【ID×GE】~神喰いは無限の系統樹で狩りをする~ 作:初恋ジューサー
□王都アルテア 中央通り噴水前 【狩人】神薙ユウ
ギルド主催の初心者向け討伐講習を終えてからも、討伐クエストを受ける前にほかの必修技能の講習に参加していた。王都の北部にある<ノズ森林>という森林地帯で薬草などの素材を採取したり、南部にある<サウダ山道>でモンスターを追跡する実習をやってみたり。<ノズ森林>では葉の形や匂いで薬草を見分ける方法を教わり、腰をかがめて草むらをかき分けているうちに、気がつけば日が暮れていた。<サウダ山道>では、地面に残る足跡や折れた枝を頼りに獲物を追う訓練で、狩猟免許の勉強で覚えた知識が思わぬところで役に立った。
【狩人】の基本ともいえるスキルを取得しつつ、順調にレベルを上げていった。新しいスキルが身につくたびに、視界の端で通知が光った。その瞬間の小さな達成感が、なんとも癖になった。
楽しい日々を過ごしている最中、友人の修一からようやく連絡が来て、ゲーム内で会えることになった。なんでも面倒事に巻き込まれてしばらく動けなかったらしいが、昨日解決したとのこと。
そこで王都の待ち合わせスポットとして知られる中央通りの噴水前に向かったのだが、そこには犬……狼?の着ぐるみを着た不審者がいた。昼下がりの中央通りは相変わらずの賑わいで、噴水の水音が心地よく響いていた。その真ん前で、ふさふさの毛並みの着ぐるみが手を振りながらこちらを見ていた。
待ち合わせ場所に来ればすぐに分かるとは言っていたが……まさかと思いたい。
「あ~……そこの犬?狼さん?」
『はいはいワンワン』
「もしかしなくても修一か?なんだその格好?」
『オッス、ヒロ。これには深い理由があるワン』
「その語尾やめろ」
不審者感丸出しの着ぐるみがいるせいかほかに噴水前に人がいなかったので、待ち合わせしていた友人がこの着ぐるみで確定してしまった。とりあえずその場から離れ、人通りの少ない路地まで移動した。大通りを一本入っただけで喧騒は遠のき、石畳に二人分の足音だけが響いた。着ぐるみの尻尾が、歩くたびにふりふりと揺れていた。
『さてと、とりあえず自己紹介からだな。まぁゲームする時は同じ名前使ってるから教える必要ないと思うが、こっちでもシュウ・スターリングを名乗ってる』
「やっぱりな。俺も同じく、いつもの神薙ユウにした」
『お前相変わらずそのキャラメイクを使い回しているんだな。遠目で見てもすぐに分かったぞ』
「そういうお前はどうしてそんな格好してるんだよ?」
『……キャラメイクの時、自分のリアルをベースにいじるつもりが何もカスタムしないまま決定してしまったんだ』
「おぅふ……オンラインゲームでリアルの顔出しはヤベーな……名前も本名をもじったのだし、気づく人は気づくだろうな」
着ぐるみの下から、くぐもったため息が聞こえた。学生時代から肝心なところで抜けているやつだ。変わらない友人の姿に、思わず口元が緩んでしまった。
着ぐるみを着ている原因と近況を話しつつ、<エンブリオ>の話にもなった。シュウは一つ目の下級職をレベル50まで上げ、さらに<エンブリオ>を発現しており、すでに第三形態まで進化しているらしい。
「マジかよ、うらやましい。やっぱ先にやってる分進むのも早いのか?」
『リアルの情報掲示板とかでもいろいろ調べているけど、俺は結構早いほうだワン。早いとゲーム開始と同時に発現してる奴もいるし、遅い奴は今も発現していないワン。統計を見ると一つ目の下級職をカンストさせる頃までには発現することが多いらしいワン。俺の場合カンストまでリアル時間で一週間かかったから参考にしてくれワン』
「なるほど、参考にするよ」
左手の甲に目を落とすと、埋め込まれた卵は今日も変わらず静かに輝いていた。この中に、いったい何が眠っているのだろう。想像するだけで胸が高鳴った。
有用な情報をもらい、今後の最優先事項は<エンブリオ>の発現になった。シュウとフレンド登録した後、ついでに初心者向けでおいしいクエストも教えてもらい、解散した。これから<エンブリオ>発現に向け、一層ゲームに勤しむと心に決めた。別れ際、着ぐるみの背中が通りの角に消えるまで見送ったが、やはり目立っていた。
◇
ゲームを楽しむことは大事だが、現実世界で日々の糧を得ることも大事である。無事狩猟免許を取得し、晴れて田舎役場のガバメントハンターになった翌日の早朝、山林近くの農耕地で野生動物の目撃情報が入り、早速出動を命じられた。
猟銃の所持許可は狩猟免許より先に取得していた。狩猟者登録も免許の交付を受けたその日に、指定の機関の窓口まで足を運んで済ませてある。役場の計らいで公務扱いにしてもらえたおかげで、準備は万端だ。最低でも一年は地元猟友会の助けを借りながらの業務だが、一人前の猟師になるために、こちらでも努力しなければならない。朝霧の残る農道を、役場の軽トラックで走った。
「おう、若いの、今日が初出動だって?」
「はい!早く一人前になれるよう頑張っていきます!」
「そう固くなるな。焦って変な方に撃たれたらかなわねぇから、今日はとりあえず見学だな」
「分かりました!」
こういう田舎では法律や規則に加えて、地元の慣習や暗黙の決まりごとも少なくないので、まずは先達の言うことを聞いたほうが得策なのだ。そうやって理解のある若い奴はいい意味で可愛がられやすくなり、何かと便宜を図ってもらえるようになると役場の先輩から聞いていたので実践してみた。
「目撃情報だと鹿って話だが、この辺は猪も熊も出るから周囲に気を配れ」
「今日は見学だけですけど、猟銃はどうします?」
「念のために持っていくぞ。ただし俺の許可がない限り絶対にぶっ放すなよ」
「了解です」
地元猟友会のベテラン、シゲさんとともに目撃情報のあった農耕地まで移動した。日に焼けた顔に深いしわを刻んだ、六十代ほどの小柄な男性だ。見かけによらず足取りは軽く、背負った猟銃もまるで体の一部のようになじんでいた。
現場に到着し、農家の人の話を聞きながら調べてみるとやはり鹿がいた形跡があった。畑の野菜は無残に食い荒らされ、農家の人は悔しそうに肩を落としていた。
「たぶんこの辺を周期的に巡回してるな。うまい食いもんがあると完全に理解してやがる。若いの、どんな鹿か分かるか?」
「ええと……蹄の大きさと形からして雄、地面にめり込んだ深さからしても、成獣なのは間違いないかと思います」
「おいおい、本当に初めてかよ?初見でそんだけ分かりゃあ将来有望だな」
「あざっす!」
「この辺は完全にこの鹿の縄張りになっちまってるから、被害を抑えるためにも駆除したほうがいいな。とりあえず足跡を追ってみるぞ」
シゲさんに連れられ、鹿の足跡を追って山林の中に入っていった。途中に鹿の糞や角をこすった跡がある木もあり、今歩いている場所は鹿の巡回路で間違いなさそうだった。ゲームの追跡実習で学んだことと、目の前の痕跡が一つに重なっていった。ゲームの中で身につけた技術が、現実でも通用する。そう考えると、不思議な気分になった。
山林に入って二時間ほど経過し、さすがに疲れてきたので一度休憩しようとしたタイミングで、シゲさんが鹿を見つけた。鹿は木陰の川辺に身を寄せ、巡回している途中の休憩で涼んでいるように見えた。
「いたぞ、若いの。こっちに気づいてないな」
「どうします?移動しますか?」
「うまい具合にこっちは風下だし、音を立てずに近づけそうだ。若いの、撃ってみるか?」
「いいんですか?」
「こういうのは習うより慣れろだ。一発くらいなら外しても俺がとどめを刺してやるさ」
「それじゃあ外した時はお願いします」
俺は鹿撃ち用のバックショット弾をすぐに装填できるように準備して、ゆっくりと鹿に近づいていった。できる限り気配を殺し、音を立てないように意識した。川のせせらぎが、足音を少しだけ紛らわせてくれた。時折鹿がぴくぴくと動くので、そのたびに動きを止め、こちらに意識が向かないようにした。
猟銃の射程に入り、腰を据えたタイミングでバックショット弾を装填した。
「まず周囲を確認しろ。山ン中だから人間は絶対にいないってことはないからな」
「見た限り周囲に人の気配はありませんが、どうでしょう?」
「俺もそう思う。撃っても大丈夫だ」
「了解です」
俺は緊張しながら猟銃を構えた。鹿はまだこちらに気づいた様子はないが、周囲を警戒しているように見えた。
呼吸を整え、照準を合わせ、意識を集中させた。自分の鼓動が、耳の奥でやけに大きく響いていた。
「……今だ、撃て」
シゲさんに声をかけられたのと同時に発砲した。乾いた銃声が山にこだまし、鳥たちが一斉に飛び立った。弾は鹿に命中し、鹿はその場に倒れ伏した。
「よぉしっ!よく当てたな若いの!」
「っふぅ~……緊張したぁ……」
「お前本当に初めてか!?将来有望だなオイ!」
息を深く吐くと緊張が一気に解け、撃った衝撃の余韻をかみしめた。肩に残る反動の痛みが、ゲームとは違い現実だと実感させられた。倒れた鹿に近づくと、生きてはいるが動けないようでぴくぴく震えていた。大きな黒い瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
「じゃあ最後にシメるぞ。猟師を目指すなら最後まで獲物の面倒を見る必要があるからな」
「分かりました……」
動けなくなった鹿にとどめを刺し、初めての狩猟を終えた。鹿の瞳から、ゆっくりと光が消えていった。ゲームでモンスターを倒した時の高揚感とは違う、胸に重く沈むような感覚だった。気がつけば、自然と手を合わせていた。
「それでいい。命をいただくんだ、礼は忘れるな」
シゲさんが、静かにそう言った。
ちょうど川辺にいるので、放血と内臓抜き、冷却をその場で済ませた。冷たい川の水が、手の熱を奪っていった。シゲさんの手際を見よう見まねで手伝ううちに、震えは少しずつ収まっていった。肉を冷やしている間に休憩していると、シゲさんからお褒めの言葉をもらった。
「初めてでこれだけできれば上出来だ。今は鹿や猪ぐらいだが、お前なら熊撃ちもできるようになるぞ。経験を積めば特例で早くライフル所持もできるからな、どんどん害獣駆除に参加してくれや」
「本当ですか!?そう言ってもらえるとやる気出ます!」
弾んだ声で答えながら、川面にきらめく光を眺めた。狩った命は、余さず糧にする。ゲームの中でも、現実でも、その心構えだけは忘れないでおこう。そう強く思った。
夕方、役場に戻って報告書を書き終えた頃には、体はくたくたに疲れ切っていた。それでも、家に帰り風呂上がりの火照った体でヘルメットを手に取る手は、少しも鈍らなかった。今日の手ごたえを胸に、スイッチを入れた。視界が白く染まっていく中で、左手の甲の卵が、ほんのりと温かくなったような気がしたのは気のせいだろうか。