クソボケTS男が、ディストピアSF世界の女の子たちを曇らせる話 作:霧夢龍人
シャッターの前に辿り着いた頃には、俺の身体はとっくにボロボロだった。
「っはぁ……はぁ……。ご、ご主人様ぁ……到着しましたぁ……」
息を切らしながら、俺はシャッターに背中を預けた。腕の中には相変わらずルナちゃん。どうやら無事にお届けできたらしい。
いやぁ、よかったよかった。配送中に商品が破損するところだったぜ。
なお、
『……アンタ、本当にそこまで撃たれたの?』
「見てくださいよ。穴だらけですよ、俺の身体。これじゃあもう蜂の巣っていうか、蜂の巣に失礼なレベルっすね」
『馬鹿なこと言ってないで、シャッターから離れなさい。今から開けるわ』
「え、あ、はい」
言われた通り、俺はルナちゃんを抱えたままシャッターから数歩離れた。
すると、重たい駆動音とともに、目の前のシャッターがゆっくりと持ち上がっていく。
その奥にあったのは、暗い通路だった。
倉庫か何かの裏口だろうか。外から見ればただの古びたシャッターだが、その先には妙に広い空間が続いている。壁際には使われていない機材やコンテナが並び、天井には古い照明がいくつか点いていた。
どうやら秘密の通路らしい。
なんだなんだ、急にスパイ映画みたいになってきたじゃないか!
秘密基地の隠し通路とか、男の子なら一度は憧れるシチュエーションである。
まあ、今の俺は女の子なんだけどな。人生って不思議。
隙間に近づくと、壁の向こうから微かな機械音が聞こえてきた。
俺はルナちゃんを抱え直し、身体を横向きにしてその中へと滑り込む。思ったよりも狭い。肩を擦りながら進むと、数メートル先で通路が開けた。
そこは、小さな格納庫のような場所だった。
中央には見慣れない小型艇が一隻。周囲には整備用の機材が並び、壁面には複数のモニターが浮かんでいる。外から見た倉庫とはまるで別世界だ。
「こ、ここって……」
「さぁ?俺も知らん。けど、多分安全だぞ」
『多分なんてものじゃないわ。使われなくなった旧式の格納庫だもの。見に来る人なんて誰も居ない──だから、少し休憩しておきなさい。
指示はこちらから飛ばすから』
そんなやり取りをしている間に、背後でシャッターが閉じる音がした。
これでひとまず追っ手は撒けただろうか。少なくとも、あの仮面連中がここまで簡単に入ってこられるとは思えない。
俺はようやく息を吐き、腕の中のルナちゃんへ視線を落とした。
「さて、と。無事に到着したわけだが……ルナちゃん、具合はどうだ?」
「だ、大丈夫です。私は……」
「そっか。ならよかった。俺はちょっと休憩するわ。いや、ほんとに。マジで疲れたから」
そう言ってルナちゃんを下ろしたあと、俺も近くのコンテナに腰を下ろす。
来ていた服が真っ赤なのはまだいいとして、バイザーの中も血だらけだ。念の為付けたままにした葉っぱもシナシナになってるから、別のやつを用意しないといけなさそうだな……めんどくせぇ。
地面の上で横たわって、「エクスのスリープモード。略してエクリプスモード」なんて休憩してると、ルナちゃんがいそいそと近付いてきた。
そして──。
「……私のために、ありがとうございます。こんなにボロボロになっても……離さずに守ってくれて………」
血に濡れた俺の服をぎゅっと指先で摘み、視線を左右に揺らしながらお礼を言う様は大変可愛らしい。醜い顔とか何とか自分で言ってたが、仕草から美少女が隠しきれてないんだよなぁ。
確かに顔は歪んでるが、それを補ってあまりある可愛らしさがある。というか、そもそも顔の造形だけで人間の価値が決まるわけでもないし。
「いいぜー?これも仕事だ。もし気にするなら、貸一つでいいぞ」
「貸一つ……わかりました。私が出来ることならなんでもお返し致します」
「え、えぇ?」
覚悟を決めた顔で俺を見つめるルナちゃん──おっっっも。
俺がしたことなんて、せいぜい綿飴を奢って変な教団から一緒に逃げたくらいなのに、身体を張りすぎだ。
チョロインでももうちょいねば…………あれ。振り返ってみると、逃げたくらいじゃ収まらんくらいには頑張ってるのでは?
「それじゃ、貸一つ返してくんね?」
「っ、何をすればいいですか?」
「この服さ、疲れきった状態じゃ脱ぐのキツイんだわ。ってことで申し訳ないけど──これ、脱がしてくれない?」
「……え?」
いやぁ、やっぱ貸しって便利だよな!
備え付けられたユニットバスの中で寛ぐ俺。その近くには、同じく風呂に入っているルナちゃんがいる。隅の方で縮こまっているが、かなり気持ちよさそうな顔をしていた。
裸の付き合いという奴だ。
痛感したが、とっぱらって入る風呂の気持ちよさは異常だな。血が着いたバイザーは既に掃除して装着済みだから俺の顔は分からないだろうが、とても人に見せられない顔になってるだろう。
ちなみに、血濡れの服に関しては全自動洗濯機にぶち込んである。洗濯も乾燥も一瞬で終わらせてしまうらしい。便利すぎて怖い。
「……なにか、思ってたお願いと違います」
「ん?何がだよ。これ以上ないくらい助かったぞ、あれは」
「ならいいのですが……」
胸を隠して恥ずかしそうにしながら、バイザー越しに見つめてくるルナちゃん。そんな事しなくても、十八歳以下のお子ちゃまは対象外だから不埒な真似はしないんだが……ま、言わん方がいいだろうな。
しかしこうして俺の身体を見ると、何ともまぁスンバラシイ体型をしている。女の子ってこんなモノを前に抱えながら歩いてるわけ?
スゴいね、人体♡
「あ、貴女はその……恥ずかしくないのですか?女同士とはいえ、こ、ここまで豪快な方は初めて見ました……」
「んだよ、いいじゃねぇか。こんなんで恥ずかしいとか抜かしてたら、日頃のレディオンさんに対する俺の行動見た日には、多分ドン引きするぞ」
「……仲間に加えようとしてる人に対して、掛けるセリフじゃありませんよ。
それと……先程から気になっていましたが、レディオンというのは──もしかして、レディオン=ペリュディーナの事であっていますか?」
おっと。どうやらルナちゃんは、俺の飼い主を知っているらしい。
問いかけに対して「そうだ」と大きく頷くと、考え込むようにして視線を水面に向ける。
「やはりですか。直接お会いしたことはありませんが、名前は知っています。銀河でも五本の指に入るほどの天才ハッカー……付いた異名は『
そしてアウトローという船に跨る、一等星級『
ですよね?と神妙な顔で真偽を求めるルナちゃん。
……い、言えねぇ。後半はともかく、前半のあんぶれいん?とかいう異名のことは全く知らんなんてこと、俺言えねぇよ。
なにあの人、天才ハッカーだったの?
確かに色々と辻褄が合う部分はあるけど、怒らせたら拳よりも拳銃が出てくるタイプだぞ?
取り敢えず俺もウンウンて頷き返してあげたけど、多分君の方が俺より詳しいよ。今後データキャラ名乗るの辞めるわ。
「なるほど。しかし、そんな大犯罪者が私を……ふふ、我ながら数奇な運命ですね」
「急に笑ってどうしたんだよ。俺としては、もっとこう……怖がられたり断られるんじゃないかって心配だったんだケド」
「それは……」
ルナちゃんの表情から、わずかに笑みが消えた。
別に、今すぐ答えを聞きたいわけじゃない。俺たちがまともな集団じゃないことくらい、彼女だって分かっているはずだ。むしろ、ここまで来てくれたことの方が不思議なくらいである。
「……怖くないと言えば、嘘になります。Mrs.ペリュディーナのことも、アウトローという船のことも、私はほとんど知りませんから」
「そりゃそうだ」
「それに、私は……誰かと一緒に旅をすることに慣れていません。これまでずっと、一人でしたから」
また水面に視線を落とすルナちゃん。
彼女がこれまで訪れた星の数は知らない。けれど、どこへ行っても歓迎されなかったのだろうということは、なんとなく想像できた。
星の声が聞こえる。
詳しいことは良く知らんが、きっと誰かの役に立つ力だ。けれど、その星がやがて滅びるのだとしたら。周囲の人間が彼女の存在と星の死を結び付けてしまったら。
彼女はどこへ行っても、居場所を失ってしまう。
「私がいると、星が滅びる。そう言われてきました。実際に、私が訪れた星は……どこも、最後には」
「……そっか」
「ですから、今回も同じなのかもしれません。私を仲間にしたことで、皆さんまで不幸にしてしまうかもしれない」
……でも、一緒に堕ちてくれるのでしょう?」
そう言って、ルナちゃんは小さく首を傾げた。
まるで、こちらの答えなんて最初から分かっているかのように。けれど、その声にはまだ少しだけ不安が残っている。俺は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく息を吐いた。
なんだ、最初に一目見た時はすっげぇつまんなそうな顔してたのに。
「──っ、ハハ。そりゃそうだ!アウトローだからな!」
良い顔するようになったじゃねぇか。
あの後、風呂から上がった俺たちは、各々の洗濯し終わった服を着てレディオンさんからの連絡を待っていた。
俺はというと、近くのコンテナに背中を預け、床に座り込んでいる。身体の穴は大方塞がったし、血濡れだった服も綺麗になった。バイザーも装着済み。ひとまず、見た目だけならいつもの俺に戻ったと言っていいだろう。
葉っぱ?あいつは洗い直して再利用してるよ。なんか変なエキス出てきたかと思ったらいい匂いのする出汁?みたいなのも取れたし。今度料理で使ってみようかな。
変態に売り受ければ高値で売れそうだ。
ルナちゃんもテレビを見ながら寛いでるようで、完全にリラックスしていた。問題があるとすれば──距離が近い。ものすっごく近い。
ちょっと身動ぎするだけで肩と肩が触れ合いそうだし、葉っぱの出汁の香りをかき消すくらいいい匂いするし……なに、近頃の子ってこんな距離感近いの?
ハレンチなのはダメ!しけぇ!されそうなのに、本人は全く警戒していない。
もし俺が前世で童貞だったのなら、間違いなく勘違いして告ってる。傷付けないように優しく振られて、後々社会人の彼氏と付き合ってる事が分かって絶望するパターンだ。
危ない危ない。騙されんぞ俺は。
……と、そんなことを考えていた時だった。
『──いつまで休憩してるつもり?』
「うおっ!?」
突然、耳元の通信機から声が聞こえてきた。
もちろん俺の愛しきご主人様であらせられる、レディオンさんである。
「ご、ご主人様! お疲れ様です! こちらエクス、休憩を終えていつでも動ける状態であります!」
『さっきまで寝転がってた奴が何言ってんのよ』
「心の準備をしてたんですよ。ほら、戦場に戻る前の大事な儀式ってやつです」
『その儀式、今すぐ終わらせなさい。話があるわ』
おっと。どうやら本題らしい。
俺は姿勢を正し、隣にいるルナちゃんにも視線を向ける。彼女も通信の声に気付いたのか、少し緊張した面持ちでこちらを見ていた。
音量を最大にしてルナちゃんにも聞こえるようにすると、バイザーから投影されるようにレディオンさんの顔が現れた。
『まずはそっちの状況確認ね。ターゲットは……無事そうね』
「はい。こっちは問題ありません。俺もルナちゃんも生きてます」
『……ルナちゃん?まあいいわ。そこにいるのが例の子ね』
「は、はい。聞こえています」
『初めまして、Mrs.エウル・ディア=ルナジュペリ。私はレディオン=ペリュディーナ。そっちの駄犬の飼い主よ』
……駄犬?なんだ、忠実な下僕の間違いか。
どうやら俺の飼い主は、初対面の相手にまで飼い犬の悪評を広める趣味があるらしい。やれやれ、困っちまうぜ。
主人の品格はペットにも影響するというのに、これでは俺まで品性下劣な犬だと思われてしまう。
否定?出来るわけないだろそんなこと!
『それで、Mrs.ルナジュペリ。今回の件について、いくつか確認しておきたいことがあるわ』
「はい。私に答えられることであれば」
『まず、あなた自身の意思を聞かせて。私たちアウトローに同行することについて、本当に了承しているの?』
その問いに、ルナちゃんは一度だけ俺の方を見た。
俺からすれば、もう答えは決まっている。ここまで一緒に逃げてきたし、さっきもあんなことを言っていた。けれど、最終的に決めるのは彼女自身だ。
俺が勝手に返事をすることじゃない。
だが欲を言うなら、俺は彼女について来て欲しい
そう思っていた。
そして。
「──はい。私も、皆さんと一緒に行きたいです」
どうやらその心配は杞憂で終わったようだ。
その返事を聞いて、俺は知らず知らずのうちに肩の力を抜いていた。
別に、断られるとは思っていなかった。
いや、思っていなかったというのは少し違うか。彼女がここまで一緒に来てくれたことも、さっきの言葉も、全部本心だとは感じていたが、本人の口からはっきり聞くまではやっぱり落ち着かない。
俺が勝手に連れ出して、勝手に仲間に誘っているだけではないか。彼女が本当は別の場所へ行きたいと思っているのに、俺の都合で選択肢を狭めているのではないか。
そんな考えが、頭の片隅にずっと残っていた。
……ま、まぁ?上手くいくとは思ってたけどな?
『……聞くまでもなかったみたいね。宜しく、Mrs.ルナジュペリ。
駄犬も、この数時間で口説き落とすなんてやるじゃない──ご褒美、期待しておくといいわ』
「一生着いていきますっ!!!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
俺とルナちゃんはいぇーいとハイタッチを交わした。
コイツ、意外とノリが合うぞ……?宜しくって言われた瞬間めっちゃ嬉しそうだし、思っていた以上に緊張していたのかもしれない。
……でもね、距離が近いよキミ。
俺の豊満な胸に腕がくい込んでるんですよ。本人は気付いてないようだが、ムッツリな男子中学生のようなセクハラ──俺でなきゃ見逃しちゃうね。
と、戯れていたのもつかの間。
『それで、喜んでいるところ悪いけど、状況はあまり良くないわ』
レディオンさんの声が少し低くなった。
先ほどまでの軽いやり取りが嘘みたいに、画面の向こうの彼女は真剣な表情をしている。
どうやら、ここからが本題らしい。
『
バイザーの前に新しいウィンドウが展開される。
表示されたのは、星葬会の紋章と声明文。そして、その下にはルナちゃんの名前が記載されていた。
……なるほど。
つまり、これからは星葬会の構成員だけでなく、報奨金目当ての連中までルナちゃんを追ってくる可能性があるということだ。
俺は画面を眺めながら、頭の中で今後のことを考える。
星葬会の人間なら、少なくとも組織としての目的がある。行動原理もある程度は予想できるだろう。だが、金目当ての賞金稼ぎとなると話は違う。どんな人間が、どんな手段で襲ってくるのか分からない。
それこそ、通りすがりの親切そうなおじさんが、次の瞬間には銃を向けてくる可能性だってある。
……おぉ怖い怖い。人間不信が捗りそうだ。
『それと、もう一つ。こっちはアンタに向けた声明よ』
「……俺に?」
続けて表示されたのは、金色の仮面を着けたおっぱいがでかい人物の映像だった。
そこには、ルナちゃんを連れ去った人物──つまり俺に対する要求が記されている。
内容は至って簡潔だった。
ルナちゃんを引き渡すか、あるいは彼女を連れ去ったことへの賠償として、指定された金額を支払うこと。
その二つのうち、
「…………けっ、やっぱ欲まみれのカルト集団じゃねぇか!」
こりゃあレディオンさんが嫌いになる理由もわかる。
星の破壊を食い止めるために、なんて正義の味方面しておきながら、声明文から溢れるのは欲に濡れた大人の汚いやり口だ。表示されてる金額は、どうやっても払えそうな値じゃない。
こんなもん、お子ちゃまのルナちゃんには到底見せらんねぇ。
文章をかき消すようにゴミ箱のファイルに投げ込むと、心配そうな顔でルナちゃんが覗き込んできた。
「私の、せいですかね……?」
「あぁ?んなもん誰のせいでもねぇよ。
気にしてる暇があるなら、お前は俺から離れんな。その代わり、命懸けで守る。
約束だ──いいな?」
「……はいっ」
『………ふぅん。アンタって、女なら誰でもいいのね』
笑顔はつらつなルナちゃんと指切りをし、もう一度声明文を穴が空くほど見つめ直す。途中、ボソッとレディオンさんが何か言った気がしたが、今は違うことに意識を集中させたい。
取り敢えず、事前確認は済んだ。
ガキンチョを守るのは大人の勤めだ。例え数個しか歳が変わらないとしても、子どもの尻拭いは子どもにやらせるべきじゃねぇ。
とはいえ、このままじゃジリ貧なのもまた事実。
『で、どうするの?支援できるとこは協力するけど、誰が敵か分からない以上どうしようもないわよ?お金も船の共有金庫から振り込んだとして、何かしらの難癖を付けられる可能性が高い。
しかも私たちアウトローの足跡がつく。
消すのにも時間がかかるわ』
そうだよなぁ。
相手はどうやってもルナちゃんを消したいだろうし、安易に振り込む訳にも行かない。
現金を用意すれば何とかなるんだろうが、そんな都合のいい金なんて………いや、待てよ?
───金かルナちゃんかのどちらか二つ。
───アウトローの痕跡を遺さず、金を用意する。
───誰が敵かも分からない状態で、逃げ切る方法。
一つだけ、ある。
だがそれはあまりにも外道すぎるというか……アウトローすぎるというか、十五の子どもに言っていい内容じゃない気がするが。
「エクス、さん……」
悲しそうな顔のルナちゃんを見ると、そんな考えも吹っ飛んだ。
道理も不条理も関係ない。
俺はアウトローの船員であり、法の外に生きると決めた男だ。だからレディオンさんの手を取り、ここまで来た。
外道で結構。アウトローで何が悪い。
「レディオンさん、ここの近場で銀行ってありますか?」
『……勿論あるけどなにするつもり?さっきも言ったけど、足跡が着く可能性が───待って、アンタまさか……』
「へへ、気付いちゃいました?そのまさかですよ。
俺たちがルナちゃんを迎えつつ、最小限のリスクでリターンを取る方法。
それは───
銀行強盗です」
Q.ディストピア世界で生きるには
A.アウトローになればいい