鈴木悟の分身がオーバーロード世界にいたら 作:分身分身影写し
ナザリック地下大墳墓の最奥に位置する玉座の間で、俺は天井から垂れ下がる四十一枚の旗をひとつずつ見上げていた。
それぞれの旗にはギルドメンバーのサインが織り込まれている。
俺はその持ち主の名前を順番に口にすることで最後の時間を過ごしていたのだ。
「たっち・みーさん……ウルベルトさん……ペロロンチーノさん……ぶくぶく茶釜さん……ヘロヘロさん」
最後に呼んだ名前の持ち主はつい先ほどまでこの場所に顔を出してくれていたのだが、仕事の疲れには勝てずに一足先にログアウトしてしまった。
誰も応える者のいない広間で俺の声はゆっくりと薄れていき、後には耳鳴りがしそうなほどの静けさだけが残った。
玉座の傍らには守護者統括のアルベドが控え、階段の下では執事のセバスと六人の戦闘メイドたちが揃って膝をついている。
最後だからと浮かれてアルベドの設定文の末尾をこっそり書き換えるという恥ずかしい真似までしてしまったことを思い出すと、存在しないはずの胃のあたりがむず痒くなった。
もっとも彼らはどこまでいってもNPCでありどれほど話しかけたところで返事が返ってくることはない。
視界の隅に浮かぶ時計は二十三時五十九分を回っており、十二年続いたユグドラシルという世界の終わりがもう数十秒先にまで迫っていることを無機質に告げていた。
終わったらすぐに寝なければ明日の四時起きに間に合わないという現実的な計算が頭をよぎり、そのどうしようもない平凡さに俺は少しだけ笑ってしまった。
「楽しかった……本当に、楽しかったんだ」
残りの秒数を心の中で数えながら、叫ぶことなく俺は玉座の肘掛けに置いた骨の手に力を込めてゆっくりと目を閉じた。
次に目を開けたとき、眼前に広がっているのは狭いワンルームの見慣れた天井であるはずだった。
だがいつまで待っても強制ログアウトに伴うあの独特の浮遊感は訪れず、耳の奥にはただ静寂だけが長く尾を引いていた。
不審に思って目を開けた俺の前に広がっていたのは、玉座の間でも自分の部屋でもなく床も壁も天井も見当たらない乳白色の空間だった。
「?……なんだ、ここは」
思わず漏れた呟きは反響することもなく、白一色の空間のどこかへ溶けて消えていった。
慌てて自分の手を見下ろすと、そこにはいつも通りの白い骨の指が並んでいて俺がまだモモンガのアバターのままであることだけは確かなようだった。
ところが全身を固めていた神器級の装備も指という指に嵌めていた指輪もひとつ残らず消え失せていて、代わりに飾り気のない灰色のローブが肩から垂れ下がっているだけだった。
夏のボーナスを丸ごと課金ガチャに注ぎ込んで、ようやく引き当てた装備までなくなっていると気づいたときには本気で膝から崩れ落ちそうになった。
そして何よりも右手に握っていたはずのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがどこにも見当たらないことを理解した瞬間、俺の思考は数秒ほど真っ白に塗り潰された。
「スタッフが……ない? 嘘だろ、おい」
ギルド武器が失われればギルドは崩壊するというユグドラシルの決まり事が頭をよぎったが、サービスが終わった今となってはそんなルールに何の意味もないのだと俺は自分に言い聞かせた。
反射的に空中を指でなぞってコンソールを呼び出そうとしても、見慣れた半透明のウィンドウは一向に開く気配を見せなかった。
GMコールもチャット欄もログアウトの項目すらも見当たらず、まるで操作という操作をすべて取り上げられてしまったかのようだった。
「アルベド? セバス?……まあ、いるわけないか」
試しに魔法を発動しようと意識を向けてみてもアイコンのひとつも浮かばず、HPやMPのゲージすら視界のどこにも表示されていなかった。
レベル百の魔法詠唱者として積み上げてきた力が丸ごと手元から抜け落ちてしまったようで、心細さに俺は思わず空っぽの拳を握りしめた。
「サーバーダウンの延期……いや、それならナザリックから放り出される理由がないか。なら何かの不具合か?」
ぶつぶつと可能性を並べ立てているうちに、目の前の空間にふっと一枚の大きなウィンドウが浮かび上がった。
ユグドラシルのものとはまるで意匠の異なるそのウィンドウの上部には、飾り気のない書体で簡素な表題が記されていた。
『分身作成 Ver.1.11』
「分身……アバターのことか? それにバージョン1.11って、正式版にしちゃずいぶん半端な数字だな」
続いてウィンドウの下に光の粒が寄り集まり、俺の胸の高さに六枚のカードが横一列に並んで浮かび上がった。
カードの表にはそれぞれS・A・B・C・D・Eの文字が大きく刻まれていて、その向こうでは限界レベル・出身・能力値・特殊アイテム・タレント・コネクションと記された六つの空欄が口を開けて待っていた。
「これは……キャラクター作成画面、なのか?」
ユグドラシルにもキャラクタークリエイトは当然あったが、あれは種族と職業と外見を選んでいく方式であり、カードを割り振るような形式は一度も見たことがない。
しかし装備が初期装備じみたローブに差し替えられ、ステータスもコンソールも封じられた状態で目の前にキャラクリ画面が浮かんでいる以上ゲーマーとして導き出せる結論はひとつしかなかった。
「新作……ユグドラシルの続編か!」
続編の噂など掲示板でもほとんど耳にした覚えはないが、最後まで残っていたプレイヤーをサービス終了の瞬間に新作のキャラクリへご招待するというサプライズ演出くらいあの運営ならやりかねない。
ワールドアイテムなどという壊れ性能の代物を二百個もばら撒いた連中なのだから、今さら多少の悪ふざけで驚くほうがどうかしているだろう。
胸の内に広がったのは仲間の誰もいない新作に放り込まれる心細さと、それでもまだ遊べるのだという後ろめたいほどの安堵が入り混じった奇妙な感情だった。
考えてみればモモンガというアバターそのものが鈴木悟という冴えない会社員がユグドラシルに置いていた分身のようなものなのだから、分身作成という言葉は案外しっくりくる。
「やってくれるじゃないか、運営……いいだろう、付き合ってやる」
ウィンドウに視線を戻すと、表題の下には割り振りのルールが淡々と書き連ねられていた。
要約すれば六枚のカードを六つの項目へ一枚ずつ使い切ること、左のカードほど価値が高く一度使ったカードは戻らないことの二点が肝であるらしい。
「サイコロ不要の選択式……要するにポイント割り振り型の変則版だな」
一度使ったカードは戻らないという一文を俺は念のために二度読み返し、配置したカードは後から撤回できないという意味だろうと受け取った。
つまりこれはやり直しの利かない一発勝負であり、ビルドを決める前の下調べがすべてを左右するということになる。
説明の末尾には遊びで作ったものだからバランスは考えていないし多少の矛盾は笑って許してほしい、という趣旨の断り書きが妙にくだけた口調で添えられていた。
運営の公式テキストにしてはあまりにも私的なぼやきが混じっていて、俺は画面の向こうにいる書き手の顔を想像しようとしてすぐに諦めた。
「バランス調整の放棄を最初に宣言するゲームがあるかよ……まあ、あの運営なら今さらか」
PvPで勝つために相手の情報を調べ尽くすのは基本中の基本であり、それはギルドを率いていた頃から俺が何よりも大切にしてきたやり方でもある。
全部読んだうえで好きに使えと説明文自身が促している以上、ここは一字一句を舐めるように読み込むのが正解だろう。
俺は骨の指でウィンドウを手元へ引き寄せると、最初の項目である限界レベルの説明から順番に目を通し始めた。
『限界レベル S:41 A:35 B:31 C:28 D:24 E:19』
「上限が41? 低っ……」
ユグドラシルのレベル上限は百であり末期にはカンストしたプレイヤーなど珍しくもなかったのだから、四十一という数字はどう見ても心許ない。
しかも説明によれば、これはあくまで成長できる上限でありそこへ辿り着く前に死ぬこともあり得るという物騒な注意書きまで添えられていた。
そこまで読んだところで俺はふとその数字に既視感を覚えて、もう一度だけ四十一という数字を見つめ直した。
アインズ・ウール・ゴウンに在籍していたギルドメンバーの総数は四十一人であり、玉座の間に掲げられていた旗の枚数もまた同じ四十一枚だったのだ。
「……偶然、だよな」
胸の奥で何かが大きく膨らみかけたが、その感情は不思議なほど呆気なく凪いでいき俺はきっと疲れのせいだろうと深く考えずにやり過ごした。
前作のユーザーのギルドの人数を知ったうえでわざわざこの数字を選んだのだとしたら、運営もずいぶん気の利いた真似をしてくれるものだ。
続く注釈を読んだ俺は思わずウィンドウを二度見した。
このレベルの高さはそのまま異性をどれだけ惹きつけるかの指標にもなると、大真面目に書かれていたのである。
「レベルがモテ指標? 恋愛シミュレーションかよ」
Sなら十を超える国から縁談が舞い込んで付きまとう異性から逃げ出したくなるほどで同性にまで好かれるかもしれないとまで書かれていて、Aでも周辺国がこぞって王族や貴族を押し付けにくるかもしれないらしい。
ペロロンチーノさんがこの画面を見ていたら、一秒も迷わずにSのカードを叩きつけていたに違いないと考えて俺は思わず小さく吹き出した。
「あの人なら絶対Sだな……で、茶釜さんに蹴り飛ばされるところまでがセットだ」
だがその後に添えられていた個人の戦闘能力の目安は、ゲーマーとして到底笑って読み飛ばせるものではなかった。
Sは替えの利かない国家規模の暴力、Aは替えが利くかもしれない国家規模の暴力、Bは周辺の複数都市、Cは大都市、Dは中都市、Eは小都市にそれぞれ匹敵するというのだ。
「41で国家級……つまりこの世界の住人の平均レベルはかなり低いってことか」
ユグドラシルの感覚でいえば四十一などようやく初心者を抜けた程度の数字であり、それが国家ひとつに匹敵するのならこの新作は相当な低レベル帯で設計されているに違いない。
裏を返せばレベル百のプレイヤーなどが紛れ込もうものなら、それはもう神話の怪物と変わらない扱いを受けることになるだろう。
もっとも説明文はSを選んだからといって無敵になれるわけではないと釘を刺していて、少し格下の強者たちが手を組んで殺しに来れば普通に死ぬのだと念を押していた。
強者同士が我を抑えて手を組むことなどそうそう起こらないとも書かれていたが、それは裏を返せば追い詰められた連中なら平気で手を組むという意味でもある。
「格下の連合に囲まれて袋叩き、か……身に覚えがありすぎるな」
かつてナザリックに千五百人もの討伐隊が押し寄せてきた、あの日のことを俺は今でも昨日のことのように覚えている。
あのときは仲間たちと知恵と力を振り絞って退けることができたが今度の俺の隣にはもう誰もいないのだ。
気を取り直した俺は二つ目の項目である出身の説明へと視線を移し、その最初の一行で骨の指をぴたりと止めた。
そこに記されていたのは、これまでどのゲームでも見たことのない種類の生まれだった。
『出身 S:転生者』
「転生者……?」
説明によればSの出身を選んだ分身は、ユグドラシルの知識を持って生まれてくるのだという。
続編のキャラクリで前作の知識が生まれの一種として扱われることに首を傾げながら読み進めると、書き手はその理由の候補として二つの可能性を挙げていた。
ひとつは書き手がずいぶんと口汚い言葉で形容したどうしようもない世界の住人だったからというものであり、もうひとつはオーバーロードという何かの読者だったからというものだった。
どちらの候補も続編の世界観説明にしてはあまりにも妙な書き方だった。
「クソみたいな世界って……現実のことか?」
防護マスクなしでは外を歩くこともできない汚れきった空気と、一握りの富裕層だけが快適に暮らす閉ざされた巨大都市を思い浮かべて、俺はその形容を否定する言葉をひとつも持ち合わせていなかった。
だがもうひとつの候補のほうは、何度読み返しても意味がよくわからなかった。
「オーバーロードの読者? オーバーロードは俺の種族名だぞ……それを読むってなんだ?」
書き手はさらに後者であったなら実に悲劇的であり、もっとましな世界がいくらでもあっただろうにと嘆いた挙げ句にこれは何かの罰なのかもしれないとまで書き添えていた。
新作の世界に生まれることを罰扱いする運営がどこにいるのかと俺は呆れ返ったが、その一文に込められた妙な実感だけは少しばかり引っかかった。
そして感傷めいた前置きの後に続く本題へと目を移した瞬間、俺の中のゲーマーが一斉に跳ね起きた。
そこには転生者という出身がもたらす具体的な恩恵が、ゲームの仕様として簡潔に記されていたのである。
『転生者は20レベル以降、最上級職(ユグドラシルで75レベル以降に習得するクラス)を習得する機会を得る』
「……最上級職、だと?」
ユグドラシルで75レベル以降に習得するクラスといえば、取得条件が厳しく設定されている代わりに破格の性能を誇る上位クラスの群れを指すはずだ。
たっち・みーさんのワールドチャンピオンやウルベルトさんのワールドディザスターのように限られた者しか辿り着けなかった頂点のクラスまでそこに含まれるのだとすれば、これはとんでもない恩恵ということになる。
「いや、待て。習得できるとは書いてない。機会を得る、だ」
俺は浮かれかけた自分を戒めるようにその一文を骨の指でなぞり直した。
与えられるのはあくまで取得のチャンスであり、条件を満たせなければ宝の持ち腐れになる以上、これを約束された強さだと思い込むのは危険だろう。
しかも最上級職に手が届くのは20レベルを越えてからであり、それまでの序盤は基本職から地道に積み上げていくしかないらしい。
ここでいう基本職とはファイターやウィザードのようにあらゆる成長の出発点となるクラスのことであり、この出身を選べばそこから始められることが保証されているのだという。
「基本職から始められることがわざわざ恩恵として書いてある……ってことは、逆にそうじゃない始まり方もあるってことか」
嫌な予感を覚えながら説明の続きに目を走らせると、そこには今度は具体的な数式が書き込まれていた。
限界レベルから20を引いた数に0.6を掛けて、その答えを限界レベルに上乗せしたものが転生者の実質的な強さに相当するというのである。
「限界が41なら21の0.6倍で12.6、実質53.6レベル相当か。35なら15の0.6倍で9……44相当だな」
骨の指を折りながら暗算を終えた俺は、その上乗せ分の大きさに思わず唸り声を漏らした。
切り札を隠し持っている可能性が高く、上手く立ち回れば格上にすら勝てるという補足を読む限り、これは単なる数値の水増しではなく前作の知識に裏打ちされた奥の手の総量を数字に置き換えたものなのだろう。
だが説明文はそこで終わらず、すぐ下に見逃せない但し書きを付け加えていた。
この倍率は自分の能力が他者に知られていない状況に限った話であり、手の内が知られれば知られるほど倍率は下がっていき最後には0.1程度にまで落ち込むというのだ。
「0.1……41でも2.1しか残らない。種が割れたら終わりの手品ってわけか」
ユグドラシル時代の俺は対戦相手の装備や構成を事前に徹底的に洗い出してから挑むのを常としていて、相手の切り札を潰してから勝つという戦い方を何よりも好んでいた。
そういう戦い方をしてきた人間だからこそ、隠し玉ありきの強さがどれほど脆いものなのかを俺は嫌というほど知っている。
さらにその下には限界レベルが高いほど周囲に異性が集まることを忘れるなという念押しと、この世界には魅了などの精神操作が存在するという警告が並んでいた。
その相手が裏切らないと言い切れるのか、うっかり秘密を漏らさないと言えるのか、と読む者を試すような書き手の問いかけに俺は思わず骨の顎へ手を当てた。
「モテればモテるほど情報漏洩のリスクが上がる、と……さっきのモテ指標はこの前振りかよ。性格悪いな、このテキスト」
アンデッドであれば精神作用はまとめて無効化できるのだが、この新作で自分の種族がどう扱われるのかはまだ何もわかっていない。
そもそもこの画面には種族を選ぶ項目そのものが存在せず、出身の選択肢を眺めてみてもどれもが人間社会の身分を前提に書かれているように見えた。
「種族欄なし……前作のアバターをそのまま引き継ぐのか、それとも人間として生まれ直すのか」
見えない仕様に期待して組み立てたビルドほど脆いものはないというのは、数え切れない失敗から俺が学んできた教訓のひとつだ。
種族がどちらに転んでも破綻しない組み立てを前提にするべきだと結論づけて、俺は残りの出身にも順番に目を通していった。
Aの出身は特異と名付けられていて、暗殺教団や特別な修道会のような閉ざされた集団に生まれた者を想定しているらしい。
そうした集団は先人たちが積み重ねた多くの犠牲の上に独自の技術体系を築き上げて受け継いでいるため、20レベル以降はユグドラシルで50レベル以降に習得する上級職を得る機会があり上乗せの倍率は0.3だという。
「暗殺教団に修道会……いかにも秘伝や奥義が眠っていそうな生まれだな」
限界が41なら6.3の上乗せで47.3相当になるが、手の内が知られれば最後は0.1まで落ちるという点は転生者と変わらない。
Bの上流階級は貴族や豪商の家に生まれて高い教育を受けられる身分のことであり、20レベル以降はユグドラシルで25レベル以降に習得する中級職を普通に得られ、倍率も0.1だけ付くのだが知られれば最終的にゼロになるとあった。
「教育に金をかけてもらえる生まれ、か……」
現実の世界でまともな教育を受けられるのはアーコロジーの内側に住む一握りの富裕層だけであり、俺のような人間は早々に社会へ放り出されて働くのが当たり前だった。
そういう生まれを選べるというだけで妙に落ち着かない気分になったが、俺は今そんなことを考えても仕方がないと思考を打ち切った。
Cの中級階級はそれなりに裕福な家で育ったおかげで基本職から始めることはできるものの、中級職を得られるかどうかは運次第であり上乗せについての記述はない。
問題はそこから先のDとEでありここで俺は先ほどの嫌な予感が的中していたことを知った。
Dの市民は大多数の者がそうであるごく普通の生まれだが、家計を助けるためか家業のためか役に立つ一般職を強制的に二レベル習得させられているのだという。
Eの哀れな階級に至っては奴隷のように職を選ぶ自由すらない身分であり、鞭で打たれながら覚えるような役に立たない一般職を強制的に五レベル習得してしまうらしい。
「限界レベルが決まってるゲームで一般職を強制的に取らされる……それって実質的な戦闘レベルの目減りじゃないか」
限界が41だろうと19だろうとレベルの総量が頭打ちである以上、そこへ戦闘と無関係なクラスが二つや五つ割り込めばその分だけ戦える器が確実に削られることになる。
しかもDとEの説明には基本職から始められるという一文がどこにも見当たらず序盤の立ち上がりからして不利を背負わされていることは明らかだった。
「SとAは隠し倍率と上位クラス、Bは中級職の確約、Cで横ばい、DとEは明確なマイナス……出身だけで見ればSの一択に見えるが」
だがひとつの項目だけを見て最強を決めつけるのは典型的な初心者の失敗であり、カードが六枚しかない以上一枚の使い方は必ず他の項目へのしわ寄せとなって跳ね返ってくる。
俺は出身の評価をいったん保留にして、三つ目の項目である能力値の説明へと視線を移した。
『能力値 S:天才(+50%) A:秀才(+25%) B:才人(+10%) C:平凡(±0) D:鈍才(-10%) E:丸山(-20%)』
「……丸山?」
最後のランク名に引っかかりを覚えつつも、まずは仕組みを把握しようと俺は説明文の本体を読み込んでいった。
筋力や知力といった素の才能の高さを示すこの項目は限界レベルに対して割合で補正を掛ける仕組みであり、限界四十一の者が二十五パーセントの補正を得れば、鍛え終えたときには五十一レベル相当の強さになるのだという。
さらに補正が高ければそれだけ速く成長して生き残る確率まで高まるらしい。
「割合補正か。基礎の限界レベルが高いほど伸び幅も大きくなる……掛け算のステータスは組み合わせ次第で化けるな」
仮に限界41に天才の50パーセントが乗れば61.5レベル相当という破格の数字になるが、Sのカードが一枚しかない以上その組み合わせは最初から存在しない。
Sを限界に使うか、出身に使うか、能力値に使うかでどの数字が最も伸びるのか、後でまとめて検算する必要があるだろう。
だがその直後には念を押すような注意書きがあり、この世界においてレベルは絶対の指標であると明言されていた。
能力値がどれだけ高くなろうとも、レベル差によるダメージの減衰や使える技の数や行使できる魔法の位階までは、レベル相当に引き上げられることはなく魔法の威力が増す程度に留まるというのである。
「器の中身は濃くなるが器そのものの大きさは変わらない、と……何位階まで使えるかはあくまでレベル次第ってことだな」
魔法詠唱者にとって行使できる位階の上限は戦い方そのものを決める天井であり、ユグドラシルでも位階がひとつ違うだけで打てる手の質はまるで別物になっていた。
能力値の補正は同格や格下を相手にするときには大きな武器になるだろうが、格上との間にあるレベルの壁を越えるための道具にはならないと考えておくべきだろう。
注釈には年齢が極端に幼かったり老いていたりすればこの補正に響くのではないかという書き手の私見まで添えられていて、個人的には罰を与えたいという本音まで漏れていた。
年齢を入力する欄などどこにもないのだから、この書き手の頭の中ではこのキャラクリはもっと自由なものとして想定されているのかもしれない。
「年齢の項目なんてないのに……このテキスト、絶対に思いつきで書いてるだろ」
Sの天才は一を聞いて十を知る才能の持ち主であり、レベルだけを物差しにする相手ならその想定を超えた力を前に目を剥きその混乱が致命的な一撃の好機を生むのだという。
Aの秀才は天才にこそ劣るものの努力さえ怠らなければ怠ける天才を追い越せるだけの才能、Bの才人は小さな集団でなら頭角を現せるが大きな集団に入れば二番手か三番手に落ち着く程度の才能らしい。
「レベルしか見ない相手の意表を突ける……対人戦なら馬鹿にならない強みだな」
Cの平凡は補正なしで世間の大多数がこの領域にいるため本人は何も感じないのだと書かれており、Dの鈍才は人並みの努力では人並みに届かないが倍の努力をすればいいのだと妙に前向きな励ましで締め括られていた。
そして最後のEの説明を読んだところで俺は思わず乾いた笑い声を漏らしてしまった。
「才能ゼロ、頼れるのは運だけ、見放されたら悲惨な人生……ひどい言われようだな」
人名にしか見えない丸山という名前がこの辛辣な説明の付いた最低ランクにだけ当てられているのは、書き手が自分自身を一番下に据えて笑いを取りにきているとしか思えなかった。
最初に読んだ前置きの砕けた口調を思い返すと、画面の向こうで書き手がにやにやしながら自分の名前を貼り付けている姿まで目に浮かぶようだった。
「丸山ってのは……この説明を書いた奴の名前か? 自分の名前を最低ランクに付けるとか、どういう自虐だよ」
運営の中にずいぶんと癖の強い人物がいるらしいと苦笑しながら、俺はこの項目の最後に添えられた一文に目を移しそこで笑みを凍りつかせた。
能力値は絶対的な強者たちがどれだけ熱心に勧誘してくるかにも関わるのだと書かれていて、その絶対的な強者の例として二つの名前が挙げられていたのである。
『絶対的な強者の例:真なる竜王、ナザリック勢力など』
「真なる竜王……は知らない名前だな。新作のボス枠か? それで、もうひとつは……」
俺は二つ目の名前を読み返し、さらにもう一度読み返したが、そこに記された文字列は何度見ても変わらなかった。
見間違えようのないその名前は俺たちが仲間と共に築き上げて守り続けてきた場所の名前であり、今夜俺が最後の時を過ごしていた場所の名前でもあった。
「……ナザリック、勢力?」
俺たちのギルドが攻略して拠点に据えたあの大墳墓の名前がなぜ新作の説明文に絶対的な強者として登場するのか、俺の頭はしばらくその理由を探して空回りを続けた。
やがてゲーマーとしての経験がひとつの仮説を拾い上げ、それは考えれば考えるほど筋が通っているように思えてきた。
「前作のデータを……新作の世界観に組み込んだのか?」
十二年も続いたゲームの続編であれば、前作で名を馳せたギルドや拠点を伝説の勢力として世界観に取り込むというのはファンサービスとしてむしろ王道だろう。
千五百人の討伐隊を退けた悪名高い異形種ギルドの本拠地ならば、新作のボス勢力として据えるのにこれ以上の素材はない。
そしてもしナザリックがそのまま勢力として存在しているのなら、そこには仲間たちが心血を注いで作り上げた階層守護者をはじめとするNPCたちもいるはずだった。
41レベルで国家級と呼ばれる世界にレベル100の守護者たちが放り込まれたのなら、それはもはや神話の軍勢と呼ぶほかない存在になる。
「あいつらが、新作の世界で最強格……か」
誇らしさと寂しさが同時に胸の内で膨らみかけたが、その感情はまたしても不自然なほどあっさりと凪いでいった。
俺はその感覚を深く追及することなく、勧誘についての説明の続きへと視線を戻した。
説明によれば、超越的な存在ほどレベルよりも才能のほうを重く見て、手駒に加える価値を判断するらしい。
Sであればほぼ確実に一度は声が掛かり、仮に刃を交えて敗れたとしても命までは奪われずに改めて勧誘されるというのだ。
Aでも一度は声が掛かるが敗れたときに生かされるかどうかは運次第であり、Bより下はまず勧誘されることはなく自分から売り込むなら限界レベル次第になるという。
「負けても命を助けられて、仲間に誘われる……か」
その一文を読んだ瞬間、俺の脳裏に浮かんだのはユグドラシルを始めたばかりの頃の苦い記憶だった。
異形種というだけで面白半分に狩られていた俺を助けてくれたのはたっち・みーさんであり、あの人の誘いがなければ俺がアインズ・ウール・ゴウンの一員になることもなかったのだ。
だがすぐにゲーマーとしての俺がその感傷を脇へ押しやり、この一文が持つ実利のほうを冷静に計算し始めた。
レベル差で決して勝てない相手に敗れても生き延びられるというのは、つまり最上位の脅威に対してだけ有効な残機がひとつ増えるようなものではないか。
「最上位勢に対する保険……地味だが、パーマデスかもしれないゲームなら馬鹿にできないぞ」
俺はこの一文に頭の中で大きく印を付けてから、四つ目の項目である特殊アイテムへと進んだ。
分身が生まれてからこれまでの間に親から譲り受けたか、運良く手に入れたかした品物を表すこの項目のSには俺にとってあまりにも見慣れた言葉が書かれていた。
『特殊アイテム S:世界級(ワールド)アイテム』
「ワールドアイテム……!」
ユグドラシルに二百種類しか存在せず、ひとつ手に入れるだけでゲームバランスが傾くとまで言われた、あの規格外のアイテム群のことを俺が知らないはずがない。
アインズ・ウール・ゴウンはそのうちの十一個を保有していてそれはあらゆるギルドの中で最多の数だったのだ。
ところが説明文の冒頭には書き手の呆れ返ったような口調で、なぜそんなものを持っているのか絶対に命を狙われるぞという身も蓋もない忠告が置かれていた。
そのうえで戦闘用なら一発逆転どころか国家規模の軍勢すら退けられるかもしれず、防御用ならペナルティのない完全な蘇生やあらゆる傷病の回復や絶対の防御すら可能になると続いていた。
「性能はまさにワールドアイテムだな……で、これを使った俺に勝てるのは真なる竜王かプレイヤーくらい、と」
そこまで読み上げたところで、俺は自分の口にした言葉に引っかかりを覚えて慌てて文章を読み返した。
プレイヤーという単語がこの新作の世界の中に当然のように存在するものとして書かれていたのである。
「プレイヤーがいる……? つまりこの世界には、俺以外のプレイヤーもいるってことか」
もし続編が前作のプレイヤーたちを招き入れる形式なのだとすれば、仲間の誰かがどこかで同じようにキャラクリをしている可能性だってゼロではない。
そう考えた途端に乾いた骨の身体の奥で小さな火が灯ったような気がしたが、俺は浮き立つ気持ちを抑えて説明の続きを追った。
世界級アイテムは使えば使うほど命を狙われやすくなり、刺客による暗殺や色仕掛けが日常茶飯事になりかねないとありさらに不穏な一文が続いていた。
何度も使ったうえで運が悪ければ、必勝の準備を整えたアインズが動き出すかもしれないというのである。
「アインズ……?」
それはどう考えても俺たちのギルドの名前の頭の部分であり、まるでひとりの人物を指すような書き方に俺は首を傾げた。
だが必勝の準備を整えてから獲物を狩りにいくというやり方には嫌というほど心当たりがあった。
「……それ、昔の俺たちのやり方そのものじゃないか」
アインズ・ウール・ゴウンは悪名高いPKギルドであり、ぷにっと萌えさんの誰でも楽々PK術に従って情報を洗い出し、周到に罠を張ってから獲物を仕留めるのが俺たちの流儀だった。
世界級アイテムを抱えた者がどれほど狙われやすい立場になるのか、誰よりもよく知っているのは狩る側に立っていた俺自身なのだ。
それでも説明を読み終えた俺の指先は、Sのカードのほうへ吸い寄せられるようにじりじりと動いていた。
夏のボーナスを溶かしてでもレアを引き当てずにはいられなかった、コレクターとしての血がこの世界でもワールドアイテムを手にしたいと騒いでいるのだ。
「いや、待て待て。まだ全部読んでない……落ち着け、俺」
俺は自分の手首を掴むような気持ちで指を引き戻して、Aの説明へと目を移した。
Aはユグドラシル産か真なる竜王が作った一品であり、十数か国に名が轟くほどの品物で差し出せば著名人どころか真なる竜王ですら願いを聞いてくれるかもしれないという。
「ユグドラシル産のアイテムがこの世界に流れてる……やっぱり前作と地続きの世界観なんだな」
もっともそれを欲しがる者に命を狙われることもあるらしく、ものによっては五レベル程度の差なら覆せるというのが性能の目安らしい。
Bは名工が作り上げてこの世界の高位の魔法詠唱者が魔化を施した名品で、数か国に名が知れ渡りアダマンタイト級冒険者ですら持っていないかもしれず、売れば数代にわたって裕福に暮らせるとあった。
「アダマンタイトが冒険者の最上位扱いなのか。ユグドラシルじゃそこまで有り難がるような金属でもなかったんだが」
Cは親から子へと代々受け継がれてきた一品もので、凄い力や伝説こそないものの魔法が宿っていて買えばかなりの高額になりものによっては身分の証明にもなるらしい。
Dは魔法の込められていない一品であり、駆け出しでは手に入らない全身鎧やそれなりに名の知れた名工が鍛えた剣などがこれに当たるという。
「全身鎧なんて魔法詠唱者には無用の長物だな……まあ、変装用くらいにはなるか」
そしてEはアイテムどころか借金を背負っていて満足な武装が整わないため、限界レベルの一割に相当するペナルティを受けるというものだった。
ただしこれは実際にレベルが下がるわけではなく見合った装備がない分、同格と戦えば劣るという意味であり重いペナルティを自分で課す代わりに特定の場面でだけその一部を逆にボーナスへ転じてよいという妙な仕組みまで用意されていた。
「普段は素手で戦って五割減、強敵が相手のときだけ剣を借りて……五十から十を引いて半分の二割増し。縛りプレイを見せ場に変える仕組みか」
書き手はさらに重いペナルティほど頻繁にやると格好悪いので、一生に一度か二度くらいにしてほしいと注文を付けていて俺は思わず深く頷いていた。
ロールプレイというのはここぞという場面まで温存してこそ映えるものであり、魔王を演じ続けてきた身としてはこの書き手とは美味い酒が飲めそうな気さえする。
俺は五つ目の項目であるタレントに目を移し、それが生まれ持った異能を意味する項目であることを確認した。
Sは書き手がやばいとしか形容していない規格外の異能であり、ゲーム的に言えば炎への完全耐性や時には殴打への完全耐性といった百パーセントの耐性がこれに当たるという。
「殴打無効……スケルトン系の弱点がそのまま消えるのか」
さらに使用回数や条件の縛りがきついほど異能は強力になり、一日一回だけ人間には到達不可能な第八位階魔法を行使できるとか、一週間に一度だけ第十位階魔法を発動できるとか、第六位階の魔法をひとつ日常的に使えるといった例が並んでいた。
ただしその魔法の威力は本人の能力値を基準にするので、アインズが使うものと比べればかなり弱いかもしれないとも書き添えられていた。
「またアインズか……第十位階を使う、アインズ」
その書き方からすれば、アインズは第十位階の魔法を使いこなす魔法詠唱者であり、世界級アイテムの持ち主すら狩りに出てくる勢力の中心人物ということになる。
ナザリック勢力の頂点に立つ第十位階の魔法詠唱者と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはどう考えてもギルド長だった俺自身の姿だった。
「まさか……前作のギルド長、つまり俺をモデルにしたボスを作ったのか? だとしても、なんで名前がモモンガじゃなくてアインズなんだよ」
ギルドの名前をそのまま個人名のように名乗る魔法詠唱者などもしいたら、それはもう相当に痛い奴だろうと俺は小さく肩を竦めた。
運営の考えることはわからないと首を振りながら、俺は残りのタレントの説明を足早に読み進めた。
Aは五十パーセントの耐性や、一日一回の第六位階もしくは一週間に一度の第八位階に相当する凄い異能で特別な目であればあらゆる系統の力を見抜けるらしい。
Bは常人より二割五分ほど筋力が強いとか、魔力系の力だけを見抜ける目を持つといった有益な異能であるという。
Cは水面を五歩だけ沈まずに歩けるとか、七割の確率で明日の天気を当てられるとか、指先に蝋燭ほどの明かりを灯せるといった無益ではないがさほど有益でもない程度の異能だった。
「水面を五歩……微妙すぎる。いや、逃げ道次第では一回くらい命拾いするかもしれないが」
DとEはどちらも異能なしであり、Eにはさらに自分で何か適当なマイナスの設定を付け加えて何かが一段階悪くなるようにしてほしいと書かれていた。
その例としてまったく助けてくれない腹の立つ上司の指示を受けて働いているというものが挙げられていて、俺はその一文を読んだまま数秒ほど固まった。
「……それ、現実の俺の毎日なんだが」
最後には書き手の感覚による目安として、ブレインがBでンフィーがSに近いAでありイビルアイはEXになるだろうと見知らぬ名前がいくつも並べられていた。
この世界の住人と思しき名前の誰ひとりとして俺には心当たりがなかったが、Sのさらに上にEXなどという規格外の枠が存在することだけはしっかりと頭に刻み込んだ。
「EX……Sの上がある、か。やっぱりこの世界、底が知れないな」
そして俺は最後の項目であるコネクションの説明へと視線を移し、その最初の一行で三度目となるその名前を目にすることになった。
今度こそそれがひとりの人物を指していることを疑いようのない書き方で記されていたのである。
『コネクション S:世界トップクラスの実力者組織のまとめ役とのコネクション(例:アインズ、ツアーなど)』
「アインズ……と、ツアー?」
ツアーという名前にはまるで心当たりがなかったが、アインズのほうはもはや偶然で片付けられる段階をとうに越えていた。
世界トップクラスの実力者たちが集う組織のまとめ役として名前が挙げられている以上、アインズというのはナザリック勢力の頂点に立つ者の名前でほぼ間違いないだろう。
コネクションという項目そのものについて、書き手は実力に関わらないので軽く見られがちだが決して馬鹿にはできないと前置きしていた。
中級職以上への転職や優れた武具の購入から日々の暮らしに至るまで目に見えない恩恵が隠れていて、実力があるのにコネが乏しい者は世渡り下手か利用されるだけか一か所に留まらない旅人かあるいは未完の大器なのだという。
「未完の大器って言い方は優しいな……MMOでも顔の広さが物を言う場面は多かったし、侮れないのは確かだ」
Sの説明では書き手自身がなぜそんなコネを持っているのかと首を傾げていて、その上で泣きつけばありとあらゆる窮地をいとも簡単に打ち破ってくれる繋がりなのだと書かれていた。
ただしそれは決して自分の実力ではなく、相手には相手の思惑があり頼り続けて恩が積み上がった頃には返済を求められるかもしれないという釘もしっかりと刺されていた。
「書き手本人がなんでって言ってるコネか……便利な反面、借りを作るほど首が絞まっていくタイプだな」
続く一文にはもし自分の住む国へ魔導国が攻めてきたならどんな分身を作ろうと勝ち目はないが、この水準のコネがあれば組織の方針すら覆して百年ほどの平和を保てるかもしれないと書かれていた。
孫の代までは手を出さないと約束しようという誰かの言葉まで添えられていて、その鷹揚な口ぶりにはどこか王者の余裕のようなものが滲んでいた。
「魔導国……? アインズの組織ってのは国なのか。しかも他所の国に攻め込む側の」
魔導国という名前から想像できるのは魔法を国是とする国家くらいのものであり、それが第十位階を操るアインズの組織のことだとすれば、ナザリック勢力はこの世界でひとつの国を築いて周辺国へ侵攻していることになる。
世界征服なんて面白いかもしれないと、ウルベルトさんたちが冗談交じりに語り合っていた遠い日のことを思い出して俺は何とも言えない気分になった。
「冗談のつもりだったんだがな……まさか運営が拾ったのか、あれ」
Aのコネは世界トップクラスの実力者個人との繋がりであり、相手が組織として動いている場合は無視されるがそれを除けばSに匹敵するとあった。
その例として挙げられていたのは、シズに一円シールを貼られたネイアという人物であり、プレアデス全員にお願いができる立場になれる上、デミウルゴスが殺すと判断した場面ですら許してあげてと口添えくらいはしてくれるのだという。
「シズって……ガーネットさんのCZ2128・Δのことか? 一円シールって何だよ、どういう設定なんだ」
ガーネットさんが作り上げた無口な自動人形のメイドが、誰かに一円シールを貼り付けている光景を想像しようとしたが俺の想像力ではまるで追いつかなかった。
それよりも引っかかったのは、デミウルゴスが人を殺すかどうかを判断するという書き方のほうであり、そこにはNPCが自分の意思で物事を決めているかのような響きがあった。
「ウルベルトさんのデミウルゴスが……自分で判断する? 新作のNPCはそこまで作り込まれてるのか」
もっともAのコネの相手は上位者や組織の決定には決して逆らわないとも書かれていて、個人的な好意と組織の論理がはっきりと切り分けられていた。
Bは国王級の人物との繋がりで、他国への移動や国内での手続きが格段に楽になり、フールーダとかいう実力者や逸脱者に近い英雄もこれに含まれ暗殺や敵対への抑止にもなるという。
「フールーダ……知らない名前ばかりだな。この世界じゃ有名人なんだろうが」
Cは辺境伯や公爵といった国家に顔が利く上級貴族やアダマンタイト級冒険者との繋がりであり、Dはいざというときにだけ味方してくれるが命までは懸けてくれないライバルの存在だった。
そしてEは逸脱者に近い個人か大国そのものを敵に回していて、高い確率で命を狙われ追手から逃げ回るうちに生活の水準がひとつ落ちるか敵との謀略合戦に時間を割かれることになるらしい。
「Eは敵持ちか……まあ、アインズ・ウール・ゴウンにいた身としちゃ敵がいない生活のほうが落ち着かないかもしれないが」
最後に添えられていたのは、Cより上のカードを使った者だけが選べる特例で一段階格を落としたコネを設定する代わりにその相手が命を懸けて一度だけ助けてくれるという取り決めだった。
Cを使ってDのライバルを設定すればそのライバルは一度だけ命懸けで助けに来てくれるし、Sを使ってAの個人を設定すればその相手は上位者の前で無理を通してでも助命を嘆願してくれるのだという。
その具体例として書かれていた一文を読み終えた瞬間に俺の思考は完全に停止した。
Sのカードでデミウルゴスを設定したなら、あのデミウルゴスがアインズの前に平伏しアルベドの嫌みを浴びながらも命乞いをしてくれるというのである。
「デミウルゴスが、アインズに平伏する……アルベドの嫌みを受けながら……?」
その情景が意味するところを理解するのに長い時間は必要なかった。
ナザリックの守りの要である守護者が平伏する相手などナザリックの支配者以外にあり得ず、アルベドがその場で嫌みを言える立場にいるということは守護者統括として主の側近を務めているということになる。
「つまり……アインズってのは、ナザリックの主なのか」
それは仲間たちと四十一人で作り上げギルドが廃れてからも俺がたったひとりで守り続けてきた場所の頂点であり、ほんの少し前まで俺が最後の時を過ごしていたあの玉座だった。
守護者たちが跪きアルベドが傍らに控えるその玉座に、新作の世界では俺ではない誰かが座っているのだ。
最後の最後でアルベドの設定を書き換えたことを思い出して、あの一文は新作には反映されていないのだろうなと考えかけた俺は自分の考えの馬鹿馬鹿しさに思わず骨の頭を抱えた。
それでも胸の奥をちくりと刺したものの正体が嫉妬なのか寂しさなのか、俺にはよくわからなかった。
「いや……でも、待てよ」
説明文の中にはこの世界にプレイヤーが存在すると書かれていたし、ギルドの名前を冠した人物がギルド長の席に座っているのだとしたら、それが運営の作ったボスだとは限らない。
もし仲間の誰かが一足先にこの新作を始めていて、ギルドの名前を背負ってナザリックの主として振る舞っているのだとしたらどうだろう。
「アインズってのが……ギルドの誰か、だとしたら」
その可能性が根拠の薄い願望に過ぎないことは頭ではわかっていても、コネクションのSという一枚のカードが急に眩しく見え始めたことを俺は否定できなかった。
俺は揺れる気持ちを振り払うように首を振り、説明文の最後に置かれた書き手のあとがきへと目を移した。
そこでは書き手が自分ならレベルを極端に低くして、世界級アイテムを持たせコネクションを高くした庇護される立場で遊ぶほうが幸せになれそうだと私見を語っていた。
レベルをSにしても四十一であり、より強大な相手は残念ながら存在するのだから、タレントやアイテムに賭けたほうが一発逆転の目があるかもしれないと書いた直後に、低レベルでは普通に奪われて殺されるだけかもしれないと自分で迷っているのがなんとも人間臭い。
「庇護プレイ……要は寄生ビルドか。書き手本人が迷ってるじゃないか」
書き手はさらに分身の設定で重要なのは地位と敵であり、権力者なのか流れ者なのかどこかの組織や国家や結社に属しているのかを考えてみてほしいと続けていた。
所属や地位は後からいくらでも変えられるが、敵だけは向こうから勝手にやって来るものだというのはどのゲームでも変わらない真理だろう。
そして最後に書き手はラスボスを決めようと持ちかけていて、それは直接殴り込んでくるのではなく裏で暗躍したり部下を送り込んだりしてくる存在で、何度か退ければこちらの価値次第で勧誘に切り替わることもあれば本気で殺しにくることもあるのだという。
決めなくても構わないが運に任せたい者は六面ダイスを二つ振って、その合計で決めろとあり出目ごとの相手が一覧になっていた。
『ラスボス表(2D6)
2:アインズ&階層守護者&高位のシモベ複数
3:階層守護者の誰か
4~5:現地の人間種・亜人種の強者(45+2D6レベル)
6~7:プレアデス
8~9:現地の異形種の強者(50+2D6レベル)
10:白金の竜王の勢力
11:真なる竜王の一体
12:六竜の一体』
「……うちのギルドがラスボス表の常連じゃないか」
二の目にはアインズと階層守護者が並び、三の目ではさらにダイスを振ってシャルティアかコキュートスかマーレかアウラかデミウルゴスかアルベドかを決めるのだという。
ペロロンチーノさんのシャルティア、武人建御雷さんのコキュートス、ぶくぶく茶釜さんの双子、ウルベルトさんのデミウルゴス、タブラさんのアルベドと、仲間たちが作り上げた子供たちの名前がずらりとラスボス候補に並ぶ光景は壮観ですらあった。
そして六と七の目には、書き手が現地の人間にとってのラスボスとして想定しているのはプレアデスだという注釈まで付けられていた。
白金の竜王に真なる竜王に六竜と竜の名を冠した見知らぬ強者たちが上の目に控えているのも不気味だったが、今の俺にとってはそれ以上にメイドたちの名前のほうが重かった。
「ユリたちがラスボス……いや、計算は合うな」
プレアデスの面々は最も高いナーベラルで63レベルあり、最も低い者でも40レベルを優に超えているのだから、限界が41の世界ではそれだけで十分すぎるほどの壁になる。
現地の強者の出目も47から57あるいは52から62という幅に収まっていて、現地の人間にとってのラスボスはおおむね50レベル前後から60台が想定されているということになる。
「実質50台に届けば現地のラスボスとは勝負になる。だが守護者やアインズが相手なら……どう組んでも勝ち目はない」
百レベルの守護者たちを相手にした場合はどんな数字を積み上げても届かないのだから、そこで生き残る手段はまったく別の方向から用意しておく必要がある。
読むべきものはすべて読み終えたと判断した俺は、六枚のカードを改めて見渡すと肺などないはずの胸で深く息を吐き出すような仕草をした。
「よし……全部読んだ。ここからは、計算の時間だ」
俺はまず六枚のカードのうちどの項目にSを切るのか、というビルドの軸から決めることにした。
最も価値の高い一枚をどこに置くかで残りの五枚の役割がほぼ自動的に決まってしまうのは、ポイント割り振り型のキャラクリにおける定石中の定石だ。
「外せるものから外していくか……まずは特殊アイテムのS、世界級アイテムからだ」
世界級アイテムの性能が規格外であることは誰よりも知っているが、それを抱えた者がどれほど執拗に狙われるかもまた俺は狩る側として誰よりもよく知っている。
それにアイテムは生まれでしか決まらないものではなく、力をつけてから自分の手で奪いにいくことだってできるのだから最初の一枚をここに切る理由は薄い。
書き手お勧めの庇護プレイも念のために検算してはみたが、限界をEに落とせば素のレベルは十九でありそれは小都市程度の暴力でしかない。
世界級アイテムを抱えた十九レベルなど、狩る側から見れば手足の生えた宝箱がのこのこと歩いているのと何も変わらないだろう。
「宝箱に手足が生えて歩いてる……元PKギルドのギルド長としては、どうしても狩る側の発想になるな」
タレントのSについても事情は似たようなもので、週に一度の第十位階は確かに魅力的だがその威力は能力値に依存するうえに使えば終わりの一発芸でしかない。
残るはコネクションのSであり、その一行に記されたアインズという名前を思い浮かべた途端に俺の思考はほんの一瞬だけ足を止めた。
「コネクションは……後回しだ。今は数字で比べられるものから片付ける」
そうなるとSを切る先は、限界レベルか出身か能力値の三択になるが最初に頭に浮かんだのはやはり限界レベルだった。
レベルはこの世界において絶対の指標であると説明文自身が明言しているのだから、そこに最高のカードを積むのはゲーマーとしての本能と言っていい。
「限界をSで41。出身は上級職が取れるAで21の0.3倍、6.3。能力値をBにして41の一割で4.1……合計51.4か」
手の内が知られて出身の倍率が0.1まで落ちたとしても47.2相当が残るのだから悪くない数字だと俺は一度は頷きかけた。
しかし念のためにほかの組み合わせも検算しておこうと骨の指を折り始める。
「出身をSにした場合は……限界がAに落ちて35。15の0.6倍で9、能力値Bで3.5、合計47.5。バレたら40にまで落ちる」
転生者の上乗せは限界から20を引いた数に掛かる以上、限界レベルが下がればその元手そのものが痩せ細ってしまう。
限界と出身の両方にSを置くことはできないのだから、転生者という出身は見た目ほどには伸びない作りになっているのだ。
「それに、ユグドラシルの知識なら最初から俺の頭の中にある……知識込みのSカードは、俺にとっては二重払いだ」
最上級職への道が閉ざされるのは惜しいが、それも20レベルを越えてからの機会に過ぎず確約された強さではないと最初に確認したばかりだった。
俺は転生者を候補から外すと、今度は能力値の側を引き上げた組み合わせを試してみた。
「限界S、能力値A、出身B。41の二割五分で10.25、出身の上乗せが21の0.1倍で2.1……53.35。最初の案より2近く上か」
しかもこちらは出身の上乗せが小さい分、手の内が知られて倍率がゼロになっても51.25相当が残るのだから崩れにくさでも明らかに勝っていた。
割合補正である能力値は種が割れようが割れまいが目減りすることがないのだ。
「なら、能力値をSにしたら……限界はAで35。五割増しで17.5、出身Bで15の0.1倍が1.5……合計54.0」
暗算の答えを口にした俺は、その数字の意味を確かめるようにもう一度最初から計算をやり直したが、結果は何度やっても変わらなかった。
限界レベルをSにした最良の組み合わせよりも、能力値をSにした組み合わせのほうがわずかに上回り、しかも手の内が知られても五十二・五相当がそのまま残るのである。
「ただ、素のレベルは四十一から三十五に下がる。位階も技の数もレベル差の減衰も、全部レベル基準なんだよな……」
六レベルの差は小さくないし、魔法詠唱者にとって行使できる位階の天井が下がることは決して軽く見ていい損失ではない。
だが俺は先ほど読んだラスボス表の数字を思い出し、この差がどの相手に対して意味を持つのかを冷静に切り分けていった。
現地の強者やプレアデスが相手ならば、想定されているのはおおむね50前後から60台でありそこに実質54で挑めるなら十分に勝負の土俵には立てる。
一方でレベル百の守護者やアインズが相手なら、41だろうと35だろうと届かないことに変わりはなく、そこで本当に意味を持つのは敗れても命を拾える能力値Sの保険のほうだった。
「格下から同格には実質値で戦い、格上の頂点からは才能で生き延びる……成長も速くなって生存率まで上がるなら、パーマデス前提じゃこれ以上の安定択はない」
ついでに言えば、Sの限界レベルは十を超える国から縁談が押し寄せる代物であり、情報漏洩の窓口を自分から増やすような真似はできれば避けたいという計算も働いた。
それでも限界レベルの欄に並んだ41という数字から目を離すのには思っていた以上の時間がかかった。
「四十一は……カード一枚で買うような数字じゃない、か」
あれは俺たち四十一人が長い時間をかけて積み上げてきたものそのものであり、運営に用意された枠に収めて自分のものにした気になるべき数字ではない。
そう自分を納得させたところで胸の奥のざわめきは静かに引いていき、俺は残る三枚の行き先へと思考を進めた。
「残りはC、D、Eで、行き先は特殊アイテム、タレント、コネクション。……基本は、後から手に入るものに安いカードを回すことだな」
アイテムは冒険の中で拾うことも買うことも奪うこともできるし、コネクションもまた遊びながら少しずつ築いていけるものであり、生まれでしか決まらないものとは重みがまるで違う。
タレントは生まれでしか決まらない項目だが、価値が飛び抜けているのはSとAだけであり、C以下はどれを選んでも誤差の範囲に収まってしまう。
「なら、Eを押し込むならタレントだ。マイナス設定は自分で決められる……腹の立つ上司の下で働いてる、で十分だろう。慣れてるし」
最後に残ったCとDのどちらを特殊アイテムとコネクションに振るかについても答えはすぐに出た。
上流階級の生まれであれば国家に顔が利く貴族との繋がりはある程度まで家の力で代用できるはずであり、Cのコネを積んでも出身の恩恵と効果が重なって無駄が出るだけだ。
一方で代々受け継がれてきた魔法の品は身分の証明にもなるうえに、死の危険が最も高い序盤の立ち上がりを直接支えてくれるだけの即効性があった。
コネクションに残るDのライバルはいざという時にしか味方してくれない相手だが、張り合う相手がいるというのはそれはそれで悪くないと俺は小さく笑った。
「能力値S、限界A、出身B、特殊アイテムC、コネクションD、タレントE……これで組む」
使ったカードは戻らない以上ここから先は一枚ごとの配置がそのまま確定していくことになる。
俺は最も重い一枚であるSのカードへと骨の指を伸ばしそれを宙から摘み上げた。
カードは見た目よりもずっと重く、指先にはほのかな熱のようなものまで伝わってきた。
能力値の欄へ運ぼうとしたその瞬間、先ほど無理やり脇へ押しやった考えが音もなく浮かび上がってきた。
もしもアインズが仲間の誰かだったなら。
そう思った途端に俺の指はまるで自分のものではないかのように能力値の欄を素通りして、ゆっくりとコネクションの欄のほうへ流れていった。
『Sのカードを「コネクション」に使用します。この操作は取り消せません。よろしいですか? はい/いいえ』
浮かび上がった確認のウィンドウを前にして、俺の指ははいの文字の真上でぴたりと止まった。
取り消せないと明記されたその一文の重さを理解していながら、俺の中のどこかがこのまま押してしまえと囁いていた。
「アインズが……ギルドの誰かなら。このカード一枚で、またあの人たちに会えるかもしれないんだ」
ヘロヘロさんがログアウトしてから、たったひとりで迎えた最後の時間の静けさがまだ骨の髄にまで染み付いていた。
数字の最適解などどうでもいいから誰かと繋がっていたいという願いは、仲間たちが一人また一人と去っていったあの日々からずっと俺の胸の底に沈んでいたものだった。
指先がわずかに沈みかけたところで、俺の頭の片隅に先ほど読んだ説明文の一節が引っかかった。
それは決して自分の実力ではなく、相手には相手の思惑があるという書き手の冷めた忠告だった。
「……違うだろ」
もしアインズが本当に仲間の誰かであるのなら、そこへ辿り着くためにコネの札など必要なはずがない。
ギルドの名前を背負って玉座に座っている誰かがいるのなら、俺は自分の足でそこまで歩いていき胸を張って名乗ればいいだけの話だ。
逆にアインズが運営の作ったボスに過ぎないのだとすれば、このSはただ強者の庇護に縋るための札でありついさっき寄生ビルドだと笑い飛ばしたものそのものになる。
どちらに転んだとしても最高のカードをここに切る理由は、ゲーマーとしてもギルド長としても見つからなかった。
「アインズ・ウール・ゴウンは、誰かに泣きつくギルドじゃなかった……ギルド長がそれをやってどうする」
俺は『はい』の文字から指を引き剥がすと、隣に並んだ『いいえ』の文字を迷いなく叩いた。
確認のウィンドウが音もなく閉じると、摘み上げていたSのカードは何事もなかったかのように俺の手の中へと戻ってきた。
危うく十二年分の感傷に一番大事な一枚を明け渡してしまうところだったと気づいて、俺は震えてもいない骨の指をもう片方の手で握りしめた。
胸の中で荒れかけていた波はやがて静かに引いていき、それが自分の意思によるものなのか例の妙な凪のせいなのかは判然としなかったが今はどちらでも構わなかった。
「仲間に会いに行くなら、強くなってからだ……強くなって、自分の足で行く」
俺は改めてSのカードを能力値の欄へと運び、今度こそ迷いのない動きでその上に重ねた。
確認のウィンドウが再び浮かび上がったが、今度は文面を読み終えるより早く俺の指は『はい』の文字に触れていた。
Sのカードは眩い光を放ちながら能力値の欄へと溶け込んでいき、天才という二文字がそこに静かに刻み込まれた。
俺の分身を形作る最初の一枚がようやく定まったのだ。
俺は続けてAのカードを摘み上げると、今度は寄り道をすることなく限界レベルの欄へと運んだ。
確認のウィンドウに触れると、三十五という数字が欄の中に浮かび上がり四十一の文字は選ばれなかった選択肢の列へと静かに退いていった。
「三十五か……まあ、足りない分は才能で埋める」
続くBのカードを出身の欄に重ねると、上流階級という文字が刻まれ貴族か豪商かの家に生まれることが確定した。
アーコロジーの外で泥水をすするように生きてきた俺が勝ち組の側に生まれることになるのだから、人生というのはわからないものだ。
「生まれだけは勝ち組、か。現実の俺が聞いたら泣くな」
Cのカードを特殊アイテムの欄に置くと、代々受け継がれてきた一品という説明の下に詳細は誕生時に確定するという小さな注記が浮かび上がった。
どんな品が手元に来るのかは生まれてみるまでのお楽しみということらしく、ガチャ廃人の端くれとしては妙に心が躍った。
Dのカードをコネクションの欄に重ねたときには、さすがに先ほどの迷いの名残がほんのわずかに指先を重くした。
だがライバルという文字が刻まれるのを見届け、それでいいのだと自分に言い聞かせるように小さく頷いた。
「アインズに会いに行くのはコネじゃない……俺の足と、俺の力だ」
最後に残ったEのカードをタレントの欄に置くと、異能なしという文字と共にマイナス設定の入力を求める欄が開いた。
俺は少しだけ考えてから先ほど決めていたとおりの一文をその入力欄へと書き込んだ。
『入力:まったく助けてくれない腹の立つ上司の指示を受けて働いている』
入力を確定すると、ウィンドウはしばらく考え込むように明滅を繰り返し、それから素っ気ない一文を返してきた。
その文面を読んだ俺は、思わず骨の顎が外れそうになるほど口を開けた。
『受理しました。あなたの何かが一段階悪化します』
「何かって何だよ! そこは具体的に書けよ、運営!」
何がどう悪くなるのか明かされないまま確定してしまったことに一抹の不安を覚えたが、文句を言ったところでカードが戻ってくるわけではない。
少なくとも上司に恵まれない生活ならば現実で十分に鍛えられているのだから、大抵のことには耐えられるだろうと俺は無理やり前向きに考えることにした。
六枚のカードがすべて欄に収まると、ウィンドウの表示が切り替わり俺の分身の設定が一覧となって並んだ。
それはこの短い時間の中で俺が悩み抜いて組み上げたビルドの全貌だった。
『名前:モモンガ 限界レベル:A(35) 出身:B(上流階級) 能力値:S(天才) 特殊アイテム:C(継承品) タレント:E(なし/マイナス設定あり) コネクション:D(ライバル)』
「名前は……引き継ぎか。いや、それでいい」
一覧の下にはさらに任意の項目としてラスボスを決定しますか、という問いかけが浮かんでいてダイスを振るか決めないかの二択が並んでいた。
決めなくても構わないと書き手自身が言っていた項目であり、振らずに済ませるという選択肢も当然あった。
「……いや、振るか」
敵の正体を知らないまま走り出すのは情報戦を自分から投げ捨てるようなものであり、どうせ敵が向こうからやって来るのならその顔ぶれは先に知っておきたい。
二つの六面ダイスの合計は七を頂点にした山なりの分布になるのだから、最悪の二と三が出る確率はあわせても三十六分の三で一割にも満たない。
「一番出やすいのは6と7で36分の11……約三割がプレアデスか。それに、最悪の目でナザリックが出たとしても」
能力値Sの天才であれば、絶対的な強者からはまず間違いなく勧誘され、一度敗れたとしても命までは奪われずにもう一度声を掛けられるのだった。
最悪の目を引いたとしてもその保険が利くのであれば、振らない理由のほうが見つからない。
俺がダイスを振るの文字に触れると、光の粒が寄り集まって二つの六面ダイスの形を取り骨の掌の中へと転がり込んできた。
ずしりとした重みを確かめるように一度握りしめてから、俺は床のない白い空間へとそれを放った。
二つのダイスは見えない床の上を跳ねるように転がりやがてゆっくりと動きを止めた。
上を向いた面に刻まれていたのは三と四の目だった。
『出目:7 ラスボス:プレアデス(一人もしくは複数)』
「7……一番出やすい目、か。期待値どおりってわけだ」
口ではそう言ってみたものの、表示された文字列を見つめる俺の胸中は数字ほど穏やかではなかった。
ユリにルプスレギナにナーベラルにソリュシャンにシズにエントマと、最後の瞬間まで玉座の間で膝をついていたメイドたちの姿が次々と脳裏に浮かんでは消えていった。
「あの子たちが……俺のラスボスになるのか」
レベルで言えば彼女たちは五十前後から六十台前半までの幅に収まっていて、鍛え上げた後なら俺の実質54レベルであれば相手次第では互角以上に渡り合える計算になる。
もっとも一人もしくは複数とある以上、ルプスレギナやナーベラルのような上位の者が姉妹で連携してくれば数字の上ですら、勝ち目は薄く、書き手が現地のラスボスに据えるだけの壁であることは間違いない。
なぜナザリックのメイドたちが一介の現地人を狙うのかという理由までは表示されておらず、書き手の言うとおりそれは生まれてから自分の目で確かめるしかないのだろう。
それでも書き手はラスボスが自ら殴り込んでくることはなく、裏で糸を引いたり手下を差し向けたりしてくるものであり、何度か退ければこちらの価値次第で勧誘に切り替わることもあると書いていた。
天才という才能を持った分身が刺客を退け続けたなら、その先に待っているのはナザリックからの勧誘であり、その道の果てにはきっとアインズと呼ばれる人物の座る玉座がある。
「プレアデスを退けて、価値を認めさせて……ナザリックの扉を、正面から叩く」
そこまで考えたところで、俺は彼女たちが新作の世界では俺のことを知らないのだという当たり前の事実に思い至った。
俺をギルドマスターとして迎える者などどこにもおらず、俺はただの天才的な現地人のひとりとして彼女たちの前に立つことになるのだ。
それでも不思議と恐ろしさはなく、胸の奥に灯った小さな火はむしろ先ほどよりも確かな熱を帯びていた。
ウィンドウの最下段には最後の確認を求める一文が静かに浮かんでいた。
『この内容で分身を作成します。よろしいですか? はい/いいえ』
「……明日は四時起きなんだけどな」
思わず漏れた呟きに自分で苦笑しながら、俺は骨の指を『はい』の文字へと伸ばした。
会社に連絡を入れる方法があるのかどうかもわからなかったが、この先に広がる世界を前にして引き返すという選択肢だけはどうしても選べそうになかった。
指先が文字に触れた瞬間に乳白色の空間そのものが内側から光を放ち始め、六枚のカードが刻まれた欄が一斉に眩い輝きの中へと溶けていった。
骨の身体の輪郭が光に呑まれてほどけていく感覚の中で、俺は最後にもう一度だけかつての仲間たちの名前を心の中で順番に呼んだ。
「待っていろよ、ナザリック。……今度は、俺のほうから会いに行く」
その言葉が白い光の奥へと吸い込まれていくのを聞き届けながら、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
それが鈴木悟の分身、モモンガがこの世界に生まれ落ちる最初の瞬間だった。
長くなりましたが、区切りにくかったので投稿します
3000文字、10話くらいに分割してもよかったか