部室の入り口から響き渡った轟音と同じくして建物全体を揺るがすような衝撃。
続いて、何かが激しく壊れる音と、もうもうと立ち込める土煙。
間違えようのない。爆撃だ。
あまりの突然の出来事に、スミカは椅子からひっくり返り背中をしたたに打ち付ける。
だが、次の瞬間には身体が動いていた。
トライデントの一員として、危険に対処する訓練は受けている。
スミカは愛用の装備を手に取ると、近くのテーブルを倒して即席の遮蔽物を作り、その陰に身を隠した。
先ほどまでの天国気分は、跡形もなく吹き飛んでいた。
爆発が起きたのは、給食部の食堂入り口だった。
頑丈な扉は無残にも破壊され、周囲には破片が散らばっている。
その向こう側から、土煙を押しのけるようにして、四人の少女が姿を現した。
先頭に立つのは、育ちの良さそうな銀髪の少女。
優雅な立ち姿と気品ある表情だけを見れば、とても先ほどの爆発を引き起こした犯人筆頭人物には見えない。
銀髪の少女――美食研究会の部長、黒舘ハルナは、調理場の方へ向かって堂々と声を張り上げた。
「さあ、フウカさん! 一緒に美食の探求に行きますわよ!」
「い・や・よ!!」
間髪入れずに返事が飛んできた。声の主は、給食部のフウカだ。
彼女は調理場の奥から顔を出し、怒りを隠そうともせずに叫んだ。
「私、これから料理の仕込みがあるんだからね!」
「そうですよ! フウカさんがいないと大変なことになるんですから、今はやめてください!」
調理場では、ジュリも慌ただしく動きながら、美食研究会に向かって抗議の声を上げていた。
しかし、ハルナたちはまるで聞く耳を持たない。
その間にも、調理場と食堂の間では、銃声が鳴り響いている。
ダダダダダッ!
ダダダダダッ!
銃弾が飛び交い、壁や備品に当たって乾いた音を立てる。
つい先ほどまで穏やかだった給食部は、あっという間に騒然とした空間へと変貌していた。
「まあまあ、そんなことをおっしゃらずに!」
ハルナは、飛び交う銃弾など意に介していない様子で、優雅に片手を広げた。
「美食の探求には、フウカさんの腕が必須なのですよ」
「だから! 後にしてって! やめて、やめなさいってば!」
フウカの悲鳴じみた抗議が響く。
スミカはテーブルの陰で身を縮めながら、目の前の光景を呆然と眺めていた。
(えっ……? えっ、何ですかこれ……?)
ついさっきまで、自分は優しい人に助けられ、冷たい飲み物をいただいていたはずだ。それがどうして、こんなことになっているのだろう。
(ゲヘナって、普段からこんな感じなんですか……!?)
いや、落ち着け。
ここで何もしなければ、目の前で恩人が困っているのを見過ごすことになるそれはトライデントの一員として見過ごせない。
スミカは一度、深く息を吸うと彼女はテーブルの陰から身を乗り出した。
「フウカさん、助太刀します!」
そして、騒動の中心にいるハルナへと向かって弾丸を放った。
スミカの放った弾丸はハルナの足元に当たり、彼女をバランスを崩して派手に転倒させた。
「きゃっ!?」
ハルナは床に手をつき、完全に想定外の人員に対する驚きと困惑の入り混じった表情で顔を上げた。
スミカはすかさず、彼女たちに向かって問いかけた。
「いきなりフウカさんに襲いかかって、あなたたちはなんなんですか!?」
すると、床に倒れたハルナが、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には、転倒させられたことへの怒りよりも、むしろ何かを思いついたような輝きが浮かんでいる。
「いいでしょう。なんだかんだと言われたら!」
ハルナが勢いよく立ち上がる。
その声に続いて、背後に控えていた三人も、次々と口を開いた。
「答えてあげるのが美食道!」
まず、明るい調子でアカリが続けた。
「東に外道な飲食店あれば、それを爆破し!」
ジュンコが、どこか不満げな表情で言葉を継ぐ。
「西に貴重な食材あれば、それを確保する!」
イズミが元気よく宣言した。
そして、最後にハルナが髪をかき上げ、誇らしげに胸を張る。
「私たちは美食研究会。ですわ!!」
見事なまでの連携だった。
……一人を除いて。
「ねぇ! 私だけ犯行予告になってない!? 風紀委員にしょっぴかれない!?」
ジュンコが、ほかの三人に向かって悲鳴を上げた。
どうやら、ノッたはいいが本人としては納得のいかない紹介だったらしい。
スミカは、そのやり取りをぽかんと眺めていた。
(えっ、今のは何だったんですか……?)
敵の自己紹介なのだろうか。
それとも、ゲヘナではこういう決まり文句が流行っているのだろうか。理解が追いつかない。
とりあえず、目の前の四人が美食研究会という組織に所属していることだけはわかった。
そのハルナが、今度はスミカへと向き直った。
「それで、そちらは?ゲヘナの生徒ではないようですけれど」
彼女は先ほどまでの騒動などなかったかのように、上品な口調で尋ねた。
「あ、はい!」
スミカは慌てて姿勢を正した。
こういうときこそ、外交特使としての立場を忘れてはいけない。
「オデュッセイア海洋高等学校、アイランドの海路ミナト艦長から外交特使として派遣されました、小森スミカです!」
なるべく丁寧に、そして失礼のないように。
そう心がけながら名乗ると、ハルナは小さく頷いた。
「ご丁寧にどうも。初めまして、スミカさん」
ハルナは微笑んだ。その笑顔は美しく、声音も穏やかだった。
だが、続く言葉は決して穏やかなものではなかった。
「外交特使の方が、出向先の学園の生徒と諍いを起こすなんて……。学園間の問題になりましてよ?」
「…………」
スミカの表情が固まった。言われてみれば、その通りだった。
自分は今、オデュッセイア海洋高等学校を代表してゲヘナに来ている。ここでゲヘナの生徒と揉め事を起こせば、個人の問題では済まされない。外交問題まっしぐらだ。
「あ、生憎と……」
スミカは、引きつった笑みを浮かべた。
「恩人を見捨てて帰ってきた副部長にバレたら、大減点されてしまいますから……」
言いながら、彼女は自分の立場を改めて思い出していた。
(やばいやばいやばい……! どうしましょう!?)
頭の中で、警鐘が鳴り響く。
(相手の方の言う通りです! 今の私は、トライデントとして風紀維持をする小森スミカではなく、外交特使なんでした!!)
ここで騒動を起こすわけにはいかない。
三大校の一つであるゲヘナ学園と諍いを起こした、などという話がオデュッセイアに伝われば、ただでは済まないだろう。
(減点どころか、追放……! 最悪、手足を縛られて海に突き落とされるかもしれません!!!)
そこまで想像したスミカは、青ざめた顔で固まった。
もちろん、実際にそこまでの処分が下されるかはわからない。しかしありえない未来ではない。
そんなスミカの心情など知る由もなく、ハルナは優雅に微笑んだまま、フウカへと視線を向ける。
「それでは、美食の道を阻もうとする不届き者には退場して頂きましょうか!」
「ストップ! やめなさい、ハルナ!」
フウカの叫びが、食堂に響き渡った。
彼女は調理場から飛び出すと、呆れ果てたような表情でハルナを睨みつけた。
「わかったわ!ついて行くから、そうやってよそと問題を起こさないで!」
「そんな!? フウカさん! テロリストに屈する必要ないんですよ!」
スミカは思わず声を上げた。
せっかく助けに入ったのに、肝心のフウカ本人があっさりと折れてしまったのだ。これでは、自分の行動は、勇気はいったい何だったのだろう。
しかし、フウカは疲れ切った顔で首を横に振った。
「いいのよ。いつものことだから」
「…………」
スミカは、再び固まった。
(いつもの……?)
聞き間違いだろうか。
(今、いつものことって言いました……?)
目の前には、爆破された扉。飛び交った銃弾。
そして誘拐の企て
それが、いつものこと。
(ゲヘナって……本当にすごいところですね……)
スミカは、遠い目をした。
そんな彼女の心境などお構いなしに、ハルナは満足げに頷いた。
「物分かりのいいフウカさんは好きですよ」
「はいはい……」
フウカは、もはや反論する気力もない様子だった。
それから彼女は、ふと思い出したようにスミカへと向き直る。
「スミカさん!」
「は、はいっ!?」
突然名前を呼ばれ、スミカは背筋を伸ばした。
「この後、万魔殿と風紀委員会に行くそうですけど、絶対に先に万魔殿に行ってくださいね!」
フウカは、念を押すように言った。
「じゃないと、絶対めんどくさいことになりますので!!!」
「確かに、それこそ外交問題にしそうですね議長様は」
「は、はい! わかりました!」
あまりの気迫に、スミカは反射的に頷いた。何がどう面倒になるのかはわからない。
しかし、ここまで強く言われるからには、きっと何か理由があるのだろう。
とりあえず、忠告には従っておこう。
そう心に決めたところで、ハルナたちは行動を開始した。彼女たちはフウカを逃がさないように取り囲み、手際よく連れ出す準備を整えていく。
「さあ、フウカさん。参りましょう!」
「はいはい、わかったから! 引っ張らないで!」
フウカの抗議もむなしく、彼女は美食研究会の面々に囲まれたまま、爆破された扉の方へと連れて行かれてしまった。
——その背中が、土煙の向こうへ消えていく。
そして、食堂には再び静寂が戻った。
……扉が壊れていることと、散らかった室内を除けば、だが。
「わーん! フウカさんが、また誘拐されましたぁ!!」
静寂を破ったのは、唯一の給食部員であるジュリの悲痛な叫びだった。
彼女は調理場の入り口で頭を抱え、山のように積まれた食材を見つめている。
「この大量の下処理を、私ひとりでしないとダメってことですね!?」
彼女の悲鳴には、切実な疲労と絶望が滲んでいた。
スミカは、テーブルの陰からそろそろと顔を出した。
周囲を見回す。
——壊れた扉。
——散乱した備品。
そして、困り果てているピンク髪の給食部員。
あまりにもあまりにな光景に少し考えたあと、スミカはおずおずと声をかけた。
「えっとぉ……。手伝いましょうか?」
せめてものお礼に、何かできることがあるなら手伝いたい。そんな気持ちからの申し出だった。
しかし、給食部員は慌てて首を横に振った。
「いえ! 大丈夫です。万に一つでも他校の方をパンちゃんに襲わせるわけには行きませんので!!」
「…………」
スミカは、再び首を傾げた。
「そ、そうですか……」
どうやら、手伝いは必要ないらしい。
それなら、これ以上ここにいても迷惑になるだけだろう。
「では、頑張ってくださいね。私はフウカさんに言われた通り、万魔殿へ向かうことにします」
スミカはそう告げると、二つの包みを抱え直した。そして、壊れた入り口を横目に、給食部を後にする。
ゲヘナに到着してから、まだそれほど時間は経っていない。それなのに、すでに何度も驚かされ、今回もどっと疲れる予感がひしひしとする。
いや、実際には命の危険……外交特使としての立場が危うくなりかけたわけのだが。
(……パンちゃん?)
歩きながら、スミカは先ほどの言葉を思い返した。
パンちゃんとは、一体何なのだろう。給食部に所属する生徒の名前だろうか。しかしそれが襲う……明らかに生徒に使う言葉では無い。であれば何か別の存在なのだろうか。
考えても、答えは出ない。
(……まあ、いいですか)
スミカは、そっと首を横に振った。
今は余計なことを考えるよりも、与えられた任務を果たすことが先決だ。
まずは万魔殿へ。
そう決意してスミカは歩を進めた。