【クロスオーバー】ノーゲーム・ノーライフ×ゆるキャン△異世界で楽しいゲーミングキャンプ 作:なんたらC
「それなら――」
なでしこの手が鍋の札へ伸びた。
「なでしこ」
リンが袖を引く。
手が止まった。なでしこはリンを見て、それから、机に並んだ札をもう一度見た。
昨日はお菓子を食べる前に決めることがあった。
「……先にルールを教えてください」
空が、ほんの少し笑った。
リゼルは頷き、札の脇へ大きな紙を広げる。描かれていたのは、建物の間取りにも、公園の案内図にも似たものだった。
「夜明けまでに、私に『もう一晩ここで過ごしたい』と思わせること。それが皆様の勝利条件です」
筆先が紙を離れても、文字は続いた。
白い行が宙に一つずつ増え、机の向こうに薄い壁を作っていく。リンの隣でステフが同じところを指しながら読み上げてくれた。
「会場は当館の箱庭。皆様と私、合わせて十名で過ごします。開始は箱庭の夕刻、終了は翌朝の日の出です」
「この下についてるマークは?」
千明が薪の絵の下を指した。小さなダイヤ形が一つ付いている。隣の札には三つ、その隣には五つ。品によって数が違った。
「印一つにつき一点。その品を借りるための点数です。皆様の持ち点は合計二十点。収まる範囲でお選びください」
リゼルの指が札を順に示す。
薪は一束で一点。野菜の箱は三点。肉の包みは五点。分厚い冬用毛布は七点だった。
「食材の量は十人分を基準にしてあります。枚数の制限はございませんが、同じ品を二つ選べば点数も二つ分です」
「肉より毛布が高い……」
なでしこが二枚を見比べた。
「お持ちの野営道具や食料は入口でお預かりします。着ている服と筆記具はそのままで結構です」
リンは足元のバッグへ目を落とした。寝袋も、マットも持ってきた。けれど、使えるとは限らなかったわけだ。
なでしこが途中で手を止めてくれてよかった。
「魔法で道具を出すのは?」
空が尋ねた。
「選択制限を迂回する持ち込みや生成は禁止です。私への強制、判断を変える魔法も認めません」
「主観判定か。勝ちを認めず粘れる条件だな」
リゼルは眼鏡を押し上げた。
「判定時には私の本心を開示する術式を使用します。文面をご確認ください」
「……ジブリール」
「はいマスター。偽装、干渉の余地も含めて確認いたします」
ジブリールが文字へ顔を近づける。その横で白はもう行の端まで目で追っていた。
頼もしそうではある。ただ、何を調べているのか、リンにはさっぱり分からない。
今、聞いておけることを聞いた。
「負けたらどうなりますか」
「皆様の世界について、三日間の聞き取りにご協力を。宿泊と食事は当館が負担します。知らないことへの回答は不要です」
「勝ったら五人全員が関係資料を読めること。俺たちの解読補助も認める。聞き取りの時間と、答えたくない質問の扱いも決めよう」
空の指が空中の一行を横へ動かした。リゼルの筆が追いつき、その下へ新しい文字が加わる。
千明がこちらへ顔を寄せた。
「なあ、これわりと得意分野じゃね?」
「天気と場所による」
「あと館長さんが何苦手かやなあ」
あおいが館長を見た。恵那は足元を覗き込んでいる。
「モクジは連れてっていいのかな」
リゼルの目がすっとそちらへ動いた。
リンもつられて見たが、モクジは恵那の靴に顎を載せているだけだった。恵那はその頭を撫で、館長へ顔を戻した。
「私、あったかいごはん担当する」
なでしこが今度は札の横へ指を置いた。
「まだ引き受けてないぞ」
「うん。でも、やるなら」
鍋の絵から、食材の絵へ。その目はもう何を作れるか考え始めている。
リンも目録を手元へ寄せた。
「まず下見させてください。道具を選ぶのはそれからで」
「もちろん」
リゼルが見取り図の端へ触れた。
瞬間——。
「うおっ! 床が消えたぞ!」
千明の声と同時に、五人は思わず足をすくませる。
まるで透明なガラス、あるいは巨大なモニターの上に立っているかのようだった。足元には夕暮れの森が広がっている。
赤みを帯びた枝葉がずっと下で揺れていた。鳥が横切る。そのさらに下にも、まだ葉がある。
「……高っ! いや、下まだある!」
千明の声が裏返った。リンも椅子の座面を掴む。
リゼルがスマホのスワイプの要領で指を滑らせると、景色を映すカメラが動く。
広場に見えた場所は細くなり、その先が一本の幹へ繋がる。
そこは森の中の広場ではなく
巨大な樹の、枝の上だった。
「ここに泊まるんですか」
「はい。会場の範囲はこの線の内側です」
枝の表面を白い縁取りが走る。
会場図の隅に文字が並んだ。
ステフが上から読み上げ、途中で声を止める。
「この時期の最高気温は十四度。最低は……氷点下十二度?」
「冬キャンの中でも、だいぶ冬の記録だな」
千明が宙に浮いたままの自分の足を下ろした。
リンは数字の並ぶほうへ身を寄せる。
「夜の平均は? あと、今の気温と風も知りたいです」
リゼルが図の端へ触れると、別の欄が開いた。
夜間の平均は四度。現在は八度で、風も弱い。ステフに読んでもらいながら、リンは枝葉の揺れ方を確かめた。
「念のため伺いますが」
ジブリールがにこやかに口を挟んだ。
「皆様が快適に過ごし始めた途端、吹雪になったりはいたしませんよね。館長様のご機嫌ひとつで」
「私を何だと思っているのですか」
「確認を怠るべきではない相手、と」
リゼルは眼鏡を押し上げた。
「天候は箱庭内の自然法則に従って変化します。勝敗を左右するための操作はいたしません。緊急時や館内規則に基づく設備の管理対応は別ですが」
「ええ。その区別が文面にもあれば、安心でございます」
リゼルの筆が少し強く紙を擦った。
ジブリールは満足そうに微笑んでいる。
リンはもう一度、現在の気温を確かめた。
最低記録は気になる。ただ、今見えている景色には、それほど荒れた様子はなかった。
「風を避けられる場所があれば、いけそう。燃やせるものがどれくらいあるかも見たい」
「よし。場所と薪だな」
千明が会場図へ顔を寄せた。
リンは目録をめくる。冬用テント、寝袋、毛布。鍋と燃料は別の札だった。
毛布に七点使えば、残りは十三点。十人の一晩をそこへ収めなければならない。
「空さん」
「何?」
「これ、ゲームの読み合いは任せていいですか」
空の目が細くなった。
「任せろ。そっちは?」
リンは四人を見た。
千明が腕を組み、あおいが目録を覗き込む。恵那は膝を机へ寄せた。なでしこの指は鍋の札の隣にあった。
「朝まで過ごす方法、考えます」