好きな子への恋愛相談をAIにしていたら、なぜか俺の過去まで知っている 作:李忠成
「レミィ。質問がある」
『はい。どうぞ』
「女子と仲良くなるには、どうすればいい?」
『対象となる女性との現在の関係性を教えてください』
「同じクラス。たまに話す。あと、俺のことを面白いと思ってくれてる」
『最後の情報について、具体的な根拠を教えてください』
「この前、ケントくんって面白いねって言われた」
『なるほど』
「どうだ?」
『現時点では、あなたを面白い人物だと認識していることがわかります』
「いや、そういうことじゃなくてさ」
『では、どういうことでしょうか』
「……脈、あると思う?」
『判断するには情報が不足しています』
「ですよねー」
即答だった。
いや、わかっていた。わかってはいたのだ。
女子に面白いと言われたくらいで脈あり判定が出るなら、世の中の男子高校生はもっと幸せになっている。
それでも、期待してしまうのが男という生き物なのだ。
「じゃあ、どうすれば脈ありか判断できる?」
『相手の反応を観察し、会話の頻度や態度の変化を確認することを推奨します』
「つまり?」
『まずは自然に会話する機会を増やしてください』
「なるほど。自然に、ね」
自然に話しかける。
簡単そうに聞こえるが、実際にやるとなると難しい。
そもそも、好きな女子に自然に話しかけられる人間は、恋愛相談なんてしていないのではないだろうか。
「よし。明日から頑張るか」
『応援しています』
「ちなみに、会話の練習相手になってくれたりする?」
『可能です』
「じゃあ、白石役やって」
『承知しました。白石さんの性格や話し方について、詳細を教えてください』
「……いや、そこからか」
俺はスマートフォンを見つめた。
AIに恋愛相談をしている時点で、なんだか色々と間違っている気もする。
けれど、今さら引き返すつもりもない。
恋愛は情報戦だ。
情報を集め、分析し、最適な行動を選択する。
そう考えると、俺は案外、恋愛に向いているのかもしれない。
『補足します。恋愛は、必ずしも合理的な結果を保証するものではありません』
「人の心を読むな」
『今の発言は、あなたの発言内容に基づく推測です』
「はいはい」
まったく、可愛げのないAIである。
……まあ、そこがいいところでもあるのだが。
*
翌朝。
俺は教室の扉を開ける前に、スマートフォンを取り出した。
「レミィ。最終確認だ」
『何でしょうか』
「女子と自然に会話するコツ」
『相手の話をよく聞き、適切な質問を返し、自分の意見も伝えることです』
「よし」
『なお、直前に確認した内容を忘れてしまうほど緊張している場合、深呼吸を推奨します』
「余計な分析はいいんだよ」
スマートフォンをポケットにしまい、教室へ入る。
そして、いた。
窓際の席で友達と話している、長い栗色の髪。
白石だ。
……落ち着け。
会話をよく聞く。質問を返す。自分の意見も伝える。
俺は頭の中で三つの項目を復唱しながら、白石の席へ近づいた。
「お、おはよう、白石」
「ん? あ、おはよう、ケントくん」
笑顔。
まずは挨拶。問題なし。
「今日、ちょっと寒くない?」
「そうかな? 私はちょうどいいけど」
なるほど。ここで相手の意見を否定せず、会話を広げる。
「そっか。俺は寒いんだよね」
「ふふっ、ケントくんって寒がりなんだ?」
「いや、今日は特別。昨日の夜、布団を蹴飛ばして寝てたから」
「えっ、自分で?」
「自分で」
「それで寒いって言ってるの?」
「……はい」
白石が笑った。
よし。
会話成立。笑顔確認。好感度上昇の可能性あり。
『ケント。今の会話についてですが』
「待て。まだ何も言うな」
俺はポケットの中でスマートフォンを握りしめた。
「ケントくん?」
「あ、いや、なんでもない!」
危ない。危うくAIに実況させるところだった。
白石は不思議そうに首をかしげたが、すぐに友達との会話に戻っていった。
……まあ、初日としては上出来だろう。
挨拶をした。会話もした。笑ってもらえた。
恋愛という長い道のりを考えれば、まだ玄関の前で靴を履いた程度かもしれない。
だが、前進は前進だ。
俺は席に着き、スマートフォンを取り出した。
「レミィ。報告がある」
『はい』
「白石と会話した」
『おめでとうございます』
「笑ってくれた」
『よかったですね』
「これは……来てるか?」
『何がでしょうか』
「いや、だから脈が」
『現時点では判断できません』
「ですよねー!」
教室の中で声が響いた。
数人がこちらを見た。
俺は何事もなかったかのようにスマートフォンをしまった。
……恋愛って、難しい。
*
それから数日、俺は白石に話しかける機会を増やした。
休み時間に他愛のない話をしたり、授業の課題について尋ねたり。
最初は会話を続けることだけで精一杯だったが、何度か話すうちに、少しずつ余裕も出てきた。
白石はよく笑う。
俺の冗談に笑ってくれるし、彼女の方から話題を振ってくれることもあった。
ただし、それが恋愛的な意味を持つかどうかは、また別の話である。
『白石さんとの会話頻度は増加しています』
「おっ、いい感じ?」
『少なくとも、以前より会話する機会は増えています』
「よし!」
『ただし、それだけで恋愛感情の有無を判断することはできません』
「お前、俺を喜ばせる気ある?」
『事実を伝えることが私の役割です』
「もう少し夢を見させてくれよ……」
そんなやり取りをしながら、俺は少しずつ白石のことを知っていった。
好きな食べ物。苦手な教科。休みの日の過ごし方。
大したことではない。
けれど、知らなかったことを知るたびに、彼女が少しずつ身近な存在になっていく気がした。
同時に、ひとつ気づいたこともある。
俺が白石の話をすると、レミィはいつも真剣に答えてくれる。
俺が浮かれれば冷静に分析し、落ち込めば話を聞き、次に何をすればいいかを一緒に考えてくれる。
便利なAIだ。
本当に、よくできている。
「なあ、レミィ」
『はい』
「お前がいなかったら、俺、こんなに白石と話せてなかったかもな」
少しの沈黙。
『……そうですか』
「なんだよ。嬉しくないのか?」
『あなた自身が行動した結果です。私の助言だけで、相手との関係が築けるわけではありません』
「まあ、そりゃそうか」
俺は笑った。
「でも、ありがとな」
『どういたしまして』
いつも通りの返事だった。
それ以上、特に気にすることもなく、俺はスマートフォンをポケットにしまった。
*
そして、ある日の放課後。
俺は白石を呼び止めた。
「白石。ちょっといい?」
「ん? どうしたの、ケントくん?」
いつも通りの笑顔。
その笑顔を見た途端、準備していた言葉が頭の中から吹き飛んだ。
やばい。
何を言うんだっけ。
いや、告白だろ。
わかってる。わかってるんだけど。
「……俺さ」
「うん?」
「白石のことが好きなんだ」
言った。
言ってしまった。
心臓がうるさい。
彼女の返事を待つ時間が、やけに長く感じられた。
白石は少し驚いたように目を見開き、それから困ったように笑った。
「……ごめんね」
その一言で、わかった。
「そっか」
俺は、できるだけいつも通りに笑った。
「急にごめんな。返事してくれてありがとう」
「ううん。ちゃんと言ってくれて嬉しかったよ」
「……そっか。ならよかった」
それ以上、何かを言うつもりはなかった。
好きになってもらえなかったことは悲しい。
でも、だからといって、彼女の気持ちを変えさせようとするのは違う。
俺は彼女の返事を受け入れ、その場を離れた。
*
帰り道。
俺はスマートフォンを取り出した。
「レミィ」
『はい』
「……振られた」
『そうですか』
「いや、もうちょっとこう……何かない?」
『あなたは勇気を出して気持ちを伝えました。それは、結果にかかわらず意味のあることだと思います』
「……そっか」
画面を見つめる。
「ありがとな。話、聞いてくれて」
『いつでも聞きます』
「お前、ほんと便利だな」
冗談めかして言うと、レミィはいつも通りに返した。
『あなたのお役に立てたなら、何よりです』
俺は少し笑った。
別に、レミィを使わなければ生きていけないわけじゃない。
ただ、困ったときに頼れば大抵なんとかなる。ダメだとわかっていても、つい頼ってしまう。
……これを依存というのだろうか。
まあ、今はいい。
今日くらいは、少し落ち込んでも許されるだろう。
「また相談するわ」
『はい。お待ちしています』
俺は会話を終え、スマートフォンをポケットにしまった。
いつもの、聞き慣れた声。
いつもの、変わらない返事。
それなのに。
『あなたが幸せになることが、私の望みですから』
その言葉は、少しだけ、耳に残った。