【ID×GE】~神喰いは無限の系統樹で狩りをする~ 作:初恋ジューサー
□王都アルテア 狩人ギルド 【狩人】神薙ユウ
現実で初めて狩猟をした翌日、俺はギルドのクエストカウンターを眺めていた。昨日の鹿にとどめを刺した時の感触がまだ手に残っている気がした。そのせいか、ゲームの狩りと向き合う気持ちが少しだけ変化したような気になっていた。
【狩人】のカンストを目指し、経験値のおいしいクエストを探していたが、これといったものが見つからなかい。いっそ冒険者ギルドのほうへ行こうかと考えていたら、狩人ギルドで仲良くなった同期が声をかけてきた。
「おっすユウ!何してんの?」
「ソロ向けで、経験値のおいしいクエストがなくてな」
「それならウチらとパーティ組んでクエストしない?人数集まらなくて困ってたんだよね」
「どんなクエストだ?」
「これだよ」
ガードナーの<エンブリオ>を発現させたオリーヴァが、パーティ向けのクエストがあると教えてくれた。弾むような声と、くるくると変わる表情が、いかにも彼女らしい。<サウダ山道>をさらに南下した先にある<ネクス平原>に出現する【リトルゴブリン】をはじめとした鬼種族のモンスターを間引くクエストだ。
「<ネクス平原>はいろんな鬼種族が出現するんだけど、数が多くなると上位種が発生するから定期的に間引きをする必要があるんだって。最近大規模な討伐があったから、上級モンスターが出現する可能性は低そうだし、やってみない?」
「うーん……今の俺にはちょうどいいかも。それじゃあ参加させてもらおうかな」
「よっし!じゃあパーティ申請するね!」
オリーヴァのパーティ申請を承諾し、そのままカウンターでクエストを受注した。ほかのパーティメンバーは後で南門で合流することとなり、それまでにアイテム補充などの準備を終わらせることにした。回復薬の数を確かめ、長剣の手入れをし、手持ちの素材を整理した。
準備を終え、南門に着くと、すでにほかのパーティメンバーが揃っていた。俺とオリーヴァのほかには、講習で何度か一緒になったマッチャンと我牙雅丸がいた。
「すまん、遅れたか?」
「全員今揃ったとこだよ。それじゃ出発しようぜ」
「<ネクス平原>は徒歩だと遠いから馬車を借りてきたよ。【従魔師(テイマー)】の職業にも就いたから自分で操作できるようになって、経費削減したよ!」
「ナイスだオリーヴァ」
馬一頭と荷台がむき出しの馬車だが、延々と歩くよりはマシだろう。ガタゴトと揺れる荷台に四人で腰を下ろし、流れていく景色を眺めた。道中の話題は、今後どのようなプレイをしていくか、そのための職業はどうするか、<エンブリオ>の使い方などだった。
「ウチは上級職の【鬼猟師】目指す感じかな~。【従魔師】のレベル上げも必要だからしばらくは王都を拠点にしてるかも」
「俺は<エンブリオ>発現したばっかりで能力を完全に把握できてないから、初心者向けのクエストこなしながら試行錯誤してく予定」
「我はリア友に誘われて別の街を拠点にする予定だ。そこで何をするかは決まっていないが、そのあたりは追々決めていく」
「もう次が決まってるってうらやましいな。俺は<エンブリオ>がまだ発現してないからどうやっていくか方針が決まってないよ」
「でも狩人ギルドの同期の中だとユウが一番実力あるよ!クック先生もクエストの完遂率が高いって褒めてたし」
面と向かって褒められると、少しくすぐったい。左手の甲に目を落とすと、卵は昨日より少しだけ熱を帯びているように見えた。
話をしているうちに<ネクス平原>へ到着した。荒れた土と背の高い草が入り混じる平原は、見晴らしがいいのに、どこか落ち着かない空気が漂っていた。あちこちに鬼種族のものらしき足跡や、踏み荒らされた草の跡が残っていた。馬と馬車を収納し、周囲を警戒しながら方針を確認した。
「じゃあ暫定的にユウがリーダーってことで。リーダー、どうやっていく?」
「俺?まぁいいけど……。じゃあ前衛は俺とマッチャン、中衛にオリーヴァ、後衛に我牙雅丸でいこう。オリーヴァが<エンブリオ>で索敵と攪乱、俺とマッチャンで討伐、我牙雅丸は自分とオリーヴァを<エンブリオ>で防御、これでどうだろう?」
「それでいいよ」
「同じく。何かあったら変更していけばいいし」
「よし、じゃあオリーヴァは索敵を頼む」
「うん!行くよアサール!」
『KYOWAAAッ』
オリーヴァが宣言すると、左手の紋章から<エンブリオ>が出現した。鳥型ガードナーの<エンブリオ>【不帰不許 アサール】は甲高い鳴き声を上げるとすぐに上空へと姿を消した。
「《視覚同期》……あっちの方向百五十メテルに【ゴブリン】の群れを発見!上位種は【ゴブリン・ウォーリアー】一体のみでほかは【リトルゴブリン】が八体。その周囲に敵影はなし!」
「もう見つけたか、さすがだな。それじゃあ一狩り行こうぜっ!」
「「「おうっ!」」」
国民的狩りゲーの名言を言い放つと、【ゴブリン】の群れがある方向へ向かっていった。近づくにつれ【ゴブリン】の群れが見えてきたので、俺とマッチャンは武器を構えた。
「それじゃあさっき決めたとおりの動きで狩猟開始!」
「よっしゃ、いくぜカマイタチ!《連追斬》!」
『GOGYA!?GOVAAA!』
マッチャンの剣型アームズの<エンブリオ>【三刃連携 カマイタチ】の不可視の三連撃の前に、【リトルゴブリン】たちはなす術もなくやられていった。マッチャンと連携しながらの狩猟で、【ゴブリン・ウォーリアー】が率いていた小さな群れはすぐに討伐できた。
「思ったよりあっさり終わったな。オリーヴァ、周辺の状況はどんな感じだ?」
「うーんと……こっちの方向にさっきと同じくらいの群れが二つある。どっちも率いているのは【ゴブリン・ウォーリアー】っぽいけど、ちょっと離れたところに【ゴブリン・アーチャー】がいるね」
「じゃあ先に遠距離持ちを潰してから、二つの群れを討伐しよう。オリーヴァは案内よろしく」
「オッケー」
オリーヴァの索敵により効率よく、安全第一で狩りをしていった。途中ドロップアイテム拾いや小休憩を挟んでいると、三時間が経過していた。俺の【狩人】はレベル40まで上がり、メンバーの何名かは【狩人】のレベル以外に<エンブリオ>も進化したようだ。
◇
順調すぎる狩りに、いつの間にか気が緩んでいたのかもしれない。小休憩をしていたその時、足元がかすかに震えた。地鳴りだ。オリーヴァが顔色を変えて上空を見上げた。
「うそ……何これ!?さっきまで、あんな反応なかったのに!窪地の陰に隠れてた!」
丘の向こうから姿を現したのは、これまでとは桁違いの群れだった。【ゴブリン・ウォーリアー】が七体、【ゴブリン・アーチャー】が五体、【ゴブリン・メイジ】が三体、その後ろに【リトルゴブリン】が二十体以上。そして先頭には、小山のような体躯に、自分たちで狩ったモンスターの牙や骨、野山で集めた素材を組み合わせて作った王冠を戴く、巨大な鬼がいた。
「【ゴブリン・キング】……!以前の大規模討伐から、逃れた個体か」
狩人ギルドの図鑑で読んだ記憶が、頭の中でよみがえった。種族は鬼、ランクは亜竜級から純竜級。固有スキル《ゴブリンキングダム》は、配下にダメージを転嫁するため配下が残っている限り、本体にはダメージが通らない。今回の群れは数が少ない分、亜竜級だろうがそ、れでも今の俺たちの手に負える相手ではなかった。
「我が盾になる!みんなは下がれ!」
我牙雅丸が前に出て、防御スキルを展開した。しかし【ゴブリン・キング】の振り下ろした大剣は、その守りを紙のように引き裂いた。
「ぐっ……すまん、あとは任せ……」
我牙雅丸の体が光の粒子になって消えていった。デスペナルティだ。ゲームとはいえ、目の前で仲間が倒れる光景は、胸に重く響いた。
「ユウ、どうするの!?」
震える声のオリーヴァに、俺は即座に決断した。
「オリーヴァ、馬車を出してマッチャンと先に王都へ戻れ。俺が殿を務める」
「馬鹿言うな!お前一人でどうにかなる相手じゃないだろ!」
「全滅するよりマシだ。デスペナルティを食らうのは、俺一人で十分だろ。それに、時間稼ぎなら年長者の俺が一番向いてる」
マッチャンは何か言いかけたが、唇を噛んでうなずいた。オリーヴァが馬車を呼び出し、二人が走り去っていった。遠ざかる車輪の音を背に、俺は長剣を構え直した。【ゴブリン・キング】の濁った目が、残った獲物を値踏みするように、こちらを見据えていた。
「さて……逃がしちゃくれないよな」
地面を蹴り、迫ってくる【ゴブリン・ウォーリアー】の懐へ飛び込んだ。狩猟講習で何度も繰り返した、足を払って転がす動き。倒れたところへ、長剣を振り下ろした。一体、二体と倒していくうちに、群れの勢いが少しだけ鈍った。
だが数が多すぎた。倒した端から新しい【ゴブリン】が押し寄せててくる。腕が痺れ、息が上がる。群れの半分ほどを討伐したところで、限界が訪れた。バキン、と嫌な音が響いた。【ゴブリン・ウォーリアー】の剣を受け止めた瞬間、愛用の長剣が根元から折れた。
「しまっ……」
周囲を鬼たちに囲まれ、逃げ道はなかった。目の前では【ゴブリン・キング】が、ゆっくりと大剣を振り上げていた。死がすぐそこまで迫っていた。足元に落ちていた【ゴブリン・ウォーリアー】の剣にとっさに手を伸ばした。拾い上げようとした、その瞬間だった。
左手の甲が、焼けるように熱くなった。卵に細かな亀裂が走り、まばゆい光があふれ、視界が真っ白に染まった。握りしめた刀身が無くなった柄がまるで拒絶されたように、俺の手から弾き飛ばされた。
「え、ちょっ……!?」
拒絶された剣の柄代わりに、光の中から何かが俺の手に収まった。長剣に似た刀身、握りの根元に折りたたまれた銃身、そして本体に備わった小さな盾。刀身、銃身、盾。三つの顔を持つ不思議な武器が、驚くほど手になじんだ。左手の甲の卵のあった場所に、見慣れぬ紋章が刻まれていた。
視界の端にメニューが開き、その名が刻まれていた。
【捕喰神機 ヴァナルガンド】。
これが俺の<エンブリオ>。胸の奥で、ずっと言葉にならなかった何かが、ようやく形を得たような感覚があった。足りないものを、満たしたくてたまらない。狩りたい。そして、喰らいたい。その衝動の正体は、まだ分からない。その代わり、生き残るために体が勝手に動いた。
一番近くにいた【リトルゴブリン】に向かって踏み込み、神機の切っ先を向けるように構える。刀身がすっと引っ込み、代わりに獣の顎が現れて、その喉元に深く食らいついた。
「《捕喰形態(プレデターフォーム)》!」
『GYAAA!?』
食らいついた感触が、手のひらに伝わった。次の瞬間、全身に熱が駆け巡った。体が軽くなり、力が体の底から湧き上がり、神機が脈打つように輝いていた。
「これが……《神機解放(バーストモード)》か!」
発動と同時に、全身の能力が底上げされたのが分かった。持続時間は限られている。それなら、続けて食らいつけばいい。近くの【リトルゴブリン】にもう一度神機で喰らいつくと、光が途切れずに続いた。
まずは配下を片付けて、【ゴブリン・キング】を一対一にする。《ゴブリンキングダム》の仕組みは、図鑑で読んで覚えていた。近づく鬼は近接形態の剣で斬り伏せた。矢が飛んでくれば神機に備わった盾で弾き、すぐさま剣に戻して斬りかかった。詠唱を始めた【ゴブリン・メイジ】には、銃形態の連射を浴びせて魔法が完成する前に黙らせた。三つの形態を息をするように切り替えていく。
【ゴブリン・ウォーリアー】が一体、また一体と倒れていった。狩っていくたびに、神機が獲物を求めて低く鳴いているような気がした。形勢の不利を悟ったのか、生き残った【ゴブリン・アーチャー】たちが弓を投げ出して背を向け、草むらの向こうへ逃げ出そうと駆けていった。
「逃がすか」
銃形態に切り替え、アサルトの銃口を向けて引き金を引いた。乾いた連射音が平原に響き、弾丸が逃げる背中へ次々と吸い込まれていった。生き残っていた【ゴブリン・アーチャー】が一体残らず崩れ落ちた。やがて、立っているのは俺と【ゴブリン・キング】一体だけになった。
「……さて、一対一だ」
『GOOOOAAA!』
咆哮とともに振り下ろされる大剣を、神機の盾で受け流した。衝撃で腕が痺れたが、押し負けてはいない。もう配下はいない。近接形態を大剣に切り替えた。三つ並ぶ近接の形態の中で、一番重い刃だ。【ゴブリン・キング】が剣を振りかぶった一瞬の隙を突き、その懐へ飛び込んだ。
「おおおおっ!」
渾身の一撃が、巨体の胸を深々と斬り裂いた。
【ゴブリン・キング】は、信じられないものを見るように俺を見下ろし、やがて光の粒子となって崩れ落ちていった。その場には、【ゴブリン・キングの王冠】がドロップアイテムとして残されていた。狩ったモンスターの牙や骨、野山の素材を寄せ集めて作られた、彼らの手製の王冠だ。
「……はぁ、はぁ……勝った……」
神機の輝きがふっと消えた。『神機解放』が解けたのだ。全身から力が抜け、その場に座り込んだ。静寂が戻った平原に、風の音だけが響いていた。神機がドロップアイテムの方へ、ほんの少しだけ身を傾けたように見えた。まだ足りない、と言いたげに。気のせいだと自分に言い聞かせた。
◇
疲れ切った体で、馬車が走り去った方角へ歩いていくと、街道の途中で、見慣れた馬車が止まっていた。
「ユウ!?生きてる!!」
オリーヴァが荷台から転がるように飛び降りてきた。傍らでは、マッチャンが信じられないという顔で俺を見つめていた。
「お前、それ……<エンブリオ>が発現したのか!?」
マッチャンの視線が、俺の左手の紋章に注がれた。俺は少し照れくさく笑ってうなずいた。
「ああ。ギリギリで発現した。おかげでどうにか倒せたよ」
「倒したの!?【ゴブリン・キング】を、一人で!?」
二人の目からどんなふうに倒したのかと問い詰められるが、今は疲れてそれどころではない。とりあえず休ませてほしいと頼み、俺たちは王都へ戻ることにした。馬車に揺られて王都へ向かう帰り道、夕焼けが平原を茜色に染めていた。荷台の縁に座り、そっと左手の紋章を見つめた。
「これから、よろしくな。相棒」
小さくそうつぶやくと、紋章が一度だけ淡く脈打ったような気がした。
『ヴァナルガンド』はフェンリルの別名
本当はフェンリルを使いたかったけど、ID原作で既にメイデン型エンブリオとして登場するので泣く泣く変更
ID原作で「別人でも同じ銘のエンブリオは存在する」と言ってるが、そっちに引っ張られる可能性があるので別名にしました