10月31日。出向先である法務省の辞令により、藤野は小笠原諸島の父島にある小笠原村へと向かうフェリーに乗っていた。
船内にある2等寝台のベッドで寝そべりながら、藤野はスマホでネットのニュース番組を眺める。
『現在、国会では地球外人型人工体への対処について、激しい議論が交わされています』
『あの地球外人型人工体は難民の申請をしたいと言っている! 今ここで申請を断れば、日本の信用に傷がつきます!』
『その前に、あの異星人に人権は適用されるのか? そういうところから議論を始めるべきではないでしょうか?』
『そもそも、これは人類におけるファーストコンタクトではないでしょうか。そうなれば、我が国だけでは対処しきれない事案だと思われます。これを友好国ないしは国連に持ち込む必要があるかと』
『そんな渦中にいる地球外人型人工体ですが、現地の様子を見ていきたいと思います』
『海上保安庁の巡視船に乗船している研究員が撮影した映像です。南硫黄島に上陸したと思われる異星人の姿が見えます。現在のところ、人体に有害な物質は検出されていないとしています。今後は異星人と直接接触し、詳しい検疫を行っていく方針です』
『ここからは、スタジオで有識者の方々の意見を聞いていきたいと思います──』
そのような話で止まっているとも言えるだろう。こうして現場は先手を取るために動いているというのだが。
「うーん……」
こういう話を見るたびに、なんとも言えない気持ちが藤野の中でグルグルと巻き起こる。
しかし、こうして仕事として出張している。それが全てだ。今はそれだけでいい。
到着の時間まで仮眠を取ろうと、藤野はスマホを置いて目をつむる。
その日の夕方。フェリーは無事に小笠原村へと到着した。荷物を持ってフェリーから降りると、「難民対策本部関係者」と書かれた簡素な看板を持った数人の職員が出迎える。
藤野はその職員に、今回の辞令と自分の身分を提示する。
「はい、確認が取れました。すでに通知してある通り、しばらくは海上自衛隊の敷地に設置したコンテナホテルでの生活になります。生活必需品は最低限取り揃えていますので、ご安心ください」
そのように言われ、専用のネームプレートを貰った。それを首から下げ、藤野は徒歩で海自の基地に向かう。基地の入口でも名前の照合が行われ、これをクリアして基地内へと入った。
基地に入る際に、実際に生活する部屋のルームキーを貰う。鍵にタグが付いただけの簡素なものだ。紛失すると面倒なことになると忠告された。
ちなみに部屋は二人で使うことになっている。つまり相部屋ということだ。
1012号室が藤野の部屋になる。扉には、相手の名前と自分の名前が書いてあり、すでに相手が入居していることを示していた。藤野は念のためノックしてから中に入る。
「おぉ、君が一緒に生活する隣人か」
藤野が入室して、開口一番で相手の男性がそのように言う。ベッドの上でくつろいでいたようだが、わざわざ起き上がって藤野に近づく。
「僕は仁平。町田市の市役所職員で、入管庁に派遣されたんだ。町田市役所に入庁して4年の新人みたいな人間だが、こうして色々と経験できるのは嬉しいよ」
そういって藤野の手を無理やり取って握手する。
「お、俺は藤野。千代田区役所から法務省に出向して、その出張で来た」
「へー、歳は?」
「32だけど……」
「僕より年上! でも顔は若く見えるね。とても30代には見えないな」
そういってジロジロと藤野のことを見る。
「さて、挨拶はこの辺りにしておこう。今日の便で来たんだろ? 疲れてるだろうからゆっくりしなよ。トイレはそこ、シャワーや風呂は共同の物が外に置いてある。売店も奥の方にあるから後でゆっくり見ていきなよ。その他詳しいことは机の上に書いてあるから」
若干早口でそのようなことをまくし立てる仁平。良くて清々しい奴、悪くて距離感のないノンデリ男。藤野はそんな印象を持つ。
しかし、揺れる船の中ではなかなか休まらなかった。こうして地上に降り立ったのだから、彼の言葉に甘えてゆっくりと休むことにする。
「そうだ。明日からの予定は聞いている?」
荷物を整理している時、仁平がそのように聞いてくる。
「いや、特には……」
「今朝回覧が回ってきて、明日からの三日間は事務所の設営で埋まっているらしい。電気工事とか通信設備の構築は、今日と明日で終わらせるって書いてあったな」
「そっすか……」
「それに、まだ宇宙人の調査やら有害物質の検査やらが終わってないから、実際にやることは少ないらしいよ」
「ふーん……」
そんな情報を貰いつつも、藤野は仁平が敬語を使っていないことを気にしていた。ノンデリ男の印象は間違っていなかったようだ。
そんなことを思いつつも、藤野はベッドに身を投げ、明日に備えるのだった。