東方怪異録 〜Too Late〜 作:中二マヨラー
「お前が、この騒動の原因か?」
吹き抜ける秋の夜風の中、俺――神代咲夜は、目の前の存在に絶望的なまでの危機感を抱いていた。
対峙する男――いや、“怪異”から放たれているのは、底知れぬ凄まじい覇気と殺気。……相当数の人間を手にかけてきた者にしか纏えない、重く淀んだ空気だ。
「どの騒動のことを言っている?」
冷徹な声には、一切の揺らぎがない。深く被ったパーカーのフードのせいで、その表情を窺い知ることはできなかった。
「決まっているだろ。退治屋の学校を襲撃して皆殺しにした奴と、関東地方をめちゃくちゃにした奴だ。……もっとも後者に関しては、お前単体が原因だとは思えないがな」
「……全部そうだ。俺がやった。お前を殺すためにな。だが、確かに近畿地方壊滅の原因は俺以外にある」
「……俺はお前に恨みを買うような覚えは、微塵もないが」
「お前は確かに何もしていない。――“今”はまだな」
男は低い声で嘲笑う。
「俺はこれから起こる惨劇を知りながら、黙って見過ごすような馬鹿じゃない。事実、お前を殺すためだけに同郷のモンスターを屠り、弟にさえ手をかけた。どうせ死ぬ運命の奴らを俺が殺したところで、何の問題もないからな」
こいつは何か致命的な情報を知っている。半殺しにして聞き出すか、背後に潜む黒幕の居場所を吐かせるか……どちらにせよ、戦闘は避けられない。
「にしても、かなり饒舌だな。そんな重要な情報をホイホイ喋って大丈夫なのか?」
「……死人に口なしだ。お前が死ねば、この会話を知る者は誰もいなくなる」
「そうか。あいにく俺は日本一の退治屋でね。お前くらいの相手、朝飯前だ……!」
「――これを見ても、同じことが言えるかな?」
奴がポケットから手を抜き、空中へゆっくりと振り上げる。
その瞬間――
「――タマシイ!」
奴の背後から、無数の――何十個にも及ぶ色とりどりの『ハート』が浮かび上がった。
「そうだ。これが、俺が殺したニンゲンから丹精込めて回収した『タマシイ』だ」
「まさかお前、それを全部取り込む気か……!?」
「そうだ。これを取り込みさえすれば、お前らを圧倒できる真の力を手に入れられる」
……状況が、最悪の方向に傾いていく。魂を取り込まれたら、もう誰もこいつを止められなくなる。そもそも近畿地方や退治屋高専を壊滅させた怪異だ。元のスペックだけでも計り知れないというのに――!
「これで、お喋りは終わりだ。――死ね」
やつの背に漂う魂たちが、吸い寄せられるようにその身体へと融合していく。
早めに応援を呼ばなければ、日本どころか世界が終末を迎える。だが生憎、端末は手元にない。
「……やるっきゃねぇか!」
直後、周囲の闇を圧倒的な光が塗りつぶし、静寂と共に収束していく。
そこに立っていたのは、先程とは纏う雰囲気が完全に変貌した“怪異”だった。風で捲れたパーカーの隙間から覗くのは、紛うことなき白骨の姿。
「じゃあ、始めるか……」
――パァンッ!!
澄んだ破裂音が響いた瞬間、俺は反射的に抜刀し、正面からの衝撃を受け止めた。
骸の手が握りしめていたのは、およそ80cmほどの『骨』。
凄まじい速度と、常軌を逸した重撃。ほぼ本能の領域で防ぐのがやっとだ。そのまま30メートル近く吹き飛ばされる。
――ドッカンッ!!
「ぐっ……!?」
直後、足元の地面から巨大な骨が突き出し、俺の身体を打ち上げた。凄まじい衝撃に視界が歪む
必死に声を押し殺すが、骨が数本砕けた手応えがあった。まだ治癒で塞げる範疇だが……全霊力と魔力を注ぎ込んだ身体強化の障壁がなければ、並の退治屋なら何が起こったかも分からず即死していただろう。
しかし、上空へ弾き飛ばされたのは逆に好都合だ。このままビル群を飛び回り、距離を取って態勢を立て直さなければ――!
――ピューンッ!!
夜空を切り裂き、ビルの隙間を縫うように逃走を試みる。だが――
「――遅い」
背筋が凍りつくような冷気が耳元をかすめた。気づいた時には、すでに目の前に奴が立っている。
――シュッ!!
渾身の回し蹴りが肉薄する。間一髪で体を捻って回避し、そのまま刀でカウンターの一閃を放つが、刃は空を切った。空中戦は得意ではないが、背に腹は代えられない。
追撃として迫る骨牙はあまりにも鋭く、容赦がない。こちらの退路を完全に断つように殺意が迫り来る。
早くも詰みそうな盤面だが……ギリギリ、やれるか……!
ガッ! ガッ! ガッ!
刀の身で受け止めながら、怒涛の勢いで迫る骨の斬撃を削ぎ落としていく。だが、打ち払い切れなかった攻撃が少しずつ肌を削り、赤い傷を作っていく。このままだとジリ貧で押し切られる。切り札を使うしかない
「お前が何を知っているかは知らんが――俺の勝利は揺らがない」
「相手に攻撃されている最中に喋るとは、随分と余裕があるじゃないか」
バックステップを踏み、相手が瞬時に追撃できない距離まで間合いを取る。
「お前がタマシイを取り込んだならならコッチも切り札を使わせてもらう。準備ができたら攻撃してこい」
キィンッ!
一秒と経たずに相手が踏み込んできた。自身の勝利を微塵も疑っていない証拠だ。交差する骨と刀を合わせ、互いの筋力を拮抗させる。
「切り札の内容を聞かずに攻撃を仕掛けてくるとは、バカなのか? それとも……知っているのか?」
「どちらでもいいだろう」
俺は刀にかけていた力をふっと抜き、相手が押し込む力を利用して勢いよく後ろへ跳んだ。
俺の切り札は、いわゆる「能力」。人間が生まれた時にごく稀に与えられる異能だ。そして俺の能力は――
「『ケツイ』と『カルマ』を操る能力……これが俺の力だ。効果の説明は要るか?」
「いらない。どちらにしろ戦いの途中で分かることだ」
「そうか……なら、逆転の時だ……!」
キィン! キィン! ガッ!
先程とは比べものにならないほど、相手の動きがはっきりと見える。難なく見切り、受け止め、受け流す。
俺の能力の効果は「相手へのデバフ」と「自分へのバフ」だ。
自らの固い『ケツイ』を力へと変換し、動体視力や反応速度を劇的に跳ね上げる。
そして『カルマ』――即ち罪。相手が犯した罪の重さに応じて、相手に強力なデバフを与えることができる。
何千もの人間を殺めてきた奴へのデバフは絶大だ。相手は何十個ものタマシイを取り込んだ化け物だが、これでようやく互角――いや、こちらがわずかに優勢といったところか。
「……なるほどな。何かしらの方法でこちらにデバフをかけ、自分にはバフをかけたというわけか」
そして、この能力の本質はただのステータス補正にとどまらない――
バァン!! パァン!!
「……!? 何をした……?」
『ケツイ』を極限まで圧縮し、弾丸として撃ち出す。あるいは波状の斬撃として解き放つ。これにより、一瞬で強力な遠距離攻撃が可能となるのだ。
「さぁ、第二ラウンドだ!」
パシュン! パシュン! カン! カン! パキィン!
今度は先制を決め込む。圧倒的な速度で蹴りと斬撃を放ち、刀による高速の連続攻撃と、遠距離対応の圧縮弾で相手の手数を完全に封じ込める。
俺が「日本一の退治屋」と呼ばれる所以――それは元々のスペックが高いこともあるが、この多彩な攻撃手段であらゆる敵に対応できることこそが最大の理由だ。
「どうした、さっきより動きが遅いぞ♪」
「クソ野郎が……!」
高速の追撃と衝撃波を波状攻撃として飛ばし、少しずつ敵を追い詰めていく。
「チッ、こんなところで遊んでいる暇はない。こっちも切り札を使わせてもらう」
「おっと、次はチェイスか……いいぞいいぞ、俺は今日、無性に気分がいいんだ!」
超高速で夜空を飛び回りながら斬撃を飛ばし、追撃を仕掛ける。対する奴は、長細い骨の群れを大量に放出してきた。
ピッ! ピッ! ピッ!
軽快な音が空間に響いた、その瞬間――
「うぇい! そんなのアリかよ!?」
世界が唐突に傾いた。
バランス感覚がおかしくなったのか? いや、違う。重力の向きそのものが変えられている!
しかも空中浮遊が強制的に解除された。このままだと一直線にビルの壁面へ衝突する! 壁面までおよそ100メートル。この速度で激突すれば即死は免れない……!
生存できる方法はただ一つ――!
パァン!!!!!!
「なるほど……何らかの衝撃を下部へ放ち、落下速度を相殺したのか」
種明かしをすれば簡単な話だ。地面側――いや、今の状況で言えばビルの壁面に向かって限界まで魔力を放出し、衝突のエネルギーを相殺すればいい。
……ただし、放出の角度を一度でも誤れば変な方向へ吹き飛んで結局即死という、一丁かぶらの綱渡りだ。
「俺は重力操作が可能なんだ。時に、消費魔力はないが集中するから結構疲れるがな。──まぁなんだ、はやく死んでくれ」
勝利を確信したその瞬間、目の前にいたはずの怪異の姿が、掻き消えるように消失した。
「グッ……!? おま、え──」
次の瞬間には、背後から。
人間離れした怪力で首をへし折らんばかりに締め付けられ、そのまま空中へと持ち上げられる。
耳元で、冷酷な声が囁いた。
「俺は量子力学が得意でな。瞬間移動も出来るんだ。──つまり、お前の後ろをとったってことだ」
抵抗が、できない……!
万策尽きた。喉を潰され、まともな呼吸すら許されない。
「クソ……はやく、離せ……っ!」
「無理だな」
まずい。視界が急速に狭まっていく。
脳が酸素を求め、ガンガンと警鐘を鳴らしているが、指一本動かせない。
そろそろ、意識が──
その瞬間、俺の視界は完全に暗転した。
この小説への評価10を最上級0を最低とします。
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