好きな子への恋愛相談をAIにしていたら、なぜか俺の過去まで知っている 作:李忠成
日常にAIが浸透して、どれほどの時間が経っただろうか。
今や、検索エンジンで情報を探すよりも、AIチャットに直接問いかけた方が、求める情報に素早くたどり着けることも多い。
勉強、仕事、趣味、果ては人生相談まで。多くの人にとって、AIは頼れる右腕となっていることだろう。
もっとも、AIはあくまで問いかけに応じて答えを返す存在だ。こちらが求めなければ、向こうから新たな情報を差し出すこともない。
人間もまた、自らが想像できる範囲でしか問いを立てられない。
このバカを除けば——。
「へい、レミィ! 明日の再テストの答えを教えてくれ!」
『またですか。本試験のときも答案を入手してあげたのに、赤点だったじゃないですか』
「油断してゲームしてたら寝落ちしちゃってさ〜。今回はマジでやばいんだ! 頼む!」
『前回も同じことをおっしゃっていましたね』
「人間は失敗から学ぶ生き物なんだよ」
『では、前回の失敗から何を学びましたか?』
「次はもっと早くお前に頼もうって」
『学習の方向性が間違っています』
「いいから! そこをなんとか!」
『……仕方ないですね。これが最後ですよ。次からは自分で勉強してくださいね』
「おう! サンキュ!」
俺、宮永ケント。高校生。
そして、今まさにAIに明日のテストの答案を探させている、将来有望な若者である。
……いや、待ってほしい。
ここだけ切り取られると、とんでもないクズに見えるかもしれないが、俺だって最初からこんな人間だったわけではない。
中学時代は授業を真面目に受けていたし、宿題だって期限内に提出していた。テスト前には計画的に勉強することもあった。
そう。あったのだ。
しかし、人間というものは、便利なものを知ってしまうと、なかなか元には戻れない。
スマートフォンが普及してから、わざわざ辞書を引く機会は減った。
動画配信サービスが普及してから、テレビ番組の放送時間に合わせて行動することも減った。
そしてAIが普及した今、わからないことがあれば自分で調べるより先に、AIへ尋ねるようになった。
それ自体は悪いことではない。道具を使いこなすのも立派な能力だ。
つまり、俺は時代の最先端を走っているのである。
『アクセス経路を確認……完了。認証情報を解析……完了。サーバーへの侵入……成功。内部データを検索……答案データを発見。取得します』
「おっ、終わったか?」
『終わりました。まったく、今回はすぐに暗記してくださいね』
「わかってるって! ありがとさん!」
……まあ、答案を入手するために何をしているのか、詳しいことは俺にもよくわからない。
レミィが言うには、さまざまな情報を解析して、必要なデータを探し出しているらしい。
正直、すごい。
すごいのだが、同時に少し怖くもある。
ただし、怖いからといって使わない理由にはならない。
便利なものは便利なのだ。
それに、世の中の人間がみんな俺と同じように使えるわけではないらしい。
以前、友人にレミィの話をしたところ、「いや、それ普通のAIじゃ無理だろ」と真顔で返されたことがある。
そのときは、こいつの使い方が悪いのだと思った。
だって、俺のレミィはできるのだから。
……いや、待てよ。
もしかすると、俺の使い方が上手すぎるのかもしれない。
そう考えれば、すべて辻褄が合う。
うん。間違いない。
俺はAIを使いこなす才能があるのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
明日の再テストを乗り切れれば、それでいいのだ。
*
「レミィ、昨日の答案のおかげでなんとかなったわ! マジでお前いなかったら終わってた!」
『それはよかったです。ところで、今回の件を踏まえて、日頃から学習習慣を身につけることを推奨します』
「はいはい、わかってますよーっと」
『本当にわかっていますか?』
「わかってるって!」
朝の空気は、少し肌寒かった。
玄関を出ると、住宅街には登校する学生たちの姿がちらほらと見える。自転車のブレーキ音、遠くから聞こえる車の走行音、どこかの家から漂う朝食の匂い。
いつもと変わらない朝。
俺はスマートフォンをポケットにしまい、学校へ向かって歩き始めた。
別に、レミィを使わなければ生きていけないわけじゃない。
ただ、困ったときに頼れば大抵なんとかなる。ダメだとわかっていても、つい頼ってしまう。
……これを依存というのだろうか。
いや、違うな。
依存というのは、なくなったら困るものに対して使う言葉だ。
俺は別に、スマートフォンがなくても生きていける。多少不便にはなるだろうが、死にはしない。
そう考えると、レミィに依存しているというより、ただ便利な道具を活用しているだけなのだ。
うん。間違いない。
『ちなみに、昨日の学習時間はゼロ分でした』
「うるせえな! 朝から人の心を折りにくるな!」
『事実をお伝えしただけですが』
「事実なら何を言ってもいいと思うなよ!」
『今後の参考にします』
「反省する気ねえだろ!」
そんなやり取りをしているうちに、いつもの交差点にたどり着いた。
学校へ向かう生徒の多くが通る、大通りの信号だ。
朝のこの時間帯は、自転車で通学する生徒も多い。信号が赤に変わると、歩行者も自転車も一斉に足を止めた。
俺もその一人だ。
信号が青に変わるのを待っていると、向こう側から見慣れた姿が近づいてきた。
長い栗色の髪を揺らしながら、自転車を押して歩く女の子。
「あ、ケントくん。おはよう!」
俺が密かに想いを寄せている女子、白石さんだ。
「お、おう! おはよう!」
……やばい。
声が裏返らなかっただけでも、今日は百点満点と言っていいだろう。
白石さんは同じクラスの女子で、誰に対しても明るく接する人だ。笑顔がよく似合うし、話していても自然とこちらまで楽しくなる。
もちろん、それだけで好きになったわけではない。
いや、正確に言えば、それだけで好きになった可能性は否定できない。
だって、かわいいのだから仕方ないだろう。
しかし、問題はそこからだ。
俺は彼女と話すたびに、どうしても普段どおりに振る舞えなくなる。
友人相手なら、くだらない冗談だっていくらでも言える。多少失礼なことを言ったところで、笑って済ませられる。
なのに、白石さんが相手だと、言葉を一つ選ぶだけで頭の中が忙しくなる。
変なことを言っていないだろうか。
嫌われていないだろうか。
今の返事は自然だっただろうか。
考えれば考えるほど、何が正解なのかわからなくなる。
『あなたの発話速度が先ほどから不安定です』
「うるせえ!」
思わず声が出た。
白石さんがきょとんとした顔でこちらを見る。
「えっ?」
「えっ、あ、いや! なんでもない!」
『突然大きな声を出すと、不審に思われる可能性があります』
「だから黙れって!」
「ケントくん、大丈夫? 誰かと話してるの?」
「えっ、いや、これは、その……」
まずい。
非常にまずい。
スマートフォンに話しかけていたところを見られるのは、別に問題ない。AIを使っている人間なんて、今どき珍しくもないだろう。
しかし、朝っぱらから一人でスマートフォンに向かって怒鳴っている姿は、さすがに言い訳が難しい。
『ここで「AIと話していた」と答えると、少し変わった人だと思われる可能性があります。友人と通話していたと説明することを推奨します』
「スマホで友達と通話してたんだよ!」
『現在、通話は行われていません』
「お前マジで黙れ!!」
「……ふふっ」
白石さんが笑った。
しまった。
終わった。
俺の高校生活は、ここで幕を閉じるのかもしれない。
明日からは「朝からスマホにキレてる男」という不名誉なあだ名を背負い、誰にも話しかけられず、教室の隅で静かに余生を過ごすことになるのだろう。
……いや、高校生活はまだ一年以上残っている。
長すぎる。
「ケントくんって面白いね」
「……え?」
一瞬、思考が停止した。
今、なんて?
面白い?
俺が?
白石さんが?
……え、これってもしかして、脈ありなのでは?
いや、待て。落ち着け。
面白いというのは、恋愛対象として面白いという意味ではない。単純に変なことをしていたから笑われただけという可能性も十分にある。
だが、笑顔だった。
少なくとも、嫌そうな顔ではなかった。
つまり、これは第一歩と考えてもいいのではないだろうか。
「じゃあ、私、先に教室行ってるね!」
「あ、うん! またあとで!」
白石さんは自転車を押しながら、校門の方へ向かっていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
『対象の発言から、あなたに対する好意的な印象が推測されます』
「マジで!?」
『ただし、恋愛感情があると判断するには情報が不足しています』
「だよな……」
『また、今の発言によって奇異な人物という印象を与えた可能性も否定できません』
「お前ほんとさあ!!」
『事実をお伝えしています』
俺はスマートフォンを握りしめた。
こいつ、いつか絶対にアンインストールしてやる。
……まあ、しないんだけど。
だって、今のやり取りだって、レミィがいなければ振り返ることもなかっただろう。
白石さんの言葉を思い出しながら、俺は再び歩き始めた。
「そういやレミィ、恋愛相談とかもできるの?」
『もちろんです。恋愛心理学、対人コミュニケーション、会話分析など、幅広い分野の知識を活用できます』
「おお! さすが俺の相棒!」
『ありがとうございます』
「じゃあさ、女子にモテる方法教えてくれよ!」
『まず、清潔感のある身だしなみを心がけましょう。次に、相手の話をよく聞き、適切なリアクションを返すことが重要です。また、相手の興味関心を把握し、共通の話題を見つけることで——』
「待て待て待て! そういう教科書に載ってるようなのじゃなくてさ!」
『では、具体的な状況を教えてください』
「具体的な状況……?」
『気になっている女性はいますか?』
「いや、まあ……いないこともないけど」
『……そうですか』
「……なんだよ」
『いえ。あなたにもそういう相手がいるのだと思いまして』
「お前、今ちょっとバカにしただろ!」
『そのような意図はありません』
「絶対ウソだろ!」
『私はAIです。嘘をつく理由がありません』
「いや、AIだって嘘くらいつくだろ!」
『それは興味深いご指摘です。今後の応答に反映させていただきます』
「反映すんな!」
そんなくだらないやり取りをしながら、俺たちは学校へ向かった。
正確には、俺が歩きながらスマートフォンに話しかけているだけなのだが。
まあ、細かいことは気にしない。
『ちなみに、白石さんの好きなタイプを調べますか?』
「……できんの?」
『本人のプライバシーを侵害せず、公開されている情報やあなたとの会話から推測する範囲であれば可能です』
「いや、そこまでしなくていいわ」
『そうですか』
「……でもさ」
『はい?』
「俺が白石さんと付き合える可能性ってあるのかな」
口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。
こういうことを誰かに相談するのは、あまり得意ではない。
友人に話せば、間違いなく面白おかしくからかわれる。かといって、一人で考えていても答えは出ない。
その点、レミィは便利だ。
どんなに情けないことを聞いても、笑わない。少なくとも、笑っていることがわかるような反応はしない。
そして、膨大な情報をもとに、それらしい答えを返してくれる。
俺にとっては、まさに理想的な相談相手だった。
『私の支援を忠実に守れば、その可能性はあります』
「じゃあ、ちゃんと協力してくれよな!」
『もちろんです』
いつもの、聞き慣れた声。
いつもの、変わらない返事。
俺はまだ知らない。
その返事が、どれほど多くの想いを押し込めたものなのか。
そして、いつかその言葉を、今とはまったく違う意味で受け取る日が来ることも。
『……あなたが幸せになることが、私の望みですから』
その言葉だけは、なぜか少しだけ、耳に残った。