親愛なる世界へ   作:花末

6 / 6
魔法薬の先生

翌朝、目を覚ますと時刻はもう六時半を過ぎていた。普段に比べると、ずいぶん寝過ごしてしまったようだ。

 

朝食は大広間で七時から九時まで食べられる。時間割は朝食の後に配られるそうで、まだ今日の予定はわからない。ただ、一限は九時に始まるらしいので、あまりのんびりもしていられないだろう。

 

体を起こして部屋を見渡すと、ハーマイオニーはすでに起きていて、何やら熱心に教科書を読み込んでいた。制服にも着替え終わっている。パーバティとラベンダーは、まだ眠っているようだった。

 

「おはよう」

 

声をかけると、ハーマイオニーは教科書に目を落としたまま「おはよう」と返してくれた。せめて顔を上げてくれてもいいのに、と思いながらベッドを降り、彼女のそばに近づいてみる。読んでいるのは変身術の教科書のようだ。昨夜、歓迎会の最中にも変身術に興味があると言っていた。朝早くから、よく勉強するものだ。よほど楽しみにしているらしい。

 

近くまで行ってもハーマイオニーは顔を上げなかった。邪魔をするのも悪いので、自分のベッドのところへ戻り、着替えを始めた。手早く制服に着替え、まだ起きる気配のないパーバティとラベンダーを起こすことにする。そろそろ声をかけた方がいいだろう。

 

二人のベッドの間まで移動し、声をかけた。

 

「パーバティ、ラベンダー。もう朝よ。そろそろ起きて支度をしましょう?」

 

二人は小さく唸りながら身を起こしたものの、まだ眠気が抜けていない様子だった。それでもどうにかベッドから降りて支度を始めてくれたので、自分のスペースに戻って残りの身支度を整えることにした。

 

鏡の前に座り、髪を丁寧にとかしてからハーフアップにまとめた。黒い小ぶりなリボンのバレッタを留め、首をゆっくり左右に振って仕上がりを確認する。

 

それから、小さなジュエリーケースから祖父にもらったイヤリングを取り出した。入学式で身につけるのは少々気が引けたので、つけるのは今日からにしたのだ。とはいえ、授業初日から身につけるというのもどうなのだろう。必ずつけると約束してしまった以上、仕方がないのだが。

 

あとは部屋を出るときにローブを羽織れば、支度は完了だ。

 

同室の三人の様子を確認すると、パーバティとラベンダーはようやく制服に着替え終わったところだった。まだ時間がかかりそうだ。一方、ハーマイオニーはすっかり準備が整っていて、今にも出発したそうにしていた。けれど、一人で先に行くのも気が引けるのか、落ち着かない様子で部屋の中を見回しながら待っていた。

 

「ハーマイオニー。教科書を読んでいたようだけれど、何か気になることでもあったの?」

 

声をかけると、彼女はようやくアスターの方を向いた。

 

「そういうわけじゃないの。私の家族には魔法族が一人もいないから、少し心配しているのよ。教科書は入学前に全部暗記したのだけれど、それだけで足りると思う?」

 

教科書をすべて暗記したという言葉に、思わず面食らった。

 

「ええ……そこまでしたのなら、大丈夫じゃないかしら。むしろ、十分すぎるくらいだと思うわ」

 

「そうかしら……」

 

ハーマイオニーはまだ不安そうだった。教科書を丸ごと暗記してしまったのなら、少なくとも知識が足りないということはないだろう。

 

面白い子だな、と思いながら、何やらぶつぶつと呟いて考え込んでいる彼女を眺めていた。

 

「待たせてごめんね。支度が終わったわ」

 

「私も!もう大広間へ行く?」

 

「そうね。そろそろ行きましょうか」

 

そう答えてから、ハーマイオニーの方を振り返る。彼女はまだ何か考え込んでいるようだった。

 

「ハーマイオニー?そろそろ大広間に行きましょう」

 

「ええ、わかったわ」

 

声をかけると、彼女ははっとしたように顔を上げた。

 

ローブを羽織り、四人で部屋を出る。時刻は七時半を少し過ぎたころで、すでに大勢の生徒が大広間へ向かい始めていた。

 

パーバティとラベンダーは、昨夜の歓迎会ですっかり意気投合したらしく、二人で流行りの恋愛小説について話していた。アスターはその小説を知らなかったし、ハーマイオニーも同じようだったので、彼女の隣を歩くことにした。

 

けれど、授業についての不安を矢継ぎ早に話すハーマイオニーに、相槌を打つのが精いっぱいだった。彼女とまともに会話をするには、もう少し慣れる必要がありそうだ。早く慣れなくては。

 

大広間へ向かう途中、少し離れたところにハリーの姿が見えた。彼の周囲では、あちらこちらからひそひそと話し声が聞こえてくる。どうやら、彼について話している生徒が多いらしい。

 

本人にしてみれば迷惑な話だろう。人のことをあれこれ噂するなんて、あまり趣味のいいことではない。

 

途中で何度か道に迷いかけながらも、どうにか大広間にたどり着き、朝食を済ませた。八時半ごろになると、ようやく時間割が配られた。

 

今日は月曜日だ。時間割を見ると、一限と五限は自習になっている。自習の時間には、各科目の先生から持ち回りで課題が出されるらしい。まだ授業を一度も受けていないため、一限は各自好きに過ごしてよいとのことだった。

 

同室の四人で一度寮に戻り、必要な教科書を用意することにした。そのまま部屋でしばらく過ごし、二限の開始時刻に間に合うように出発する予定だ。

 

パーバティとラベンダーは、先ほどの恋愛小説の話の続きを始めた。ハーマイオニーは二限の呪文学の教科書を開き、食い入るように読み始めていた。

 

アスターも呪文学の教科書を開いてみたものの、一年生で習う内容はすでに家庭教師から教わっている。初めて目にする内容ではないので、少し退屈だった。

 

二限は十時十五分から始まる。ハーマイオニーはいい席を確保したいらしく、かなり早くから寮を出ようとしていた。パーバティとラベンダーは、もう少し部屋に残ると言っている。

 

一人で行かせるのも気が引けたので、アスターはハーマイオニーと一緒に寮を出ることにした。

 

教室に着いたとき、まだほかの生徒の姿はなかった。ハーマイオニーは迷うことなく一番前の席に座り、アスターもその隣に腰を下ろす。

 

初回の授業は、呪文学がどのような学問なのか、何のために学ぶのかといった説明が中心だった。授業の進め方についても一通り説明があり、実際に呪文を使うところまでは進まなかった。

 

隣のハーマイオニーは、先生の話を一言も聞き漏らすまいとするかのように、終始羽根ペンを走らせていた。話の内容を事細かに羊皮紙へ書き留めている。

 

呪文学の授業が終わると、ほかの生徒たちに混じって大広間へ向かい、昼食をとった。ハーマイオニーは手早く食事を済ませると、次の三限で使う闇の魔術に対する防衛術の教科書を読み始めた。

 

アスターが食事を終えたのを確認すると、ハーマイオニーはまたしても早めに教室へ向かおうと誘ってきた。一人で行かせて迷子になられても困るので、おとなしく彼女についていくことにした。

 

闇の魔術に対する防衛術の教室には、強烈なにんにくの匂いが充満していた。

 

入口で思わず足を止めたアスターを気にする様子もなく、ハーマイオニーはずんずんと教室に入っていき、一番前の席に座った。アスターはこの匂いに耐えられそうになかったので、彼女に断りを入れて教室の一番後ろの席に座ることにした。

 

後から聞いた話によると、教室に漂うにんにくの匂いはクィレル先生がルーマニアで吸血鬼を遠ざけるためのものらしい。先生は、いつまた襲われるかもしれないとひどく怯えているそうだ。

 

クィレル先生はいつも紫色のターバンを巻いていた。本人の話によれば、厄介なゾンビを退治した際に、アフリカの王子様から贈られたものなのだという。

 

けれど、生徒たちはその話をあまり信じていなかった。シェーマスがゾンビをどうやって退治したのかと尋ねたところ、先生は顔を赤くして話題を変え、突然お天気の話を始めてしまったからだ。

 

それに、ターバンからも妙な匂いが漂っていることに、みんな気づいていた。後日、フレッドとジョージは、先生がどこにいても安全でいられるように、ターバンの中ににんにくを詰め込んでいるに違いないと言っていた。

 

クィレル先生の授業中、アスターはイヤリングがほんの少し熱を帯びているように感じた。教室に漂う匂いを不快に思っているせいだろうか。

 

四限は変身術だった。ハーマイオニーと一緒に教室へ移動し、また一番前の席に並んで座った。

 

マクゴナガル先生は、厳格で聡明な印象の魔女だった。生徒たちが全員着席すると、先生はさっそく授業についての注意を始めた。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中でも、とりわけ複雑で危険なものの一つです。いいかげんな態度で授業を受ける生徒には教室を出ていってもらいますし、二度と私の授業には参加させません。最初に警告しておきます」

 

そう言うと、先生は目の前の机を豚に変え、再び元の姿へと戻してみせた。

 

生徒たちは感嘆の声を上げた。隣のハーマイオニーなど、目を輝かせて先生の手元を見つめている。早く自分たちも試してみたいと、誰もがうずうずしているようだった。

 

けれど、家具を動物に変えられるようになるまでにはまだまだ時間がかかるということを、すぐに思い知らされることになる。

 

マクゴナガル先生は初回から本格的に授業を進めた。長く複雑な内容を板書した後、生徒一人一人にマッチ棒が配られ、それを針に変える練習が始まった。

 

授業が終わるまでに、マッチ棒を少しでも変化させることができたのは、ハーマイオニーとアスター、それからレイブンクローの生徒が一人だけだった。そのうち、ハーマイオニーとアスターのマッチ棒は、完全に針へと変わっていた。

 

マクゴナガル先生は二人の針がどれほど銀色に輝き、先端が鋭く仕上がっているかをクラス全員に見せた。それから、二人に向けて珍しく表情を和らげた。

 

五限の自習では、マクゴナガル先生から変身術の課題が出された。大広間で取り組み、授業時間内に終えて指定された場所へ提出するようにとのことだった。

 

アスターは時間に余裕を持って課題を終え、隣に座っているハーマイオニーの様子をうかがった。彼女はずいぶん長い時間をかけて、熱心に解答を書き込んでいる。

 

邪魔をしないように視線を外し、アスターは今日一日を振り返っていた。

 

呪文学はスリザリンとの合同授業で、闇の魔術に対する防衛術と変身術はレイブンクローとの合同授業だった。どちらの寮と一緒になるかによって、教室の雰囲気が違っていたように思う。スリザリンとの合同授業では、どこか空気が張り詰めているように感じた。

 

そんなことを考えているうちに、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。アスターはハーマイオニーと一緒に課題を提出した。

 

この後は夕食まで自由時間だ。夕食は十九時から二十一時まで食べられるらしい。クィディッチの練習をする生徒などもいるため、遅い時間まで食事ができるようになっているのだそうだ。

 

ハーマイオニーが図書室へ行ってみたいと言うので、二人で向かうことにした。

 

ホグワーツの階段は、動いたり途中の段が消えたりと仕掛けだらけだった。図書室にたどり着くまでには、かなり苦労した。

 

けれどようやく到着した図書室は、想像していた以上に素晴らしい場所だった。蔵書は膨大で、背の高い本棚が所狭しと並び、どこを見ても本で埋め尽くされている。

 

アスターとハーマイオニーは読みたい本がそれぞれまったく別の場所にあったため、いったん別行動を取ることにした。図書室の入口で十八時半に待ち合わせる約束をして、それぞれ本を探しに向かう。

 

その後時間どおりに合流したものの、そこから大広間にたどり着くまでに三十分以上もかかってしまった。来た道を覚えているつもりでも、動く階段のせいで思うように進めない。

 

夕食を終えてどうにか寮に戻り、シャワールームで体を洗い終えるころには、アスターは眠くて仕方がなかった。知らず知らずのうちに、ずいぶん体力を消耗していたらしい。

 

明日の授業の予習をすると言うハーマイオニーと、まだおしゃべりを続けているパーバティとラベンダーを横目に、アスターはさっさとベッドに潜り込んだ。目を閉じると、あっという間に眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

授業が始まって二日目の火曜日は、一限がスリザリンとの合同授業である薬草学だった。スプラウト先生に連れられて城の裏手にある温室へ向かい、植物の育て方や使用用途について学んだ。温室の中は独特の匂いがしたが、先生はとても親切で、初めて見る植物についても一つ一つ丁寧に説明してくれた。

 

二限と三限は自習で、それぞれ呪文学の教科書の書き取りと、薬草学の課題が出された。

 

四限はレイブンクローとの合同授業で、魔法史を受けた。担当はゴーストのビンズ先生だ。先生は物憂げな声で、終始抑揚のない話し方を続けていた。窓から差し込む暖かな日差しも相まって、みんな眠そうにしていた。ハーマイオニーだけは、少しも眠そうな様子を見せなかったけれど。

 

五限は再び自習で、その日の魔法史の授業内容をまとめる課題が出された。自習の時間は出席を取るわけではないらしく、課題さえ定められた期限までに提出すれば、その時間をどう過ごすかは自由なようだった。

 

三日目の水曜日は、一限がスリザリンとの合同授業で魔法史、四限が同じくスリザリンとの合同授業で変身術だった。

 

二限にもスリザリンとの合同授業で魔法薬学が予定されていたのだが、この日は休講になっていた。上級生の魔法薬学を連続した時間にまとめて行う都合で、今回の一年生の授業は別の日に振り替えられたのだそうだ。

 

その日の真夜中には天文学の授業があった。望遠鏡を使って夜空を観察しながら、星の名前や惑星の動きについて学ばなければならない。

 

普段から早寝早起きを心がけているアスターにとって、真夜中に授業を受けるというのは、なかなか厳しいものだった。

 

四日目の木曜日は、三限がスリザリンとの合同授業で闇の魔術に対する防衛術、五限がレイブンクローとの合同授業で呪文学だった。

 

前日の天文学による寝不足に加え、それまでの授業の疲れも重なって、なかなか大変な一日だった。

 

こうして振り返ってみると、授業のほとんどはスリザリンとの合同で、時折レイブンクローと一緒になることもあるが、ハッフルパフと合同になることは一度もなかった。人数の関係なのだろうか。

 

そしてようやく、アスターはすっかり疲れ切った状態で一週間の最後となる金曜日を迎えた。

 

今日を乗り越えれば土曜日と日曜日は休みだ。何とか頑張ろう。

 

学校生活が始まってからというもの、毎日があっという間に過ぎていく。まだ家族に手紙を書けていなかった。明日こそは書かなくては。母から実家を代表して届いた手紙も、リュシアンからの手紙も、すでにこちらに届いている。長く返事を待たせるわけにはいかない。

 

ハーマイオニーに合わせて早めに朝食を済ませ、一限の魔法薬学の教室へ向かった。

 

この一週間、アスターは基本的にハーマイオニーと行動を共にしていた。

 

常に五分前行動、いや、それよりもずっと早く動きたがるハーマイオニーと、時間には間に合うものの、できるだけゆっくり行動したがるパーバティとラベンダーでは、どうにも歩調が合わない。

 

ハーマイオニーを一人で行動させるのも気が引けて、アスターは自然と彼女に合わせて行動するようになっていた。

 

そのおかげか、ハーマイオニーとは最初のころに比べてずいぶん話しやすくなった。彼女は頭の回転が速いからなのか、話しているうちに話題が次から次へと移り変わっていく。慣れるまではついていくのが少し大変だったけれど、今ではそれも彼女らしさなのだと思えるようになっていた。それに、話していて退屈しない。

 

魔法薬学の授業は、地下牢で行われた。

 

城の中にあるほかの教室よりもずっと寒く、壁にずらりと並んだガラス瓶の中には、アルコール漬けにされた動物がぷかぷかと浮かんでいる。どこか気味の悪い場所だった。

 

魔法薬学を担当するスネイプ先生は、授業の始めに出席を取り始めた。そして、ハリーの名前を呼ぶ直前に、ふと声を止めた。

 

「ああ、さよう」

 

それまでとは打って変わった、妙に甘ったるい声だった。

 

「ハリー・ポッター。我らが新しい、スターですな」

 

グリフィンドールとスリザリンの合同授業で何かとグリフィンドール生に突っかかってくるスリザリン生のマルフォイは、仲間のクラッブやゴイルと顔を見合わせ、くすくすと笑っている。

 

出席を取り終えると、先生は教室を見渡した。その黒い目には温かみというものがまるで感じられず、冷たく、虚ろだった。

 

「この授業では、杖を振ったり馬鹿げた呪文を唱えたりはしない」

 

先生は低く、つぶやくような声で話し始めた。

 

「魔法薬学の微妙な科学と芸術的な技を諸君が理解できるとは期待していない。だが、一部の素質ある選ばれた者には。伝授してやろう人の心を操り感覚を惑わせる技を。名声を瓶の中に詰め、栄光を醸造し、死にすらふたをする……そういう技を」

 

先生は最後に、これまで教えてきた生徒たちの中に満足のいく成果を出せた者は非常に少なかった、と付け加えた。

 

長々とした詩的な演説が終わるころには、教室はさらに静まり返っていた。

 

この先生は、もしかすると苦手なタイプかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると、隣のハーマイオニーが目に入った。彼女は椅子の端に腰掛け、身を乗り出すようにして先生の話を聞いている。自分が愚鈍ではないことを、今すぐにでも証明したくてたまらないようだった。

 

そのとき、先生が突然声を上げた。

 

「ミスター・ポッター?その名も高き、ミスター・ポッター。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」

 

突然指名されたハリーは戸惑った様子で、隣にいるロンの方を見た。ロンも答えがわからないらしく、困った顔をしている。

 

ハーマイオニーは、先ほどから高々と手を挙げていた。けれど、やめておいた方がいい。おそらく、この先生は手を挙げたところで当ててはくれないだろう。

 

「わかりません」

 

ハリーが正直に答えると、先生は口元でせせら笑った。

 

「チッ、チッ、チ……まったく情けない。有名なだけではどうにもならんらしい」

 

そんなことは当たり前ではないか。そもそもハリーは、つい最近までマグルの世界で暮らしていたと言っていた。魔法界に戻ってきたのは、ほんの一週間ほど前だ。

 

ハーマイオニーの挙げた手は、やはり無視された。

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

ハーマイオニーは、今度は椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばしていた。

 

ハリーは今回も答えがわからないようだった。マルフォイはクラッブやゴイルと一緒になって、身をよじるように笑っている。

 

教室の空気は、ますます居心地の悪いものになっていった。

 

「わかりません」

 

「授業に来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったのかね?ポッター、え?」

 

先生は冷たい目でハリーを見下ろした。ハリーはその視線を避けることなく、まっすぐに見返している。

 

教科書を読んでいたとしても、すぐにすべてを覚えられるわけではないだろう。ハーマイオニーなら別かもしれないけれど。

 

ハーマイオニーの挙げ続けている手は、もう震え始めていた。それでも先生は、まるでそこに誰もいないかのように無視し続ける。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」

 

とうとうハーマイオニーは椅子から立ち上がり、天井に届きそうなほど高く手を伸ばした。さすがにやりすぎではないだろうか。アスターは目線で座るよう促してみたが、まるで効果はなかった。

 

「わかりません」

 

ハリーは落ち着いた口調で答えた。

 

「ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

何人かの生徒が、こらえきれずに笑い声を漏らした。先生はひどく不快そうな顔をした。

 

「座りなさい」

 

ようやくハーマイオニーに目を向けたかと思うと、先生はぴしゃりと言い放った。

 

その拍子に、アスターは先生と目が合ってしまった。視線を逸らすのも気が引けてそのまま見つめ返していると、不快そうだった先生の表情に、わずかに意地の悪い笑みが浮かんだように見えた。

 

嫌な予感がする。

 

「ああ、そうでしたな。このクラスにはフランスから来た生徒もいたはずだ……ミス・リンデル?」

 

先生は、わざとらしいほど丁寧な口調でアスターの名前を呼んだ。

 

「英語の発音や読み書きには、問題ありませんかな?」

 

嫌味を含んだ声で尋ねられ、アスターは内心で眉をひそめた。

 

けれど、それを表情や態度に出すわけにはいかない。細心の注意を払い、できる限り穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。それよりも、先ほどポッターにお尋ねになった問いの答えを、ぜひ先生からご教授いただけませんか?どうぞ授業をお続けください」

 

祖父と叔父に、英語については散々鍛えられてきた。自分の語学力には十分な自信がある。

 

スネイプ先生は目を細め、不快そうに鼻を鳴らした。それから忌々しげにハリーへ視線を戻す。

 

「いいだろう。教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、トリカブトのことだ。覚えておきたまえ」

 

先生はそこで一度言葉を切り、生徒たちを見渡した。

 

「諸君、なぜ今のを全部書きとらんのだ?」

 

一斉に羽根ペンを取り出す音が教室に響いた。その音に重ねるように、先生は言い放った。

 

「ポッター。君の無礼な態度で、グリフィンドールから一点減点」

 

その後の魔法薬学の授業も、グリフィンドール生にとっては散々なものだった。

 

先生は生徒たちを二人一組にして、簡単なおできの治療薬を調合させた。長い黒マントを翻しながら教室を歩き回り、生徒たちが干しイラクサを量り、ヘビの牙を砕く様子を見ている。

 

どうやらお気に入りらしいマルフォイを除いて、ほとんどの生徒が何かしら注意を受けていた。アスターはハーマイオニーと組んでいたのだが、先生は細かな手順にまで口を挟み、何かにつけて口を出してきた。

 

これは、すっかり目をつけられてしまったかもしれない。

 

うんざりしながら作業を続けていると、先生がマルフォイの鍋を覗き込み、角ナメクジの茹で具合が完璧だと褒め、みんなに見習うよう促した、そのときだった。

 

地下牢いっぱいに緑色の煙が立ち上り、シューシューという大きな音が響いた。

 

ネビルが、どういうわけかシェーマスの大鍋を溶かしてしまったのだ。鍋はねじれた小さな塊になり、中に入っていた薬が石の床へと流れ出していく。

 

薬が生徒たちの靴に触れると、たちまち焼け焦げた穴が開いた。教室中の生徒が慌てて椅子の上に避難する。アスターの足元にも薬が広がってきていたが、靴は無事だった。イヤリングに施された防衛魔法が働いたのだろうか。そう考えたところで、少し気が遠くなった。

 

ネビルは大鍋が壊れたときに薬をまともに浴びてしまったらしい。腕や足に赤いおできが次々と広がり、痛みに耐えかねてうめき声を上げていた。

 

「馬鹿者!」

 

スネイプ先生が怒鳴り、杖を一振りして床にこぼれた薬を取り除いた。

 

「おおかた、大鍋を火から下ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」

 

ネビルは鼻にまでおできが広がり、とうとうしくしくと泣き出してしまった。

 

「医務室へ連れていきなさい」

 

先生は苦々しげにシェーマスへ命じた。それから、どういうわけかネビルの隣で作業していたハリーとロンに矛先を向けた。

 

「ポッター。なぜ彼に針を入れてはいけないと教えなかった?自分の方が優秀に見えるよう、わざと黙っていたのではないかね?グリフィンドールから、さらに一点減点」

 

いったい、どういう思考回路をしているのだろう。何だその、こじつけもいいところの理屈は。あまりにも理不尽な言い分ではないか。

 

ハリーは言い返そうとしたようだったが、ロンが大鍋の陰で先生に見えないように彼を小突き、思いとどまらせていた。その方が賢明だと思う。

 

魔法薬学の授業が終わると、先生は今日調合した薬についてのレポートを出すように指示した。提出期限は次の授業がある水曜日までだという。

 

地下牢の階段を上りながら、アスターはすっかり気が滅入っていた。隣を歩くハーマイオニーは、授業中に何度も手を挙げたのに無視されたことが納得できないらしく、ずっと何かをぶつぶつと呟いている。

 

二限の自習時間を使い、アスターは魔法薬学のレポートに取りかかった。昼食を済ませた後の三限も自習だったので、その時間はハーマイオニーを誘って図書室へ行くことにした。レポートを書くにあたって、参考になりそうな本を探しておきたかったのだ。

 

四限はレイブンクローとの合同授業で、薬草学だった。

 

スプラウト先生の穏やかで優しい人柄が、いつも以上に身に染みる。先生の優しい声を聞いていると、心底ほっとする。スネイプ先生の授業との落差があまりにも大きい。

 

五限も自習だった。土日はゆっくり休みたいと思っていたアスターは、魔法薬学のレポートに集中して取り組み、どうにか授業時間内に完成させることができた。

 

一日を終えるころには、どっと疲れが押し寄せていた。夕食とシャワーをさっさと済ませると、倒れ込むようにベッドへ沈み込む。

 

こんな調子で、これからの学校生活に慣れていけるのだろうか。




今回は時間割と格闘していたため、更新まで少し時間がかかってしまいました。

原作とはだいぶ異なる時間割になっていると思います。七学年分の授業を組みながら、先生方の担当授業が重複しないようにしたり、曜日ごとの授業数の偏りを調整したり……と、あれこれ考えているうちに、これ以上は辻褄を合わせられなくなってしまいました。

自分としてはまあまあ納得のいく形になったので、ひとまずこれでいこうと思います。

それにしても、ホグワーツは先生の人数が少なすぎる気がします。もう少し増員した方がいいです。七学年分の時間割を組んでみて、しみじみそう思いました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。