「出向命令、ですか……」
千代田区総合窓口課で勤務している藤野
その机には一枚の紙がおいてあり、紙には法務省と東京都、千代田区の連名で加藤の法務省出向命令が短い文章で記載されていた。
「この出向命令は、東京にある各市区町村役場で行われていてな。緊急事態ゆえに総理指示でこうなっている」
「ということは……、あの異星人の案件ですか?」
異星人。政府は地球外人型人工体と命名し、これに倣って報道各社もこの名称で報道をしている。その一方で、SNSなど一般社会では単純に異星人やら宇宙人で名が通っていた。
「そう。今いろいろ報道されてるじゃない?」
「そうですね……。なんか理研の研究者が海保の船で向かってたり、自衛隊が出動しているとかなんとか聞いてます」
臨時国会を開催している真っ只中にやってきた異星人。すぐに国会で議論の中心になっていた。
それと同時に、「どこの所轄なのか」という行政的な問題も出てきた。真っ先に、難民申請したいということなので出入国在留管理庁の管轄であると論じられたが、その入管庁が法務省を巻き込む形に持っていこうとした。巻き込まれた法務省は「我が国だけでは対処し切れない」とのことで外務省も巻き込ませようとし、その外務省は「見たことない技術を有している」という言い訳で防衛省を巻き込み、その防衛省は「違法な電波を流してる上に救助要請している」という理由で総務省と消防庁を引っ張り出し、消防庁は「離島の民間人は海保の仕事だ」といって半ば強制的に国交省と海保を出させようとしたり……。
そんな紆余曲折があり、結果として内閣府特殊難民対策本部が設置されることになった。その対策本部の指示のもと、理研の研究者が海保の船で南硫黄島の科学的な安全確認を行い、その防衛作戦として海上自衛隊の第2水上戦群が哨戒に当たっている。
人体に影響がないことが確認され次第、海保が異星人の身柄を確保する予定だ。
「それで、今回はその難民問題で人手が必要だと思われるから、こうして出向してほしいって辞令が下ったわけ」
部長がそのように説明する。
「僕としてはあまり賛成出来ないけど、昨日総理が部長と僕に直々にウェブ会議で説得しに来てね。正直参ってるよ」
課長がそのように言う。現在総理大臣を務める
そんな塩利根総理が直々に話をしたとなると、それはもう壮絶な物言いがあったのだろう。藤野は簡単に想像できた。
「どうしても君じゃないといけないそうだ。どうにかやってくれないか?」
部長が最終確認を行う。
「……どうしても自分じゃないといけないんですか?」
「そう言いたいのは分かる。けど、これは前代未聞の仕事なんだ。人生におけるリスクも相当大きい。国会じゃ、異星人に人権は適用される、されないの押し問答が続いている。僕たちはその結論が出るよりも早く仕事を始める必要があるんだ」
課長は額に流れる汗をぬぐいながら、藤野を説得する。
(まぁ、俺に白羽の矢が立つのは当たり前だよな……。一人暮らしの独身、家族とも疎遠、ペットや彼女もおらず、友好関係も希薄。これといった執着もないから死ぬにはちょうど持ってこいの人材だ)
まさに適材適所。それゆえ、今の藤野には断る理由がない。
「分かりました。辞令を受け取ります」
「おぉ、そうか。よかった……」
課長と部長は安堵する。その安堵は、おそらく自身に降りかかる難題がもうない事を理解したからだろう。
「早速だが、すぐに出発の準備だ。辞令は11月1日に発令される。最初の出張先は、小笠原諸島の父島だ。詳細は父島に到着してから現場の人間に聞いてくれ」
「今月いっぱいは勤務扱いで準備していいからね。父島までの片道の旅費は区役所で出すけど、それ以外は自費で頼むよ」
「一応、諸々の手当とか普通の賞与とは別の特別賞与とかあるらしいから、それで対応よろしくね」
なんとも世知辛い世の中である。
その日、藤野は足早に早退し、父島へ向かう準備をするのだった。