深夜に思い付いたスクワラ憑依物の設定をチャッピーに投げて作成。
雑な投げやり設定多数なので注意してください。
私は猫派

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チャッピーに投げただけなので、矛盾やおかしなところあるかと思います。


第1話

山というものは、遠くから眺めている分には実に風情があっていいものだが、そこに人間の余計な善意が介入すると、途端に厄介な場所へと変貌することがある。今回の場合は、自然動物の保護を掲げるどこぞの団体が、山の浅い場所に野生動物のための供物を置き始めたことが原因だったらしい。

 

本人たちとしては、人間の活動によって食料が減少した動物たちを助けるための慈善活動というつもりだったのだろうが、野生動物というものは人間の掲げる理念など理解しないし、そもそも理解する必要もない。そこに食べ物があるから食べる。食べ物がある場所を覚えたから、また来る。

 

そして、その場所で食べ物を得られることを学習したなら、今度はさらに効率よく食料を確保するために行動範囲を広げる。至極当然の話である。そして、山の浅い場所で食べ物を手に入れることを覚えたクマが、やがて山麓の住宅地にまで姿を現すようになったとしても、それはクマにしてみれば何もおかしなことではなかったのだろう。

 

困るのは、そこに暮らしている人間の側である。もっとも、その日の俺はそんな社会問題について深く考えていたわけではなかった。何しろ、愛犬たちとの散歩という人生における最重要任務を遂行していた最中だったのだから。

 

「よしよし、トグロ、あんまり引っ張るなよ。プッチもナイトも、そっちに行くと草むらが深いから戻っておいで。クロは……お前、また何か見つけたのか。アランは先に行きすぎだ、全員俺の視界に入ってくれ」

 

五匹の犬を連れて散歩するという行為は、知らない人間が想像するよりもずっと忙しい。犬という生き物はそれぞれに個性があり、歩く速度も興味を示す対象も異なるため、五匹もいれば当然ながら全員が同じ方向を向いて歩いてくれるわけではないのだ。

 

特にトグロは体格がよく、力も強いので、気になる匂いを見つけるたびに前へ進もうとするし、チワワのプッチは身体が小さいくせに妙なところで頑固であり、マルチーズのナイトは俺の足元からあまり離れたがらない。

 

スコティッシュテリアのクロは周囲を観察することが好きで、ボーダーコリーのアランはとにかく頭がよく、こちらの指示を理解するのが早い反面、こちらが何を考えているのかまで先回りして行動することがある。そんな五匹を連れて歩く時間は、俺にとって何よりも大切な日常だった。

 

仕事のことも、人間関係のことも、将来への不安も、五匹と散歩している間だけはどうでもよくなる。いや、正確には、どうでもよくなるというより、考える必要がなくなると言った方が正しいのかもしれない。家に帰れば五匹が待っている。餌を用意すれば五匹が喜ぶ。名前を呼べば、それぞれの性格に応じた反応を返してくれる。

 

それだけで十分に幸せだったし、少なくとも俺は、これ以上に幸福な人生がそう簡単に存在するとは思っていなかった。だからこそ、あの瞬間のことは今でもよく覚えている。アランが突然足を止め、普段ならば気にもしないような茂みの方へと視線を向けたのだ。

 

「ん?どうした、アラン」

 

俺が声をかけても、アランは動かなかった。その代わり、耳を立て、低く唸り始めた。それにつられるように、トグロも足を止め、クロが茂みから少し距離を取る。ナイトは俺の足に身体を寄せ、プッチは何が起きているのか分からないまま、周囲の様子をうかがっていた。犬を飼っていれば、彼らが何かを察知したときの反応というものが分かるようになる。

 

いつもの散歩道であれば、多少の物音や見慣れない人影があったところで、ここまで明確な警戒を見せることはない。つまり、何かがいる。そう理解した瞬間、茂みの奥から巨大な影が現れた。

 

クマだった。

 

しかも、ニュースで見かけるような遠くの山中にいるクマではない。目の前にいる。こちらを見ている。そして、こちらとの距離があまりにも近い。

 

「……は?」

 

間の抜けた声が出た。逃げろ、という言葉が頭に浮かんだのは覚えている。しかし、五匹の犬を連れている状況で、どうやって逃げればいいのかという問題がすぐに浮上した。俺一人ならば、まだ何とかなったかもしれない。だが、五匹を置いて逃げるという選択肢は、最初から存在していなかった。

 

トグロが前へ出ようとする。アランが鋭く吠える。クロがプッチとナイトの前に回り込むように動き、ナイトは俺の足元から離れようとしなかった。その一瞬、俺は自分でも驚くほど冷静に、こいつらを守らなければならないと考えていた。恐怖はあった。死にたくないという気持ちも、当然ながらあった。

 

それでも、ここで俺が逃げたら、この五匹はどうなるのだろう。誰が守るのだろう。そんなことを考えてしまった時点で、俺の選択肢は決まっていたのかもしれない。

 

「全員、下がれ!」

 

普段の散歩では絶対に出さない声で叫び、俺は犬たちを背後へ追いやろうとした。もちろん、犬たちがこちらの意図を完全に理解していたわけではないだろう。それでも、長年一緒に暮らしてきた彼らは、俺の声の調子から何か異常なことが起きているのを感じ取ったらしい。トグロが一瞬だけこちらを振り返り、アランが吠えながら横へ動く。

 

その隙に俺は犬たちをまとめて後ろへ下がらせようとしたが、クマの動きは想像以上に速かった。次の瞬間には、目の前の景色が大きく揺れていた。何が起きたのかを理解するよりも先に、身体へ強烈な衝撃が走る。痛い。とにかく痛い。自分の身体がどこまで無事なのかも分からず、俺は地面に倒れ込んだ。

 

視界の端で五匹が動いている。声を出そうとしたが、うまくいかなかった。身体に力が入らない。それでも、どうにかして顔を上げようとした。トグロがこちらへ駆け寄ろうとしている。アランがクマの注意を引こうとしている。クロは小さな身体でプッチとナイトをかばい、プッチは必死に吠えていた。

 

ああ、駄目だ。こんなところで終わるのか。もっと散歩に行きたかった。もっと遊んでやりたかった。まだまだ一緒に暮らしていたかった。そんなことばかりが頭に浮かぶ中、俺は最後の力を振り絞るようにして、五匹の名前を呼ぼうとした。しかし、声になったのは息とも言えないような音だけだった。

 

視界が暗くなっていく。意識が遠のいていく。最後に聞こえたのは、聞き慣れた犬たちの鳴き声だった。それが現世で聞いた最後の音だったのかどうかは、今となっては分からない。ただ、一つだけ確かなことがある。あのときの俺は、自分の人生がここで終わるのだと、確かに思っていた。

 

そして次に目を覚ましたとき、俺は自分がどこにいるのかも分からないまま、天井を見つめていた。見知らぬ天井だった。知らない部屋だった。そして何より、身体が妙に軽かった。

 

「……え?」

 

起き上がってみる。手を動かしてみる。足を動かしてみる。どうやら生きているらしい。しかし、何かがおかしい。記憶はある。自分がクマに襲われたことも、犬たちを守ろうとしたことも、最後に意識を失ったことも覚えている。では、ここはどこなのか。病院だろうか。いや、病院にしては部屋の雰囲気が違う。

 

そもそも、俺がこんな場所で目覚める理由が分からない。そんなことを考えながら、近くにあった鏡を覗き込んだ瞬間、俺は自分の人生について重大な疑問を抱くことになった。

 

「……誰だ、お前」

 

鏡の中には、俺の知らない男が立っていた。いや、厳密には、知らない男ではない。知っている。知っている顔だ。だが、知っているはずがない。なぜなら、その顔は漫画の中に出てくる人物のものだったからだ。俺はしばらく鏡を見つめたあと、記憶の中にある作品名を思い出した。

 

ハンター×ハンター。そして、鏡の中の男の名前は――スクワラ。

 

「………………は?」

 

もう一度言う。

 

「は?」

 

何を言っているのか分からないと思う。俺も分からない。だが、これは間違いなくスクワラだった。ハンター×ハンターという作品に登場する、犬を操る能力を持った男。裏社会に関わる人間であり、物語の中ではノストラードファミリーに所属していた人物だ。そして、俺の知る限り、登場人物としての扱いは決して恵まれていない。

 

幻影旅団のノブナガにあっさりと首をはねられ、物語から退場する。その戦闘描写も、強さを示すための見せ場も、ほとんどない。能力は犬の操作。もちろん、犬を操るという能力そのものが弱いとは言わない。現実にそんな能力があれば、できることはいくらでもあるだろう。

 

しかし、念能力者が当たり前のように異常な身体能力を発揮し、強化系の達人が常識外れの攻撃を繰り出し、操作系や具現化系の能力者が理不尽な特殊能力を使ってくる世界において、犬を操るという能力がどこまで通用するのかは、なかなかに難しい問題だった。しかも、原作でのスクワラは、能力を使って戦闘する場面がほとんどない。

 

つまり、俺は今後の人生において、自分の強さを測るための参考資料すら乏しい人物に転生してしまったのである。

 

「いや、待て。落ち着け。まずは状況を整理しよう」

 

自分に言い聞かせるように呟き、俺はベッドの端に腰を下ろした。どうやら、俺は死んだらしい。そして、ハンター×ハンターの世界に転生したらしい。さらに、転生先はスクワラだったらしい。この三つを前提として考えれば、現状についてはある程度の説明がつく。つくのだが、問題はそこではない。

 

俺には、元の世界で大切にしていた犬たちがいる。トグロ、プッチ、ナイト、クロ、アラン。五匹とも、俺にとっては家族だった。彼らは今、どうしているのだろう。俺が死んだことで、誰かが引き取ってくれただろうか。それとも、今も俺を探しているのだろうか。考え始めると、胸の奥がひどく重くなった。

 

転生したこと自体は、正直なところ、まだ現実感がなかった。しかし、犬たちがいないという事実だけは、妙に生々しく感じられた。あの五匹に、もう会えないのだろうか。そう思った瞬間、俺は自分の顔を両手で覆った。

 

「……いや、待てよ」

 

そこで、ふと気づいた。俺の記憶の中に――いや、スクワラの記憶の中にも、同じ犬たちが存在している。トグロ、プッチ、ナイト、クロ、アラン。名前だけでなく、姿も性格も、俺が知っているあの五匹と同じだった。そう確信した瞬間、俺は居ても立ってもいられず、部屋を飛び出していた。

 

転生してからしばらくして、俺は自分が置かれている状況について、かなり冷静に考えられるようになっていた。まず、時代は一九八九年。原作が始まるまで、約十年の猶予がある。これは大きい。ハンター×ハンターの世界は、一般人として生活している分には、それなりに文明的で、普通に働いて普通に暮らすこともできる世界だ。

 

しかし、念能力の存在を知ってしまった以上、何も知らない一般人として生きていくのは、どうにも落ち着かなかった。何しろ、原作を知っている。幻影旅団という犯罪者集団が存在することも知っているし、ゾルディック家という暗殺一家が存在することも知っている。そして、ハンター試験がどれほど理不尽なものなのかについても、ある程度は理解しているつもりだった。

 

原作開始まで十年。この期間をどう使うかで、今後の人生は大きく変わるだろう。少なくとも、何もせずに十年を過ごしたあと、原作の流れに巻き込まれるというのは避けたい。スクワラという人物は、原作では裏社会に関わり、最終的には幻影旅団に殺される。もちろん、原作知識があるからといって、未来を完全に予測できるわけではない。

 

そもそも、俺が転生した時点で、すでに原作とは異なる未来が生まれている可能性もある。それでも、自分が知っている情報を活用できるのなら、活用しない理由はない。問題は、どうやって強くなるかだ。俺はスクワラの身体を持っている。そして、念能力にも目覚めているらしい。

 

一度その存在を認識してしまえば、後は原作知識が役に立つ。纏、絶、練、発。念を扱ううえで基本となる四大行を意識しながら、俺は日々の訓練を積み重ねることにした。そこで参考にしたのが、作中に登場するビスケット=クルーガーの修行方法だった。もちろん、本人から直接指導を受けられるわけではないし、細かな訓練内容をすべて再現できるわけでもない。

 

それでも、作中で語られていた修行の考え方や、念能力を扱うために必要とされる基礎を参考にすることはできる。幸い、スクワラとしての俺には、十年という時間がある。十年だ。十日や十か月ではない。十年もあれば、多少はまともな念能力者になれるだろう。そう考えた俺は、仕事と生活の合間を縫って、修行に励むことにした。

 

そして、修行を始めて半年が経過した頃、俺はひとまず四大行と応用技のいくつかを習得することに成功した。纏によって身体を覆うオーラを安定させ、絶によってオーラを閉じ、練によってオーラの量を増やし、発によって自分の能力を発現させる。原作を知っているおかげで、目指すべき方向は分かっている。

 

理屈を理解することと、実際に身体で扱えることは別問題だったが、それでも一歩ずつ前進しているという実感はあった。少なくとも、何も知らない一般人よりは、ずっと先に進んでいるはずだった。ところが。

 

「……何か、違うんだよな」

 

俺は庭先で座り込み、纏を維持しながら呟いた。念能力の修行は順調だ。身体の感覚も少しずつ鋭くなっているし、オーラの扱いも上達している。念能力者としての基礎は、確実に身についてきている。それなのに、どうにも心が晴れない。最初は、修行が思うように進まないことへの不満だと思っていた。

 

しかし、四大行を一通り扱えるようになっても、気分は変わらなかった。さらに二か月が経過した。修行は相変わらず順調だった。絶を維持する時間は延び、練によって引き出せるオーラも増えている。身体能力も、以前と比べれば確実に向上していた。それでも、心のどこかに引っかかるものがある。

 

何かが足りない。何かが間違っている。そんな漠然とした感覚だけが、いつまでも消えなかった。さらに四か月が経過した頃、俺はようやく、その理由に思い至った。俺は毎日、自分を鍛えている。念能力を身につけ、技術を磨き、少しずつ強くなっている。だが、その成長によって恩恵を受けているのは、俺自身だけなのだ。

 

もちろん、俺が強くなれば、犬たちを守れる可能性は高くなる。それは間違いない。しかし、俺が念能力を使えるようになったからといって、犬たちが同じように強くなるわけではない。俺がどれほど修行を積んでも、彼らが念能力を扱えるようになる保証はない。俺は、自分のために強くなっていた。

 

その事実に気づいた瞬間、胸の奥にあった違和感の正体が分かった気がした。

 

「……そうか」

 

庭先で遊んでいる五匹を見つめながら、俺はゆっくりと息を吐いた。トグロはボールをくわえて走り回り、アランはその動きを見ながら、どうすればボールを奪えるか考えているようだった。プッチは少し離れた場所で日向ぼっこをしており、ナイトは俺のそばでくつろいでいる。

 

クロは相変わらず周囲の様子を観察していた。いつもと変わらない光景だった。だが、その光景を見た瞬間、俺は一つの結論に至った。自分だけが念能力者でいることは、罪ではないか。いや、正確には、俺だけが力を得て、その恩恵を独占していることが、どうにも我慢ならなかったのだ。

 

俺が念能力を磨いているのは、彼らを守るためである。それなのに、俺だけが強くなり、彼らは何も知らないまま、普通の犬として生きていく。それは、本当に俺が望んでいた未来なのだろうか。違う。俺が望んでいるのは、五匹と一緒に生きることだ。できることなら、彼らにも自分の意思で行動できる力を持ってほしい。

 

俺がいない場所でも自分の身を守り、俺が危険に陥ったときには助け合えるような関係になりたい。もちろん、犬に念能力を教えるという発想自体、普通に考えれば無茶苦茶である。念能力の習得には個人差があるし、動物が人間と同じように念を扱えるのかどうかも分からない。

 

しかし、ここはハンター×ハンターの世界だ。人間の常識が通用しないことなど、いくらでもある。それに、俺はスクワラだ。犬を操作する能力を持つ男である。ならば、その能力を使って犬たちに何かを伝えることができるかもしれない。俺はしばらく考え込んだあと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……よし。やってみるか」

 

このときの俺は、まだ知らなかった。自分の人生を大きく変えることになる能力が、まさに今、この瞬間から形になろうとしていることを。念能力というものは、実に不思議なものだ。基本となる原理を理解していたとしても、実際にどのような能力が生まれるかは、本人の性格や経験、価値観、そして強い思いによって大きく変化する。

 

俺の場合、その強い思いというものが、少々特殊だったのだろう。犬たちのために何かをしたい。犬たちを守りたい。犬たちにも力を与えたい。そして、できることなら、自分が持つ念能力のすべてを彼らのために使いたい。そんな考えを抱きながら、俺は自分の能力について何度も考え直していた。

 

スクワラとしての能力は、犬の操作だ。つまり、犬に対して念による干渉を行うことができる。ならば、その操作能力を応用することで、犬たちの身体にオーラを流し込むことはできないだろうか。さらに、俺自身の念能力を犬たちに与えることはできないだろうか。そして、俺が持つ能力の成長を、犬たちの成長へと置き換えることはできないだろうか。

 

考えれば考えるほど、やりたいことが増えていく。しかし、同時に問題もあった。能力の規模が大きくなればなるほど、必要となるオーラも増えるはずだ。自分の能力を他者へ譲渡するという行為が、どれほどの負担になるのかも分からない。そもそも、そんなことが本当に可能なのかすら分からなかった。

 

普通なら、ここで一度立ち止まるべきなのだろう。能力の制約を整理し、リスクを考え、実現可能な範囲を見極めてから、慎重に能力を構築するべきだ。だが、俺はそのとき、少しばかり犬への愛情が暴走していた。いや、少しではないかもしれない。半年以上も修行を続け、自分だけが成長していくことに違和感を覚え、さらに二か月、四か月と考え続けた結果、俺の中ではすでに結論が出ていたのだ。

 

自分が強くなる必要はない。犬たちが強くなればいい。俺の念能力は、彼らのために存在するべきなのだ。そして、どういうわけか、その考えが念能力の発現に必要な条件を満たしてしまったらしい。オーラが動いた。身体の内側で、今までとは明らかに異なる感覚が生まれた。

 

俺は慌てて姿勢を正し、自分の念を意識する。すると、今まで自分の身体を覆っていたオーラが、まるで何かを探すように周囲へと広がり始めた。そして、そのオーラが向かった先は、当然ながら五匹の犬たちだった。

 

「お、おお……?」

 

俺が思わず声を上げると、トグロがこちらを振り返った。アランも動きを止め、プッチは首を傾げる。ナイトは俺の足元に寄ってきて、クロは何かを確かめるように俺を見つめていた。その瞬間、俺の頭の中に、今まで存在しなかった情報が流れ込んできた。能力の概要。発動条件。

 

効果。そして、俺自身が負うことになる代償。それらが、まるで最初から知っていたかのように理解できた。俺はしばらく呆然としていたが、やがて自分の能力が何であるのかを理解し、思わず天を仰いだ。

 

「……やっちまったんだぜ」

 

能力名は、『俺は御犬様のために(ワン・フォー・ドッグ)』名前については、もう少し格好いいものにできなかったのかという気持ちがないわけではない。しかし、能力名というものは、本人の価値観が色濃く反映されるものだ。俺の価値観がこれだったのだから、仕方がない。

 

能力の内容は、以下の通りである。まず、俺自身と飼い犬たちを常時リンクした操作状態に置き、ポケモンとトレーナー程度の意思疎通を可能にする。ここでいう操作は、犬たちの意思を奪って操り人形にするものではなく、互いの意図や感覚を伝え、必要なときに動きを補助するためのものだ。

 

次に、俺の飼い犬に対して、精孔の操作を可能にする。さらに、俺の念能力に関するあらゆる能力を、御犬様のブースターとして譲渡し続ける。そして最後に、俺自身にプレイヤーの状態を付与する。

 

……うん。

 

最後の一つが、明らかにおかしい。いや、最初の三つも十分におかしいのだが、最後の一つは何だ。プレイヤーの状態とは何だ。俺は一瞬、能力が暴走したのではないかと疑ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。自分の身体を確認すると、念能力の操作対象としての状態と、自分自身の成長を管理するような状態が、妙に明確に区別されていることが分かった。

 

俺の能力は、単に犬たちへ念を与えるだけではない。俺自身を、犬たちを強化するための基盤として扱う能力になってしまったのだ。しかも、俺の念能力に関するあらゆる能力を、犬たちのブースターとして譲渡し続けるという部分が、かなり強力な制約になっているらしい。自分が習得した念の技術を、犬たちのために使う。

 

自分の成長を、犬たちの成長へと変換する。その代償として、俺自身は成長した状態を維持できない。具体的に言えば、一日が終わるたびに、俺自身のオーラ操作の習熟度と出力は、念を覚えたばかりの初心者の纏状態へと巻き戻されるのだ。知識や記憶、修行で得た判断経験までは消えないものの、昨日まで積み上げた技術を翌日も同じ精度で使えるとは限らない。

 

昨日まで維持できていたオーラの量や技術は、俺自身の戦闘能力としてはリセットされる。ただし、学んだ理屈や反復練習の記憶は残るため、完全にゼロから学び直すわけではなく、毎朝、初心者に近い感覚から再調整する必要がある。もちろん、知識や経験まで完全に消えてしまうわけではない。

 

何をすればいいのかは覚えているし、昨日できたことを今日も再現するための手順も理解している。しかし、身体に蓄積されるはずの成長が、毎日初期状態へと戻されてしまう。普通なら、こんな能力を喜ぶ人間はいないだろう。自分がどれほど努力しても、その成果を自分の力として積み重ねることができないのだから。

 

だが、俺は違った。俺は能力の内容を理解した瞬間、犬たちの方を見た。トグロが俺のそばへやってきて、顔を覗き込んでいる。アランは少し離れた場所でこちらを観察し、プッチはナイトの隣に座っていた。クロは、いつものように落ち着いた様子で俺を見つめている。俺は思わず笑った。

 

「……お前たちが強くなるなら、それでいいか」

 

そう呟いた瞬間、胸の奥にあった違和感が、ようやく消えた気がした。自分の成長が止まることに、未練がないわけではない。できることなら、俺だって強くなりたい。念能力者としての実力を磨き、ハンター試験に合格し、危険な世界でも自分の身を守れるようになりたい。しかし、それ以上に大切なものがある。

 

俺の隣にいる五匹が、これからも元気に走り回り、食事を楽しみ、安心して眠れること。それが守れるのなら、俺が多少不便な思いをするくらい、どうということはない。そもそも、俺は前世でも犬たちのために生きていたようなものだ。それが今世では、念能力という形で表面化しただけなのだろう。

 

そう考えれば、何もおかしなことはない。

 

「よし、決めた。残り九年、全力で修行するぞ!」

 

俺は勢いよく立ち上がり、五匹へ向かって宣言した。彼らもその宣言を受け、同意するかのように遠吠えを挙げた。それだけで十分だった。俺はもう、迷わない。自分の成長を御犬様へ捧げる。自分の時間を御犬様へ捧げる。自分の能力を御犬様へ捧げる。その結果として五匹が強くなるのなら、俺は何度でも初心者からやり直してやろう。

 

こうして俺は、世界でも類を見ないほど犬への愛情に偏った念能力者となったのである。なお、このときの俺は、まだ知らなかった。自分の能力が、犬たちの才能を引き出すだけでなく、犬たち自身が新たな能力を発現させるための土台にまでなってしまうことを。

 

 

 

能力を発現させた翌日、俺は早速、自分の能力がどこまで使えるのかを確認することにした。まずは纏。念能力者にとって最も基本的な技術であり、オーラを身体の周囲に留めることで、防御力や身体能力を高めるための土台となる技術だ。昨日までの俺なら、ある程度の時間は安定して纏を維持できた。

 

しかし、能力を発現させた翌日の俺は、まるで念を覚えたばかりの初心者に戻ったかのような感覚を覚えていた。身体の内側にオーラはある。その存在も理解している。だが、それを適切に扱うための感覚が、明らかに弱くなっていた。

 

「……なるほど、本当にリセットされるのか」

 

俺は少しだけ落胆したものの、すぐに気持ちを切り替えた。何しろ、能力の効果はすでに発揮されているらしい。自分のオーラを探るように意識を集中すると、五匹の犬たちから、今までには感じられなかった何かが伝わってきた。それは、単なる気配ではない。彼らの身体の内側にある生命力のようなものが、以前よりもはっきりと感じ取れるようになっていたのだ。

 

俺は慎重に自分の念を操作し、犬たちの精孔を意識してみた。すると、彼らの身体にあるオーラの流れが、少しずつ変化していく。もちろん、最初から完璧に扱えたわけではない。むしろ、少し操作するだけでも集中力を使うし、無理をすれば自分のオーラが乱れてしまう。それでも、犬たちの身体に念を通すことができるという事実は、俺にとって大きな発見だった。

 

これならば、彼ら自身が念能力を扱えるようになる可能性もある。そう考えた俺は、さっそく修行計画を組み直した。目標は明確だ。俺自身が念能力者として強くなることではない。俺が五匹を強化するための基盤となり、五匹それぞれが自分の能力を発現させること。そのために必要な知識と技術を、九年間で可能な限り身につける。

 

幸い、俺には原作知識がある。念能力の基本的な考え方も分かっているし、どのような能力が作中に登場するのかについても、ある程度は把握している。もちろん、漫画で描かれた能力をそのまま再現できるとは限らない。しかし、発想の参考にすることはできる。そして、何よりも重要なのは、犬たち自身がどういう能力を望むかという点だった。

 

念能力は、使い手の性格や価値観を反映する。ならば、俺が勝手に能力を決めるよりも、彼らが自然に望む方向へ能力を発現させた方が、結果として優れたものになる可能性が高い。そう考えた俺は、無理に特定の能力を身につけさせるのではなく、まずは犬たちの身体能力と感覚を高めながら、彼ら自身の個性を観察することにした。

 

トグロは、分かりやすく前衛向きだった。体格がよく、力が強く、何よりも仲間を守ろうとする意識が強い。プッチは身体こそ小さいものの、状況をよく観察し、他の犬たちの様子を気にかけることが多かった。ナイトは落ち着きがあり、誰かが困っていると自然にそばへ寄り添う。

 

クロは慎重で、状況に応じて柔軟に行動することができる。そしてアランは、五匹の中でも特に頭の回転が速く、走ることが好きで、何か新しいことを試すのを楽しんでいるようだった。こうして観察してみると、彼らにはそれぞれ異なる得意分野がある。ならば、その個性を活かした能力を身につけられれば、単純に身体能力を高めるだけの場合よりも、ずっと効率よく戦えるようになるかもしれない。

 

俺はそう考え、毎日の修行を続けた。纏の維持。絶によるオーラの遮断。練によるオーラの増幅。発による能力の構築。さらに、犬たちの精孔を操作する練習と、彼らへオーラを送る練習。そして、犬たち自身が念を扱う感覚を覚えられるように、遊びや散歩の中にも少しずつ訓練を取り入れていった。

 

最初の一年は、基礎を固めるだけで精一杯だった。俺自身は毎日初心者の状態に戻されるため、昨日できたことを今日もできるようにするだけでも、かなりの時間を必要とする。それでも、知識と経験は蓄積される。昨日よりも効率のいい練習方法を考え、今日の結果を確認し、明日は少しだけやり方を変えてみる。

 

そんなことを繰り返しているうちに、俺は自分の能力の扱い方を少しずつ理解していった。そして、俺が初心者に戻る一方で、犬たちは着実に成長していった。オーラを纏った状態で走ることができるようになり、身体能力も向上していく。最初は単に力が強くなるだけだったトグロも、やがて自分の身体をどう使えば効率よく力を発揮できるのか、少しずつ理解しているようだった。

 

アランは走る速度が明らかに上がり、クロは自分の身体に流れるオーラの性質に興味を持つようになった。プッチは他の犬たちの状態をよく観察するようになり、ナイトは俺や他の犬たちのそばにいる時間が増えていった。もちろん、俺の都合だけで修行を押しつけるようなことはしなかった。

 

疲れているときは休ませるし、気が乗らないときは無理に続けない。犬たちが楽しく過ごせることが第一であり、修行はそのための手段にすぎないからだ。そして、二年、三年と時間が過ぎていくうちに、俺たちの生活は少しずつ変わっていった。俺は念能力の知識を深めながら、犬たちの世話を続けた。

 

彼らは俺の操作能力によって、通常の犬とは異なる形で念を扱うための感覚を身につけていった。それでも、能力の発現には至らない。焦る必要はないと自分に言い聞かせながら、俺は毎日修行を続けた。四年目には、五匹ともオーラの扱いに慣れ始めていた。五年目には、それぞれの個性が念能力にも反映されているような兆候が現れた。

 

そして六年目、俺はついに、彼らの能力を発現させるための大きな手がかりを得ることになる。そのきっかけは、実にくだらないものだった。ある夜、俺は酒を飲みながら、前世の記憶について考えていた。転生してから何年も経つというのに、元の世界の記憶は驚くほど鮮明に残っている。

 

もちろん、細かな出来事まで完璧に覚えているわけではない。しかし、好きだった作品や印象的な場面については、驚くほどはっきりと思い出すことができた。そこで俺は、ふと思いついた。念能力を使って、自分の記憶を操作することはできないだろうか。記憶を消したり、書き換えたりすることができれば、原作知識をより正確に整理できるかもしれない。

 

そう考えた俺は、酒の勢いもあって、自分の記憶に念を向けてみた。結果は、予想以上だった。俺は自分の記憶を、以前よりも鮮明な形で呼び起こすことに成功したのだ。記憶を書き換えたり消去したりするつもりだったのに、実際に起きたのは、映像や音声を含む記憶を高精細に再生するような現象だった。

 

特に、アニメの映像や音声に関する記憶が、驚くほどはっきりと再現されるようになった。動き。声。場面の切り替わり。技の演出。そうしたものが、まるで目の前で再生されているかのように思い出せる。

 

「……これ、すごくないか?」

 

俺は思わず呟いた。記憶を整理するために試しただけだったのだが、結果として、前世で見たアニメをかなり鮮明に再現できるようになってしまったのである。そして、酔った勢いというものは恐ろしい。俺はそのまま、犬たちにこの映像を見せることができないかと考え始めた。

 

自分の操作能力を通じて、犬たちの感覚に何かを伝えることはできないだろうか。そもそも、犬たちに映像という概念がどこまで理解できるのか。音声や動きを伝えたところで、彼らがそれをどのように受け取るのか。普通ならば、そこで慎重になるべきだった。しかし、俺はすでに酒を飲んでいた。

 

「まあ、試すだけならタダだろ」

 

そうして俺は、犬たちにアニメの映像を伝えようとした。すると。できてしまった。

 

いや、本当にできてしまったのである。

 

自分の記憶の中にある映像を念によって再現し、それを操作能力のリンクを通じて犬たちに伝える。目で見せる映像を空間に投影しているわけではなく、動きや音、能力のイメージを、犬たちが理解できる感覚情報として共有しているらしい。そんな、どこからどう見ても普通ではないことが、なぜか成立してしまったのだ。

 

俺はしばらく呆然としたあと、犬たちの様子を観察した。トグロは、画面の中で力強く動く人物をじっと見つめていた。プッチは興味深そうに映像を追い、ナイトは俺のそばで落ち着いた様子を見せている。クロは何かを考えるように動きを止め、アランは明らかに興奮していた。

 

そして、映像を見終えた彼らの様子には、明らかな変化があった。どうやら、ただ映像を見せただけではなかったらしい。彼らはそれぞれ、自分の中にある何かと、映像の中の能力や技を結びつけてしまったようなのだ。トグロは力を扱うことに興味を示し、プッチは仲間を支援する方法を考えるようになった。

 

ナイトは誰かを守るための能力に関心を示し、アランは高速移動や遠距離攻撃に興味を持った。そしてクロは、映像そのものよりも、状況に応じて能力を変化させるという考え方に強く反応していた。俺はそこで、ようやく気づいた。犬たちは、単に念を扱えるようになっただけではない。

 

彼ら自身が、能力を発現させるための発想を得てしまったのだ。しかも、その発想の元になったのは、俺が前世で見ていたアニメ作品だった。……いや、待て。これ、もしかして。俺は五匹の顔を順番に見た。そして、ある事実に気づいた。トグロ。プッチ。ナイト。アラン。それぞれの名前に関連する作品が、前世には存在していた。

 

まさかとは思う。まさか、そんな都合のいいことがあるわけがない。だが、彼らが興味を示している能力の方向性を考えると、どうにも偶然とは思えなかった。俺は慌てて、彼らに関連する作品の記憶を探り始めた。そして、その結果に頭を抱えることになった。トグロは、筋力を極限まで高める能力に興味を示している。

 

プッチは、仲間にさまざまな効果を付与する支援能力に興味を示している。ナイトは、仲間を守り、危険から自動的に防御する能力に興味を示している。アランは、高速移動と遠距離攻撃に興味を示している。

 

……うん。

 

名前の元ネタと、能力の方向性が、あまりにも分かりやすい。俺は思わず天を仰いだ。彼らは、俺の意思を理解できるようになっていることを加味すると、それぞれが理解してその能力を手にしたのだろう。俺の能力を通じて映像や動き、能力のイメージを受け取り、それを自分の念能力へと落とし込んでいるらしい。

 

つまり、俺が前世で見ていた作品の記憶が、彼らの能力を構築するための参考資料になってしまったのだ。念能力の発現に、これほどまでに映像作品が役立つとは思わなかった。いや、普通は役立たないだろう。俺の能力が特殊すぎるだけだ。そうして、俺たちは六年目の修行を終える頃には、かなり特殊な能力者集団へと変貌していた。

 

俺自身の戦闘能力は、相変わらず初心者の纏状態に巻き戻される。しかし、犬たちは違った。彼らは自分自身の能力を少しずつ発展させ、五匹それぞれが異なる役割を持つようになっていた。俺はその姿を見て、心の底から満足していた。自分が強くなる必要はない。自分が成長した分だけ、犬たちが強くなる。

 

それでいい。

 

それがいい。

 

そうして、俺は残りの修行期間も、五匹のために使うことを決めたのである。原作開始まで、残り数年。この頃になると、俺は自分の能力について、ある程度の理解を得ていた。毎日初心者の纏状態に戻されるという制約は、相変わらず厄介だった。しかし、その代わりに犬たちの能力は着実に成長しており、俺が身につけた念の知識も、彼らの能力を補助するために活用できるようになっていた。

 

そして、何よりも重要なのは、五匹がそれぞれ自分の役割を理解し始めたことだった。トグロは前衛。プッチは後衛。ナイトは防御。クロは後衛支援。アランは遊撃。こうして並べてみると、妙に戦闘部隊らしい構成になっている。もちろん、俺は最初から戦闘集団を作ろうとしていたわけではない。

 

ただ、犬たちが自分の能力を発現させ、できることを増やしていった結果、自然と役割分担ができてしまったのだ。そして、その能力がまた、妙に個性的だった。まずはトグロ。トグロは強化系の能力者として、身体能力を高める方向へと成長していた。能力名は、100%中の100%。

 

名前からして、もう説明する必要がない。筋力操作を主体とした能力であり、俺の操作能力による補助を受けることで、身体の使い方や力の発揮をより効率的に行えるようになっている。強化系らしく、能力の効果は分かりやすい。力を高める。身体を鍛える。必要なときに、必要なだけの筋力を発揮する。

 

単純だからこそ、強い。トグロはもともと身体が大きく、力も強かった。その素質に念能力が加わったことで、彼は五匹の中でも最も分かりやすい戦闘力を持つようになった。試しに軽い荷物を持ち上げさせてみたところ、俺は思わず二度見することになった。持ち上げるというより、持ち上げる対象の重さをあまり気にしていないような動きだったのだ。

 

もちろん、何でも自由に持ち上げられるわけではないし、能力には限界がある。しかし、普通の犬として考えれば、明らかに異常な力だった。

 

「……お前、どこまで強くなるつもりなんだ?」

 

俺が尋ねると、トグロは尻尾を振った。たぶん、本人としては遊んでいるつもりなのだろう。頼もしい限りである。次に、プッチ。プッチは具現化系の能力者として、支援に特化した能力を発現させていた。能力名は、ディスク。特定の相手に対して、さまざまな強化効果を付与することができる能力であり、同時に重ねがけできる効果は三つまでとなっている。

 

確認できている効果は、オールアップ、アタックアップ、ディフェンスアップ、ヒールの四種類だった。オールは、味方全体の能力を一〇パーセント上昇させる。アタックは、味方単体の戦闘能力を五〇パーセント上昇させる。ディフェンスは、味方単体の防御能力を五〇パーセント上昇させる。

 

そしてヒールは、対象一体の傷病を完全回復させる能力であり、一日に一回までという制限がある。回復の対象や発動条件については、今後も検証が必要だが、現時点でも戦闘における切り札になり得る性能だった。……いや、強くないか?俺は最初に能力の概要を確認したとき、思わずそう呟いた。

 

特にヒールがまずい。傷病を完全回復させるという効果が、そのままの意味で適用されるのなら、戦闘において極めて強力な支援能力となる。しかも一日一回。もちろん、能力を使うためのオーラや条件については、今後も確認していく必要がある。それでも、回復能力というものが持つ価値は大きい。

 

さらに、オールによって味方全体の能力を底上げし、必要に応じてアタックやディフェンスを付与することもできる。プッチ自身は小柄で、正面から戦うことには向いていない。しかし、仲間を支援する能力においては、五匹の中でも特に優れた才能を発揮していた。俺が「プッチ、オールを使ってみてくれ」と頼むと、プッチは小さな身体を揺らしながら、能力を発動させた。

 

その瞬間プッチから6枚のディスクが浮かび上がり、彼らと俺の額に飛び込んだ、周囲の犬たちを覆うオーラの流れが、わずかに変化した。劇的な変化ではない。しかし、確かに全員の能力が底上げされているような感覚があった。トグロは嬉しそうに身体を動かし、アランは軽く跳びはね、ナイトは俺のそばで落ち着いた様子を見せている。俺は思わずプッチを抱き上げた。

 

「天才か、お前は!いや、天才だったな!うちの子は本当にすごいな!」

 

プッチは得意げに胸を張っていた。次に、ナイト。ナイトは特質系の能力者として、非常に特殊な能力を発現させていた。まず、縮小。俺の肩に乗るために、自分の身体を小さくする能力である。……いや、何でだよ。俺は最初に能力を確認したとき、思わずそう突っ込んだ。戦闘能力を高めるとか、身体を強化するとか、そういう方向性ではない。

 

肩に乗るために小さくなる。それがナイトの能力だった。もちろん、実用性がないわけではない。小さくなれば、移動や隠密行動において有利になる場面もあるだろう。しかし、能力を発現させる動機があまりにも日常的すぎる。俺はナイトを見つめた。ナイトは当然のように俺の肩へと乗り、満足そうに落ち着いた。

 

「……まあ、いいか」

 

本人が気に入っているのなら、それでいい。そして、ナイトの能力はそれだけではなかった。もう一つの能力は、己は盾として。同一操作及び操作主のみを自動防御する能力であり、俺の操作能力と組み合わせることで、俺とナイトの双方を守るための防御機構として機能する。

 

この己は盾としてという能力、何げにトグロの全力の硬すら防ぎきる鉄壁である。さらに、従者という能力も発現していた。ただし、これは何でも無条件に蘇生できる能力だと決めつけるのは危険なので、実際にどの程度まで回復できるのか、発動条件と限界を慎重に確かめる必要がある。

 

プレイヤーである俺と触れている間、戦闘不能になった他の犬や、死亡した他の犬のそばにいることで、その犬を回復させる能力というディアブロライクゲームでよくある仕様を現実にしてくれている。もちろん、能力の効果がどこまで適用されるのか、発動条件や制限については慎重に確認する必要がある。

 

しかし、もし本当に死亡した仲間を回復させることができるのなら、それは単なる防御能力の枠を超えている。何よりも、俺にとっては大きな意味があった。俺は前世で、犬たちを守れなかった。あのとき、クマに襲われた瞬間のことは、今でも覚えている。もう少し力があれば。

 

もう少し判断が早ければ。そう考えたことは、一度や二度ではなかった。しかし、今は違う。ナイトの能力があれば、仲間を守るための手段が増える。もちろん、何でも解決できるわけではないだろう。それでも、俺はその能力を知ったとき、心の底から安心した。

 

「ナイト……お前、本当に優しいな」

 

俺がそう言うと、ナイトは肩の上で小さく鳴いた。その声を聞きながら、俺はそっと頭を撫でた。次は、クロ。クロは変化系の能力者として、身体のオーラの性質を変化させる方向へと成長していた。こちらも、縮小という能力を持っている。ナイトと同じように身体を小さくすることができるのだが、クロの場合は戦闘や支援の場面で使うことを想定しているらしい。

 

そして、もう一つの能力が、コンバート。ただし、この能力には特殊な制限がある。使用できる相手はトグロのみ。トグロのオーラの性質を変化させることができる能力であり、確認されている性質には、ファイア、コールド、ポイズンの三種類がある。つまり、トグロの筋力と身体能力を活かしながら、攻撃の性質を変えることができるのだ。

 

強化系のトグロが正面から敵に接近し、クロが状況に応じてオーラの性質を変化させる。その組み合わせは、想像以上に強力だった。ただし、どの性質も万能というわけではない。相手の能力や防御手段によって効果は変わるし、使用するためのオーラや条件についても確認する必要がある。

 

それでも、単純な力押ししかできなかったトグロに、戦術の幅が生まれたことは大きかった。俺が「クロ、今度はコールドを試してみよう」と言うと、クロは静かにトグロのそばへ移動した。次の瞬間、トグロの身体を覆うオーラの性質が変化した。俺はその様子を観察しながら、何度も頷いた。

 

「なるほど……これは面白いな」

 

クロは、状況に応じて能力を組み替えることに強い関心を示していた。そして最後に、アラン。アランは放出系の能力者として、高速移動と遠距離攻撃に特化した能力を発現させていた。まずはソニード。四肢から放出したオーラによって高速移動を行う能力であり、その動きは、まるで漫画やアニメで描かれる超高速移動のようだった。

 

アランが地面を蹴る。その瞬間、身体が一気に前へと飛び出す。普通の犬が走る速度とは、明らかに違う。俺が目で追うのに苦労するほどの速度で移動し、急停止し、方向を変え、再び走り出す。その姿を見て、俺は思わず声を上げた。

 

「おおおお!すごいぞアラン!」

 

アランは嬉しそうに走り回っていた。さらに、アランは遠距離攻撃の能力も獲得していた。バラ。セロ。そして、グランレイセロ。名前からして、もう説明する必要はないだろう。ただし、グランレイセロについては、使用すると瀕死になるという重大な問題があった。つまり、威力は高いが、使用する側にも大きな危険が伴う能力なのだ。

 

俺は能力の内容を確認した瞬間、アランを抱きしめて宣言した。

 

「これは禁止だ!」

 

アランは不満そうに首を傾げた。

 

「いや、駄目だ。これは駄目。うちの子が瀕死になるような技を、気軽に使わせられるわけがないだろう!」

 

もちろん、将来的に能力の制約を改善できる可能性はある。だが、現時点では危険すぎる。俺はアランの頭を撫でながら、何度も言い聞かせた。お前が強いことは分かった。お前がすごいことも分かった。しかし、だからといって、自分の命を危険にさらす必要はない。勝つために無理をするよりも、生きて帰ってくることの方が大切なのだ。

 

アランはしばらく俺を見つめたあと、ようやく納得したように尻尾を振った。こうして、五匹の能力は一通り揃った。前衛のトグロ。後衛のプッチ。防御のナイト。支援のクロ。遊撃のアラン。そして、その五匹を支える俺。

 

……うん。

 

どう考えても、俺が一番弱い。いや、正確には、俺は毎日初心者の纏状態に戻されるので、強くなりようがないのだ。その代わり、犬たちは着実に強くなっている。俺が努力した成果が、すべて彼らの能力に変換されているのだから、当然と言えば当然だった。それでも、俺は後悔していなかった。

 

むしろ、誇らしかった。

 

自分の成長が止まっていることなど、もはやどうでもいい。五匹が強くなり、できることが増え、互いに助け合えるようになっている。それだけで、俺にとっては十分だった。原作開始まで残りわずかとなった頃、俺はふと、自分たちの実力を確認してみたいと思うようになった。

 

もちろん、普段の修行でも能力の検証は行っている。しかし、実際のところ、俺たちがどの程度の実力を持っているのかは、いまひとつ分からなかった。相手がいないのだから、仕方がない。犬たちは確実に強くなっている。能力の連携も上達しているし、それぞれの役割を理解したうえで行動できるようになっている。

 

だが、それがハンター×ハンターの世界でどこまで通用するのか。念能力者と戦った場合、どの程度の結果を出せるのか。そうしたことについては、実際に試してみなければ分からない。そこで俺は、ある場所を思い出した。ゾルディック家。暗殺一家として知られる、あのゾルディック家である。

 

そして、彼らの屋敷へ続く道には、試しの門と呼ばれる巨大な門が存在している。門の重量は段階ごとに増していき、普通の人間が開けることは容易ではない。原作でも、ゴンたちがこの門を開けるために努力していた場面が描かれていた。つまり、あの門を開けることができれば、少なくとも一定以上の身体能力を持っていることを確認できる。

 

もちろん、ゾルディック家の敷地へ勝手に近づくのは、普通に考えれば危険だ。相手は暗殺一家である。下手をすれば、門を試すどころか、近づいた時点で追い返される可能性もある。だが、俺はそのとき、少しばかり酒を飲んでいた。そして、犬たちの成長を見て、妙に気分が高揚していた。

 

「……よし、行くか」

 

なぜそうなったのか、今となってはよく分からない。ただ、犬たちの力を試したかった。それだけだった。もちろん、危険なことをするつもりはなかった。ゾルディック家の人間に喧嘩を売るつもりもないし、屋敷へ侵入するつもりもない。ただ、試しの門を開けてみたい。それだけである。

 

俺は五匹を連れて、ゾルディック家の試しの門へ向かった。現地に到着したとき、俺はその大きさに改めて圧倒された。門というより、巨大な壁の一部のようなものだった。普通の住宅の玄関とは、まるで違う。これを人力で開けるという発想自体、どうかしている。しかし、原作知識がある俺にとっては、ここで試さずに帰るという選択肢もなかった。

 

「よし、まずは俺からだな」

 

俺は門の前に立ち、最初の扉に手をかけた。そして、ゆっくりと力を込める。……動いた。いや、動いたというより、少しだけ開いた。それでも、確かに開いたのだ。

 

「おおおおおおお!」

 

俺は思わず歓声を上げた。試しの門の一の門。俺はそれを、自分の力で開けることができたのである。もちろん、念能力による補助があった可能性は否定できない。そもそも、俺の能力は自分自身を操作状態にしている。その影響が身体能力にどこまで及んでいるのか、正確には分からなかった。

 

しかし、それでも嬉しかった。毎日初心者の纏状態に戻される俺が、ここまでできるようになったのだ。これは素直に喜んでいいだろう。

 

「やったぞ、お前たち!俺は一の門を開けたぞ!」

 

振り返ると、五匹がこちらを見ていた。トグロは何やら興味深そうに門を見つめている。アランは周囲を歩き回り、プッチは俺の足元にいた。ナイトは肩の上で落ち着き、クロは門の構造を観察しているようだった。俺は得意げに胸を張った。

 

「どうだ、見たか!これが俺の実力だ!」

 

……まあ、実際には一の門を開けただけなのだが。それでも、今の俺にとっては十分な成果だった。そして、その直後だった。トグロが門の前へ歩いていった。

 

「ん?どうした、トグロ」

 

俺が声をかけると、トグロは門を見上げたあと、ゆっくりと身体を構えた。そして。門に手をかけた。いや、正確には、前足をかけた。次の瞬間、門が動いた。

 

「……は?」

 

俺は固まった。トグロは何でもないことのように、門を押し開けていた。一の門。二の門。三の門。そのまま、さらに奥へ。四の門。五の門。そして、六の門。……六?六の門だと?

 

「ちょ、ちょっと待てえええええええ!」

 

俺は慌てて叫んだ。トグロは止まらなかった。門を押し開け、身体を器用に使いながら、次々と門を動かしていく。その動きは、まるで重さなど気にしていないかのようだった。もちろん、実際には門の重量を無視しているわけではない。トグロの筋力と念能力、そして俺の操作能力による補助が組み合わさった結果、常識外れの力を発揮しているのだろう。

 

だが、それにしたって限度がある。俺が一の門を開けて喜んでいた横で、トグロが六の門まで開けてしまったのである。

 

「………………」

 

俺はしばらく言葉を失っていた。そして、次の瞬間には、全身が震えるほど興奮していた。

 

「すげえええええええ!トグロ、お前すげえぞ!六の門だぞ、六の門!見たか、今の!うちの子が六の門を開けたんだぞ!」

 

俺はトグロの周りをぐるぐる回りながら、ひたすら褒め続けた。トグロは尻尾を振っている。本人としては、褒められて嬉しいのだろう。アランも興奮したように走り回り、プッチは得意げに胸を張っていた。ナイトは俺の肩から降り、トグロのそばへ寄っていく。クロは一歩離れた場所で、静かにその様子を見守っていた。

 

そして、その騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の方から人影が現れた。最初に姿を見せたのは、年齢を重ねた男性だった。その後ろには、執事らしき人物たちが続いている。俺は一瞬だけ緊張した。何しろ、ここはゾルディック家の敷地である。勝手に門を開けて遊んでいた人間が、歓迎されるはずもない。

 

しかし、俺はすぐに気持ちを切り替えた。別に、悪意があってやったわけではない。ただ、犬の力を試していただけだ。それに、うちの犬が六の門を開けたのだ。これは誇っていいことだろう。俺はその男性――ゼノへ向かって、勢いよく頭を下げた。

 

「すみません!いや、本当にすみません!でも、見てください!うちのトグロが六の門を開けたんですよ!」

 

……何を言っているのだろう、俺は。いや、分かっている。謝罪をするべき場面だ。しかし、どうしても犬自慢をしたかった。だって、六の門だぞ。俺は一の門を開けて喜んでいたのに、トグロは六の門を開けてしまったのだ。これを自慢せずにいられる飼い主がいるだろうか。

 

いや、いない。少なくとも、俺には無理だった。ゼノは、門とトグロを交互に見つめていた。後ろにいた執事たちも、何とも言えない表情を浮かべている。当然だろう。ゾルディック家の試しの門を、見知らぬ男が勝手に開けていた。しかも、その男は犬を連れており、犬が六の門を開けたことを大喜びしている。

 

何が起きているのか、理解できるはずがない。俺はその場の空気を察し、ようやく少しだけ冷静になった。

 

「あ、ええと……勝手に試してしまって、申し訳ありません。何か壊したりするつもりはなかったんですが、うちの子が思った以上に力持ちでして……」

 

言いながら、俺はトグロの頭を撫でた。

 

「いやあ、すごいなあ。うちの子は本当にすごい」

 

……駄目だ。どうしても犬自慢が止まらない。ゼノは、しばらく俺の話を聞いていたが、やがてトグロの方へ視線を向けた。その目には、明らかな警戒と、わずかな興味が混ざっていた。当然である。普通の犬が、ゾルディック家の試しの門を六の門まで開けるなど、考えられない。

 

しかも、俺が連れているのは一匹だけではない。五匹いる。そして、その全員が何らかの形で念能力を扱っている。俺は、その事実をあまり深刻に考えていなかった。何しろ、毎日一緒に暮らしているのだ。五匹が強いことは知っているし、能力が特殊なことも知っている。しかし、他人から見れば、明らかに異常な存在なのだろう。

 

その後、俺はゾルディック家の人間たちから、いくつか質問を受けることになった。犬たちの種類。普段の生活。どのような訓練をしているのか。そして、どうして六の門を開けられるほどの力を持っているのか。俺は答えられる範囲で説明した。もちろん、念能力の詳細については伏せておいた。

 

何しろ、ここは暗殺一家の本拠地である。不用意な情報開示は、後々面倒なことになる可能性がある。だが、犬たちの能力について聞かれるたびに、俺はついつい説明に熱が入ってしまった。

 

「トグロは力が強いんですよ。いや、本当にすごいんです。プッチは支援が得意で、仲間を強化することができるんです。ナイトは防御が得意で、クロは状況に応じて能力を変化させられるんですよ。アランは走るのが速くて、遠くから攻撃することもできるんです」

 

言えば言うほど、周囲の表情が微妙になっていく。そりゃそうだ。普通の犬について話しているはずなのに、いつの間にか念能力者の能力紹介になっているのだから。それでも、俺は止まらなかった。

 

「いやあ、本当にいい子たちなんですよ。みんな個性があって、得意なことも違っていて、毎日見ていて飽きないんです。トグロなんて、普段はすごく優しいんですよ。力は強いですけど、プッチやナイトに対してはちゃんと加減してくれますし、アランがはしゃぎすぎたときも、うまく相手をしてくれるんです」

 

ゼノは、何とも言えない表情を浮かべていた。後ろにいた執事の一人は、何かを言いかけて、結局口を閉じた。おそらく、彼らは今までにもさまざまな人間を見てきたのだろう。暗殺者。念能力者。腕に覚えのある武術家。金や権力を求める人間。しかし、試しの門の前で犬自慢を始める男というのは、さすがに初めてだったのかもしれない。

 

俺はようやく、周囲の空気が妙に重いことに気づいた。

 

「あの……何か、まずかったでしょうか?」

 

ゼノは少しだけ考え込んだあと、慎重に言葉を選ぶようにして答えた。その返答を聞きながら、俺は自分がとんでもないことをしてしまった可能性に、ようやく思い至った。しかし、もう遅い。門は開いてしまった。トグロは六の門を開けた。そして俺は、ゾルディック家の人間たちに、五匹の能力を一通り説明してしまったのである。

 

もっとも、すべての能力を正確に伝えたわけではないし、念能力の仕組みについても詳細は伏せている。それでも、十分に異常な出来事だった。俺は最後にもう一度頭を下げ、犬たちを連れてその場を離れることにした。帰り道、俺は五匹を見ながら、何度も笑っていた。

 

「いやあ、今日はすごかったな!まさか六の門まで開けるとは思わなかったぞ、トグロ!」

 

トグロは尻尾を振った。

 

「プッチも、ナイトも、クロも、アランも、みんなすごいぞ!うちの子たちは本当に優秀だな!」

 

五匹はそれぞれ、思い思いの反応を返していた。俺はそんな彼らを見ながら、心の底から満足していた。ゾルディック家の人間たちが、俺たちのことをどう思ったのかは分からない。おそらく、かなり困惑していたことだろう。もしかすると、警戒されているかもしれない。だが、少なくとも、俺は楽しかった。

 

自分の犬たちが強くなっていることを確認できたし、彼らがどれほど頼もしい存在になったのかを、改めて実感できた。それだけで十分だった。そして、この出来事を振り返った俺は、一つの結論に至った。ゾルディック家を困惑させた度数なら、俺はかなり上位に入るのではないだろうか。

 

いや、もしかすると一位かもしれない。何しろ、試しの門を開けて遊んでいた男が、犬の自慢を始めたのである。その犬は六の門を開けてしまうし、他の犬たちも妙に強い。しかも、飼い主は悪びれる様子もなく、ひたすら犬たちを褒めている。

 

……うん。

 

改めて考えてみると、かなり意味が分からない。しかし、後悔はしていない。むしろ、いい思い出になった。こうして、俺の九年間の修行は、ひとまず一区切りを迎えることになった。正確には、修行を終えたわけではない。念能力の訓練に終わりなどないし、犬たちの能力についても、まだまだ確認すべきことは多い。

 

それでも、原作開始までにやっておきたいことは、ある程度達成できた。俺自身は、相変わらず毎日初心者の纏状態に戻されている。昨日までできていたことが、今日にはうまくできなくなることもある。念能力者としての成長を、自分の力として積み重ねることはできない。しかし、犬たちは違う。

 

トグロは、圧倒的な筋力を活かした前衛として成長した。プッチは、仲間を支援し、回復させる能力を身につけた。ナイトは、俺や仲間を守るための防御能力を獲得した。クロは、状況に応じてトグロの能力を変化させることができる。そしてアランは、高速移動と遠距離攻撃を使いこなす遊撃手となった。

 

五匹が連携すれば、かなりの戦闘能力を発揮できるだろう。もちろん、強さというものは単純な能力の比較だけでは決まらない。念能力には相性があるし、相手がどのような能力を持っているかによって、戦況は大きく変化する。それでも、俺たちはこの九年間、地道に修行を続けてきた。

 

その成果を試す機会が、ようやく訪れようとしている。ハンター試験。原作が始まる年である。俺は試験について考えながら、机の上に置いた書類を眺めていた。試験会場までの移動手段。必要な持ち物。犬たちの食事。宿泊先。そして、何よりも重要なのは、五匹をどのように連れていくかという問題だった。

 

普通のハンター試験ならば、犬を連れて受験すること自体は不可能ではないかもしれない。しかし、五匹とも普通の犬ではない。能力を使えば、一般的な動物とは比較にならないほどの力を発揮する。しかも、俺自身の能力によって操作状態になっているため、俺との連携もかなり高い。

 

そんな五匹を連れて試験に参加したら、どうなるだろうか。少なくとも、試験官には注目されるだろう。場合によっては、受験資格について何か言われるかもしれない。それでも、俺は五匹を置いていくつもりはなかった。俺がハンター試験を受ける理由は、強くなるためだけではない。

 

この世界で、五匹と一緒に生きていくためだ。ハンターという資格があれば、行動できる範囲は広がる。危険な場所へ行くこともできるし、さまざまな情報へアクセスする機会も増えるだろう。何より、原作の世界に関わるのであれば、ハンターとして活動できることは大きな利点になる。

 

もちろん、ハンター試験そのものが危険な試験であることは理解している。命を落とす可能性だってある。しかし、俺たちには九年間の準備期間があった。俺自身の戦闘能力は高くない。そこは認めよう。何しろ、俺は毎日初心者の纏状態に戻されるのだから。だが、俺には五匹がいる。

 

そして、五匹はそれぞれ、自分の能力を持っている。俺は彼らを信頼しているし、彼らも俺を信頼してくれている。それだけで、十分に戦えると思っていた。もちろん、油断はしない。ハンター試験には、どんな人間が集まるのか分からない。原作に登場する人物たちもいるだろう。

 

ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ。そして、ヒソカやイルミといった危険な人物たちもいる。俺は原作知識を持っているが、彼らの行動をすべて予測できるわけではない。そもそも、俺が転生したことで、原作の展開が変化している可能性もある。スクワラが原作開始前に九年間修行を積み、五匹の犬を念能力者へと成長させた世界など、原作には存在しないのだから。

 

そう考えると、今後何が起きるのかについては、慎重に判断する必要がある。それでも、俺は楽しみだった。原作の世界に、自分の足で踏み込めるのだ。漫画の中で見ていた場所へ行き、そこで暮らしている人間たちと出会い、実際に何が起きるのかを自分の目で確かめることができる。

 

しかも、俺の隣には五匹の御犬様がいる。これ以上に楽しみなことがあるだろうか。俺は五匹を見渡し、ゆっくりと笑った。

 

「よし、お前たち。そろそろ出発の準備を始めようか」

 

トグロがこちらを振り返った。プッチは尻尾を振り、ナイトは俺の肩へ乗ろうとする。クロは落ち着いた様子でこちらを見つめ、アランはすでに走り出す準備をしていた。いつもと変わらない光景だった。しかし、これから始まるのは、今までとは違う生活だ。原作の物語が動き始める。

 

そして、俺たちもその中へと踏み込んでいく。俺はスクワラである。原作では、幻影旅団のノブナガに首をはねられ、あっさりと退場する男だ。しかし、今の俺は、原作のスクワラとは違う。九年間の修行を積み、五匹の犬を念能力者へと成長させた男である。そして何より、俺には守るべき家族がいる。

 

自分の命を惜しまないつもりはない。犬たちを守るためならば、できる限りのことをする。だが、彼らが強くなってくれたおかげで、俺一人が無理をする必要もなくなった。これからは、互いに助け合って生きていけばいい。そう考えると、今後の人生がますます楽しみになってきた。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

俺は五匹を連れ、ハンター試験へ向かう準備を始めた。もちろん、試験に合格できるかどうかは分からない。どんな試験が待ち受けているのかも、実際に参加してみなければ分からない。それでも、俺は後悔していなかった。自分の成長をすべて御犬様に捧げたことも。毎日初心者の纏状態に戻されることも。

 

酔った勢いでゾルディック家の試しの門へ行き、六の門を開けるトグロを見て大騒ぎしたことも。全部、今の俺につながっている。そして、これから先も、きっといろいろなことが起きるのだろう。幻影旅団と遭遇するかもしれない。ゾルディック家と再び関わることになるかもしれない。

 

原作では描かれなかった出来事に巻き込まれる可能性だってある。だが、どんなことが起きようとも、俺の方針は変わらない。御犬様を守る。御犬様を褒める。御犬様のために努力する。そして、できることなら、五匹と一緒に楽しく生きていく。それが俺の望む人生だ。ハンター試験は、そのための第一歩にすぎない。

 

俺は五匹を見つめ、最後にもう一度だけ、心の中で呟いた。

 

――さて、原作開始だ。

 

うちの子たちが、どこまでやれるのか楽しみだな。なお、俺自身の戦闘能力については、あまり期待しないでほしい。何しろ、俺は一日経つたびに初心者の纏状態へと巻き戻る男なのだから。

 

だが、後悔はしていない。

 

絶対に、後悔はしていない。俺の成長は、すべて御犬様のものだ。そして、御犬様は今日も最高に可愛い。それだけで、俺の人生は十分に価値があるのだから。

 


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