近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります! 作:暇つぶし放浪記
コンセプトは近代で異世界風成り上がりものです。
進堂 遥。
そう書かれた進路表は依然として白紙のままだった。
もう高校三年生にもなるというのに。
親からも、先生からも、友達からも、そろそろ進路を決めろと急かされるが、夢とやらがないのだから仕方がない。
なりたいものなどないし、やりたい事もない。
思えば、昔からそうだった。
何をしたい?何になりたい?と問われる度に言葉を詰まらせ、当たり障りのない事ばかりを答えていた。
今回もそうするべきなのだろうか?
なれるものになって、やれるだけのことをする。
これから先もずっとそうして生きていくのだろうか?
(きっとそうなんだろうな。)
マックス・ウェーバーの本の一節を思い出す。
彼は資本主義社会を『鉄の檻』と称した。
それは人が生まれるより先に形成され、これより生まれる人たちはそこに入っていくしか術がない。
そして、既に秩序が形成されている以上、その常識を生まれてくる人たちは無理矢理、押し付けられる。
それは個人を捉える『檻』と何ら遜色ないではないか。
要約すると、そんな内容だ。
実際、それは正しい。
俺たちが資本主義社会に生きている以上、これから先も資本主義のルールに則って行動するだろうし、それは資本主義社会そのものを自ら作っているという意味でもある。
しかも、『檻』は一つとは限らない。
常識がこの世に沢山あるように、この社会を形成する要素は数多ある。
その全てが俺たちを捕らえる『檻』なのだとすれば、どうしてそこから抜け出せるのか。
いや、不可能だ。
(だったら、こんな事を知っていても意味なんて無いんだろうな。)
やりたいことはないが、好きなことは幾つかあった。
社会科学はそのうちの一つだった。
と言っても、法学、政治学、国際政治学、社会学、行政学、ミロク経済学、マクロ経済学、この辺りを齧った程度の知識しか持っていないが。
大学に通ったわけでもないし、何の役にも立たない、意味もない知識だ。
(何で生きてんだろ?俺。)
こんなのただ死んでないだけだ。
何でもいい。
やりたいことが欲しかった。
なりたいものが欲しかった。
己の命さえ捧げてもいいと思えるような。
運命的な出会いが。
『その願い、叶えよう』
えっ?
どこからともなく声が聞こえた。
低く、重たく、決して後戻りを許さぬような。
視界がぐにゃりと曲がった。
退屈な教室風景が歪み、渦巻きながら混ざっていく。
そして、中心の渦がぴたりと止まると、グルンっと一気に逆方向に回転した。
「うぐっ!?」
世界が丸ごと回転したような感覚が意識を襲う。
とてつもない酩酊感に堪らず呻き、膝をつく。
それでもまだ足場が揺れているような感覚がして、両手で四つん這いになると、そこで初めてグラグラと動いていた石畳の景色が止まった。
くそっ、なんなんだ!?
荒い息を整えながら、心中、悪態を吐く。
「……まさか本当に成功するなんて。」
誰かの声がする。
先程聞こえた声とは違う。
柔らかで、鈴の鳴るような声。
恐らくは女性のものだ。
カツカツと足音が目の前にやって来る。
黒いパンプスとロングスカートから伸びる白い足が視界に入る。
「召喚酔いしちゃったみたいですね。今、楽にしてあげます。」
パチンと指を鳴らす音が耳朶を打つ。
すると、魔法が解けたように気分がすっきりした。
誰か知らないが、助かった。
お礼を言おうと顔を上げる。
「えっ?」
思わず目を奪われた。
彼女があまりにも美しかったから。
大人の美しさと少女の愛らしさを兼ねる端正な美貌。
ハーフアップに纏められた金髪は月明かりのように柔らかく光り、軽く波打ちながら背へと流れる。
ブラウスに包まれた肩は華奢で、肢体は女性的な起伏に富み、背はすらりと高い。
まさに可憐。
美が姿を持って動いていると言ってもいい。
心臓がドクンドクンと早鐘のように高鳴る。
それでいて、心はただ圧倒されていた。
「そんなに見られると恥ずかしいです。」
柳眉を下げ、気恥ずかし気にはにかむ。
白皙の頬は微かに赤らんでいる。
「か、可愛い。」
生まれて初めてそう思った。
少なくとも、これまでの可愛いとは全くの別物だった。
こんなにドキドキして、血が沸騰するみたいにドクドクしてるのは初めてだ。
こういう感情をなんっていうんだっけ?
「あの!」
そうだ、恋だ。
俺は今、一世一代の運命の恋に落ちようとしている。
周りの異変とか、ここ何処とか、さっきの何とか、色々思うことはあるけど、全部どうでもいい。
全てが些事だ!
今、本当に知らないといけないことは。
「お名前をお聞きしても良いですか?」
膝の上で拳をぎゅっと握り、意を決して尋ねる。
彼女はきょとんとした顔をした。
大きな目が数回瞬いて、宝石のような紫紺の瞳が見え隠れする。
天使が通り抜けたような沈黙。
それは一瞬の事だったが、気の遠くなるほど長い時間にも感じた。
独り相撲な永遠が過ぎ去ると、彼女はふっと口角を上げた。
薄い唇が弧を描き、微笑みを形作る。
「バアラトです。貴方をこの世界に呼んだ女神であり、貴方の主人。そして、貴方のお嫁さんです。」
白魚のような手が優しく頬を撫でる。
思わぬ行動にぎょっとするが、きめ細かい肌と擦れ合う感覚が心地よくて、すぐにされるがままになる。
「ふふふ、可愛い。」
子供を見るような優し気な眼差しが見下ろしている。
急に羞恥心が湧き、すっと目を逸らす。
そして、頬に触れる手の薬指に銀色の指輪が嵌められていることを発見する。
ふと違和感に気付く。
握っていた左手にやけに硬質な感触があった。
見れば、そこにも銀色の輝きが。
首を傾げ、一言。
「お嫁さん?」
「はい。ご不満ですか?」
「まさか!絶対に幸せにします!」
離れていく手を慌てて掴む。
もうなんだって良かった。
この空っぽな胸に渇望をくれるのなら。
生きる意味を与えてくれるのなら、なんだって受け入れてやる。
(今ならなんだって出来そうな気がする。)
欠けていたピースがようやく見つかったような気がした。
彼女の為ならば、どんな努力だって出来る。
悩んでいた進路も可能な限り、難しい大学に挑戦しよう。
学科はどれが良いんだろう。
なるべく就職に有利な奴にするか。
心は自然と未来に向けられていて、頭の中には幸福な未来図がいくつも浮かんでいた。
(ん?大学?就職?)
だが、はっと我に返る。
勢いよく首を振って、辺りを見回す。
両隣に建つ煉瓦造りの建物、路地は石畳に覆われていて、薄っすらとした影が空間全体を覆っている。
「どこだ?ここ。」
頭に浮かんでいた未来図が泡沫のようにパチンと割れて、消えていく。
まるで夢から醒めたような気分だ。
「……こっちに来てください。見た方が早いでしょうから。」
握った手を逆に取られ、そのまま引っ張られる。
頭一つ分下にある彼女の横顔は強張っていて、手にも汗が滲んでいた。
曲がり角を幾つか曲がり、大通りに出る。
「なんだ、これ?」
そこで見たものは現代とは全くの別の世界。
石畳で舗装された道路を行き交う馬車、道行く人々の服装は大時代的で、ガス灯らしきものが至る所から伸びている。
まるで近代ヨーロッパに迷い込んでしまったみたいだった。
「ここは異世界なんです。貴方にとっては。」
立ち尽くしたままの俺にバアラトは言う。
振り向くと、罪悪感に歪んだ顔が窺うようにこちらを見つめている。
ずきりと胸が痛む。
白刃を突き立てられたような感覚に思わず胸を押さえる。
どんな理由があろうとも、彼女にこんな顔を絶対にさせてはならない。
そんな使命感が身を駆り立てた。
「……取り敢えず、話を聞かせてもらっていいか?」
ただ、彼女を落ち着かせるためだけにそう口にした。
彼女にはさっきみたいに笑っていて欲しかった。
どうやらこの恋心までは夢ではなかったらしい。
俺は今日、運命に出会い、やりたいことを見つけた。