ラインハルトに転生したヤン・ウェンリーは戦争をしたくない 作:山田 川田
ヤン――ラインハルトに転生した彼は、遠征艦隊の司令官を解任され、宇宙艦隊司令長官付きに回された。そして、当面は司令部での待機を命じられた。
仕事もない。
戦史の研究をすると言って、図書館へ行った。
大量の歴史書。宝の山だ!
帝国の歴史書には、同盟では読むことのできなかった資料も数多くあった。
ヤンは興味を引かれた一冊を手に取り、椅子に腰を下ろした。読み終えると、また別の本を取りに行く。気がつけば昼食の時間を過ぎていた。
戦争の指揮をしなくてもよい。
事務作業もしなくてよい。
一日中、読書を続けられる。
なんて幸福な時間だろう。
◇
ラインハルト――ヤンに転生した彼は、作戦図を確認した。
同盟軍は帝国軍を四方から包囲していた。帝国軍の艦艇は中央に押し込められ、まともな艦隊運動ができなくなっていた。
「敵艦隊に降伏を勧告しろ」
「はっ!」
帝国軍に通信が送られた。
『貴艦隊は完全に包囲されている。これ以上の抵抗は無意味だ。直ちに降伏せよ。降伏した将兵の生命と安全は保障する』
帝国軍司令部では、幕僚たちが司令官を見つめていた。
「閣下、これ以上の戦闘は不可能です」
「降伏などできるか!」
「しかし、すでに両翼は崩壊しております」
「全艦、戦闘を継続せよ!」
◇
その回答は、同盟軍にも伝えられた。
「敵司令官、降伏を拒否しました」
「そうか」
ラインハルトは敵艦隊の配置を確認した。
「敵の旗艦はどれだ?」
「中央後方の大型戦艦です」
「旗艦だけを攻撃する」
「ほかの艦艇は?」
「攻撃する必要はない。旗艦を集中砲火しろ」
同盟軍の砲火が、帝国軍旗艦に集中した。
「敵の攻撃が本艦に集中しています!」
「回避しろ!」
「周囲に味方艦が密集しています。回避運動で衝突の恐れがあります」
次々と光線が旗艦の防御スクリーンに命中した。
「防御スクリーン、出力低下!」
「機関最大! この場を離脱する!」
「前方にも味方艦がいます!」
「構わん! 進路を開けさせろ!」
旗艦が加速を始めた。
しかし、前方の艦艇も回避しようとして進路を変え、旗艦の行く手を塞いだ。
「前方の艦と衝突します!」
「方向転換! 回避せよ!」
巨大な戦艦が急減速し、進路を変えた。
その間にも、同盟軍の砲撃は続いていた。
「防御スクリーン、限界です!」
「左舷に被弾!」
「機関部に損傷!」
さらに数本の光線が旗艦を直撃した。
「艦内各所で火災発生!」
「動力炉に異常!」
「総員、退艦――」
次の瞬間、旗艦が巨大な爆発に包まれた。
「敵旗艦、撃沈!」
ラインハルトはすぐに命じた。
「砲撃を停止しろ。もう一度、降伏を勧告する」
帝国軍では、司令官を失った各艦が混乱していた。
『貴艦隊の司令官は戦死した。これ以上戦う必要はない。降伏せよ』
しばらくして、一隻の帝国軍戦艦が砲撃を停止し、降伏信号を発した。
続いて、別の艦も砲撃を停止した。
やがて帝国軍中央の各艦から、次々と降伏信号が発せられた。
「敵艦隊、降伏を開始しました!」
ラインハルトは作戦図を見た。
「よし。降伏した艦艇には攻撃するな。乗員を保護しろ」
こうして、帝国軍主力艦隊は降伏した。
◇
戦闘が終わり、鹵獲(ろかく)した帝国軍艦艇が集められた。
「提督、想定より多くの艦艇を鹵獲できましたね」
「ああ。各艦が早めに降伏したので、陸戦隊を敵艦に乗り込ませて制圧する必要がなかった」
「予定どおり鹵獲艦艇をイゼルローン攻略に使用するのですね?」
「そうだ。無人にして自動操縦に切り替える。各艦に爆薬を搭載して要塞へ突入させる」
「……全部ですか?」
「そうだ。鹵獲した艦艇を丸ごと使う」
ムライ参謀長が絶句した。
「貴重な艦艇です。わが軍で運用するという選択肢も――」
「敵から奪った艦艇を敵の要塞へ叩き込む。これ以上、有効な使い道があるか?」
「しかし、要塞の主砲があります」
「だから全艦艇で突入させる。数が多いほど確実だ。全部を撃ち落とすことはできない。たとえ半分が撃破されても、残りの半分は突入できる」
「……そうですが」
「以前にも無人艦を突入させる作戦があったが、失敗した。投入した艦艇が少なすぎたからだ」
「……」
「十分な数の艦艇を鹵獲できた。味方艦艇を使う必要はなくなった」
「それは使わない方が――」
◇
翌日。
イゼルローン要塞。
直径六十キロメートルの巨大要塞。その表面は水のように流動する金属で覆われ、敵の砲撃から本体を守っていた。艦艇はこの流体金属層を通過して、要塞内部へ出入りする構造になっていた。
要塞主砲トールハンマーは、一撃で多数の艦艇を撃破できる強力な兵器だった。さらに、流体金属の表面には多数の浮遊砲台が配置され、接近する敵艦艇を迎撃する。
難攻不落を誇る、帝国軍最大の要塞だった。
「帝国軍艦隊、接近!」
管制室に報告が入った。
「駐留艦隊が帰還しました! 高速で移動しています」
「高速で移動?」
要塞司令官シュトックハウゼン大将はスクリーンを見た。
帝国軍の艦艇が、次々と要塞へ向かっていた。
しばらくして、新たな報告が入った。
「同盟軍艦隊を発見!」
「何だと!」
「味方艦隊の後方から接近しています!」
シュトックハウゼンはスクリーンを睨んだ。
「追撃されているのか!」
「そのようです!」
「砲撃戦用意! 主砲も準備させろ!」
「はっ!」
要塞内に警報が鳴り響いた。
「駐留艦隊を盾にして敵軍が接近することは阻止せよ!」
「了解しました!」
司令官が通信担当を振り返った。
「駐留艦隊からの報告は?」
「それが……情報が錯綜しています」
「どういうことだ?」
「通信はありますが、要領を得ていません。各艦から断片的な信号が送られてくるばかりです」
「断片的?」
「艦隊司令官戦死、組織的な艦隊運動不能、通信妨害を受けている、などです」
「無能どもめ!」
司令官はスクリーンを睨んだ。
「敵軍の位置は?」
「敵は射程外にとどまっています」
「そうか。味方艦隊の収容準備を急げ!」
帝国軍の艦艇が要塞へ近づいてくる。
「味方艦隊、さらに接近!」
「収容順序を伝えろ!」
スクリーンには、何隻もの帝国軍艦艇が映っていた。
しかも、速度を落とす気配がない。
「逃げるからといって、一度に来るな! 収容の順番があるだろう!」
「味方艦隊、減速しません!」
「何をやっている?」
そのとき、新たな報告が入った。
「味方艦隊、流体金属層に侵入!」
「何隻だ?」
「次々と侵入しています! 後続の艦艇も減速せずに向かってきています!」
「敗走してきたとはいえ、ひどいものだな。そんなに敵が怖いのか? それにしても……」
流体金属層には、なおも帝国軍の艦艇が次々と飛び込んでいた。
司令官は呆れた。
「まあいい。流体金属の中なら、敵の砲撃も無効だ。無能どもめ!」
「味方艦艇、さらに沈降しています」
「何? なぜ停止しない?」
「要塞本体に着底しました!」
「待て……何かおかしいぞ」
次の瞬間。
数千隻の帝国軍艦艇が一斉に大爆発を起こした。
要塞全体が激しく揺れた。
「外壁に損傷!」
「流体金属層が大きく乱れています!」
「浮遊砲台、沈没!」
「トールハンマー、使用不能!」
「要塞本体の被害は!?」
「各所で外壁が破損! 内部施設にも被害が出ています!」
司令官はスクリーンを見つめた。
味方だと思っていた数千隻の艦艇は、跡形もなく消えていた。