【クロスオーバー】ノーゲーム・ノーライフ×ゆるキャン△異世界で楽しいゲーミングキャンプ 作:なんたらC
パンに載せたチーズが溶けるころには、白は寝袋から出なくなっていた。
「……これ、国宝にする」
「私物なんで返してください」
「……厳重に、保管する」
「中に入ったまま言われても」
リンが皿を差し出すと、寝袋の口から両手だけが出てきた。白はマットの上に座り直し、空の椅子へ背中を預ける。
なでしこが隣へしゃがんで、パンの焦げ目を覗き込んだ。
「どう? おいしい?」
「……外なのに、おいしい」
「外だからおいしいんだよ」
「……意見の、相違」
白はそう言って、もう一口かじった。
なでしこも自分のパンを頬張る。伸びたチーズを慌てて口へ収め、両肩をきゅっと持ち上げた。
「んーっ! チーズとろとろだぁ……!」
リンも自分の皿へ手を伸ばす。チーズの下でパンがさくりと鳴り、少し焦げたところが香ばしかった。
……うま。
残った耳にもチーズを載せ、もう少しだけ火へ近づける。
日が当たる足元は暖かい。芝生を渡る風も湖畔のものよりずっと穏やかだった。
資料を確認すると言って席を外していたジブリールが、石敷きの端に戻ってきた。
空が食べかけのパンを皿へ置く。
「どうだった?」
「記録を確認しましたが、今回のような移動に該当する事例は見つかりませんでした。ただ、異世界に関する古い資料なら、東の書庫にございます」
「お前が持ってない本?」
「ええ。所有者が大変な偏屈でして」
ジブリールは微笑んだまま、口を閉じた。
どういう人なのかは、まだ聞かなくていい気がした。
「それを読めば帰れるんですか」
「手掛かりがある可能性はございます。お約束までは」
「……本、貸してもらうだけでもゲーム?」
「向こうが条件にしてきたらな」
空が答えた。
「何を賭けるか、どんなルールか。まずそこから交渉する」
なでしこがパンをゆっくり皿へ戻す。
「私たちのことなのに、みんなにやってもらうんだね」
「知らない場所に放り出されたばっかだろ。頼れるうちは頼っとけ」
「でも、負けたら何か取られるんでしょ?」
空はすぐには答えなかった。
リンもカップを持つ手を止めて待った。
「だから、まず相手に全部しゃべらせる。聞くまでは乗らない」
空はカップの取っ手から手を離した。こちらへ向けた顔には、少し笑みが戻っている。
「聞いたあとは、こっちがそのルールを使う番だ」
「……勝てそうになかったら?」
「別の勝負に持ち込む。相手の得意なゲームに付き合ってやる義理はねえしな」
「……それなら」
リンはカップを置いた。
「私たちにも、調べるのを手伝わせてください」
*
「では練習ですわ!」
書庫への問い合わせを頼みに行ったステフは、戻ってくるなり、小さなテーブルを椅子の間へ寄せた。
空いているカップを三つ、伏せて並べる。
「一つだけ角砂糖が入っています。私が位置を入れ替えますから、どこにあるか当ててくださいな」
「急に分かる遊びになった」
リンは少し身を乗り出した。これなら、何を見ればいいか分かる。
空が隣から手を挙げた。
「で、賭けは?」
「必要ですの?」
「そこから練習しないと」
「じゃあ当てたらステフちゃんも一緒におやつ食べよう!」
なでしこの提案に、ステフが瞬いた。
「外れたら?」
「私たちがお茶淹れる」
「それ、私に都合がよすぎません?」
「双方が納得してればいい。リンも、それでいいか?」
頷きかけて、リンは三つのカップを見た。
「砂糖は一つ。最後までこの三つのどれかに入ってるんですよね」
「ええ。外へ出したり、増やしたりはいたしませんわ。お二人で相談して、一つを選んでくださいな」
ステフが右手を上げた。
「十の盟約に誓って。合意の言葉はアッシェンテですわ」
リンは自分の手を見た。
さっきまで、知らない世界の仕組みとして聞いていた言葉だった。ここで頷けば、自分もその約束をすることになる。
カップの中の砂糖を当てるだけなのに、手を上げる前に、一度息を吸った。
「……アッシェンテ」
小さく口の中で確かめる。
なでしこが隣で手を上げた。目が合うと、少しだけ笑う。
リンも手を上げた。
「アッシェンテ」
三人の声が重なった。
伏せたカップの縁に光が走った。
「……え」
細い線が白い陶器をぐるりと囲む。線だと思ったものは、小さな文字の連なりだった。一字ずつがテーブルを離れ、カップの少し上で向きを変えていく。
リンは上げていた手を引きかけた。
指先にも、同じ色が灯っていた。
爪の先から手のひらへ、淡い金色が滑る。熱くはない。手を返すと、指の間を抜けた文字が袖口を照らし、目の前へふわりと浮かんだ。
読めない。けれど、光の一つ一つに形がある。瞬きをしても消えなかった。
「リンちゃん、手、見て」
「……見てる」
「私も、光ってる」
隣のなでしこも、手を上げた姿勢のまま固まっていた。いつもなら触りにいきそうな指が、宙で半分だけ曲がっている。
向かいのステフは静かに二人を待っていた。その手元にも文字が浮かび、三人の間を渡る光へ加わっていく。
文字の列がテーブルの中央で輪になった。
三つのカップがその内側で明るく浮かび上がる。白い側面に金色が映り、テーブルの木目までくっきりと見えた。
輪が一度、まぶしく輝いた。
リンが目を細めると、文字は細かな光へほどけ始めていた。カップの縁へ、テーブルへ、上げたままの手へ。降りてきた光の粒は、触れたところから静かに消えていく。
最後の一つが人差し指の先で薄れた。
リンはそこを親指で擦った。何もついていなかった。
風が通り、パンの包み紙がかさりと鳴る。
「これで約束が成立しましたわ」
ステフが手を下ろした。
リンもゆっくり下ろし、膝の上で一度握った。目の前にあるのは、さっきと同じ三つのカップだった。砂糖を当てたら、一緒におやつを食べる。その小さな約束に、今、知らない世界が応えた。
「では、動かしますわよ。よろしい?」
なでしこが椅子を寄せた。リンも頷き、カップへ目を戻す。
ステフの指がその縁にかかった。
右端から中央へ。左へ、また中央へ。
思ったより速い。もう一つのカップが目の前を横切って、追っていたものを一瞬隠した。リンは背筋を伸ばした。
ステフが両手を離す。
「真ん中」
「私も真ん中!」
顔を見合わせてから、二人で中央を指した。
持ち上がったカップの下に角砂糖が一つあった。
「やった!」
「……意外といけるな」
「じゃ、次は俺な」
空がステフと席を替わった。
「ただし今度は、契約前の見本。何も賭けない。俺が終わりって言ったら、砂糖があると思うカップを指して」
角砂糖が左のカップへ隠れた。
動きはステフより遅かった。リンはそのカップを追ったまま、手の動きが止まるのを待つ。
「はい、終わり。どこ?」
「そこ」
「なでしこは?」
「私もそこ!」
空がカップを持ち上げた。
何もなかった。
リンは隣のカップを見た。空がそれも上げる。最後の一つも、空だった。
「は?」
空の手が開く。角砂糖はそちらに載っていた。
「いつの間に取ったんだよ」
「出す方も、条件を決める方も、俺がやるとこうなる」
「三つのどれかに入ってるって――」
「それはステフの約束。俺とはまだ確認してないだろ」
リンは口を閉じた。
カップが動き始めたら、さっきと同じところばかり見ていた。
「さっきの約束が、そのまま次の人にも続くと思うな。分からないことがあったら、受ける前に聞く」
「……じゃあ、もう一回」
空が砂糖を持ち上げる。
リンは今度、カップではなく空を見た。
「始める前に。砂糖は最後までどれか一つの中にありますか」
空の手が止まった。
「……あります」
「途中で増えたり減ったりは?」
「増減なし。おい、さっきより急に厳しくない?」
「聞けって言ったの、そっちです」
「魔法もなし?」
なでしこが加わると、空の目が一瞬だけジブリールへ動いた。
「……ジブリールも、観戦」
寝袋から白が言う。ジブリールが少し残念そうに手を膝へ戻した。
「白までそっち側!?」
「……にぃが、教えた」
空は口を開き、閉じた。それから椅子をテーブルへ引き寄せる。砂糖をつまみ直した指の向こうで、口の端が上がった。
「いいだろう。その条件で、勝ったら――」
「その続きはおやつのあとですわ」
ステフが三つのカップをさらっていった。
空の手には砂糖だけが残った。
「講習、途中なんだけど」
空は砂糖を持ったまま、消えた教材を目で追った。
「私が一緒におやつを頂く約束でしたでしょう?」
なでしこが「あ」と声を上げ、パンの皿を寄せた。リンも椅子をずらし、二人の間を空ける。
「……忘れるところでした」
「そっちの条件確認も大事だな」
空が笑った。
座ったステフへ、なでしこがジャムの瓶を差し出す。リンは砂糖を入れていない自分のお茶を飲んだ。少し冷めて、さっきより飲みやすくなっていた。
*
芝生に椅子の影が長く伸びるころ、書庫から返事が届いた。
ステフが受け取った紙を広げる。
「目録の閲覧は可能。ただし、所蔵資料を読む権利については、明日、所有者と直接交渉を、と」
「話すところまでは行けるか」
空が紙を受け取った。その横へ、寝袋から出てきた白が立つ。
「……まず、相手と、ルール」
「ああ。ジブリール、持ち主について知ってること全部くれ」
三人の会話が速くなった。
リンはカップを重ねながら聞いていた。紙に書かれた文字は読めない。時々、知らない言葉が混じる。隣ではなでしこも、パンくずを一枚の皿へ集めながら耳を傾けていた。
空が明日の出発について口にしたところで、リンはカップを置いた。
「私たちも行きます」
空が振り返る。
「見学だけで済むか分かんないぞ。異世界の人間って分かったら、向こうが二人の参加を条件にする可能性もある」
「……怖いなあ」
なでしこが小さく言った。
いつもの、すぐ次の言葉が続く声ではなかった。リンは隣を見た。
「うん」
「負けて、帰れなくなったらどうしようって思う」
「私も」
空が紙を畳んだ。
「今、無理に決めなくても――」
「でも、待ってるだけも、たぶん怖いから」
なでしこはリンを見た。
「ルール聞いて、分かんないところ聞いて。それで、できそうかみんなと考えたい」
リンは頷いた。
カップの中に砂糖があるかさえ、聞いてみるまで同じだと思っていた。明日の相手に何を聞けばいいか、今はまだ分からない。
それでも、分からないと言って確かめるところからなら、一緒にできる。
「勝手に勝負を受けたりはしません。賭けるものもちゃんと相談します。そのうえで、必要なら私たちもやります」
「……二人で?」
白の問いに、なでしこが少し考えた。
「二人と、みんなで。じゃ駄目かな」
白は空を見上げた。
空が肩をすくめる。畳んだ紙をステフへ渡し、二人に手を差し出した。
「なら、明日は一緒に交渉からだ」
なでしこがその手を握った。リンも続いた。
握ってみると、普通の人の手だった。さっき砂糖を消した手も、知らない国の王様の手も、見た目ほど遠くにはなかった。
「よし。今日は早く寝よう、リンちゃん」
「だな」
「朝ごはんちゃんと食べて行こうね」
「そこは心配してない」
なでしこが笑った。
リンは握った手を離し、明日持っていく荷物を考え始めた。
推定20万字こえそうな内容なので気長にいきます