ラインハルトに転生したヤン・ウェンリーは戦争をしたくない 作:山田 川田
どうしてこうなった?
ヤン・ウェンリーは頭を抱えた。
よりによって、ラインハルトに転生している。
……私は自由惑星同盟の提督で、脚を撃たれて死んだはずなのに。
しかも、アスターテ会戦の直前だ。
鏡を見る。
金色の髪。
青い瞳。
どう見ても帝国軍のラインハルト・フォン・ローエングラムだ。
「困ったな……」
困ったでは済まない。
もうすぐ自由惑星同盟軍との戦闘が始まる。
◇
ヤン――ラインハルトに転生した彼は、正面のスクリーンを眺めていた。
副官のキルヒアイスが報告した。
「敵は約四万隻。我が軍の二倍の兵力で、三方向から包囲しようとしています。それについて、五人の提督が意見具申を希望されています」
「そうか。会おう」
やがて、メルカッツ大将を筆頭に五人の提督が入室した。
幕僚たちも同席していた。
メルカッツが一礼した。
「司令官閣下、意見具申の機会をいただき、感謝いたします」
「撤退した方がいい、という話ですね?」
シュターデン中将が答えた。
「現状が不利であることは事実です。損害を最小限に抑えるため、適切な措置が必要と考えます」
「うん。撤退は魅力的な提案ですね」
提督たちは顔を見合わせた。
ヤンはゆっくりと話した。
「ただ、今の状況なら、こちらの方が有利とも言えます」
「有利ですと?」
ヤンはスクリーンを指した。
「敵は三方向から我が軍を包囲しようとしている。でも、包囲はまだ完成していない」
「はい」
「敵の総兵力は四万隻だけど、一個艦隊ずつなら我が軍の二万隻より少ない。だから、敵が合流する前に一つずつ叩けばいい」
「しかし、残りの二個艦隊が救援に向かってきます!」
「その前に第四艦隊を撃破する。そして第六艦隊、最後に第二艦隊を叩く。敵の四万隻を一度に相手にする必要はないんだ」
シュターデンが反論した。
「机上の空論です! そのような作戦が成功する保証はありません!」
「そう思うだろう。だから有効なんだ。まさか、そんなことを本当にするはずはないと思うから、奇襲になる」
◇
ヤンは立ち上がり、後ろを向いて腕を組んだ。スクリーンには宇宙が広がり、多くの艦艇が並んでいた。
こちらは二万隻、敵は四万隻。合わせると数百万の将兵がいる。
ゆっくりと振り返った。
「でも……二つ問題があります」
提督たちが顔を見合わせた。
「何が問題なのです?」
ヤンは頭をかいた。
「敵がたくさん死にます」
「……はい?」
「だから、あまりやりたくない」
室内が静かになった。
誰も何も言わない。
「戦争だから人が死ぬのは当然なんだけどね。でも、何百万人も殺すのは、あまり気分のいいものじゃない」
幕僚の一人が恐る恐る口を開いた。
「閣下。敵は我々の倍おり、我が軍が危険な状況です」
「……そうなんだよなあ」
ヤンはため息をついた。
戦いたくない。
しかし、負けるのも困る。
何より、私一人の都合で帝国軍の兵士を死なせるわけにはいかない。
「それから、もう一つ」
「はっ」
「やっこさんだ」
「やっこさん?」
「同盟軍のヤン。彼、どうしてる?」
幕僚たちは顔を見合わせた。
「ヤン・ウェンリー准将でしょうか」
「そう、それ」
ヤンは身を乗り出した。
「何か変わったことは?」
「変わったこと、と申されましても……」
「何でもいい。性格が変わったとか、急に偉そうになったとか」
幕僚は手元の資料を確認した。
「……貴族のようだ、という報告があります」
ヤンの動きが止まった。
「貴族?」
「はい」
「どういう意味?」
「部下に対する態度が、以前とは大きく異なるようです。非常に尊大であると」
「なるほど」
嫌な予感がした。
「ほかには?」
「自信に満ちた態度を取るようになったとも」
ますます嫌な予感がする。
「ほかには?」
「帝国の内情に詳しいとの報告があります」
「……」
「それから、礼儀正しく優雅な態度で、伯爵というあだ名がついています」
「……」
ヤンはしばらく天井を見た。
金髪の青年が、同盟軍の制服を着ている姿が頭に浮かんだ。
「ああ。向こうに転生したか」
「は?」
「いや、こっちの話」
ヤンはスクリーンを見た。
同盟軍第四艦隊。
第六艦隊。
第二艦隊。
そのどこかに、ヤン・ウェンリーの姿をしたラインハルトがいる。
「まずいな」
「何がでしょう?」
「やっこさん、戦争が好きなんだ」
「は?」
正確には戦争が好きなのではない。
勝つことが好きなのだ。
そして野心がある。
何より――
強い。
「だったら、何をやってくるか分からないぞ」
私なら、この状況でどうする?
まず各個撃破を警戒する。
三個艦隊を合流させようとする。
だが、中身がラインハルトなら、それだけでは済まない。
こちらが各個撃破を狙うことを利用して、逆に罠を仕掛けてくるかもしれない。
それを読んで、こちらがさらに裏をかく。
すると向こうも――
しかし、私が同盟軍として戦ったアスターテ会戦では、進言は受け入れられなかった。
今の彼も同盟軍の准将だ。そして根回しとか交渉とか、得意とは思えない。
ならば司令官を急病にする方法もある。
私も考えたことはあったが、実行はしていない。
彼は、そういった姑息な手段は嫌いなはずだ。
しかし、何か私の想像もできない手段を使うかもしれない。
私より少し先に転生したのだから、何か準備する時間はあったはずだ――
ヤンは考えるのをやめた。
「面倒だな」
「閣下?」
「帰ろう」
「は?」
「アスターテ会戦は中止」
「中止ですか?」
「はい、中止。撤退します」
幕僚たちが固まった。
「お、お待ちください!」
「待たないよ」
「敵は目前です!」
「だから帰るんだ」
「しかし、戦わずに撤退すれば、敵に追撃される可能性が――」
「追ってこないよ」
「なぜです?」
ヤンは少し考えた。
「たぶん、向こうも驚くから」
「……」
「それに、追ってきたら逃げればいい」
「逃げるのですか!?」
「うん」
幕僚たちは絶句した。
ヤンは再びスクリーンを見た。
本来なら勝てる戦いだ。
だが、大勢の兵士が死ぬ。
しかも相手にはラインハルトがいる。
わざわざ危険な戦いをする必要はない。
「全艦隊に通達。微速前進。現在の隊形を維持したまま、右へ180度旋回」
誰も動かない。
「聞こえませんでしたか?」
「は、はい!」
提督たちは顔を見合わせ、幕僚たちが慌てて動き始めた。
ヤンは座った。
「帝国領へ帰還します」
「理由は、どのように?」
少し考えた。
「戦略的判断」
「それだけですか?」
「長く書くと、あとで説明するのが大変だろう」
◇
帝国軍二万隻が反転した。
同盟軍司令部では混乱が起きていた。
「帝国軍、後退しています!」
「罠ではないのか?」
「偽装撤退の可能性があります!」
誰もすぐには追撃を命じられなかった。
その中で、一人の男だけがスクリーンを睨んでいた。
ヤン・ウェンリー准将。
その姿をしたラインハルトだった。
「ローエングラム……」
帝国軍が遠ざかっていく。
ラインハルトは拳を握った。
「逃げる気か」
周囲の将校が振り返った。
「ヤン准将?」
ラインハルトは立ち上がった。
「追撃する」
「お待ちください! まず司令官に――」
ラインハルトはパエッタ中将に向き直った。
「追撃を進言します」
パエッタは首を振った。
「敵の意図が分からん……」
ラインハルトは黙った。
分かっていた。
あの男だ。
私がヤン・ウェンリーになったのなら――
ヤン・ウェンリーは、ラインハルト・フォン・ローエングラムになっている。
そして、あの男なら。
「戦いたくないから帰っただと……?」
ラインハルトの顔が引きつった。
あり得る。
十分にあり得る。
いや。
おそらく、それだ。
「ふざけるな、ヤン・ウェンリー!」
その声が艦橋に響いた。
◇
一方、帝国軍旗艦。
「閣下。同盟軍からの追撃はありません」
報告を聞いて、ヤンは椅子にもたれた。
「よかった」
「……本当によろしかったのでしょうか? 閣下の責任が問われることになります」
「まあ、いいんじゃない?」
ヤンは紅茶を手に取った。
戦闘なし。
帝国軍の戦死者なし。
同盟軍の戦死者もなし。
実に良い結果だった。
問題があるとすれば――
帰ったあと、怒られることくらいだ。
「まあ、それはその時に考えよう」
ヤンは紅茶を飲んだ。
こうして――
アスターテ会戦は起きなかった。
ヤンが「やっこさん」と言うのは、旧作アニメ版に由来しています。
2026/10/23 「アスターテ会戦は中止」とのセリフを追加しました。