近代版異世界テンプレ物語 なんの夢もなくて人生絶望してたけど、可愛い女神と結婚出来たから、精一杯頑張ります! 作:暇つぶし放浪記
俺たちの住むルートの街は首都近郊に位置し、鉄道の発展によって栄えた歴史を持つ。
何でも当時の技術だと機関車が遅く、一日で港から首都まで移動することが出来なかったために近場に一夜を過ごす宿が求められたらしい。
その際、ちょうどいい位置にあったのがこの街だったらしい。
そして、宿泊客を
俺はバアラトを引き連れ、その一角へと足を踏み入れていた。
「着いたぞ。」
目の前に構えるのは二階建ての酒場の前。
この国ではよく見かける煉瓦造りの建物で、アーチ窓から吊るされる看板には『アルビオン』という店名とエールハウスの文字が刻まれている。
日の光に照らされた酒場はさながら喫茶店のようで、夜にくるのとは違う雰囲気を漂わせている。
「ここで新聞を売るんですか?」
訝しむ声に「まぁ、見てな」と革鞄をパンパンと叩く。
肩で風を切り、いざ店内へ。
カランカランとベルの音が出迎える。
中には数人の客が座っていて、テーブルを挟んで熱く議論を交わしている。
カウンターへと向かうと、髭面の店主がこちらに気付く。
彼は呆れたように吐息を漏らし、サイズの合ってないジャケットに引き締められた腰へと手を当てる。
「まさかこんなところに女を連れてくるとはな。別れ話でもしに来たのか?」
「それこそまさか。かっこいい所を見せようと思っただけですよ。」
「そう言って女を連れてきた男は毎回、幻滅されてる。男が唾を飛ばし合いながら取るに足らない話題で言い合いをしていることほど、見苦しい事はないとな。」
「そんなの言ったら、店のコンセプト完全否定じゃないですか。」
「デートスポットというコンセプトにした覚えなどない。」
いつもの席へと腰かけ、隣の席を引く。
「ありがとうございます」と玲瓏な声。
続くように「注文は?」と野太い低音が響く。
コーヒーを二つ頼む。
ピチピチの紺色のジャケットに覆われた広い背中が向けれられる。
すると、バアラトが少し体を寄せながら、潜めた声で問う。
「あの方は?」
「店主のエドワードさん。コーヒーハウスに憧れて、来るもの拒まずで客を受け入れ、議論させようとする変人だ。」
「聞こえてるぞ。」
ドスの利いた声が釘を刺してくる。
俺は肩を竦め、どこ吹く風と言わんばかりに変顔を披露する。
事実だろうに。
コーヒーハウスとは文字通り、コーヒーを提供する喫茶店のことで、それは歴史的に社交の場として用いられ、身分や階級関係などを問わず意見を交流させる民主的な空間にもなっていた。
もっとも、時代が流れて人々の社会階級が固定化され始めると、コーヒーハウスも民主的な側面を失い、急速に衰退してしまったが。
この世界でもそれは同じらしく、この店もお酒を提供するエールハウスでなければ生き残りが難しいらしい。
「ほらよ。」
トンと丁寧な手つきでコーヒーが置かれる。
立ち上る湯気に合わせて、馥郁とした香りが鼻腔を擽った。
一口、飲むと、微かな酸味とすっきりした味わいが口の中に広がる。
美味いな。
カップを置き、法悦の息を吐く。
余韻が途切れると、エドワードが見計らったように声をかけてくる。
「それで今日は何をしに来たんだ?まさか本当にデート気分で寄ったわけじゃないだろう?」
「新聞を作ったんだ。ここで売ってもらえないか?」
革鞄から新聞を取り出し、手渡す。
エドワードははた迷惑そうな顔をしつつも受け取り、紙面に目を落とす。
そして、愕然とした。
「これはダナン語の新聞か?」
低く唸る。
関心なさげだった表情が一変し、髭を擦りながらのめり込むように新聞に顔を寄せる。
思った通りの反応だ。
やっぱり、こういうの好きだったか。
「そう。中身はアルマ語の新聞の要約と解説、後はコラムとかエッセイとかを幾つか入れた感じだ。」
記事の内訳を簡単に説明する。
あくまで要約と解説にとどめたのは時間の節約のためだ。
一々、調査していたら時間が全然足りないし、毎日出版するのも難しい。
だが、要約して解説だけならそんなに時間は要らない。
情報の遅れも、そもそも中流階級以上じゃないとアルマ語の新聞なんて普通は読めないんだから、大した問題にはならない。
それよりも大衆向けらしく、どういう事件なのか、どういう事が問題なのかなどが簡単に分かることを重視した。
「一部当たりいくらだ?」
「六百リアで考えてる。」
「安いな。アルマ語の新聞の十分の一の価格だぞ。」
「そっちが高すぎるんだよ。」
この時代の技術なら既に新聞や本を量産するぐらい簡単なのに、中流階級以上じゃないと手が届かない値段になってる。
そういうブランディングでもあるんだろうが、利益を取るだけなら、この値段でも十分だ。
「ひとまず、二十部ほど貰おう。」
一考の後に新聞をカウンターへと置く。
生い茂る髭に覆われた口端は微かに綻んでいる。
予想通り、気に入って貰えたようだ。
俺は彼に指定された部数の新聞を渡し、お代を頂く。
そして、今度は頼んだコーヒー代を支払おうとすると、大きな手がそれを制止した。
「今回は要らん。さっき、新聞をただで読ませてもらったからな。」
ぶっきらぼうなご贔屓に俺はバアラトと顔を見合わせ、苦笑する。
余程、この新聞のことが気に入ったと見える。
「それじゃあ、また来る。」
好意に甘え、金は支払わずに店を後にする。
「良い人でしたね。」
「あぁ」と小さく頷く。
彼は俺が初めて店を訪れた時も決して差別なく迎えてくれた。
恐らく、人種差別など当たり前に行われているだろうこの時代で、どう見てもこの国の人じゃない俺を、普通の客として受け入れ、また皆の話し合いに混ざるように後押ししてくれた。
彼は現代人である俺をして良い人と思わしめる、知性と良識を兼ね備えた善良な人間であった。
「この後はどうします?本当にデートしちゃいますか?」
「良し!そうするか!」
本当はまだやるべきことがあるが、時として男にはそれより大事なことがあるものだ。
ぴしりと背を伸ばし、大きな一歩を踏み出す。
期待に胸が膨らんでいた。
「と思ったんですが、私たちだけ遊んでいたらメリルに悪いですね。またの機会にしましょう。」
喜び勇んだのもつかの間、パチンと泡沫の夢が弾けて消える。
人偏に夢って書いて儚いと読むんだな。
打って変わって大きく肩を落とす。
まぁ、今も工場で働いているメリルを想えば、ちゃんと働かないとという判断は至極真っ当だが。
「じゃあ、喫茶店を回るか。」
やるせなさの篭った悄然とした声で言う。
すると、大きな目がパチパチと瞬く。
「デートって訳じゃないんですよね?」
「普通に営業だな。この国は雨が多いのは知ってるだろ?」
「はい、雨量自体は大したこと有りませんが、急に降ったりすることが多いですよね。」
「そう。だから、そういう時は喫茶店で雨宿りしたりするんだが、そういう時に時間を潰せるものが置いてあったら便利だろ?」
「それで新聞を。」
合点がいったとポンと手を打つ。
次いで唇に指を当て、感心したようにこちらを見る。
「それにしても用意周到ですね。まだこちらの世界に来て間もないのに、この国の事情に通じている。凄いです。」
「大したことじゃない。計画自体は二日目には思いついてたし、後は成功に使えそうな要素を探しただけだ。あと、スマホとか、腕時計とかが高く売れたから、元手になる金を考慮しなくてよかったのも大きい。」
不意に日差しが翳った。
開けた視界には大きな生き物の影のような暗がりが横たわり、空には白雲が流れている。
バアラトは思いつめたように俯いた。
「ごめんなさい。私のせいで貴方の大切なものを失わせてしまって。」
「いやいや、別に大切でもなんでもないから。」
「ですが、元の世界を思い出せる数少ない品のはずです。それなのに私のせいで。」
「だから、お前のせいじゃないって。」
言葉を遮るように語気を強める。
そして、彼女の方を見ずに前方に広がる晴天を仰ぐ。
「俺がしたかったからそうしたんだ。」
嘘ではない。
バアラトの信仰を取り戻すための計画を考えることが楽しくて、俺自身、この計画を成功させたかったから、スマホでもなんでも手放したんだ。
「それをお前が背負う必要はないし、出来れば背負わないでくれ。俺はそうできるようになったことが誇らしいんだから。」
心は澄み渡る空のように晴れやかだった。
確かに惚れた女性に盲目的に貢ぐような真似は褒められたことではない。
だが、それでも前の俺よりはマシだろう。
誰かを想うこともなければ、その為に行動することもない。
まして、自分の欲望や将来さえ冷笑し、見下していた。
それと比較すれば、今の俺はやりたいことが見つかったし、やってみようと思えるようにもなった。
これを俺は進歩なんだと思いたい。
前へと歩みを続けると、遂に雲の下を抜け出した。
「ほら行くぞ。」
燦々と降り注ぐ日差しを浴びながら、宙ぶらりんになっている手を握る。
頭の中で「あぁ!駄目って言ったのに!」とメリルが嘆きと抗議の声を上げているが、このぐらいは許してほしい。
やや間をおいて「はい」と握り返される左手。
デートではないが、デートっぽいシチュエーションに少しドキドキした。
「明日は駅で路上販売を行うから、そのつもりでいてくれ。」
まだまだやるべきことが沢山ある。
それを今みたいに二人でやっていけたら良いな。
ちょっとだけ良い雰囲気を醸し出しながら、喫茶店を巡って、用意していた新聞を売り切る。
そして、迎えた明朝、何やら警戒した様子のメリルも駅まで付いてきていた。
「路上販売なんて本当に売れるの?」
朝露に濡れた寒さにメリルはぶるりと身を震わせる。
この国の朝はよく冷える。
季節に関わらず、上着は手放せない。
「そこはサクラを用意してるから大丈夫だ。」
ジャケットを脱いで、「ほら」と差し出す。
メリルは眉を顰め、抵抗感のある顔をした。
すると、バアラトが「はい」と自分の着ていた厚めなカーディガンをメリルに着せた。
その代わりに俺のジャケットはバアラトに着てもらった。
「でも、それだけで上手くいくものなの?」
「多分な。」
駅の前には既に人が集まっていた。
改札へと向かっていく人の群れへと一歩、前に踏み出し、声を大にする。
「新聞!新聞はいかがですか!一部なんと六百リア!しかもダナン語で書かれたこの国唯一の新聞ですよ!」
朗々とした声が朝の静けさに響き渡る。
人々は思わぬ出来事に一瞬、足を止めたが、すぐに再起動したように歩き始める。
無力感故の気恥ずかしさが沸き上がり、かっと体が熱くなる。
だけど、ここまでは予想通り。
「お嬢さん。一部、貰えるかね。」
だからこそのサクラだ。
群れの中から一人の男が出てきて、メリルに声をかける。
彼は身なりの良い男だった。
シャツにはぴしりとアイロンがけと糊付けが行われていて、体のサイズにあった黒のラウンジスーツに身を包んでいる。
「今朝は本を用意していなくてね。列車の中で暇になってしまうところだった。」
やや張りのある声で言った後、パチリとウインクする。
戸惑っていたメリルもようやく彼がサクラだと気づいたのか、慌てて返事をする。
「ろ、六百リアになります!」
声を裏返しながら、押し付けるように新聞を渡す。
男はふっと微笑み、「ありがとう。お嬢さん」と礼を口にして、颯爽と踵を返した。
すると、入れ違いに別の男がまたやって来る。
「私も一部、よろしいか?ダナン語の新聞に興味がわいた。」
その男も紳士然とした服の男だった。
彼は新聞を受け取るや否やばっと勢いよく広げる。
「懐かしい。もう随分と見ていなかった。」
目に涙を浮かべ、深い感慨に浸る。
「彼もまたサクラなんですか?」
「そのはずなんだけど。」
耳打ちしてくるバアラトに戸惑いを孕んだ頷きを返す。
彼も俺の用意したサクラの一人だ。
アルビオンの常連で、レスバトルの末に俺が勝ったから、言うことを一つ聞いてもらっているだけに過ぎない。
だが、男の見せた涙は演技には見えなかった。
彼は宝物を扱うように新聞を胸に抱え、去っていく。
「あの、俺も貰っていいか?」
「私も。」
三人目、四人目に来た客はもうサクラではなかった。
男たちの反応に引き寄せられるように群れの中から出てきて、新聞を買い求める。
その数は徐々に多くなり、俺たちの前には遂に人の列が出来上がる。
それから間もなく新聞は完売となった。