開けておいた窓から、一羽のワシミミズクが入ってきた。嘴には手紙を咥えている。
ワシミミズクは窓辺に置かれたロッキングチェアの背もたれに、慣れた様子でお行儀よくとまった。
このワシミミズクは本家で飼っている子だ。今回の手紙は長距離の移動を伴うため、コキンメフクロウのオーウェンには負担が大きいだろうと考え、代わりにこの子に頼んだのである。
ダイアゴン横丁で出会ったふくろうに、アスターはオーウェンという名前を贈っていた。命名辞典なども参考にしてみたものの、結局は直感で決めた名前だった。今のところ本人も気に入ってくれているように思う。
数日一緒に過ごしてオーウェンの性格もだいぶ掴めてきた。
好奇心旺盛で、少々気位が高い。そして、手紙を届けたあとは当然のようにご褒美を要求する、なかなかちゃっかりした子だった。
それでも、アスターにはよく懐いてくれていた。部屋で過ごしているといつの間にか近くにやって来て、彼女のそばを陣取っていることが多かった。
アスターが手紙を受け取り、ワシミミズクにふくろうフーズを与えていると、オーウェンがキューキューと鳴き始めた。どうやら、自分も欲しいらしい。
「あなたはさっき食べたでしょう?」
そう言いながらも、アスターは軽くオーウェンの頭を撫で、ふくろうフーズを少しだけ分け与えた。
満足したらしいオーウェンを横目に、彼女は机へ向かった。
ペーパーナイフを手に取り、丁寧に手紙を開封する。小花のあしらわれたレターセットには、読みやすく整った文字が並んでいた。
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アスターへ
無事に入学準備が進んでいるようで安心したよ。
杖選びでは大変だったね。オリバンダーさんの様子のおかしい話は友達もしていたし、確かに少し不思議な方だよね。戸惑ってしまうのも当然さ。
ふくろうを飼ったんだね!おめでとう。前から自分の子が欲しいって言っていたもんね。どんな子なのか、会えるのを楽しみにしているよ。
入学までまだあと一か月くらいあるから、体調に気をつけて、ご家族との時間を楽しんでね。
ここだけの話、新入生でホームシックになる子は毎年一定数いるんだよ。でもみんな、クリスマス休暇までには立ち直って、何事もなかったふりをして家へ帰って行くから安心して。
そうだ、もしよかったらなんだけど、ホグワーツ特急に一緒に乗らないかい?
学校生活の質問があれば答えられるし、アドバイスできることもあると思うんだ。もちろん、強制する気はないよ。もし一緒に行ってくれるなら、手紙で教えてね。
繰り返しになるけど、体調には気をつけて。
セドリック
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アスターは手紙をゆっくりと読み、読み終えるとレタートレーの上に置いた。
セドリックはアスターがイギリスで出会った二歳年上の少年である。そう、彼女をアスターという愛称で呼んだ最初の人物だ。
彼の父であるエイモスと、叔父のエミールが友人だったことで、二人は顔を合わせるようになった。
エイモスと叔父が出会ったのは、魔法省の魔法生物規制管理局だった。魔法生物の登録に訪れた叔父をエイモスが担当し、どういうわけか、そこから親しくなったらしい。人当たりが良く、人たらしの気がある叔父のことなので、不思議ではないのだが。
叔父がアスターのことをエイモスにどう説明したのかは定かではない。ただ、どうやらエイモスもセドリックも、アスターは療養のために叔父へ預けられていると思っているらしかった。
実際には少し事情が異なるのだが、まったくの間違いというわけでもない。わざわざ訂正する必要もないだろうと、そのままにしていた。
そんなわけで、真面目で面倒見のいいセドリックは今回の手紙のように、いつもアスターの体調を気遣ってくれるのだ。
少々しつこい気もするが、彼なりの親切心なのだろう。ありがたく受け取っておくことにする。
ホグワーツ特急には、一人で乗ることになるだろうと思っていた。
同じ学校に通う知り合いがいるわけでもない。入学初日から一人で過ごすことになるのは、少しばかり心細いものがあった。そのため、セドリックからの誘いはありがたいものだった。ぜひ、ご一緒させてもらおう。
返事には何を書こうかと考え始めたその時。控えめなノックが響いた。
「どうぞ。」
「失礼いたしますでございます、お嬢様。」
小さく開いた扉から入ってきたのは、屋敷しもべ妖精のブリュイだった。
「ブリュイ、どうかしたの?」
「大旦那様がお嬢様をお呼びでいらっしゃるのでございます。ガゼボでお待ちになっていらっしゃるそうでございますです。」
「わかったわ。ありがとう。」
「もったいないお言葉にございますです。それでは、ブリュイはこれにて失礼するでございます。」
ブリュイはぺこりと頭を下げると、そそくさと部屋を出ていった。
アスターはその後ろ姿を見送り、手元の手紙へ一度視線を落とした。
返事を書くのは後にしよう。そう考え、椅子から立ち上がる。
祖父に会う前に、身だしなみを整えておかなければ。姿見の前に立ち、髪や服装に乱れがないかを確かめる。特に問題はなさそうだった。最後に軽く髪を整えると、アスターは部屋を出た。
何のお話だろうか。
廊下を歩きながら、祖父に呼ばれた理由を考える。
わざわざガゼボで待っているということは、何か大切なお話でもあるのだろうか。そんなことを考えながら庭へ出ると、ガゼボの周囲には美しい薔薇が咲き誇っていた。
赤、ピンク、白。色とりどりの花が、まるでグラデーションを描くように並んでいる。この薔薇たちは、祖母と母が手ずから世話をしているものだった。季節ごとに花の種類や色合いを変えているらしく、庭の中でも特に手の込んだ一角である。
その薔薇に囲まれたガゼボのベンチに、祖父が腰掛けていた。
「お祖父様。」
アスターが声をかけると、祖父はゆっくりとこちらを振り向いた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
祖父は八十代半ばなのだが、正直なところ、五十代くらいに見える。父や叔父も実年齢より若く見えるのだが、祖父はその二人よりもさらに若々しかった。
「早かったね。隣においで、アストリッド。」
そう言って、祖父は自分の隣を軽く手で叩いた。
アスターは促されるまま、祖父の隣に腰を下ろす。
「お呼びと聞いて参りました。どうかなさったのですか?」
「渡したいものがあってね。でも、その前に少しお祖父様とお話をしよう。」
「お話ですか?」
「ああ。そう難しい話ではないよ。」
祖父はそう言って、アスターの顔を覗き込んだ。
何のお話だろうかと首を傾げながらも、アスターは素直に頷いた。
「さて。レナードから、ホグワーツへの入学準備は順調だと聞いているよ。何か心配なことはあるかい?」
「心配なことだらけですわ。」
間髪を入れずに答えたアスターに、祖父は一瞬、目を瞬かせた。
それから、声を上げて笑い始める。
「そうかそうか。うん、それはそうだな。ああ、アストリッド。笑ってすまなかったね。そんな顔をしないでおくれ。」
アスターはそんなに笑わなくてもいいじゃないかと言わんばかりに、祖父へ抗議の視線を向けていた。
「心配なことが多いのは当然だ。でも、安心しなさい。ホグワーツは素敵なところだよ。」
「ダイアゴン横丁で知り合った方も、そうおっしゃっていました。」
「そうだろう?」
祖父は満足げに頷いた。
「……アストリッド。君は、なぜ自分だけがホグワーツへ行くことになったのか、不思議に思っているのではないかな?」
その問いかけに、アスターは少しだけ表情を改めた。
「……はい。」
「そうだね。君も察しているかもしれないが、君の入学には、一応、魔法省の思惑があってね。」
「魔法省の?」
「そう。だが、君はそんなことを気にせず、楽しく学校生活を送ればいい。」
「どういうことですか?」
アスターが尋ねると、祖父は少し考えるように目を伏せた。
「イギリス国内は、少し前まで荒れていただろう?イギリス魔法省は、もう安全だと国外にアピールしたいようでね。」
「なるほど……?」
「まあ、正直なところ、わけがわからないだろう。私としても同じ気持ちだよ。」
祖父は苦笑しながら、アスターの頭を優しく撫でた。
「まったく。そんなことにうちの子を巻き込むなと言いたいところだが……。むしろ、こちらが利用してやろうかと思ってね。」
「利用する、ですか?」
「ああ。ホグワーツへの入学は、君にとっていい経験になると思うんだよ。」
祖父はそう言うと、少しだけ姿勢を正した。
「リンデル家は実力至上主義だ。次期当主の座は、長男のアレクシスが有力候補とはいえ、リュシアンや君が継ぐ可能性だってある。兄たちとは違う道に進むのも、ありなのではないかと思ったんだ。」
祖父の言う通り、リンデル家では前当主の子どもたちの中から最も有望な者が次の当主となる伝統がある。父は長男として当主の座を継いだが、祖母は兄を差し置いて当主となった人物だった。血筋や生まれた順番だけで決まるものではない。実力と、それに伴う周囲からの信頼が何よりも重視されるのだ。
そのため、アスターにも将来当主となる可能性はあった。もっとも、彼女自身はまだ十一歳である。今のところ、そんなことを真剣に考えたことはなかった。
そういえば、祖父は三人の孫の中でも、アスターを特に気に入っているような素振りを見せることがあった。とはいえ、アスターの能力に期待しているというわけではないだろう。
おそらく、祖父にとって最愛の妻の名前である、アストリッドを受け継いでいるからなのだろう。アスターはそんなふうに考えていた。
「まあ、そんなことはさておき。君にはとにかく、学生生活を楽しんでほしいんだ。」
祖父は再び柔らかな笑みを浮かべた。
「ボーバトンでも、きっと楽しく過ごせるだろう。だが、君には立場というものがあるからね。多少の制約や堅苦しさもあったはずだ。その点、ホグワーツなら比較的自由に過ごせるのではないかと思うんだ。」
祖父の言うことはもっともだった。
リンデル家はボーバトンの理事会に名を連ねる名家である。アスターが同校へ通えば、周囲からそれ相応の振る舞いを求められることもあるだろう。
もちろん、それが嫌というわけではない。
ただ、せっかくホグワーツへ行くのなら、少しばかり自由に過ごしてみたいという気持ちはあった。
今までとは違う環境で、同年代の子どもたちと過ごす学校生活。それはアスターにとって未知の経験だった。
「そんなわけで、多少のことはどうにでもなる。難しいことは考えず、学校生活を楽しんできなさい。わかったかい、アストリッド。」
「はい、お祖父様。」
アスターは素直に頷いた。そして、ふと思いついたように祖父の顔を見上げる。
「お祖父様、ホグワーツのお話を聞かせてくださいませんか?」
その声には、先ほどまでよりも弾んだ響きがあった。
祖父は嬉しそうに目を細めた。
「いいよ。そうだな、何から話そうか……。」
そこから二人の話は、どんどん弾んでいった。
寮の話、城の構造の話、授業の話。祖父がホグワーツに通っていた頃の思い出も交えながら、話題は次々と移っていく。
アスターは一つ一つの話に興味津々で、時折質問を挟みながら、夢中になって耳を傾けていた。
祖父の語るホグワーツは、どれも魅力的だった。何百年もの歴史を持つ古城。動く階段に、秘密の通路。見たこともないような魔法の仕掛けや、個性豊かな教師たち。まだ見ぬ学校への期待が、少しずつ膨らんでいく。
そうして話を続けているうちに、気づけば日が暮れ始めていた。庭を照らしていた日差しはすっかり弱まり、薔薇の花々にも夕暮れの色が差している。
「おや、もうこんな時間か……。話しすぎてしまったな。」
祖父は庭の様子に目を向けてから、ゆっくりと立ち上がった。
「遅くなってしまったが、本題に入ろう。」
そういえば、祖父は渡したいものがあると言っていた。アスターが思い出したように顔を上げると、祖父は杖を一振りした。
すると、目の前に小さな箱が現れた。
「入学祝いを贈りたくてね。さあ、開けてごらん。」
差し出された箱を受け取り、アスターはかけられたリボンを丁寧にほどいた。そっと蓋を開ける。
中に入っていたのは、雫型のクリアストーンがあしらわれた、小ぶりなイヤリングだった。華美な装飾はなく、石の透明感を生かした上品なデザインである。光を受けるたびに、石の表面がきらりと輝いていた。
「どうかな?」
「とっても素敵!嬉しいです、お祖父様。」
アスターは箱を両手で持ったまま、目を輝かせた。
「気に入ってもらえてよかったよ。」
祖父は満足そうに頷いた。
「防衛魔法を重ねがけしてあるから、何かあった時に役に立つはずだ。ホグワーツでは必ず毎日つけるんだよ?」
「……防衛魔法ですか?」
「そうだよ。身を守るためのものだからね。いくつか重ねておいた。そう簡単には壊れないし、万が一の時にも君を守ってくれるはずだ。」
祖父は、まるで天気の話でもするかのようにさらりと言ってのけた。
アスターは手元のイヤリングを見つめた。
どうやら、ただの入学祝いではないらしい。祖父の愛情はありがたいが、少々過保護なのではないだろうか。
もっとも、こういう時はありがたく受け取っておくに限る。
「大切にしますわ。毎日、必ず身につけますね。」
「ああ、そうしておくれ。」
祖父は満足げに微笑んだ。
「さあ、そろそろ中に入ろう。八月とはいえ、夜は冷えるからね。」
そう言って、祖父はアスターの肩にそっと手を添えた。二人は並んで、屋敷へ向かって歩き出す。
「ところで、英語の発音は問題なさそうだね。安心したよ。」
「叔父様のところでは、ずっと英語を使っていましたもの。」
「そうだったね。とはいえ、実際に使うとなると、また違うものだ。これなら心配はいらなそうだね。」
祖父は満足そうに頷いた。珍しく英語で話していたのは、その確認のためだったらしい。
祖父は英語の発音にうるさいところがあるのだ。イギリスにはアクセントによって人を判断する風潮が存在する。祖父が気にするのも、当然といえば当然なのかもしれない。
そんなことを考えながら、アスターはふと、先ほどの手紙を思い出した。
そういえば、セドリックに返事を書かなければならない。ホグワーツ特急に一緒に乗るという返事は、できるだけ早く送っておいた方がいいだろう。さて、どう書こうか。
アスターは、これから始まる学校生活に思いを巡らせながら、祖父とともに屋敷へ戻っていった。