親愛なる世界へ   作:花末

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第二章 ダイアゴン横町

「アストリッド、準備はできたかい?」

 

アスターが目的の部屋へ向かうと、ドアの前に両親が並んでいた。母はいつもと変わらず、モーブ色のナロードレスを身に纏っている。一方、父は濃紺のロングローブ姿だった。

 

アスターの姿を見つけると、父はどこか弾んだ声でそう尋ねた。

 

「はい、お父様。お待たせしてしまってごめんなさい。」

 

「私が準備を早く済ませすぎただけだよ。時間通りだから、気にすることはないさ。」

 

そう言うやいなや、父は早く行こうと言わんばかりにアスターをエスコートし始めた。

 

そんな父を、母が呆れた様子で引き止める。

 

「あなた、そんなに浮かれていて大丈夫なのですか?アストリッドやエミールと出かけられるのが嬉しいのはわかっておりますが、今日はアストリッドの入学準備のための外出ですわ。万全を期せねば心配です。」

 

「そんなに心配しないでおくれ、エディット。いくら浮かれているとはいえ、問題を起こしたりはしないさ。アストリッドも大きくなったことだしね。」

 

不安げな母、エディットを宥めながら、父はアスターの方に茶目っけたっぷりの笑顔を向けた。

 

よく見る両親の光景に、またかと思う。けれど、それ以上に大好きな両親の姿が嬉しく、自然と満足げな表情を浮かべていた。

 

七月半ばの今日、アスターは父と叔父と共に、入学に際して必要な品々を買いに行くことになっていた。

 

目的地がイギリスのダイアゴン横町だったため、イギリスに住んでいる叔父にも同行してもらうことになったのだ。父は久しぶりに弟と長い時間過ごせるとあって、すっかり浮かれていた。

 

そして、心配性なところのある母は、そんな父の様子に不安を募らせていた。

 

「お母様、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ。ダイアゴン横町なら私も何度か行ったことがありますし、叔父様もいらっしゃいます。どうか安心なさってください。」

 

「ええ……。いいですか、アストリッド。エミールから離れてはいけませんよ?」

 

「お約束しますわ、お母様。」

 

「ん?エミールなのかい?私ではなくて?」

 

「あなたでは不安です。今日はエミールの言うことをよく聞いてくださいませ。」

 

母の言い分に、父はしょんぼりと肩を落とした。

 

そんな父をそのままに、アスターは母と一緒に部屋へ入った。

 

部屋の中には、フランスとイギリスの両方の時刻が確認できる、小ぶりな置き時計が置かれていた。この置き時計は、フランスにある本家とイギリスにある叔父の家を繋ぐポートキーになっている。

 

母は置き時計の前まで来ると、アスターが父と揃えて仕立てた濃紺のローブの襟元を整えた。

 

今日のアスターは、サックスブルーのパネルラインのワンピースを着ていた。肩までの髪は、ローブと同じ色のリボンを使ってハーフアップにまとめている。

 

母は満足したように頷くと、アスターから一歩離れた。

 

すると、待っていたとばかりに父が隣へやって来る。

 

「さて、行こうか。」

 

アスターが頷いたのを確認すると、父は母の方へと向き直った。

 

「それでは行ってくるよ。あまり遅くならない内に帰ってくるからね。」

 

「わかりました。お気をつけて。アストリッド、エミールから離れないのよ?」

 

「はい、お母様。いってまいります。」

 

母との挨拶を済ませると、父と共に置き時計へ触れた。

 

臍のあたりから強く引っ張られるような感覚に襲われ、周囲の景色が目まぐるしく移り変わっていく。

 

やがてその感覚が収まると、二人は先ほどとは別の部屋に立っていた。

 

ほどなくしてドアが開き、一人の男性が入ってくる。ドアには、誰かが到着したことを知らせるベルが取り付けられているのだ。

 

現われたのは、アスターの叔父であり、父、レナードの弟でもあるエミールだった。

 

見た目だけなら堅物で厳格そうな父とは対照的に、叔父は柔和な印象を与える容姿をしている。アスターは常々、叔父は祖父に似ていると思っていた。

 

今日は柔らかな生地のシャツに、揃いのベストとスラックスを合わせている。普段よりもきちんとした装いだったが、それでも叔父の柔和な雰囲気は少しも損われていなかった。

 

「いらっしゃい、二人とも。もう用意はいいかい?」

 

「エミール!久しぶりだな。」

 

そう言いながらハグしようと近づく父を、叔父はさっと躱した。そして、そのままアスターの方へと歩み寄る。

 

「アストリッドを本家まで送りに行ってから、まだ一か月くらいしか経っていないじゃないか。大袈裟な……。アストリッド、元気にしていたかい?」

 

「元気にしていたわ。叔父様は?」

 

「僕も元気だよ。ただ、ニフラーの子どもが生まれてね。逃げ出されて大変なんだ。」

 

「よかった、無事に生まれたのね!後で会いに行ってもいいかしら?」

 

「もちろん。」

 

「二人とも、仲間はずれにしないでくれ。」

 

父は恨めしそうな目でこちらを見ていた。

 

父は弟である叔父のことが大好きなのだ。お互いにいい歳をした大人になってからも、弟のことが心配でたまらないといった様子で、何かと叔父を困らせていた。

 

そして、父は娘のことも溺愛していた。

それはもう、蜂蜜漬けの砂糖菓子かのように甘かった。

 

父にとって、大好きな二人が仲良く話している姿は微笑ましく、見ていて大変満足のいくものだった。けれど、それはそれとして、やはり自分も会話に加わりたいのである。

 

「はいはい、悪かったよ、兄上。」

 

「なんだ、その言い方は。はいは一回だぞ、エミール。」

 

「もう、お二人とも。早く行きましょう。」

 

長くなりそうな気配を察したアスターが出発を促し、一行はリビングへと移動した。

 

目的はダイアゴン横町だ。リビングの暖炉から煙突飛行ネットワークを使い、まずは漏れ鍋へ向かうことになっていた。

 

アスターは叔父に続いて暖炉の炎にフルーパウダーを振りかけ、中に入ると「漏れ鍋」と唱えた。

 

高速で回転しながら穴に吸い込まれるような感覚と、凄まじい轟音をひたすら我慢し、落ち着くのをおとなしく待つ。

 

しばらくすると感覚が落ち着き、薄汚れたパブに着いた。

 

叔父に促されて暖炉から出ると、少しして父も到着した。

 

店内は暗く、みすぼらしい印象だった。お世辞にも身綺麗とは言えない客が多いように思う。

 

アスターは初めのうち、漏れ鍋に来るたび戸惑っていた。しかし、今となっては慣れたもので、一切の戸惑いはなかった。

 

三人は颯爽と店内を通り抜け、壁に囲まれた小さな中庭へ出た。

 

叔父が壁のレンガを杖で三度叩くと、叩かれたレンガが震えながら動き始めた。やがて、壁の真ん中にアーチ型の入口ができた。

その向こうには石畳の通りが曲がりくねって続いていた。あまりにも長く、先が見えないほどだった。

 

ダイアゴン横町には片手で数えられるほどしか来たことがない父は、キラキラとした目で、楽しそうにその様子を眺めていた。

 

三人がアーチをくぐり抜けると、アーチはみるみるうちに縮み、元のレンガ造りの壁へと戻った。

 

「さて、アストリッド。教材のリストを見せてくれるかい?」

 

 

 

 

 

────────────────────

 

ホグワーツ魔法魔術学校

 

制服

 

一年生は次の物が必要です。

 

  一.普段着のローブ 三着(黒)

  二.普段着の三角帽(黒) 一個 昼用

  三.安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの)一組

  四.冬用マント 一着(黒。銀ボタン)

 

衣類にはすべて名前をつけておくこと。

 

教科書類

 

全生徒は次の本を各一冊準備すること。

 

  「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴズホーク著

  「魔法史」         バチルダ・バグショット著

  「魔法論」         アドルバード・ワフリング著

  「変身術入門」       エメリック・スィッチ著

  「薬草ときのこ一〇〇〇種」 フィリダ・スポア著

  「魔法薬調合法」      アージニウス・ジガー著

  「幻の動物とその生息地」  ニュート・スキャマンダー著

  「闇の力───護身術入門」  クエンティン・トリンブル著

 

その他学用品

 

  杖(一)

  大鍋(錫製、標準 2型)(一)

  ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一組)

  望遠鏡(一)

  真鍮製ものさし (一組)

 

ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい。

 

一年生は個人用箒の持参は許されていないことを、保護者はご確認ください。

 

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「よし。アストリッド、マダム・マルキンの店を覚えているね?制服の採寸を一人でしてもらっておいで。ああ、店の前までは僕も一緒に行くからね。」

 

叔父は受け取った教材のリストに目を通すと、手際よく指示を出し始めた。

 

「兄上はフローリシュ・アンド・ブロッツに行って、教科書を揃えてきて。ついでに、僕が取り寄せてもらった本も受け取ってきてくれる?受取票を見せれば大丈夫だから。」

 

「わかった。何の本だ?」

 

「魔法生物関連。アメリカで新しく出版された本だよ。」

 

「またか?そうやって魔法生物にばかりかまけているから、いまだに独身なんじゃないのか?いい加減、身を固めたらどうだ。」

 

「何回言ったらわかるの?僕は結婚しないからね。絶対うまくいかないし、子どもならアストリッドがいるでしょう。」

 

「アストリッドは私の娘なのだが?」

 

「そうだけど、僕の娘みたいなものでもあるでしょう?一緒に住んでいたんだから。」

 

「叔父様、お父様、お二人ともいい加減にしてください。早く買い物を済ませなくては。」

 

アスターは若干呆れたような口調で、二人の言い合いを宥めた。

 

二人とも、まだお互い納得がいっていないようだったが、渋々といった様子で言い合いをやめた。

 

「気を取り直して……。僕はアストリッドを送ったら、杖以外のその他学用品を揃えてくるよ。兄上は教科書と僕の本を受け取ったら、エルヴィアを迎えに行って。合流できたら、二人でオリバンダーの店に行って杖を買ってね。そうしたら、そうだな……。うん、オリバンダーの店のあたりで待っていて。僕がそこまで行くから。」

 

叔父は二人が了承したのを確認すると、父と別れ、早速アスターを連れて歩き出した。

 

少し歩くと、「マダムマルキンの洋装店」と書かれた看板が見えてきた。

店先には大きな裁断鋏の模型が飾られており、ゆっくりと動いている。

 

店の前に着くと、アスターは叔父に促されて、塗装の剥がれた木製の扉を押し開けた。

 

叔父はアスターが店内へ入るのを見届けると、目的の店へ向かって歩き出した。

 

中に入ると、すぐに藤色ずくめの服を着たマダム・マルキンが愛想のよい笑顔を浮かべてやってきた。

 

「お嬢ちゃんはホグワーツ?」

 

「はい。今年入学します。」

 

「まあまあ、入学おめでとう。全部ここで揃いますよ。さあ、それじゃあ、そこの台の上に立って頂戴な。」

 

マダム・マルキンに促され、アスターは踏み台へ向かった。

 

隣の踏み台では、黒い肌に長いドレッドヘアの少女がローブの丈を合わせていた。きりりとした印象の整った顔立ちで、身長が高い。おそらく上級生だろう。

 

踏み台に立つと、マダム・マルキンは頭から長いローブを着せかけ、丈を合わせながらピンで留め始めた。

 

「こんにちは。新入生かしら?」

 

隣の踏み台に立つ少女がそう話しかけてきた。

 

「こんにちは。はい、そうです。」

 

「そうなのね。私はアンジェリーナ・ジョンソン。新学期から三年生になるの。貴女のお名前を聞いてもいいかしら?」

 

アスターは一瞬だけどう名乗るか迷った。そして、意を決したように口を開いた。

 

「アスター・リンデルと言います。よろしくお願いします、ミス・ジョンソン。」

 

長くて格式ばった本名ではなく、お気に入りの愛称で名乗ることにした。

公の場などでは本名を名乗るべきだろう。けれど、今は世間話の一環にすぎない。それならば別に構わないはずだ。それに、せっかくイギリスの学校に通うことになったのだ。普(・)通(・)の子として接してもらえるチャンスかもしれない。

学校でもアスターを名乗ろうと、今決めた。

 

「アンジェリーナでいいわ。こちらこそよろしくね。それと、敬語も使わなくていいわよ。気楽に話してちょうだい。アスターって呼んでいいかしら?」

 

「ええ、ぜひ。ええと、ホグワーツには寮が四つあると聞いたの。アンジェリーナはどの寮に入っているの?」

 

「グリフィンドールよ。どこか入りたい寮はある?」

 

「いいえ、ないわ。どの寮に組分けされるか、今からドキドキしているの。」

 

「ふふ、私もそうだったわ。楽しみね。私としては、グリフィンドールに来てくれると嬉しいけど。」

 

「グリフィンドールはどんな寮なの?」

 

「素敵なところよ。寮生はみんな明るくて、面白い人も多いと思うわ。先輩たちは優しいし、団結力も高いの。困ったことがあっても、誰かしらが力になってくれるからとっても過ごしやすいわ。」

 

「すごく素敵なところなのね。アンジェリーナ、ずっと楽しそうに話してくれていたもの。もし私がグリフィンドールに組分けされたら、仲良くしてくれる?」

 

「当たり前でしょう。もちろん、他の寮に組分けされたとしても仲良くしたいと思ってるわ。」

 

「嬉しいわ。ぜひ仲良くさせてね。」

 

アスターは同世代の子と話す機会があまりなかったため、内心では少し不安に思っていた。けれど、アンジェリーナとは不思議なくらい話しやすかった。

 

アンジェリーナは背が伸びてローブがサイズアウトしてしまったため、買い替えに来たのだそうだ。本人は買い替えることをすっかり面倒に思っているようだったが、アスターはそのことに感謝していた。だって、そのおかげで彼女と出会えたのだから。

 

アスターは、すっかりアンジェリーナのことが好きになっていた。

 

会話を楽しんでいるうちにアンジェリーナの採寸が終わり、彼女は帰っていった。

 

それからしばらくして、アスターも必要な採寸をすべて終えた。

 

「はい、終わりましたよ。二時間ほどで仕上がりますから、それ以降に受け取りに来てくださいな。」

 

「わかりました。ご親切にありがとうございました。また後ほど伺わせていただきます。」

 

マダム・マルキンに扉の前まで見送られ、お礼を言って店を出た。

 

扉を出ると、すぐ前で父が待っていた。

 

父もアスターに気づいたようで、こちらに向かって小さく手を振っている。アスターは小走りで父のもとへ向かった。

 

「採寸してもらえたかい?」

 

「ええ。二時間ほどでできあがるのですって。後で受け取りに来るようにと言われたわ。」

 

「そうか。忘れずに取りに来ないとね。さて、杖を買いに行こうか。」

 

父の言葉を聞いた途端、アスターの目が輝いた。

簡単な魔法は、すでに家庭教師から教わっている。けれど、その時に使っていたのは練習用の杖だった。

いつか自分の杖を持つこと。それは、ずっと憧れていたことの一つだった。

 

二人は並んで道を進み、オリバンダーの店へと向かった。

 

オリバンダーの店は狭く、外壁には所々に中途半端な修理の跡が残っていた。言い方は悪いが、外観はお世辞にも立派とは言えない。

扉には、剥がれかかった金色の文字で「紀元前三八二年創業 高級杖メーカー」と書かれている。埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションが置かれ、その上には杖が一本だけ載っていた。

 

店内へ入ると、どこか奥の方からチリンチリンとベルの音が響いた。

 

天井すれすれまで伸びた棚には、細長い箱が何千と積み重ねられている。棚以外にあるのは、簡素なカウンターと、いかにも古そうな一つの椅子だけだった。

 

「いらっしゃいませ。」

 

突然、シャーッという梯子の動く音と共に柔らかな声が聞こえ、アスターはぴくりと肩を跳ねさせた。

 

目の前には、一人の老人が梯子に乗ってこちらを見下ろしていた。店の薄明かりの中で、大きな薄い色の目が月のように輝いている。

 

おそらく、彼がオリバンダー氏なのだろう。

 

「こんにちは。」

 

アスターは少し戸惑いながら挨拶をした。

 

「珍しいお客様のようだ……。杖腕はどちらですかな?」

 

「右です。」

 

「それでは、拝見しましょうか。」

 

そう言うや否や、オリバンダー氏はポケットから銀色の長い巻尺を取り出した。

 

「ほら、腕を伸ばして。」

 

肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、さらには頭の周りまで、オリバンダー氏は手際よく寸法を測っていく。

 

その間、アスターの頭の中は、先ほどの「珍しいお客様」という言葉と、今行われている採寸への疑問で埋め尽くされていた。

まさか、フランスから来たことがわかっているとでも言うのだろうか。

それに、今寸法を測ったところで、成長すれば変わってしまうはずだ。いったい何の意味があるのだろう。

 

それにしても、オリバンダー氏という人物はどこか掴みどころがない。ずいぶんと変わった人だな、と思った。

 

そういえば、父はどうしたのだろう。

ふと、父はどうしているのだろうかと気になり、ちらりと後ろを振り返る。

 

父は店の片隅に立ち、微笑みながらこちらを見つめていた。

どうやら、杖選びはこちらで好きに進めていいらしい。

 

一方のオリバンダー氏は、採寸を終えると、今度は棚を行き来しながら大量の箱を漁り始めた。

 

アスターはおとなしく、その様子を見つめるしかなかった。

 

やがて、オリバンダー氏は一つの箱を手にこちらへ戻ってきた。

 

「ところで、お名前は何でしたかな?」

 

「アスター・リンデルといいます。」

 

答えてから、しまったと思った。けれど、父は特に様子を変えることもなく、相変わらず微笑んでいた。

 

「では、リンデルさん、これを。クルミと一角獣のたてがみ。二十五センチ、良質でしなやか。手に取って、振ってごらんなさい。」

 

言われるままに手に取り、軽く振ってみる。

すると、カウンターの上に置かれていたランプが、音を立てて割れてしまった。

 

オリバンダー氏はひったくるように杖を箱に戻した。

 

「お次はこちら。ニレの木とドラゴンの心臓の琴線。三十センチ、柔らかく曲がりやすい。」

 

今度は手に取った瞬間、オリバンダー氏に奪い取られた。どうやらこれも合わなかったらしい。

 

「では、ブナの木とドラゴンの心臓の琴線。二十三センチ、良質でしなやか。」

 

杖を振ってみると、棚から箱が次々と吹き出した。

アスターはぎょっとして、すぐさま自分で杖をカウンターに置いた。

 

「合わんの。お次はセコイアと一角獣のたてがみ。二十センチ、振りごたえがある。」

 

今度は、棚に掛けられた梯子がひしゃげた。

 

アスターはすっかり参ってしまっていた。

杖を試すたびに店内がめちゃくちゃになっていく。そして、それに比例するように、オリバンダー氏のテンションが上がっていくのだ。

もはや狂気の沙汰である。

店内を散らかしてしまうことへの申し訳なさと、オリバンダー氏の勢いについていけないこととで、すっかりいっぱいいっぱいになっていた。

 

どうか、早く合う杖が見つかりますように。

ただひたすらにそう祈っていた。

 

「さあ、お次は……。これはいかがかな。ギンヨウボダイジュと一角獣のたてがみ。三十六センチ、良質でしなやか。」

 

杖を見せられた瞬間、これだという確信を覚えた。

 

杖を振ってみると、穏やかな風が巻き起こった。先ほどまで散らかっていた棚の箱たちが、まるで何事もなかったかのように、次々と元の場所へ戻っていく。

 

「ブラボー!」

 

オリバンダー氏は、いっそう興奮した声で叫んだ。

 

「すばらしい。いやよかった、よかった。」

 

オリバンダー氏は満足げに頷くと、その杖について長々と説明を始めた。

 

アスターも初めのうちは真剣に耳を傾けていたのだが、あまりにも話が長い。申し訳ないと思いつつ、途中からは聞き流すことにした。

 

アスターのことを選んだ杖は、ギンヨウボダイジュの淡い木肌を生かした細身の杖だった。

滑らかな軸は先端に向かって緩やかに細くなり、持ち手には銀色の蔓と小さな花の意匠が控えめにあしらわれている。

 

ようやく説明が終わり、アスターは杖の代金として七ガリオンを支払った。

 

そこでようやく、父が隣までやって来た。

父は箱に入った状態の杖を受け取ると、ローブの下に隠れている革製のウエストバッグへしまった。おそらく、教科書類もそこに入っているのだろう。検知不可能拡大呪文様様である。

 

オリバンダー氏に手短に礼を言うと、父はアスターの肩に手を添え、扉へと促した。

 

オリバンダー氏のお辞儀に送られながら、二人は店を後にした。

 

叔父はすでに店の向かい側で待っていた。

アスターたちの姿を見つけると、すぐさまこちらへ歩み寄ってくる。

 

叔父もかなりの量の買い物をしているはずだが、身軽なものだった。身につけているのは小ぶりな肩掛け鞄一つだけである。おそらく叔父も、検知不可能拡大呪文を使っているのだろう。

 

「これで必要な買い物は終わったかな?」

 

「ああ、大丈夫だろう。あとは制服を受け取りに行くだけだ。」

 

「じゃあ、マダム・マルキンの店に行く前に、入学祝いを買いに行こうか。アストリッド、ふくろうと猫とヒキガエル、どの子がいい?」

 

「ふくろうがいいわ!」

 

「オーケー。なら、イーロップのふくろう百貨店に行こうか。」

 

叔父の言葉に、アスターは飛び上がりたくなるほど喜んだ。

叔父の家にも本家にもふくろうはいる。けれど、アスターはずっと、自分だけの子が欲しかったのだ。

 

三人は足取りも軽く、ふくろう百貨店へと向かった。

 

イーロップのふくろう百貨店は薄暗く、店内のあちこちからバタバタと羽ばたく音が聞こえてくる。

宝石のように輝く目がぱちぱちと瞬くのを見て、アスターはうっとりとした。

 

しばらく店内を見て回っていると、隅の方に一羽の小柄なコキンメフクロウを見つけた。

 

灰褐色の羽には白い斑点が散りばめられている。丸みのある体つきながら、どこか凛とした佇まいをしていた。鮮やかな黄色の瞳は、店内の様子を忙しなく見回している。

 

アスターが近づくと、ふくろうは首をこてんと傾げ、彼女をじっと見つめた。

それから、差し出された指先を嘴でつついたかと思うと、何事もなかったかのように羽繕いを始めた。

その愛嬌のある仕草と、どこかふてぶてしい態度に、すっかり心を奪われてしまった。

 

「決まったのかい?」

 

その場から動かなくなったアスターのもとへ叔父がやって来ると、店員を呼んでくれた。

 

その後は滞りなく話が進み、代金を支払って、ふくろうの入った鳥籠を受け取った。

 

大人数では店に迷惑だろうからと外で待っていた父と合流し、三人とー羽は制服を受け取りに向かった。

 

ふくろうを叔父に預け、アスターは父と二人でマダム・マルキンの店へ入った。

マダム・マルキンはアスターのことを覚えていたらしく、手際よく制服を渡してくれた。受け取った制服は、父のウエストバッグの中へと消えていった。

 

朝から買い物を始めて、気づけば昼食には遅い時間になっていた。

 

叔父が家に昼食を用意してくれているというので、一行は漏れ鍋へ戻り、煙突飛行ネットワークを使って叔父の家へと帰ることにした。

 

叔父が用意してくれていたのは、サンデーローストだった。

本来は日曜日の昼食に食べる料理だが、イギリスの家庭で食べる少し豪華な昼食といえば、やはりこれなのだという。

 

叔父の家には屋敷しもべ妖精がいないため、料理を温め直すのは叔父自身が魔法で手際よく済ませた。そもそも、この料理を作ったのも叔父なのだ。

 

アスターは叔父と一緒に暮らしていた時、毎日のように叔父の手料理を食べていた。叔父は料理上手なのである。

 

父は弟の手料理に、終始笑顔で舌鼓を打っていた。

 

食事を終えると、三人で後片付けをした。

 

本家へ戻るための支度をあらかた終えておく。といっても、買った品々をすべて父のウエストバッグに詰め込むだけである。

 

それから、出かける前に約束したベビーニフラーの様子を見に行くことになった。

 

叔父の家では、いくつかの部屋に検知不可能拡大呪文がかけられている。そこでは生育環境ごとに魔法生物たちを分け、それぞれ飼育しているのだ。

 

飼育している魔法生物たちの大半は一時保護の子たちで、その時々でいる生物が変わる。そのため世話の難易度は高かった。

 

叔父の家で暮らしていた間、アスターは毎日、魔法生物たちの世話を手伝っていた。今日も慣れた手つきで、次々と世話をこなしていく。

 

父も一緒に手伝っていたのだが、慣れない作業におっかなびっくり取り組んでいた。その結果、とうとう叔父から戦力外通告を受けてしまった。

 

父は父なりに頑張っていたのだろう。けれど、どうにも叔父とアスターの作業の妨げになってしまったのである。

 

一通りの世話を終えると、来た時と同じようにポートキーで本家へと戻った。

 

本家で待っていた家族たちに帰宅の挨拶を済ませると、アスターはふくろうを連れてそそくさと自室へと向かった。

 

これから、新たな相棒に似合う、とっておきの名前を考えるのだ。

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