俺が、大英雄を殺した日~ディストピア世界で、百合ハーレムは作れますか?~ 作:霧夢龍人
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アルバイトに遅れないよう仕掛けていたアラームの音じゃなく、身体を包み込むような液体の温さ。腕を動かせば、ピチャピチャとした水音が半ばまで浸かった耳朶を刺激する。
目を開けて、夕日と見紛うような空を瞳に映した。
液体に濡れて気持ち悪い身体を起こし、様子を伺えば──液体の正体が鮮やかな“ 血”だということが分かる。起きたばかりで鼻がおかしかったのか、しばらくして濃密な鉄の匂いが鼻を刺激した。
「……地獄って、こんなに血なまぐさいのかよ」
こうして考えると、存外俺も冷静なのかもしれない。周りは限りなく広がる草原と青空。人の気配すらなく、夥しいほど広がる血溜まりは──恐らく俺の血。
なのに焦るどころか頭が冴え渡っているのは、あまりにも現実離れしすぎてるこの状況のせいだ。
痛くも痒くもない。なんなら寒くも暑くもない。夢かもしれないし、夢じゃないのかもしれない。わかるのは、何も分からないことだけ。
「大学エンジョイしてたんだけどなぁ……」
死に物狂いで大学受験に励み、見事に弾けた思い出を振り返る。愛棒──“相棒”と共に励んだ大学生活は順風満帆だった。
しかしどうやら、俺の身体からその愛棒はいなくなってしまったらしい。下半身にそびえ立つイチモツは消え去り、代わりに豊満な胸がTシャツを押し上げている。
ふーん、えっちじゃん。
「地産地消しろってことかよ。あーあ、意味ねぇじゃん」
なるほど、やはりここは地獄らしい。
少なくとも男としての尊厳を奪いさられ、血溜まりの中で目覚めるような場所が天国なわけが無い。
溜息を一つ吐いて、俺はようやく立ち上がった。
「マキナ……ねぇ」
ペンと共にズボンの中に収まっていた日記帳には、俺──いや、この身体の名前らしきものが記されていた。年齢は十五歳らしく、血に染まってかなり見辛いが、ページ数を鑑みるに相当書き込んでいたんだろう。
ペラペラと
境目は、マキナが英雄と呼ばれるようになった日から。
“
寝る時間がない。
色んな人達が助けを求めてる。私がやらなくちゃ。
私、英雄なんて柄じゃないのに。
どうしよう、魔外者を浄化する速度が追いつかない。
休む時間が欲しい。
宇宙間取引で、私の身柄を拘束したい星間企業があるらしい。
私を助けてくれる人はいないのかな?
エトセトラエトセトラ……目に入ったものを抜粋しただけだが、やけにお労しい日記の内容だ。睡眠時間が三十分どころか、一週間くらい寝られない期間が幾度かあったらしい。長男でも耐えられないだろこんなの。
そして最後の
“私は失敗した”
──という文字だけが大きく書かれていた。
「……ぐっっっろ。なんだよこれ、社会に疲れたサラリーマンとかじゃないよな。しかもこの後、何の因果か俺が乗り移ったって事だろ?
最悪じゃねぇか」
自分より歳下の子が書いたとは思えない日記の内容に辟易する。
マキナちゃんもマキナちゃんだ。たかが十五の子供が世界を救えるはずないのに、普通ここまでしねぇよ……二十一で大学の講義に出るのも億劫な俺が言えた義理じゃないけどな。
クソみたいな世界の話を読み終わった俺は、日記帳から余った空白の
あーあー、なんて勿体ないんだこいつ。
人を助けるだとか、世界を救うだとか耳障りの良い言葉ばっか並べて、結局失敗して死んでるじゃねぇか。こんな美人ならモテ放題だっただろうに。
もし大学でこんな美人がいたら、間違いなくナンパして振られてる。見た目だけならクール系だから、俺の性癖である年上クール系お姉さん属性だし。
まぁ、流石に俺自身が月牙ならぬクール系
知らんけど。
「他の持ち物は……銃と──なんだこれ、剣の柄か?」
あいにく銃は詳しくないが、年頃の女の子から出ちゃいけないような物が沢山出てくる。剣の柄らしき物に至っては、変なボタンが至る所についてて男心を擽られた。
やだ、なにこれ。ちょーかっこいいんですけど。
変に触って怪我するのも嫌だからポケットに入れておくが、銃やら何やらから察するにこの柄も恐らくなにかの武器だ。
俺ただのパンピーなんですけど、この世界やっぱり物騒過ぎない?
このままポケットを探ればひみつ道具くらい出てきそうである。他に得られる情報がないか時間をかけて探そうとしてみるが、暗くなっていく空と冷たい風が頭を落ち着かせた。
「あーくそ、状況整理終了だ。全く整理できんし分からんことだらけだが──マキナちゃんが何かでヘマしたのは分かる」
美人薄命とは言うが。
なんで死んだのか。そもそも自殺か他殺か……そこまでは日記じゃ判断出来ない。血は流れてるのに身体の何処にも傷は見当たらないから、悩むだけ無駄な気はする。
これが英雄様の最期っていうのは、些か不憫だけどな。
マキナちゃんのような純粋な英雄様と違って、俺は利己的だ。救えないような奴を助けるつもりもないし、自分の命を削ってまで戦おうとも思わない。誰かのために仲良しこよしで勝利を掴むなんてもの、漫画だけで充分だ。
「悪いな、マキナちゃん。俺はアンタとは違うクズだ──だから好き勝手やらしてもらうぞ」
せめてもの手向けに、“私は失敗した”と書かれた文字を塗りつぶす。そして、“俺が成功させる”と書き換えてやった。
深い意味はない。
ただ、もうちょっと成長すれば、年上クール系お姉さんになるはず(希望的観測)だった女の子が犯したという失敗。普通なら大人が責任をとるはずが、結果としてマキナちゃんは死んでいる。
それが気に食わなかっただけだ。
俺の目的は大学時代と変わらない。それはつまり、可愛い女の子を見つけ次第ナンパし、お近付きになることである。他人の身体に乗り移ってすることがナンパ?と我ながら面白い話だが、こんな美人なんだ。
英雄らしく振る舞うとか、誰かを助けるとかごめんだね。
クズはクズらしく、可愛い美少女のお尻を追っかけるに限る。
特に異世界なら、元の世界じゃ見つけられなかったクール系お姉さんが、「うふふ♡いいことしましょ?」なんて言って胸チラしてくるはずだ。
こんなの僕のデータにはあるぞ!!!
「ふぅ、さぁて……行くか」
有能なデータ系キャラになりきること数分。
寒空でようやく落ち着いた俺は、冷たい風が吹き抜ける暗い夜の元を歩き出した。
傍から見たら、正義の
多分、きっとそうだ。
何分か後。
一人の少女の身体に乗り移った青年。その後ろには、小さな土の山が出来ていた。数枚落ちている血塗られたメモ用紙には一言。
『アンタはよくやった』とだけ書かれている。
そこにあったのは、墓代わりなのだろう。
遺体はないのに、そこらに生えていただろう枝と
弔うつもりがあるのかないのか、不格好な土の山。それでも、薄紫の花弁を携えた可愛らしい花が、一つだけ手向けてあった。
「いや、何もねぇなここ」
歩き始めて多分数時間。
修行僧みたいな気持ちで田舎すぎるこの場所を眺めても、景色にはなんの変化もない。
あとマキナちゃんの身体の特性なのか、凸凹した山道を歩いても疲れが蓄積しない。
流石は英雄と褒めてやりたいところだァ。
退屈しのぎにスマホがあれば違ったんだが、あいにくポケットの中には物騒な物しか入ってないのである。街どころか人影も見当たらないし、異世界転生?という割には新鮮味がない。
筆下ろししてくれる美人なクール系お姉さん…… ドコ?
まさか異世界でも希少種なのだろうか、巫山戯た世の中だ。大変けしからん。
はてさて、そんなくだらない事を考えていると、遠くの方で今まで見つけられなかった人影がいた。それも一人じゃなく、何百人と隙間なく並んでいる。
何に?──パッと見だが、船のような形をしたナニカに向かって整列しているように見える。
「船……いや、あの男心を
俺の考えを肯定するように、船体の側面から青白い光が噴き出した。
轟音
地面が揺れ、草原を吹き抜ける風が一瞬にして逆巻く。船の底部に備え付けられた複数の噴射口が光を放ち、巨大な船体をゆっくりと浮かび上がらせていた。
……うん。
「宇宙船だわ、あれ」
間違いない。あの摩訶不思議な機体は宇宙船だ。
俺の知っている旅客機とは根本的に構造が違う。翼もなければ、滑走路もない。船体は流線型で、銀色の装甲には幾何学的な模様が刻まれている。後方には巨大な推進機構がいくつも並び、船首には見たこともない紋章が輝いていた。
刻まれている紋章や文字は、俺の持っている武器達と一致している。
──STAR ARMS 。
ロゴには“SA”とだけ書かれていた。
なんなんあれ、かっこよすぎますやん。
今すぐにでも駆け出して近くから見たい。見たい──が、今の俺は英雄の身体を乗っ取っているわけである。マキナちゃんについてどんな情報が流れてるのかわからないのに、顔を隠す物が何一つないのだ。
てことで── テテレテッテレ〜、そこら辺で拾った葉っぱぁ〜。
ギリギリ顔が隠せそうな葉っぱ三枚で全方位から顔を隠せるように、
後は目ん玉二つ分の穴を開ければ、不審者も逃げ出すシン・フシンシャの完成である。
「いや、無理だろこれ」
鏡はないがわかる、これは無理があると。
だがこんな状況になってしまったのは、何も無さすぎるこの星が悪い。いったい何時間歩いたと思ってんだ。
だからぼきゅは悪くないんだ!!!だって美少女どころか野生動物すらいなかったんだぞ!
ウゾダドンドコドーン!
原始時代からSFとかいうインフレに置いていかれそうになるが、俺にできることは正直何一つない。第一、誰かと話さないと情報収集すらできねー上に、あの船がずっとこの星に居るとも思えない。
つまり、強行突破しかないわけである。
プライドを捨てて観念し、葉っぱで出来た即席仮面を頭に装着。ぞろぞろと船の中に入っていく人影を眺めながら、置いていかれないように突き進んで行く。
並んでいる人影は──普通。異世界っぽい獣人やらエ
反対に、俺は周りからの視線の痛さを味わっている。
そりゃあこんな不審者が居たら怖いだろうが、問題なく列に並ぶことが出来た。
めっちゃ視線が痛い。
前を歩くおじさんが三度見してきたし、隣に並んでいたおばさんに至っては、俺と目が合った瞬間に子供を抱き寄せて距離を取った。
失礼な、俺だって好きでこんな格好をしているわけじゃない。
そもそも、葉っぱを三枚も使って顔を隠している時点で、少なくとも本人なりに事情があるのだと察してほしい。いや、普通は察するどころか警戒するか。俺だって夜道でこんなのに遭遇したら全力で逃げる。
オデ、カワイイコスキ。と、人外の化け物になったところで、トントンと後ろから肩を叩かれた。
「ねぇ、そこのアンタ」
ちっ、誰だよ人が化け物になってる時に肩を叩いてくる馬鹿はよぉ〜!
声からして女の子だろうか。
だがあいにく、今の俺は針のむしろのような視線に晒されて非常に気まずいのである。いくら女の子だろうと相当な美人か可愛さじゃないと、俺の気まずさは落ち着くことはない。
変な因縁をつけられる可能性も鑑みて、葉っぱの目の隙間から様子を伺いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
そして。
「はぁい?───おっっっっふ」
物の見事に固まってしまった。
息を呑むというのはこういうことを言うんだろう。
ドチャシコ美人が、そこにいた。