近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります!   作:暇つぶし放浪記

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三話 『契約者』

 

 

 

「え?」

 

 はっと我に返る。

 刹那のブラックアウトの後、意識が戻る。

 痛みはない。

 視界も明瞭。

 奥には唖然と口を開く男たちの姿が見える。

 限界まで見開かれた眼には無傷の青年の姿が映っていた。

 目をぱちぱちと瞬かせ、額に手をやる。

 

「傷がない?」

 

 おかしい。

 確実に頭を撃ち抜かれたはずだ。

 その証拠を探すように辺りを見回すと、白いシャツにべっとりと付いた血痕を発見する。

 見れば石畳にも血飛沫らしきものが飛び散っている。

 

「今、頭に当たったよな?」

「ああ、なのに何で立ってるんだ?」

 

 男たちも困惑を隠せない様子で話している。

 その表情は硬く、緊張を隠していない。

 どうやら撃たれたのは本当らしい。

 

「くそ!もう一発撃て!それで死ぬはずだ!」

「あ、あぁ。」

 

 おい、ちょっと待て!引き金軽すぎやしねぇか!?

 心の中でツッコミを入れる。

 無論、男たちが止まるわけもなく、もう一発の弾丸が放たれた。

 すっと真っ直ぐな軌跡を描きながら飛来する凶弾。

 今度は胸のあたりに向かっている。

 俺は咄嗟に手を動かした。

 そして、パシッと掌で弾丸を受け止めた。

 

「は?取れた?」

 

 自分でやったことだが、俺は驚きをもって、己の拳を見下ろした。

 パッと開いた掌の中央に一発の銃弾がぽつんと置かれている。

 手に傷はない。

 受け止めた瞬間は掌を貫く衝撃と回転による摩擦を感じたが、手を貫通してもいないし、火傷も負っていない。

 感覚としてはキャッチボールで速い球を素手でやった感覚に近い。

 銃弾の速度も大体、そのぐらいに感じる。

 

「どうなってる?」

 

 そんな疑問に答えたのはバアラトだった。

 

「『契約者』になったことで肉体や感覚が強化されているんです。」

 

 彼女は顎を掴む手を振り払い、体ごとこちらを向く。

 男たちなど歯牙にもかけず、些事であるかのように放置して。

 

「私と貴方の魂は契約によって繋がっています。その影響で貴方の肉体も神のそれに少しだけ近づいたんです。先ほどの傷がすぐに完治したのもそれが理由です。」

 

 不老不死ではないが、不死性を獲得したってことか。

 もっとも、許容限界がどの程度なのか分からないから、油断は出来ないが。

 

「この女!」

 

 腕を弾かれ、挙句無視された男は怒りに肩を震わせ、声を荒げて殴りかかった。

 体重を乗せた大振りな打撃がバアラトの側頭部を直撃する。

 華奢な体が突き飛ばされたように地面に倒れ込んだ。

 ぷつりと何かが切れた音がした。

 

「――殺す!!」

 

 腹の底から感情がどっと沸きあがり、怒髪天を衝く。

 それに合わせて、よく分からない力の奔流がふつふつと込み上げてきて、俺という器を満たしていく。

 稲妻が全身を駆け巡り、マグマのような熱が血管を流れるような感覚。

 本能が叫んでいる。

 奴らを殺せと。

 理性が言う。

 八つ裂きにしろと。

 魂が吼えている。

 ただ殺せと。

 最早、この体は怒りそのものであった。

 体に収まりきらない激情と力が黄金の雷となって溢れ出る。

 稲妻が迸り、大気を駆ける。

 その度にピシピシと鋭い音が立つ。

 それは今にも噴き出しそうな力の奔流を何とか堰き止めようとしているようにも聞こえた。

 鬱陶しい!俺を縛るな!

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 何もかもを薙ぎ払うように咆哮する。

 体の中に蟠っていた何かが一気に外部へと放出される。

 それに合わせて迸る稲妻が勢いを増し、雷撃へと姿を変える。

 前方に向って無差別に降り注いだ。

 青天の空に霹靂の轟音が鳴り響く。

 黄金色の光が地面を強く打ち据え、焼き焦がしていく。

 その度にカタカタと石畳が震え、今にも引っくり返ってしまいそうだった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 迫りくる雷撃の嵐についに限界に達したのか、男たちは顔を恐怖に染め、絶叫しながら逃げ出した。

 

「――逃がさねぇよ。」

 

 その意思に呼応するように雷撃は一つになり、極大の熱光線(ビーム)となって逃げる背を追いかける。

 ほんの瞬きの隙に空間を駆け抜ける一条の雷霆。

 横切るだけで人を感電死させ、直撃すれば骨すら残らず、消し炭となる。

 まさに憤怒と殺意の権化であった。

 だが、現実として、この雷霆が男たちを捉えることはなかった。

 

「やりすぎですよ。」

 

 それより速く動いたバアラトが腕の一薙ぎで雷霆を弾き飛ばしてしまったからだ。

 軌道を逸らされた雷霆が隣の壁に直撃し、壁を粉々に破壊する。

 バラバラと音を立てて崩れ落ちる煉瓦は黒く焼け焦げていて、地面に落ちるとぼろりと崩れて灰に変わる。

 

「なっ!?」

 

 渾身の一撃を容易く払われたことに衝撃を受け、思わず立ち尽くす。

 寝耳に水とはこの事だった。

 彼女は諭すように言う。

 

「怒ってくれるのは嬉しいですが、それ以上やってしまうと彼らが死んでしまいますよ。」

 

 まるで子供を叱るような物言い。

 向けられた紫紺の眼差しも頭を撫でるように優し気だった。

 思わぬ指摘に一瞬、虚を突かれる。

 そして、その遅れを取り戻すかのように何かを言おうとして、すぐに口を閉じる。

 あんな奴ら、別に死んでもいい、なんてダサい事、言えねぇよな。

 彼女の大人な態度と比較して、余りにも子供じみている。

 溶岩のように熱かった怒りがゆっくりと冷えていく。

 

「……頭は大丈夫なのか?」

 

 反駁の代わりに心配の言葉を口にする。

 すると、大きな頷きが返ってくる。

 

「はい。私たち、神はとても丈夫なので、あのぐらいで傷を負うことはありません。単純な物理攻撃だと宇宙を壊せるような攻撃でも怪我をしないくらいです。」

「それは丈夫のレベルを超えた、もう別の何かだろ。」

「かもしれないですね。ですので、あのぐらいのことで怒らなくても良かったんですよ?」

 

 それとこれとは話が別だろ。

 心の何処かでそんな反論の声が上がるが、それよりも興ざめしたような気持ちの方が強かった。

 心配するだけ無駄というわけではないが、俺よりも遥かに彼女の方が強いのは先ほどの動きを見れば、分かることだ。

 そんな相手に説法を解いても、弱い奴が何言ってんだという話である。

 もっとも、次も同じことをしないと約束することは出来ないが。

 小さく息を吐き、肩を竦める。

 殺気立っていた空気がふっと軽くなる。

 バアラトもそれを鋭敏に感じ取ったのか、にこりと微笑んだ。

 そして、思い出したように「あっ」と口を開ける。

 

「そう言えば、貴方も撃たれてたんでしたね。」

「気にしないでいい。そこは別に怒ってないし。」

 

 確かに撃たれたときは人生終わったと思ったが、いやっとしただけで、怒りには至っていない。

 あくまで俺が怒ったのはバアラトが殴られたからだ。

 俺自身の名誉のためにも、そこは混同したくない。

 

「それよりさっきの雷について教えてくれないか?」

 

 体から溢れ出た金色の雷。

 無我夢中だったからどうやって出したのかも覚えてないが、俺の力だということだけは分かる。

 勿論、俺にそんな力がある筈はないので、再生能力同様に契約によるものだと思うが。

 

「『権能』のことですね。」

 

 予想は当たっていた。

 どうやら心当たりがあるらしい。

 額に向けられていた視線が少し下がって、一瞬目が合う。

 彼女は困ったように眉根を上げ、壁際に積みあがった瓦礫の山を一瞥した。

 そして、窺うように訊く。

 

「移動しながらでもいいですか?大きな音だったので、人がそろそろ来るかもしれないので。」

 

 否やはなかった。

 素早く意識を切り替え、鋭い頷きを返す。

 三十六計逃げるに如かず。

 足音を殺して歩き出した彼女に導かれるようにその場を離れる。

 

(ん?これ。あいつらが落とした財布か?)

 

 その際、男たちが落としたであろう革造りの財布を拾った。

 バアラトは見て見ぬふりをしたようだが、俺はそんなに優しくない。

 慰謝料代わりにいただくことにする。

 日本だと遺失物横領罪か、窃盗罪だが、どちらにせよ良心が痛むことはなかった。

 まったく、ざまぁないぜ。

 

 

 

◇

 

 

 

 

「『権能』とは簡単に言うと、神々がそれぞれ司っている力のことです。」

 

 前から聞こえてくる声を追うようにバアラトの後ろを歩く。

 辺りは閑散としていて、人通りも疎ら。

 煉瓦造りの建物も年季が入っていて、古ぼけて見えた。

 意識を長い髪に覆われた背へと戻す。

 風景よりも好きな人を見てた方が飽きない。

 異世界に来て初めて知ったことだった。

 

「神は概念世界の事物と繋がりがあり、その力を自由に扱うことが出来ます。私でいえば、雷や雨、武勇などそうでしょうか。さっきの雷も、ほら。」

 

 左腕を翼のように広げて、指を鳴らす。

 すると、金色の雷が火花のように現れ、バシッと鋭い音を立てる。

 微かに息を呑む。

 瞼に焼き付くような閃光には普通の雷にはない力強い威容を感じる。。

 だが、ふとした疑問を抑えられず、口に出す。

 

「魔法とは違うのか?」

「はい、かなり。魔法は私たちの扱う奇跡を簡略化して、人間用にカスタマイズされたものですから。奇跡よりも世界への干渉力が強い『権能』とはその性質も、作られた意義も全く異なります。」

 

 どうやら、ぱっと見、魔法にしか思えないものでも、効果や用途によって細分化されているようだった。

 聞いた感じだと、奇跡が神が使う用の力で、魔法がその人間版。

 『権能』はその神だけが持っている特別な力で、最も強いみたいな感じか。

 

「そして、この『権能』は『契約者』も使うことが出来ます。」

「神と繋がりがあるからか?」

「そういうことです。『契約者』は契約を通じて、私たちの司る概念とも繋がっています。なので、限定的ですが『権能』を操ることが出来るんです。さっきのも貴方が力を求めて、無意識に呼び出したから顕現したんでしょう。」

 

 イメージで言うと、概念→神→契約者って感じで力が流れてる感じかな。

 だとすると、一つ疑問が出てくる。

 

「その『権能』って一人につき一つまでなのか?お前には幾つか能力があるみたいな話だったけど。」

「そこは人に依ります。そもそも『権能』は事物をこの物理世界に合わせて解釈し直した結果、細分化されただけで、大本となる事物自体は一つしかないんです。なので、その事物と契約者自身の相性が良ければ、複数の権能が発現することもあります。」

 

 「ただ」と苦笑した言葉が続く。

 

「私の場合、分かりやすい権能は雷のみなので、どの道、実感は得づらいとは思いますが。」

「そうか?俺は汎用性が高くて、良いラインナップだと思ったけど。」

 

 雨や雷は豊穣に結びつく概念だし、武勇もいざという時に重要になる。

 平時、有事を問わず、いつの時代でも幅広い活躍の出来る力だ。

 

(それにさっきの雷もただの雷というわけじゃなさそうだし。)

 

 路地裏に積みあがった瓦礫の山を思い出す。

 ただの雷ならあんなことにはならないだろう。

 何らかの特殊な力が込められているはずだ。

 まぁ、どんな能力でもバアラトから貰ったならそれでいい、というのも本音ではあるが。

 

「にしても、再生能力に、身体能力と五感の強化、更には神の力まであるとか、『契約者』になった特典って結構、至れり尽くせりだな。もしかして俺がさっきの奴らの言葉が分かったのも?」

「契約の影響ですね。私たちには文字や言語の壁が存在しないので。」

「この調子だと明日の天気も教えてくれそうだな。」

「それなら私が教えますよ。これでも雨の神なので、そのぐらいは分かります。」

「それじゃあ、頼む。ついでに『権能』の使い方とか、魔法の事も、優しく教えてくれると助かるな。」

 

 弾んだ声が二つ、閑静な住宅地に響く。

 お互いに顔を見ずに済んでいるせいか、自然体で会話が出来ていた。

 ドキドキと鼓動が高鳴っているのに、目を閉じて身を委ねたくなるぐらい心地よい。

 いつもなら、興味のない会話とかさっさと終われとしか思わないけど、今はずっと話していたい気分だ。

 

「着きました。ここです。」

 

 ふとバアラトが足を止める。

 一瞬、何のことか分からずに頭上に疑問符を浮かせたが、彼女が滞在しているという拠点に向っていたことを思い出す。

 会話に夢中になりすぎて忘れてた。

 「あぁ」と生返事をしつつ、慌てて目の前に立つ拠点を見る。

 それは古びた一軒家だった。

 この辺りでよく見かける赤煉瓦造りの。

 

 (思ったよりもしっかりしてるな。)

 

 それが素直な感想だった。

 老朽化は進んでいるが、罅や亀裂は入っていないし、ガラス窓も割れていない。

 構えも堂々としているし、しっかりと手入れすれば長く住むことが出来そうだった。

 

(ガス灯や馬車が普及してる時点で、科学の代わりに魔法が滅茶苦茶、発展してるわけじゃないってのは分かってたし、ここが異世界とはいえ、近代ヨーロッパってことを考えると、この出だしは悪くないな。)

 

 最悪、廃屋で暮らすことも覚悟していたが、これなら今まで通りとは言わないまでも、普通に生活をすることが出来そうだ。

 期待を胸に一歩、前に踏み出す。

 すると、扉がガチャリと開いた。

 出てきたのは薄桃色の髪の女の子。

 歳は中学生ぐらいだろうか、シャツの上に着たジャンパースカートが学生服を想起させ、余計にそう感じさせる。

 彼女は俺を見るなり、あどけなさを残した容貌を強張らせ、琥珀色の目を大きく見開く。

 そして、小さな唇が一言。

 

「誰?」

 

 声は微かに震えていた。

 後ずさる足に合わせて、慎ましい胸の前に抱えた洗濯籠が揺れる。

 まぁ、そうなる。

 見知らぬ男が家に入ってきそうだったら、俺でも警戒する。

 なので、ここはバアラトにお願いすることにした。

 後ろを振り向き、視線のみで助けを求める。

 彼女は小さく頷き、前に出た。

 そして、安堵に緊張を解いた少女と数言ほど言葉を交わす。

 俺が家に入ることが出来たのはそれから五分後の事だった。

 

 

 

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