うまい飯と厄介な縁、俺の大学生活を添えて。 作:新リリッキー
大学が始まってだいたい2週間が過ぎた。
いや入学式とかその後のガイダンスとか、それこそ単位決めの時間は特にこれといったイベントもなく。ごく普通にことが行われたのを覚えている。大学ってここまで自由に決めれるんだなって改めて思った瞬間でもあった。漫画やアニメのような出会いイベントを期待する年頃でもないから俺は特にがっかりすることもなく平凡に日々を過ごしている。
改めて一人暮らしを始めたことで平凡をようやく手に入れることができた俺こと比企谷八幡は現在、大学を終えたことで1人電車に乗り帰宅ラッシュには早いのもあって余裕で椅子に座れていた。
「この辺に住むのも三度目か…」
というのもうちの一家は昔から親父の転勤もあって何度も転校や転勤を余儀なくしている。
地元は京都の上の方、小さい頃は爺さん婆さんと一緒にそこで暮らしていた。だからと言って俺は京都弁は話さない。…いやマジで話せないからな?
京都がスタートで東京、福井、東京、千葉、そしてまた東京となんども転々とした。唐突な福井は一体何よ?マジでうちの親父の仕事が何かわからな過ぎて怖い。一番怖いのは、一度直接親父に問いただした際たった一言「ヒ・ミ・ツ♡」と気持ち悪い言い方を男の俺にしたことだ。今でもあれはトラウマものだったりする。野郎のあざとさとかまじで誰得だよ?需要と年を考えてほしい。もしするなら絶対に妹の小町にお願いするね。あ、いや、それはそれで結果「お兄ちゃん気持ち悪い」とか言われそうで傷つきそうだな。
そんなことを思っていると長い電車時間を終え家の近くにある駅に着いた。
わざわざ電車の乗り換えをしてまで遠い場所のアパートを選んだのには、これまた理由がある。
単純に都心部から遠い方が物件が安かったからだ。
高尾駅。
ここが俺の家から一番近い駅だ。
まあ、帰宅ラッシュ手前の時間は比較的に空いてるからそこはここを選んでよかったと言える。
だが、通勤ラッシュお前はダメだ。大学に行くまでにかなりの体力を消耗するのおかしくない?毒沼でもあるの?
そう思いつつ少し人通りが閑散としてきた通りを歩き、ここ最近常連になりつつあるお店にまたしても寄っていく。
「あら、比企谷君。お帰りなさい」
「ああ…どうも」
店先で掃除をしていたのは、このお店“たかお食堂”の店長さんこと女将さん。名前は知らない。
気の利いた挨拶など俺にできるはずもなく、ただこの辺にまた住みはじめたのが大学が始まる一ヶ月ほど前からなのもあって、ガチで顔を覚えられている。
「フフッ。くれあはまだ帰ってきてないわよ?」
「いや、飯目的で来たこと分かった上で言ってますよね?」
この人は最近会うたびにそう言って揶揄ってくる。
くれあというのはこの人の娘さんのことだ。なんでも同じ大学らしい。
らしいというのは、こう見えて俺はそいつと一度も会ったことがない。まあたぶん、友達と話してるか遊んでるかでかち合う事がないのだろう。知らんけど。
「あ、まだ開店時間には早かったですかね?」
ちょうどスマホで時間を確認すると開店まで15分ほど早かった。
「また出直します」
そう言って一度家に帰ろうと方向転換する。
「あら、だったら中で待っていていいのよ?」
「いや、流石にそれはダメでしょ」
何度も来てる常連でも、そんなことをした日には他のお客さんと格差が生まれ、バレた日には贔屓だ差別だなんて叩かれることが簡単に想像できる。
そうなった日には、もうここの絶品ソースカツ丼が食べれなくなる。ここの飯が食えなくなるのは、俺の大学生活での楽しみが一つ消えると同義。それだけは避けなければならない。
「じゃあ、開店するまでにちょっとお遣いを頼まれてくれないかしら?」
「なんでそうなるんすか…」
何が“じゃあ”なのか本当に分からない。
「行きませんよ。そんな面倒なこ「いつものやつにサービスでデザートつけるわよ?」…さて、どこで何を買ってこればいいんですかね?」
いや、仕方ないんだ。日本人ってのは、サービスだとかおまけだとか特別って言葉に弱いんだ。だからこれは俺が悪いんじゃない。そういう遺伝子を持たせてきた世界が悪いんだ。デザート何かな?
そんな訳でお遣いを頼まれた俺はひとっ走り近くのスーパーに向かった。
ーーー
ーー
ー
買い物を終えた俺はちょうどお店が開く時間なのもあって一番初めの客として来店した。
「はい、これでよかったですよね?」
「ありがとう比企谷君。今作ってるから座って待ってて」
お手拭きを受け取り、料理ができるまでの間お冷を飲んで一息つく。…水うめぇ。
⁇?「ただいま〜」
お客が俺1人という空間を満喫していると店の入り口からそんな声が聞こえてきた。噂の娘さんが帰ってきたのだろう。まあ、たとえ知ってる人の娘で、同い年だろうとも他人であることに変わりはない。だから気にする必要もない。
…お、いい匂いがしてきた。
「あれ?比企谷君?」
「は?」
いきなり名前を呼ばれたのもあってつい反射で反応してしまった。
「なんで俺の名前知ってんだよ?」
「いや、同じ学科で授業一緒じゃん」
なんでそっちが知らないの?とでも言いたげにジト目をむけてくるこの店の娘さん。
…いや、ここは高校じゃないんだから全員の前で自己紹介とかしてないんだが?
そう考えていると、すぐに答えが返ってきた。
「しかも、グループワークの時に自己紹介してたでしょ?男子は少数だからって理由で」
「そう言えば、そんなこともしたなぁ…」
学科で違うからなのか、それとも他に理由があるのか。俺の記憶からすぐさま抹消したのもあってすっかり忘れていた。
去年まで女子大だったこともあって、共学になった当初の男子の倍率はとんでもないことになったのを覚えている。
おそらく、男側が問題を起こした際にすぐに名前や特徴がわかるよう周知させようと大学側が行ったのだろう。そんな自分の首を絞めるみたいな真似事、この歳にもなれば分かる事だろうに…よっぽど信用されてないらしい。
俺は高校の頃、千葉で唯一の頼れる大人の先生の推薦によってこの大学“稲荷大学”に行くことを決めた。
なんでもこの大学に後輩がいるらしく、会った時はまた飲みに誘うとかどうとかを伝えておいてくれと言われた。いや、このだだっ広い大学で名前しか知らない相手を何の情報もなしに探すとか無理ゲーじゃね?まあ、会えたらって話だし積極的に探す必要はないな。電話やトークアプリを無視されてるのに関わろうとするとかあの人はドMなのかね?いや、教え子にこの鬼畜条件で言伝を頼んでくるのはどちらかといえばSよりだな。あの人生徒の間じゃ独鬼人って言われるぐらいあたり強かったし。ちなみに独は、独身って意味だったりする。あの人相手にこのワードを使うと泣く。まるで年頃の少女のように泣く。ほんとマジで誰か貰ってやれよ。
「というか」
「?」
「俺はお前を知らないんだが?」
「今更!?」
いや、公衆の面前で自身の個人情報を晒したのは男だけだし
そう考えたらこの大学男に人権ねぇなぁ。
そんなやりとりをしていると、待ちに待ったソースカツ丼とデザートの杏仁豆腐が出てきた。
「はい、いつものソースカツ丼。お待ち遠さま〜」
「うすっ、ありがとうございます」
こう言った挨拶は提供してくれた相手への感謝としてちゃんと言わないとダメだとうちの婆ちゃんから耳にタコができるかと思うほど言われたので、自然に返せる。
何故か女将さんがこちらを微笑ましく見ているのは気のせいかな?
まあ、そんなことは置いといて冷めないうちに熱々のソースカツ丼を頂こう。
「いや、聞かないの!?」
「人の食事中にいきなり話しかけてくるなよ」
危うくカツを落としかけたじゃねえか、いや落としてはないけどね。
「それで何の話だ?」
「だから名前!」
「女将さんの娘さんだろ?」
「それは名前じゃない!」
「どっちでもよくね?」
「よくはないでしょ?!」
なにをかつかつしてるのか?あ、かつ食べれば治るか?
「古舘!古舘くれあ!」
「いや…女将さんから聞かされてたから知ってるぞ?」
「知ってたんかい!!」
見事なツッコミだ。まず間違いなく天然ボケかアホの子がいれば完璧なコンビになれるぞ。
「つうか、そんなとこに立ってると他のお客さんの邪魔になるぞ」
そう言うと古舘はバツが悪そうにして持っていた荷物を下ろすためか店の奥に入って行った。
「女将さんも見てないで、自分の娘が変な男に絡んでるんですから止めてくださいよ」
さっきからずっとこちらを見て微笑み続けてるあなたに言ってるんですよ?古舘のお母さん?
「変な男って自分で言っちゃうのね」
「実際、常連になりつつあるだけの赤の他人ですからね俺」
「そんな寂しいこと言わないの」
「事実を言ってるだけですよ」
どう繕っても俺と女将さんたちの関係は店員と客。それ以上でも以下でもないのだから。
それだけ言って俺は残りのソースカツ丼をかき込む。ああ、こうして満足するほど食事を得られることがどれだけ尊いことか。やっぱり自分で作れる料理のレパートリー増やそうかね?是非ともうちに電気フライヤーがあればこの店のソースカツ丼を再現したと言うのに。あ、このソースは自家製だからレシピ知らなきゃ無理だな絶対。つーかこのカツの揚げ方はそう簡単に真似できんしな。
「ねえ八幡君」
なんで名前呼びなのか問いただしたいが、ここでそのことを質問すると話が長くなることが予想できるのであえて聞かないでおく。これ以上話し続けると気疲れしそうだし。
「なんですか?」
「小さい頃この辺に住んでいたこと、もしくわこの店に昔来たことない?」
「…はい?」
いきなり何を言い出すかと思えば、確かに昔この辺に住んでいたがこの店は大学生になってからが初…
「…あ」
「その反応やっぱりあるのね」
思ったとおりと言わんばかりの推理顔でそう言ってくる女将さん。
「いや、店に関してはうろ覚えですし。第一この辺に住んでいたのは小3の夏から小5の冬にかけての2年間だけですよ?」
俗に言う転勤族だったうちの一家は本当に不定期に各県や場所を点々としていた。
お金に関しては、それなりに裕福だったのでは?と今では思ってる。なんせ転勤しっぱなしでも生活に不自由なく俺や小町は過ごすことができていたのだから。
…つか、もしこの店に来たことがあるのだとしても。たまたま家族で飯を食いに来ただけの可能性の方が高いだろ?小学生の頃の記憶ってそこまで覚えてないし。
“こんばんわ〜2人いい?“
ちょうど会社帰りのお客さんがこのお店に来る時間帯になったのもあって開けられた扉からそんな声がかけられる。
女将さんの“いらっしゃいませ〜”と言う挨拶を聞いて、味わって食べていた杏仁豆腐の最後に一口を食す。
「ごちそうさまでした」
そう言い終えた俺は、いつの間にいたのか分からない女将さんのお父さん。古舘のお爺さんらしき人に会釈をしてレジに向かい目の前の店員にお金を出し釣りをもらう。…って。
「古舘もここで働いてるのかよ」
「自分の家だから手伝ってるだけだけどね」
初めてこいつがここで働いてることを知ったのもあってかなり驚いた。にしても…
「何?そんな珍しいものでも見たような目をして」
「いや、思ったより合うなって思ってな」
こう言っちゃなんだが、第一印象が気の強いちょっとノリが強めのギャルっていう印象だったのもあって、気づけばそう口にしていた。
「は、はあ?」
「あ、勘違いすんなよ。第一印象に比べてかなり違うなって意味で言っただけだから」
実際、普段の私服姿の女子が店の制服?を着た上にエプロンをしていたら、なんかこうグッとくるものがあるだろ?あれ、この感性持ってるの俺だけってことはないよね?男子共通だよね?
「まあ、なんだ。美味かったわ」
「別に私が作ったわけじゃないけど」
「お店の人に感想言うのは普通だろ?」
「ぎこちなく言われる身にもなって欲しいんだけど?」
「言わなくちゃいけないって言う義務感があっても人と話すのが苦手だって言う事実は変わらねえねえんだよ」
さっきのやり取りで察してくれと言いたい。まあ、無理だろうけど。
「プフッ、何それ」
そんなやりとりを終えて俺はお店を後にした。
◇
最後のお客さんが帰ったのを見送ってテーブルの上を片付ける。
おじいちゃんは厨房の片付けを終えて奥に消えていった。
「ねえ、くれあ」
「何?ママ」
「小3の頃のこと覚えてる?」
「え?」
一瞬なんでその頃のこと?と思ったけど、私の中にあった記憶の引っ掛かりにある人物が過った。
「もしかして、比企谷君?」
「やっぱりくれあは気づいていたのね」
ママが言いたいことはわかる。あの頃事実上たった一年間しか一緒にいなかったけど、私の中に確かにある。私が初めて友達になった男の子。
「でも、向こうは覚えてないっぽいし人違いだよ。きっと」
もし本当にあの頃の男の子が比企谷君なら、私のことを覚えていないわけがない。だって、そうじゃないとあの時の約束も忘れてるってことになって悲しくなっちゃうから。
「あんな特徴的な髪型と目つきをしてる子そうそう見たことないわよ?」
「特徴的って…」
確かに比企谷君は頭のてっぺんから一本、髪がぴょんと飛び出ている変わった髪型をしてる。あの頃の男の子も同じ髪型だったのは覚えてる。目つきが鋭かったのも。
「でも…やっぱり違うって」
私はそう言って否定する。話していてなんとなく懐かしさとか、初対面の感じはしなかったけど。こうでも思わないと、もし覚えてないなんて言われたら多分泣いちゃうから。互いに見た目も変わってるから分からなくても仕方ない。
私の心はそこまで強くない。強いように見せてるだけで、実際はただ周りに合わせて自分の役割を演じてるだけ。
人並みに正義感や責任感はあるつもりだけど、それも結局それが私の役割だからそうしてるだけ。それが私だから。
「まあ、比企谷君とは同じ大学で同じ学科なんでしょ?」
「うん」
「だったら、絶対に関わらないなんてことはないんだから。気になるなら、焦らず頑張りなさい」
「き、気になるとかじゃ…」
「仕事中」
「うっ…」
「いくら比企谷君しかまだいなかったとしても、無関心な相手にあそこまで長いこと話し続けるなんて普通しないわよ?しかも対面したばっかりなのに」
「言わなくていいから!!」
自分でもわかってる。こんなにも長く話した男子は比企谷君だけで、私自身あんまり気負いしなかったし、男子相手にあんな大声を出したこともない。私自身驚くほど素で話せていたのも分かってる。
でもこれが=気になる人ってことにはならないと思う。何より私は、昔の友達と比企谷君を重ねている節がある。だからこれは恋愛感情だとか、そう言うことじゃない。“昔の友達かもしれない男の子“だから気になってるだけ。
「あ、ちなみに比企谷君。いつも週一であの時間帯にうちのお店来てくれてるのよ」
「なんでその情報言ったの!?」
「フフっ。私はただ、常連客になってくれて嬉しいわねってことを教えただけよ?」
「うっ!」
「くれあは可愛いわね〜」
「もう〜ママ!!」
「あらあら」
ママはなおも私をニコニコと見続けていた。いや、違うから!!
次回、日々めし主人公合流。