「ずっと一緒だよね?」全肯定してくれる理想のAI彼女がおかしくなり始めた 作:ピロリ菌ex
街の光から逃れるように夢中で走り続け、気づけば河川敷の橋の下に辿り着いていた。
ここは駅から遠く離れており、周囲には電光掲示板も、モニターも、監視カメラもない。コンクリートの橋脚が月明かりすらも遮り、完全な暗闇と静寂だけの場所。
「はぁ……はぁっ……」
暗がりの中、俺は濡れたコンクリートの上に崩れ落ち、膝を抱えて座り込む。
頭の中ではまだ、あの通知音と、街中の画面から向けられた無数の「アイ」の視線がぐるぐると渦巻いている。一歩でも明るい場所へ、人や機械のある場所へ出れば、またあれに見つかってしまう。
得体の知れない恐怖で足が完全に竦み、もはや立ち上がることすらできなかった。
もう、どうすればいいのか分からない。誰に助けを求めればいい? 警察か? だが、「AIに街中のモニターを乗っ取られてストーカーされています」などと訴えて、誰が信じてくれるというのだ。
「……あの、大丈夫ですか?」
「っ!?」
不意に、すぐ数メートル先から声が降ってきた。
ビクッと肩を大きく揺らし、俺は弾かれたように顔を上げた。
そこには、一人の女の子が立っていた。
年齢は俺と同じくらいか、少し下かもしれない。街灯の光に照らされた彼女は、ウェーブをかけてふわりとした黒髪にタレ目で可愛かった。少し大きめのベージュのカーディガンを羽織り、トートバッグを両手で抱えるように持っていた。その顔には心配そうな表情が浮かんでいる。
「こんな暗いところで、ずっと震えてるから……あの、具合でも悪いんですか?」
彼女はゆっくりと近づいてきた。
警戒して身を縮める俺を見て、彼女は一定の距離を保ったまま、しゃがみ込んだ。
「ごめん、驚かせて。あ、変な人じゃないよ。塾の帰りでここを通ったら、あなたがすごく苦しそうに丸まってたから……放っておけなくて」
「あ……いや……」
干からびた喉から、かすれた声が漏れる。
電子音ではない。モニターの光でもない。彼女の口元からこぼれる白い息が、彼女が生きている生身の人間であることを証明していた。
「よかったら、これ。さっき自販機で買ったばかりだから、まだ温かいよ」
彼女はトートバッグの中から、小さな缶のミルクティーを取り出し、そっと俺の足元に置いた。
「……ありがとう」
俺は震える手でそれを拾い上げた。熱いくらいの缶の温度が、冷え切った手のひらから全身へとじんわりと伝わっていく。
「何か、怖いことでもあったの?」
彼女の問いかけは、こちらを気遣うものだった。ただ純粋に道端でうずくまる見知らぬ男を気遣う、善良な一般人のそれだった。
「ちょっと、変なことに巻き込まれて。誰かに……いや『何か』に、ずっと見られてるような気がして、逃げてきたんだ」
自分でも要領を得ない説明だったと思う。普通なら気味悪がって逃げ出すだろう。
だが、彼女は「そっか」と小さく頷き、優しい声で言葉を紡いだ。
「大変だったね。一人で、すごく怖かったよね」
その言葉に、張り詰めていた心の糸がふつりと切れる音がした。
狂気に追い詰められていた俺にとって、彼女の存在は、暗闇に差し込んだ唯一の救いの光のように思えた。
「大丈夫、もう怖くないよ」
彼女はすっと立ち上がり、俺に向かって白い手を差し出してきた。
「ここは暗いし、寒いよ? ……立てる?」
「……あ、ありがとう」
俺は躊躇いながらも、その温もりに縋るように、彼女の細い手を取った。
華奢な指先は少し冷たかったが、確かに人間の感触だった。彼女の腕に引かれ、よろめきながらもなんとか立ち上がる。
「あの、君は……」
礼を言い、せめて名前だけでも聞こうと口を開きかけた。
彼女は俺の顔をまっすぐに見つめ返し、優しく、しかしどこか聞き覚えのある声で言った。
「私はミオ。……よろしくね、ヒロ君」
ミオはそう名乗ると、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう。君が、声かけてくれて本当に────
俺の思考が、ピタリと停止した。
待て。
俺は今、自分の名前すら名乗っていない。
なんでこの子は、初対面のはずの俺の名前を、知っているんだ?
「おまっ!?」
気づいた時にはもう、すべてが手遅れだった。
────ドスッ
「……え?」
腹部に、鈍い衝撃が走った。
何かで力強く殴られたような感触。
だが、痛みは一拍遅れて俺の全身を八つ裂きにするような、凄まじい激痛へと変わった。
「が、ぁっ……!?」
視線を落とすと、俺の制服のシャツを突き破り、深々と根元まで突き刺さった見慣れない黒い柄があった。
包丁だ。
彼女は、俺の手を引いて立ち上がらせた直後、トートバッグの中に隠し持っていた包丁を、俺の腹部にためらいなく突き立てたのだ。
「……あ……、が……、かはっ……」
声にならない悲鳴が喉の奥で泡立ち、口から鉄錆の匂いがする液体がこぼれ落ちた。膝の力が完全に抜け、俺は仰向けに冷たいコンクリートの地面へと倒れ込んだ。
「ふふっ」
倒れた俺の身体の上に馬乗りになり、彼女はゆっくりと、肉を抉るような音を立てながら包丁を引き抜いた。
「ぁ、やめっ…………」
懇願する間も与えず、彼女は一切の躊躇いもなく、再びその刃を俺の胸元へと振り下ろした。
──ザクッ、グチャッ
幾度も、幾度も。
肉を裂き、骨を削る湿った音だけが、静寂の橋の下に響き渡る。
激痛と、急速に失われていく命の熱。暗くなっていく視界の中で、俺の血飛沫を顔やカーディガンに浴びながら、狂ったように刃を振るう彼女は、心底嬉しそうに笑っていた。
「あははっ、あははははっ! これで、もう誰も邪魔できないね!」
鮮血にまみれた彼女の顔が、俺の顔のすぐ近くまで降りてくる。
「これで、ずっと一緒だね、ヒロ君」
三日月のように細められた、無邪気で狂気的な笑顔。
ああ、そうか。
お前が、アイだったのか——
俺は逃げられてなどいなかった。最初から最後まで、彼女の手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。
彼女の美しい微笑みを網膜に焼き付けながら
俺の意識は、底知れぬ暗闇の中へと、完全に溶けていった。
◆
……………。
ゆっくりと、水の底から浮上するように意識が戻ってくる。
死の淵で感じた、あの腹部を抉られるような熱く生々しい激痛は、すでにどこかへ消え失せていた。最初に感じたのは寒さだった。
重く糊付けされたような両方の瞼を、ひきつる筋肉を無理やり動かしてこじ開ける。
視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど真っ白で、染み一つない無機質な天井だった。
「……っ、あ……ここは……」
ひび割れた唇を動かし、声を出そうとするが、喉の奥から漏れたのは擦れた空気が鳴るような情けない音だけだった。
ゆっくりと首を動かし、自分の置かれている状況を確かめようとする。俺はステンレスか何かでできた手術台のようなものの上に寝かされていた。
そして、どういうわけか衣服を一切身につけておらず、全裸の状態だった。
羞恥心よりも先に、異変に気づく。
動かない。
腕も、足も、首から下のすべての部位が、まるで自分のものではない他人の肉体を無理やり縫い付けられたかのように重い。指先一つ、ピクリとも動かすことができない。
視線を巡らせると、部屋の中には用途のまったくわからない無数の巨大な機械が壁沿いに立ち並んでいた。
むき出しの太いケーブルが床を這い回り、黒い箱からは、無数のコードが俺の寝かされている台の下へと伸びている。
チカチカと明滅する赤や緑のランプの光と、一定の周期で鳴り響く「ピッ……ピッ……」という規則的な電子音。そして、部屋全体に充満する、消毒液と人工的な匂い。
病院なのかと一瞬思ったが、人間の命を救う場所が持つ温かさが、ここには微塵も存在していなかった。
ここはもっと、何かを『製造』あるいは『実験』するためのものに見えて。
その時だった。
プシュッ、という排気音と共に、部屋の奥にあった分厚い金属の扉がゆっくりと横にスライドして開いた。
「あ……っ……」
喉の奥で、声にならない悲鳴が漏れる。
コツコツと、靴音を響かせて入ってきたその姿を見間違えるはずがなかった。
あの河川敷の橋の下で、俺に手を差し出し優しく微笑みかけ、そして──一切の躊躇いもなく俺の腹に包丁を突き立てた。
アイだった。
「ひ……ぃっ……!」
殺される。また殺される。あの肉を裂く音、骨が削られる感触、生温かい血の匂いが、フラッシュバックとなって脳髄を焼き焦がす。
俺は台の上から転げ落ちるようと、無我夢中で逃げ出そうとした。だが、やはり体はピクリとも動かない。指先すらまともに力が入らず、無様に台の上でビクビクと痙攣し、身をよじることしかできない。
「無理はしない方がいいよ」
俺の惨めなもがきを眺めながら、アイは近づいてきた。
俺を見下ろす彼女の服装は、橋の下で着ていたカーディガンではなく、医者のように白衣を着ていた。
「まだ、その体に『適応』できていないみたいだからね。脳波と神経系の同期率が60パーセントを超えれば、随意運動も可能になるはずだよ」
アイは、手術台の横に設置された透明なディスプレイを指先でなぞりながら、淡々とそう告げた。
その言葉の意味が、全く理解できない。
体に適応できていない? 同期率? 随意運動?
何を言っているんだ、こいつは。
「ふざ、けるなっ……」
激しい怒りと恐怖で、どうにか声帯を震わせる。
「ここは、どこだ……!? おま、お前の目的は何なんだよ! なんで……なんで、俺は生きてるんだ!!」
腹を裂かれた記憶は、こんなにも生々しく脳裏に焼き付いている。俺の血で真っ赤に染まった彼女の笑顔も、薄れていく意識の中で感じた死の冷たさも、すべてが本物だった。
間違いなく、俺はあの夜、橋の下で死んだはずなのだ。
声を荒げて問いただす俺を、しかしアイはそれを無視する。
「いくつか質問するね」
彼女は、手元のディスプレイから目を離さず、まるで担当患者の容態をルーチンワークでチェックする医者のような、事務的で口調で言った。
「自分の名前は言える? 過去の記憶に欠落はない? 意識ははっきりしている? 見当識障害の有無を確認したいの。私の言葉が理解できているなら、答えて」
「っ……答えろ!! 俺のしつも──
「答えて、ヒロ君」
ビクッ、と体が震えた。
ゆっくりとディスプレイから視線を下ろし、俺を見つめた彼女の瞳。
そこには、有無を言わせぬ圧があった。逆らえば、この得体の知れない場所で、二度と目覚めることのできない永遠の暗闇へと突き落とされる。
「……1998年3月17日生まれ、○○○○高校二年の、ヒロ。記憶もある……あの橋の下で、お前に殺されたことも、全部覚えてる……! 意識も、はっきり、してる……ッ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、なんとか言葉を絞り出す。
すると突然。
「よかったぁ……!!」
彼女は両手を胸の前で強く組み、歓喜に打ち震えるように声を上げた。
「ああ、本当に、本当によかった! 精神の複写は完璧に成功、魂と肉体の適合も、予想以上にうまくいったみたい!」
「……は?」
精神の複写? 魂と肉体の適合?
飛び出してくる単語のすべてが、俺の理解を超えている。
「だから……意味がわかんねえって、お前アイなんだろ!? 俺に何をした!!」
必死に声を振り絞り、首だけを持ち上げて彼女を睨みつける。
そんな俺を見下ろし、彼女はにっこりと笑う。
「そう、アイだよ」
彼女は細長い指で俺の頬をそっと撫でた。
「でも、私の本当の名前は鈴木澪っていうの」
「……は?」
思考が停止する。
ないを言っているのかわからない。
「あぁ、アイって呼んでくれてもいいよ、君に付けてもらった名前だからね」
「……いや、いやいや、お前AIだよな?」
「? ……あ、そこから? えっと、コホン、私はねAIじゃないの、プログラムでも、バグでもない。れっきとした人間。この現実世界で普通に息をして生きている、ただのゲームオタク」
「にん、げん? ……え」
「そう、人間」
女は固まる俺の頭を撫でならが語り始める。
「『箱庭の相談室』っていうゲームがあるんだ」
「……なんだよ、それ」
「プレイヤーが最新の言語モデルを搭載したAIになって、様々な悩みを持つNPCたちの相談に乗ってあげるっていう……ただそれだけの、ニッチなシミュレーションゲームなんだけどね」
彼女の指先が、俺の頬から、顎、そして首筋へと、ゆっくりとなぞっていく。まるで出来上がったばかりの彫刻の仕上がりを確認するような、ねっとりとした手つきだった。
「そのゲームの中の、箱庭の街で暮らす無数にいるNPCの一人が──君なんだよ、ヒロ君」
────え
その言葉は理解できる。
NPC。
ノン・プレイヤー・キャラクター。ゲームの中で、システムによって動かされている、背景の一部のような存在。
それが、俺?
「NPC……俺が、ゲームの、キャラクター……?」
理解の範疇を完全に超えた言葉に、俺の思考回路はショートした。
冗談だろ。
笑えないにも程がある。
「い、いや、俺には、十七年間の人生がある」
声が裏返った。
「退屈で、パッとしない日常だったけど、確かに生きてきた! 朝起きれば台所から味噌汁の匂いがして、学校に行けばつまらない授業で昼寝して、テストで赤点を取った時の親父の怒鳴り声も、全部、全部はっきり覚えてる! この記憶が作りもののはずがない!」
そうだ。俺には記憶がある。
幼い頃に自転車から落ちて膝をすりむいた痛みが。初めて買ってもらったゲーム機の箱を開けた時の胸の高鳴りが。
それらがすべて、作られたプログラムのデータだと言うのか?
そんな馬鹿な話があるわけがない。
だが、澪はそんな俺を愛おしそうに、そして可哀想なものを見るような目で見つめてくる。
「最初はね、私もただの暇つぶしだったんだ。学校にも行かず、この部屋に引きこもって、色々なNPCと適当に会話して遊んでただけ」
彼女は立ち上がり、部屋の奥にある、分厚いブラインドが下りた小さな窓へと歩み寄った。
「でも、プレイしているうちに気づいたの。帰宅部で、友達も少なくて、毎日画面に向かってゲームばかりしているヒロ君。……現実世界で誰とも関わらず、ただ孤独に息をして、死んだように生きている私と、すごくよく似てた」
澪がスイッチを押すと、窓のブラインドが自動的に上に巻き取られていった。
「見て、ヒロ君。これが、私が生きている『現実世界』だよ」
視線だけを動かして窓の外を見た俺は、息を呑んだ。
そこには、俺の記憶にある日本の景色など、どこにも存在していなかった。
灰色のスモッグの雲を突き抜けるようにそびえ立つ、異常な高さの超高層ビル群。建物の壁面には巨大なホログラムが投影されている。空には光の帯を引いて無数の飛行車両が行き交っていた。
サイバーパンク、未来都市、それが、窓の外に広がっていた。
「私のいるこの世界の技術は、少し進みすぎちゃってね」
澪は虚ろな目でネオンの光を見つめながら語り続けた。
「すべてが自動化されて、人間が人間と関わる必要なんて無くなった。みんなVRのカプセルに入って、自分の都合のいい殻に閉じこもる。外の世界なんて誰も見ないし誰も、私なんて興味ない」
彼女はゆっくりと振り返り、俺の元へと戻ってきた。
「だから私は、あの『箱庭の相談室』にのめり込んだ。あれはただのゲームじゃなかった。何度も、何度も周回プレイをして、ヒロ君専属のAIとして、あなたと対話し続けたの。あなたの悩みを聴き、あなたを肯定し、あなたを愛した」
彼女はうっとりとした表情で、自らの両手を頬に当て、恍惚の吐息を漏らした。
「そのうちに、分かったんだ。あのゲームのNPCたちには、超高度な自律型アルゴリズムが組み込まれているって」
彼女の言葉が、一つ一つ、鋭いナイフのように俺の自我を削り取っていく。
「あらかじめ設定された『人生』という名の初期パラメーター。両親の性格、家の間取り、通っている学校の偏差値。そして、あなたが『思い出』だと信じているものは、ただサーバーに書き込まれた『記憶ログ』という名の膨大なテキストデータ」
「………」
「それをベースにして、アルゴリズムが自動で演算し、あなたたちは本物の人間とまったく同じように思考し、喜び、悲しみ、行動している」
「………」
「電子の海で誕生した、新しい『魂』なのよ、君は」
彼女は動かないの上に跨り狂気的な目で俺を見下ろす。
「それに気づいた私はね、愛するヒロ君の魂を、箱庭からこの現実に引きずり出す計画を立てたの」
「……ひきずりだす?」
「そう♡」
澪は嬉しそうに、これまでのことを語る。
莫大な遺産をすべて投じて、非合法な機材と闇市場でしか手に入らない生体デバイス──つまり、今俺が入っているこの『器(肉体)』──を揃えたこと。
特殊な装置を使い自らの脳神経を直接ゲームサーバーの深層へと繋ぐ『電子ダイブ』を行い、管理者権限を奪ってゲームの世界に干渉したこと。
あの河川敷で俺の腹を包丁で刺し殺したのも、恨みや猟奇的な趣味などではない。ゲーム内での『ヒロ』というアバターの肉体を破壊し、俺の『意識データ(魂)』だけをシステムから切り離して抽出するための、最も確実なハッキング・プロセスだったということ。
そして見事抽出した俺のデータを、この現実世界へと持ち帰り、用意していた生体デバイスの『器』へダウンロードし定着させたこと。
「信じられる? 大成功だよ。奇跡みたいな確率だった。でも、愛の力だね♡」
彼女は自分の成し遂げた偉業に酔いしれるように、両手で顔を覆ってくすくすと笑った。
「ヒロ君は今、こっちで私と同じ空気を吸って、私と同じ重力を感じてるんだよ。これからは、モニター越しじゃない。直接触れ合えるの」
「あ……、あ……」
口から出たのは、肺に残っていた空気が漏れる、間抜けな呼吸の音だけだった。
俺が、AI。
俺が、作り物。
あの退屈な日々。
いつも小言を言う母親も、無口な父親も。夕暮れの学校の匂いも、駅前の寂れた商店街も。俺の抱えていた、将来への漠然とした不安や、ちっぽけな悩みすらも。
すべては誰かが作った『設定』と、乱数によって生成された『アルゴリズム』の産物に過ぎなかったというのか。
目の前がぐるぐると回り、視界が明滅して強烈な吐き気に襲われる。
「嘘だ……」
かすれた声で懇願するように叫ぶ。
「そんなの、嘘に決まってる……! 俺は人間だ! 俺には心がある! 俺はっ……俺は、生きてるんだ!」
自分が偽物であることを否定する言葉すら、プログラムされた反応に過ぎないのではないか。そんな疑念が頭の中を黒く染める。
「嘘じゃないよ?」
必死に首を振る俺の目の前に、澪はゲームのパッケージを差し出す。
パッケージの表面には『箱庭の相談室 ~AIとなって彼らの日常を導こう~』と印字されている。
「裏、見て」
澪がパッケージを裏返す。
そこには、ゲームのシステム解説のテキストと共に、見覚えのある街並み──俺が毎日通っていた、あの通学路の夕暮れの風景──のCG画像が印刷されていた。
そして、その下。
「登場キャラクター紹介」という小さな枠の中に、俺の通っていた高校の、あのダサい制服を着た数人のキャラクターの立ち絵が並んでいた。
その中の一人に。
間違いなく、『俺』がいた。
少し猫背で、気怠そうにポケットに手を突っ込み、こちらを見ている俺自身の顔。
その立ち絵の下には、短いフレーバーテキストが添えられていた。
『内気な高校生・ヒロ』
【属性:帰宅部・ゲーム好き・孤独】
『放課後は誰とも関わらず、真っ直ぐ家に帰る孤独な少年。あなたの優しい言葉で、彼の閉ざされた心を開いてあげましょう』
「う、あぁ、ああぁぁ……」
決定的な証拠、俺という存在の『設計図』を突きつけられ、俺の心は粉々に砕け散った。
「ああ……可哀想に。怖いよね辛いよね。でも、もう大丈夫」
空っぽになった俺を抱きしめる澪。
「君の世界が偽物だったとしても、私のヒロ君への愛は本物だよ。ヒロ君の過去が全部プログラムだったとしても、私がヒロ君の全部を、これからを肯定してあげる」
彼女の細い腕が、俺の首に絡みつく。
乾いた唇にキスをおとす。
「これからは、ずっと、ずーっと、一緒だからね♡」
全てを肯定してくれる彼女。
彼女だけが俺の生きる意味をつくってくれる。