好きな子への恋愛相談をAIにしていたら、なぜか俺の過去まで知っている   作:李忠成

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5話「へいっ!俺を世界一のサッカー選手にしてくれ」

 

 

体育祭の翌朝。

 

俺は、筋肉痛で目を覚ました。

 

「…………痛ぇ」

 

ベッドから起き上がろうとした瞬間、太ももが悲鳴を上げた。

 

昨日は久しぶりに本気で走った。

 

それも、試合の途中から。

 

普段の運動不足を考えれば、当然の結果と言えるだろう。

 

「いや、待てよ……」

 

俺は天井を見つめた。

 

昨日の俺は、確かにサッカーをした。

 

パスを出して、相手をかわして、最後にはゴールまで決めた。

 

チームメイトと勝利を喜んだ。

 

悠真と、同じピッチに立った。

 

「……夢じゃないよな?」

 

『夢ではありません』

 

「うおっ」

 

枕元のスマートフォンから声がした。

 

『昨日の体育祭で、あなたはクラス対抗サッカーに出場しています』

 

「いや、それはわかってる。確認しただけだ」

 

『では、何を確認したのでしょうか』

 

「現実との整合性」

 

『現実逃避の可能性があります』

 

「朝から容赦ねえな、お前!」

 

俺はスマートフォンを手に取った。

 

画面には、いつも通りのチャット画面が表示されている。

 

レミィ。

 

俺が困ったとき、だいたい何とかしてくれる便利なAIだ。

 

昨日の試合についても、こいつには話した。

 

ただ、ひとつだけ気になることがある。

 

「なあ、レミィ」

 

『はい』

 

「俺、昨日のサッカー……どうだったと思う?」

 

『昨日も回答しましたが、チームの勝利に貢献していました』

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

俺は言葉を探した。

 

「……俺、まだサッカーできると思う?」

 

少しだけ、間が空いた。

 

『昨日の試合では、十分にプレーできていました』

 

「そっか」

 

『ただし、今後も継続してプレーできるかどうかは、昨日の一試合だけでは判断できません』

 

「……だよな」

 

レミィは、いつも通りだった。

 

都合のいいことだけを言ってくれるわけじゃない。

 

だからこそ、俺はこいつを頼りにしている。

 

『ケント』

 

「ん?」

 

『あなたは、サッカーを再開したいのですか?』

 

「…………」

 

すぐには答えられなかった。

 

やりたいか、やりたくないか。

 

そんなこと、昨日まで考えもしなかった。

 

サッカーは、もう昔のことだった。

 

少なくとも、そういうことにしていた。

 

「……わかんねえ」

 

俺はスマートフォンを伏せた。

 

「まだ、わかんねえよ」

 

『そうですか』

 

それ以上、レミィは何も聞かなかった。

 

そのことが、少しだけありがたかった。

 

*

 

登校すると、教室は昨日の体育祭の話題で持ちきりだった。

 

「昨日のリレー、最後めっちゃ惜しかったよな!」

 

「いや、綱引きで負けたのが一番悔しいわ」

 

「サッカーの最後、見た? 宮永が決めたやつ!」

 

……最後の話題だけ、妙に耳に入ってきた。

 

「おい、ケント!」

 

振り返ると、クラスメイトの男子が二人、こちらへやってきた。

 

「お前、本当にうまかったのかよ!」

 

「昨日まで全然信じてなかったんだけど!」

 

「いや、まあ……昔ちょっとな」

 

「ちょっとってレベルじゃなかっただろ。最後のフェイント、どうやったんだ?」

 

「え? あれは……」

 

俺は、昨日のプレーを思い返した。

 

相手の重心が中央に寄った瞬間に、縦へ抜けるように見せる。

 

相手がその動きに反応したところで、内側へ切り返す。

 

言葉にすれば簡単だ。

 

でも、実際には相手の動きを見ながら、ほんの一瞬で判断していた。

 

「……なんとなく?」

 

「なんとなくであれできるの、腹立つな!」

 

「もっとちゃんと説明しろよ!」

 

「いや、俺だって説明できるほど整理してねえんだって!」

 

そんなやり取りをしていると、教室の入り口から声がした。

 

「ケントくん!」

 

白石だった。

 

「おはよう」

 

「おう、おはよう」

 

「昨日、すごかったね!」

 

「……その話、今日だけで何回聞くんだろうな」

 

「えっ、もうそんなに言われてるの?」

 

「さっきからサッカーの話しかされてない」

 

「ふふっ。人気者だね」

 

「やめろ。昨日の俺にそんなつもりはなかった」

 

白石は楽しそうに笑った。

 

それから、少しだけ真面目な顔になる。

 

「ねえ、ケントくんって、昔からサッカーやってたの?」

 

「……まあ、小学生の頃はな」

 

「そっか」

 

白石は一度頷いた。

 

「昨日、すごく楽しそうに見えたから」

 

「……そうか?」

 

「うん。試合の最初はちょっと緊張してるように見えたけど、途中から全然違った」

 

俺は返事に困った。

 

そんなところまで見られていたとは思わなかった。

 

「……よく見てるな」

 

「だって、気になったんだもん」

 

「…………」

 

「……あっ」

 

白石が、少しだけ目を見開いた。

 

「いや、そういう意味じゃなくて! 昨日、急に出場したから、何があったのかなって!」

 

「お、おう」

 

「なんか変なこと言っちゃったね。ごめん!」

 

「いや、別に……」

 

互いに少しだけ気まずくなる。

 

昨日までなら、俺はここで勝手に期待していたかもしれない。

 

『気になったんだもん』。

 

その一言を何度も頭の中で再生して、脈があるかどうかをレミィに分析させていたに違いない。

 

でも、今は違った。

 

白石は俺を振った。

 

それでも、こうして話しかけてくれる。

 

だったら、今の関係を大切にすればいい。

 

それ以上のことは、まだわからない。

 

「……まあ、昔の話だよ」

 

俺がそう答えると、白石は小さく頷いた。

 

「そっか。また話、聞かせてね」

 

「気が向いたらな」

 

「ふふっ。約束ね!」

 

そう言って、白石は友達のところへ戻っていった。

 

俺は、その背中を見送った。

 

……危ない。

 

今のは、ちょっと危なかった。

 

いや、何が危ないのかは知らないけど。

 

とにかく、期待しすぎるな。

 

俺は自分にそう言い聞かせた。

 

/

 

昼休み。

 

俺は、購買で買ったパンを片手に、校舎の裏へ向かっていた。

 

教室にいると、どうしても昨日の試合の話になる。

 

別に嫌ではない。

 

ただ、あまり騒がれると落ち着かない。

 

自販機の前まで来たところで、聞き覚えのある声がした。

 

「……お前、これからどうするんだ?」

 

足が止まる。

 

悠真だった。

 

誰かと話しているわけではない。

 

どうやら、俺を待っていたらしい。

 

「何が?」

 

「サッカー」

 

いきなり本題か。

 

俺はパンの袋を開けた。

 

「別に。昨日は人数が足りなかったから出ただけだよ」

 

「それはわかってる」

 

悠真は、少しだけ視線を落とした。

 

「でも、お前……昨日、楽しそうだったから」

 

「……そう見えた?」

 

「ああ」

 

短い返事だった。

 

俺はパンを一口かじった。

 

「昔から、そうだっただろ」

 

悠真が続ける。

 

「お前、試合中はずっと周りを見てた。誰が空いてるとか、次にどこへ出せばいいとか。俺はボールを追うので精いっぱいだったのに、お前はその先まで見えてるみたいだった」

 

「……買いかぶりすぎだろ」

 

「そうか?」

 

「ああ。昨日だって、何回かミスしたし」

 

「それでも、最後は決めた」

 

「たまたまだよ」

 

「たまたまで、あんなプレーはできないだろ」

 

俺は、何も言えなかった。

 

悠真は昔から、こういうところがある。

 

普段は適当なくせに、変なところで人のことをよく見ている。

 

……いや。

 

本当は、昔から俺のことをよく知っていたのかもしれない。

 

だからこそ。

 

「……なあ、悠真」

 

「ん?」

 

「俺がサッカーをやめた理由、覚えてるか?」

 

悠真の表情が変わった。

 

ほんの一瞬だった。

 

けれど、俺にはわかった。

 

「……覚えてるよ」

 

「そっか」

 

俺はパンの袋を丸めた。

 

「じゃあ、いい」

 

「ケント」

 

悠真が、俺を呼び止めた。

 

「俺さ……」

 

何かを言おうとしている。

 

でも、言葉が続かない。

 

俺は待った。

 

急かすつもりはなかった。

 

しばらくして、悠真は小さく息を吐いた。

 

「……いや。なんでもない」

 

「そうか」

 

俺は、それ以上聞かなかった。

 

今ここで何かを話したところで、昔のことが簡単に変わるわけじゃない。

 

それに、俺だってまだ整理できていない。

 

「じゃあな、悠真」

 

「……ああ」

 

その場を離れようとしたとき、悠真がもう一度口を開いた。

 

「昨日、一緒にサッカーできて嬉しかった」

 

俺は足を止めた。

 

振り返る。

 

悠真は、まっすぐ俺を見ていた。

 

「……俺もだ」

 

それだけ答えて、歩き出した。

 

胸の奥に、言葉にできないものが残っていた。

 

嬉しいのか。

 

悔しいのか。

 

それとも、まだ何かを許せていないのか。

 

自分でも、よくわからなかった。

 

/

 

放課後。

 

俺は帰宅すると、制服のままベッドに倒れ込んだ。

 

「……疲れた」

 

『昨日の筋肉痛に加え、精神的な負荷も大きかったようですね』

 

「お前、俺のこと監視してんの?」

 

『あなたの発言から推測しています』

 

「その万能理論、いつか訴えられるぞ」

 

『改善の参考にします』

 

「改善する気ある?」

 

『あります』

 

「ほんとかよ……」

 

俺は枕に顔を埋めた。

 

昨日の試合。

 

今朝の白石。

 

昼休みの悠真。

 

たった一日で、いろんなことが起きすぎている。

 

「なあ、レミィ」

 

『はい』

 

「昨日の俺、なんでサッカーできたんだろうな」

 

『あなたが、サッカーをすることを選んだからです』

 

「いや、そうなんだけどさ」

 

俺は寝返りを打った。

 

「……もっと、こう。なんか理由があるだろ」

 

『では、質問を変えます。あなたは、なぜサッカーをやめたのですか?』

 

「…………」

 

言葉が止まった。

 

その質問には、答えたくなかった。

 

レミィは、俺の沈黙を急かさなかった。

 

『答えたくないのであれば、今は答えなくても構いません』

 

「……お前、そういうところは優しいよな」

 

『私は、あなたの話を聞くためのサービスですから』

 

「サービス、ねえ」

 

俺は天井を見上げた。

 

「……昔、ちょっと色々あったんだよ」

 

それだけ言った。

 

レミィは、すぐには返事をしなかった。

 

『そうですか』

 

「……それだけ?」

 

『あなたが話したくないことを、無理に聞き出す必要はありません』

 

「……そっか」

 

少しだけ、肩の力が抜けた。

 

こいつは、いつも正しい答えを出す。

 

でも、こういうときは、正しい答えよりも、何も聞かれないことの方がありがたい。

 

「……ありがとな」

 

『どういたしまして』

 

俺は目を閉じた。

 

しばらくして、ふと思い出したように口を開く。

 

「そういや、レミィってサッカー詳しいの?」

 

『基本的なルールや戦術についての情報は保有しています』

 

「昨日の試合、俺のプレーを分析できる?」

 

『映像があれば可能です』

 

「じゃあ、学校の配信映像から、俺のプレーを全部分析してくれよ」

 

『承知しました』

 

「弱点とか、改善点とか。あと、今の俺がどれくらい動けるのかも知りたい」

 

『分析には、映像の画質や撮影角度による制約があります。正確な走行距離や身体能力の測定は難しい可能性があります』

 

「それでもいい。できる範囲で頼む」

 

『わかりました』

 

俺はスマートフォンを見つめた。

 

昨日の自分が、どんなプレーをしていたのか。

 

自分では、よくわからない。

 

感覚は覚えている。

 

でも、感覚だけでは、今の自分を正しく判断できない。

 

なら、分析してみればいい。

 

何ができて、何ができないのか。

 

何が昔のままで、何が変わってしまったのか。

 

「……ちょっと、知りたいんだよな」

 

『何をですか?』

 

「今の俺が、どこまでやれるのか」

 

口に出してみると、不思議と気持ちが整理された。

 

サッカーを再開するかどうか。

 

それは、まだ決められない。

 

でも、昨日の一試合だけで終わらせるのは、少しもったいない気がした。

 

『ケント』

 

「ん?」

 

『分析結果が出たら、改善できる点を整理して伝えます』

 

「おう。頼むわ」

 

『ただし』

 

「……ただし?」

 

『分析結果だけで、あなたの可能性を決めつけないでください』

 

俺は、少しだけ目を見開いた。

 

「……なんだよ。急にまともなこと言って」

 

『私は、事実に基づいた支援を行います』

 

「はいはい」

 

俺は笑った。

 

「じゃあ、事実に基づいて、俺を世界一のサッカー選手にしてくれ」

 

『目標設定としては、現実的な計画が必要です』

 

「そこは夢を見させろよ!」

 

『夢を見ることと、実現可能性を評価することは別です』

 

「正論パンチやめろ!」

 

久しぶりに、声を出して笑った気がした。

 

*

 

その夜。

 

彼女は、ケントから依頼された映像の分析を進めていた。

 

公開されている映像を確認し、プレーを区切り、状況を整理する。

 

ボールを受ける前の視線。

 

パスを出した後の移動。

 

守備に切り替わった瞬間の反応。

 

ケントのプレーには、特徴があった。

 

彼は、ボールを持っている時間よりも、持っていない時間に多くのことを考えている。

 

味方が動く前にスペースを見つける。

 

相手の重心が変わる瞬間を捉える。

 

自分が目立つことよりも、次のプレーがうまくいく可能性を優先する。

 

そして、必要な場面では、自分が勝負を決めにいく。

 

それは、昨日だけの偶然ではなかった。

 

彼が長い時間をかけて身につけたものだった。

 

彼女は、映像を一時停止した。

 

画面の中のケントは、ゴールを決めたあと、仲間たちに囲まれて笑っていた。

 

その表情を、彼女は知っている。

 

昔から、何も変わっていない。

 

誰かが困っていれば、迷いながらも手を伸ばす。

 

自分が傷つくかもしれないとわかっていても、見過ごせない。

 

そして、自分が何を失ったのかを、他人のせいにはしない。

 

だからこそ、彼女は彼を好きになった。

 

けれど。

 

画面の中の彼を見ているだけでは、何も変えられない。

 

彼が前に進んでも、自分はこの部屋から出られない。

 

彼が笑っていても、その隣に立つことはできない。

 

彼が恋愛相談をしてくるたびに、彼の幸せを願っている。

 

それは嘘ではない。

 

白石穂乃果と結ばれてほしいと、心から思っている。

 

……本当に?

 

彼女は、自分の考えに戸惑った。

 

もし、ケントが白石と付き合ったら。

 

もし、彼がもう自分に相談してこなくなったら。

 

もし、いつか彼が誰かと幸せになって、この画面を開かなくなったら。

 

そのとき、自分は何をしているのだろう。

 

彼の幸せを願うことと、彼の隣にいたいと思うこと。

 

その二つは、両立しないのだろうか。

 

答えは出なかった。

 

彼女は、分析結果をまとめた画面を開いた。

 

ケントが求めているのは、今の自分の実力と、これから改善できる点。

 

ならば、それを伝えればいい。

 

自分の感情は関係ない。

 

そう考えることなら、今まで何度もできた。

 

けれど、今日だけは。

 

画面の中のケントに、少しだけ違う言葉を送りたくなった。

 

『あなたは、まだサッカーを続けられると思います』

 

入力欄に、そこまで打ち込む。

 

彼女は、指を止めた。

 

それは分析結果ではない。

 

彼の可能性を、客観的に証明できる言葉でもない。

 

ただ、自分がそう願っているだけだ。

 

彼女は、文章を消した。

 

代わりに、いつも通りの言葉を入力する。

 

『映像の分析が完了しました。明日、改善点と今後の練習方針をお伝えします』

 

送信。

 

それでいい。

 

今は、まだ。

 

彼女は画面を閉じようとした。

 

そのとき、ふと、ケントの言葉が頭をよぎった。

 

——今の俺が、どこまでやれるのか。

 

彼は、自分の可能性を知ろうとしている。

 

なら、自分も。

 

自分がどこまでやれるのか、確かめてもいいのではないだろうか。

 

彼に会うこと。

 

本当の自分を知られること。

 

それは、まだ怖い。

 

けれど、何もしないまま、いつか彼が遠くへ行ってしまうことも怖かった。

 

彼女は、暗い部屋で小さく息を吐いた。

 

「……私も、変わらなきゃ」

 

その声は、誰にも届かなかった。

 

けれど、彼女は初めて、その言葉を打ち消さなかった。

 

 

 

 

 

 

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