クソボケTS男が、ディストピアSF世界の女の子たちを曇らせる話 作:霧夢龍人
あの〜なんだろう。
期待させるだけさせておいて、(悪い意味で)上回ってくるのやめてもらっていいですか?
目の前でペタペタと近寄ってくる、ポラリスと名乗るペンギン人形。ふわふわそうな毛は触り心地が良さそうで、なるほど確かにマスコットを名乗れるレベルだ。
でも……思ってた可愛いと違うんだよ!
俺が助けを求めるようにレディオンさんへ視線を向けると、彼女はいつもの気怠げな顔でポラリスを見下ろしていた。
「艦長、船の状態は?」
「左舷装甲に損傷。外部接続部も少し歪んでいるね。航行そのものには問題ないけど、あとで修理が必要かな」
「そう。なら、後回しでいいわね」
「うん、そうしよう」
おっとなるほど、誰も説明してくれないらしい。
説明責任から逃げるな卑怯者ォーーッ!
いまさら宇宙船に突っ込んだことを棚に上げるつもりはないけどさ。
少なくとも俺は今、宇宙船を操縦しているペンギンのぬいぐるみと、それを当然のように扱う美少女を目の当たりにしているわけで。
簡潔に言うと、この世界の常識が分かんねぇ。
レディオンさんが艦長と名乗る謎生物に、“何か”を懐から手渡した後、ペンギンマスコットが俺に可愛らしい視線を向けてくる。
「ところで、Mrs.レディオン。その子は?」
「拾ったペットよ」
「あ、どうもポラリスさん。挨拶が遅れてすみません。
俺こそがレディオンさんの忠実なる
「な、なるほど……えと、お世話はちゃんとするんだよ?」
「分かってるわ」
「ならいいんだけどね……。
それで、Mrs.レディオン。例の輸送船はどうなってる感じ?」
「見ての通りよ。魔外者が集まり始めてるわ」
彼女が指を鳴らすと、艦橋のモニターが切り替わった。
そこに映し出されたのは、先程まで俺たちが乗っていた輸送船の姿だった。
船体のあちこちに、黒い影のようなものが張り付いている。いや、黒い影なんて生易しいものではない。
異形の腕を持つものや甲殻に覆われたもの。人間の頭部に似た器官をいくつもぶら下げたものなど、大小さまざまなナニかが、まるで獲物に群がるハイエナのように輸送船を取り囲んでいた。
その光景を見て、俺の背筋が冷たくなる。
直観的に理解した。間違いなくアレが、魔外者だと。
あまりにも悍ましい外見で、直視しているだけで身体の震えが止まらない。
「……魔外者が、あんなに」
「そうよ。アウトローが突っ込んで船体に損傷ができたせいで、エーテルの漏出でも起きてるんじゃないかしら。まったく、仕方ないとは言え可哀想ね」
レディオンさんは他人事のように言った。
だが、モニターに映る輸送船は、決して他人事で済ませられるような状況じゃなさそうだ。
船体を覆い尽くさんばかりの魔外者。その一部は、すでに外壁をこじ開けようとしている。船内にいる乗客や乗組員がどうなっているのか、考えるまでもない。
マキナちゃんの日記の内容によると、魔外者は惑星のエネルギーであるエーテルを主食としているらしい。人間にもエーテルは僅かに宿るため、人を食らうこともあるんだと。
魔外者を倒せば小さなエーテルを落とすのだが、それでも惑星のエネルギー。小さい欠片でも、船や機械を動かす燃料として最適なのだ。そして眼前に映る魔外者たちは、船から漏れ出たエーテルを喰らおうと襲いかかっている。
助かるすべはあるんだろうか?
そんな俺の疑問を感じ取ったのか、レディオンさんは事も無げに告げた。
「ま、ほっといていいわよ。少し時間が経てば損傷はナノマシンで修復出来るだろうし、近付くだけ危険なんだから、余計な首を突っ込む必要はないわ」
「そうなんすか?でも……」
どう見てもあれは、修復速度が間に合っていない。
ナノマシンとやらがどれだけ優秀なのかは知らないが、船体を覆い尽くすほどの魔外者に取り付かれているのだ。修復が終わる前に船が食い破られてしまえば、それこそ本末転倒だろう。
それに、あの船には人が乗っている。
俺と同じように、目的地へ向かう途中だった人たち。家族がいるのかもしれないし、仕事で仕方なく乗っているのかもしれない。あるいは、俺と同じように、ただどこかへ行きたかっただけなのかもしれない。
詳しい事情なんて分からない。
この世界のことも、魔外者のことも、俺はまだ何一つ知らないのだから。
もしかすると、ああいう状況は珍しくないのかもしれない。魔外者に襲われること自体が日常茶飯事で、乗客を見捨てることも、この世界では当たり前なのかもしれない。
下手に手を出せば、かえって被害を大きくする可能性だってある。
俺はマキナちゃんの身体を借りているだけの、ただの大学生だ。戦い方も知らなければ、この船にどんな武装があるのかすら分かっていない。そんな人間が、事情も知らずに口を挟んでいいはずがない。
クズの俺が人を助けようとしても、なんの意味もないんだ。
……ない、のだが。
「……レディオンさん」
「何?」
「もし、あの船が壊れたら……乗ってる人たちは、どうなるんですか?」
「さぁ? 運が良ければ脱出艇で逃げられるんじゃない?」
「運が良ければ、ですか」
「えぇ。もっとも、脱出艇で逃げたところで、あの数の魔外者に囲まれていたら助かる保証なんてないけど」
あっさりとした返答だった。
レディオンさんにとっては、きっと珍しい話でも何でもないのだろう。彼女はモニターに映る光景を眺めながら、手元の端末を操作している。そこに焦りはないし、かといって楽しんでいるようにも見えなかった。
ただ、危険だから近付かない。きっとそれだけの話だ。
「……そっすか」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
助けた方がいいんじゃないか、そう口にするのは簡単だ。
だが、そのために誰が危険を冒すのか。
俺たちが助けに向かったせいで、アウトローまで損傷すればどうなる?
魔外者がこちらにも群がってきたら?
仮に救助に成功したとして、今度は誰がその責任を取る?
そもそも、俺には何ができる?
何も分からない。何もできない。
そんな俺が、ただ目の前で人が危険に晒されているというだけで、助けろだなんて無責任なことを言えるわけがなかった。
──だったら、黙って見ているしかないのか。
そんな訳ねぇ。
「レディオンさん。俺たちって今、貸し借りなしですよね」
「……えぇ、それがどうしたの?」
「ならここで一つ、貸しをつくってくれませんか?」
「……はぁ?もしかしてアンタ……あのね、こういう事はよくあるのよ?それを余計な正義感で助けようとして、自滅した人間は星の数ほどいる」
「知ってます」
俺の身体の持ち主だってそうだ。
身に余る正義感と善性のせいで死んだ、甘ちゃんな英雄。だが、俺は英雄じゃないただの屑である。
となれば、あの船を助ける理由はただ一つ。
「屑なら屑らしく、せめて自分の欲望には正直に生きたいんすよ」
「だからあの船を救出するって?───はぁ、バカねアンタ。そこまで言うなら、アンタがやりなさい。ペットの世話はしてあげるけど、その責任までは取れないわ
それと、貸し二つよ」
「あざっっす!!!」
レディオンさんに向け九十度で腰を曲げながら、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
やはり持つべきものは美少女のご主人様だな!
自分の幸運に感謝しながら、俺は眼前の魔外者を見据える。
「ふむ、それでMrs.エクス。
話を聞いていて思ったけど、君はどうやってあの状況を打破するつもりだい?
まさかノープランって訳じゃないよね」
「勿論です。外へ出られるハッチみたいな場所ってありますか?」
「エアロックなら、そこの通路を進んだ先にあるよ。Mrs.レディオン、送っていってあげて」
「……はいはい。まったく、面倒なことになったわね」
レディオンさんが立ち上がり、俺もその後を追おうとしたところで、不意に艦長から声を掛けられる。
「Mrs.エクス。一つだけ、この船に乗る以上は心掛けて欲しいことがあるんだ」
「心掛けて欲しいこと、ですか?」
「うん。──
なんだろう、あまり聞き慣れない言葉だ。
俺が首を傾げていると、艦長はペタペタと短い足を動かしながら、こちらへ近づいてくる。
「あるがままに。自分の気持ちに嘘をつかず、やりたいことをやってみる。もちろん、何も考えずに好き勝手しろって意味じゃないよ。
自分が何を望んでいるのか、何を大切にしたいのか。それを忘れないで欲しいんだ」
艦長はそこで一度言葉を切ると、俺の顔をじっと見上げた。
ぬいぐるみのような丸っこい身体に、ちょこんと生えた短い足。首元には立派な蝶ネクタイまで付けている。どう見ても緊張感とは無縁の見た目なのに、その声には妙な説得力があった。
まるで、俺の胸の内を見透かしているかのような……だが嫌いじゃない。
「……なるほど」
俺は小さく息を吐き、口元を緩めた。
自分の気持ちに嘘をつかず、やりたいことをやる。
言葉にしてしまえば、ずいぶん簡単な話だ。けれど、実際にそれを貫くのは、案外難しいのかもしれない。
周りの人間がどう思うか。自分の選択が正しいのか。失敗したときに後悔しないか。そんなことを考え始めれば、いくらでも迷う理由は出てくる。
Let It Be──あるがままに、か。
「いい言葉っすね、それ」
「ふふ、そうだろう?」
「ええ。気に入りました」
俺は艦長に向かって、軽く手を振った。
「じゃあ、ちょっと行ってきます。自分のやりたいことをやりに」
「うん。行ってらっしゃい、Mrs.エクス。新入りの活躍をボクは見守っているよ」
その声を背に、俺は再び歩き出した。
宇宙船の外に出るという行為は、思っていた以上にあっさりしたものだった。
エアロックと呼ばれる区画に案内された俺は、レディオンさんから簡単な操作方法を教わり、船外活動用のスーツを着せられた。どうやらこのスーツ、身体の周囲に薄いエーテルの膜を形成することで、宇宙空間でも活動できる代物らしい。便利なことこの上ない。
なお、説明の途中で「これ、爆発とかしませんよね?」と聞いたところ、レディオンさんから「知らないわ」と返された。
いや、知らないって何だよ!?
そんなことを考えているうちに、エアロックのハッチが開いた。
目の前に広がったのは、黒い宇宙だった。
上下も左右も分からない、果てしない暗闇。その中に無数の星々が散らばっている。遠くに見える惑星の輪郭は青白く輝き、光の届かない空間には、どこまでも深い静寂が広がっていた。
地球で暮らしていた頃、夜空を見上げたことは何度もある。
しかし感動している場合じゃない。
実際に宇宙空間へ出てみると、輸送船の巨大さがよく分かった。あれだけ大きな船が、今にも崩れそうなほど魔外者に覆い尽くされているのだ。
「さて、と」
俺は眼前の光景を見据えながら、ゆっくりと息を吐いた。
そして取り出したのは、“SA”と刻まれた一つの銃。
マキナちゃんが使っていた、STAR ARMS製の専用武装だ。
正直なところ、俺はこの銃の使い方をよく知らない。日記には武器の名前こそ記されていたものの、細かい操作方法までは書かれていなかったからだ。
だが、使い方が分からないからといって、ここで立ち止まるわけにもいかない。俺は銃を構え、眼前の輸送船へと照準を向けた。
ぶっつけ本番だが──頼むぞマキナちゃん。
| ──Now Loading...COMPATTIBILITY RATE : 99%
|
「出来てるよォッ!」
標的は、宇宙に蔓延る魑魅魍魎。
握ったことはないはずなのに、妙に手に馴染む銃身。だが戦いを知らない俺からすれば、見た目以上に重く感じられる。こんな重いのを持って戦ってきたのか、マキナちゃんは。
視線を落とすと、視界の端に青白いウィンドウが浮かび上がった。
| 型番号──《STAR ARMS : SOL-01》《STELLA CANON》
《OWNER:MAKINA》
:
▶︎・
・
・
・ |
「イエスだ──さ、正念場だぞ」
グリップを強く握り込む。
気付けば、船体に張り付いていた魔外者たちが一斉にこちらを向いていた。
ハハッ、いいね。最高に帰りたくなってきた。
だがそれ以上に、俺に注目が集まるのは好都合なんだよ!
Now Loading...
|
チャージが終わった。
照準が、視界を埋め尽くす魔外者の群れを捉えた。
数十。いや、百を超えている。
赤黒い肉塊に歪に伸びた四肢。生物としての形すら失った異形どもが、宇宙空間を埋め尽くすように蠢いている。その一体一体に照準が重なり、銃身の奥で光が膨れ上がった。
震えが止まらない。
……怖いのか、俺は。
たかが十五歳の子供ですら、あんな化け物を屠れるんだぞ?なのに大人であるはずの俺が、震えてどうする?
レディオンさんに貸しを作ってまで、無理を通してここに来たんだ。
──ここでやらなきゃ男じゃねぇだろ
震えは止まった。
俺は俺のあるがままに、自分の欲望に正直に、迷いない己の道を──。
「さぁて、派手に行こうか」
──真っ直ぐ突き進むだけだ。
| ── |
引き金を引いた瞬間、銃身の奥で膨れ上がっていた光が、泡が消えるように膨れ上がり……弾けた。
銃口から放たれたのは、一発の弾丸じゃない。
扇状に広がった無数の青白い閃光が、宇宙空間を駆け抜けていく。弾丸の一つひとつが意思を持っているかのように軌道を変え、魔外者の群れへと殺到した。
直後、連鎖するように爆発が巻き起こる。
轟音はない。真空の宇宙に音は響かないからだ。
それでも、目の前で繰り広げられる光景は、耳が痛くなるほどの迫力を持っていた。
光弾が甲殻を砕き、異形の肉体を貫き、黒い影を次々と吹き飛ばしていく。着弾した箇所から青白い火花が散り、魔外者たちの身体がエーテルの粒子となって崩れていった。
まるで流星──星が堕ちる輝きを伴ったソレは、眼前の魔外者達のすべからくを蹂躙していく。
そしてまた、反動も限りなく大きい。
「ぐっ……が……アァ……ッ!!!」
身体が焼ける。
ステラカノンの引き金を引いた瞬間、銃身から迸った凄まじい反動が両腕を駆け上がり、肩から背中にかけての筋肉を容赦なく引き千切ろうとする。
宇宙空間に逃げ場なんてない。踏ん張るための地面もなければ、衝撃を受け止めてくれる壁もない。あるのは、たった一本の銃を握り締めた俺の身体と、そこから生まれた暴力的なまでの反動だけだった。
さらに最悪なことに、砲身から伝わってきた熱が装甲服を貫き、指先から腕へと広がっていく。
熱い。熱い熱い熱い熱い熱いッ!!
皮膚が焼け、肉が灼かれ、身体の内側にまで熱が染み込んでくる。反射的に銃を手放そうとした指が、しかし、寸前で踏みとどまった。
ここで離したら終わりだ。何のために、わざわざ宇宙空間に飛び出してきたと思っている。
──ふざけんな。まだ終わってねぇだろうがッ!!
歯を食い縛り、両手に力を込める。
その瞬間、焼け爛れた腕の皮膚がぐにゃりと蠢いた。
「……ッ、ぐ、ぅ……!」
傷付いた筋繊維が繋がり、裂けた皮膚が塞がっていく。焼け落ちた部分さえ、時間を巻き戻すかのように新しい組織へと置き換わっていく。あまりにも異常な速度で回復していくのだ。
普通ならば、治療を施したところでどうにもならないような損傷が、ものの数秒で修復されていく異常な再生能力。
……再生能力。そういうことか。
マキナちゃんの身体は、こんな無茶苦茶な使い方にも耐えられるようにできているらしい。
俺が憑依した時に身体に傷がなかったのも、納得がいった。
見る見る数を減らしていく魔外者と、熱と反動による消耗で限界を迎えつつある俺。
どちらが先に倒れるか──そんな、馬鹿げた我慢比べだった。
「悪いな」
果たして。
「俺、こう見えて結構──」
標的に向けて放たれた複数の閃光は。
「しぶといんだわ」
流星となって、俺の視界を真っ白に染める。
眼前に群がっていた魔外者をまとめて呑み込み、逃げ遅れた個体が光の中でもがき、巨大な身体をくねらせながら消滅していく。
後に残ったのは、無事に修復が完了した民間船だけだ。
その光景を見届けると、俺の腕からふっと力が抜けた。同時にステラカノンの砲身がガコン、と鈍い音を立てて変形する。
| SPREAD MODE:MISSION COMPLETE.
|
……あー、ようやく終わった。
そう認識した途端、張り詰めていた緊張の糸が切れる。全身から力が抜け、今にも意識が遠のきそうになる。
だが、ここでぶっ倒れるわけにもいかない。俺は気力だけでどうにか手足を動かし、レディオンさんの待つエアロックへ戻ろうと身体の向きを変えて───
俺の視界は暗転した。
特殊タグが楽しすぎて時間めちゃかかる。