近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります! 作:暇つぶし放浪記
調査して分かったことが幾つかある。
一つはこの世界の地理は俺たちの世界と非常に似通っているということ。
細部や名称は異なるが、基本となる大陸の数は殆ど変わっていない。
そして、俺たちの今いる国は、大陸の最果てに位置する島国。
名前はダナン共和国と言うらしい。
形は違うが、地理的にはイギリスっぽい。
ただ、辿ってきた歴史までは違うようで、この国は十八年前にアルマダという国に侵略され、当時の王政が打破されたことで現在の姿になった。
それも民主主義国家になったというよりは、属国化したという認識の方が正しい。
民主主義国家としての体裁を保つために議会の設置と一定の条件を設けた選挙の実施は行われているものの、民主化を手伝うのを口実に総督府という行政機関が設置され、法律の施行も総督の助言なしでは実施することが出来ない。
日本でいえば内閣が、アメリカでいえば大統領が外国に乗っ取られてる状態だ。
例のアルマダ人たちがやけに強気だったのにも納得がいく。
もう一つ、分かったことと言えば、この世界は事実上、幾つかの列強によって支配されているということだ。
この世界にはエル教なる宗教があり、教会なんて呼ばれたりしているようだが、この宗教が当時の列強諸国を率いて、世界統一を成し遂げたらしい。
その後、教会が衰退したことで、列強諸国は独立して、その他の植民地を支配するようになった。
最近、他所の大陸の連邦国家が列強の仲間入りしたようだが、事実上、この世界の国際情勢は欧州が握っている状態だ。
技術力もそうだが、やっぱりどこか近代を彷彿とさせる部分がある。
他にも幾つか分かったことはあるが、それはもういいだろう。
どうして、信仰が増えないのか、信者を増やせないのか分かった。
それを報告しよう。
「信仰を増やせない原因が分かった?本当ですか?」
夕食後、全員が揃ったダイニングで報告する。
二人の反応は対照的だった。
バアラトは前のめりになって驚いてくれたが、メリルの方は辛辣だった。
「嘘に決まってるじゃん。だって、この一週間、酒場にずっと入り浸ってたのに。」
洗い終わった食器を棚にしまいながら、呆れたような声音を使う。
ちゃんと聞く価値もないと暗に告げているようだった。
とはいえ、彼女の態度に怒りではなく、バツの悪さを感じた。
「……気づいてたのか?」
「当たり前だよ。帰りが遅いと思って心配してたら、お酒の匂いを漂わせて帰って来るんだもん。お金も無駄遣いして。」
「悪いとは思ってるが、調査に必要なことだったんだよ。」
気後れしたが、きっぱりと言い切る。
メリルは「何の調査なんだか」と肩を竦めたが、それをバアラトが諫めた。
「取り合えず、話を聞いてみましょう。メリルもこっちに来てください。」
作業を続けていたメリルに手招きする。
あどけなさを残した容貌が不服そうな表情を浮かべる。
しかし、バアラトの言葉に抗うことは出来ないのか、頬を膨らませながらも、大人しく席に着く。
これで役者が揃った。
集まる視線を暫く受けた後、俺は神妙な面持ちで口火を切る。
「結論から言えば、時代が変わったからってことになる。」
漠然とした言葉を困惑を孕んだ静寂が受け止める。
勿論、これだけで通じるとは思っていないので、一つ一つ説明する。
「俺は調べていて、この世界の歴史を三つに分けられると気づいた。一つは英雄と魔術の時代。二つ目は教会と聖書の時代。三つめが今の科学と国家の時代だ。一つ違うだけで常識や価値観、社会システムに至るまですべてが異なる。」
「具体的には?」
「例えば、一つ目と二つ目はどちらも宗教が力を持っていた時代だけど、存在する神の数が全然違う。」
「どういう意味です?」
「二つ目の時代にはただ一柱を除いて、神が全て封印されていたってことだ。」
はっと息を呑むような音が耳朶を打つ。
見れば、宝石のような紫紺の瞳が大きく見開かれていた。
小刻みに震える唇が問う。
「どうしてそう思うのです?」
「エル教は過去に欧州の列強を率いて、世界中を支配している。その目的は信仰の拡大だった。とすると潜在的に商売敵でもある神を残しておくはずがない。」
「憶測じゃん。」
「その通りだが、じゃあ、逆に訊くがどうしてこの国では教会って言ったら、エル教のことになるんだ?」
「それは」と言葉を詰まらせるメリル。
もし、多種多様な宗教があり、神がいるのなら、普通は教会の種類は多くなる。
日本でいえば、神道は神社、仏教は寺と別の言葉が当てられていて、祈りをささげる場所を分けている。
だが、この国はそうではなかった。
宗教と言えば、エル教の事であり、神とはエルの事だった。
それは何故か?
ガス灯の明かりが不意に揺らぎ、部屋に一瞬、大きな影が過ぎる。
答えたのはバアラトだった。
「他の神が存在しておらず、分ける必要性がないからということですか。」
静かな返答に重々しい頷きを返す。
文化的な繋がりが強いとしても、他の有力な神がいれば、それは自然と話題に上るだろう。
それに何らかの形でその存在が確認されているはずだ。
この世界には神が実在するのだから。
だが、そうなっていないということは、そういうことだろう。
どんよりとした重たい空気が部屋に漂う。
その重量に必死に抗うようにバアラトは背筋を糺し、真っ直ぐにこちらを見つめて問う。
「つまり、既に勝利者が決まっているから、私たちはもう信仰を手に入れることが出来ない。そういうことですか?」
今度は無言で首を振る。
そして、言った。
「まだ最後の時代の変化が残ってる。」
それは第二の時代、教会と聖書の時代のことだ。
多神教から一神教へと変化し、世界がエル教を中心に回っていた頃の論理である。
だが、今は三つ目の時代なのだ。
「科学と国家の時代。それは教会と宗教が衰退した時代でもある。」
バチリと暖炉の火が弾ける。
この国の夜は冷える。
今はもう春らしいのだが、さめざめとした寒気が背中を撫でた。
バアラトも大きく身震いし、背に伸びた髪が僅かに逆立つ。
「何があったんです?」
「幾つかある。一つは科学技術が進歩したことで、教会の言っていたことが事実ではないとバレた。」
例えば、人類創造説や天動説などエル教の教義は科学的見地によって否定されている。
太陽が地球の周りを周っているのではなく、地球が太陽の周りを周っていて、人類も最初からこの姿だったわけではなく、我々の祖先が交配を繰り返した果てに現在の形へと進化したのだ。
「その結果、教会は嘘で人を騙してる扱いになった。」
「私の経験上、それを言い出すのは人類の方だとしても、ですか?」
「だとしても、その勘違いを利用したのは本当だろ?その方が信仰を集めやすいって判断して。」
その作為が見えてしまったからこそ、人々は神を信じにくくなった。
日本人の多くが宗教なんて聞くと、何となく胡散臭いとか、騙されるんじゃないかと身構えてしまうのと同じように。
押し黙ったバアラトに俺は意図せず責めるような口調になってしまっていたことに気付く。
バツが悪くなって横髪を掻き、話を先に進める。
「科学が進歩したのは魔法技術の停滞も一つの要因らしい。限られた人しか魔法って使えないんだろ?」
「はい。魔法を使うにはその魔法言語との相性が必要になります。魔道具も技術的な理由で簡単なものに限られます。」
「対して科学は誰でも使えるし、誰でも研究できる。母数が違うから、技術の成長速度も、普及速度も桁違いに早い。」
神の使う奇跡みたいになんでもありならそれでも勝てるだろうが、魔法はそれ程、便利なものではないらしい。
「更に国が支援したのも大きかった。」
すると、人差し指でテーブルをコンコンと叩いていたメリルが顔を上げ、敵意に満ちた眼差しを向けてくる。
会話に付いてこれないからこそ、俺がバアラトを虐めているように見えるのだろう。
「それっておかしくない?さっきの話だと大国はエル教の仲間だったって言ってたじゃん。」
「教会に従うメリットよりもデメリットの方が気になり始めていたんだろう。世界統一をする間は敵国を植民地にしたりすることで、土地や資源を手に入れることが出来ていたが、世界統一の後は目に見える報酬が無くなった。なのに、教会は偉そうに頭を押さえつけてくる。」
聖書と教会の時代における、教会と国家の関係は御恩と奉公の関係に例えられる。
主人である教会が御恩として領土の安堵や新たな領土を与える代わりに、国家は寄進や戦働きをして奉公する。
だが、世界統一後は新たな領土がなく、褒章も少なくなっていて、国家はそれに不満を感じ始めていた。
「それに科学技術の進歩は経済活動の生産性を向上させるから、国家にとっても恩恵が大きい。総じて、教会に歯向かってでも支援した方が得だと判断したんだろう。」
結局、人間も国家も、より得だと思う方を選ぶ。
複雑な定義や理論を用いずとも、その事は直感的に理解できるだろう。
「そして、産業革命を経て、科学技術は人々の生活の中心になった。」
この世界には銃や鉄道があり、ガス灯もある。
更に紡績機も発明されていて、製鉄技術の開発も既に行われていて、更に化学分野や電気の利用が実験されている段階にあるらしい。
つまり、第一次産業革命から第二次産業革命に入ろうとしている。
そして、その事実こそ、科学がいかに人々の生活に根付いているのかを裏付ける何よりの証拠だった。
不意に夜の静けさが顔を出す。
バアラトは眉根を寄せて、深く考えている様子だった。
「……一つ、気になることがあります。」
バアラトはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
なんだ?
真摯な目で応じる。
「国家の正当性はどうしたのでしょうか?王権神授――古くから宗教と国家には深い繋がりがあり、国家の正当性は神によって保障されていました。それを失うということは民を治める正当性を失うということでもあります。だからこそ、どれだけ強大な国力を手にしても、国家は教会に従っていたんじゃないんですか?」
その問いに一瞬だけ息を呑む。
鋭いな。
彼女の言うことは正しい。
少なくとも、国家の正当性が教会に依存する限り、国家が教会を滅ぼすことは出来ない。
それをするのは自滅と何も変わらないからだ。
「もう一つ大きなことがあったのがそれだ。」
だが、それが変わってしまったからこそ、科学と国家の時代と言ったのである。
「科学技術が発展し、教会の力が落ちていく中でそれに代わるように様々な思想が生まれた。その中で王権神授説に成り代わったのが、自然権思想と社会契約説だ。」
と言っても、これらはそこまで難しいものでもない。
「掻い摘んで言うと、自然権思想は人は生まれながらに権利や自由を持ってるって発想だ。そして、社会契約説はその権利を国民の代理人である国家に預ける必要性があるって考え方だな。」
「前者は分かりますが、どうして預ける必要性が?」
「万人が権利を持っていて、それを統制する存在がいないと、お互いに争い合って、周りが迷惑するからだ。」
人は権利を持つと自分が正しいと思い込む。
子供の喧嘩なんてまさにそう。
お互いに自分が正しいって言ってきかないし、物を壊したり、怪我をさせたりする。
だから、そういう争いを減らすために、保護者や学校の先生のような言うことを利かせる存在が必要になる。
それと同じで、人々は権利を国家に信託して、自らの代理人たる存在を作らないければならないってのがこの説の言い分だった。
「こうして、国家は国民によって再定義され、教会から独立して、主権を手にする存在となった。」
それはもう二度と国家が宗教的権威に従うことがない事を意味する。
一度、言葉を切って、大きく息を吸う。
乾いた口に涼気が入り、わずかばかりの気休めをくれる。
「これが信仰が増えなくなった理由だ。」
力強く締めくくると、辺りは水を打ったように静まり返る。
二度目の沈黙はより悲愴な空気を孕んでいた。
バアラトは決して俯かず、前を見続けているが、表情は硬く、項垂れるのを必死に堪えていているかのようであり、メリルもそんなバアラトを心配そうにしている。
それらを断ち切ったのは大きな柏手の音。
やったのは俺だ。
「その上で、バアラトの信仰を取り戻す方法と計画を考えてきた。」
驚いた視線が集まる中、俺は不敵な笑みを浮かべる。
まったく何を全て終わったみたいな面をしているんだ。
寧ろ、これから始まるっていうのに。