悪役魔法少女は負けず嫌い 作:勘違い大好き侍
今回は正義の魔法少女側の視点
「……行っちゃった」
ピュアブラックが去っていった路地裏。
私は、彼女の消えた方向をじっと見つめていた。
「ピンク、大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ、イエロー」
そう答えたものの、私の胸の中には、先ほどの彼女の言葉がずっと残っていた。
『私には、ここしかないんだ。あの御方に拾われて、居場所をもらって……今さら普通の生活に戻れるわけないだろ!』
あの時のピュアブラックの表情が、頭から離れなかった。
必死で、悔しそうで、それでもどこか悲しそうで。
あれは、ただ悪事を働くことに喜びを感じている人の顔ではなかった。
「……ねえ、ピュアルン」
私は肩に乗っていた妖精のピュアルンに声をかけた。
「ピュアブラックって、どうしてクラガリ団にいるのかな?」
「それは……」
ピュアルンは少しだけ言葉を詰まらせた。
「クラガリ団のボス、ヤミノンは恐ろしい存在ルン。自分に逆らう者には容赦しないし、部下たちを道具のように扱っているルン」
「そんな……」
「ピュアブラックも、きっと何かの理由で逆らえなくなっているのかもしれないルン」
「逆らえない……」
その言葉を口にした瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
そうか。
彼女は、逆らえないんだ。
私たちと同じ魔法少女なのに。
本当なら、誰かを助けたり、みんなの笑顔を守ったりする力を持っているはずなのに。
どうして、あんな組織で戦わなければならないんだろう。
「でも、ピュアブラックは、そのボスのことを悪く言わなかったよね」
「……そうルンね」
「むしろ、拾ってもらったって……居場所をもらったって言ってた」
あの言葉は、嘘じゃないと思う。
彼女は本当にそう思っているんだ。
だからこそ、余計に分からなかった。
どうして彼女は、自分を苦しめているかもしれない組織を、そんなにも大切に思っているんだろう。
「ピンク……」
ブルーが、静かに口を開いた。
「私、気になったことがあるの」
「気になったこと?」
「戦っている時のピュアブラック。彼女、私たちに勝つことに異常なくらい必死だった」
「うん……」
「新しい技まで使ってきた。あれだけの魔力を扱えるようになるまで、相当な努力をしたはずよ」
ブルーは、ブラックが立っていた場所に目を向けた。
「それなのに、負けた時の彼女……すごく悔しそうだった。それに、どこか辛そうでもあった……まるで、負けることが許されないみたいに」
「……うん」
「もしかしたら、負けることそのものが怖いんじゃないかしら」
私は息を呑んだ。
負けることが、怖い。どうして怖いの?
だから、あんなに必死だった?
だから、私たちが新しい力を手に入れた時、あんなに悔しそうな顔をした?
「……もし、次に負けたら」
気づけば、私はそんなことを口にしていた。
「もし、次に私たちに負けたら……彼女はどうなっちゃうんだろう」
三人の間に沈黙が落ちた。
クラガリ団のボス、ヤミノン。
ピュアルンの話では、冷酷で恐ろしい存在。
そんな相手のもとで、ピュアブラックは戦い続けている。
勝たなければならない理由がある。
負けられない理由がある。
でも、その理由を私たちに話してくれることはなかった。
「……私、決めた」
私はぎゅっと拳を握りしめた。
「ピュアブラックを、絶対に助ける。クラガリ団を倒して、ピュアブラックを解放する!」
「ピンク……」
「彼女は、私たちの敵……でも、それだけじゃない。私たちと同じ魔法少女なんだもん」
私は顔を上げた。
「いつか、クラガリ団に従わなくてもいい場所を見つけてあげたい。誰かに勝つためじゃなくて、自分のために笑えるようになってほしい」
「……そうね」
ブルーが優しく微笑んだ。
「私も、彼女を放っておけないわ」
「私も私も!」
イエローが元気よく手を挙げた。
「だって、ピュアブラックだって女の子だもん! ずっと戦ってばかりなんて、絶対よくないよ!」
「みんな……ありがとう!」
私は二人の手を取った。
ピュアブラック。
今はまだ、あなたが本当はどうしたいのか分からない。
あなたがどうしてクラガリ団にいるのかも。
どうして、あんなにも必死に戦っているのかも。
でも、だからって放っておくなんてできないよ。
だから、それまでは何度だって戦う。
あなたを倒すためじゃない。
あなたを、救うために。
「待っててね、ピュアブラック!」
私は、彼女が去っていった路地の先を見つめた。
……どうして、私はここまで彼女を助けたいと思うのだろう。
同じ魔法少女だから?
悪の組織に利用されていると思うから?
もちろん、それもある。
でも、それだけじゃない。
私は知っている。
ピュアブラックが、本当は優しいことを。
「……あの日、助けてくれたから」
ーーー
それは、私がまだ魔法少女になる前のことだった。
夕暮れ時、私は一人で帰り道を歩いていた。
その日は、学校で嫌なことがあった。
友達と喧嘩をしてしまい、仲直りするきっかけも掴めないまま、気づけば一人で帰っていた。
「……はぁ」
小さくため息をつく。
明日には仲直りできるかな。
そんなことを考えながら歩いていた、そのときだった。
「きゃああああっ!」
突然、通りの向こうから悲鳴が響いた。
何事かと顔を上げると、黒い霧のようなものが人々を追い回していた。その中心には、奇妙な姿をした怪物がいる。
「くらくらりーん!」
「な、なにあれ……!?」
人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
私も逃げようとした。けれど、恐怖で足がすくんでしまい、うまく動けなかった。
そのとき、怪物がこちらを振り向いた。
「ひっ……!」
怪物が迫ってくる。
逃げなきゃ。
そう思っても、足が動かない。
もう駄目だ。
そう思った瞬間――。
「まったく、何をやっているんだか」
凛とした声が響いた。
黒い閃光が走り、怪物の体が大きく弾き飛ばされた。
そして、私の目の前に、一人の少女が降り立った。
黒を基調とした衣装。手には黒く染まった魔法のステッキ。
黒い衣装をまとった少女は、まるで物語の中から飛び出してきたようだった。
「君、大丈夫?」
少女が振り返る。
私は、ただ呆然と彼女を見つめていた。
「怪我はない?」
「あ……は、はい……」
「なら、早く逃げて。ここは危ないから」
少女はそう言うと、再び怪物へと向き直った。
「さーて。私の仕事を増やしてくれたお礼、たっぷりさせてもらおうか。私もボスも、今回の件には相当お怒りなん――」
「くらくらりーん!」
「うるさいなぁ! 人が話してる最中でしょうが!」
少女のステッキから黒い魔力が放たれ、怪物を吹き飛ばす。
「ったく、改造中に勝手に抜け出しやがって……回収する身にもなって欲しいよ」
少女は小声でボソボソと呟いていた。
何を言っているかは分からないけど……その姿は、私が想像していた正義の魔法少女とは違っていた。
けれど、彼女は確かに私を助けてくれた。
「……あの!」
私は、思わず声を上げていた。
少女がちらりと振り返る。
「助けてくれて、ありがとうございます!」
少女は一瞬きょとんとしたあと、ふいっと顔を背けた。
「……別に。邪魔だっただけだから。それに、こっちの管理不足でもあるし」
「えっ?」
「そこにいられると、戦いにくいんだよ。いいから早く逃げて!」
ぶっきらぼうな言い方だった。
それでも、私には分かった。
この人は、怖い人なんかじゃない。
だって、危険な怪物の前に立って、私を守ってくれたのだから。
「……はい!」
私は何度も振り返りながら、その場を離れた。
最後に見えたのは、黒い魔法を操り、怪物と戦う少女の後ろ姿だった。
その姿を、私は忘れなかった。
それからしばらくして。
妖精のピュアルンと出会い、魔法少女となった私は、悪の組織クラガリ団と戦うことになった。
そして、私たちの前に現れたのは――
「私は悪の魔法少女、ピュアブラック!」
黒い衣装に身を包み、ステッキを構える少女。
その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。
間違いない。
あの日、私を助けてくれた魔法少女だ。
「……どうして?」
思わず、声が漏れた。
どうして、あなたが悪の組織にいるの?
どうして、そんなに必死に戦っているの?
あの日のあなたは、確かに私を助けてくれた。
ぶっきらぼうで、少し怖い言い方だったけれど。
それでも、あなたは私を見捨てなかった。
だから、信じたかった。
ピュアブラックは、本当は優しい人なのだと。
きっと、何か事情があるに違いない。
きっと、何か理由があって、あの組織に従わされているのだ。
「……私が、助けなきゃ」
私は、ぎゅっと拳を握りしめた。
あの日、私を助けてくれたあなたを。
今度は、私が――
「待っててね、ピュアブラック」
――そして、現在。
「よしっ!」
私は両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直した。
「ピンク? 急にどうしたの?」
イエローが不思議そうに首を傾げる。
「ううん、なんでもない! ちょっと決意を新たにしただけ!」
そう答えて、私はもう一度、ピュアブラックが去っていった方向を見つめた。
絶対に、助けてみせる。
あなたがあの日、私に手を差し伸べてくれたように。
今度は、私があなたに手を差し伸べるから。
その頃。
クラガリ団の本部では、ピュアブラックがボスから給料の減額を宣告され、悲鳴を上げていた。
そんなことなど、ピュアピンクたちは知る由もなかった。
ピュアピンク
本名:甘雨モモカ 13歳
妖精ピュアルンと契約し、魔法少女となった少女。
明るく優しい性格で、困っている人を放っておけない。
モモカは知っている。
ピュアブラックが本当は優しい心を持っていることを。
だってあの日、助けてくれたから。
だからこそ、彼女が悪の組織に身を置いている現状を見過ごすことができないのだ。