近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります! 作:暇つぶし放浪記
「結婚?」
事情を全て聞いた少女の開口一番のセリフであった。
小さな口には引き攣った三日月が浮かんでいて、持ち上げられた眉がぴくぴくと痙攣している。
彼女の名はメリル・ホープ。
この家の家主であり、今はバアラトと二人で暮らしているらしい。
そんな彼女にバアラトは嬉しそうに声を弾ませて言う。
「はい、彼は私の運命の人なんです。」
「だから結婚するの?」
「えぇ、そういう契約ですし、私も彼を気に入っていますから。」
惚気るような声にメリルはどっぷりと重たい息を吐く。
線の細い背が重たく椅子の背もたれにのしかかっている。
テーブルを挟んで対峙するその姿は酷く悄然としていて、摘み取られて枯れていく花を彷彿とさせる。
よろよろと体を持ち上げ、震える手を伸ばして紅茶を飲む。
そして、少し強めにカップを置き、強い眼差しでバアラトを射抜く。
「何か騙されてない?」
突き放すような強い語気だった。
ちらりとこちらに向けられた一瞥には強い敵意と拒絶が含まれている。
まぁ、気持ちは分かる。
いきなりそんな事言われても納得できる内容じゃない。
ただ、その疑念には大きな問題点があった。
「騙すってどうやって?」
そもそも、召喚された側である俺が彼女を騙す事なんて出来ないということだ。
メリルはうっと言葉を詰まらせたが、それでも顎を引っ込めたまま弱々しい反論をする。
「その術式が偽物だって可能性だってあるでしょ。」
「確かに。それなら有り得るか。」
一理あると納得しかけるが。バアラトが隣で首を横に振った。
「それなら私が分かります。私たち、神は直感的にこの世界の真理を把握できるので、術式や魔法の性質を間違うことはありません。」
だそうだ。
常人ならざる存在である彼女がそういうのなら、俺はただそれをそういうものだと追従するしか出来ない。
ちなみにメリルもバアラトが女神であるということは知っている。
だからこそ、悔しそうに拳を震わせ、歯ぎしりしていた。
「メリル、貴方は私たちのことを祝福してはくれないのですか?」
「当たり前でしょ!」
ついに我慢の限界を迎えたように声を荒らげる。
「そんなの急に言われたって納得できるわけない!」
バンと机を叩き、紅茶の入ったカップが不規則に揺れる。
勢いよく立ち上がったメリルは堰を切ったように捲し立てる。
それは半ば愚痴のようなもので、非常に感情的なものだった。
「それにバアラトは女神様なんだよ!?優しくて、綺麗で、なんでも出来て!」
「なのに」と眦を釣り上げ、俺を睨みつける。
そして、感情的には吐き捨てた。
「こんな子供みたいなのが相手なんてどう考えてもおかしいよ!」
酷い言い様だな。
辛辣な物言いに苦笑する。
視界の端で穏やかだったバアラトの眉間が険しくなったのが見える。
冗談で済ませるためにわざとらしく肩を竦め、メリルの発言を茶化す。
「そんなに童顔に見えるか?」
「そういうことじゃない。人生経験の少なさとか、主体性のなさが顔に出てるって言いたいの。」
もっとも、軽くいなされてしまったが。
空気はより険悪になり、ダイニングを訪れた沈黙さえ身動きが取れず、その場に立ち尽くしてしまったかのよう。
その緊迫した沈黙を破ったのは他ならぬ俺だった。
「まぁ、気持ちは分かった。」
正直、俺は怒っていなかった。
寧ろ、メリルの言い分は正しいと思う。
バアラトは絶世の美女だし、女神という特別な存在でもある。
なのに、変に偉ぶったりもしない。
俺でもそう感じるんだから、同じ家で暮らし、より長い時間を共有したメリルは尚のこと、彼女の良さを実感しているはずだ。
対して、俺はどうだろう?
つい先ほどまで学生をやっていて、社会の荒波も経験していなければ、受験などの大変な時期を乗り越えたわけでもない。
まして、自分の夢さえ自分で決められない。
釣り合っていない、騙されていると感じるのは当然のことだ。
それは甘んじて受け入れなければならない。
「そこは認めてもらえるように結果を出すさ。」
その上で、納得してもらえるように努力すればいい。
腕を組みながら、不敵に言い放つ。
元々、バアラトの願いを叶えるために尽力するつもりだったし、物のついでが増えただけだ。
大したことじゃない。
メリルは一瞬、意表を突かれたような顔をしたが、すぐに不服そうに唇を尖らせる。
まだ言い足りないのだろうが、既に会話の結論が出てしまった以上、それに従うほかない。
「取り合えず、一緒に住むのは分かったよ。でも、結婚まで認めたわけじゃないから。変な事したらすぐに家から追い出すからね。」
「それじゃ」と吐き捨て、彼女は居間を後にする。
残されたのは俺とバアラトと後の祭りのような静寂である。
無言の時間が暫し過ぎる。
ふと重たい息が隣から聞こえてくると、バアラトは体ごとこちらに向き直った。
そして、しゅんと落とした肩を更に下げるように頭を下げる。
「……ごめんなさい。まさかあの子があそこまで反対するなんて。」
「まぁ、急に結婚するとか言われたら、ああなる。普通の反応だ。」
驚くことでもないと慰めるが、バアラトの顔は曇ったままだった。
なんと励ましていいか分からなくなり、指で頬を掻く。
絞り出した話題はメリルとのことだった。
「あの子とどういう関係なんだ?ずっと一緒に住んでるとか?」
「いえ、出会ったのは三か月ほど前です。封印から解放されて、この街を歩いていた時に、あの子が倒れてるのを見つけたんです。」
「何かの病気か?」
「いえ、餓死寸前だったんです。あの子の父親が事故が原因で死んで、それからずっと一人で働いていたみたいなんですけど、女の子が貰える賃金だとちゃんと栄養のあるものを買うお金がなくて。」
「栄養失調になったって訳か。」
餓死とは単に何も食べ物を食べていない事だけを意味するものではなく、特定の栄養素をちゃんと摂ることが出来ず、それが原因で病気などに罹って死ぬ場合も含む。
ちゃんと食べているつもりでも必要な栄養素を摂れていないというパターンは存在する。
にしても、児童労働な挙句、ワーキングプアとは実に資本主義で、近代らしい話で恐れ入る。
「にしても、良くその状態から助けられたな。」
「ちょっとズルをしたんです。」
指をパチンと弾くと、白煙と共に水の入ったコップがテーブルに現れる。
「なんにでも使えるわけではありませんが、身の回りの事や日々の生活ぐらいの事なら、神の奇跡は使ってもいいという決まりになってるんです。」
バアラトはコップを手に取り、ごくりと飲み干す。
それを机の上に置くと、ポンと煙のように消えてしまった。
「この力を使って、十分な食事を与え、夜、安心して眠れる場所を用意してあげたんです。そうしたらあの子も私のことを家族のように受け入れてくれて。」
嬉しそうに眼を細めた聖母のよう横顔。
バアラトもまたメリルの事を大切に思っているというのが一目で分かった。
そりゃ慕われる。
メリルにとって、バアラトは命の恩人であると同時に新しい家族なんだし。
とすると、あの強硬な態度も合点がいく。
「つまり、お前を取られるかもしれないって思ってるってことか。」
「かもしれません。」
ふっと口端が綻ぶ。
申し訳なさそうな笑みだった。
俺は椅子から立ち上がり、彼女の肩に優しく手を置く。
「そんなに心配するなよ。さっきも言った通り、俺も認めてもらえるように頑張るつもりだし、喧嘩とかしたりするつもりないから。」
「ありがとうございます。」
お礼を言われるようなことでもないけどな。
その後、俺はこの家で一晩を過ごし、異世界生活の初日を終えた。
迎えた翌朝、まだ日も登っていない時間に家を出る。
「ふあぁぁ。」
大きな欠伸をしながらぐっと伸びをする。
朝露に濡れた空気が肌に心地よい。
「なぁ、本当にこんな時間から仕事なのか?」
隣を歩くメリルに訊く。
時刻は五時。
薄明の空は薄っすらと白んだばかりで、街にはまだ夜の帳が下りている。
「眠いなら寝てても良いけど?」
「そういうわけにもいかねぇよ。一人でこんな時間を歩かせるのは心配だし、バアラトにも見送りを頼まれてる。それに街の事も調べたかったしな。」
メリルは「ふぅん」と鼻を鳴らし、品定めするような眼を向けてくる。
「なぁ、この財布に入ってる金、幾らぐらいか分かるか?」
懐から先日拾った革財布を取り出す。
すると、琥珀色の眼差しは泥棒を見るようなものへと様変わりする。
それでも咎めることはなく、無言で財布を受け取り、中身を検める。
中には紙幣が15枚ほど詰まっていて、硬貨もそれなりにある。
「大体、120000リアぐらいだね。これなら贅沢しなければ一か月ぐらいは持つんじゃない?」
「結構入ってるな。」
やっぱり、先進国の貴族とか言ってたし、他所の国の金持ちか。
先日の絡んできた男たちを思い出す。
彼等の身体的特徴はこの国の人の風貌と少し異なっていて、肌が少しだけ浅黒かった。
「このお金が尽きないうちに仕事を見つけてね。」
「努力する。」
財布をメリルから返してもらい、再び、懐にしまう。
罅の入った石畳の上を無言で歩く。
時折、道端で寒そうに筵にくるまっている人の姿が目に入る。
やっぱり、付いてきて良かったな。
暫くすると、大通りに出る。
広々とした路地にも人気は少なく、うら寂しい雰囲気が漂っている。
それでも道に寝転がっている人がおらず、ごみも散らばっていない点では先ほどよりもはるかにマシだろう。
「この辺りに新聞を売ってる場所ってないか?」
明かりのついていない建物を見回しながら尋ねる。
少なからず、懐に余裕があるみたいなので、情報収集の一環として、朝刊を買いたかった。
「まさか買うつもりなの?」
「そのつもりだけど。お前は読んだりしないのか?」
「普通の人はそうだよ。高くて、日常的に買うのは厳しいし、買えてもアルマ語で書かれてるから読めないし。」
「アルマ語?」
「アルマダっていう外国の言葉。私たちが話してるのはダナン語って呼ばれてる。」
どうやら話している言葉と読み書きに使われる言語が異なるらしい。
再び、先日の浅黒い肌の男たちのことを思い出した。
たしか、劣等民族と言ってたな。
何やら複雑な背景がある気がする。
それも後で調べておこうと心の中のチェックリストに入れ、メリルとの会話に意識を戻す。
「そのダナン語の文字は使われたりしないのか?」
「書置きとか、手紙とかには使われることもあるよ。ただ、市役所の書類とかは全部、アルマ語。それに最近じゃダナン語も分からないって子もいるけど。」
「……メリルは分かるのか?」
「一応ね。学校に通ってた時にお父さんから教えてもらったから。」
空を見上げ、懐かしそうに言う。
寂しげな横顔には薄っすらとした暗がりが差していて、今にもいなくなってしまいそうな儚さを感じた。
それからまたしばらく歩き、メリルの働いてるという工場の近くにまでやって来る。
「ここまででいいよ。」
「あともうちょっとなんだろ?送るぞ。」
「良いよ。ここまで来たら、人も結構いるし。」
彼女の言う通り、工場の近くには人通りが既にあった。
恐らく、メリルと同じ工場で働く人が集まっているのだろう。
「その、送ってくれてありがとね。」
メリルは少し言いづらそうにした後、小さな声でお礼を言う。
ぷいっと顔を逸らすと、丁度、差し込んだ朝陽が当たり、薄っすらと頬が赤らんでいるが分かる。
何というか、可愛い奴だな。
寒空に冷やされた胸に暖かな気持ちが湧いてくる。
バアラトがメリルを大切にしてる理由が分かった気がした。
「帰りもまた来る。」
「ん。」
短く別れを済ませ、帰路に着く。
調べたいことも見つかったし、メリルの可愛い所も見つけられた。
朝起きは三文の徳なんて言うが、本当だな。