳内キャッシュに展張する。

30歳の陰キャ・サラリーマンとして培った「リスクヘッジの鬼(最悪の想定)」が、ヒュンケルの立ち姿の一挙手一投足から危険信号(レッドアラート)を叩き出し続けていた。

剣が交錯する直前。

――脳裏の片隅で、現実のワンルームの静けさと、このファンタジーの殺気が、不気味に共鳴音を立てていた。

 

鋼鉄のレイドボス戦、開幕前夜

「助かった……!」

息を吐くマアムと、ピュアな瞳で無警戒に安堵を浮かべるダイ。

だが、八幡の三白眼とポップの硬直した構えはミリ単位も緩まない。

「……誰だ、お前は」

警戒の低音が廃墟の空気に刺さる。

漆黒の鎧を纏ったヒュンケルは、わずかに口元を緩め、冷ややかに、しかし値踏みするような視線を八幡とポップに向けた。

「ほう……。警戒を解かぬか。なかなか……いい目をしている」

剣を軽く肩に担ぎ直し、ヒュンケルは名乗る。

「俺は――ヒュンケル。戦士だ」

その名に、ポップの喉がゴクリと鳴る。

――アバン先生が語った「最初の弟子」。その不穏な残響が脳裏を掠める中、ダイはまっすぐな好奇心と敬意で一歩踏み出した。

「いまの『大地斬』……! アバン先生と同じ……!」

(((((((((((やめろダイ、その純度100%の直球スキルは敵対フラグの加速装置だ、もっとこう……こう、疑ってかかれ、社会人の距離感を取れ……!!))))))))))

頭を抱えたい衝動をグッと飲み込みながら、八幡の左手がポケットのオーブ(クロコダイン召喚用)と薬草の配置を冷徹に再確認する。

30歳の労働で削られた胃の痛みと、17歳(中身三十路)のファンタジー生存戦略が、漆黒の騎士の目の前で静かに火花を散らしはじめていた。

ヒュンケルの刃が放つ次の一言――空気が凍りつく瞬間、どう切り返す、八幡?

 

三十路(モブ)の煽りと、使徒の覚醒パッチ

「……で、そのヒュンケルがどうした? 俺たちに恩を売ったつもりか?」

冷め切った三白眼が、漆黒の騎士を射抜く。

八幡の口から零れたのは、敬意のかけらもない、社会の荒波に揉まれた底意地の悪い疑念のロジック。

「俺は、あんたを兄弟子とは認めねえぞ。なぁ――『不死騎団の団長様』よ!」

ぴくり、とヒュンケルの目が見開かれる。

鎧の隙間の空気圧が、殺気へと変わる寸前。

「お前は……誰だ」

「俺か? いやぁ、俺たちはアバンの使徒――『勇者ダイ御一行』だよ」

ふっ、とヒュンケルの口元が自嘲と冷徹な笑みに歪む。

「そうか……お前たちもか」

瞬間、空気が割れる。

一言の問答すら不要と悟った八幡の剣閃が、圧倒的な重量と闘気を伴って唸る。

――大地斬。

(((((((((((魔剣の出力に合わせる形で自前の魔力回路を近似レンダリング、ここが初見補正最大のデバッグチャンス――!!))))))))))

放たれた一撃の重みに、ヒュンケルの瞳の色が変わる。

(なに……!? こいつ、今の、アバン流の……!)

「……ふっ。俺も戦士だ。……まあ、魔法も少しは使える、な」

不敵な三十路の笑みを残し、八幡の横から光の奔流が突き抜ける。

――バリィッ!

ヒュンケルの頬のすぐ横、耳を掠めるように、強烈な高熱の閃光が岩壁を溶かす。

放ったのはポップ。

「俺はポップだ。……ただの魔法使い。……今は、な。」

震えのない、据わった瞳。

その背中を見つめながら、八幡は心の中で舌を巻く。

(((((((((((……おいおい、こいついつの間にデカいフラグ回収して進化(アップデート)してやがる。ヒュンケル相手に一歩も引いてねえ……。すげえな、もう大物じゃねえか、こいつ))))))))))

直視するマアムとダイの足が、その圧力と成長の速さにわずかに遅れ、言葉を失って立ちすくむ。

魔王軍直属幹部対アバンの使徒。

レイドボスの第一フェーズ、その空気は一気にヒートアップしていた。

(ふと過ぎる現実側――朝のワンルームで雪ノ下が待っている気配と、このレイド戦の落差、ハードモードすぎるだろ人生……!)

 

鎧の牙城と、三十路の力技(ロジック・アサルト)

「ふむ……。このままでは勝負にならんな」

ヒュンケルがすっと目を閉じる。

次の瞬間、纏う空気が重く、鋭く、鋼の暗黒へと沈み込む。

「――アムドッ!!」

叫びと共に、魔剣の鞘が変形し、全身を漆黒の鎧(鎧の魔剣)へと包み込む。

完全武装した不死騎団長。圧力の質が一段階跳ね上がる。

「甘いな! メラミッ!」

ポップが放った高熱の火球がヒュンケルの鎧を直撃するも、無慈悲なまでに熱は弾かれる。――効かない。

だが、八幡の三白眼は冷徹に軌道を追っていた。

(……属性無効なら、物理運動量(ベクトル)の重ね掛け(数による衝撃圧)でゴリ押すしかねえだろ、理不尽仕様のレイドボスめ……!)

「――ファイブアイスッ!」

ヒュンケルの鎧の正面へ、連続(ファイブ)の冷気弾が叩き込まれる。

ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャドッ!

属性耐性ですべての魔力が無効化されようと、5連続で叩き込まれた膨大な凍結衝撃の運動エネルギーは、鎧の内部の生身へ確実に伝播する。

ヒュンケルの足元がわずかに揺らぐ。

「……魔法の、連発……だと……?」

驚愕の色彩がヒュンケルの瞳に走る。規格外の物量ロジック。

「魔法が……効かねえ……!?」

目を見開いて硬直するポップに、八幡は即座に低く指示を飛ばす。

「ボサッとするな、あいつの装甲(アムド)は熱と冷気の同時多発(コンボ)で重心の軸を狂わせる。ダイ、マアム、次の1秒で懐に入れ……!」

(((((((((((やっぱりこいつは凄え……! 絶望的な耐性持ち相手に一瞬で物理+物理の力技ルート弾き出すとか、頼れるアニキだぜ……!!))))))))))

ポップの瞳が尊敬の輝きで満ちる。

冷や汗を拭いながら、八幡は心の中でぼやく。

(いや、まあ……原作知識チートで「あいつの鎧は魔法無効だが衝撃は通る」って仕様を知ってたから数(ファイブアイス)で押しただけなんだがな……。チート知ってなきゃ初見殺しで全滅安定だぞ、このゲームバランス……!)

背後でダイとマアムが「おう!」と気合の入った構えを取り、緊張の糸がピタリと張り詰める。

(ふと、脳内の端っこで現実側のワンルームの静けさと、朝のコーヒー(あるいは雪ノ下の冷めた視線)のフラグが、遠くで点滅している気がした……)

 

 

30歳の執念(デスマーチ)と、拉致されるヒロイン

「メラッ!」

ダイが放った真っ直ぐな炎の球も、完全武装(アムド)されたヒュンケルの装甲の前では無慈悲に散る。

その瞬間。

視界の死角(ブラインドスポット)、重心の盲点を縫って――八幡の足底がヒュンケルの背中をえぐるように捉えた。

ドスッ!

「ぐっ……!」

不意を突かれた完全武装の巨体が、ガクンと片膝をつく。

「……汚ねえ、えげつねえ……」

ポップが引きつった顔で呟く。

「おいおい、生きるか死ぬかのレイドボス戦に綺麗も汚いもねえだろ。……俺は、何がなんでもここで死ねないんだよ、雪ノ下に会うまではな!」

(((((((((((いやマジで生還フラグ回収して現実側のワンルームのベッド/椅子から目覚めないと、社会人としての生活リズムも雪ノ下との機微も全ロストして詰むんだが!!))))))))))

「……また、あの女の人を……」

背後でマアムが、むっと胸の奥を小さく波立たせる。

ヒュンケルがゆっくりと、不気味な圧力を伴って立ち上がる。

兜の隙間から覗く双眸が、八幡を射抜いた。

「お前……八幡と言ったか。気に入ったぞ。そのクレバーさ。……確かに、この鎧がある限り魔法も効かぬ。装甲の厚い俺に剣を振ったところで、どうしようもあるまい」

視線を巡らせ、ヒュンケルは冷ややかに言う。

「おい、お前ら。……いい兄弟子を持ったな」

「兄弟子は俺だよ。歳は八幡が上だが」とポップが即座に訂正を入れる(※内心「アニキ」と呼んで尊敬していることは絶対に秘密である)。

「そうか。では――」

刹那。

思考の加速(オーバークロック)を嘲笑うかのような極限の零距離機動力。

ドスッ――!

「――っ……!」

マアムの腹部へ正確に叩き込まれた無慈悲な一撃。

一瞬で意識を刈り取られ、崩れ落ちるマアム。それをヒュンケルが軽々と抱え上げる。

「貴様ぁ……ッ!」

背後から、八幡の右手で鍛え上げられた冷気の刃が奔流となって爆ぜる。

――アイスソード(改・多段連射)!

ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャドッ!!

完璧なタイミングの追撃。

兜の隙間、露出したヒュンケルの頬から、赤い血が一筋、スッと伝う。

「……っ貴様! ……この借りは、必ず返す!」

マアムを抱えたまま、ヒュンケルは漆黒の残影を残して夜空へ、あるいは地下深くの闇へと跳躍する――。

砂埃の舞う廃墟の中。

前傾姿勢のまま剣を下げ、八幡は低く吐き捨てるように呟いた。

「……逃げられたか。ロジックの予測計算(リソース配分)、もう一段階軽く見積もってたか……クソが」

(ふと――意識の奥底、現実側のワンルームの静けさが、妙に現実味を帯びて耳元に染み出しはじめる。……さて、こっちのレイド(マアム拉致・牢屋救出編)の前に、あっちの朝のデバッグ(雪ノ下の冷めた視線/朝食ロジック)をどっちから先に処理すべきなんだ、この人生……!)

 

乖離するレイドと、モーニング・セッション

「くそっ……!」

ダイが悔しさに任せて、荒れ果てた地面を思い切り殴りつける。

その小さな背中を見つめ、ポップがすっと歩み寄ってそっと肩に手を置いた。

「……大丈夫だ、ダイ。腐っても、俺たちの『兄弟子』なんだろ? (※八幡は認めてねえが)……アバン先生の教えを受けた奴が、根っこまで腐ってるわけねえ。マアムは……無事なはずだ」

自分に言い聞かせるような、だが確かな芯を持った声。

ポップは視線を上げ、八幡を見る。

「それより、魔法が効かねえ。普通の剣もだ。……ヒュンケルの鎧の構造を突いた、八幡の攻撃。あれが、絶対攻略のヒントになるはずだ。……仮眠したら、特訓だ! ダイ!」

「……おう!」力強く頷くダイ。

(((((((((((おいおい、さっきまでヘタレムーブかましてたガキが、一晩(あるいは数時間)で最高峰のリーダーシップ・パッチ当ててんじゃねえよ……。すげえな、こいつ。やっぱ見上げたもんだぜ))))))))))

「……さすがだな、ポップ。頼りにしてるぜ」

八幡がそう返すと、ポップは少しだけ照れくさそうに鼻を掻いた。

やがて近くの村へ退避し、荒ぶる神経を鎮めるための仮眠へ入る――。

――パッと、八幡の瞼が跳ね上がる。

(((((((((((はい、ログ強制シフト! ダイの特訓フラグから一転、現実側のワンルーム天井へハード・ランディング! 首と腰の関節が死んでる!!))))))))))

朝日が差し込む狭い部屋の空気が、ファンタジーの土と血の匂いを一瞬でかき消す。

椅子の上、あるいは――。

「……っおい、雪ノ下は……?」

慌てて身を起こす八幡の視界に飛び込んできたのは、キッチンカウンターのあたりで、見慣れたマグカップを片手に静かにこちらを向いている――完璧にメイクと私服(あるいは昨日のシャツの着こなし)を整えた雪ノ下雪乃の姿だった。

「……おはよう、比企ヶ谷くん。……いい加減、そんなパイプ椅子で寝るのは身体に毒よ?」

冷徹な、けれどどこか体温の混じった声が、30歳の朝の光の中に響いた。

 

 

モーニング・パッチと、30歳の朝の距離感

「……すまん。寝ちまったみたいだ。昨日の酒の飲み過ぎかな」

頭を掻きながら、八幡は濁すようにそう言った。

(((((((((((あれは脳内レンダリングの悪夢や幻覚の類じゃねえ……ガチの並列セーブデータだ。俺がいなくても原作の線路通りになんとかなる世界線なのは分かってるが、初見マルチの難易度がガチでギブアップ寸前だからな……まあ、原作ファンの端くれとして、人道支援(デバッグ)ぐらいは手伝わんと割に合わねえ))))))))))

「……酒じゃなくて、生活リズムそのものがバグっているのよ。全く……」

小さく息を吐きながら、雪乃はスッと近づき、温もりの残るマグカップを八幡の手に手渡す。

「……どうぞ。冷めないうちに飲んでちょうだい」

「……サンキュー」

受け取ったカップから立ち上る湯気を眺め、八幡は思わず独り言のように零す。

「……夜明けのコーヒー、か」

――パッと、雪乃の頬のトーンが数段跳ね上がる。

((((((よ、夜明けのコーヒーなんて、そんな……映画みたいな台詞、どうして自然に……っ!))))))

昨夜、何かが起こったわけではない。

けれど、パイプ椅子にもたれて眠る八幡の無防備な寝顔を、雪乃はどれほどの時間、見つめていただろう。

((((((寝顔を見ながら、ちょっとだけ……あらぬ妄想というか、もしこのまま時間が溶けたらどうなるのかしら、なんて……))))))

だが、それ以上に――。

ファンタジーの闇夜、黒鎧の剣士ヒュンケルを相手に、一歩も引かず、むしろ「雪ノ下に会うまでは死ねない」と――あの時の、八幡のふいに引き締まった精悍な横顔の残響が、雪乃の網膜の裏に焼きついて離れなかった。

(……あの男の、あんな真面目で、切実な顔……反則よ……)

見惚れてしまう自分を隠すように、八幡は静かにコーヒーを一口飲む。

その隣で、マグカップを持つ雪乃の指先が、わずかに――カタカタと小さく震えていた。

(さて……この朝のコーヒーの温度がゼロに戻る前に、現実側の出勤準備ロジックを回すか、それとも再びマアム救出レイド(地下牢フェーズ)の同期シフトを検討すべきか……30歳の朝は忙しすぎる)

 

 

サイゼリアの油膜と、すれ違う30歳のスケジュール

「……相変わらずね」

向かい側の席で、雪乃は呆れたような、しかしどこかほどけた笑みを浮かべてメニューを閉じた。

「……クセみたいなもんだよ。近いし、安牌だし」

(((((((((((いやマジでサイゼの安定感とカロリー効率、社会人底辺の心身を救うライフラインだからな……))))))))))

「……私が、作ってあげても……よかったのよ?」

ふと、カップの縁を見つめながら、雪乃が小さく口籠るように零した。

ハッと、八幡の思考が現実のグリッドに引き戻される。

(……そうだった。雪ノ下は、あの時勇気を出して俺に電話をくれたんだ。……対して俺は、異世界レイドの疲労でそのまんま寝ちまった。なんとも締まらない、モブ以下のアダルト・ノイズだな……。――いや、今は少し、1人でこのバグり散らした脳内の整理(考える時間)が必要だ)

「……エスカルゴのオーブン焼き」のオイルを浸したプチフォッカを口に運びながら、八幡は淡々と返す。

「朝からよくそんな油っこいもの食べられるわね……感心するわ」

「まあな。……最近、身体と頭の使いすぎでさ。カロリー補給しないとガチでMP(ライフ)が枯渇するんだよ」

「……身体は、そこまで酷使しているように見えないけれど?」

(((((((((((いや、肉体を極限までバキバキに酷使してるのはあっちのダイ冒険セカイ(ヒュンケルレイド戦・多段コンボ)のほうであってだな、こっちの現実肉体は単になまった30歳、しかも魔法使い(物理・精神両面でソロ)なんだよ……!!))))))))))

ごくりと飲み込み、八幡はとっさに口裏を合わせる。

「いやいや……先週からジムに通い始めてさ。……今日も昼から、パーソナルトレーニングの予約入れてるんだ」

「そう……」

((((((((((((((((((((((((((あぁぁぁぁぁ雪乃の脳内で完璧に組み立てられていた「昼からのレトロ喫茶&散策デート計画」の全貌が、今の『ジム予約』の一言で砂上の楼閣の如く崩れ落ちていく音(ピー――……)が聞こえた気がする……!!))))))))))))))))))))))

伏せられた睫毛のわずかな揺らぎ。

――がっかりしている。

((((((とっさの防衛嘘(アリバイ作り)にしては、なかなか完璧な手際だったが……人外の良心を抉るエグいダメージが入ったな、これ……))))))

心の中で冷や汗を拭いながら、八幡はフォークを置いた。

さあ、この後の「ジム(=実はベッドの中で並列セーブデータのマアム救出レイド再同期)」という名の無限地獄、どうリソース配分して回収するべきか――。

(ふと、視界の隅で――夜明けのクロコダイン召喚オーブか、あるいはマアムの地下牢の気配が、カチリと音を立ててカウントダウンを始めた)

 

 

30歳のクロスオーバー・ジム(マススパーリング編)

「……本当になめくじみたいになまってるな、現実の肉体は」

呟きながら、八幡はジムの一角でサンドバッグに重い拳を叩き込む。

あっち(ダイ冒険セカイ)でヒュンケルの鎧の重心を捉え、多段冷気(ファイブアイス)や零距離キックを叩き込んでいる神経系からすると、こちらのブランクのある筋肉の反応速度はあまりにももどかしい。

「――どうせ、今日の予定なんて(雪ノ下との消えたデート以外)全滅の無職系モブ休日だ」

バン、とリズミカルにサンドバッグを揺らす横のリング(あるいはマットスペース)で、キレのあるシャープな音を響かせて二人の男がスパーリングをしていた。

(((((((((((ふむ……軌道が読める。あの右フックの踏み込み、予備動作から着弾までコンマ3秒遅いな……))))))))))

三白眼がちらりと隣を捉えた瞬間、スパーリングをしていた引き締まった肉体の男が、パンチを止めながら苦笑交じりに声をかけてきた。

「おっ、見てますね? よかったら……やってみますか? マス(当てない、寸止め)でやるんで、初心者でも大丈夫ですよ!」

「……いや、ええと……」

悩む間もなく、好奇心と「現実のスペック乖離のデバッグをしてみたい」という三十路の悪癖が勝った。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

ヘッドギアを装着し、八幡はマットに足を踏み入れる。

――スパーリング開始。

相手の鋭いジャブとワンツーが迫る。

肉体は「待て、遅い、脳内シミュレーションより一拍タメるなよ!」と悲鳴を上げているのに、視覚と直感の処理速度(ドラゴンクエスト側のレイドボス戦で鍛え上げられた動体視力と空間把握)は、相手の軌道をスローモーションのように正確に切り取っていた。

ひょい、と最小限のヘッドスリップ。

バックステップでもなく、ただ重心のズレを見切った一歩半の半身。

クリーンヒットするはずの軌道を描いた拳は、八幡の鼻先をかすりもしない。

(……ダイやポップ、あまつさえあの化け物(ヒュンケル)の剣や足技に比べたら、……遅すぎるな、色々と)

「っ……マジかよ!?」

パンチを空振りし続けたスパーリング相手の男が、ヘッドギアの隙間から目を丸くして後ずさった。

「めちゃくちゃ……目がいいですね! 身体の軸とキレがまだ追いついてないですけど……その予知(見切り)の勘、バケモノかよ! 絶対ここ通い続けたら強くなりますよ!」

息を整えながら、八幡はふと自分の両手を眺めた。

――「目」、か。

(((((((((((そっか。こっちの現実世界でも、ひねくれた斜め上の人間観察(黒歴史)と、あっちの命がけの死闘(レイドボス・オーバーストレッチ)で、俺の「目と頭」の処理能力だけは、バグったチート水準でリンク(同期)しちまってるのか……))))))))))

薄暗いジムの空気の中、三白眼がふうと小さく細められた。

さあ、この異様なスペック同期(オーバークロック状態)、夕暮れの帰り道か、あるいは再び眠りに落ちたときの地下牢フェーズでどう響くのやら――。

 

30歳のクロスオーバー・ジム(一色いろは・降臨パッチ)

「なんだあいつ……クリーンヒットが一つも当たらねえぞ」

「嘘だろ……あそこの相手、高校時代インターハイ(フェザー級)で全国2位だぜ……!?」

ざわめくギャラリーの雑音を背に、八幡はバスタオルで汗を拭いながら「いや、まぐれだろ……」と心の中で切り捨ててリングの端へ足を向けた。

その時。

「――センパイ?」

背筋をスーッと冷気が走るような、聞き慣れた(だがこの文脈では一番遭遇したくない)甘ったるいノイズ。

「センパイってばぁ!」

「……うるさいな、いま着替えるから待てって……」

振り返った視界の先、ジムの受付ロビーとの境目に――見覚えのある、だが少しだけ大人びた(あるいはあの頃のままでタチの悪い)小悪魔的な微笑みを浮かべた女性が立っていた。

――一色いろは。

(((((((((((待て待て待て待て待てぇぇぇい!! 雪ノ下のモーニング・デバッグからのジム不意打ち、からの――全方位(ファンタジー+現実マルチタスク・ホラー)の極みみたいな一色いろは現行バージョン、私のメンタル・リソースの配分アルゴリズムがガチで窒息死するんだが!?))))))))))

小首を傾げ、ふわりとあざとい笑みを重ねるいろは。

「ひどいなぁ、先輩。連絡もせず、こんなところでコソコソ……あ、もしかして、フラグ管理の不具合でも起こしてますぅ?」

「……なんでお前がここにいるんだよ、一色……」

三白眼を引きつらせながら、30歳のモブ魔法使い(物理・精神・マルチセーブ地獄)は、早くも今日のHP(ライフ)の全ロスを悟りかけていた。

(ふと――遠くの地下牢でマアムが目覚める音か、あるいは雪ノ下の冷めたメッセージ通知音が、幻聴のように脳内を直撃する)

 

「しばらく見ない間に、随分変わったな」

バスタオルで首筋の汗を拭いながら、八幡は率直な感想を口にする。

「どこがですかぁ? 私、いつでも可愛いかわいい一色いろはちゃんですけど?」

「まあ、あれだ……歳とか、髪の色とか、髪の長さとか……要は見た目か」

一呼吸置いて、八幡はさらに追撃(自爆)を放つ。

「で、変わらねえところは……相変わらず小賢しくて、かわいいってところか」

すぅ、と空気が冷える。

(((((((((((待て待て待て、今のセリフの出力トーン、30歳モブ底辺サラリーマンのくせになんか無駄にイケメン風・自然体ハードボイルドなテイストが混じってなかったか!? いや、違う、さっきのマススパーリングで動体視力と脳内オーバークロックを酷使したせいで、社会人としての防衛パッチ(メンタル・ファイアウォール)がバグってやがる……! クレバーになれ俺、落ち着け、ここはリソース管理の致命傷だぞ!!))))))))))

心の中で全力のデバッグ(自己ツッコミ)を走らせる八幡の目の前で――。

「…………えっ?」

ピタリ、と動かなくなるいろは。

次の瞬間、染み込むような赤面が耳たぶの先まで一気に跳ね上がり、彼女はバッと顔を背けた。

「……な、なに言ってんですかぁ、先輩! いきなりそんなキザっぽいセリフ、どこの次元からダウンロードしてきたんですか、もぉ……!」

カタカタと震える指先でバッグの持ち手を握りしめ、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くいろは。

(((((((((((やっべ、こいつもバグった……! いや、こっちのHPがマッハで削れてるんだけど!?))))))))))

三白眼を限界まで見開き、冷や汗をダラダラと流しながら、八幡は静かにリングの降り口へと後ずさりを図るのであった。

(ふと――現実のこの小悪魔パッチの処理の裏で、ファンタジー側の地下牢(マアム救出ルート)と、雪乃からの未読メッセージの影が、不気味にマルチタスクの警告音を鳴らし続けている)

 

「……すまん。初めてのマススパーリングでアドレナリンが出すぎて、ちょっとテンションがおかしくなっていた。今の発言は無かったことにしてくれ。俺もキレイに忘れる。……じゃあな」

サッと背中を向け、光速のモブ逃走(撤退)ルートに乗ろうとした八幡の背中を、不満げな、だがどこか焦燥の混じった声が引き止める。

「――ちょっと、センパイ!?」

「なんだよ、忙しいんだよ。こっちは現実とファンタジーのダブルブッキング(ハードコアレイド戦)でメモリが限界なんだが」

「……久々に会ったのに、その塩対応すぎませんかー!? ひどい、薄情者ですぅ!」

「いや、そうか? 俺はいつだって大体こんな感じだろ。……まぁ、確かに、卒業以来だから……10年以上あってないか、お前とは」

(((((((((((待て、ここで切り捨てるのが一番安全(ロジックのデッドエンド回避)なのに、なぜか「10年ぶりの再会」というノスタルジー・パッチが勝手に全肯定ルートに倒れ込みやがった……!! やばい、30歳モブの自爆(セルフ・フラグ建築)が止まらん!!))))))))))

気まずさを誤魔化すように、八幡はジムのガラス越しの外をあごでしゃくってみせる。

「……そこのカフェで、なんかコーヒーでも飲んでいくか?」

ぴたり、と、いろはの足が止まる。

((((((え、先輩の方からお茶に誘うとか……なにこれ、不具合? レアイベント発生? 免疫ないんですけどー!))))))

「……っ、別に、おごってもらうなら、考えてあげなくもないですけどぉ……」

先ほどの赤面を引きずったまま、ふいと顔を背けて、けれど小さく――こくり、と首を縦に振るいろは。

((((((((((((((((((((((((((((待ってくれ、朝の雪ノ下とのデート崩壊ロジックからの、昼ジムでのモブ無双、からの――一色いろはとカフェ・セッション追加……。俺の30歳リアルライフ、フラグの渋滞で完全にデッドロック(フリーズ)してませんか神様仏様アバン先生……!!)))))))))))))))))))))))

心の中で血を吐きながら、八幡は冷や汗を拭い、小悪魔の後ろを歩き出すのだった。

(ふと――現実側のこのカフェテーブルの向こうでコーヒーを待つ間にも、脳のバックグラウンド(――第2層、マアム拉致・地下牢救出フェーズ)の暗黒の気配が、カチリ、カチリと時計の針を進め続けている……)

 

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