休暇を終えた714部隊の隊員達は再び低軌道連絡ステーションのペンタに集まっていた。
「エミ中尉、おはようございます」
「おはよー…といっても朝なのはグリニッジ標準時だから私にとっては少しキツイけどね…ふわぁ…」
夏野エミ中尉は少し口を開けてあくびをするが、子供っぽくて可愛らしくもある。
「あはは…私も少し眠いですかね…」
霧島アリス少尉がそう言うものの、幼少期には日英間の移動で時差には慣れているようだった。
「それじゃ、予定通りブリーフィングルームへ行きましょっか」
「はい!」
ペンタのあるブリーフィングルームには714部隊各艦に所属するモビルスーツパイロットが集まっていた。同部隊司令の白根ハルナ准将と旗艦”レナウン”の艦長エイレン・ユーリ大佐がその前に立つ。ハルナが口を開く。
「我々は本星艦隊のV分遣艦隊と共にペンタ出航後、コンペイトウ守備艦隊のB分遣艦隊、月軌道艦隊と合流し月軌道で行われる演習に参加する」
そこまでは事前から分かっていた状況であった。しかし…
「なかでもMS隊はペンタ選抜部隊の一部として、コンペイトウ艦隊を主体とした選抜部隊との模擬戦闘を行う。これは昨日急遽決定されたことであり、報告が今になりすまない」
「あ、え…?」
急な報告にMS隊には緊張感と困惑が漂う。新米のアリスにとっては特に困惑のあまり声が出てしまう。
「質問よろしいでしょうか?」
そう声をあげた中年の男はレナウンのジム隊隊長、久保ミツヨシ少佐であった。
「構わん」
「それでは…なぜ急遽演習に模擬戦闘が追加されたのでしょうか?そしてそれになぜ我々714部隊まで参加させられるのでしょうか?」
当然の疑問が2つ投げかけられた。急に模擬戦闘が追加されるのはもちろん、714部隊のような旧式機を主体とした部隊がそれに参加させられるのもだ。
「それについては私から説明するわ」
エイレンが口を開く。
「急遽演習項目に模擬戦が追加されたのは、沖田大将の命令よ。”MS部隊練度向上が最近の戦闘で必要である”とのことね」
沖田大将は本星艦隊の司令の名である。軍人の家系である沖田家出身のエリートだ。エミはつい現場の事も考えてくれと内心、少しだが頭を抱える。また、アリスは先日の戦闘での自分の至らなさを思い出して顔を赤くする。
「次に我々が選ばれた理由は、旧式ながらもゼータプラスの戦闘力と…一部パイロットの突出した技量への期待とのことらしいわ」
エミはそう聞き、同僚への申し訳なさを感じた。彼女は先日の戦闘でも性能差が大きいとはいえ、MS4機を撃墜し、1機を大破させたエースパイロットだ。ゼータプラス隊の隊員達も同じ感情を抱いているものがいたようだ。そしてブリーフィングは終わり、隊員達は各艦へと乗艦していった。
レナウン格納庫にて、エミは乗機の整備を手伝っており、コックピット内で調整を行う。
「こっちは問題なし…はぁ〜。まさか私が要因のひとつだったなんてね…」
「そりゃエミさんはこの部隊最強ですからね〜」
コックピットの外から言うのは同僚の久保ニイナ少尉だ。彼女は先日の戦闘でエミの僚機を務めていた。そう言うニイナもMS3機は既に撃墜しており腕は悪くない。
「というかニイナ少尉は調整は終わったのかな?」
「とっくに…というかエミさんはIMPCを弄ってますからね」
IMPCはIntegrated Maneuver Propultion Control、統合起動推進制御という、MSの発進、巡航、空間戦闘、着陸、歩行の5つの基本機動・推進を自動制御するOSのことだ。これは熟練者の操縦データを元にしているプログラムがある、いわばMSパイロット全体の技量向上を目指したものだ。しかし、そのプログラムのデータに不満を持つパイロットも存在し、その場合は自らデータを修整を行う必要があった。かく言うエミもそんなパイロットの1人であった。
「IMPC通りでもきっと強いのがさらに強く…やっぱエミさんは連邦軍屈指のエースですよ」
「ふふ、そりゃどうも」
エミはお世辞にも聞こえるニイナの褒め言葉を聞きながら顔をニイナへと向けた。
「あなたにも期待してるから…うまくやってね」
「はい!やってやりますよ!」
ニイナはルンルンと離れていき、エミはIMPCの調整を進めていった。
エミは機体の調整を終えたあと、格納庫の隣にあるシミュレーションルームに向かった。数名のパイロットが既に訓練機械を扱っているようで、その中から光が漏れ出ている。着いたエミはコックピットに詰めていた身体をぐっと伸ばした。
「んー…!」
「お待たせしましたー!」
アリスが少し遅れてシミュレーションルームに入室する。
「そんなに待ってないよ、行こっか」
「は、はい!」
エミはアリスの手を握って訓練機械へと向かう。アリスはついその手を意識してしまう。少し冷たいエミの手をアリスは優しく暖かみのあるものと感じた。訓練機械はコックピットを模したドーム型の形状をしておりそこに2人で入った。中は通常の全天周囲モニターとリニアシートを模している。アリスがメインシートに座り、エミは持ち込んだサブシートをその斜め後ろに付けて座る。
「たった数日ですべて変えようなんて考えず、まぁ少し変えるだけでもやってみましょ」
「はい!」
訓練機械が起動すると機体選択画面が映り、アリスは乗機のゼータプラスC1型を選択した。そして状況設定の画面に移ると…
「ま、ランダムで行こっか」
「えぇ…」
アリスのその反応にエミはぷくっと頬を膨らます。
「えーじゃない。これも対応力向上ってことだよ?」
「うぐっ…」
ランダムをエミがアリスの身体越しに選択する。小さな身体が可愛らしいとアリスは思った。それは今から始まる鍛錬前の最後の癒しとなった…
訓練機械からは”そこ!””もっと早く!”’”下がって!””私に変わって!”とエミの叫びが響いていった…
「疲れたぁ〜」
「お疲れ様、アリス少尉」
鍛錬を終え訓練機械から出てきたアリスは完全に疲れ切っており、エミは満足感を覚えたような顔をしていた。
「最後の方なんてエミ中尉の操縦を見てるだけだったなんて…」
「ふふ、アリス少尉が疲れてそうだったからね」
鍛錬の後半からはエミがメインシートに座り、その戦闘機動をアリスがサブシートから眺めていた。それはそれで素早く画面酔いのようなものをアリスは覚えて疲れてしまった。
「というか!なんで可変機、それもゼータプラスをエミ中尉は動かせるんです!?」
「あー…それは…2年前の配属当初はゼータプラスに乗ってみたかったから、それで何回かシミュレーションしてみたから…かな?」
「な、何回かでしていい機動じゃない…」
アリスはエミのMSパイロットとしての才能にひれ伏すように項垂れた。
エイレンは艦長室で1人紅茶を飲んでいた。そんな中、向かい入れたある人物が口を開く。
「あの、ユーリ大佐は過去にエースパイロットだったとお聞きしたのですが、アドバイスみたいなのが欲しいんです」
向かい入れた人物はアリスであった。少し遡ると…エイレンは一仕事終え艦長室に向かう中、一人の項垂れた少女を見つけた。それはゼータプラスのパイロットの霧島アリス少尉であった。そして事情を聞くと、エミにシミュレーターでしごかれたとのことであった。それでついエイレンが励ましてあげようと向かい入れたのだ。そして時は戻る。
「そう…といってもパイロットを辞めてからは結構経つから、今はどうだかわからないアドバイスになるわ」
「それでも!お願いします!」
アリスが頭を深々と下げる。
「やれやれ、励ましてあげようと思ったら…向上心、いい心掛けだわ」
「はい!」
エイレンがカップを降ろして胸に手を当てる。
「…と、まずは焦らないことかしら。何があっても、たとえ味方機が事故で爆散したとしても…ね」
「は、はい…そこまで…」
「焦ったらどんなパイロットもドベ並になりかねない…あなたも初陣でそんな経験なかったかしら?」
エイレンの指摘にアリスは考えを巡らし…思い至る。
「た、たしかに…予測とかが微妙に…」
アリスは先日の戦闘で実戦の空気に飲まれ焦る彼女はFCSに任せて射撃し、相手の行動を予測することを失念していた。
「そうだったの。だから焦らないように…ね。とりあえず今は休みましょう?」
「で、では甘えさせていただきます…」
2人は紅茶とお菓子を食べたのんびりした時間を過ごした。それはアリスにとっていい休憩になった。
続く