クソボケTS男が、ディストピアSF世界の女の子たちを曇らせる話 作:霧夢龍人
───少女は独りだった。
───少女は誰にも必要とされていなかった。
ソレは、星に蓄積されたエーテルが生命に与える特殊能力である。
生命が星のエーテルと結びつくことで発現し、その能力は個人によって異なる。身体能力の強化、特殊な感覚の獲得、物理法則への干渉など、発現する能力は多岐にわたる。
ただし、
魔外者によって侵食された星が、その地に住む生命に力を分け与え、魔外者を滅ぼしてもらおうとする働き──即ち、
中でも少女は、その力が抜きん出ていた。
星の嘆きや悲しみを聞くことができる力を持つ彼女は、その悲惨な声を止めるべく様々な星に赴き、その声に耳を傾けてきた。
誰にも届かない声が。誰にも気付かれない嘆きが。誰にも救えないと諦められた命の叫びが。
だからこそ、少女は手を伸ばした。
星が助けを求めているのなら、応えなければならない。たとえ自分に何ができるのか分からなくても、たとえその声が何万、何億という生命のものであっても。
───少女は、星々を巡った。
しかし、結果は残酷なものだった。
彼女が訪れた星は、例外なく終焉を迎えたのである。
豊かな緑に覆われた惑星も、幾つもの文明が栄えた惑星も、数え切れない生命が暮らしていた惑星も。やがて大地は枯れ、海は干上がり、星に宿っていたエーテルは失われていった。
少女がどれだけ耳を傾けても、どれだけ手を伸ばしても、その結末だけは変わらなかった。
いつしか、人々は彼女をこう呼ぶようになった。
───『
故に、彼女は誰からも必要とされていなかった。
彼女に与えられた
整った容貌。透き通るような肌。見る者の目を惹きつけ、誰もが振り返るほどの美貌。しかし、それは彼女にとって祝福ではなかった。
美しい容姿を汚そうとする者も、その命を狙おうとする者も多くいた。結果として彼女の顔は汚され、かつての相貌は見る影もない。
故に、少女は独り
いやぁ、実に気分がいい。
やっぱり悪党ってのは、最後に一発かましてから逃げるに限る。正面から堂々と立ち向かうのも格好いいが、勝てるかどうかも分からない相手に付き合ってやる義理なんてないからな。
俺ってば意外とアウトローに向いてるのかもしれない。
とはいえ、いつまでも気分よく逃げ回っていられるわけじゃない。背後からはまだ爆発の余韻が聞こえてくる。
あれだけ派手にぶっ放したんだ。殺すつもりはなかったし、撹乱目的だったとはいえ、あんな派手な仮面つけた連中がそう簡単に引っ掛けるとは思えない。要するに、追ってくる可能性は十分にあるわけだ。
……はーやだやだ。せっかくの観光旅行(仕事)だってのに、どうして俺はこんなに走り回っているんだろうな。
「あ、あの……エクスさん。いつまで私はこのような状態で居れば……?」
路地裏を爆走する俺の腕の中から、遠慮がちな声が聞こえてきた。
……そういえば忘れてた。車椅子持ってけないからって、ルナちゃんを横抱きにしていた。こっちの方が圧倒的に速いという実に合理的な判断の結果だ。
あまりにも軽いからすっかり忘れてたぜ。
やだ、俺ってばうっかりさん。
ま、可愛いから許されるんですけどね。
「あー、もう少しだけ我慢してくれ。車椅子を回収する余裕もなかったし、今はこっちの方が早いからな」
「い、いえ、それは分かっているのですが……なぜ、そんな危険を犯してまで私を……」
「前も言ったが、仕事だよ。上司から仲間にして来て欲しいって言われた対象が殺されそうになってたら、普通助けるだろ」
「なるほど……ですが、私みたいは疫病神を必要としてくれる場所なんて……あるはずが………」
「あるはずがない、って言いたいのか?」
俺は走る速度を少しだけ落とした。
自己肯定感が低いのか、あるいは今までの経験か。ま、正直どっちだっていい。
まあ、そう思うのも無理はない。訪れた星が滅びるだの、星のお姫さまだの言われて、そんな境遇で生きてきた少女が、自分を必要としてくれる場所なんてないと思い込んでしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
けどな。
「それを決めるのはお前じゃねぇ」
「……え?」
「君が自分を必要ないと思っているのは分かった。だが、俺たちがお前を必要としているかどうかは、俺たちが決めることだ。
自分を下げて疫病神なんて言う必要、ねぇよ」
「…………」
それに考えても見ろ。
アウトローの中で家事しか出来ない俺なんて、必要ないランキング堂々の一位だ。可愛さと従順さだけが取り柄である。
もしレディオンさんから「お前、船降りろ」されても文句は言えまい。
即ち、こんな俺を下僕として船に乗せてくれたレディオンさんは神ってコトね。ご希望ならいつでもペットプレイ出来ますよ、えへへ──なんて言えるくらいには、メス堕ち不可避である。
TSは百合。NLじゃない。
そんなことを考えていると、視界に電話のマークが表示される。画面に表示された名前は、もちろん我らがご主人様ことレディオンさんである。
おお、噂をすればだな。俺の信仰心が通じたのかもしれない。これはもう毎日お祈りを捧げるしかないな。
「はいはい、こちらマイスィートご主人様専属の駄犬です」
『……アンタ、今どこにいるの?』
「ご主人様の愛を求めて銀河を彷徨っております」
『通信切るわよ』
「すみませんでした。現在、ターゲットを抱えて絶賛逃走中でございます」
『………はぁ、置いて帰っても良かったのに。まぁいいわ。そっちの状況は?』
「後ろから追っ手が来てるかもしれないんすよ。さっき派手に花火をぶっぱなしタイムしたんで」
『かもしれない、じゃないわよ……ええ、確かにそっちに向かってる連中がいるわ。数は……五人──って、
あんの腐れ陰湿カルトストーカー共……っ!前々から私たちの邪魔ばっかりで腹が立つ癖に、何なのよアイツら!?仕事の邪魔ばっかりして、行く先々で妙な噂を流して、挙げ句の果てにはターゲットの命まで狙ってくるとか、いい加減にしなさいよね!そもそも星葬会って名前からして気に入らないのよ!星を葬る?何様のつもりよ!?星の葬式でも取り仕切ってるつもりなのかしら!?そんなに葬式が好きなら自分たちの葬式でも開いてればいいじゃない!参列者は全員自分たちで用意して、棺桶も自分たちで選んで、墓穴だって自分たちで掘ればいいわ!ああ、でも駄目ね。どうせアイツらのことだから、墓穴を掘らせても他人に押し付けるんでしょうね!そういうところが本当に嫌いなのよ!自分たちは正義の味方ですみたいな顔をして、やってることはただの集団ストーカーじゃない!しかも仮面までつけちゃって!何?顔を見られたら困るようなことでもしてるの? だったら最初から人前に出てこなければいいでしょうが!こっちはこっちで忙しいの!アンタたちみたいな暇人の相手をしている時間なんて一秒たりともないのよ!分かる!?分からないでしょうね!分かってたらこんなところまで追いかけてこないものね!ああもう、腹が立つ!腹が立つわ!今度こそ絶対に許さない!次に私の視界に入ったら、あの気持ち悪い仮面ごと──」
うわ、めっちゃキレてるじゃん。
通信越しなのにレディオンさんの怒りがビシバシ伝わってきた。大丈夫?俺が帰ってきて八つ当たりとかされないよね?ね??
恐怖のあまり後半から全く話が入ってこなかったが、ともかくさっき相手した人数が追ってきてるらしい。律儀に全員で追いかけてくんなよ。そんなところで仲間意識を発揮しなくていい、まじで。
チラッと後ろを振り返れば、遠くの方で銃口を向けてくる仮面の集団が見えた。知覚した瞬間、肩を抉る鋭い痛みが走る。
oh……発砲してきやがった。
「ちょ、俺死にます!!!これガチで!!!
最期になにか愛の言葉を囁いてください!!!」
俺が情けなく声を上げている今も、足やら腕やらを狙撃され続ける。もはや限界に近い。
やばい、なんか血反吐出てるって!
痛すぎて感覚麻痺してきたって!
助けてレディえもん!!!
そんな言葉が届いたのか、視界に俺たちがいる路地裏のマップが届く。
『───っ、はぁ。とりあえずそのまま直進。こっちでハッキングしとくから、三つ目の角を右に曲がって、突き当たりのシャッター前まで来なさい。しっかりと逃げ延びなさいよ。
アンタが死ぬのを許可した覚えはないから』
「っ、ハハ!最高の愛の言葉っすね!」
少女は動揺していた。
まさか自分を必要とする場所が未だにあると、思ってもみなかった。
今まで彼女に向けられる言葉は決まっていた。
災厄。疫病神。星を滅ぼす少女。
誰もが彼女を恐れ、誰もが彼女を遠ざけた。彼女自身も、それが当然なのだと思っていた。自分がいることで誰かが不幸になるのなら、誰かの傍にいるべきではない。誰かに必要とされることなど、望んではいけない。
そうやって、ずっと独りでいた。
だからこそ、分からなかった。
なのに何故──なぜ自分を必要としているのか。
少女を抱き抱えたまま、後ろから迫る銃弾を一身に受けるバイザーの女。痛みで呻いてもルナを離すことなく、それどころかより一層強く抱き締めて逃げ続ける。
顔は見えない。
なのにどこか今の状況を楽しんでいるようにさえ思えた。
少女には理解できなかった。
自分を抱えている少女は、何度も銃弾を受けている。身体のあちこちから血が流れ、苦痛に声を漏らしている。それなのに、腕の力だけは緩めようとしなかった。
どうして、そこまでするのだろう。
何故何故何故───何故?
仕事だから。
仲間にするよう頼まれたから。
なのに、この人は。
「……エクス、さん」
「ん?なんだ、ルナちゃん。遺言なら聞くぞ。俺の遺言なら『レディオンさん愛してる』で頼む」
変な人だ。
あったかくて、軟派で、傷だらけで……優しい人。
そして、電話しているらしい“ご主人様”とやらと話している時は、露骨にテンションが上がって、ルナを掴む手が強くなる。羨ましいとすら思った。
互いを信頼し合えているその関係性なんて、自分は誰とも築くことが出来なかったから。
誰も助けることが出来なかった自分とは大違いだから。
「私、貴方たちみたいな人とは合わないですよ。だって、誰も助けられない醜い女ですから」
もし自分の顔が醜くなかった時なら。
もし自分が誰かを助けられるような人だったら。
蠱毒のように甘い提案に手を伸ばしていたかもしれない。
でも、自分は───。
「あーもーうるせぇ!醜いとか、助けられないとかどうでもいいわ!今全身痛くて、それどころじゃないんだよ!」
「っ……!?」
かき消すような突然の大声に、ルナの身体がびくりと跳ねた。
彼女は相変わらず走り続けている。肩から血を流し、息も荒く、声にも苦痛が滲んでいた。
それなのに。
「でもなァ!俺たちアウトローは正義の味方じゃねぇんだ。誰かを云々かんぬんなんてコトしなくていい──だから、一緒に堕ちようぜ!」
───なんでこんなに、欲しい言葉をくれるんだろう。