近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります! 作:暇つぶし放浪記
見覚えのある路地裏に玲瓏な声が続く。
俺たちは一度来た道を引き返し、元の場所に戻っていた。
そして、彼女から現状に対する説明を受ける。
「つまり、ここは俺の知らない異世界で、俺は貴方に召喚された。貴方はこの世界の神様で、魔法みたいなことが出来ると。」
話を聞き終え、顎に手を当てながら情報を整理する。
俄かには信じがたい内容だった。
女神に呼び出されて異世界召喚なんてライトノベルやアニメみたいな話でしか聞いたことがない。
とはいえ、実際に起こってしまっているのだからそれは認めるしかない。
一旦、現状を理解するためにそれを事実として呑み込む。
「そして、俺は召喚した術式の効果で貴方と主従契約にあると。一体、どういう魔法なんです?」
「運命の相手を呼び出す術式です。過去、現在、未来、あらゆる時空を超えて、対象者を呼び出し、強制的に
「ただし」と苦み走った声が続く。
「発動するには条件があって、満たさない場合は術式が発動することはありません。」
「その条件ってのは?」
「それが運命であるということです。どれだけ平行世界があって、生きている時代が違っていても、必ず二人が出会い、夫婦になるという運命が決まってないといけません。なので、基本的にこの術式が発動することはない。そう思っていたのですが。」
徐々に声を小さくし、最後は謝罪するように顔を俯けた。
それに逆にバツが悪くなってしまった俺はガシガシと後ろ髪を掻きながら、慰めの言葉を口にする。
「そう落ち込まないでください。要するに運命の前借りみたいな効果なんですよね。それなら遅かれ早かれ同じですし、仕方ないですよ。それより貴方に早く出会えて俺は嬉しい。」
正直、悪くない気分だった。
普通なら見知らぬ相手と契約させられるなんてとんでもない話だが、相手がバアラトなら話は別だ。
彼女といる為ならお金だって支払ってもいい。
そんな向こう見ずな恋情を察したのか、彼女は険しい顔で釘を刺してくる。
「それが強いられたものであってもですか?」
切なげな眼差しがぐさりと胸に突き刺さる。
彼女は小さく息を吐き出し、意を決して言葉を続ける。
「貴方の言う通り、この魔法は運命の前借りが本質です。だからこそ、契約関係だけでなく、その想いも前借りすることになる。」
苦しそうに胸に手を当て、思いに堪えるように目が細められる。
彼女が今、強い二つの感情の間で葛藤していることを俺はようやく悟った。
「私が今、貴方を抱きしめたいと思うように、貴方も何か強い想いを感じているはずです。ただ、それは魔法によって作られた感情なのかもしれない。それでも良かったと言えますか?」
静かな問いかけ。
されど響きは重く、空気に溶けず、留まり続ける。
建物の影がゆっくりと蠢く。
「言えるね。」
路地裏にさっと日差しが入ってくる。
答えには全く迷わなかった。
「だって、人と人とが出会って何かが変化するのは当たり前のことだ。」
人間は常に誰かの影響を受けて、自己を形成している。
赤ん坊がその最たる例だが、別に大人だってそうしている。
世の中には社会人なんて言葉があり、それは主に自立して社会で働く人のことを指す。
だが、彼等だって最初から社会人だったわけではないだろう。
彼らは誰かから、社会から、常識やルールを教わり、それを己の中に取り込み、自己の常識として内省化することによって、社会人になったのだ。
程度の差はあれ、如何にこれが普通の事か分かっただろう。
「なのに、運命の人と出会って、恋することも出来ないとか、馬鹿馬鹿しくないか?」
にっと笑って、白い歯を見せる。
彼女は大きく目を見開き、驚きを露わにする。
そして、重たい荷物を下ろすように華奢な肩から力を抜いた。
もう大丈夫そうだな。
救われたような顔をしたバアラトに俺もほっと安堵の息を吐く。
もっとも、すぐに失礼な口調だったことに気付き、焦る羽目になったが。
「やばっ、敬語忘れてた。」
「構いませんよ。楽に話してください。」
「ですが。」
「大丈夫です。主従契約なんて説明しましたが、実際は婚姻契約みたいなものなので、お互いに対等にいきましょう。夫婦らしく。」
ふ、夫婦らしく。
あまりの言葉の衝撃に思わず眩暈がした。
まるでアッパーカットを食らったあとみたいだ。
だが、ちょっとカップルっぽい響きにあっさりと動揺して、恋愛素人のような情けない姿を見せるわけにはいかない。
理性を総動員して、「それならお言葉に甘えて」と澄ました顔をする。
「それでどうして俺を召喚したんだ?ただ、伴侶が欲しかったって訳じゃないんだろ?」
何が起きたのかの説明は聞いたが、まだ何を目的としたのかは聞いてなかった。
軽い気持ちとはいえ、わざわざ成功率の低い手段を試してるあたり、込み入った事情があると見える。
「実は私と契約を交わし、信仰を集める手伝いをしてもらいたいと思っていたんです。」
バアラトは軽く頷いてため口を受け入れ、先程よりも柔らかい声で目的を話す。
「私たち、神は信仰を集めているのですが、最近は幾ら勧誘をしても上手くいかなくて困ってたんです。」
「理由は分からないのか?」
「すみません。私も最近まで封印されていたので、よく分かってなくて。」
封印?
物騒な単語に思わず顔を顰める。
「他の神との戦いに負けた時のペナルティーみたいなものです。私たち、神は不老不死な上に力が強すぎるので、直接戦うことが出来ません。なので、『契約者』と呼ばれる代理人を作って、代理戦争で揉め事を解決するのが慣例なんです。私は前回、その戦いに敗れたので、最近まで封印されていたんです。」
成程な。
神は神なりにルールを作って、この世界を壊さない範囲で活動してるということか。
にしても、『契約者』ね。
「もしかしなくても、俺も『契約者』なのか?」
「そうなります。」
そう認める声は少し申し訳なさそう。
俺は「気にすんなよ」と言って、小さく鼻を鳴らす。
こっちとしてはバアラトと関わったり、守ったりする大義名分が出来て、寧ろラッキーなぐらいだ。
「大体、分かったけど、どうして信仰なんて集めてるんだ?それがないと死ぬとか?」
「いえ、そういうわけでは。強いて言うなら、癖みたいなものです。私たちは信仰を得て、今の形を得たので、何となく信仰がないと落ち着かない感じになるんです。」
「心理的なものって訳か。」
まぁ、そういうこともあるだろう。
人間だって、電車の端の席が落ち着くとか、トイレの時に隣に立って欲しくないとか、そういう何となく好きな物や嫌な事があるし。
神とはいえ、自我と人格を持つ存在にもそういった感覚があっても、不思議ではない。
そして、それが差し迫ったものでなくても、バアラトが信仰を欲するのであれば、俺もそれを手伝おう。
好きな相手にはなるべく良い思いをしてほしいし、出来ればかっこいい所を見せたいしな。
「話は了解した。手伝うよ。」
「ありがとうございます。」
パァっと顔を明るくし、天使のような笑顔でお礼を言う。
ぐっ、可愛すぎる。
眩い笑顔に後光が差すかのように降り注ぐ日差しが強くなる。
最早、直視できない可愛さだった。
「それじゃあ、これからのことについて話したいから、腰を据えて話が出来る場所に行きたいんだけど。どこか拠点になってる場所とかないのか?」
「ありますけど。……それより元の世界に戻る方法について聞かなくても大丈夫なんですか?」
「別にいいよ。お前の言うことが本当なら、どうせ戻れないし、戻らない。」
これは運命の前借りという性質を考えれば、すぐに分かることだ。
俺がこの世界に来て、彼女と夫婦になることまでは運命で決まっている。
それは一見、元の世界に戻れないことを意味していないように思うだろう。
だが、それなら俺が今、戻りたいと思っていないのはおかしい。
何も知らない世界より、俺の常識の通用する見知った世界の方が将来の見通しが立つ。
つまり、バアラトをいかに幸福にするのかという人生計画を立てることが出来る。
予測可能性という面で、そうしない理由がないのだ。
だが、今の俺はそう考えていない。
理由は簡単だ。
未来の俺が戻らないと決めたからだ。
その決断が俺にも引き継がれていて、そうすることが予め定められている。
俺視点から見れば、戻らないし、戻れないの一本道しか最初から用意されていないのだ。
もっとも、そんなことはどうでもいいことだが。
「それより早く案内してほしいかな。立ちっぱなしで少し疲れてきた。」
「……分かりました。」
バアラトは物言いたげにしたが、それを喉の奥から発することなく、歩き出す。
その後ろ姿が少し儚げに見える。
自分には言う資格なんてないなんて思ってそうだな、あれは。
俺の事なんて、本当に気にしなくてもいいのにな。
苦笑しながら背を追おうと一歩踏み出す。
その時だった。
曲がり角から浅黒い肌の二人組の男が現れたのは。
「きゃっ!?」
「おっと!」
死角だったのか、横並びで話していたからなのか、丁度曲がろうとしていたバアラトの存在に気付かず、男の一人がバアラトと軽い衝突を起こした。
「ごめんなさい!」
バアラトが慌てて謝罪し、道を譲る。
そして、そのまま立ち去ろうとすると、ぶつかった男が彼女の手首を乱暴に掴んだ。
「おい!ぶつかっといて、なに無視してんだよ!」
男は激しい剣幕でバアラトに詰め寄る。
こいつ?何言ってんだ?
バアラトは一回、謝ってるし、ぶつかったのはお前も同じだろ。
脳みその代わりに真綿でも詰まってるのか、お前の頭は。
一発殴って確かめてやるよ。
肩を怒らせて、駆け付けようとすると、紫紺の視線がそれを制した。
目だけで俺を沈めたバアラトは男に向き直り、すっと腰を折って頭を下げる。
「申し訳ありません。考え事をしていて、前に正しく意識を向けられていませんでした。」
誠心誠意の謝罪である。
彼女はこの場をなるべく穏便に収めようとしていた。
だが、善意とはいつの時代も平気で踏み躙られるものだ。
「は?それで済むと思ってんの?お前みたいな劣等民族が先進国の貴族である俺にぶつかっといて。」
ゲーム理論と目の前の男の愚劣さがそれを証明している。
男は掴んでいた手首を話し、今度はバアラトの顎を掴み、無理やり持ち上げる。
そして、じろじろと美しい顔を品定めする。
情欲の色が目に滲む。
男は目を細め、新しい獲物を見つけたように舌なめずりする。
「お前みたな身の程を知らない劣等民族には教育が必要だな。」
「くくく、だな。先進国の一人として劣等民族に礼儀ってものを教えてやる必要がある。」
もう我慢しなくてもいいよな?
というか、もう耐えられなかった。
「おい!今すぐその汚ねぇ手を離せ!人のフリをした
あらん限りの声で叫ぶ。
煮えたぎる臓腑で熟成された怒りを一つの塊として投げつける。
男たちは石ころでもぶつけられたように、「あ?」と低い声を出しながら、ゆっくりと振り向く。
「聞こえなかったのか?今すぐ手を離せって言ったんだよ。」
きつく睨みつけながら凄む。
視線が重なり、緊張が高まる。
静寂は今やピンと張った糸のようだ。
それを破ったのは、彼らの嘲笑だった。
「ぷっ!あいつ、どこの人種だ?」
「さぁ?多分、東洋のどっかだろ。多分、強制労働用に連れてきたやつが逃げ出したんだろ。」
なっ!?
平気で放たれた人種差別発言に思わず鼻白み、絶句する。
怒りに取り合ってくれるとも思っていなかったが、こうも相手にされないとは思っていなかった。
瞋恚の炎が横風を食らったように一瞬弱まる。
そして、一気に猛った。
「お前ら!!」
殴り飛ばしてやると、拳を固く握りしめ、大股で向かっていく。
対して、男たちの反応は冷笑的であった。
顔を見合わせ、肩を竦める。
そして、バアラトの顎を掴んでいないほうの男が懐に手を突っ込む。
「なに勘違いしてんだよ、黄色い猿が。」
取り出されたものに思わず俺は足を止めた。
それは黒くごてごてした金属で作られ、細長い筒と指をひっかけるレバー、回転する大きな筒のような機構を有する。
それは火薬によって弾を射出し、人を殺すために作られた兵器。
中でも回転式の弾倉を持ち、連続して射撃が可能な銃。
――
そう呼ばれるものだった。
真っすぐに向けられた銃口。
撃鉄がゆっくりと起こされる。
血の気が一気に引き、背中に悪寒が駆け上がる。
怒っていたことも今、この瞬間は忘れていた。
「う、嘘だろ?」
こんなことで殺されるのか?
頭が真っ白になる。
だが、視界の先では引き金に指がかけられていた。
「やめなさい!」
血相を変えたバアラトが叩きつけるように叫ぶ。
それが破局への引き金となった。
耳を聾するような重低音。
銃口の奥に真っ白な閃光が見え、後を追うように銃弾が出てくる。
時の流れは酷く緩慢だった。
恐怖に染まった体は重く、動かそうと思ってもびくともしない。
ただ、糸を引いたみたいに眉間に真っすぐ近づいてくる銃弾を呆然と見つめるしかなかった。
そして、意識が真っ黒に染まった。